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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


『 藍宝石 』



●ターコイズ

 しとしとと雨が降る。
「春の雨も悪くないもんさ。煙草の味も違ってくる」
 唇から紫煙を吐き出すレンは、いつものような妖しげな微笑を携え、けれど、いつも以上に蠱惑的な雰囲気を孕んでいた。
 雨の日。湿り気を帯びた空気は、常とは違うものを滲ませる。
「だが、過ぎたるは及ばざるが如し。長雨の弊害もある」
 煙草を燻らせ、レンは語る。
「雨乞いに重宝されていた石が暴走しちまったんだ。おそらく土地との相性が悪かったんだろうね。
 大人の拳ほどもある石らしいから、石の浄化が出来ていたのかも怪しいもんさ」
 それで、と。話を続ける合間、レンは薄暗い窓外を見やる。雨がひさしを打つ音は静かで、ガラスには雨粒が踊っていた。静かに、静かに、降り続く雨。
「雨を止めるために石を破壊したいんだが、病んだ石に引き寄せられた妖精が邪魔をする。穢れから生まれた妖精だから説得には応じない。…妖精なんて可愛いもんじゃなく、悪魔だと思ってもらってもいい。これを倒して、石を砕いて来て欲しい」
 砕いた後の買い手がいるんだ。
 囁くように言って、わずかに首をかしげる。燃える赤い髪がはらり、と揺れた。
「その妖精は水の刃で攻撃をしかけ、すばやい動きで逃げ回るそうだ。石の方は力でも魔力でも砕くことは出来る。妖精にだけ注意しておくれ。…おっと、場所は森深くにある祠だ。ひらけた場所だから思う存分暴れられるはずだ」
――カンっ
 水面に波紋を広げるよう、部屋に高温を響かせてキセルの灰を落とす。
 説明を終えたレンは、優美に唇で弧を描く。
「さぁ、頼んだよ」



●雨声

 霧雨が降る森には土と木の匂いが立ち込めている。普段なら清浄な空気と思えるそれも、今は濃い瘴気に似た重苦しいものへと変わり、6人の肌に纏わりつく。
「レンさんの依頼、唐突過ぎるね」
 桃・蓮花(とう・れんふぁ)が嘆息交じりに零せば、隣を行く飛東(ふぇいとん)が、バゥ、と頷くように声を上げる。白と黒に彩られたもこもこの巨体は、見まごう事なきジャイアントパンダ。
 あまりにも立派な巨躯に目を奪われながらも、樋口・真帆(ひぐち・まほ)は空色のレインコートを翻して、夕闇に沈もうとする森を急ぐ。
「花流し…っていうんでしょうか。雨の日も嫌いじゃないんですけどね」
 似合いの、レインコートと同じ空色の長靴で水溜りを渡りながら、ずっと雨ばっかりっていうのも困り物だと零す。その呟きに相槌を打つように羽角・悠宇(はすみ・ゆう)は、浄化もできないような石を放っておくなって言いたいところだけれど、と言葉を返し、銀髪に滴る雨粒を鬱陶しそうに払うと、僅かに楽しげな色を浮かべて、
「好きなだけ暴れてきていいとは蓮さんの依頼としては珍しい」
「もう、悠宇くんったら、もし怪我でもしたらどうするの…?」
 心底心配しているというのが他の誰にも分かるような声音で、初瀬・日和(はつせ・ひより)は悠宇の傍を行く。その姿は雨に濡れてか細く、元より白い肌は体温を奪われて一層色を欠いている。それは日和が自分の状態を顧みることが出来ないほどに悠宇が大切で仕方ないということに他ならない。
 悠宇は胸の内から湧き上がる思いに日和の濡れた髪に、肩に手を伸ばしかけ、けれど、ふと上がった日和の茶色の瞳に見つめられ、彼女の手のひらを握るに留めた。朱に染まりそうになる頬の熱を誤魔化しながら、大丈夫だと言わんばかりの笑顔を日和に向け、先を急ぐ。

