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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


【夜の海のチーコ】


〜OP〜

今日はチーコは四回殴られた。

一回目は、唄ってる時に笑ったから。
二回目は、お昼ご飯のパンくずを床に落としてしまったから。
三回目は、殴られた時に吐いた血で殴った人の手を汚してしまったから、
四回目は、何となく。

チーコは、南の海にある活火山を抱く小さな島で生まれた。
チーコは、その島では仲間達から「可愛いチーコ」と呼ばれていた。
友達思いのチーコ。
笑顔が素敵なチーコ。
可愛い、チーコ。

チーコは、ここでは、名前を呼ばれない。
ただ、「化け物」って人間はチーコの事を呼んだ。

それは突然の嵐だった。

チーコが住んでいた南の島に、ジェット船に乗った人間たちがやってきた。
誰かと喧嘩なんてした事のないチーコの仲間達は、みんな一編に殺されたり、捕まったりした。
チーコは捕まった側で、そのまま、「新宿」ってトコにある、あんまり性質の良くない店で見世物としてショーに出されていた。

チーコの種族は、皆歌が上手だった。
燃える様な、命を燃やすような、赤い、赤い、力強い、炎のような歌を歌った。
人間はチーコの歌を珍しがって、たくさんの人間の前で散々に歌わせた。

チーコは、10歳。
活火山がある、南の島で、毎日歌を歌って暮していた。
その日々は太陽みたいに暖かくって、海のように無限に続くと思ってた。

カフッ。

薄暗い小さな小部屋で、チーコは小さな口からたくさんの血を吐き出す。
此処に連れてこられて、もう一年になる。
チーコは、南の島の美しい空気の中でしか本来は生きられない生き物だった。

もう、永くない。
チーコは分っていた。
もう、私は、永くない。

目を閉じる。
おかあさんの顔
おとうさんの顔
友達の顔

チーコももうじきそちらに逝きます。
チーコは笑う。
怖くない。
怖くない。

ただ、恋をしてみたかった。

何度も、何度も、喉を震わせ、情熱的に歌った恋。

チーコは知らない。
恋を知らない。
チーコは知らない。
それが、どんなに幸せかを知らない。

突然、大きな音がチーコの鼓膜を震わせた。

「アァ!!」

声を上げて跳ね起きる。
すると、自分の顔を覗き込む黒い影にチーコは気付いた。
「ああ、間違いない」
男の人の声。
キンキンとした、鼓膜をやけに引っ掻く声。
パチパチと瞬いて、チーコは見上げた。
黒く長い髪が揺れていた。
何だか険しい顔。
南の島にたくさんいた、蜥蜴や、蛇にちょっと似ている。
けれど、彼らはこちらが乱暴をしなければ決して、牙をむく事のない大人しい生き物立ちチーコは知っていたので、チーコはちっとも怖くなかった。
恐る恐るといった手つきで、骨ばった硬い手が、チーコの体を抱き上げる。
煙草の匂いが、チーコの鼻腔を擽った。
「ひぅあぁ?」
喉を震わせ、だあれ?と問う。
「助けにきた」
思いの外優しい声だった。

チーコは、疑う事を知らない子だったので。
何度でもそれで騙されて呼ばれて笑って傍によって、何度も、何度も蹴り飛ばされるような子だったので、「ひぅふぁぅぅ!」と高い声を上げて笑って、しっかりとその胸にしがみ付いた。

夜の空の下、男はチーコを抱えて駆け出した。
長い髪が、漆黒のカーテンのように風に煽られ広がる。

きれいだな。

チーコは手を伸ばし、さらさらとした手触りに微笑んだ。

きれいだな。

夜のカーテン。
なんて、美しい帳。

「化け物が逃げたぞ!!」」
後ろの方から声が聞こえる。
チーコをたくさん殴った男たちの声だ。
「ひぁふぅ!」
叫んで後ろを指差し、気をつけてと叫ぶチーコの背中を分ってるよという風に優しく叩いて、髪の長い男は誰かを呼んだ。
「竜子!!」
るーこ?
首を傾げるチーコの耳に、闇を切り裂くエンジン音が聞こえてくる。
あれ、知ってる。
あれ、バイクってゆうんだ。
チーコの見張り役の男が読んでる雑誌に載ってたよ?

