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<東京怪談「雪姫の戯れ」・雪姫と戯れノベル>


『草間興信所の熱い夜の(雪)遊び』

「白くて冷たいものが舞い落ちる。なんて素敵なのでしょう」
 少女は一人、手を伸ばした。
 冷たい冷たい固まりが、手の中に落ちて、消えていく。
 こんなにも大量の雪が、こんなにも長い時間振り続け、そして積もるなどということは、東京では起こりえないことだった。
「これが、雪が舞い降る、というのでしょうか」
 少女はうっとりとした笑みを浮かべながら、ふわりと跳んだ。
 黒い毛皮のコートについていた白い固まりも、一緒にふわりと空へ舞い戻る。
 一歩、いっぽ歩きながら、少女は銀色の世界を見回した。
 ふと、雪に覆われた店が目に映った。
 その中の、知り合いの女の子の姿も。

 成人雑誌を虚ろな目で見ながら、シュライン・エマは乾いた笑みを浮かべていた。
「シュライン、さん?」
 なんだか様子が変だと気づき、思わず草間零は足を一歩後ろに引いた。
 シュラインはおもむろに携帯電話を取り出すと、草間興信所に電話をかけた。
『はい、草間興信所ー。ヘックション』
 草間の声とくしゃみの音が携帯電話から流れてきた。
「黒い長髪の目が大きな10代半ばくらいの子。ボブカットの大人しめな10代後半の女の子。スタイル抜群の金髪美女。スナックのママ風の女性」
 目に映っている雑誌の表紙を事務的に表現する。
『……は?』
「で、どれが武彦さんの好みなの?」
『何の話だ?』
 すっとぼけてるんだろうか。
 それにしても、こういう雑誌の購入を、普通『妹』に頼むか?
 ありえない、アリエナイ、あ り え な い!
 ブチッ!
 シュラインは携帯を切ると振り向いて零を見た。
 零は戸惑いの表情を浮かべながら、足を引いた状態でシュラインを見ていた。
「パチンコか競馬の本でいいんじゃないの」
「で、でも……兄さん、パチンコも競馬も賭けるお金自体がないから、本とか見ませんし……」
「へえぇぇぇぇぇ、そう」
 にっこり笑って、シュラインはスタスタ食料品コーナーへと消えていった。
 笑っていたのに。確かに笑っていたのに、凄まじく恐ろしいオーラーを感じ、零はしばらくの間動けなかった。
「どうかしたのですか、零様」
 黒い毛皮のコートを纏った少女――海原・みそのが、零に近付いてきた。
「あ、いえ、ええっと……兄さんにお使いを頼まれたんですが、どれを買って帰ればいいかわからないんです……熱い夜を過ごすための、激しい本が欲しいとのことです」
 零は困ったように、成人雑誌を見ている。
「まあ、熱い夜を過ごす為の本ですか」
 みそのは雑誌を手にとって、ぺらぺらと捲ってみる。
「わたくし、こういった雑誌は良く分かりませんけれど、熱いりびどーな“流れ”が満ちているものでしょうか」
 みそのの言葉が理解できなかったらしく、零は首を傾げた。
「殿方の趣向も様々と聞きますが……あまり嗜好性の高いものはありませんし、「生まれたまま」「制服」「大きい胸」などはいかがでしょう」
「よくわかりませんけれど、兄さんが欲しそうなものがいいと思います」
「では、こちらの雑誌にいたしましょう」
 みそのが選んだのは、「本日発売」の札がついていた、グラマーな手ブラ少女が表紙の、アダルト雑誌であった。
「ではこれで」
 零は何の疑いもなく、雑誌を持って、レジに向った。
「あと、熱い食べ物とか、飲み物も必要なんです。この他に兄さんが喜びそうなものって何でしょうか?」
 零が持っている籠の中には、カレーのルーに、お酒、洋酒ケーキに粉末の唐辛子が入っている。
「そうですね。熱い食べ物といいますと、おでんでしょうか」
「それでは、おでんも買っていきましょう」
 スーパーまで行くのは困難なため、カウンターで煮えているおでんを3人分ほど購入することにする。
 ドン!
 隣のレジから大きな音が聞こえ、零はビクリと振り向いた。
 シュラインが虚ろな微笑みを浮かべたまま、清算をしている。

