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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


逆松家事件 第二話

□Opening
 草間武彦は、現在世間に隠された事件の依頼を受けている。
 大企業、逆松グループの会長が刺殺された。その孫にあたる逆松一子が、犯人探しの依頼を持ってきたのだ。
「大体の情報は集まったな」
 すでに調べた屋敷住人達の行動表を眺め、武彦は呟く。
「じゃあ、もう、犯人が分かったんですか?」
 その時、草間零がお茶を持って現れた。
「まあな。動機は推測の域を出ないが、一人矛盾した言動をした奴がいたのさ。俺は、そいつが怪しいと踏んでいる」
 武彦は自分の推理に自信を見せる。
 実際、自信が有ったのか、今にも一子に連絡して犯人を指摘する舞台を整えるよう伝えるつもりだ。
「けれど、兄さんだけの意見で、納得してくれるんでしょうか?」
「え、それ、どういう意味?」
 無邪気に小首を傾げた零に、若干不安がよぎる武彦。
 結局、武彦は情報を整理し、犯人を指摘したり推理したりする仲間を集めた。

 以下、逆松家の人々とその主張他

 逆松三郎太(享年96歳):逆松グループ会長。刺殺。屋敷に住んでいた。
  凶器はアイスピック。ベットで息絶えていた。
 逆松一美(63歳):三郎太の娘。実質的には逆松グループの運営全般を担っている。屋敷在住。
  屋敷内の全ての貴重品の移し変えを提案。この件は三郎太、一美、博信しか知らない。
 逆松博信(68歳):一美の婿。肩書きは専務。屋敷在住。
  ずっと夫婦二人でいた。
 逆松一子(33歳):一美・博信の娘。武彦の依頼人。病弱。屋敷在住。独身。
  夕食以外は自室で寝ていた。
 逆松二郎(33歳):一美・博信の息子。腹違いと噂され家出。事件当日、金の無心に屋敷を訪れていた。独身。
  論太なら事件を起こしそうと主張。三郎太に借金を断られた。
 川崎三和(31歳):一美・博信の娘。家族の反対を押し切って好きな相手と結婚。事件当日夫と実家へ帰省していた。
  誰の事も良く分からない。一子が籠の鳥だったのかも? 二郎の帰省理由も知らず。
 川崎論太(28歳):三和の夫。自称ミュージシャン。逆松系列銀行に多額の負債有り。事件当日妻と逆松家へ帰省していた。
  犯人は自分の才能に嫉妬しているかもと憂いていた。
 鹿島案子(56歳):逆松家住み込みの家政婦。独身。最近のメイドブームに乗って自分の肩書きをメイドにしたいと周囲に漏らしていた。
  逆松家の様々な事情に詳しい。
 
 以下、事件前日当日のタイムテーブル

<前日>
 05:00 三郎太、起床
 06:00 一美夫婦、起床
〜12:00 三郎太、部屋で雑務。一美夫婦、屋敷内の指示。博信、数回自室へ。
 12:00 昼食。
〜15:00 三郎太、昼寝。
 15:00 川崎夫婦、屋敷到着。
〜17:00(推定) 三和、庭の花壇を散歩。論太、部屋でギター演奏。
 18:00 二郎、屋敷到着。夕食開始(三郎太、一美、博信、三和、論太、一子、二郎)。
 18:30頃 二郎、両親と喧嘩、途中退席。
 19:00 夕食終了。三郎太、一美、博信、一子、各部屋へ。三和、論太、リビングへ。
 20:00 三和、論太、部屋へ。
 21:00 三郎太、就寝。
〜23:00 論太ギター演奏。
 23:00 一美、博信、就寝。
 ※一子は、夕食以外は部屋で過ごした。

