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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


魔ゆえに?
 アトラス編集者三下 忠雄は、上司である碇 麗香にスクープの無理難題を要求され、日頃の恨みを負のベクトルで爆発させる。その事態を察知した魔人マフィアの頭目、パティ・ガントレットは人間には理解が難しいブラックユーモアを携えて三下へと歩み寄る。

 ○

―『恐れ』
 いつからだろう、この感情が『喜び』に変わったのは。
―『悲しみ』
 いつからだろう、この感情が『虚無』に変わったのは。
 いつからだろう、『生殺与奪』が『親しみ』に変わったのは……。
「ふふっ、私らしくもない」
 薄暗い部屋には無数の殺気が銀髪の女性を囲んでいる。殺気は彼女に向けられているのではない。彼女を狙う「何か」、外に向けられているのだ。
 銀髪にも劣らぬ輝きを放つ籠手をゆっくりとさする。目の前のモニターには非常に愉快な情報が浮かんでいる。
―そう、非常に愉快
 キーボードを軽く叩くと、自らをピジョンと名乗りホームページの管理者にメールを送信した。何でも、自分の上司のプライベートを犯罪を犯してでも撮りたいのだそうだ。
「好きですよ。そういうやんちゃな人間は」
―有無も言わず命を奪うなんて考え、頭によぎりもしないその感覚が。
 ピジョンは、眉を一瞬ひそめると思い出したように笑いを漏らした。
「殺しては、スクープがとれませんね」
 こんな思考では三下の援護に回っても足手まといになるじゃないか、ピジョンはもう一度銀の籠手をさすって気を落ち着けてから分厚い鋼鉄のドアに手をかけた。

 ○

 ビルの屋上、五月の爽やかな風が吹いているにも関わらず三下には高山の突風の様に感じる。周りの三下の元に集った人間も同じ思いだろう。
「パ……、パティ・ガントレット……さん……?」
「パティで結構でございます。ご主人様」
 三下は首がちぎれるかと思うくらい横に振った。何でこんなアンダーグラウンド最強とも揶揄される人物が自分なんかと話をしているのだ。
「メールをお送りしましたピジョンでございますよ。今回の三下様の欲望に、このパティ感服いたしました。是非お力添えさせて下さい」
 パティは仰々しく右手を胸に添えて三下に頭を下げると、自然とどよめきが起きる。
「私は魔でございます」
「え?」
 三下の素っ頓狂な声がビルの屋上に響く。
「魔とは、欲望を糧に生きております。これだけの欲がうずまいていれば吸い寄せられるのは訳ないことでございます」
 口をあんぐり開けたまま三下は身動き一つ取らない。
 いや、目の前の存在に身動き取れないのだ。
「ですから、召喚主の三下様をご主人さまと呼ぶのも当然のこと」
 この言葉には恐れおののく三下も再度首を振る。
「ユーモアでございます。さて、三下様」
「は、はい!」
 既にパティが場を仕切っている様に見えるが気にしている暇はない、もう時計の針は予定の六時を指している。
 向かいのアトラス編集ビルから、独特のエキゾーストノートが聞こえる。アトラス編集部編集長、碇 麗香が通勤に使っている車の排気音だ。
 三下は麗香の車を確認して全員に隠れるよう指示する。
 そして体を震わせながら、パティに無線用インカムを差し出した。
「貴方ほど心強い存在はいない。僕を主人と言ってくれるなら、指示を聞いてもらえますか」
 パティは閉じた瞼でやんわりと弧を描いて微笑むと、インカムをつけて。
「ご主人様の欲望を必ずや成就させて見せます」
 その瞬間に言葉通り、消えていなくなっていた。
 パティが超高速で移動するなか、
「ショウタイム」
 ぼそりと呟く。表情に禍々しい魔が差し込んでいた。

