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<東京怪談・PCゲームノベル>


追憶の扉〜縁〜

 熊太郎派遣所に、ノック音が響く。
「草間さんに紹介されて、来たんだけど」
 どうぞ、という声によって開かれたドアからは、向坂・嵐(さきさか あらし)が現れた。野田が「聞いてます」と答え、ソファへといざなう。
「初めまして、僕が所長の熊太郎です」
 嵐の目の前に、熊のぬいぐるみが「よいしょ」と座る。嵐は「あ、ああ」と頷き、自らを名乗った。
「どうしたんですか? なんか、びっくりしちゃって」
 くすくすと笑いながら、森谷がお茶を出してくれた。嵐は「どうも」と言ってそれを受け取る。
「いや、一応話は聞いていたけど、ホントに熊のぬいぐるみが社長さんなのな」
「熊のぬいぐるみと言うか、テディ・ベアですかね」
 ふっふっふ、と笑う熊太郎に、野田がびしっとチョップを食らわせる。熊太郎の頭に、野田のあとが出来た。
「それはそうと、今回の件です」
 頭をへこませたまま、熊太郎は話し始める。今回起こっている出来事について、時々野田からの補足を入れつつ。
「つまり、その春日について調べればいいんだな」
 嵐はそう言うと、野田と熊太郎はこっくりと頷く。
「坂上の言っていた『DOOR』とかいうサイトも、気にはなるんだけど……」
 野田の言葉に、嵐は頷く。
「確かに、サイトの方も胡散臭い事この上なくて、気になるっちゃー気になるけど、俺の出来そうなことからってなるとな」
 気になることは、サイトと春日の存在だ。しかし、両方を同時にこなす事は困難だ。よって、嵐は自分が出来る春日の調査を選んだ。
「あ、そうだ。坂上って奴に会えるかな」
 嵐の問いに、熊太郎が野田を見る。野田はこっくりと頷く。
「それじゃあ、挨拶がてらに断りを入れておきたい。いきなり付回したりしたら、気味悪がるだろうから」
「じゃあ、ちょっと連絡してみるんで」
 野田はそういうと、ポケットから携帯電話を出して少し離れる。
「やっぱり、アラシンかしら」
 ぽつり、と森谷が呟く。
「あ、アラシン?」
 何事かと嵐が聞き返すと、満面の笑みで森谷が頷く。
「色々考えたんだけど、やっぱり可愛い雰囲気がいいかなーと思って」
「はっはっは、アラシンですか。中々いいですね」
 こくこくと熊太郎が頷く。
「悪いけど、何の話だ?」
 嵐が怪訝そうに尋ねると、熊太郎と森谷が笑顔でぽん、と肩を叩く。
「宜しくね、アラシン」
「宜しくお願いしますね、アラシン」
「お、俺のことか? 俺の事なのか?」
 慌てて突っ込むと、熊太郎と森谷がにこやかに笑って頷いた。
「向坂さん、坂上がこれから会えるそうです」
 どうしようかと思っていたところに、野田が現れる。嵐は「向坂さん」と呼ばれた事に軽く安堵し、ほっと息を吐き出す。
「あら、駄目よトーゴちゃん。ちゃんとアラシンって呼ばないと」
「そうそう、コミュニケーションは大事ですよ」
「咲姫、熊公……」
 ぐっと野田が拳を握り締める。そして、申し訳なさそうに嵐を見る。
「本当に、すいません。行きましょうか、向坂さん」
「トーゴちゃん、アラシンよ」
「行きましょう、向坂さん」
 咲姫を無視して進もうとする野田に、嵐は「いいのか?」と尋ねる。野田は「いいんですよ」と頷き、肩をすくめて歩き始めた。
「照れ屋さんですね、トーゴ君は」
「黙れ、熊公」
 べこっ。
 森谷には何も言わなかった野田が、熊太郎にだけは突っ込みを入れる。せっかく空気が再び入ってふわりと元通りになっていた熊太郎の頭は、また凹んでしまった。
「いいのか……?」
 今一度の嵐の問いに、野田は「いいんです」ときっぱり言い放つ。
「野田って、苦労してるんだな」
 ぽつりと呟く嵐に、野田はくるりと振り返って大きく頷いた。
「分かってくれて、有難うございます」
 力強い言葉に、嵐は思わず吹き出すのだった。