 何故だか少し迫力のあるシュラインと合流をし、コンビニを出ると、3人で草間興信所へと向う。
「……あ、零さんだ……」
 興信所の側で、3人は顔なじみの少女、鳳・つばきと出会った。学校帰りのようだ。
「その袋の中身……」
 つばきは透けて見える雑誌の表紙に、首を傾げた。
 そして、メンバーをもう一度確認をする。
 零に、シュラインに、みその。いずれも女性だ。
 3人が向っている先は、草間興信所。
 つまり、このエロエロな本は、草間武彦の私物となる本だろう!
「これは……お邪魔するしか……。ふふふ……」
 草間のイメージとのギャップに多少驚きながらも、興味本位でつばきは零達と一緒に草間興信所に向うことにした。 

    *    *    *    *

 その少し前。草間興信所に来客があった。
 客人、氷女杜・天花は、営業で訪れたのだが、この天気である。互いに請け負っている仕事がないため、草間とまったり会話をしながら、時を過ごしていた。
 そんな時、黒電話がけたたましく鳴り響いた。
 草間は毛布から手だけを出して、受話器を取る。
「はい、草間興信所ー。ヘックション」
 草間は風邪を引きかけているらしい。
「……は?」
 訝しげに、草間が言葉を発する。
「何の話だ?」
 電話はすぐに終わった。
 受話器を置くと、草間は眉間に皺を寄せて、唸り声を上げた。
「どうしたの?」
 気になって、天花が訊ねる。
「いや、なんかシュラインが怒ってるような……。怒らせることしたか?」
「あたしに聞かれても」
 くすりと天花は笑った。
「何か思い当たる節はないの? あたしが来る前に、何かあったとか」
「いや別に。シュラインが買物に出かけた後、零にも買物に行かせたんだが……。それを怒ってるのか? 熱い夜の計画を話さなかったことを? しかし、シュラインが出かけてから決めたことだからなー」
 ぶつぶつと草間が呟く。
「そうよ、間違いなくそれよ!」
 天花は目を輝かせて立ち上がった。
「零ちゃんと2人だけで熱い夜の計画を立てるなんて……。お相手は誰のつもりだったの? まさか零ちゃん?」
「……はあ? 皆で楽しもうと思ったんだが」
「皆でなんて――草間クンがそんな人だとは思わなかったわ」
 熱い夜=愛する人と、情熱的な夜を過ごしたい! ああ、純愛だと思ったのにっ!
 天花は首を左右に振りながら、決意する。
 きっとあたしがいるから、照れてそんなこと言ってるだけだわっ!
「草間クン、本気で熱い夜を過ごしたいと思ってるのよね?」
「ああ、刺激的で燃えるような熱い夜を過ごすぞー。零が雑誌やビデオを買ってくるはずだ」
「なるほどね。了解よ。草間クンが本気なら、『良縁を結び続けて二十五年』のこのあたしがとびっきりの燃える純愛ドラマを選んであげるから、安心して♪」
「純愛? そんなんじゃ、燃えないと思うが……」
「ただいま戻りました」
 零の声に、2人同時に振り向く。
 雪を払い、零が入ってくる。
「草間様、お邪魔いたします」
 微笑ながら、頭を下げ、みそのが入ってきた。
「草間さん……こんにちは……ふふ」
 おっとりとした笑みを浮かべながら、つばきが続く。
 そして、最後に不機嫌そうなシュラインが事務所に入ってきた。
「まあ……!」
 天花は目を見開いた。
 見事に女性だけだ。この子達全てと熱い夜を過ごすつもりだったのだろうか。
 しかも、年齢もバラバラ、容姿もバラバラ。
 草間の趣向って一体!?
「零ちゃん、夕食の準備するから片づけお願いね」
 シュラインがにっこり笑って言うが、目は全然笑っていなかった。
「あ、あたしも手伝うわ〜」
 事務員であるシュラインが怒るのも無理はないと、天花は納得しながら後を追うのだった。
「兄さん、買ってきました」
 零が草間の事務机の上に、例の雑誌を置く。
「…………」
 草間は毛布に包まりながら、机の上のものを見る。
 真顔で目の前に立っている零。
 零の隣で、微笑みがなら自分を見ているつばき。
「素敵な肌の女性ですね。最低限纏われているお洋服も、とても鮮やかです」
 雑誌の女性を褒めるみその。
「…………」
 草間は、反応に困った。
 非常に困った。
 なぜ、こんなものがここにあるのか、理解が出来なかった。
 しかも、何故、零の手から手渡されるのか、理解不能だ。
「なるほど……草間さんは、こういう子が好きなんだ……皆と楽しむなんて、変わった趣味ねえ……」
 つばきが雑誌をぺらぺらと捲り出す。
「こ、こらこらこらこら。なんだこれは!」
 毛布から脱皮して、草間はバタンと雑誌を閉じる。手の平で表紙の女の子を隠しながら、ぎろりと零を見た。
「熱い夜を過ごすための本です」
 零ははっきりと言った。
「はあ? 俺は格闘技の本を頼んだつもりだが」
「え? そんな事、兄さんは一言も言いませんでした」
 そう言って、零はメモ用紙を取り出して見せる。
 そのメモに書かれていた単語は……。