<当日>
 01:00 三和、論太、就寝。
 05:00 遺体発見。
 05:00過ぎ、案子、一美夫婦へ報告。

□01
 一通り状況を確認してから、武彦は一同に問いかける。
「と、言うわけだ。どう思う?」
 シュライン・エマは、優しく微笑んだ。
「うん、武彦さんの理論立て推理はいつも信頼出来るし説得力もあると思うの」
「シュライン……!」
 その言葉に、武彦はほんの少しだけ表情を和らげる。自分で自信のある推理があると語ってしまったが、やはり、どこかで緊張しているのだろう。
「ただし、今回は表沙汰にしない特殊な事件だから、納得させるのが難しいかもしれないわね」
 犯人が分かれば、後は警察にと言うわけには行かないのだから。
「そうだね。俺は、二郎君と論太君にもう一度話を聞いてみたい」
 腕組みをして状況を整理していた三葉・トヨミチは、そう提案した。
「まぁ、二人に話を聞く時間はあると思うが」
 何を聞くんだ? と言う武彦の視線に、トヨミチが軽く頷き返す。
「うん。特に二郎君は夕食の後何をしていたのか全然分からないからね」
「……、なるほど。分かった、屋敷についたら聞き込みをしよう。他には、どうだ?」
 武彦は、そう言って黒・冥月を見た。
「む……。パズルはともかく、推理は得意では無いんだが」
 話を向けられた冥月は、思わず顔をしかめる。そもそも、情報を集めるだけで終わろうと思っていたのだ。何より、こう言った推理と言うのは……。
「そう、そう言うのは”あの人”の役目だったし……」
 ふっと、ほんの一瞬、冥月が見せたのは、弱々しい女性の姿だった。
 消え去りそうな声を聞き、武彦はもしかしたら彼女に何かがのり移ったのかもしれないと、きょろきょろと辺りを見回したほど。
 しかし、今までの経験からここで何か話せば、鉄拳が飛んでくること間違いなかったので、武彦はぐっと口をつぐみそれ以上何も言わなかった。
 けれど、冥月は、じろりと武彦を睨み、肩をふるわせる。
「……、何か、言いたい事でもあるのか?」
「ないないない。……、いや、二郎と論太に聞く事は他に無いか?」
 首を振り、真顔に戻った武彦に、冥月はこう告げた。
「そうだな。二人がもし三郎太氏へ金の無心へ行ったのなら、その時間と彼の生死を聞きたいな。それから、もし可能なら、逆松家の顧問弁護士に三郎太の遺言を確認したい」