「誠!!」
女の人の声。
凛とした、強い声。
バイクに乗ったその女の人は金色の髪を靡かせて、チーコと男の前に急停止すると、慌てた様子でヘルメットを投げつけて「追手は?!」と問い掛けた。
「しこたまだ。 とっととずらかるぞ!」
そう誠と呼ばれた男は答え、宝物を抱くような手でチーコを抱き直し、るーこのバイクの後ろにまたがる。
「大丈夫。 怖くないから」
るーこが優しい声で言った。
「大丈夫。 行こう、チーコ」
誠が、チーコの名前を呼んでくれた。
「ひあぅぅふぅるるぅぅ!」
嬉しくって大声で笑う。
るーこのバイクが、夜闇の中を猛スピードで駆け出した。
神様だってきっと追いつけない。
大型バイクは、そうやってチーコを暗い部屋から攫っていった。

*******************************

「で?」
「匿って欲しい」
黒須の言葉に武彦は、はぁと溜息を吐き出した。
「この前は不良娘の捜索で、今度は…」とそこまで言ったところで、零が常に無い強い声で「お受けします」と勝手に返事をしてのける。
「おい…零!」
そう非難の声をあげる兄をキッと見据え、「受けるんです!! 絶対に」と殆ど悲鳴のような声で兄に詰め寄った。
「…まぁ、こっちとしては報酬さえ受け取れるんなら、別段構わないが」
そう言いながら、ひしっと小さな掌で黒須の服を掴んだまま膝の上で眠るチーコの顔を見つめる。
ステージに上げるからだろう。
顔にこそ傷はなかったが、体中痣だらけで、煙草を押し当てられた火傷の痕も点々とあった。
「…まだ…子供だぞ」
黒須の隣に座る竜子が軋む声で呻いた。
「…こいつ…まだ…子供なんだぞ」
自分だって世間じゃまだ、充分子ども扱いされる年齢の癖に、ぎゅっと握り拳を固めた、相変わらず派手な特攻服に身を包んだ女は「糞野郎共だ」と吐き捨て、「頼む」と律儀な声音で呟き、頭を下げてきた。
「…で? 何なんだ、この子を追って来てる奴らの正体は」
武彦が問えば、「アジア諸外国を縄張りに、麻薬の密売やら人身販売やら、まぁ後ろ暗い商売の業界で一気に伸し上がってきた新興のマフィアだよ」と黒須は答えた。
「で、そこのトップっつうのが、若干キてる趣味の持ち主でね。 人間と動物を掛け合わせて作るキメラの研究やら、人間外の珍種なんかを世界中から攫ってきてオークションに掛けたり、ショーに出したりするような、そういうえげつのねぇ商売もやってやがんのさ」
黒須の説明に、武彦はチーコの容貌をもう一度しげしげと眺めた。
チョコレート色の肌。
オレンジ色の髪。
鳥のような声。
小さな体は、人間の子供と変わりない形をしているが、唯一つだけ、大きな違い。
大きな、大きな一つの目。
チーコには目が一つしかなかった。
顔の真ん中に一つ、燃えるような太陽色の綺麗な目玉。
「ベイブが…俺達の上司がね、この子の事を見つけてさ、何とかしてやれってお達しが出たんだ。 たまに、そういう慈善事業めいた事をしたがる奴なんだが、今回はバックがやべぇ。 とにかく、三日間。 何とか、三日間あいつらからチーコを守ってやってくれ」
「何故三日間なんだ?」
そう問い掛ける武彦に、黒須はチーコを見下ろして、その唇に手を当て、彼女が確実に眠って居る事を確かめると、囁くような声で言う。
「保たない」
「……何がだ」
「チーコがだよ。 一年間、この汚れた街で引き絞るみたいにして生きてきた。 保たないんだ。 あと三日なんだ」
「それは…」
確かなのか?と問い掛けかけて、事務員が教えてくれた、彼らの上司と言う男が、全てを見通す力をある鏡により得ている事を思い出す。
「多分、俺達の住んでる城に連れてけば、多分危険に晒されないで済むんだろうが…そりゃあ、あんまりだろ? 最期位、外の世界で、楽しいもんばっかり見せてやりてぇんだ」
黒須の言葉に、武彦は溜息を吐き出して、零を横前で見れば、大きな目に既に涙を溜めていて、「兄さん…」と震える声で呼んでくる。
「あーーー、もう、分ったよ。 請け負うから、お前は泣くな、お前も!」
そうズビシと指差された竜子は、既に鼻水もだくだくに流していて「ううう、…だのむからなぁ?」と涙に濡れた声で告げてきた。

チーコを守るだけならともかく、その背後にあるマフィアまで相手にしなきゃならないとなると、かなり面倒な案件になるとひしひしと感じながら、武彦は二人の女の涙に負けて、この厄介な依頼を引き受ける事にした。


