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INNOCENCE // 唯一、愛した女
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OPENING
本部に立ち寄ったときのことだ。
正面エントランスで、見知らぬ女性と擦れ違う。
(…?あんな人、いたっけな?)
イノセンスに所属して、それなりの時間が経過した。
もう、ひととおりのエージェントと接触している。
けれど、女性に見覚えはなかった。
あれこれと思い返してもみるが…。
やはり、心当たりはない。
もしかして、加入希望だろうか。
それなら、案内してあげなくては…。
そんなことを考えていると、女性が声をかけてきた。
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「ちょっと…いいかしら」
「はい?」
個室へ向かおうとしていたシュラインに声をかけた女性。
クリルと振り返り、シュラインは、わぁ…と見惚れ。
声をかけてきた女性は、何とも美しい…。
上品な感じというか、気品あるというか。
ただ、立っているだけで絵になるというか。
現に、そこらへんにいる男性エージェント達は、
皆、目がハートになってるし…。
綺麗な人だなぁ、と思いつつニコリと微笑むシュライン。
すると女性は、目を伏せ淡く微笑んで言った。
「藤二。いるかしら?」
「………」
ピタリと静止するシュライン。
また?またですか?また藤二さんのお客様?
この間と違って、赤ちゃんは抱いてないけど…。
ふむぅ、藤二さんって、本当。
広いわよね、ゾーンが。
この間のコは、見るからに可愛いキュートな感じだったけど、
この女性は、見るからに美人なエレガントな感じだもの。
やれやれ…また、何をやらかしたのやら?
そんなことを思いつつ、シュラインは女性を案内。
「おそらく、ラボかと。ご案内します」
「ありがとう」
女性は微笑み、シュラインについていく。
歩き方一つとっても、エレガントな女性。
カツコツとヒールを鳴らして歩く様は、
それこそ、本当…モデルのような。
女性を連れて、地下ラボに降りてきたシュライン。
キョロキョロと辺りを伺いながら進む。
藤二は、のんびりと…コーヒーを飲みつつ読書していた。
まぁ、読書っていっても、私や梨乃ちゃんみたく、
古書だとかを読んでるんじゃなくて、
オトナな雑誌を読んでるだけだと思うんだけど。
シュラインはテクテクと歩み寄り、声を掛けた。
「藤二さん。お客様よ」
「ん?誰……」
雑誌から目を離し、ふと顔を上げた瞬間、藤二がフリーズした。
ん?とシュラインが首を傾げた次の瞬間には…。
ガシャン―
持っていたカップを落として割ってしまう藤二。
「うぉぉ…!?」
ズサササーッと後退して、クローゼットにドン、と背中をぶつける藤二。
何という慌てよう。
(うわ。今の…撮っておけば良かった)
初めて見る藤二の"動揺"っぷりに笑うシュライン。
動揺の原因は、間違いなく、この女性だ。
チラリと見やると、女性は腕を組み溜息混じりに言った。
「相変わらずね。藤二」
「おま…何、何でいるの…?」
「休みが取れたから、ちょっと顔を見に、ね」
「おま…いきなり来るなよ…心臓に悪いわ…」
「失礼ね」
言葉を交わす藤二と女性。
二人の会話からは、何というか…。
気心の知れた仲、というか。そんな感じが窺える。
何だろ。この感じ。何か…何かに似てるのよね。
感じる違和感に、むぅ?と首を傾げるシュライン。
そうして考えるうちに、退室のタイミングを逃してしまう。
扉前にはきたものの、どうにも…どうすれば良いのか。
このまま、ササッと立ち去って良いのか、お付き合いするべきか?
考えていると、女性が振り返り、シュラインを手招きした。
…お付き合いしろ、と。そういうことですね。
苦笑して頷き、二人の傍へ、ぽてぽてと歩み寄るシュライン。
*
さすがに驚いた。
いや、女性が藤二のモトカノだったということには大して驚かなかったのだが、
女性の正体というか、そっちに驚いた。
女性の名前は、華恋。フルネームは、青沢・華恋。
そう、この女性…千華の実姉だったのだ。
そう言われると、あぁ…と納得できるところは多々ある。
目元だとか、すごく似てるし。スタイルや歩き方も、
そう。どことなく、千華さんに似てるかもって思ってたのよ。
「さすがに…びっくりしちゃった」
コーヒーにミルクを入れつつ笑うシュライン。
華恋はクスッと笑い、藤二に尋ねた。
「ふふ。藤二、このコは…あんたの彼女?」
「あ、違います」
藤二じゃなくて、シュラインが即答した。
苦笑し、藤二は「残念ながら」と付け加える。
何だ、そうなの?と笑う華恋。
シュラインは、コーヒーをコクコクと飲みつつ、
藤二と華恋を交互にチラチラと見やる。
うーん。何だろうな、この感じ。
元・恋人なのは確かなんだろうけど。
随分とドライな感じなのよね。
姉弟みたいな感じっていうか。
華恋さんに、藤二さんが従ってるっていうか。
付き合ってたときも、華恋さんが主導権を握ってたのかしら。
…っぽいわよね、どう見ても。
ふむぅ。いいなぁ、主導権。
私も握ってみたい。
何だかんだで、私の場合は握られっぱなしだもの…。
ポツリポツリと言葉を交わす華恋と藤二。
どれも当たり障りのない、他愛ないものばかりだったが、
やがて、華恋は興味深い一言を口にした。
「で?まだ抱いてないの?」
「おま…」
唐突に尋ねて来た華恋にギョッとする藤二。
シュラインは、好奇心むくむく…。
抱いてない?だれのこと?
