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<東京怪談・PCゲームノベル>


    黒雨の中で

「何だ、お前」
 中国の死装束のような出で立ちとした白い髪の少年は、金色の瞳を光らせて威嚇するように睨んでいた。
「さぁ、何だろうねぇ? ま、単純に通りかかっただけなんだけど」
 端正な顔立ちをした赤髪の青年、向坂 嵐は傘を差し出したまま、愛想もなく言い放った。
「なんかお前から『かまってオーラ』が見えたっつーか。……うまく言えないけど、『迷子』みたいに見えたからさ」
 違ったら悪りぃ、と苦笑して見せると、相手の刺々しさが若干和らいだようだった。
「俺は、向坂 嵐。取りあえず、雨宿りでもしねぇ? 雨に濡れるのが趣味って訳でもないんだろ」
 少年は水の滴る自分の髪をしぼるようにつかんで、じっと、見極めるように嵐を見た。
 ちょうど、野生の動物が餌を差し出す相手を窺うような仕草だった。
「――雨宿りって、どこで」
「近くに旨いラーメン屋があるんだ」
 嵐の言葉に、少年は迷うようにある建物を振り返り、近いなら大丈夫だろう、とうなずいて見せた。


 店先で傘の水滴を払う嵐の横で、少年はぶるぶると頭を振り、水滴を散らした。
 嵐の方にもかかってきたので注意しようとするが、全く悪気がない様子できょとん、と見返され、怒る気力を失ってしまった。
「この店、旨いし朝までやってるんだけど、汚いしオヤジの愛想最悪だから客少ないんだよなー」
 カウンター席しかない細長い店内は、ちらほらとしか客の姿がなく閑散としていた。
 壁は薄汚れていて、端の方はところどころ塗装がはげかけている。
 いかにも頑固親父のような強面の男が、無言のままで麺をきっていた。
「好きなの頼んで良いぞ。言っとくけど俺が人に奢るなんて、すんごい珍しい事なんだからな。有り難く頂いときなさい」
 もの珍しげに周囲を見渡していた白髪の少年は、嵐の方に目をやり、困惑したような表情を浮かべた。
「つか、食え。勿体無いことすんな」
 折角ここまで来たんだし、奢ってやる気になったんだから、とその背を軽く叩いてやる。
「……どれがいいのか、よくわからない」
「じゃあ俺と同じヤツにしとくか」
 少年はうなずき、愛想のない親父に注文し、タバコに火をつける嵐を、しげしげと眺めていた。
「何だよ」
「聞かないんだな、何も」
 それはまるで、尋問するために連れ出したんじゃないのか、とでも言うような口ぶりだった。
「何か話したい事があれば聞くし、何も言いたくなければ聞かないよ」
 嵐は思わず苦笑してから、コップをテーブルに置き、さらりと答えた。
「初対面の奴に話せるかってのもあるだろうし、通りすがりの奴だから話せるって事もあるだろ? 好きにすれば良いさ」
 何か、事情があるのだろうということは、すぐにわかった。
 だからこそ、嵐は放っておくことはできなかったし、無理に問いただす気にもなれないのだった。
「あぁ、だけど一つだけ、聞いてもいいか?」
 しかし思いついたように、そう声をあげる。
「お前、名前なんていうんだ?」
 問いかけると、少年は一瞬目を丸くして、少し考え込んでから。
「……白(ハク)」
 短く、つぶやくようにして答えた。
 それから、モヤシのたっぷり入った味噌ラーメンが出てきて、二人してそれをすすった。
 特に何かを話すわけでもなかったが、食べ終わる頃には冷えた身体も温まり、雨はいつの間にかあがっていた。
「そうだ。こんな風に逢ったのも何かの縁かもしんないし、携帯番号教えとくから、気が向いたら連絡してきな」
 嵐の言葉に、白はきょとんとした様子で首を傾げる。
「何だ、そのケイタイバンゴウというのは」
「え……って、知らないのか?」
 今どき珍しいな、と思いながらも、ポケットを探ってボールペンを取り出す。
 メモも探したが、ちょうど持ってはいなかった。
「ちょっと手ぇ出せよ」
 白の手を取り、長い袖に隠れた腕に、自分の携帯番号を書き込んだ。
「この数字は?」
「それが携帯番号だ。公衆電話はわかるか?」
「……道端にたまにある電話だな」
「そう。それに金を入れてこの番号を押せば、俺に繋がる」
「金……」
「まさか、持ってないとか」
「ない。我には、必要のないものだから」
 キッパリと答えられ、呆れたようにうなだれる。
 一体、どういう生活をしてるんだか。
「あー、わかった。ちょっと待てよ……。確か、以前何かでもらったのが……」
 嵐は言いながら、財布の中を確認していく。
「よし、あった。テレホンカードだ。これを入れれば、金がなくてもかけられるから」
 差し出すと、白は物珍しげにそれを見つめた。
「――もらってもいいのか?」
「ああ、お前にやるよ。どうせ、持ってても使わないし」
 両手で受け取り、空に透かすようにして掲げる姿は、宝物をもらった子供ようだった。
「……ありがとう」
 ハッと気づいたように居住まいを正し、照れくさそうにお辞儀をする白。
「いいよ別に、こんくらい」
 軽く手を振って見せる嵐に、白は微かに、ともすれば気がつかないほどの笑みを浮かべた。