〜本編〜


初日。



がっかりした。
後ろ姿が、あんまり綺麗な髪をしていたものだから。

漆黒の絹糸のような、艶やかで美しい髪だったものだから。

細い肩へと雪崩落ちるその輝きに眼を射られたものだから。

振り向いた時に、実際肩がストンと落ちてしまった。
見惚れていたのにと、騙されたような気持ちにすらなる。

遮光眼鏡の奥の細い瞳が、益々狭められた。
得体の知れない男。
何処か薄気味の悪い身に纏う空気。

だのに、何だか惹き付けられた。

不気味なものに程、人は惹かれる。
その吸引力に、抗えない。


あからさまにがっかりした自分を眺め、「へっ」と笑った顔が気に喰わなかった。

自分よりも年上に見えたが、それでも、兎月原は胸中で呟いた。

「生意気」


つまり、兎月原にとって、黒須とは、酷く「生意気」な男に見えた。

職業・出張ホスト。
泣かした女は数知れず、悦ばせた女は星の数を越えている。
百戦錬磨の兎月原が、ひょんな事から出入りするようになる、興信所での最初の仕事の、記念すべき第一印象は、とにかく「依頼人にがっかりする」という事に尽きてしまった。



金髪の少女が目を真っ赤にして、呆然と座っていた。
鼻をかみ過ぎたのだろう。
鼻の頭も真っ赤になっていて、何だか幼く見える。
隣に座る黒須の陰惨な空気を中和するかの如く、感情を駄々漏れにしながら、今は泣き疲れのせいか、何だか呆けているようだって。


ここの興信所自体は、前々から客から話を伝え聞いていた。
何だか、不思議な事件ばかり取り扱っている、そっちの筋では有名な興信所があるという事。
自分の知り合いも、霊障に悩まされた際に助けて貰ったことがあるという事。

茶色く染めたウェーブのかかった髪を掻き上げながら、細いシガレットを赤い唇に咥え、そう酷くよろめいた艶っぽい声で教えてくれた女の名はなんだったか。
随分と贔屓にしてくれてはいるのだが、顔を見れば即座に思い出せる名を、会わない間は忘れてしまっていた。
それは、何も、その女に限ったことではない。

それが、兎月原の職業上の処世術。

出張ホストとして幾人物女性を客として相手にしてきた彼にしてみれば、その女全ての名を覚え続ける事は苦痛に近い。
会ったその場限り。
買われた時間一杯を極上の気分で過ごさせてあげる事こそが兎月原の使命。

過ぎ去った時間は忘れてしまう。
会っていない女の事もだ。

ただ、その「草間興信所」という名のみが耳に残っていて、彼の下で雑用等を請け負ってくれている女性、歌川・百合子から、この仕事の話を聞いた時に、好奇心も手伝って、この依頼を受ける事にした。
百合子曰く「女の子を三日間、目一杯幸せな気持ちにさせてあげる仕事」らしい。

「ロマンチックだわ」と夢見るような瞳でいう百合子に、兎月原な苦笑を返し、さて、草間興信所とはどのような場所で、そんな仕事の依頼者とは、どのような人間なのだろうと、少しだけ心が期待に躍った。


黒須が今回の仕事について説明を終えた後、もう一人の依頼人城ヶ崎竜子という名の少女は、きっちりと「頼みます」と頭を下げ、真摯な声で、そう告げた。 竜子や黒須が、『チーコ』という少女を何故助けようとしているのかはさっぱり分らなかったけれど、何だか竜子のその姿は信頼に値するような気がした。


「で、結局、お前らの上司っていうのは何者なんだ?」

涼やかな女性の声に黒須は、はぐらかすように首を傾げた。
問い掛けたのは、黒・冥月。
細身の黒いシャツに、後ろに深いスリットの入った黒のロングスカートを合わせ、窓際に立ちながら、
腰まである黒髪を、背中で揺らすその女性は、真っ白な紙にスッと美しく筆で引かれたような形をした睫の長い切れ長の目を閉じたまま、冷たい声で問う。

「おかしいだろう? 何の利益も見込めない。 誰が得するとも分からん。 ただのボランティアとは思えど、物騒な匂いもプンプンする。 善意のみで、このような件に首を突っ込む輩がいるとは考え難い。 目的は? お前達はどんな組織に所属してるんだ? そもそも、お前達自体は、何者なんだ?」

冥月のもっともな疑問に、黒須の視線が落ち着かなさげにあっちこっちする。
冥月の細い体は、華奢なのに鋼の強靭さを感じさせ、それでいてしなやかで柔軟な美しさを兼ね備えている。
身のこなしや、その眼差しから、尋常な者でない事が、兎月原は感じ取ることが出来た。

