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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


踏切からのお願い


 こんにちは。はじめまして。私は踏切です。
 そう、あの、かあん かあん かあん かあん と鳴る踏切です。
 今日、私のところに二人の人が来ました。
 しばらくして、人が沢山になりました。電車が来たのです。
 その後、人は一人になりました。真っ赤でした。私の目の様に。
 私はなにもしておりません。私の仕事をしていただけです。
 でも、言葉がのこっていたのです。
 「ありがとう」と言って頂けたのです。
 私、長年踏切をやってきておりますが、「ありがとう」なんて言う言葉を頂けたのは、この一度きりです。
 お願いします。
 この「ありがとう」を言ってくれた人に、もう一度会わせてください。
 お礼は用意出来ませんが。どうか宜しくお願いいたします。



 留守番電話がちかちかランプを瞬かせ、その存在を誇示している。
「んあ?」
その異様さに気付いたのは、この興信所の主、草間・武彦であった。
「留守にしてたか?」
「え? い、いえ」
草間・零に問い掛けるが、返事はやはり思った通りのものだ。大体、今日は朝からこの場所に居るのだ。席を外した事も無ければ、電話が掛かってきたら不本意ながらも全てに応じている。留守電を記録する時間など無かったはずだ。訝しげな表情を作り、それでもやれやれと溜息をつきながら留守番電話のボタンを押す。

『用件は 一件 です』
 機械的な音声案内。電子音の後に、ノイズ交じりの少女の声――おそらく10代ほどの――が聞こえてきた。
『――こんにちは。はじめまして。私は踏切です』
起伏のない、淡々とした、しかしはっきりと言葉を伝える様に強調された口調。ノイズに飲まれそうで飲まれない、寧ろ何故かそれが懐かしさを思い出させる声色。
 電話の内容に、武彦はしばし呆然となった。踏切、無機物であるはずのモノからの電話。いたずらであろうか、と疑ったが、少なくとも声からははっきりとした意思が伝わってくる。それに、番号も非通知では無い。最後までそれを切らず、録音された音声を聞いた。
 踏切からの言葉が終わり、再び電子音が響く。
『……年 ……月……日の 用件 です』
音声案内の言葉に、思わず悪寒が走った。記録されていたのは、今から数年も前のメッセージであったのだ。

「……こりゃあ、俺の仕事じゃ無いな」
 留守電が終わったのを確かめて、ソファーへどかりと腰をおろす。腕を組み机へ足を投げ出し、武彦は煙草を取り出した。
「何より、報酬がゼロなんだから」



 その翌日……シュライン・エマは、草間興信所から借りた地図を片手に、図書館の棚を物色していた。興信所のものは、現在最も新しい地図。図書館で探しているのは、踏切から電話があったとされる年の地図だ。

『丸投げだとしても無視しないのが、武彦さんらしいわね。決着後……報告するわ』
 依頼を持ち出した草間の眉間を、その細い指でちょんと弾いた。彼の表情を思い出し、くすりと笑う。留守電を聞き、電話番号を控え、地図を借りて事務所を出る。
 棚から一枚の地図を取り出しながら、シュラインはこれからの行動のことを整理していた。まずは、近場の踏切の位置を確認。その後電話番号から割り出した住所と見比べ、どの踏切が声の主であるか目星をつける。そして……留守電に記録されていた年月日に最も近い踏切事故の記事の存在を確かめる。ここまですれば、踏切へ向ける言葉が見つかるだろう。

 二枚の地図を机に広げ、興信所近くに点在している踏切の内、電話があったとされる年に存在していたものを絞り込む。電話局から聞き出した住所と照らし合わせた結果、三つの踏切が候補として残った。一つ一つがそれほど離れていない為、全てを歩いて廻っても一時間も掛からないだろう。
(まあ、新聞にちょっとした記事があれば、廻る必要も無くなるんだけれど)
地図をコピーし、三つの踏切の位置に赤いペンで丸を付ける。地図とコピー機から離れ、新聞のバックナンバーのコーナーへと向かった。