□02
「それじゃあ、屋敷に行く前に、それぞれ推理を聞かせてくれ。ある程度絞り込んで、最終的に屋敷を調査した後、犯人を指摘しよう」
 その段取りは、すでに一子に相談済だ。
 武彦の申し出に、シュラインが話をはじめた。
「んー……。実行犯とは別に、殺人誘導者がいるのかもしれないわね。それが結果的に、だとしても」
「どういう事だ?」
「まずは、最初から考えましょ」
 首を傾げる武彦に、シュラインは一度にこりと笑いかける。
「収集した情報から、二郎氏が犯人の可能性が一番高いかな。川崎夫婦が二郎氏の帰省理由を知らないと言う事と、二郎氏が屋敷に到着した時間を考えると、三郎太氏へのお金の打診は夕食後だったと思うの」
「川崎夫妻が彼の帰省理由を知らないのは、やはり」
「そう、夕食時にその話題が出なかったんでしょうね。二郎氏は途中で席を立っているし、その時以外、彼が川崎夫婦と会話をする時間が無いもの」
 二郎は夕食の直前に屋敷に到着したため、夕食前に金の無心をしたとは考えにくい。
 つまり、夕食後、三郎太と二郎は会話した事になり、それがすなわち殺害の時となってしまった可能性があるのだ。
「貴重品を移動され自由なお金が無い三郎太氏は、お金を貸さなかった。けれど、その事を知らない二郎氏は、カッとなって……とかね」
「誘導者と言うのは?」
「貴重品移動を提案した一美さん、かしら」
 息子の二郎が、帰省するたび祖父にお金を無心していた事を一美が良く思っていなかったなら。
 すぐにかっとなる息子の激しい気性を考え、三郎太に借金を断られるようなことがあったなら彼がどう動くか計算していたなら。
 一美は、三郎太に、自由になるお金をなくすため、貴重品移動を提案した?
 それは、可能性の話だったけれど、ひどく陰湿な予感がした。
 黙り込む武彦とシュラインに、トヨミチが片手を挙げて続く。
「俺も、怪しいのは二郎君だと思うな」
 黙りこんでいた武彦は、興味深そうに続きを促した。
「動機については、貴重品が移し替えられていたせいで、三郎太氏の自由になるお金がなかったんじゃないかな。そして、借金を断られた」
 これは、シュラインの考えとほぼ同じだった。
「二郎君は論太君について”あいつだって借金を断られただろう”と言っている。しかし、おそらく論太君は今回の訪問で金の無心はしていない」
「それは?」
「川崎夫婦が逆松グループの経営状態を全く知らなかったからさ。それに、もう一つ。論太君はずっとギターを弾いていたから、借金を申し込みに行くタイミングがないんだ」
 屋敷に到着してからギターを弾き、夕食後部屋に戻ってからもギターの音が聞こえていたと証言がある。
 それを考えると、二郎の”論太も借金を断られた”と言う主張に違和感を感じるのだ。
「だったら、何故二郎君はそう思い込んだのか? それは、夕食以前の論太君の行動を知らないからじゃないかな?」
「……、まぁ、確かにそうだが、もともと二郎は夕食直前に屋敷についたから、知らなくて当たり前なんだろうけどな」
 武彦はそう切り返したが、面白い見方だと思った。
 冥月に誰が怪しいかと問われ二郎は論太の名前を挙げる。その理由が、借金を断られたから。これでは、まるで、借金を断られた者が事件を起こしたと主張しているようなものだ。しかし、肝心の論太は、おそらく借金を申し込んでいない。となると、もう一人、借金を申し込んだ者が犯人だと言う事になるのだが?
 それに、気になるのは、二郎はどうして論太も借金を申し込んだと勘違いしたのだろうか?
「お前はどうだ?」
 それまで黙っていた冥月は、武彦に問われて首をひねった。
「まだ情報不足で……、誰でもありえそうだが、まさか自殺の可能性はないよな?」
「さぁ。正面からアイスピックで一突きだからなぁ……。可能性は薄いだろうな」
 一突きと言いながら胸の辺りを指差した武彦の姿を見て、冥月は軽く頷く。
「金の無心をした二人も怪しいが、一番は逆松博信、かな?」
 どうやら、冥月は二人とは違う意見を持っているようだった。
「何故?」
「事件の際の”大きな物音”を知るのは犯人だけだろう。けれど、三郎太氏の部屋に一番近い博信が何も物音を聞いていないと証言するのは不自然じゃないか?」
「しかし、一美夫妻は常に行動を共にしている」
「そうだな。その場合、一美が共犯、と言う事になるが」
 冥月の考えを武彦はじっくりと検討し、いくつか引っかかる点を挙げる。
「すると、動機は?」
「それは……ベタなところで、遺産や跡継ぎの問題か?」
 なるほど、それで顧問弁護士に話を聞きたいと主張したのか、と、武彦は納得したように何度か頷いてみせた。
「博信氏の証言だが、逆に、事件の際に大きな物音はしなかった、とも取れないか?」
「確かにな。どちらにしろ、二郎の慌てぶりは不自然だった。もしかしたら、死体を見たのかもしれないし、やはりもう一度話を聞きたい」
 それぞれの意見を聞き終わり、武彦はシュライン、トヨミチ、冥月を順番に見る。
「分かった。ここは多数決を取って、基本的に二郎が怪しいと言う心積もりで屋敷に行こう。聞き込みで、二郎がシロだと分かったら博信と一美にも疑いを向ける。それで良いか?」
 その言葉に、三人は頷いた。