「あー…」だの、「うー…」だの呻く黒須に肩を竦め、冥月の攻撃の矛先は、この興信所の主人にも向けられた。

「大体、武彦も、武彦だ。 気安く受けるな。組織から逃げる事がどれ程困難か」
そう言いながら、自分のすぐ目の前にあるソファーに腰掛けている武彦を小突く。

「これほど得体が知れぬ連中の依頼等、本来ならば、蹴って然るべき案件だろう」

そう、彼の不用意さを責める冥月に「まぁまぁまぁ…」と笑いながら、この興信所の事務員だという、シュライン・エマという女性が割って入り、「いいじゃないの。 とりあえず、とーぉぉぉっても胡散臭いけど、この二人の身元は私が証明するわ?」と胸を叩いた。
中性的で整った容姿は、同時に知的で、冷静な空気も醸し出しており、喋り口調の明快さや、明らかに頭の回転の速そうな会話内容から鑑みても、充分信用に値する人間だと兎月原は判断する。
職業柄、観察眼や、洞察力に優れた兎月原は、自身の目によって、エマが請け負うならば、この依頼人二人も、決して身元の怪しい人間等ではないのだろうと確信を深めた。
エマが皆に協力を求める意味も含めて、「ほら、黒須さんって、こう見えても、穏やかな午後に近所の美味しいケーキ屋さんのシナモンロールを突きつつ、熱い薔薇の紅茶を啜ってるお茶の一時なんかだったら、夢見心地に、気紛れに、気の迷いで『まぁ、僅かにはいい人かも…』と思えなくもない人だから…ね?」等と、言葉を重ねるが、うん、これは、間違いなくフォローにはなってない。
黒髪も清らかに、透明感のある美しさを有した、美少女水鏡・千剣破が、黒曜石のような黒と、澄んだ海の如くの青のオッドアイを瞬かせ、横目で、黒須の様子を伺いつつ「えーと、黒須さんが既に涙目なんですけど、いいのか…な…?」と彼を指差した。
エマは、気安い口調から鑑みれる通り、前々からの知り合いなのか「ほら、黒須さんも、疑われてんのは、あなたのその、不気味さのみで構成されてるツラのせいなんだから、無理矢理、多分不可能だけど、その胡散臭い、87%成分がヤクザな顔にスマイルを浮かべて、みんなの信頼を勝ち取って?! はい、レッツ爽やかスマイル!」と言いつつ黒須を揺すった。
黒須の隣に座っていた金髪の美少年も同様の立場らしく、「駄目です。 エマさん、その人笑ったらもっと不気味だから!!」と、追い討ちの追加点を入れていて、咄嗟に黒須が目頭を手で押さえつつ「もう、いっそ、死ね!って俺は言われたほうが気が楽だよ」と呻いている。
「まぁ、僕も彼らの身元は保証しますから…」と魅力的な笑みを浮かべ、視線で皆を見回す美少年は蒼王翼というらしい。
仕草も典雅で、見惚れるばかりのその姿に、思わず「美少年」呼ばわりをしているが、彼女はれっきとした「女性」らしく、それでも「お願いします。 協力してあげてください」等と彼女に言われれば、女性陣にとっては、眩暈もののお願いになるらしい。
まず、白金の髪も美しく、マシュマロのような色合いの柔らかそうな白肌も愛らしいエリィ・ルーという少女が、大きな翠の目を瞬かせ、頬をピンク色に染めながら「はい…翼さんの為にも…協力させて下さい…」と両手を組み合わせて答え、いつもは、ぼんやりと夢見るような瞳で、並大抵の事では然程の反応を見せない百合子も「わ、私も、何でもするわ…! 大したお手伝いは出来ないかもだけど、精一杯翼さんのお力のなれるよう努力するから…」と、翼を凝視しながら宣言した。
そんな二人の女性陣の様子に、負けてはおられぬと言わんばかりに、千剣破も勢い込んで、「私も、翼さんの為に…!!」と言いかければ「いや、依頼人俺と竜子だから!!」ともっともなツッコミを、絶妙のタイミングで黒須が入れた。
ハッ!と三人揃って我に返る姿を眺め(やるなー。 翼さん)等とホストとして、ちょっとばかり対抗意識を抱いてしまう。
やはり、どう見ても端麗な美少年にしか見えない翼は、そんな女性陣をニコニコと眺めていた。

「あー…いや、エマさんが信用してるんなら、俺はもう、腹決めてたし、構わないぜ?」

そう言うのは、向坂・嵐という青年で、赤茶色の髪と、同じ色したキツ目の印象的な瞳の持ち主だった。
端正な顔立ちをしているのに、そんな事は、どうでも良いと言わんばかりの、気取りのない立ち居振る舞いが逆に、どうも男には癪に障る程にかっこいい。
ここら辺で自分も点数を上げておこうと、「俺も、チーコを守るっていう依頼を受ける事に異論はないよ」と、兎月原はとっておきの微笑みを浮かべながら告げた。
とろりと甘く、喉を焼くようなチョコレートボンボンのような声とは、これも、何処かの女性の褒め言葉。
案の定、翼の魅力に参っていた女性たちの視線が、今度は兎月原に釘付けになる。
うっとりとした表情を浮かべる面々に満足した兎月原は、続けて「今回、初めて事務所の仕事を手伝わせて貰うのだが、ここの評判は聞き及んでいる。 中々優秀なスタッフが揃ってるようだし、お姫様を守るだなんて、中々風情がある仕事だ。 この興信所を通しての依頼なら、明かせぬ事情が諸々あるにせよ、そうそうおかしな事はないでしょ?」と余裕ありげに言ってのけた。


