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霊園雪かきアルバイト
「ちょっと徳ちゃん、あなたなにしてくれたのよ!」
「なんだいやぶからぼうに……あれ、あんたハワイじゃなかったっけ?」
『けもののきもち』院長・随豪寺徳(ずいごうじ・とく)は額の眼鏡を更にずり上げ、雪まみれになってなお美しき腐れ縁・織女鹿魔椰(おるめか・まや)を眺めやった。
「今戻ったところよ! なによこの雪? また“うっかり”回線間違えてどっかの豪雪地帯とご近所を繋いじゃったってか? しかもあたしのとこだけ積雪2メートルってどういうこと!? 霊園埋没よ、激しく埋まっちゃってるわよ? あたしお家に帰れないじゃない!」
「落ち着きなさいよ……私じゃないよ、いきなりこうなったんだ。どうもなにか大きな力が働いたらしくてさ」
そこへ鼻歌まじりに駆け込んできたのは、元犬のにこにこマッチョ・只乃久朗(ただの・くろう)である。
「雪なのです、雪なのです! 皆で庭駆け回るのです!」
その開けっぴろげな笑顔に、魔椰の眉間に縦じわが寄る。
「お黙り、黒わんこ!」
「茂市こそ黙るのです」
「本名で呼ばないで!」
「はいはい、やめやめ」
例によっていがみあう二人を制し、院長が肩をすくめる。
「ここでキャンキャン吠えたって仕方なかろうが。じゃああれだ、雪かきしよう。とりあえず入口からあんたン家まで通れるようになりゃいいだろ? 友人知人赤の他人、皆に声かけりゃなんとかなるさ。お礼は……そうだね、平太んとこのシュークリームを買い占めてお茶でもしよう」
「あ、あらそう? 悪いわね、ありがと、徳ちゃん。じゃああたし、道具を調達してくるわ!」
慌ただしく走り去る魔椰を見送り、院長はさっきからもじもじしている久朗に振り返った。
「どうした?」
「妖怪にも頼むのはありなのですか?」
「は?」
助手の指さす先、窓の外にはいつのまにやらなまはげ、雪んこ、笠地蔵──他にもいろいろいるようだ。
「遊んでほしいのだそうです。いっぱい遊んで満足したら、冬じゃなくなるのだそうです」
久朗の通訳を聞くまでもなく明白な妖怪達の期待に満ちたまなざしに、院長、思わず苦笑がもれる。
「……まあ、半分遊びみたいなもんだし、手伝ってくれるってんならいじんじゃない?」
突如、サイレンが『けもののきもち』に響き渡った。
「なんだい出がけに……久朗、切っといで」
「切ったら警報の意味がないのです」
ぶつぶつ言いながら受付カウンター内に回った助手が手早く操作すると、耳を聾さんばかりの騒音がぴたりと止む。
と、不意に久朗が身を乗り出し、廊下の奥を凝視した。つられて院長も覗き込む。
戸外の雪のせいか常よりも重く感じられる静寂の中を、ずるり、ずるりと湿った物を引きずるような音が聞こえてくる。ぷんと鼻をつく磯のにおいをふりまきながら、第五処置室に続く角からゆらりと影が現れた。
「おかあさん……」
「しッ」
カウンターをまたぎ越し傍らで身構える久朗を、院長が制する。
その間にも影は薄暗い通路を進み、遂にはだだっ広い待合室の灯りの下に踏み込んで、まず右、そして左、もう一度右を確認した後二人に向き直り、首をかしげた。
「おや、道を間違えたようですね」
裾引くローブに海草を絡ませた全身ずぶ濡れの長髪青年の言いぐさに、院長が笑いだした。
「間違えるにも程があるよ!……どっから出てきたんだい?」
「なんだかぬらぬらした建造物がありましたが、脇目もふらずに出口を目指しました」
「よりによってそこかい。ちゃんと閉めてきたろうね……まあいいや、不法侵入と相殺するからちょいと手伝っとくれ、あのね──」
「ほほう、事情はわかりました、微力ながらこの東雲緑田(しののめ・ぐりんだ)! お手伝いいたしましょう!!」
「まだなにも言ってないんだがね。ま、説明の手間が省けていいや。うん、頼むわ!」