□03
 約束の時間に屋敷を訪問すると、一階のリビングへ通された。
 リビングは広く、十数人が余裕を持って休息を取れるほどのソファーセットが備え付けられている。
 一子からあらかじめ説明を受けていたのか、事件当日屋敷に滞在していたメンバーが顔を揃えていた。
 一美と博信は長いソファーに並んで座り紅茶を飲んでいる。川崎論太は、窓辺に陣取りカーテンの裾を弄びながら外を眺めていた。川崎三和は、部屋の隅にある本棚の前で分厚い洋書を読んでいる。
 二郎は、そわそわと部屋を行ったり来たりしていたが、武彦達が姿を現すと、一番に声を上げた。
「くそっ、テメーら、何様のつもりだよっ。探偵だ? 犯人を言い当てる? 何を今更……! 爺は死んだんだ。ニュースを見なかったのか? 病死だよ、病死! 変装までして、くだらねぇ。騙しやがったんだな!」
 変装とは、前回屋敷を訪れた際の霊関係者の扮装の事だろう。
 しかし、興奮している二郎をあえてなだめる事はせず、武彦はソファーに座る一美に話しかけた。
「無礼を承知で幾つか確認したい事がある。時間をいただきたい」
 この部屋の中で、いや、今や逆松の中で一番の権力を持ったと思われる一美は、武彦の言葉を聞き、手にしていたカップをテーブルに戻した。
「一子が貴方に依頼をしたと聞いた時には驚きました。床に伏せっているだけ、親の庇護無しでは生きられない病弱な娘だと思っていたのに」
「ただ、今回のやり方は、少々子供じみていたね。すっかり騙された僕が、大きな口は叩けないけど」
 一美の隣で同じようにカップをテーブルに戻し博信が笑う。
 けれど、部屋の雰囲気は決して明るくならなかった。
「親父、何を言ってるんだ?! 笑ってる場合じゃねぇよ。こいつらは、逆松家をバカにしたんだ! 叩き出してくれ」
 静まり返る室内に、二郎のいらついた声だけが響く。
「話すことなんか、何もないぜ! ほら、皆も、お、追い出そうぜ」
 ただ、彼の意見に賛同する者はいない。
 論太は二郎の声など聞こえていないように振る舞い窓の外を眺めていたし、三和は洋書から一度も目を上げなかった。一美も博信も、黙って座っている。
「けれど、今のままではただ家族を疑うだけの日々です。お母様、お父様、お許しください。逆松に愚か者などいないとおっしゃいますが、それを証明するためにもどうか、この方達に協力をお願いします。お互いがお互いを疑ってばかりでは、この先辛いですわ」
 ここで、最後に部屋に入った一子が深々と頭を下げた。
「勿論、逆松に愚か者など居ません。けれど、一子、貴方がそう思うのなら、最後まで付き合いましょう」
 一美の言葉に、今度は部屋にいる全員がはっと顔を上げる。
 悔しそうに顔をゆがませる二郎と、安堵の表情を浮かべた一子が対照的だった。

□04
「お話を聞きたいのは、論太君と二郎君です」
 トヨミチに名前を呼ばれ、論太は驚いたように振り返った。
 その後ろには、シュラインが静かに集中している。小さな鼓動も、わずかな言葉の様子も、聞き逃してはいけない。
「な、何だよ? お、俺は、その、そこの黒髪の女に全部話したぜ! だ、誰が疑わしいのかもな!」
「そうだな。では、もう少しだけ、話を聞かせてもらおう」
 そこの、と指差され、冥月はかすかに眉を寄せる。しかし、それ以上どうするわけでもなく、すぐに冷静な表情に戻り、二郎を見据えた。
 二郎は、自分の知っている冥月と、全く印象の違う彼女を見て、驚きの表情を見せる。
「あの日、お二人は夕食後、どんな行動を?」
 冥月の表情に気圧されたのか、二郎は静かにトヨミチの質問を聞いた。
「俺は、ずっと演奏をしていたさ。彼女に聞かせてあげたい曲を思いついたからね」
「そうです。あたし達、部屋に戻ってからはずっと一緒にいました。確かに、夕食前は、あたし一人で散歩してましたけど……、でも、彼はずっと部屋でギターを弾いていたわ!」
 論太は、トヨミチの質問に、髪をかきあげ答える。
 彼を弁護しようとしたのか、三和も横から声を上げた。トヨミチは、二人の答えに大きく頷きながらちらりとシュラインを見る。彼女は、静かに一度頷いた。特に不自然な音は響かなかったのだろう。
 それを悟られない様に、今度は冥月が二郎に問いかけた。
「では、お前はどうなんだ。三郎太氏へは、いつ会いに行った? その時、彼は生きていたのか?」
 シュラインの耳を信じるなら、論太は三郎太へ金の無心に会いに行っていない。
 だから、冥月は、二郎にだけ、その質問をした。
「はぁ?! 何で、俺が、そんな事に、こ、答えなきゃ、なんないわけ? そんなの、知らないね」
「私に、論太が怪しいと語った事は、嘘だったのか?」
 震えながらようやくそっぽを向く二郎に、冥月は畳み掛ける。
 室内にいる誰もが、固唾をのんで二人のやり取りを聞いていた。
「う、うそじゃねぇさ。こ、コイツは、曲も、売れなくて。か、金が欲しかったに違いねぇよ。だから、事件を起こしそうで怪しいのは誰か、って聞かれたら、こいつの名前が浮かんだ! 一個も嘘はねぇじゃねぇか!」
「なるほど、お前は嘘をつかないんだな?」
「あ、ああ。そうさ……」
「では、聞くが、三郎太氏へは、いつ会いに行った? その時、彼は生きていたのか?」
 その言葉を最後に、部屋に静寂が訪れた。
 同じ質問を二度繰り返しただけだというのに、二郎はぐっと言葉に詰まり黙りこむ。
 トヨミチはシュラインを見た。
 慌てる様子は限りなく本当のようだが、それが本当に彼の演技ではないと言い切る事ができるか? 他でもない、それができてしまうトヨミチは、そんなはずがないと分かっていてもシュラインの判断を待った。
 一方、シュラインは静かに二郎の行動を判断していた。
 攻撃的な口調だが、一つ一つの言葉を発音するたびに呼吸が乱れている。何度か大きく息を吐く、喉が渇くのか唾を飲み込む音まではっきりと聞こえてきた。鼓動は乱れ、二郎は喋るたびに歯がかみ合わず何度も歯を鳴らす。
「は、はは。それは、……皆が寝てから、な。ああ、爺に会いに行ったさ! そうだ。それで、爺は生きてたぜ! だってよ、お、俺は借金を、断られたんだからよ。それが、何だよ? あ? それに、論太だって、金を借りに行ったんだろう? 何で俺だけ!」
 最後には、悲鳴のような叫びだった。
 その姿を哀れむように、論太が見ている。
「いや、俺は三郎太氏には会いに行っていない。勿論、金の借用などしていないよ?」
「何だって?! う、嘘だ! 爺は、誰にも、俺にも、論太にも、金を貸せないって! だ、だから、俺は、お前も、金を断られたんだと!」
「けれど、実際、三郎太氏に会いに行ったのは貴方だけだった。だから、確かに、彼は、生きていた。貴方が彼を殺すまでは」
 最終的に、シュラインはそう判断した。
 彼女の凛とした声に、異論を挟む者はいなかった。