・刺激が必要
・デザート
・甘い
・夜は熱く過ごす
・激しいヤツ

 ……など。
「だからほら……甘いデザート的な女の子でしょ。この本、中は結構刺激的で激しいし、熱い夜を過ごすには確かに最適だよねえ……」
 つばきはにこにこにこにこ笑う。
 ドカ、バキン、ドスン
 ……何故か、キッチンから激しい音が聞こえる。巨人の餌でも作っているのだろうか。
「いやまて、ええっと」
 草間は自分の言葉を思い出そうとする。
「夜は刺激的に激しく……じゃなくて、刺激的な夜を熱く……でもなく、激しく刺激的な夜を……いやいや」
「まあまあ、若い殿方なんだし、隠さなくても……」
 つばきがにこにこ笑う。
「隠してるわけじゃないんだがっ!」
 草間は必死だった。
「とりあえず、誤解だ。コンビニに行って交換してこい!」
「あら……お気に召しませんでした? 残念です」
 そう言って、みそのが雑誌に手を伸ばした。
「それでは、本屋でもっと趣向性の高いものを選んで参りましょう。零様、メモをお貸しくださいませ」
 零はみそのにメモを渡した。
「コンビニ持っていったら……一通り見た後飽きたから交換って思われるかもね……ふふふ」
 つばきの言葉に、草間は必死になってみそのの手から雑誌を取り上げた。
「これ以上、俺の品位を汚すな。読みたかったのは、格闘技の本だ! 大体こういう本を近くのコンビニで買うわけがないだろ。まして、零に頼むわけがないだろーが!」
「そうよね、こっそり出先で買うのようね。出張先のホテルで高いお金払ってビデオを見たりするのよね」
 冷たい声が響いた。
 見ればシュラインが冷たく微笑んで零に手を伸ばしていた。
「零ちゃん、ルー」
「あはい、お願いします」
 零がビニール袋を手渡す。
「シュライン。話を聞いてただろ? 誤解だ。俺は格闘技の本をだな……」
「ふぅん」
 冷たぁい目で一瞥すると、シュラインはキッチンへと消えた。
「……で、熱い夜過ごせそう?」
 つばきの言葉に、草間は深いため息をついた。
 手の中の雑誌を見て、もう一度ため息をつく。
「この雑誌、2千円もしたのか」
 2千円。大金じゃないか。
 ……もったいないのでこのまま捨てることはできない。
 他意はない。他意はないぞー!
 草間は心の中で吠えた。

    *    *    *    *

「そうね、料理も必要よね、まだ早い時間だものねー」
 天花は冷蔵庫を開けて、中身を確認する。
 冷蔵庫には、様々な野菜。冷凍庫には肉が入っている。ジャガイモや玉葱も十分あり、貧乏とはいえきちんと食材は揃っているようだ。
「草間クン一人なら、毎日カップラーメンなんだろうなあ。シュラインさんもホント大変よね、事務仕事だけじゃなくて、食事の面倒まで見てるんでしょ?」
「ええ……まあ……」
 ため息をつきながら、シュラインはジャガイモを剥いていく。
 好きでやっているのだからいいのだけれど、自分や零がこうして必死に節約して残したお金を、ああいう本に使われるとねぇ……。
「シュラインさん、なんか、眼が怖いわよー」
 天花がシュラインの目の前で手を上下に振った。
「えっああ、すみません」
「それにしても、草間クンって、女性と熱い夜を過ごすために本やビデオが必要な人なの? まだ若いのに……。意外とシャイなのかしら?」
 ガラガラガシャーン
 シュラインは思わず、包丁を流しに落としてしまう。
「し、知りませんっ」
 包丁を拾うと、平常心を装いながらジャガイモを切る。
 それからは無言でせかせかせかせか動き、ぐつぐつカレーを煮込んでいく。