●雨脚

 森が円形に開けた道の先に辿りつくと、レンの言葉通りに小さな祠があり、そこに件の石が祭られていた。全員の視線が祠に集まると同時に、一層濃い瘴気が肌に吹き付けた。どろりとした感触を持つ、穢れて腐れた空気がそこにある何もかもを変質させていた。
 漆黒の衣を翻し、魔剣アークの深い闇色の刃を抜き放つ。真紅の柄を握り、天城・凰華(あまぎ・おうか)は祠へと切っ先を向けた。その先には雨から滲むように現れた妖精が、3体。祠を守るように半円状に展開し、白目のない真っ黒の瞳が真っ直ぐに彼らを見据え、唇がにたりと気持ち悪く歪められる。
 見受けた凰華の鋭い蒼氷の瞳が細められ、形良い唇が告げる。
「…存分に暴れさせてもらうとしよう」
 それが戦闘開始の合図となった。
 中央にいる一番手近な妖精へ詰め寄る凰華に続き、悠宇は祠を目指して真っ直ぐに突き進んだ。しかし、右翼に展開した妖精が進路を妨害するように水の刃で彼の突進を防いだ。連続する刃を、悠宇は巧みに体をひねってかわし、間合いを取るように一度飛び下がる。
「やっぱり、まるっきり無視はできないか」
 妖精の連撃をかわして呟いた悠宇を視界の端に捉え、蓮花は左翼の妖精へ向かう。青竜刀を素早く横薙ぎに払うも、不快な笑い声を零されながらかわされる。しかし、反撃とばかりに生み出された水の刃も蓮花を捉えない。妖精が素早いことなど、既知のこと。
「どっちが速いか、勝負アルよ」
 挑戦的に笑み、青竜刀を構える蓮花の肌を雨粒が流れる。ピンクのチャイナドレスから覗く太ももや、頬に張り付いた髪が妖艶な色気を漂わせているが、本人に気にする様子はない。
「バゥ」
 蓮花の闘気に合わせるよう、飛東が太い鳴き声を放つ。濡れた毛の間から覗く瞳に宿るのは静かにたぎる武闘家としての焔。人や、獣とは違う気迫が妖精に向けられていた。
 戦闘が繰り広げられている後方、同じ思いにかられているのが互いに分かったのか、真帆と日和はどちらともなく視線を合わせて、悲しげに微笑んだ。
――誰も、妖精さえも傷つかなければいいのに。
 二人の心が重なり合えど、この状況はなにも変わらない。それなら自身に出来る最善を、と先に動いたのは真帆の方だった。ふわりとレインコートを膨らませて、雨の中でダンスを踊るように跳ねる。直後、真帆のいた場所の土が割れ、深々と水の刃の跡を刻み込む。だが、高速で飛び交う水の刃は彼女の傍を、真横を、ただ過ぎていく。どれも揺れる毛先とレインコートの裾に触れる寸前で、当然のようにかわされる。彼女が新たなステップを踏む度に、ふわりと清々しい風が沸き起こっていた。
「(本当なら妖精さんも浄化してあげられればいいのでしょうけれど…もうそれも難しそう。)」
 悠宇を心配そうに見つめながら、日和は胸中でのみ呟く。淀みきった空気が清浄なはずの土地と雨を穢していくのが、日和には感覚的に分かった。それは半紙に落とした墨汁がどうやっても消えないのと同じこと。
 悲しい事実に瞳を静かに伏せ、長い睫を震わせる。けれど、次の瞬間に視線を上げた日和の瞳には決意の強い光が灯っていた。
 だったら妖精さんがこれ以上誰も傷つけないようにする事しか私にはできない…。
 自分に真っ直ぐに向かってきた水の刃を、真正面から迎える。
 ぱしんっ!
 水同士の弾ける音が、日和の目の前で炸裂する。水の刃が、彼女の生み出した水の障壁と衝突して形を失う。それは完全なる相殺。水の障壁を纏う彼女に決して刃は届かない。
 次いで、破裂するような水音と冷たい冷気が足元を這う。
 凰華は眼前の妖精の水の刃を前方に展開した氷の盾で防ぎ、妖精が次の攻撃へ移る前に、攻撃から攻撃に移るその僅かな隙を突いて、氷越しに容赦のない刺突を放った。漆黒の刃は妖精の片翼を見事に貫き通す。刃を引くと共に氷が砕け散り、その冷たさを宿した声が静かに宣言する。
「もとより水に関連した力は私の属性でもある」
 この戦場が有利に働くのは自分も同じだと言外に述べれば、物言わぬ妖精の瞳が見開かれ、憤怒の色を浮かべた。妖精にとって、この場所は領土であり、不可侵の場所であり、己の優位が絶対に揺るがない戦場。それを覆されたことが、逆鱗に触れたのだろう。もしくは、6人の攻撃に追い詰められた結果なのかも知れない。
 それぞれ勝手に戦闘を繰り広げていた妖精が、3体同時に後退し、身を寄せた。

