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<東京怪談・PCゲームノベル>


【妖撃社・日本支部 ―松―】



 仕事を探しに来ていた柳宗真は、仕事掲示板から視線を外してシンを見遣る。ちょうどここからはシンの背中が見える。彼女は珍しく起きていた。
 依頼書を一枚取り、シンの横の空いている席……クゥの席に座る。シンはきょとんとした顔でこちらを見てきた。辞典を開いている彼女に、微笑む。
「シン、同行お願いしますね」
「え……」
「とりあえずこの仕事ですけど……」
 丁寧な字で書いてある調査報告書だ。箇条書きにしてあるそれに、宗真は苦笑する。
「規則性のある霊が相手のようですね。これならちょっとした罠を仕掛けて、待ち伏せしましょう」
「……なんで、あたし?」
 首を傾げるシンは、とろんとした眠そうな目をしている。
「だってあたし……その、ほら、ソーマは男の人だから……」
 たどたどしい喋り方をするシンは顔を伏せて嘆息した。
「ごめん……今はちょっとうまく喋れないや……。
 ……あたし、あんまり役に立たないよ? 傍にいると危ないしさ。この間、わかったでしょ?」
 小さく呟くシンを見つめる宗真は不思議そうにする。
「シンには僕の補助をしてもらうだけですよ。万が一の時に助けてくれればいいんです」
「…………」
 前髪の隙間から、シンがこちらを見てくる。背筋に寒気が走るほど――その瞳は妖艶だった。
 すぐに視線を逸らしたシンは「うん、わかった」とうなずいた。
 ちょうど支部長室から双羽が出てきたので、宗真は声をかける。
「すみません支部長。この仕事に行きます。シンと二人で」
「…………」
 双羽は黙ってシンを見遣った。顔をしかめる。
「……シン、大丈夫なの?」
「うん」
 にっこりと笑顔で応えるシンを、双羽は心配そうに見つめたが嘆息した。
「ならいいわ。柳さん、シンをお願いね」
 …………。
(……ふつう、逆じゃないですか?)



 地図を広げて霊が通るルートを確認する。
「幻糸結界を使おうと思います。ここと、ここを囲むように」
 ペンで一箇所を丸で囲んだ。シンは塀に背を預けて宗真の話を聞いていた。
 最近この界隈で彷徨う霊体は邪魔をする者を襲うらしいのだ。夜間に同じ道を辿って動くその霊を捕獲するのが目的だ。
「……僕の話、聞いてます?」
「きいてるよ……」
 消え入りそうな声で言うシンは微笑む。疲れているのだろうか……? まあいい。続けよう。
「元々この魔術が僕の本領ですからね。なにも心配いりませんよ。あ、何か感じたら教えてくださいね。シンの勘はもう予知レベルですから」
「そ、そんな大そうなもんじゃないってば……」
 頬を赤らめて照れるシンはがくんと前のめりになる。慌てて宗真が支えた。
「だ、大丈夫ですか、シン!?」
「あ、ご、ごめん……」
 よろめきながら姿勢を正し、はぁ、と嘆息する。
 その様子を見て、宗真は気になっていたことを尋ねることにした。アンヌの言っていた……シンの『病気』は、もしかして彼女に憑いている剣が関係しているのではないだろうか?
「……シン」
「ん?」
「シンは、魔剣に憑かれてるんですよね?」
「うん。そうだよ」
「理由を聞いても? ……あ、いや、シンが話したくなければ別に構いません。忘れてください」
 あまり深入りするつもりはないのであっさりと言う宗真の横で、シンは苦笑いを浮かべた。
「隠してるわけじゃないからいいよ。えっとね……血統、かな」
「血統ですか?」
「うん。生まれた時から憑いてるからね……。たぶん父親から受け継いだんじゃないかなぁ……」
「受け継がれるものなんですか……? あの、シンのご両親はどうされてるんです?」
「いないよ」
 さらっと言ってから、シンは「えへへ」と照れ笑いを浮かべた。
「たぶん、死んだんじゃないかなぁ」
「死んだ……?」
「いや、わかんないんだけどね。たぶん、そうじゃないかなと思って。
 ソーマもさ、一人で暮らしてるんでしょ? フタバから聞いたよ。広いお家なんだよね。いいな〜」
「広いだけですよ。広すぎて一人には邪魔なだけです」
「そうなんだ。早くお嫁さんくるといいね。一人は寂しいもん」
 屈託のない笑顔で言うので、宗真は苦笑した。結婚にはまだ早いし、相手がいない。
「そういうシンこそ、彼氏くらい作ればいいじゃないですか」
 ぎくっとしたようにシンが停止する。表情を歪ませて頬を掻いた。
「いやぁ……。あたし、モテないからね。こういう体質だし、襲われることはあっても好かれることってないんだよ」
 彼女はそう言って宗真から三歩分、離れる。
「そういえばさ、あたし、ソーマのことなんにも知らないや」
「知ってるじゃないですか」
「ソーマの能力のことじゃなくて、他のことだよ。好きな食べ物とか、趣味とかさ。ソーマ自身のこと!」
 笑顔で言い終わったシンがハッとしたような顔つきになる。そして眉間に皺を刻んだ。集中したシンから、色気が立ち上った。
(……う。これさえなければ……)
 前屈みにならない程度にして欲しい。まるで宗真のその願いを知っているかのように、シンはじりじりと宗真から離れていく。
「……来たよ、ソーマ」