 古びた新聞紙に刻まれた様々な事故や出来事は、誰にも見られなくなった時点で嫌がおうにも忘れ去られ死んで行く。繰り返し繰り返し報道されたニュースでさえ、耳に入り眼に映る瞬間こそは感情が浮かぶが、ふとした瞬間に遠い記憶の果てへと仕舞い込まれてしまう。
 留守電が掛かってきた年月日当日の夕刊。小さな記事だった。
 そこに貼られている写真は、過去のものである。その場所に居なかった者にとっては、文字通りの他人事。居合わせた者ですら、ああ、電車が止まってしまったよ、また会社に遅刻するのか、ただの溜息をふわふわと浮かべているのが手に取れるようだ。駅と駅を走り伝えられるのは人身事故と運転見合わせもしくは遅れのお知らせ。それを見た駅に立つ人々はまたただの溜息をつき、ニュースと新聞を見る人々はほんの少しだけその情景を想像するかしないかの内に次の出来事へと視線を移す。
 果たして、シュラインはそれをどう受け止めたであろう。興味か。同情か。溜息か。どんな感情が心に浮かんだだろう。過去という別世界に置かれながら、他人事というレッテルを貼られながら、それでも事実として残されている事故。

 席を立ち、新聞をコピーする。目立つようにペンで記事に丸を付け、新聞を元の棚に戻した。
 バックナンバー。多くの人々に忘れ去られた事実達の墓場。その裏に幾重もの感情が隠れていようとも、人々はそこにまで手を伸ばさないだろう。それが気に入るのか興味が無いのか不快なのか、ただそれだけ。いや、もしかしたら、そうであるようにと誰かが願っているのかもしれない。もしくは、今回のように、少しでも真実を知りたいと思えるものも居るのかもしれない。それは正しくもないし間違ってもいない。


「踏切とは、墓標なのかもしれないわ」
 シュラインの声かもしれないし、そうでないかもしれない。
「これはもしかしたら、事実への墓参り」
ある一つの踏切へと向かう彼女の足取りは、しっかりとしていた。アスファルトを踏みしめ、こつこつと足音を響かせ、過去から現在へと真っ直ぐに進んでいく。この後に待っている結果がどんなものであろうとも、彼女のするべき事は一つ……興信所への報告のみだ。
「図書館とは、墓場なのかもしれない。でも、いつか誰かに欲されて、今へと生き返ることが出来る。事実は、眠りたいのかしら。それとも、花を添えてくれる誰かを待っているのかしら」
何も望まぬ人が居る。何かを求める人が居る。解り合うことなど出来ない。だからこその触れ合いだ。


 あの、かあん かあんと言う音がだんだんと近づいてきた。遠くから聞こえるはずなのに、何故か耳の奥に響いている。電車が走る。右から左へ、左から右へ、客人を運んでいる。レールを跨ぐがたんと言う音が、胸の奥の方まで届く。行く場所はいつか出発点へ、帰る場所は終点から旅の始まりへ。彼らはそうやって日々を過ごしているのだろう。そして、あの踏切も……所々錆びを残したまま、じっと行き交う人間達を見下ろしている。勿論、掛けられる言葉など無く。
 日は落ちて空は夕焼けの色に染まり、踏切を行き来する人々はぽつぽつと姿を消していく。電車を通り過ぎるのを待つ者がもう誰も居なくなった頃、シュラインは、赤い空の下でIC録音機の電源を入れた。