 ○

「どうなってんのよおおおおおお!」
 麗香の怒声が車内に響く。三下が指示する追手の車を振り切ろうと荒々しくクラッチペダルを蹴り飛ばすと、凄まじい速さでギアをかちあげる。国道で二百キロ弱の速度で走り抜けるとは思わなかった。
「三下が無茶してくるって情報は入ってたけどっ、くのぉお!」
 危うく歩行者を轢きそうになり、慌てて回避運動をとる。
「誰誰誰誰誰誰誰誰誰誰誰誰誰誰!!!? 誰が手を回しているのよぉ!」
 麗香も今日と言う日を何もせずに迎えてはいない。麗香のプライベートを守ると意気込んで連絡を取ってきた者を束ね、的確に指示を下したつもりだ。数も質も三下側に劣っていた訳ではない。
 なのに何故!
 麗香は先ほど自分の口からふいに出た言葉に一つの予想がよぎる。
―私の読み違いがあるなら、数じゃなくて質……
 今通過したビルにも、配置したはずの人員に動きが見られない。おそらく、無力化されたのだろう。
「余裕しゃくしゃくと楽しんでいる訳か。三下側の悪魔は」
「お褒めの言葉ありがとうございます。でも、あなたが素直に取材に応じていれば、この様な事にはならなかったのですが」
 急に時速二百キロを超える車のボンネットの上に姿を現すは、パティ・ガントレット。神と悪魔に喧嘩をふっかけている存在は麗香の前に姿を現すと、挨拶代わりにデジタルカメラのシャッターをおろす。
「あたしのセブン(車)に乗っかってんじゃないわよ!」
 サイドブレーキを引いて車体を横に滑らすも、パティはそよ風が吹いた様にふわりと降り立った。
 パティは冷たい笑みでインカムに流れるノイズを察知する。
「パティさん、編集長はためらいなくアクセルを踏むよ」
 平たく言えば、目の前にいる自分を轢き殺すと言っているのだろう。
 碇と言い、三下といい、やること考えること限りなく魔に近くなっていく。沸いて出る考察を抑え、目の前の赤のスポーツカーがいきり立っているのが聞き取れる。
「そこでお願いがあるんだ」
「なんでございましょう」
 車のスキール音が三下から下される指示をかきけす。聞こえるはずが無いのに、パティは唇を引きつらせるように笑い、高速で迫る鉄の塊に……。
 跳ね飛ばされた。
 目の前の出来事に麗香は驚きを隠せなかった。パティ程の能力者がこんな攻撃、いなせないはずがない。
 慌てて車から降りて、麗香はパティのもとに駆け寄る。
「あなた! しっかりしなさい!」
 微動だにしないパティ、麗香の顔から血の気が引いていくのが分かる。
 フラッシュが、ぴしゃりとパティと麗香にはりつく。
「三下! あんたも手伝いなさい!」
「その必要はございませんよ」
 パティのけろっとした態度に思わず麗香がのけぞる。
「撮れたかい?」
「ええ、ばっちり悪鬼羅刹を捉えています」
 三下とパティが何やらやりとりをしている。
「ねぇ、一体何を……」
 目の前の画像に驚愕する麗香。
 自分が殺意をぎらつかせて、ハンドルを握っている姿がデジタルカメラに納まっていた。
「それと、僕が撮った衝突の瞬間の写真を合わせれば」
「大スクープでございます。ご主人様」
 三下とパティは愉悦と嫌味たっぷりな笑顔を麗香に向ける。
「何よ、無事なんでしょ」
「いえ、痛かったです」
「嘘!」
「本当ですよ」
 三下がパティと麗香のやりとりに割り込む。
「編集長、これは大スクープですよ! 今からデスクに」
「馬鹿かアンタは! こんなの載せられるないでしょうが!」
 すぱん、とひっぱたく。目の前の光景ややりとり全てがパティには愉快でならない。
 三下は、頭を抑えながらパティへと歩み寄り
「最後のお願いがあるのだけど……いいかな?」
「何でしょう?」
 三下はスーツのポケットから名刺を取り出して、両手で丁寧にパティへと差し出す。
「アトラス編集部の三下と言います。今回、パティ・ガントレット様の取材特集を組ませて頂きたいのですが」
 三下はペティに向けて微笑む。
「インタビューをお願いできますか?」
 パティは一瞬きょとんとするが。
「ご主人様のお願いとあるならば」
 笑顔で願いを受け入れる。
「編集長」
 さっきまではめられていた事にむすっとしているが、取材対象がパティならば流石の麗香も首を縦にしかふれない。
「それと写真返しなさい。デスクに戻っていいから」
「それとこれとは、違っがぁ!」
 麗香の鉄拳が三下の顔面に埋まる。
 パティは麗香の鉄拳制裁を楽しそうに聞き入っていた。
 この愉快と思う感情が、パティの中で人間に対しての価値観を少し変えつつあった。
 パティも、まだ気がつかない程に。



 【了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【四五三八 / パティ・ガントレット / 女性 / 二十八 / 魔人マフィアの頭目】


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■         ライター通信          ■
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 初めまして!
 ヨシザキ チヒロでございます。
 パティ・ガントレットの気品に「遊び心」を加えると話がものすごく広がりングでございまして、収束させるが難しかったです。
 ヨシザキは、東京怪談で他にもオープニング書いておりますので是非ご発注下さい。
 では、またパティとお会いできることを!