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<東京怪談・PCゲームノベル>


『子猫に御手を』

 うららかな日差しに誘われて、のんびり海原みなもは新宿の喧噪の中を歩いていた。

「良いお天気……」

 小さく口の中で呟いてみても、都会の街を行き交う人々はそんな天気なんてどうでも良いと言わんばかり。
確かに思わず深呼吸……とはいかないが――いやなに、小一時間もいると喉をやられるのは本当のことだ――
それでもいい陽気であることに違いはない。
 今日は一応目的もあって歩いているのだ。自宅への帰路をぼんやりというわけではない。
急ぎの用事ではないが《着けたら良いな》という心持ちで歩いていた。――その時だ。

「……痛え……」
「……え?」

 
 とても低い声が《足下の方から》した。低くて聞き取りづらいところはあるが男性の声で、
しかも瞬時にその声の持ち主が不機嫌であろうということが分かるほど感情が露わになっている。
はて、足下に男性がいるようなシチュエーションがあろうか……。
そこまで考えてみなもはやっと視線を足下まで落としてみた。
 そこには一匹の猫がいる。こちらを見上げて、否、睨み付けている。
もっと正確に言えば三毛猫の尻尾を自分の足がしっかりと踏んでいる……!

「あ、え、え!」

 普段やらない……というか、絶対注意して歩いていればそんなこと出会さない。
そんな事態に慌てて、みなもは足をばたつかせてしまった。当然、二度三度と尻尾を踏み違える。

「いってえ!痛いつってんだろっ」
「すいませんっ!今どきま……え、今……なんと?」

 思わず丁寧な口調にもなる。
だってコレはどう贔屓目に見たって猫以外の何ものでもないではないか?それが「痛い」?
痛いのはまあ分かる。結構酷いことをしてしまったし、この猫はどうやら衰弱してここに横たわっていたようだ。
 が、だからと言って猫が人語を喋るだろうか。答えは否だ。断じてありえない。

「おい、アンタ」
「?!」

 しかし、聞き違えたかと思ったみなもの耳にも今度ははっきりと目の前の猫が喋っているという
現実が叩きつけられた。だって口が動いていたのだ。はっきりと「おいアンタ」と動いたうえに、聞こえた。

「わ、私ですか?」
「アンタ以外に人間がいるか?俺の尻尾踏みっぱなしだし……あーあー面倒くせえ。ちょっと頼まれろ」
「え、あ……はい。ごめんなさい」

 踏みっぱなし、と言われてみなもはそおっと足をどける。
ちょっと毛並みが崩れていたのでチョイチョイと申し訳程度に撫でて直してやった。

「俺も別に好きで倒れてたわけじゃねえ。だが尻尾踏んだのはアンタの不注意だ。ここまではオーケイ?」
「はい。すいません……尻尾、大丈夫ですか?あと、怪我もしてるみたい……」
「ははん。観察力は合格。その通り。ちょっとヘマしちまって……。ああ、そうそう。俺を医者に連れて行っても意味ねーぞ」
「え?」

 怪我をしているならまず医者か……獣医か、この場合は……などと考えていたみなもは、
ずばりその思考を言い当てられて心臓が飛び跳ねる思いだった。
猫が喋っていて、尚かつその猫と会話しているというこの状況だけでも心臓バクハツものだというのに。

「この通り普通のネコじゃないからな。俺の怪我は専門の奴じゃねえとダメなの。そこでだ」

 ネコはぴっと指を立てているつもりなのか、ユラユラゆらしていた尻尾を力なく立てて見せた。

「俺をとある所まで運んで欲しい。あとついでにアンタが持ってるその煮干し分けてくれ」
「それで良いんですか?お薬とかは?消毒液と絆創膏なら買ってきますけど……」
「だから、普通の怪我でもねーんだって。煮干しぃ……」

 ――きゅるるるる

 あまりにも良いタイミングでネコの腹が鳴った。ちょっと可愛い音である。
ぷっとみなもは目の前に本人がいるにも関わらず小さく笑ってしまった。
我慢する方が無理がある。

「でもこれ……落葉さんに持って行こうと思ってたんですけど……」
「落葉?落葉って《落葉のベッド》の落葉さん?」
「ええ……って知ってるんですか?ネコさん」
「知ってるもなにも……今からそこに連れて行ってくれ。あと、俺の名前はネコさんじゃなくて、
蒔胡桃兜太(まくるみ とうた)だ。好きに呼べよ」

 思わぬところで共通の知り合いに出会すものだ。
 実のところ、みなも自身《落葉のベッド》への行き方が分からず、好物らしい煮干しを持参してきたは良いが、
そこから先をどうするかは全く考えていなかった。

「蒔胡桃さんですか。わたしは海原みなもっていいます。えっと、じゃあそこの荷物も一緒に……?」
「おう。さっきまで人型も維持できてたんだけどなー。さっすがに攻撃されてまでは無理だな」
「攻撃?……とととっ」

 兜太の居た場所に散乱していたのは、一般的な学生が持っているであろう荷物一式。
それと、この界隈では割と名の知れた神聖都学園の制服だった。
人型を維持していた……という話からして、つい先程までは《人間だった》らしい。
 荷物をまとめ、兜太を抱えると両手は一杯になってしまった。
 ふらつくみなもに兜太の尻尾がぴしゃりと鳴った。

「ばかもの。鍛錬が足りんぞー。って、まあ俺もちょっと最近メタボ気味だしな……重くねえか?」
「平気です。これでも結構色んなバイトして体力はあるんですよ。あ、煮干しは……」
「落葉んトコついてから頂く。よーし出発〜」