「依頼をくれた踏切は、あんたね。聞こえる? 私は、シュライン・エマ。依頼を任された人間よ」
 自分の声を録音する為ではない、IC録音機を遠めに翳して、彼女は喋った。踏切は両方の目を赤黒く染めたまま、彼女をじっと見つめていた。遠くでカラスの鳴く声がする。
「はい、そうです。こんにちは、エマさん」
留守電に入っていたのと同じ、十代ほどの少女の声。ノイズが目立つ、機械的な発音。IC録音機は、録音体勢にも再生体勢にも入っていなかった。しかし、淡々と話す少女の声は、間違いなくそれから聞こえて来る。
「依頼を受けてくださって、嬉しい限りです。ありがとうございます」
風が吹き、辺りの草木を揺らした。どこかで羽ばたいた鳥の羽音が、雑音にも似た音を残した。
「取り合えず、私の方で調べた情報の結論を話すけれど。いい?」
「お願い致します」
直後、踏切の鐘が鳴った。電車が通り過ぎるのだ。右から左へ。会社帰りの人々だろうか、それらを一杯に詰め込んで。新聞紙のコピーを取り出し、踏切へと近づく。鐘の音。線路の軋む音。ざわざわと草が騒ぐ音。

「『ありがとう』をくれたのは、おそらくこの事件の加害者。彼は既に捕まっている。電車が通った後に一人残ったのは、被害者。即死状態だったそうよ」
 電車は通り過ぎた。踏切は無言だった。差し出された新聞紙のコピーは、踏切での他殺事故の記事が赤い丸で囲まれており、吹き抜ける風にぎこちなく靡いていた。
「加害者は収容されているから、あんたに会う事は出来ない。だから、事実と結果だけを伝えにきた」
恨みと憎しみによる他殺。夕方になれば人通りの少なくなる踏切。ライトを照らすべきか照らさないべきか、そんな時間帯。薄暗闇の中、一人の人間は、片方を残したまま去ったのだ。直前に、『ありがとう』を残して。
「あんたが、あんたの住むこの場所が、恨みを晴らすのには絶好の場だったと言うこと。残されたのは、それについての『ありがとう』だった、と言う訳」

 長い沈黙であった。電車が一本通り過ぎた。録音機からは時折ノイズが聞こえたが、声は発せられなかった。新聞を折りたたみながら、踏切をじっと見つめるシュライン。太陽は沈みかけていた。夜が近づいてくる。
「わかりました」
何の感情も読み取れない声。しかし沈黙は知っている声。彼女が何を思ったのか、想像するのは容易い。
「私は人の道具です。人によって作られた、人のために生きるべき道具です。そんな道具に声をかけた人間が、どんな人なのかを知りたかった。それだけでした」
録音機から淡々と言葉が紡がれる。
「手間を掛けさせてしまってごめんなさい」
その言葉に、シュラインは苦笑した。さて、どちらの方が苦を味わっただろうか。
「でも、ありがとう。嬉しかったです。出来たらまた会いましょう。さようなら、シュライン・エマさん」
線路の遠く、小さく見える商店街の街灯に、ぽつぽつと灯りが灯り始めていた。



「さて、踏切にありがとうを言う人間もどうかと思うが、踏切からありがとうを言われる人間もいるもんなんだね」
 草間の言葉に、シュラインは肩を竦めてみせた。結果報告と地図の返却に訪れていた彼女は、ほんの少しだけ草間への悪態をつきながら、「どっちの方が人らしいのやら」と呟いた。
「でもまあ、ある意味でいい経験になったと捉えておくわ。また何かあったら協力するから」
再び草間の眉間を小突いた後、彼女はゆっくりと席を立った。草間・零のお辞儀に微笑で答えながら、ドアノブへと手を掛ける。草間は苦笑していた。視線を合わせ、小さく手を振るシュライン。ドアの外には夜の闇。無数の光、都会ならではのビルの明かりが、夜空へと伸びている。

『用件を 消去 します』
 電子音。この踏切の事件がまた消え去るのは、遠い日のことだろうか。それとも……誰かが、また生き返すのだろうか? 遠く遠くから、踏切の音。いや、踏切の声?


おしまい

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登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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PC/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

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ライター通信
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シュライン・エマさん、はじめまして。北嶋哲也です。
この度は当ノベルに参加して頂き、誠にありがとうございました!
的確なプレイングを書いて下さったので、迷うことなく書き進める事が出来ました。
東京怪談の世界観を掴めているかどうか不安ですが……少しでも楽しんでくださればと思います。
では、失礼致しました。いずれまたお会いしましたら宜しくお願い致します。