「おい、聞いたかあの事件」
 あくる日、職場に出るなり、同期の仕事仲間から声をかけられた。
「――事件?」
 何のことだかわからず、嵐は尋ね返す。
「昨日の夜、この近くで一家惨殺事件があったんだってよ。それがもう、あたり一面血まみれで、ひどい有様だったって」
「あー、最近多いよな、そういう事件」
 気のない様子で答えて、嵐はそのまま背を向ける。
「犯人も凶器もまだ見つかってないんだけどさ……その傷口が、まるで爪で引き裂かれたみたいなんだって。なんかこう、巨大な猫か何かにやられたみたいに」
「怪談かよ」
 軽く聞き流そうとしたものの、何か引っかかるものがあった。
 猫と言われた瞬間、昨夜顔を合わせた、あの白のことが頭に浮かんだのだ。
 別に、いかにも猫というような何かがあったわけじゃない。猫耳だの尻尾だのを生やしていたわけでは。
 だけどあの金色に光る瞳や、何気ない仕草……そして何より、空気というか匂いというか、猫のような印象を与える少年だったのだ。
「もしかしたら、本当にそうだったりして」
「どういうことだ?」
「噂だけどさ。最近、呪殺を請け負う企業とかあって、そこが化物みたいなのを飼ってるとか……」
「ただの都市伝説じゃねぇの」
「でもさ、実際にあの事件は……」
「無駄口叩いてないで、とっとと仕事始めようぜ」
 友人の言葉を、嵐は半ば強引に断ち切ってしまう。
 呪殺を請け負う企業……そういえば、そんな張り紙を見つけたことがある気がする。
 霊感を持つ嵐は、幽霊は勿論、化物じみたものの存在すら、ありえないものではないと知っている。
 あの少年、白が気にかかったのも、人外の何かを感じとったせいもある。
 だからといって、それをすぐに結びつけるようなことはしたくなかった。


「もしもし」
 仕事が終わる頃、ちょうど電話が入った。
 非通知だったが白ではないかと思い出てみると、案の定だった。
『……嵐、か?』
「どうした、白。何かあったのか?」
『――いや。その、特に何かあったわけでは……ないんだが』
「そうか、ならいいんだ。何となくでも試しでも、かけてみる気になったってだけで十分だ」
 一瞬不安になったものの、戸惑うような白の言葉に、少しだけほっとする。
 あまり積極的ではなさそうな白と、昼間耳にした噂とが、悪い考えを呼び起こしていたのだ。
『本当は、迷ったんだ。我は、何をどう説明していいのかわからないし、全てを明かすことは好まない。このまま、距離を置くべきかもしれないと』
「別に俺は、無理強いしてまで聞くつもりは……」
『だが、ずっと隠し通すことなどできはしない』
 つまり話したい、ということだろうか。
 いやに真剣な様子だったので、嵐はすぐに了承した。