 …………。
 あまり考えずに料理を作っていたこともあり、眼が痛いことに気づく。
 カレーから立ち上る湯気が原因のようだ。
 ほんの少しだけ、味見してみる。
 辛いというより、痛い!
「このカレー、目に来る痛さなのだけど、大丈夫かしら」
 見ればルーの箱に『限定辛さ50倍!』と書いてある。
「草間クンのリクエストでしょ? いいんじゃない」
 隣でポトフを作っていた天花も唐辛子を手に取る。
「辛いのがお好みなら、こっちにもいれちゃいましょ」
 そう言って、蓋をかぱっと開けると、どっさりポトフに唐辛子を入れた。
「おでんも温めてください。それと、こちらもお使いください」
 みそのがシュラインにビニール袋を手渡す。
 一人、雪の中再び買物に行ってきたらしい。
 中には漢方やハーブ、そしてマムシ酒が入っていた。
「わたしくが御方との夜伽で使っているものです。いずれも、精力増強効果があります」
「よとぎ……って、ああ、みそのさんのご家族って、身体が弱いのね」
「まあ、毎晩看病? 大変ねぇ、若いのに。ふふふふ」
 微笑合いながら、みそのが買ってきた漢方をこれまた、どばどばおでんに入れるシュラインと天花であった。
 何故か今晩は料理に集中ができないっ。

「帰るの遅くなるから……」
「こら、いい加減その本返せ!」
 電話をしているつばきの手から、草間は例の高価な雑誌を取り上げた。
「あー、まだ全部見てないのに……草間さん……やっぱり、早く見たいんですね。ふふふ」
 話し半ばで電話を切り、つばきは笑った。
「いや、そうじゃなくて、こういうのは男女問わず、未成年は見るべきものではないというかな」
「苦しい言い訳しなくても……わかってるって……」
「何がわかってるっていうんだっ。俺はハードボイルドな探偵だ」
「ハードボイルドな探偵目指している、オカルトエロエロへっぽこ探偵……って、その辺の霊が言ってる」
「言ってるわけないだろ!」
 そういいながら、つい草間は周りを見回す。
「出来たわよー」
 天花が両手鍋を持って、事務室に現れる。
「ソファーで戴きましょうか。女の子だけなら、全員座れるでしょ。草間クンは自分の机で食べてね」
「はいはい、寂しく一人で戴きますよ」
 ふて腐れたように、言い、事務机の椅子に腰掛けた。
「草間様、どうぞ」
 草間のグラスに、みそのが酒を注いだ。
「ああ、ありがとう」
 何だか変わった匂いがする。
「お好きなだけお召し上がりください」
 そう言って、酒瓶を机に置くと、みそのは皆が集まるソファーへと戻っていった。
 ……それにしても。
 本当に、可愛らしい女性ばかり集まったものだ。
 決して疚しい気持ちはなく! 草間は微笑ましげに女性達を見ていた。
 女性達はそれぞれ、ジュースやお酒をついで、好きな料理を自分の皿によそっていく。
「武彦さんもこれ。食べる前に飲んでね」
 シュラインが草間に近付き、グラスに牛乳を注いだ。
 更に、鳥と生姜のスープをよそって、草間の机の上に置く。
 辛くはないが、生姜は身体を温めてくれるし、鳥は熱を持続させてくれる。
 ちょっとした拗れはあっても、やっぱりシュラインは草間の世話を焼いていた。
「ありがとなー。お前もこっちで食わないか?」
「遠慮するわ」
 ……でも機嫌はあまりよくないらしく、シュラインは女性達の元に戻るのであった。
 胃の壁を防御するための牛乳を飲んだ後、草間はカレーを一口口に含み……。即座に吐き出した。
 そして、酒を一気に飲み干す。
「なんだこれは……っ!? 辛いっていうか、いやこの酒も、生臭いっていうか、まるで血の味がー!」
 草間は一人わめいていた。
「マムシ酒です。精力がつきます。草間様には、日頃、妹がお世話になっていますので、最善のものを取り揃えました」
 振り返って、微笑みながらみそのが言った。
「ま、マムシ酒? ははははは……」
 草間は半分ほど飲んだグラスを、そっと遠くへ押しやった。
「おいしい〜……」
 つばきは一口、スープを飲んで、微笑んだ。
 そしてカレーをスプーンで掬って、口の中に入れた。
「か、辛い……というか、痛い……」
 涙目で、グラスをとって、飲み物を口の中に流し込む。
「つばきちゃん、それ私の……!」
 シュラインが止める間もなく、つばきはグラスの中身を飲み干してしまった。シュライン用のアルコール度数が高い酒を。
「辛い、もう一杯!」
 思い切り叫んだ後、真っ赤な顔でつばきは皆を見回した。
「シュラインさん、辛い……」
 シュラインの腕に抱きつくと、突如しくしく泣き出した。
「ごめんね。皆の分は甘口にしておくべきだったわね」
「口直しにどうぞお食べください」
 みそのがおでんを差し出す。
 つばきは受け取って、ぱくりと口に入れる。
「あはははは、辛い辛い。おでん辛ーい。あはははは」
 しかし、今度は一人で大笑い。
「あれ? おでんは辛くないはずだけど……?」
 そういいながら、シュラインもおでんを食べてみる。
 ……変わった味がするが、辛くはない。
「あー、身体がぽかぽかしてきたあ……。シュラインさーん」
 まるで猫のように、つばきがシュラインに擦り寄ってくる。
 どうやら、酔っているようだ。
「皆も、どんどん食べてー、暖かくなるよ……」
 次の瞬間には、がばっと身体を起こすと、今度は皆にポトフをよそりだす。
「いただきます」
 みそのは、カレーも、ポトフもおいしそうに食べていた。
「カレーは遠慮するわね」
 天花はカレーは遠慮したが、自分が作ったポトフには口をつけた。
 味見、していなかったが……。
「これ、味はトムヤムクンだな」
 ポトフを食べた草間の声が響いてきた。
「うわっ、辛い」
 一口食べて、天花は口を押さえた。
「……で、でも美味しいですよ」
 シュラインの言葉は、お世辞か、それとも少しは本心が入っているのか? 少し引き攣った笑顔だった。
「ええ、とても美味しいです」
 みそのは変わらず微笑んでいる。
「辛いよ……」
 つばきは再びしくしく泣き出した。