 風、なんていう生易しいものではなかった。
 空間そのものがぶつかってきたかのような衝撃。それは淀んでいた穢れの力を解放した、ただそれだけのことに伴うものだった。ただの雨粒が石つぶてのような硬度で全身を叩きつける。
 咄嗟のことに、全員が防御の動きを見せる。
「…悠宇くんっ!」
 庇うように交差させた腕の間から、大切な人の背中を見つけて日和は叫んだ。黒の翼を広げ、日和を守るように立つ悠宇は顔だけで振り返って見せて、安心させるように微笑んだ。けれど、日和は思わず泣き出しそうになってしまって、口元を押さえる。
 誰も傷つけないようにするしか、私には出来ないのに…。
 そんな思いを抱いている日和だからこそ、だろう。妖精の不穏な動きをいち早く察知する。
 衝撃で弾けとんだ雨粒が一瞬遅れ、また重力に従って落ちてくる。その速度が異様に速い。空気を裂くような音と共に、上空から氷の刃となって6人の頭上へ降り注ぐ。
「もう、これ以上…!」
 傷つけさせない! その意思は、水の障壁となって仲間を守る盾となる。彼女らの頭上、仲間を守るためにドームのような水の障壁が生み出される。それは氷の刃の急激に減速させ、しかし、ほんの少し、ほんの少しだけ氷の刃の力の方が勝っていた。このままでは突き抜けてしまう、全力を賭す日和の奥歯が硬く噛み締められる。その時、肌を撫でる空気がひやりと冷気を帯びた。
 彼女の生成する水の障壁が、氷の刃を内に抱えたまま氷結していく。端から薄い皮膜のように氷が白くなって行き、やがて、巨大な氷のドームが出来上がる。その光景を目の辺りにして、まさしく氷のように固まる妖精へ、先刻と変わらぬ声が告げる。
「言っただろう? 水に関連した力は私の属性だと」
 一切の抵抗を認めない、底知れぬ強さが滲む声音に、妖精はそれでも残る力で水の刃を投げつける。
「無駄ヨ。もう、力残ってないも同然ね」
 蓮花は軽々と水の刃をかわすと、青竜刀を袈裟懸けに切り下ろす。妖精は、なんとか致命傷は避けたものの羽を裂かれて動きを阻害される。
「メエエエ!」
 そこへ裂ぱくの気合と共に飛東がヌンチャクを叩きつける。たまらず、妖精は地に伏した。その妖精を助けようと他の妖精が蓮花と飛東に向かって無数の水の刃を生み出そうとするが、叶わない。突然、糸を切られたマリオネットのように、かくんとバランスを崩し、羽を僅かに羽ばたかせて宙に留まる。
「悪いけど、そこで待っててもらえるとありがたいってことだ」
 悠宇は漆黒の石の翼を広げる。羽の翼とは違う重々しい音を鳴らして羽ばたかせると、妖精の周囲の重力をより濃密で重いものへと操作する。自身の重みに押しつぶされるように泥の大地へ落ちる妖精を見届けることもなく、悠宇は今度こそ、祠に安置されている藍宝石へ一直線に向かう。
 同時、真帆の足が最後のステップを踏み、舞を終える。
「悪戯の時間はもうおしまい。さぁ、空にお帰りなさい」
 諭すような優しい声音に、泥へ刻んだ小さな足跡から徐々に空気が浄化され、光を取り戻していく。頭上に残された氷の障壁が砕け、雨が、吹き抜ける一陣の風と共に花となって咲き乱れる。光を帯びて乱反射する、幻想的なその風景、舞うは真白の紫陽花。
 白の花吹雪の中を蓮花、凰華、悠宇が駆け抜ける。そして、石へと振り下ろされる、
 怨霊の気を集めた渾身の手刀。魔剣アークの鋭い斬撃。そして、真っ直ぐに突き出される正拳。
「これで終わりにするね!」
「この一撃で終わらせる」
「これで終わりだ!」
 声が重なる。最後の一撃が重なる。
 三人の攻撃が折り重なり、藍宝石は粉々に砕けた。そして、内から溢れて零れた穢れは真帆の生み出した白い紫陽花。清廉なそれにすべてを明け渡す。真白の紫陽花は穢れを引き受けて藍に染まり、石の傍で蝶のように乱舞する。
 ひらひら、ひらひら、と雨の残滓を残した空気の中を舞い、撫でるように吹いた柔らかな風に流され、いつしか形を失い水となって崩れた妖精の傍へ舞い落ちる。
 酷く鮮やかな手向けの花は、雲間から覗く空と同じ色をしていた。



