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<東京怪談ノベル(シングル)>


にくじゃがレベルアップの巻
 私の名前は八坂 佑作(やさか ゆうさく)。八坂家の家庭を内から支えるホームパパ。とは言うものの、家内に任されて流されるままに主夫になった訳ですが〜……、でもやってみれば意外と楽しいものです。今日は私の一日を料理を通して知って頂ければ幸いです。
 今日の夕ご飯は肉じゃが。
 家内とかわいい娘達に頑張りますよ〜!

 ○

 八坂家のシステムキッチンは清潔感が絶えない。洗剤で丹念に磨かれた後で乾拭きしたのだろう、ステンレス製の流しがきらりと映える。蛇口はシャワー型となっており、機能性が伺える。
 そんなシステムキッチンの前で、エプロン姿の青年が食材を指差し確認している。特徴がないのが特徴と言うのだろうか、中肉中背、身長も百七十センチ程。外見は二十代と、実年齢よりかなり若く見え、眼鏡のレンズの奥の瞳から穏やかさを感じる。
「よし、これで準備オッケーですねぇ〜」
 佑作はじゃがいもをゆっくりとポンポンと叩くと腕を組んで何度か頷いた。
「いやぁ、今日の激戦はいつにも増して激しかったなぁ〜」
 佑作はぼんやりと天井を眺めて、数時間前のスーパーでの出来事を思い出す。
 スーパーのセールに殺到したメタボリックな主婦達に挟まれ、潰され、何とかすり抜け、ワゴンに乗っている残り僅かな豚バラを死ぬ思い(大げさ)で獲得してきたのだ。
「ん〜、僕も主夫業が板についてきたのでしょうか〜」
 ゆったりとした言い方だが、当の佑作はかなり喜びを噛みしめているのだ。
 佑作の視界にちらりと時計が見える。
「もう四時半ですか。それでは―」
 佑作は腕をまくって包丁を握った。
 じゃがいも、玉ねぎの皮を器用にむいていく。主夫になりたての時は実もごっそり切ってしまっていたが今は違う。白滝を茹でこまめに灰汁を取りながら、材料を炒めるフライパンを加熱している。
 この「ながら」を調理に活かすのが思っていたより難しい。
 佑作なりのレベルアップに少し喜びを感じながら、娘の笑顔を思い浮かべて着々と進めていく。
 玉ねぎを順に油をひいたフライパンへと入れ、じゃわじゃわと音をたてる玉ねぎをフライパン捌きで裏、表とひっくり返しては熱を加えていく。
 玉ねぎがしんなりとした頃。
「頃合ですね」
 豚バラ肉、水けを切ったしらたきとじゃが芋を鍋に加え、全体に油が回るように炒め合わせる。
「さて、お次は」
 佑作は豚の色が変わったのを見計らって、砂糖大さじ三、清酒大さじ二、みりん大さじ二、しょうゆ大さじ四と二分の一で調味した。そのまますぐふたをし、強火に。
 じっと鍋が煮立つのを蓋の上から見つめる。蓋が、「かたた」と音をたてると素早く蓋を開け、おたまで灰汁をすくって流しに捨てる。
 徐々に、徐々にだが佑作の笑顔が五分咲き、七分咲きと満開に近づいている。
「う〜ん、この肉じゃがが家族の疲れを癒してくれたら―」
 佑作は灰汁を鍋の端から端まで丁寧にすくっては捨て、たっぷりと愛情を注いでいく。
「さて、先ほどの調味はうまくいったのでしょうか〜」
 小皿に煮汁を少量注いで、小皿を鼻に近づける。
「おぉ、かぐわしいですね〜」
 小皿を口に近づけくいと傾けた。佑作はゆっくりと細い目を開くと、おいしぃです〜と瞼をぎゅっと閉じた。
「はぁ〜、大成功ですね。後は煮汁が半分になるまで味をしみ込ませるだけです」
 すると、急に目の前の肉じゃがが名残惜しくなってきた。もちろん、家族の為に昼間の買い物から懸命に動き回ってきたわけだが、出来あがっていく肉じゃがが、それこそわが子の様に愛おしく思えてくる。
「いやいや、いけないいけない。何を考えているのですか、僕は」
 佑作は軽く頬を叩いてもう一度鍋をじっと見つめる。
「ごめんね、肉じゃがさん。絶対に残さず大切に召し上がりますので許して下さいね」
 まるで、戦場へ送る家族のような眼差しで佑作は涙を堪えながら、味見の為に再度小皿に煮汁を注いで、勢いをつけて―
 ぐいっと飲み干す。
「おかしいですね」
 今の佑作の眼には肉じゃがの鍋が三つも四つも増えて見えるのだ。
「これでは全部食べきれません。どうしましょうか〜〜〜」
 間延びする語尾もいつもより伸びに伸びている。さすがの佑作も、自分の身に何か起こっている事を察知すると、ふわついた頭で考えながらキッチンを見回してみる。
「あらら〜〜?」
 佑作は目をこすって一つの瓶へ顔を近づける。
「清酒〜〜〜? ですか〜〜〜?」
 調味の際に使った清酒大さじ二杯が、下戸の佑作に直撃してしまったのだ。
「あらぁ〜、これはまずいことに〜なりました〜ねぇ〜」
 額を抑えているものの、やってくる眠気と軽いめまいが佑作を千鳥足にする。
 鍋に顔を近づけて、煮汁が半分以下になった事を確認するとコックを捻ってなんとか火を消した。
「か……、完成ですね〜。さぁ〜めしあがれ〜」
 そのまま佑作はフローリングに寝そべると、すやすやと寝息をたてはじめた。

 ○

「パパー、一緒に食べよ〜」
 今年で五歳になる娘が、ソファに横たわっている佑作をゆする。
「あーちゃん、パパお休みしてるから起こさないの」
 佑作の妻は、あーちゃんを抱き上げると椅子に座らせた。
「だって〜、パパとごはん食べたいの〜」
「大丈夫よ。まだお鍋にいっぱいあるからまた明日温めて食べましょ。だから、今日の分はちゃんと食べよ?」
 あーちゃんは口を少し尖らせながら頷いて、肉じゃがを一口。
「おいしー! あーちゃんこれ大好き!!!」
「あら、ほんと。おいしいわ」
 妻は感心しながら横目でちらりと佑作を見つめる。
―それにしても、アルコール飛ばす前に味見するなんて貴方らしいな〜。
 心の中で語尾を佑作に真似てくすりと笑う。
「お母さん、どうしたのー?」
 八歳の娘の大きな瞳に、首を二度振って何でもないのと返すと、佑作の愛情を感じる肉じゃがを目一杯楽しんだとさ。




 【了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【四二三八 / 八坂・佑作 (やさか・ゆうさく) / 男 / 三十六 / 専業主夫】





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■         ライター通信          ■
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 初めまして! 吉崎智宏です。
 はい! 肉じゃが作りました!
 おいしかったです!
 が、ジャガイモもっと煮込めば良かったと思ってます。
 灰汁をの様な優しさとのんびりした部分が憧れだったりする吉崎です。
 東京怪談で吉崎書いていますので、良かったらそちらでもご発注下さい。
 では、またまた〜!