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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


【法外な現物利息】

 おや、と掲示板の新しい書き込みが目に留まった。
 まず、ゴーストネットOFFに似つかわしくないタイトルが笑えた。
 なにをどう勘違いしたら、ここに相談の書き込みなんてできるんだろうか。

 『タイトル:有り得ない利息を請求されて困っています』

 どこかの法律相談所にメールでも送れば、早期解決するだろうに。
 だが、興味本位で目を向けた本文は間違いなくゴーストネットOFFらしいものだった。

 『本文:お金に困って、金利が安いことが売りになっていた消費者金融にうっかりお金を借りたら、とんでもない利息を請求されたんです。
  金利そのものは有り得ないくらいに安かったんで、嘘じゃなかったんですが。大変なのはこれとは別に請求された“現物利息”なんです。
  しかも、その現物っていうのが人間ひとりの力では手に入らないものなんです。
  なんてったって、この消費者金融のオーナーの正体が妖怪だからなんです。
  どなたか私といっしょにこの現物利息を回収し、支払う手伝いをしてもらえませんか?
  協力してくださる方は連絡ください。詳しい話はメールでやりとりしたいと思っています。
  ぜひぜひ人助けと思って協力してください。よろしくお願いします。 涼子』

 かなり切羽詰った書き込みのようだ。
 人助けもいいが、この妖怪の正体と現物利息に興味が湧いた。
 気づいたときにはメールを送信していた。

 *

 ごとり、と鈍い音を立て、床の上へと力なくくず折れるスーツの男。二十代後半といったところか。趣味の悪い柄のシャツとブランドスーツという組み合わせから、いかにもその筋の男だと知れる。
 くつくつと気味の悪い笑い声があがった。
「この街はいい。こうやって殺されてもさして騒がれることのない輩が多いからな。――さて、ではここで網を張ってエサを待つとしようか」
 壊れたスピーカーから聞こえるような、耳障りの悪い声だ。
 事務所内の明かりは消え、窓から入ってくるチカチカしたネオンの光の中で、ぐふっと呻くように黒い影が笑った。