□05
 シュラインは、揺ぎ無く二郎を見る。トヨミチも、和やかな笑顔を浮かべながら、視線を二郎から離さない。冥月は、次のアクションに備え、ゆっくりと人々の動きを観察していた。
「え? 今更、それが、何だって言うんだ? 爺は病死だよ? 世間にそう発表したんだ。逆松家がそう発表したんだからな」
 二郎は、そう叫んで笑った。
 乾いた笑い。
 その場にいる誰もが、二郎でさえ、事件の犯人は明白になったと感じた。
「爺は、俺を裏切ったんだ。だ、だから、死んでも、当然の報いだっ」
 その時、部屋の真ん中でゆっくりと博信が立ち上がった。
 穏やかな表情で二郎に歩み寄り、彼の顔を覗き込む。
「裏切られた? どう言う事だい?」
「爺は、今日はお金を貸せないって! 絶対に金を出そうとはしなかった! 何でだよ……。今までは、ずっと俺に金をくれたのにっ。何で、何でだよ? 俺は、金がいるんだよ! それを、金を貸してくれないなんて、被害者は俺だよ、なぁ?」
 最後まで言い切った二郎に博信の平手が飛んだのは、その場にいた誰もが予想しなかった。
 ぱん、と、激しい音が響く。
 叩かれた二郎は、きょとんとするばかりだった。
「お義父さんはね、お前にお金を貸すたびに、いつか真面目に働いて返してくれると。貸したお金を元に、頑張るのだと、いつだって信じていたんだよ。けれど、お前は常にお義父さんの期待を裏切ってきた。裏切る、と言う言葉を、お前だけは使ってはいけない。それと、当たり前のことだけれど、いくら憎くても、人を殺してはいけないんだ」
「……、ふ、あ、何を……。爺は、病死だって、発表したんだろ? だ、だったら、俺は、俺は大丈夫だろう?」
 二郎は、信じられないと言う表情で博信にすがりつく。
「それに、爺は、もう死んだんだ。お、俺、裏切るとか、言っちゃったけど、もう、大丈夫だよな?」
 その、あまりに見苦しい姿に、トヨミチは大きく首を横に振った。
 何よりも、彼をぶった父親の博信の姿が、いたたまれなかったのだ。
 意識を集中し、三郎太の意識を読む。
 すでに亡くなった者の魂と言うのは、どんな形なのだろう。それは、分からない。分かるのは、流れてくる意識だけ。まだ屋敷に留まり、生きているものの愚かな行為を憂う悲しい意識だけ。
 三郎太氏の意識がかすかに流れ込んでくる。
 ああ、孫が心配で。
 年老いて、最も愚かだと自分が見下してきた人々のように、孫を甘やかしてしまった。
 せめてもの罪滅ぼしに、いつまでも孫を見守っている。
 その想いを。
 どうか。
 伝えて欲しい。
 その時、トヨミチの肩をシュラインが軽く叩いた。
「私も、一役買わせてもらえる?」
「じゃあ、是非おねがいしよう」
 そうして、トヨミチはシュラインにこっそりと三郎太氏の言葉を耳打ちした。