謎の闖入者といきなり意気投合した上、固く握手を交わす院長を眺めつつ、
「みんな自由過ぎなのです……でも面白そうだからいいのです」
久朗もいそいそとシュークリームの発注手配にかかった。
「これは良い埋まりっぷりですね」
緑田はきらめく雪の壁に小手をかざした。
『けもののきもち』や周辺の住宅街がせいぜい15センチの積雪の中、霊園の敷地内だけがみっしりと白銀に覆われている。2メートルという話だったが、どうもそれ以上ありそうだ。雪の塊を低い塀で囲っているような印象を受けるのは、塀の上辺を越えてなお垂直に伸びているせいだろう。
凍った門扉は湯を掛けてなんとか開けたが、好天とはいえ冬そのものの日射しを浴びてそそり立つ冷たい壁は圧倒的な迫力だ。
「開通したら、ちょっとした雪の大谷だねえ」
「近所にダムはないわよ、言っとくけど」
院長が頭を巡らすと、魔椰がいた。背後にスノースコップを担ぎスノーダンプを手にした取り巻きの黒服十数名を従えている。
「まさかの手掘りかい……あんたなら除雪車の二、三台、都合つくだろうに」
「ついても無理なのよ、都心は5ミリの雪でも交通大混乱なんだから」
「じゃあなんか適当に召喚して運びなよ、プテラノドンとか」
「あたしは怪獣使いじゃないわよ!」
もめるおばさん二名をよそに、緑田は黒服の一人からスコップを受け取りすたすたと雪壁に向かった。心惹かれる波長でも感じたか、妖怪達もわらわらと後を追う。
「おやそうですか、つまり魔法の大雪というわけですね……」
なぜか会話が成立している。
「では僭越ながら不肖東雲緑田、張り切って行きますよ!」
深々と突き立てたスコップに満身の力をこめ、
「えいや!」
気合い一閃、美しい軌跡を描いて見事に──腕が崩れた。肩口からもろっと。クラッシュゼリーのごとく。
「おやいけない、寒さで手が悴んだですかね」
やー失敗失敗、と破片を拾い集めてにょろりと再生する手際のよさに、“ギャラリー”から賛嘆のどよめきが起こる。
「いやなに、コツさえつかめば……ええ、皆さん妖怪さんですから、おそらく」
異様な雰囲気に院長と魔椰が振り返ると、緑田インストラクターの熱心な指導のもと、妖怪達が雪の壁に突っ込み、わざと崩れては再生するという目的不明のイベントを繰り広げていた。さらさらと舞う粉雪が蓑帽子の雪んこに変わる様はラブリーかつファンタジック、豪快にばらけてはくっつくなまはげの動きはワイルドかつアクロバティック、ひたすら頭突きを繰り返す笠地蔵はシュールかつパンクである。
「ご覧ください院長さん&マダム魔椰、名付けて『粉砕と復活の輪舞曲(ロンド)〜ダイヤモンドダストは永遠の煌めき〜ドキッ冬妖怪だらけの雪遊び・(地蔵の頭)ポロリもあるよ』!」
晴れやかに告げ、緑田はぐいと額を拭った。
「ふう、いい汗かきました」
「汗じゃなくて雪をかいてちょうだい!」
魔椰が足を踏み鳴らすのを合図に、黒服連が飛び出した。皆サングラスはともかくスーツに革靴という無謀ないでたちにもかかわらず、足を滑らすでもなく愚痴をこぼすでもなく、まずは病院前から霊園までの道路の雪をかいた後、『粉砕と復活の輪舞曲〜ダイヤモンドダスト(略)』の間をぬって黙々と作業に取りかかる。
「ほほう、整然としたナイスでクールな動きですね。皆さん有望です」
首から下げたぐるぐる眼鏡をオペラグラスのようにかざす緑田の呟きを、院長が聞きとがめた。
「転職のお誘いかい? あいつらは筋金入りの魔椰ファンだから難しいよ」
「いえ、お手すきのときのみ愛と平和のお手伝いをしてもらえたらなあと」
「愛と平和か……懐かしい響きだ。私も昔は正義の味方の端くれでね」
すると魔椰が口をはさんできた。
「今じゃどう見てもラスボスよね」
「元悪の幹部に言われたくないね」
それより、と院長は腕組みをして顎をしゃくった。
「前より高くなってないかい?」