 *

 白地に銀糸の紗那服の裾が闇の中を翻った。小さな着地音の後、少女の怪訝な声が響く。
「なにか匂うね」
 背筋を伸ばし、辺りの様子を窺う険しい表情もビスクドールのように愛らしい。形の良い胸元には大輪の牡丹が刺繍されており、細くくびれたウエストラインが際立って見える。
 桃蓮花は、陶磁器のように白い肌に付着したほこりを拭いながら、さらに眉を顰めた。
 相談者から聞かされたビルは、外見はごく普通の建物に見えた。一部の窓ガラスが割れているのは、場所が裏通りで治安が良くない地区にあるからだろう。
 よほどの度胸がない限り、こんな場所で営業している金融業者から融資を受けようなどとは思わないはずだ。もしかすると、利息回収の手伝いと称して騙されたか。
 自分をその利息として徴収させようという計画かもしれない。そんな考えがちらりと浮かんだが、たとえそうだとしても負ける気はしない。その自信は、蓮花がこれまで霊鬼兵として仕事をこなしてきた数とその実績からくるのだ。
 周囲を警戒しつつ、暗い廊下を奥へと進む。賑やかな繁華街がすぐ裏手にあるというのに、ビル内は異様なほど静かだった。音といえば、蓮花が踏みしめる蛍光管の破片くらいのものだ。
 数メートル進んだところで、ドアが見えた。ネームプレートもない部屋だが、扉が開いたままなのが気になった。ビルに侵入したときから感じている、胸が悪くなる腐敗臭の出所がその部屋のようなのだ。
 視線を背後へ向け、警戒心を高めながら静かにドアを開けてみる。当然だが室内はうす暗い。よく見てみようとドアを押し広げてみると、奥の窓から差し込むわずかな光量の中に浮かぶ塊が見えた。
「!」
 無造作に打ち捨てられたそれは、確かに人間だった。遠めからでも生きていないことがはっきりとわかる。
 蓮花の全身に怖気と緊張が走った。
 確かめなくともわかる。あれは――。
「アレがほんとのオーナーね。やぱり相手は……ヒトじゃない……っ!」
 とつぜん背後に現れた強い妖気に、蓮花はとっさに身を翻して防御の体勢を取った。
 闇の中からぬうっと出てきた壁のように大柄な男は、にたにたした薄気味の悪い笑みを張り付かせていた。
「奥の死体。あれがほんとのオーナーね。お前が殺した」
 手刀を構え、いつでも攻撃に転じられるように腰の位置を低くする。
 男の顔は事実を突きつけられても微笑を崩さなかった。むしろ楽しんでいるようにも見えた。
 闇は紳士的な声によって破られた。
「ええ、確かに殺しましたとも。この街はすこぶる居心地がいい。こんな幼稚な手段で容易に人間の魂魄が手に入るのだからねえ」
「その口ぶりからすると、ほかにもいぱい殺したね」
「殺しましたよ? いけませんかね。魂魄を喰らおうと思ったら殺すしかないですから……やれやれ、そうしなければ生きてゆけない妖怪の宿命を理解していただけませんか」
 胸くその悪い理屈を捏ねられて、愛らしい蓮花の頬に怒りの色あいが増す。
「理解なて、できないね! お前のやてること……ぜたいに許せないっ」
 先に仕掛けたのは蓮花だった。鋭い蹴りを、男の頚椎へめがけ素早く繰り出した。筋が切れる鈍い音がしたが、妖怪の笑顔は変わらない。ありえない角度で曲がった首をそのままに、にたりと更に気味の悪い顔で笑う。
 闇の中に浮かんだ、頬の左右へ向かって広がる口唇。毒々しい色の長い舌が、獲物を前にちろちろと見え隠れする。
 短く舌打ちして、後方へと後じさる。
 だがそれを追うように、妖怪――夜叉から頭髪が伸びてきた。うねうねと蠢く様はまるでギリシャ神話に出てくるメデューサのようだ。それを自分の腕か指のように器用に動かし、蓮花の華奢な首を掴むと、骨が軋むほど締め付けてくる。
「あっ……ぐぅ……ッ」
 幼げな顔が苦痛に歪む。両足をばたつかせて、その拘束から逃れようと模索してみるが、なかなかに手強くて思うようにいかない。
 目の前をチカチカした光が飛び始める中、霊鬼兵としての経験と直感が夜叉の弱点を突き止めた。
 ――火、ね。
「そ、それな……ら。コイツをお見舞い、す……る、ね――! 行けっ」
 意識が飛びかけた瞬間、蓮花が獅子吼する。
 轟音と共にさして広くもない、ビルの一室内に閃光が走った。蓮花が召喚したのは火の属性を持つ、放火魔の怨霊だ。怯んだ妖怪の髪が一瞬で燃え上がり、縮れた毛を舐めるように炎が上っていく。
「ぐげえぇぇぇぇっ――…ゲ…ッッ!」
 おぞましい悲鳴をあげ、夜叉は熱波から逃れるように廊下へと飛び出した。
 勢いあまって壁へ激突する。反動で剥がれかけのコンクリートがパラパラと落ちた。
「貴様っ。霊鬼兵か!」
 平静を装いながらも、蓮花の正体を気にするあたり、勝負の半分は見えたようなものだ。締め上げられて赤くなった首筋を擦りながら、
「そうだたら、どうするつもりね」
 虹彩を煌かせて一歩、また一歩と夜叉へ歩み寄る蓮花。
「逃げるに決まっているさ!」
 妖怪のくせに仕立てのいいスーツを身に纏った夜叉は、踵を返すと背にしていた窓枠へと足をかけ、ひょいと飛び降りた。しかも情けない捨て台詞付きだ。
「逃げるなんて卑怯ね!」
 慌てて後を追う。ねずみ色に変わってしまった紗那服が、薄闇に翻った。
 下水臭い路上に飛び降りたところで、走り去るセダンの排気音が蓮花の耳をつんざいた。
 顔を上げ、赤いテールランプを見送ると、途端に響くブレーキ音と激突音。そして聞き覚えのある――。
「ん、んめぇー!」
「飛東!」
 叫びながら角を曲がると、保護動物として格別の庇護を受けるべきジャイアントパンダが日本製のセダンを軽々と持ち上げていた。周囲の野次馬は繁華街ということもあって、ほろ酔い気分の輩が多く、やんやの喝采である。
「メエエエエエエッッ」
 咆哮をあげながら、持ち上げた5ドアの乗用車を雑居ビル横の駐車スペースへと放り投げた。
 溢れる人間の隙間を縫って、もっとも適した場所を選び出す冷静さは見事だ。
「バウッ」
 パンダ――一飛東は、愛らしくも厳しい瞳を蓮花へと向けた。まるで「仕留めろ」と言っているようだ。
 蓮花は小さく頷き、逆さまになった乗用車から這い出している夜叉の元へ向かった。
「これで終わりね!」
 印を結ぶようなスタイルを取ったあと、使い古された雑巾のようになっている妖怪へ向けて掌を突き出した。
 突風が夜叉を巻き上げるように夜空へと昇っていく。アニメーションなら、この後キラーンとかいう効果音が鳴るのだが――。
 大きな影が、蓮花の小さな影に重なった。
「飛東……」
 振り返ると、真っ白で大きな手が伸びてきた。蓮花の頭に残った砂埃を払い落とそうというのだ。柔らかなパンダの毛を味わいながら、されるがままになる。
「バウ?」
 なにか問い掛けているようだ。
 蓮花は小さく首を傾げながら、それでもにこりと微笑み、「アイツ、悪いやつね。だから、やつけた」と答えた。
 飛東はなるほどというように大きく、何度も頷いた。
「悪いやつ。やつけたよ、涼子」
 空手の締めポーズのように両拳を手前に引き寄せた。



 人生相談のような書き込みに、「お仕事完了!」という勢いと可愛さの溢れるコメントが書き込まれた。
 精緻な透かし彫りの紫檀の扇子で仰ぎながら、桜色のチャイナ服に身を包んだサーカス団員が、足の間に置かれたノートパソコンをそっと閉じる。
「この力、やぱり良いことに使うべきね」
 真後ろでは、次の出番に使う棍の調節に余念がないジャイアントパンダがいた。
「飛東もそう思うか?」
 飛東の手が止まる。
「ンメ」
 肯定と取れる短い返事が返ってきた。
 うふふ、と楽しそうに笑いながら、蓮花は指先を弾いた。控え室に飾られた白牡丹の花びらがとつぜん散る。
 絹で誂えたように、光沢のある花びらが落ちていくのを眺めながら、背中に感じる温もりへ蓮花はゆったりと凭れて小さく微笑んだ。

<了>





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 7317/ PC名 桃・蓮花/ 性別 女性/ 年齢 17歳/ 職業 サーカスの団員/元最新型霊鬼兵】
【整理番号 7318/ PC名 一・飛東/ 性別 男性/ 年齢 5歳/ 職業 曲芸パンダ】





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■         ライター通信          ■
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お待たせして申し訳ありませんでした。少しでも気に入っていただければ幸いです。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
高千穂ゆずる