□06
「いつでも、どんな姿になっても、お前の事を見ているよ」
 シュラインの口から、三郎太の声が聞こえる。
 少なくとも、逆松家の人々は、そう感じた。
 二郎が叫んでいた時とは全く異質の、緊張が張り詰める。
「じ、爺……」
「お前が、他の者へ奉仕し、この罪を償ってくれる事を、見ているよ」
 誰も、何も、話さなかった。
 二郎はがくんと膝を折り、その場に崩れ落ちる。
「驚いたね。扮装は、扮装じゃなかったのかい?」
 博信が、両手を広げて驚きのポーズを見せた。
「俺は、一度も、あの姿が嘘だったなんて言ってませんよ?」
 トヨミチが笑顔で答える姿を見て博信は頭をかく。
 一美がソファーから立ち上がり、二郎へ近づいた。
「皆様、この度は、お手を煩わせてしまいまして、申し訳ありません。父の事件は、警察へありのままを提出いたします。勿論、”犯人”についても」
「お母様?」
 最後の審判を言い渡すような粛々とした口調で、一美は武彦に向かって宣言する。
 探偵を連れてきた一子は、はっと顔を上げ驚きの様子を見せた。
「言ったでしょう? 逆松の家に愚か者はいません。ゆえに、この者は逆松家の人間ではなくなりました」
 逆松家の長として、逆松一美が最初に下した大きな決断だった。

□Ending
「皆様、本当に、有難うございました」
 屋敷の外まで、一子が見送りに来た。
「せっかくご足労いただきましたのに、結局、お母様は全て知っていたのかもしれませんね」
 一子の言葉に、シュラインはそっと頷いた。確かに、二郎が崩れ落ちてからの決断は、早かった。彼女は、三郎太が自由になるお金がない事を知っていて、なおかつ、二郎が金の無心に屋敷へ赴いたと感じていた。そこまで情報があれば、可能性に気がついたのかもしれない。けれど、口をつぐんでいた。自分の胸に、しまっておこうと思っていたのかどうか、それは分からないけれど、人々の前で二郎が崩れた時、決めたのだろう。
「二郎の処遇についても、結局、こちらの主張通りにしていただいて、有難うございました」
「処遇は興味がない。親族で、好きなようにすると良い」
 冥月は、先ほどまでの冷たい印象を奥へ引っ込めて、静かに一子へ告げる。ただ、ひたすらに残念なのは、魂の抜け殻のような二郎では、ストレスの解消に殴る事さえできない。逃げてくれれば、心置きなく殴れたのにな、と、冥月は心の奥底で舌打ちをした。
 深々と礼をする一子の姿を振り返り、武彦は眉をひそめた。
「約束の報酬を貰ったのは良いが、なんつーか、最後まですっきりしないもんだな」
 犯人は分かった。
 それは正解だった。
 けれど、兄弟の犯行を暴いた一子。息子を断罪した一美。彼の甘えを増長させていた家族。全てがすっきりしない。胸に靄がかかってしまったようだ。
 すると、武彦の隣で、トヨミチが口の端を持ち上げ、こう話す。
「全て世は事もなし、と言うわけには行かないさ。それが、生きている俺達の世界だろう?」
 どうしようもない事が当たり前に転がっている、と。
 だったら、また、どうしようもない事を少しだけ解明していくしかないのかと、武彦はため息をつき煙草に火を灯した。
<End>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2778 / 黒・冥月 / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【6205 / 三葉・トヨミチ / 男性 / 27歳 / 脚本・演出家+たまに(本人談)役者】
【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

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■         ライター通信          
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 この度は、ノベルへのご参加有難うございます。
 連作にお付き合いいただきまして有難うございました。決めていたのは、犯人と動機にそれぞれの行動だけでしたので、結末にたどり着いて本当に良かったと思いました。捜査へのご協力有難うございました。

■シュライン・エマ様
 こんにちは、いつもご参加有難うございます。
 犯人への切り込み口、動機など、完璧でした。プレイングを拝見させていただいて、唸ってしまいました。私の思考はいつトレースされたのでしょうか。
 ともあれ、ご参加有難うございました。
 また機会がありましたらよろしくお願いします。