 あれだけ衰弱して倒れていたというネコには見えない。兜太は意気揚々と声を出して、みなもを先導した。

「……で、アンタは前回までは落葉が開けてくれた……と」
「そうなんです……だから申し訳ないですけど私自身が道を知ってるとかでは……」
「うーん……まあ当たらずとも遠からず……だな」
「はい?」
「一度会ってるんだけどなー……」

 ぽつりと呟かれた言葉はみなもの耳には届かない。
 新宿の大通りから外れて、小さな路地を右へ行きつつ左へ行きつつ……。
間違えそうになる度に兜太が尻尾で「そっちじゃねえ」とみなもの腕をぽんぽん叩く。
会話は小さな声で交わせば周囲の人間も変に思わないし、道順はこの尻尾が教えてくれる。
一見しただけでは、兜太は普通のネコそのものだった。

「ここ」
「え?ココ……って、あの……壁ですよ?」

 確かにこの前みなもが訪れた時も、この辺りだったが……兜太が指示したのは行き止まりの壁。
それも、隙間もない古い建物が密接して建っている場所だ。

「その通りだ」
「もう、兜太さん。からかわないで……」
「からかってないぞ。落葉の店はな、普通じゃない奴が入れるんだ」
「普通、じゃ……ない?」

 一瞬自分の正体について見抜かれたのかと、みなもは焦った。
これだけ変わったネコの兜太だ。別段バレたところで大丈夫な気もするが
――この手の隠し事については口が堅そうだと何となく思ったのだ――それでも事が事だ。

「そ。悩み抱えてたり、或いは無意識に何かを求めていたり。都会の喧噪で忘れたものを探しに来る場所……」

「それが……我が《落葉のベッド》ですよ、みなもさん」
「落葉さん!」

 ふっと目の前の壁が消える。周りに居たはずの人間は遠くの大通りにしか居ない。
刹那に起こった出来事に驚きつつも、目の前に現れた人物に再び出逢えたことの方がみなもにとっては大きな驚きであった。

「よ!ただいま、落葉っ」
「よ!じゃありません。人がどれだけ心配したか分かってるんですか?蒔胡桃君」
「えっと、私ココに来る途中で兜太さんの尻尾……」
「ええ。分かっていますよ。蒔胡桃君が無理言ったんでしょう?すいませんね。煮干しも」
「あれ?!」

 にゃおん。
 いつの間にか兜太はみなもの腕を離れ、落葉に促されるまま荷物を彼に渡して気付いた。
兜太は怪我しているらしい足を引きずりながらも、煮干しの袋を咥えて店の中に一目散に走っていこうとしている。

「こら。まずはみなもさんにお礼でしょう」
「ぎゃぅん!怪我人に酷いぞ!落葉がオーボーだっ」
「もっと……痛い目みたいですか?」
「あ、あの。落葉さん!私は結構ですから、兜太さんの手当てを……っ」

 落葉の目が笑ってない、という事実に兜太どころかみなももゾッとして慌てて止めに入る。
が、そんな心配露知らずと落葉だけが冷静に笑みを崩さない。

「まあまあ。店先でなんです。今日もゆっくりお茶でもしながらお話しましょう?」
「あ……はい、是非!」
「ちぇー、オンナには優しいんだあ、落葉は」
「ふふふ」

 そろそろと店の中に入る途中、小さな声でにゃーと鳴きながらみなもの足に尻尾を兜太が絡ませる。
きっと彼なりの「ありがとう」なのだろう。
 いびつになってしまった尻尾は、見た目よりも怪我の程度は軽く、足も一週間もすれば治るということで
ほっとみなもは胸をなで下ろした。

(良かった。あんなに踏んじゃったのに兜太さん平気で……)

 落葉の出してくれた紅茶をみなもを呑みながらお喋りに興じた。
そこで分かったことだが、兜太はココの居候だということ。
それから、ここは妖物……つまり、人間社会にいる生き物とは隔絶されている生き物の溜まり場で、
よく《彼ら》の相談を落葉が受けているらしいということ。
稀に悩みを抱えた人間のために落葉が《門》を開けるということが分かった。

「なるほど……それで……」
「すいませんね。最初は警戒しておくようにしているんです。良くない人間も中にはいますし、ね」
「そうだったんですか……」
「でもみなもさんは良い人で良かった。兜太があれだけ早く打ち解けるのも珍しいことなんですよ。
願えば開く、開けゴマとまではいきませんが。みなもさんなら大歓迎ですよ」

 ――いつでも呼んでみてくださいね。
 素直に喜んで良いものなのか分からず、みなもは疑問形で首を傾げた。

「そ、それは光栄です?」

 クスクスと笑う落葉の声を遮るように、店の奥から一人の若者が出てくる。
その顔を見て、みなもは思わず《少年》を指差した。

「あー!この前のかつお節っ!!」
「誰がかつお節かっ!」



閉幕


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

海原・みなも(1252) / 女性 / 13歳 / 中学生

NPC/落葉、蒔胡桃兜太


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、清水大です。今回もこの世界を訪れてくださり有難うございました。
今回は生意気な猫に付き合って頂きました。もとい蒔胡桃もPC様を気に入ったようです。
この回をもちまして、蒔胡桃兜太を登場させることができるようになりました(NPCメールも可です)
落葉のお店の役割についても徐々に明らかになってきましたね。少しずつ世界を広げていきたいと思っています。
これからも玩具屋への扉が開くときが、PC様にとって素敵な時間になりますように……。
それではまた。