皆の意思表明に、ついと黒須に目を向け、「良かったな。 皆お人好し揃いで」と冥月が口の端を持ち上げて言えば、黒須は小さく笑って「あんたも、そのお人好しの仲間じゃねぇか。 手伝ってくれるつもりなんだろ?」と確信を持った声で言う。
その黒須の言い様が気に入らなかったのか、冥月が眉間に皺を寄せ、「大体お前等の主は本当に独善だな。余命3日なら助けない方が幸せかも知れんだろう」と黒須を指差した。
「楽しく過して少しでも未練を残せば、死ぬのが余計辛いぞ。何も知らず死ぬ方が幸せな事もある」
黒須は、冥月の言葉に笑みを深め、「善か、悪かは分からねぇよ。 正しいか否かっつうのも、まぁ、難しいわな。 でも、やれっつうから、やるんだ」と自嘲気味の声で答える。
「お前の…主が言うからか?」
「ああ。 まぁ、しょうがねぇ」
そして首に嵌っている細い黒い輪にも見える首輪に指を引っ掛けた。
「チーコ…守ってやってくれよ。 あんた…相当の人と見た。 そんで、多分…」
小さな遮光眼鏡の奥に見える、細く険しい目がじいっと冥月の事を見据え「優しい人間だ」と、唐突な声で告げた。
冥月にしてみれば予想外の言葉だったのか、少しだけ後ずさり、コツンと窓枠に肩をぶつける。
「適任だろ? 俺が選んでんだ。 間違いない」
武彦がそう自信ありげに言うのを受けて、改めて兎月原はメンツを見回す。

バラバラに見えた。
てんでばらばらで、咄嗟の団結力なんて見込めない面々。

だが、ここのオーナーが言うのだから、きっと、そうなのだろうと兎月原は思う。
百合子に、兎月原を引っ張ってこさせたのも武彦の判断らしいし、このメンツが、きっと今回の依頼には一番いいメンバーなのだ。

いや、正直なところ、そんな事はどうでも良かった。

彼の仕事は、「チーコを楽しませる事」だったので。
それ以外の事柄は、今はどうでも良かった。


「…笑止。 私は、然程優しい人間ではない…が、先程まで申していた事も冗談だ。 守る。 依頼は依頼だ。 どのような者が頼みの筋であろうとも、守る。 チーコを」
冥月が淡々と述べるその声は自負に満ちており、彼女がそう宣言すると言う事は、その言葉どおりの結果を導くのであろうと人を納得させる力に満ちている。
「それで、チーコを追っている組織の名は?」
そう冥月が問えば、黒須は「『K麒麟』…てぇんだそうだ。 生憎、こちとら、そんな裏社会にゃあ詳しくねぇから、怖い名前なのか何なのかはさっぱりなんだが、ベイブ…俺らの上司は『面倒だ』とは言ってたな」と答えた。
麒麟。
中国の伝説の獣。
「聞き覚えがある。 K麒麟ならば、ちょくちょく余りよくない場所で、その名を耳にするよ。 確かに、随分と最近は幅をきかせているみたいだ。 だとすると、竜子とやらが科してきた制限が、尚面倒に拍車をかけるな」と呟き、冥月は唇に指を這わせて思案気な表情を見せる。
「殺さないで…か」

そう、竜子が、皆に言ったのだ。
この依頼にあたって、チーコを守る為に、武力を行使する事は止む無いとしても、相手を絶対に殺さないで欲しいと。

それは、随分と甘い考え方だとは思ったのだが、兎月原にしてみても、人を積極的に殺したいとは思えない。
むしろ、竜子の告げたその制限は、何処か物騒な匂いのするメンバーも入り混じるこの依頼において、「相手を殺さなくても良い」という安心感を兎月原に与えた。

適度に温い方が、過ごし易い。

人殺しなんて物騒な事に関わらないほうが兎月原にとって良かったし、何より、百合子の事を考えると、「人を積極的に殺す」ような案件ならば、ここで引き返すという選択肢を選ぶべきだと考えていたので、そういう意味でも安心した。

兎月原には、百合子を守る義務がある。
精神的な意味でも、肉体的な意味でもだ。

百合子は、やっぱりぼんやりとした顔をして、皆の話を聞いていた。
そういう彼女の顔を見て、兎月原は、この案件に関わる事が、彼女にとってプラスになれば良いと心底祈った。


「勢いのあるマフィアは厄介だぞ。保身考えず無茶するからな」
そう言いながらチラリと窓の外に走らせる冥月の視線が険しさを増したような気がしたが、ついと室内に視線を戻す時には、もう、平静極まりない眼差しへと変化していた。