 野田によって紹介された坂上は、嵐を見て「悪いな」と言った。
「俺が、馬鹿な事をしてしまったから」
「起こってしまった事を、今言ったって仕方ないからな。それよりも、もう今日は『春日』が現れたのか?」
「え?」
「毎日、現れるんだろ? 春日」
 嵐が言うと、坂上が「ああ」と頷く。
「今日は、まだ」
「という事は、今日はこれから現れる可能性があるって事か」
 そう言いながら、嵐は時計を見る。今は、午後二時くらいだ。
「そう、だな。いつもは時間がばらばらだけど、必ず一日に一度は現れたから」
「時間がばらばら?」
 嵐が尋ねると、坂上は頷き、宙を見つめる。この一週間、春日が現れた時間を思い返すかのように。
「最初は、バイト中……夜だった。次も夜で、あ、いやちょっと早かったか」
 坂上は呟き、改めて説明する。
 初めて春日を見つけたのは、深夜四時、深夜二時、零時、二十二時、二十時、十八時、となっているそうだ。時間に多少のずれはあるらしいが、大体それぐらいだったという。
「二時間ずつ、早くなってきてるんだな」
 ぽつりと野田が言う。坂上は言われ「そういえばそうだな」と頷く。
「だとすると、今日は十六時……あと二時間後くらいに出てきてもおかしくない、という事か」
 嵐が言うと、坂上と野田が頷く。
 規則正しくきているのだから、今日だけ例外という事も無いだろう。
「他に、場所とかに規則性はないのか?」
「特には無いな。だって、俺が見つけられるんだ。そんなばらばらな時間に、俺が同じ場所に行っているとは限らないし」
 坂上の言葉に、嵐は「なるほど」と呟く。
 一応、と聞いた現れた場所も、バイト先、道端、家の近く、とばらばらだ。ただ共通しているのは、坂上が見つけられる場所に現れる、というだけ。
「やっぱり、あのサイトのせいなのかな。だから、春日は」
 坂上は、最初は笑いながら、だんだん笑みを失せながら言った。
「会いたくなる気持ちも、分かんないでもないけど」
 ぽつり、と嵐は言う。その言葉に、俯いていた坂上の顔がゆっくりと上がる。
「その気持ちは、分かんなくもない。けど、こういう如何にも人の心に付け込んでくるようなのに関わるのは、やっぱお勧めできないわ、俺」
 嵐はそう言い、静かに笑む。
「前に、何かあったのか?」
 坂上の問いに、嵐は「それより」と話題を転換させる。
「春日って娘の写真とかない? 顔が分かるものを見せてもらえると、助かるんだけど」
 嵐に言われ、坂上は「あ、ああ」と頷き、ポケットから手帳を取り出す。そうして、そこにはさんでいる写真を嵐に渡した。
 坂上と髪の長い少女が満面の笑みを浮かべている写真だった。バックには観覧車が写っている。遊園地だろうか。
「それ、最後のデートなんだ。高い場所嫌いなのに、いきなり観覧車乗ろうかって言い出してさ」
 坂上は愛しそうに写真を見つめる。
「観覧車、乗ったのか?」
 野田の問いに、坂上は「いや」と言って首を横に振る。
「列が凄くってさ、丁度俺たちの前で終わっちゃったんだ。だから、次にって約束したんだけど」
 坂上はそう言って、唇を噛み締める。
 嵐は「ありがとう」と言いながら、写真を坂上に返した。
 顔は覚えた。春日が現れれば、彼女だと分かるくらいには。
「それじゃあ、後は適当に動いていい。俺がいたら、春日が出てこない可能性があるからな」
 嵐が言うと、野田も「じゃあ、俺も」と言って嵐についていこうとしたが、それを嵐はとどめる。
「一応、ついてやってくれないか? 万が一、俺が見失ったりしたら困るから」
「分かった」
 嵐の言葉に、野田が頷く。
 それを確認すると、嵐は辺りを見回しながら歩き始めた。
 坂上の前に現れる春日に、警戒されぬくらいの距離にいられるような場所を探す為に。