きびきびと動く黒服達を嘲笑うかのように、霊園内の積雪はゆうに5メートルを超えていた。
「どうして降ってもいないのに積もるのよ!?」
「『粉砕と復活の輪舞曲(略)』がクチコミで広まりました」
雪の精が見物に集まって来たため毎秒鋭意増量中とやたら誇らしげな緑田に魔椰は頭を抱え、院長は苦笑いをする。
「緑田さん──」
「わかりました、お任せあれ!」
「……まだなにも言ってないんだがね。便利だからいいか、じゃ頼むわ」
濃緑のローブ(海草つき)を翻して妖怪達に向かう緑田に手を振って、院長は狐につままれたような魔椰に説明してやった。
「あんたンとこの若い衆の邪魔にならないように『粉砕と復活の(略)』会場をうちの駐車場に移して、適当に雪だるまでもこさえてもらって、我々はお茶にしようって寸法さ。ちょうどほら、久朗も帰ってきたし」
「ただいまなのです! おやつ到着なのです!──あれっ全然進んでないのです」
“しうくりいむ”と寄席文字調に印刷された大箱を肩に担いだ助手は、雪と格闘する黒服集団と、隣接する駐車場で思い思いに雪を固めている妖怪達を見比べ、どんぐりまなこを更に丸くした。
「なに、『粉砕と復(略)』とかちあってね。私らはお茶にしようよ」
妖怪達から目を離すのも不安なので、待合室から駐車場へテーブルを運び出し、野天で立食だ。大箱ぎっしりの黄金色のパイシューに、笠地蔵との歓談を切り上げて戻った緑田が目を輝かせる。箱は三列に仕切られ、それぞれ“デイリー”、“デリシャス”、“デンジャラス”と名札もついていたのだが、
「以前から興味はありましたが、星のめぐりが悪いのか食べるのは初めてです……ほう、本山葵の鮮烈な風味がなんとも……ふむ、これはガラムマサラ、こちらはニョクマム──」
「迷わず“デンジャラス”にいったねこの人は……こっちの、ちゃんと甘いカスタード入りもおあがりよ」
「なるほど、これは結構なスイーツで」
緑田が市場調査を兼ねて次々と──マニア及び罰ゲーム御用達の色物シューを中心に──平らげるうちにも、雪だるまは増え続けていた。どうやら競技的な要素が加わったらしく、お馴染みの玉二段重ねに留まらず、動植物や作り手の姿をかたどった物、アートの香りただよう奇怪な代物まで混じっており、妖気と冷気のコラボにより『粉砕と(略)』後半戦は再び異様な空気をかもしはじめた。
「こりゃ、かまくらにすべきだったかねえ……」
周りを雪像に囲まれ、さすがの強面院長も腕まくりの袖を下ろした。ちなみに魔椰は毛皮のコートを着用、緑田と久朗は平然としている。
「肝心の霊園は埒あかないし、真面目な話、小型の除雪機くらいは欲しいねえ」
「そうね、それなら運んで来られそう」
と、ぽんと手を叩いた緑田がおもむろにローブを探りだした。
「そういうことでしたら良い物が……ああ、ありました。さて可愛いわんこさん、貴方に除雪変身具をプレゼントです!」
問いただす暇もあらばこそ、緑田が動く。あっと気づいたときには、久朗に首輪が装着されていた。漆黒の革に刻まれた深紅の文様が美しくも禍々しい。
「“けるべろすチョーカー”です、これで豪雪地帯もその気になれば焼け野原!」
「へえぇ、面白い品をお持ちだね緑田さん」
「便利グッズをありがとうなのです、さっそくチャレンジなのです」
院長の反応が好意的とみて、元来がノリのいい性分とて久朗は勇んで飛び出してゆく。しかし、その満面の笑みに一瞬、黒いものが閃いたのを魔椰は見逃さなかった。
「ちょっ、ちょっとお待ち、こら、クロ!」
「ああご安心くださいマダム魔椰。あれは扱いが難しいので、せいぜい火の息を吐いたり炎を纏って暴れるくらいで──」
「いやぁぁ!」
叫ぶ魔椰の口に、院長がシュークリームを放り込む。
「まあ落ち着いて、とりあえずお食べ」
「れも徳ひゃん!」
「大丈夫だよ、久朗はああいうアイテムを使いこなせたためしが──」
