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<東京怪談・PCゲームノベル>


【妖撃社・日本支部 ―桜― 面接】



 どきどき、する。
 霧島花鈴は学生鞄からアドレス帳を取り出して、メモの部分を開いた。そこに記されているのは住所、だ。
(うん。間違ってない、よね)
 アドレス帳を鞄にしまって、もう一度建物を見上げる。四階建ての簡素なコンクリート・ビル。
 急に不安になってきて、そわそわしてしまった。
(うわ〜、大丈夫かな。履歴書とか、あれで、いいんだよね?)
 一緒に住んでいる姉に訊くべきだっただろうか? いや、でもそんなことをすればバイトをしようとしていることがバレてしまう。
「……よし!」
 気合いを入れて建物の中に入る。正面の玄関からホールに入るが、一階には人の気配がなかった。しんと静まり返り、寒々しい空気が漂っている。
(ええっ?)
 困惑してしまうが、二階には誰かがいそうな雰囲気があった。急いで周囲を見回す。エレベーターがあるが、階段のほうが早い。
 階段を駆け上がるとがらりと印象が違った。人が行き交っているこの安堵。
(あそこ、かな)
 一番手前にある部屋のドアに手をかけ、開けた。開けてすぐ目の前に衝立があってぎょっとする。一瞬硬直するが、すぐに小さく息を吐いて声を恐る恐る出した。
「あの〜、すみませ〜ん……」
「はい。いらっしゃいませ」
 すぐさま声が返ってきて、驚いてしまう。
 動きを止めてから、まるでゼンマイ仕掛けのオモチャみたいにぎこちなく、花鈴は声のしたほうを見た。
(あ。お人形……)
 だと思ったら違った。
 可憐な少女がメイド服姿で立っている。穏やかな微笑みを浮かべた可愛い少女に、花鈴はつい、反射的に頬を微かに赤く染めた。
 自分と同い年くらいなのに……こんなに可愛い外国の女の子がいるなんて。
「お客様ですか?」
「あ? あ、いえ! 違います! バイトの面接に」
「あぁ、ではこちらへどうぞ」
 彼女は掌で方向を示し、衝立の向こうに姿を消した。ついて来いということだろうと解釈し、花鈴はあとに続く。
 衝立に囲まれた一角には、来客用らしきソファとテーブルがある。そこに座るようにと促された。
「支部長をお呼びしますわ。こちらで少々お待ちください」
「あ、ど、どうも」
 ソファに腰掛けてそう言うと、メイドの少女はにこっと微笑んだ。あぁ、やっぱり可愛い。いいなあ、私もあれくらい可愛ければ……。
 そう考えつつ、鞄を傍らに置き、中から履歴書を取り出した。
 支部長、という人が面接をするのだろう。どうしよう、怖い人だったら。
 かつ、かつ、と革靴の音が聞こえてきて、花鈴は背筋を正した。衝立の向こうから姿を見せたのは制服姿の少女だった。
 花鈴も学校帰りに寄ったので制服姿ではある。自分の在籍する神聖都学園とは違うデザインなので、都内のどこかの学校のものなのだろう。
 眼鏡をかけた同い年くらいの少女はにこ、っと笑った。
「私が妖撃社、日本支部の支部長、葦原双羽です。バイトの面接に来られたということですが」
 花鈴の向かいのソファに腰をおろした彼女を、花鈴はまじまじと凝視した。
 支部長? この人が???
 一気に脱力した花鈴は、額に片手を遣る。
「ふぁ〜、よかった〜」
「よかった?」
「どんな怖い人がくるかと思ったよ……」
 花鈴のその言葉に彼女はきょとんとしていた。我に返って花鈴は履歴書を差し出す。
「えっと……霧島花鈴といいます。よっ、よろしくお願いしますっ!」
「はい。よろしくお願いします」
 穏やかに返してくる少女は履歴書を封筒から取り出し、書面に目を通していた。その落ち着いた仕草に花鈴は緊張が増してしまう。やっぱりこの人は支部長なんだ。
「16歳……高校生。あぁ、神聖都学園の方なんですか」
「はい」
 履歴書を折りたたみ、彼女はそれをテーブルの上に置いた。
「うちでバイトをされたいということで、よろしいですか?」
「はいっ」
「どこでうちのバイトをお知りに?」
「えっと、広告を見ました」
 まるで学校の受験面接みたいだ。予想していた質問ではあるが、それでも緊張に喉が軽く渇く。
「草間さんのところに貼ってあったのを、見てきたんです。……ここなら、いろんな経験が積めると思って」
「……色んな経験……ですか。確かに様々な依頼がうちにはきますけど……」
 顔を歪める双羽を花鈴は不思議そうに見つめた。
「おそらく……あなたが思っているものとは違うと思いますよ。うちは目立たない、地味な商売ですから。派手な仕事を好まれる方がよく勘違いされるんですけど」
「いや! ほんと、あの、経験って大事ですよね!?」
 慌てて身を乗り出す花鈴に、彼女は瞳を瞬かせる。
「だから、その」
「ふふ。そんなに勢い込んで言わなくてもいいですよ?」
「あ……はぃ」
 声が小さくなって、花鈴はソファに座り直した。
 双羽は優しく尋ねてくる。同い年なんだろうか、本当に?
「ここに働きに来られるということは、霧島さんは何か特殊な力をお持ちなんですか?」
「えっと……霊がみえます。はっきりと。普段は抑えてるんですけど」
「霊感はあるんですね。ふぅん」
「あとは……強化の魔術……とか。それ以外は苦手で……。お姉ちゃんは、なんでもできるんですけど。私は……それくらい、です」
「……別にあなたのお姉さまについては訊いてはいませんよ?」
「あっ、そ、そうですね」
 比較してしまう相手を自然に口に出してしまって、花鈴は恥じた。言わなくてもいいことなのに、何をやっているんだろう自分は。心の奥底の、奇妙な感情に少し頬が引きつった。
「魔術ということは、えっと、こういう退魔のお仕事の経験はおありなんですか?」
「一応、あります」
「あぁ、なるほど」
 彼女は視線をさ迷わせる。どこか困ったような、迷っているような目をしていた。
「経験者というのはこちらも助かりますけど……。うちは本当に地味ですよ?」
「地味って、具体的にどういうことですか?」
「うちは段階をわけて仕事をします。まず、お仕事の依頼があって、その依頼内容の調査、それから調査した後に取り掛かって解決をするんです。
 調査をしたら『調査報告書』を作成してもらって私に提出してもらいます。もちろん、解決する最終的な段階のお仕事も、報告書を出してもらいますけど。意外に面倒なことが多いんですよ?」
「………………」
 なんだか、パッとやってパッと終わる感じじゃない。花鈴は意外だったので目を丸くしていた。
「うちの依頼者のほとんどは、一般人なの。だから、その人たちの生活を脅かさないように動くんです。けっこう、キツいですよ?」
「……や、やります!」
 勢い余って、花鈴は立ち上がってしまう。
「頑張ります、私! なんか、ほら……なんていうか」
 うまく言葉がまとまらない。
 花鈴の実家は魔術の名家だ。そして退魔を生業としている。けれども、ココは何かが違う。今まで自分が触れてきたものとは、ナニかが……!
「やりがいが、ありそうで……すから」
「…………そうですか」
 双羽が微笑む。うわぁ、呆れられたかな?
「採用に関してはおって連絡します。連絡先は……」
「あっ! ケータイに! 履歴書に、ケータイ番号書いてますから、そこにお願いしますっ」
「わかりました。今日はありがとうございます。お疲れ様でした」
「おつかれさまです」
 ぺこっと頭をさげた。