「で、これからどうする?」
そう冥月が言えば、まず、エリィが手を上げて「旅、行こう、旅!!」と言った。
「安全を確保する意味でも、3日間移動を続けるってのは、アリだと思うの。 ルートの確保は任しておいて? これでも、私情報屋なの。 おいそれと、追跡なんてさせないわ! 旅行なら、色々見せてあげられて、チーコちゃんにも楽しい時間を過ごして貰えるしね?」
エリィの言葉に、翼も頷き、「それは良いかもしれない。 故郷の南の島まで連れて行ってあげれるのが一番だけど…」とそこで言葉を切り、「この人数での移動や、危険面、期間を考えると中々難しいかな。 だけど、そうだな、海…うん、海には連れてってあげたいね」と提案した。
「海、賛成。 そんで、水族館とか、どうかな?館内、意外と薄暗いし、周りの人は水槽に気を取られてチーコの事もあんま気付かれないんじゃないかな。 まぁ、勿論パーカーとか着てフード被ってもらったりとかの多少の変装だか位は必要だろうけど。 南の海の生態を紹介するコーナーとか、水族館にはあるし、チーコにとっては嬉しいかも知れない。 あと、俺も海は絶対連れてってやりたいな。 そりゃ、チーコの故郷に比べたら全然劣るだろうけど…見せてやりたいと思う。 チーコに何か特別な事をしてやれる訳じゃないけどさ…一緒に色んなもの見て聞いて…感じて…、そう言う事してやれたら良いと思う」
考え、考えしながら、そう語る嵐の口調に、皆がそれぞれ頷いた。
三日間、然程特別な事は、兎月原とて出来るとは思えない。
それでも、その「特別じゃない」事がきっと、チーコには特別になるのだ。
気負わず、それでも、チーコの事を幸せな気持ちで一杯にしてあげたい。
エマも「旅…いいわねぇ…。 じゃあ、宿泊所に一つアテがあるから、連絡入れておくわ。 古い神社でね、藤やツツジの名所なの。 きっと喜んでもらえるわ。 あと、移動手段も、一つ良いアテがあるから任せておいて」と予想通りの頼りになりっぷりを、既に発揮していた。
百合子も「旅行なんて…嬉しい…。 しかも、女の子を守るための旅なんて、なんて、ロマンチックなんだろう!」と感激したような声を上げる。
兎月原は、ある程度方向性が固まったと見て、「冥月さんは、何か?」と、まだ意見を出していない冥月に問えば、彼女は首を振り「任せる。 何処へでもついていく」とだけ答え、また窓の外へと視線を向けた。

何かあるのだろうか?
チリチリとした気配が、首筋を焼いた。

ああ、物騒な気配だ。
眉を寄せ、訝しげな表情を見せた兎月原にチラリと視線を走らせ、それから、冥月は片眉を器用に上げる。
そして、誰にも気付かれぬよう、冥月は口をパクパクと動かし、声に出さずに、兎月原にあるメッセージを伝えた。

(ん? チ イ コ タ チ ヲ オ ク レ ? テ キ ガ ソ ト ニ イ ル)

チーコ達を送れ。 敵が外にいる。

つまり、事務所からチーコ達を送り出す際に、護衛を勤めろという訳か。
彼女には、追われている事すら気取られたくない。
そういう意味では、兎月原向きの仕事と言えたが、逆に驚いたのは、兎月原が武道に秀でた者である事を即座に見抜いた冥月の慧眼だった。
会って僅かばかりの時しか経っていないのに、よくぞとも思うが、そういう冥月とて見るだけならばたおやかな美しい女性だが、少し動作を見せただけでも、その隙のなさが手に取るように分る。
同じように、自分の身に纏う空気から、武道を嗜む者の気配を感じ取ったのかもしれないと思いつつも、自身は然程、荒事に関わりたいとは考えていなかったので、出来る事なら暴力等振るわずに終わらせたかった。

(まぁ、だが、お役目を仰せつかってしまっては仕方がない)