 特定の空間を囲むように、結界糸を使用する。それによって対象を閉じ込めるのだ。
 中年の男の霊が歩いている。いや、あれは歩いているというよりも……滑っているというか……。
 宗真の目には見えないが、シンには見えている。そんな彼女は宗真から数メートル離れた位置にいて、霊を目で追っている。
(……あんなに離れなくてもいいのに)
 電柱の陰に隠れている宗真はシンの視線を追う。先ほど確認した地図を思い浮かべた。この先に宗真が張った幻糸結界があるのだ。
(捕獲の後は浄化しても調伏してもいいってことなんですけど……)
 近所迷惑だというのはわかる。なにせ見えていない一般人にケガを負わせてしまうのだ。
 とにかく一般人の迷惑にならないようにすることが目的だ。
 ちら、とシンを見遣る。彼女は自身を抱きしめるようにして、そわそわしていた。まるで寒さを我慢しているような仕草だ。
 ぴりっと指先から痺れが走る。結界に入った!
 即座に結界が発動し、霊体を閉じ込め、一般人の目に触れないように隠蔽した。
(よかった)
 安堵する宗真は簡単に終わったのでどこか落ち着かない。霊は結界の中で暴れている。結界を破壊される恐れはないが、さて……どうしよう。
(後は僕の人形でも始末できますし、楽な仕事でしたね)
 これは宗真にとって相性のいいものだったのだろう。こういうものばかりだと助けるのだが。
 シンを連れてくる必要はなかったかもしれない。そう思って彼女のほうを見ると、シンは立ったまま電柱にもたれてうとうとしていた。さっきまでそわそわしていたのに。
「っ、シン! 寝たらダメですって!」
「う?」
 重そうな瞼を必死にあげるシンは目を擦った。
(病気なんですか? 本当に?)
 ただ眠いだけじゃないのか?
 駆け寄ろうとする宗真に気づいてシンは慌てて離れる。
「? なにしてるんですか?」
「え? あー……いや、べつに」
 不自然な答え方に不審そうな顔をしていると、シンは困ったように笑った。
「ソーマの仕事の邪魔しちゃ悪いからさ」
「…………」
 合点がいく。例の、集中した時の色香を気にしているのだ。そうならそうと言えばいいのに、変なところで素直じゃない。
「ちょっと待っててください。霊を始末して来ますから」
 そう言って宗真はシンを残して走り出した。



 無事に霊を退治し、妖撃社に戻ってきた頃には、すっかり夜中を回っていた。だが二階の事務所にはまだ明かりがついている。
「あー、終わった終わった。っても、あたし、なんにもしてないけどね」
「いえいえ、シンには最後に大きな仕事を手伝ってもらいますから」
「は?」

 シンが座っている横――クゥの席に座ってから、宗真は彼女の手元を覗き込む。最後まで残っていたアンヌがシンに鍵を預けて消えてから、数分が経過していた。
「今回の報告書は、シンが書いてくださいね」
「……な、なんで……。これ、ソーマの請けた仕事なのに」
「何事も練習しないと上達しませんよ? 駄目なところとか、コツとか教えますから」
「コツって言われても……」
 真っ白なままの報告書に、シンはシャーペン片手に挑む。ひらがなの部分で字がへろへろになるシンは、難しい顔をして辞書を開いていた。
「…………」
 ゆっくりと書いていくシンは、それでも懸命に辞書とにらめっこをしながら進めていく。
(……シンのは、こうやってできていくんですね。なるほど)
 なんだか、微笑ましい。つい笑みが浮かんでしまう。
「あ、そこで擬音を使っちゃだめですよ、シン」
「ぎ、お、ん?」
 首を傾げるシンは困ったように眉をさげた。
「あぁ、そこのひらがなはカタカナに直してください」
「う……」
 ぷるぷると手が震えるシンは荒い息を吐き出す。
「うぅ、ソーマぁ……お願いだから代わってぇ!」
「ダメですよ」
 素っ気なく言うと彼女はうなだれた。あまり苛めるのはよそうかな。
(そっか……シンは日本語が難しいんですね。喋るのはいいとしても、書くのは苦手、か)
 でも、これだけ書けるなら彼女は相当な努力をしている。その結果だから、双羽も強く文句を言えないのだろう。
 頬杖をつく宗真は悩むシンの横顔を眺めた。
(後でお手本というか、マニュアルみたいなものを作ってあげましょうかね……)
 やっと下書きが終わって、シンはそれを綺麗に一文字ずつ上からボールペンでなぞっていく。それにも時間がかなりかかった。
(こ、これは……支部長が怒れないわけですよ)
 作成所要時間を考えたくもない。ブラインドの隙間から、朝日が室内に差し込んでいる。
(徹夜してしまいました……)
 内心で溜息をつく宗真とは違い、シンは出来上がった報告書を掲げて歓声をあげた。
「やった! できたよソーマ!」
「良かったですね」
「まともな報告書なんて初めてだ〜……。嬉しいよ! ありがとう!」
 抱きついてきたシンを受け止める気力がなくて、そのままイスごと引っくり返った。痛みに顔をしかめつつ上半身を起き上がらせた宗真は唖然とする。
 自分に抱きついたまま、シンが寝息をたてているのだ。
(ええ〜……?)
 なにこれ。
「………………まぁ、いいか」
 やれやれと肩をすくめた宗真は、シンが手に持っている報告書を見て微笑する。……へたくそな字だ。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7416/柳・宗真(やなぎ・そうま)/男/20/退魔師・ドールマスター・人形師】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、柳様。ライターのともやいずみです。
 シンの秘密がちょっとだけ明らかに。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。