 数時間後、場所を指定して彼と会った。
 思いつめたような表情をしていて、何もなかったというのは嘘だとすぐにわかった。
「……どうしたんだよ」
 嵐はそっと手を伸ばし、うなだれている白の頭に触れた。
 彼は抵抗することもなく、撫ぜられるままになっていた。
 やがて、ふっと顔をあげて黒いチラシに目をやった。
 それは昨夜も目に止めた、呪殺の広告だった。
「――昨夜、一家惨殺事件があったのを知っているか」
「ああ……聞いた、けど」
「あれは、我がやったんだ」
 半ば予想がついていたこととはいえ、ショックだった。
 嵐はどう答えていいかわからず、黙り込んでしまう。
 白もそれ以上は言わず、無言でただうつむいていた。
「……どうして」
 ようやく振り絞った声に、白は目を向ける。
「そういう依頼だった」
「仕事だったら、やるのかよ」
「逆らえないんだ。我は、そのために殺され、甦らせられた……猫鬼(びょうき)なのだから」
 ――猫鬼とは、日本でいう犬神に似た中国の呪法のことで、蠱毒の一種なのだと白は言った。
 無残に殺すことでその怒りを呪術の基盤とし、けれどその魂は術者に支配されているため、逆らうことはできないのだと。
「本当は、そんなことはしたくない。殺したい人間がいるとすれば、それはあの術者ただ一人だ。我は……普通の猫に戻りたい。猫に戻って、深藍(シェンラン)の元に帰りたいのに」
「深藍?」
「我が猫だった頃、飼い主だった少女だ。我の家族で、ただ一人の主だった」
 自分が心の底まで今の術者に支配されないのはそのせいだろうと、彼は言った。
 普通、猫鬼をつくるときは自分の育てた猫であるべきなのだとも。
「だけど、もう戻れない。我の命が、存在が……術者の手にあるというだけではない。沢山の人を殺した。罪のない子供もいた。例え、彼女の元へ帰れたとしても。以前と同じようには傍にいられない」
 吐き捨てるような叫びだった。
 そうした想いを、彼はずっと……誰にも言えずに抱え続けていたのだろう。
 涙を必死に堪えて、震えるように告白する姿を見ていると、嵐には責めることも、怯えることすらできなかった。
「……俺に何か、できることはあるか?」
 思わず、そうした言葉が口をついた。
 術者を殺してくれ、なんて言われたらどうしよう、と後悔しかけたとき。
「少なくとも、我が知る限り術者から逃れる手立てはない。奴を殺しても、我が制御を失い、狂い死ぬだけだ。……望みが、あるとしたら。我を殺してくれることだ。これ以上、罪を重ねる前に」
 少し寂しげな笑顔を浮かべて、白はそうつぶやいた。
「馬鹿! そんな真似……っ」
 どんっ、とその胸を叩き、嵐は叫んだ。
 できるわけがない。
 人を殺すなんて……傷つけるなんて、真っ平だ。
 後悔と罪悪感に責め立てられるのはもう御免だ。
 ――だけどきっと。
 白もそうなのだろう。
 日常的に、自分の意志とは別に人を殺さなくてはならない場合、仕方がないんだ、それが正しいんだと自分に言い聞かせることで感覚を麻痺させるのが一番だという。
 だけど例えそうしたところで、拭い去れないものはきっとある。
 逃れたいんだ。彼は、自分の運命から……。
 嵐はそっと、白の首元に手を伸ばした。
 浅黒い肌は思った以上にひんやりとしている。
 力を込めようとするが、それは無理だった。
 嵐は白の肩に頭を置いて「ごめん」と一言つぶやいた。
 彼の言うとおり、いっそ殺してやるのが優しさなのかもしれない。
 だけどそれはできなかった。
 しようと考えただけで、頭の奥が強く痛んだ。
「いいんだ……嵐。聴いてくれて、ありがとう。苦しめるようなことを告げて、悪かった」
「俺のことなんか、どうだっていいんだよ」
 問題は、お前のことだろう。
 これから先、お前はずっと苦しんでいくんだろう。
 なのに、俺にできることと言ったら、何もないなんて。
「嵐。さっき、お前は『できることはあるか』と言ったな。だけどもう、十分だ。話を聴いてくれた。一緒になって、悩んでくれた。こんな我のために懸命になって、優しくしてくれた」
「そんなの、全然大したことじゃない」
「嬉しかった。本当に……お前が声をかけてくれたから、一時でも雨はやんだ。冷えた身体があったまった。それは、すごいことだと思う」
 慰めなんかじゃなく、心の底からそう思っているようだった。
 俺はどん、と軽く白の胸を叩く。
「――あんなことでいいなら、また呼べよ。愚痴くらいなら、いくらでも聞いてやるから」
「……嬉しいが、術者に知られるとお前の身が危険だ」
「いいから。そんなこと気にせずに、また連絡してこいよ」
 嵐の言葉に、白は答えに迷うようにしながら携帯番号の書かれた腕を軽くさすった。
 嵐はもう一度「手ぇ出して」と言って、同じ場所をなぞるように、今度は油性のマジックで書き直した。
「消えそうになったら、また書き直してやるよ。テレカがなくなりかけたときも、言えばまた調達してやるからさ」
 だから、遠慮せずに声をかけてこい。
 お前が例え人殺しでも、人間ではない、化物だとしても、構わないから。
 白は、少し照れくさそうに、だけどとても嬉しそうに笑った。
 建物に切り取られた狭い空に、月がぽっかりと浮かんでいた。
 雲ひとつない、晴れ晴れとした夜だった。

 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号:2380 / PC名:向坂 嵐 / 性別:男性 / 年齢:19歳 / 職業:バイク便ライダー】

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■         ライター通信          ■
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 向坂 嵐様

はじめまして、ライターの青谷 圭です。ゲームノベルへのご参加、誠にありがとうございます。

今回は少年、白を気にかけ、踏み込みすぎないように労わっていただくことにより、このような結末になりました。
OPでも断わっていた通り、術者から解放させることはできないながらも、その心の闇を払うという流れにしたつもりですが、いかがでしたでしょうか。

ご意見、ご感想などございましたら遠慮なくお申し出下さいませ。