肩を竦め、微かに頷き了承の意を表す。
冥月は満足げに頷いて、それから何事もなかったかのように視線を逸らした。


「じゃあ、今度は、可愛いお嬢さん方にも聞かないとね」と兎月原がそう言いながら立ち上がれば、エリィが「あ、あたしが行くー! ちょうど、みんなの参考に良いかと思って、旅行雑誌を持ってきていたのです!」と言いつつ、じゃーんと雑誌を一冊掲げてみせる。
「こっから、チーコちゃんに指差しで、何処行きたいのか選んでもらおうよ」と言うエリィ。
実は、チーコ、竜子、それに、もう一人今回の依頼のの参加者として呼ばれている飛鷹いずみは、別室に控えて貰っていた。
というのも、あまり性質の良くない話(チーコの寿命について等)をどうしても話題にせざる得ない関係上、当人のチーコや、まだ明らかに子供のいずみには、話の内容を聞かせたくないという配慮から、竜子をお守り役としてつけて、書斎の方へと追いやったのだ。
とはいえ、竜子の子供っぽい言動と、明らかに年齢不相応な大人びた言語能力を見せていたいずみとでは、いずみが二人のお守りにも見えて、不満げに何度も振り返りながら書斎に引っ込んでいったいずみの可愛い顔を思い出し、誤魔化すのが大変そうだなぁと兎月原は他人事のように思う。
如何にも賢そうな、冷静な目をした少女だった。
ぱっと見は、小柄な体躯も相まって、愛らしく、大人しげな少女にしか見えないのに、口を開けば、大人顔負けの論理でもって、驚くべき頭の回転の速さで会話を繰り広げていた。
後ほど苛烈を極めるであろう、いずみの追及は避わすのが大変そうだと考えていると、千剣破が立ち上がり、「あたしも一緒に行く」とエリィに声を掛ける。
「旅行か…やばい、凄い楽しみなんだけど!」
「確かに、確かに!」
二人は、どちらも人目を惹く美少女ではあったが、千剣破は和装のよく似合いそうな日本美人であり、エリィは対照的にレースやリボンがよく似合いそうな西洋人形めいた愛らしい容貌をしていた。
そんな少女達がキャッキャッと笑う姿は、大変、大変愛らしく、思わず兎月原は見惚れてしまう。
客として相対する女性は、兎月原自身が安値で自分の時間を売っていないのもあって、そこそこの年齢の女性が多かったせいか、年若い少女たちの交流の姿は中々新鮮で「若い女性も、やっぱいいな…」なんて、オヤジ丸出しな事を考えてしまった。


「だけど…私、ここの興信所のお仕事って言ったら、もっと、おどろおどろしいものとか、ホラーなものばかりだと思ってたわ」
百合子がおっとりとした声で、興信所を見回しつつ、そう言った。
「えーと…ここのって、一応ですけど、どういう意味です?」と零が問えば、「えー? だって、ここは、『怪奇探偵事務所』なんでしょ?」と百合子が言い、それから「素敵よね…怪奇…」と呟く。
思わず頭痛を堪えるような表情を見せ、額に手をやった武彦が、うんうんうんと頷きつつ、「いや、色々誤解があるようだが…一応、今回初参加の君達にははっきり伝えておきたい。 違いますから!」ときっぱり、すっきり宣言した。
エマも、遠い目をしつつ、「そうなのよね…なぁんでか、こう、超常ってる現象系の依頼ばっかが舞い込むんだけど…一応ね? 普通の興信所なのよね。 建前は」と呻き、「もう、でも、今更後戻りは出来ない感じがしますよね」と零が総括するように呟く。
「ええ? 素敵じゃないですか! 怪奇探偵! あれでしょ? ゾンビとかと戦うんですよね? あと、ゾンビとかに襲われたり。 ゾンビとかに感染したり。 ゾンビと一緒に閉じ込められたり!! ああ、なんてロマンなんでしょ!」
そう感極まったように百合子が言うのを、呆然と眺め、翼が「え? なんで、ゾンビ推し?」と問い掛けた。
「いや、彼女、B級ホラーが大好きで…」と兎月原が説明すれば、ブンブンブンと手を振って、「ちゃんと、他の映画も好きだよう! あの、えっと、宇宙人モノとか、ジェイソンとかも、可愛いと思うし…」と兎月原に訴えてきた。

全部、ホラーやんけ。
しかも、B級の代表選手やんけと思えども、そこを指摘すれば、今度は頬をぷくりと膨らませて拗ねてしまうので、何も言わない。

ああ、これで、30手前だなんて…と余りに幼い仕草にぐったりしつつ、「はいはい」とその頭を撫でてやれば「えへへ」と百合子は、益々幼く笑う。
チーコだけでなく、百合子にも、余り物騒な気配を感じさせぬよう立ち回りたいと兎月原が考えていると、武彦が二人を交互に指差して「あんたら二人は恋人同士か、何かなのか?」と問うてきた。
兎月原が答えるより早く「ぶっぶー! 違います。 私と兎月原さんは、あくまで、雇用主と雇われスタッフの関係なの」ときっぱり答える。
事実だが、そんな、はっきり言わずともと、少し落ち込みつつ、「まぁ、俺にとっては手のかかる妹みたいな存在です」と言って、百合子の柔らかな頬を指先でピン!と弾いて、百合子に「あうち!」と呻かれた。