「さーて、お嬢さん方、美味しい食事で身体も温まったことだし、お兄さんと熱く激しく鬼ごっこでもするかー♪」
「わーい、わーい、わーい」
 食事を始めて数十分後、草間とつばきはすっかり出来上がっていた。
 草間はマムシ酒も結局全部飲み干したようだ。
「外で遊ぶのでしょうか? わたくしもご一緒させていただきます」
「いいわね、たまには童心に返って遊ぶのも」
 みそのも、多少酒も入っている天花も乗り気だった。
「よーし、みんなで熱い夜を過ごすぞー! いくぞ、零」
「え?」
 片付けを手伝おうとした零の手を引っ張り、草間はドアから飛び出して言った。
「わーい、わーい、わーい」
 つばきが後を追う。
「鬼ごっこといわずとも、スノートレッキング楽しそうよね」
「はい。この美しい夜の街を皆様と共に、感じたいと思います」
 天花と、みそのも後に続くのだった。
「ちょ、ちょっと!」
 食事の片付けを始めていたシュラインは突発的な皆の行動を知り、慌ててキッチンから飛び出した。
「ううん……まあ、こういう熱い夜なら、いいかな?」
 近所の方に迷惑はかけないで欲しいと思いながら、シュラインは開け放たれたままのドアを閉めようとして、そとの風の冷たさに、震えた。
「そういえば……武彦さん、風邪気味だったはず」
 草間がくしゃみを繰り返していたことに気づき、シュラインは慌てて事務所を飛び出した。