 午後四時まで後十分に迫った。嵐はベンチで話すのだと坂上から、少し離れた所から見守っていた。あれから、特に変わった様子は無い。たまに聞こえてくる言葉によると、坂上と野田は大学の事など他愛も無い事を話しているようだった。
(普通の学生って感じだな)
 嵐は煙草をくわえようとポケットに手を突っ込む。その時、不意に空気が変わった。
 言葉には形容しがたい。
 あえていうならば、いきなり晴天から雨が降り出したような。朝から突如として夜となったような。
 突然という言葉で表していいものかも迷うほどの、急激な変化だ。
(何か、くる)
 ぞくり、と背筋が震えた。
 坂上と野田を見ると、二人も何らかの異変に気付いたらしく、辺りを見回している。ただ、嵐のように顕著な空気の変化を感じているようではない。
(何故だ?)
 嵐はポケットから手を出し、ゆるりと辺りを見回す。
(そうだ……あれに似ているんだ)
 どっどっと鼓動する心臓は、過去に経験がある。
 向けられる、歪んだ愛情。
 要らないと言っても、押し付けてくる。
 そうして、頭を、心を、いっぱいにする。
――不愉快を、恐怖を……!
「くそっ!」
 がんっ、と嵐は近くにあった木の幹を殴る。振動で、ひらひらと葉が舞う。
 その場を支配している空気は、酷く淀んでいる。どろりと重く、心を不愉快にさせる。
 空気の中心には、女がいる。
(あれが、春日)
 見せてもらった写真の女と、同じだった。ただ違うのは、その目には光が無く、空気を重く淀んだものにしているというだけ。
 満面の笑みを、幸せそうに浮かべた春日ではない。
「春日……?」
 坂上がゆっくりとベンチから立ち上がり、話しかけた。
「ばっ……」
 よせ、と嵐は叫ぼうとし、その声を「春日!」と呼ぶ坂上の声に阻まれる。
「春日、春日なのか? やっぱり、俺があんなサイトにアクセスしたから、霊となって……」
(霊? あんなのが霊だって?)
 嵐は拳を握り締める。
 実際に視てみれば、本物かどうかが分かると思っていた。とりあえず、霊か霊以外なのかは。
 そうして、嵐は視てしまった。分かってしまった。醜悪な存在だという事を。
 まず、霊としての意識がない。霊ならば持っているはずの、人であった頃の意識。こうして坂上の前に現れるのならば、余計に持っていなければおかしいのに。
 次に淀んだ空気。霊が出る際には多少なりとも淀む事はある。だがしかし、今嵐が目の前で見ている比ではない。明らかに淀みすぎている。
 まるで、春日を存在させる為に、淀ませているかのように。
(いや、それは有り得る)
 無い話ではない。そう思えるほど、場の空気は異常なのだ。
「春日、俺に何か言いたいのか?」
 春日は答えない。
「俺に何か、して欲しいとか?」
 答えない。
 嵐はゆっくりと春日に向かって歩き始める。
 春日は笑っている。悲しそうな目をする坂上を、うつろな目でじっと見つめている。
「坂上……それは、春日の霊じゃない」
 きっぱりと言い放つ。嵐の言葉に、坂上が「え」と聞き返す。
「それは春日の霊じゃない。春日の形を借りた、化けもんだ」
「そんな!」
 否定しようとする坂上を、野田が首を横に振る。
 嵐が言うのだから、そうなのだ、といわんばかりに。
 うろたえる坂上に、春日がゆるりと嵐を見た。
 虚ろな目、感情を映さぬ表情、だらりとした出で立ち。それでいて、どこからどう見ても形だけは坂上の愛した春日と言う女性。
「結局さ、最終的に苦しい思いする事の方が多いからな」
 ぽつり、と嵐は言う。
「だから、関わるのはお勧めしない。会いたい気持ちは分かるけど、こうなる方が多いから」
 嵐はそう言って、構える。春日が嵐を見つめている。虚ろな目に、吸い込まれそうな気がする。
「お前が霊じゃなくてよかった。霊だったら、浄霊なんてできないからな……!」
 嵐は拳を握り締め、春日に殴りかかる。後ろから坂上が「春日!」と叫んだが、気にしない。相手は春日ではない。
 春日の形をした、化け物だから。
 殴りつけようとすると、ひらりと春日が避けた。そして、坂上に向かっていこうとする。
 大きな口を開け、にやりと笑っている。その口の中には、牙。
「春日……?」
 坂上は豹変した春日に驚き、足をすくませる。野田が慌てて庇おうとするが、春日の長く延びた手で振り払われる。
「てめぇ!」
 嵐は叫び、地を蹴る。そして、勢い良く回し蹴りを食らわせた。
 まっすぐに坂上に向かっていた春日がそれを避けられる事は無く、嵐の足は春日の背に直撃した。
「なっ」
 春日の背を直撃した嵐の足は、気付けば貫通していた。春日の体は上下二つに分かれ、ぶわっという音とともに黒い球体に散らばり、ふっと消えていってしまった。
 塵一つ残すことなく。
 嵐は大きく息を吐き出し、坂上に「大丈夫か?」と声をかける。既にあの嫌なよどみも消えうせている。
「あ、ああ。俺は大丈夫だけど」
 坂上はそう言いながら、ちらりと突き飛ばされた野田の方を見る。野田は「いたた」と言いながら、体を起こした。
「やっぱり武器くらい持って来ればよかった」
「武器、扱えるのか?」
「我流だけど、棒術を」
「そか。今度見せてくれな」
 嵐が言うと、野田は頷きながら立ち上がる。ぱんぱんと体についた土ぼこりを払う。どうやら無事なようだ。
「それにしても、向坂さん。あれは、何だったんですかね?」
「少なくとも、春日の霊じゃなかった。霊というよりももっと醜悪な、化け物」
(あの黒い球体も、あっさり消えてしまったしな)
 嵐は考え込む。とそこに、ぽん、と野田が肩を叩いた。
「でも、よかった。坂上が無事で」
 野田はそう言って、今度は坂上の肩を叩く。坂上は「ああ」と頷き、それから寂しそうに笑った。
「あれは春日じゃなかったんだな」
「ああ。春日だったら、あんな事はしないと思う」
「だよな」
 坂上は「ありがとう」と言い、空を見上げた。
「太陽が、まぶしいな」
 そう呟き、ぐっと唇を噛み締めるのだった。