 家に帰り、花鈴は鞄を置いてまずうがいをした。外から帰ってきたら必ず手も洗う。
 タオルで手を拭きながら携帯電話を取り出した。着信した様子はない。
 テーブルの上の置時計に目を遣った。時刻は夜の7時過ぎ。もうそろそろ7時半になりそうだ。
(……それにしても、緊張したな〜……)
 もっと気楽なところでもよかったかもしれない。ただ単純にお金を稼ぎたいというならば。ファースト・フードの店でも良かった。
 だが花鈴が欲していたのは「経験」だ。お金はついで、である。ないよりはあったほうがいいに決まっているが。
 もしも受かれば……憧れてやまない姉に追いつけるだろうか? 悩んでいても、仕方ないことではあるが。
 制服から楽な衣服に着替えて台所に戻ると、携帯電話から着信音が響いていた。慌てて手に取り、液晶画面を見る。見覚えのない番号だ。
「もしもし」
 すぐに出てみると、声が返ってきた。
<霧島花鈴さんの携帯電話でよろしいですか?>
 あ、この声はさっきの面接の支部長さんだ。ということは、採用の合否だ。花鈴は途端に全身に緊張感を漲らせた。
「は、はい」
<妖撃社、日本支部の葦原です。採用結果をお知らせするためにご連絡しました>
 生真面目な声だ。花鈴は小さく「はい」と呟く。
<検討した結果、採用させていただくことになりました>
「えっ!」
 驚いて思わず大きな声をあげてしまう。
「本当ですかっ?」
<はい。手続きと仕事の説明をしますので、後日、都合のよろしい時にまたいらっしゃってください>
「わかりました」
<それでは>
 通話が切れても、花鈴は呆然とその場に佇んでいた。
「…………やった」
 小さく囁き、軽くガッツポーズをとる。
(バイトかぁ……。失敗しないといいけど)
 家を経由しての仕事ばかりだったので、こういう形は珍しい。
 支部長さんと、それからあのメイドの……。
(あのメイドの人、もしかして、うぅん、たぶん妖撃社の人よね)
 単なるお茶汲みの人ではないだろう。変わったところだ。
 メイドも支部長も高校生くらいだった。いくらなんでも若すぎる。
(もしかして、もっと年上の人もいるのかな。サラリーマンみたいな人とか。あぁ、怖いようなどきどきするような)
 浮かれていることに気づいて花鈴は咳をした。一人しかいない空間で、何をやっているのだろうか自分は。
 いそいそと、投げっぱなしにしていた鞄に駆け寄ってアドレス帳を取り出す。高校生の日程なんてたかが知れているけれども、あったらあったで便利なのだ。
(よーし、次の土曜は空いてるな)
 なんの用事も入っていないのを確認して、ペンケースからボールペンを取り出す。学校ではあまり使わないから時々邪魔になるけど、こういう、ふとした時に便利だ。
 左手でアドレス帳を支えて、「妖撃社」と書き込もうとして、やめる。こんな露骨なことを書かなくてもいいじゃないか。
(よし。星マークにしちゃえ)
 星の形を書いてから、アドレス帳を閉じた。
 あぁ、次の土曜が待ち遠しい。けれども、どこか怖かった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7511/霧島・花鈴(きりしま・かりん)/女/16/高校生・退魔師】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、霧島様。初めまして、ライターのともやいずみです。
 バイトには採用されたようです。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。