っていうか、藤二さんが抱かないって。
それはそれは、興味深い話ですわねぇ?
ふふふ…と笑いつつ、二人の会話に耳を澄ますシュライン。
聞き入っているシュラインに苦笑しつつ、
藤二は、参ったな…と頭を掻きつつ呟く。
「おかげさまで、まだだよ」
「だらっしないわねぇ」
「…すんませんね」
「簡単なことでしょうに」
「いや、そうでもないんだって…。何回も言ってるだろ」
「はぁ〜。情けない」
「…すんませんね」
耳を澄ますものの、なかなか核心が捉えられない。
抱けない、抱かない。
それは、だれのことを示しているのか。
二人の会話からは、それを理解することができない。
華恋が大きなヒントっぽい発言をするんだけれど、
それを藤二がうまくカバーして隠してしまう。
それの繰り返しで、何とも、もどかしい。
ガッと聞いてみたいところだけど。
私が口を挟むのはねぇ…とシュラインは遠慮。
今度ゆっくり、聞かせてもらおう。
じっくりと…骨の髄まで、ね。
およそ三時間。
地下ラボで藤二と言葉を交わした華恋は、
そろそろ戻らなきゃ、と席を立った。
はぁ、と安堵の息を漏らしてホッとしている藤二。
シュラインは、そんな藤二に苦笑しつつ、
エントランスまでお送りします、と華恋を案内した。
地上へと続く階段を上っているとき。
先を行くシュラインの背中を見つつ、華恋はクスクス笑う。
ん?と振り返るシュライン。
すると華恋は、じっとシュラインを見つめて言った。
「あなたは…あいつの毒牙にはかかってないのね」
華恋の言葉に、クスクス笑って「鍛えてますから」と返すシュライン。
どことなく、この雰囲気は…チャンス?
そう思ったシュラインは、遠慮がちに聞いてみた。
「あの…」
「なぁに?」
「さっきの、抱く抱かないの話なんですけど。あれは、どなたを…?」
「ふふ。やっぱり、話してないのね」
「はい?」
「千華、知ってるでしょ?」
「はい、勿論」
「千華もね。藤二と付き合ってた時期があるのよ」
「え…?」
「私と同時にね」
「えぇ…?」
抱く、抱かない。その相手。
それは、千華と華恋のことを示していた。
千華と華恋、この姉妹と、こともあろうに同時に、
ふたまたをかけて付き合っていた藤二。
けれど、千華も華恋も藤二が股をかけていたことは知っていた。
いや、知っていたというよりは了承していというべきか。
およそ一年、付き合っていた三人だが、
その間、藤二は二人に手を出さなかった。一切。
確かに付き合っているのに、一切手を出さない。
そのくせ、浮気はする。浮気相手には手を出す。
その繰り返しで、藤二は千華と華恋に同時にフラれた。
それから藤二は、弾けんばかりに女好きと化し、
あちこちで、つまみ食いを繰り返すようになったという。
弾けたっていうか、解放された感じよね、聞いた限りだと。
華恋の話を聞きつつクスクス笑うシュライン。
付き合ってるのに手を出さなかったっていうのは、
普段の藤二さんから考えたら、かなりおかしな話だけど。
なるほどね。彼の落ち着きのなさの原因は、そういうことですか。
愛してるが故に、誰よりも愛してるが故に。
抱けない。本気になればなるほど、
愛しい女は、女神のような存在と化してしまう。
藤二にとって、千華と華恋は特別な存在なのだ。
これからもずっと、それは変わらないのだろう。
華恋を見送り、ふぅと息を吐くシュライン。
さて…ではでは、ちょっと藤二さんに色々と突っ込んでみましょうかね。
ふふふ…と笑い、地下ラボへ向かおうとするシュライン。
その時、仕事から戻ってきた千華の姿が…。
華恋と同じ歩き方をして、ゆっくりと近付いてくる千華を見つつ、
シュラインはクスクスと笑った。
なるほど、確かに…罪な女神様たちねぇ。
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■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■
0086 / シュライン・エマ / ♀ / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
NPC / 赤坂・藤二 (あかさか・とうじ) / ♂ / 30歳 / INNOCENCE:エージェント
NPC / 青沢・華恋 (あおさわ・かれん) / ♀ / 30歳 / 藤二のモトカノ・千華の実姉・デザイナー
■■■■■ THANKS ■■■■■■■■■■■
こんにちは! 毎度様です! (ΦωΦ)
気に入って頂ければ幸いです。 是非また、御参加下さいませ。
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2008.05.21 / 櫻井 くろ (Kuro Sakurai)
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