    *    *    *    *

 酔っ払いどもは、近くの公園で戯れていた。
 街灯の明りが、ちらちら舞う雪を、幻想的に彩っている。
 皆、コートを着ていない。
 その中でも、なぜかみそのはスクール水着姿であった。
 冷たい雪の感触がとても心地よく、みそのはふわりと舞った。
 これが雪。
 柔らかそうなのに、掴めば、消えてしまう。
 果敢ない結晶。
 そんなみそのの姿はとても美しく周囲に溶け込んでおり、皆違和感を感じていなかった……とゆーか、酔っ払って訳がわからなくなっていた。
「ちょっと皆ー! そんな格好じゃ風邪引くわよ」
 そう駆け込んできたシュラインの腕をぐっと草間が掴んだ。
「シュライン……捕まえたっ!」
「きゃあっ」
 突然がばっと抱きつかれ、シュラインは思わず悲鳴を上げた。
「それでは、皆様一緒におしくらまんじゅうしましょう」
 みそのがそう言い、身体を寄せてきた。
「みそのちゃんは、とりあえず、コート着なさいっ!」
 シュラインは落ちているコートを拾い上げて、みそのに渡した。
「妹と同じようなことを仰るのですね」
 そういいながら、みそのはコートを羽織る。本当は素肌で雪を感じたかったのだが、妹に止められたので普通に水着姿で来たというのに!
「おしくらまんじゅ、押されて泣くなー」
 皆で押し合いながら、シュラインは一人疑問を感じていた。
 私、一体何してるんだろう……。武彦さん、女の子達に囲まれて、なんか凄く楽しそうだし。
「押されて泣くなー」
 天花が思い切り身体をぶつけると、千鳥足だった少女がぽてっと前に倒れる。
「ふえーん、雪が辛いです……」
 顔から転んだつばきが泣き出した。
「つばきちゃんは、もう帰った方がいいわよ」
 シュラインが手を伸ばすと、シュラインの手をぎゅっと掴んで、つばきはへらへら笑った。
「雪だるま、雪だるまー♪ あっちの方に、辛いの沢山あるー」
 雪が沢山積もっている方へと、シュラインの腕を引っ張る。 
「お父さんだるまー、お母さんだるまー、子供だるまー♪」
 歌いながら、つばきは雪だるまをせっせと作っていく。
 シュラインもそれにつき合わされる。
「あう……っ」
 足がもつれ、つばきは再び、顔から雪につっこむ。
「ほら、やっぱり帰った方がいいわよ。クシュン」
 シュラインはつばきの雪を払いながら、くしゃみをした。自分自身も風邪を引きそうだ。
 手を引いて、無理矢理帰ろうかと思ったその時――。
 バサッ。
 大きな音と共に、木の枝に積もっていた雪が落ちてきた。
 衝撃に、頭がくらくらとする。
 見れば、雪に埋まってしまっている。
「雪だるまになったあ……」
 つばきはなんだか嬉しそうだった。
「って、身動きができない!?」
 皆を呼ぼうとするが、振り返ることもできなかった。
 でもなんだか……埋もれている方が暖かいかもしれない。
 そう、かまくらだって暖かいもの。
 そんなことを考えているうちに、眠気が襲ってきた――。

    *    *    *    *

「おはよー!」
 明るい声に、シュラインが眼を開けると、天花の姿があった。
 身体を起こし、回りを見回した。そこは草間の寝室だった。
「熱い夜はどうだった?」
「……え?」
 天花の言葉に、記憶を辿る。
 確か、皆を連れ戻しに外に出て……雪だるま作りを手伝っていて、雪に埋もれてしまい……その後の記憶がない。
「雪に埋まって意識を失っているあなたを見て、草間クン一気に酔いが醒めたらしくて、あなたを抱えて戻ってきたのよ」
「ご迷惑おかけして、ごめんなさい」
「いいのいいの」
 そう言って、天花はシュラインの肩をぱんぱんと叩いた。
「で、温まった?」
「え? あ、はい。おかげさまで」
 暖かい陽射しが射し込んでおり、この部屋の中は寒くはなかった。
「そっかー。こういう時は人肌で温めるのが一番だって、草間クンに助言しておいたのよ」
 天花のその言葉に、シュラインは思わずベッドから転げ落ちそうになる。
 まさか、皆の前で、何か妙なことでも……!?
 とりあえず、服は靴下までバッチリ着ている。昨晩のままだ。
「武彦さん、は?」
「つばきちゃんの家に謝罪に行ってるわ。彼女も眠っちゃって、興信所に泊まっていったんだけどね、朝、電話で物凄い勢いで怒られたらしくて」
「そうですか」
 シュラインはベッドから下りて、髪を撫でた。
 草間は朝までこの部屋にいたのだろうか。
 少しだけ……あの強烈なマムシ酒の匂いが残っているような気がした。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1388 / 海原・みその / 女性 / 13歳 / 深淵の巫女】
【7451 / 鳳・つばき / 女性 / 15歳 / 高校生兼祓い屋】
【3167 / 氷女杜・天花 / 女性 / 49歳 / 土木設計事務所勤務】
【NPC / 草間・武彦 / 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵】
【NPC / 草間・零 / 女性 / ?歳 / 草間興信所の探偵見習い】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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見事に女性だけ集まりましたっ。
それぞれ、二日酔いや風邪に悩まされていそうですが、草間も皆も楽しい時間を過ごせたと思います。
そして、あの本はその後どうなったのかが、ちょっと気になります……(笑)。