 再び熊太郎派遣所に戻って、熊太郎に今回の件を話した。全て聞き終え、熊太郎は「ふむ」と言って考え込む。
「気になりますね、それ」
「だろ? 手ごたえとしても、なんだかこう……水を蹴っていたような感じだったし」
 嵐はその時の事を思い出しつつ、ため息をつく。結局は、春日が何者だったのかを知る事は出来なかったのだから。
「でも、よかった。坂上が無事で、本当に」
 野田はそう言って、改めて嵐に「ありがとうございます」と頭を下げた。嵐はようやく表情を崩し、煙草を口にくわえた。
「あら、煙草よりもこっちを口にしてくれないかしら」
 そこに、森谷がやってきてケーキとコーヒーを出してきた。つややかなチョコレートケーキに、真っ白な生クリームが添えてある。嵐は苦笑混じりに煙草を戻し、チョコレートケーキを口にする。
 ほろり、とほろ苦いチョコレートの味が口いっぱいに広がる。
「結構うまいな」
「よかった。チョコレートケーキ、初めて作ったから。アラシンの口にあってよかったわ」
 ぶふっ。
 コーヒーを飲もうとし、思わず嵐は吹き出してしまう。
「どうしたんですか? アラシン」
 熊太郎が不思議そうに尋ね、もきゅもきゅとチョコレートケーキを食べている。
「いやいやいやいや、そのあだ名ってまだ有効だったのか?」
「もちろんよ。ね、熊様」
「このチョコレートケーキ、本当においしいですね」
「ええい、聞いてくれ!」
 かみ合わぬ会話に、思わず嵐はべしっと熊太郎の頭に突っ込みを入れる。
 べこっと引っ込んだ熊太郎の頭は、手ごたえの無い蹴りで感じた感触の、何倍も気持ちよかった。


<ふわりとした心地よさを感じつつ・終>

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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【 2380 / 向坂・嵐 / 男 / 19 / バイク便ライダー】

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          ライター通信          
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 お待たせしました、こんにちは。ライターの霜月玲守です。この度は「追憶の扉〜縁〜」にご参加いただきまして、有難うございます。
 向坂・嵐様、再びの発注を有難うございます。坂上へのお心遣いが、ほわっとしました。あと、あだ名は気に入らない場合はさくっと言ってやってください。別バージョンを森谷が考えますので。
 このゲーノベ「追憶の扉〜縁〜」は全二回です。次回は7月くらいを考えております。一話完結にはなっておりますが、次回同じPCさんで発注された場合、今回の結果を反映したものとなります。
 ご意見・ご感想等、心よりお待ちしております。それでは、またお会いできるその時迄。