言い終わらぬうちに、この世のものとも思われぬ唸り声が轟いた。道具を放り捨て、黒服達が逃げてくる。
「──たまにはあるようだね」
「いやぁぁぁぁぁぁ!」
絹を裂くような悲鳴に獣の咆哮が被さる。凄まじい熱波に、冬の妖怪達がかき消えた。
霊園の入口に、虎とも狼ともつかぬ漆黒の魔獣の姿があった。巨体からはゆらゆらと陽炎がたちのぼり、剥きだした牙の隙間からは青白い炎が漏れている。『粉砕(略)』によって10メートル余りにもなっていた雪の絶壁は、灼熱の息(ブレス)によって真っ二つに裂け、軌跡がそのまま道となっていた。
興奮さめやらぬ様子でしきりに身震いする巨獣の足元を擦り抜け、緑田と院長、そして魔椰と黒服達は雪の大谷もどきに踏み込んだ。ところどころ形状様々なモニュメントに遮られつつも、露出した地面は彼方の捩じれた塔まで続いている。
「へえ、うまく出来たもんだ。ところで緑田さん──」
「巨大化したのは想定外でしたが、簡易版ですから変身はすぐ解けますよ」
「そうかい、そりゃよかった」
「よくないわよ!」
黒服の肩車で双眼鏡を覗いていた魔椰が、異議を申し立てる。
「墓石も庭も無事なのに、どうしてあたしの家だけ焦げてるの!? 嫌がらせ? 嫌がらせね!」
「ああ、そうか。あんたが先週、久朗が楽しみに取っといた生チョコ、食べちゃったからからか」
「あと僕のトマトベリーのムースと抹茶どらやきとターキシュディライトも勝手に食べたのです」
食い意地満載の告発に一同が振り向くと、元の姿に戻った久朗が立っていた。こころなしか煤けている。
「しゅ、執念深い黒犬だこと……」
「でも今日のところはこれくらいで勘弁してやるのです」
おぼえてらっしゃい、と現役時代さながらの台詞とともに魔椰一党は被害状況の確認に去り、あたりは急に静かになった。
「お疲れさまです久朗さん、お見事でしたよ!……かなり有望ですね」
だが、ねぎらいの言葉に久朗はかぶりを振った。
「妖怪さん達、いなくなっちゃったのです。悪いことしたのです」
「いえ、目に見える姿を解いただけで、消滅したわけではありませんから。もっとも、気が済んだのでそろそろ帰るそうですが」
相変わらず波長は合っているらしい。
「そうなのですか! ならいいのです」
「さて、じゃあ病院に戻って改めてお茶にしようかね──ときに緑田さん」
ようやく本来の季節を思い出したか、次第に暖かみを増してきた日射しの中、連れ立って歩きながら院長がにやりと笑いかける。
対する一も聞かずに十を知る男・東雲緑田は、ぼさぼさ頭をかき、あっけらかんと答えた。
「ええ、帰る扉がちょっとわかりませんねえ……」
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【6591/東雲・緑田(しののめ・ぐりんだ)/男性/22歳/魔法の斡旋業兼ラーメン屋台の情報屋さん】
【NPC/随豪寺・徳(ずいごうじ・とく)/『けもののきもち』院長 】
【NPC/只乃・久朗(ただの・くろう)/『けもののきもち』助手 】
【NPC/織女鹿・魔椰(おるめか・まや)/パートタイム・シャーマン 】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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東雲・緑田様
こんにちは、三芭ロウです。お待たせして相済みません。
この度は雪かきアルバイトにご参加ありがとうございます。
病院からの登場には意表をつかれました。たぶん緑田様は楽々帰れるのでしょうが、あえてとぼけて締めてみました。
それでは、またご縁がありましたら宜しくお願い致します。
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