●青天

 雲間から空が覗き、光が帯のようになっていくつも大地へ降り注ぐ。
 照らされた木々が、雨粒をのせた葉を煌かせた。
「悠宇くん、大丈夫?」
 日和が窺うように悠宇を覗き込む。
「そういう日和こそ大丈夫か? 体冷えてるぞ」
 悠宇が日和の白い頬に手のひらを当てて言えば、ぱしぱしと音がしそうなほど瞬かれる日和の瞳。ほんのりと赤く色づく日和の頬に、悠宇は慌てて手を離す。
 照れて赤くなり、僅かに俯いた日和は話題を変えるように言葉を捜しながら話す。
「か、傘を差してなかったから、…あ、えと、そういえば、どうして悠宇くんは連さんの依頼を受けたの?」
 聞けば、悠宇はああと声を漏らし、それから、青を広げる空を見上げた。雲が風に流され千切れ、晴天の兆しを見せている空に、気持ち良さそうに目を細める。
「早いとこ雨に上がってもらわないとバイクにも乗れやしないからな」
 言って日和を見れば、彼女は肯定の微笑みを返した。
 柔らかに降り注ぐ日差しのような笑みを。











   fin.



□■■■■【登場人物(この物語に登場した人物の一覧)】■■■■□

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3524 / 初瀬・日和 (はつせ・ひより) / 女性 / 16歳 / 高校生】
【3525 / 羽角・悠宇 (はすみ・ゆう) / 男性 / 16歳 / 高校生】
【4634 / 天城・凰華 (あまぎ・おうか) / 女性 / 20歳 / 退魔・魔術師】
【6458 / 樋口・真帆 (ひぐち・まほ) / 女性 / 17歳 / 高校生/見習い魔女】
【7317 / 桃・蓮花 (とう・れんふぁ) / 女性 / 17歳 / サーカスの団員/元最新型霊鬼兵】
【7318 / ー・飛東 (ー・ふぇいとん) / 男性 / 5歳 / 曲芸パンダ】


□■■■■【ライター通信】■■■■□

この度はご参加、誠にありがとうございました。
PCさんが増えるとそれだけ書くことも大変で、
今回も試行錯誤しながら執筆させて頂きました。
拙い部分もあるかとは思いますが、
複合部分、個別部分、共に楽しんで頂けたら幸いです。
これから雨の季節となり、私は心持ちうきうきとしている日々ですが、
皆様も雨をそれぞれの方法で楽しんでいらっしゃったらいいな、と思います。
それでは、またご縁がありましたら、よろしくお願いいたします。

2008.05.14 蒼鳩 誠