そんな会話の最中、書斎から千剣破に「あ、いずみちゃん? いずみちゃん!」と呼びかけられているのも無視して、いずみが応接間の、ソファーにちょこんと腰掛ける。
ぐっと唇を引き結んだ表情は「私は、書斎に追いやられた事を怒ってます!」という気持ちを如実に映していて、その素直さに、兎月原は思わず微笑んだ。
「さ、話の続きをどうぞ?」
そう促すいずみに、黒須が困った顔になって、「いずみ? なんだ、退屈しちゃったのか?」と問う。
そんな黒須を「キッ」と一睨みすると、「いえ、のけものにされるのが、我慢ならないだけです」ときっぱり答えた。
ジトッとしたいずみの眼差しに耐えかねたように視線を逸らす黒須の代わりに今度はエマが「あ、いずみちゃん、いずみちゃん、ほら、これ面白いのよ? 絵が凄く綺麗で…」と言いながら、イギリスの児童書を鞄から取り出す。
油絵で描かれているらしい可愛いキャラクターが表紙一杯に描かれているその絵本は、いずみの目にも大層魅力的だったらしく、一瞬身を乗り出せど、すぐさま、ソファーに身を沈めて、ふいと目を逸らす。
「チーコちゃんと読んでらっしゃい、ね?」
にっこりと笑うエマに、いずみは「結構です」とぴしゃりとお返事。
するとエマは、「そうよねぇ…」と言いつつショボンと肩を落としてみせる。
「いずみちゃん、本たくさん読んでるから、私の翻訳の出来栄えが如何なものか意見聞きたかったんだけどなぁ」と残念そうに言うエマの言葉に、ここの仕事だけでなく、翻訳の仕事もやっているのかと、その多才さに驚いていると、鞄の中に本を仕舞うエマに「また、後で読ませてください」と、いずみが慌てて言い添えていた。

もう、てこでも動かないぞ!と決意の滲んだ顔でソファーに座るいずみ。
百合子がパクパクと口を開け閉めして、いずみに何か言おうとするが、「ひゅぅ」と小さく息を吸い込んだまま、何も言わずに口を閉じた。
そのまま、じいっといずみを凝視する百合子に、いずみは居心地悪げに身じろぎする。
「あ…あの…?」
そう問うようにして、声をかければ百合子は自分が初めていずみを凝視していた事に気付いたかのように目をパチクリと見開き、見開いたまま首を傾げる。
「いくつですか?」
唐突な問い掛け。
百合子はいつでもそうだった。
前後の脈絡なく、聞きたい事を口にする。
「…百合子。 ほら、いずみちゃんがびっくりしてる…し、出来るだけ脈絡を付けて喋るように言ったよね?」
そう、諌めるように言えば、ふわふわと目で此方を見て、むぅと唇を尖らせた。
だが、質問の答えを諦める気はないのか、霞がかかったような眼差しのまま「で、いくつですか?」と再度問い掛けている。
「あ…10歳です…」
とりあえずそう答えれば「へぇ…」と一言呟いて、それから、ゆっくりと驚いたような顔をし「若い」とだけ唸るように言った。

いずみが、余りに言葉のタイミングを掴みかねる会話のテンポに、言葉に詰まれば、「だって、皆さん気になってたと思うんです。 いずみさんと、初対面の方も多いんですよね? 私含め。 あんまりにも大人っぽい事を言うもんだから…10歳って、小学四年生位?」とまた、独特のテンポで言葉を重ね、兎月原に顔を向けたので、あ、さっきの言葉は、自分の「脈絡なく喋るな」という注意への反論だったのかと気付く。
「あ、そうです」と答えれば、「そう…」と、まるで自分の世界に閉じこもっているかのような声で囁くと、また凝視するようにいずみを眺めた。
「…聞かない方がいいですよ?」と小さな声で忠告するように言う。
うんうんうんと自分の言葉に頷くような仕草を見せて、百合子はまたも言葉を重ねた。
「あんまり、良い話はしてなかったもの」

静かな声で「覚悟はあるのか」と涼やかに冥月が問い掛けた。
窓際に立ち、長い睫をした薄い瞼を閉じたまま、冥月は更に冷たい声で問いを重ねる。

「いずみ…といったな? お前に覚悟はあるのかと聞いている」

いずみは、緊張感を身に纏わせながら、それでもきっぱりとした声で、「出来てます」と答えた。
「何のだ?」
「全てを知る…です」
「…哀しい事もか?」
いずみは頷く。
「辛い事もか? 怖い事もか?」
重ねられる問いかけに、コクンコクンと頷くいずみ。

「大人と対等に扱うという事で良いんだな?」

冥月はいずみの意思を確認すると、無表情に口を開いた。


「チーコは三日後死ぬんだそうだ」


「冥月さん!」
非難じみた声をエマがあげた。
いずみが、言葉を失い立ち尽くす。

そうか知らなかったのか…と、いずみの表情を見て兎月原は静かに胸中で呟いた。

そうか、知らなかったのか…。


「知りたいと本人が言っている。 知る意思がある者が、知らぬまま他の者が把握していた悲劇に直面すれば、知らされなかった悲しみも合わせて、余計に辛い。 覚悟はあるといった。 だから、伝えた。 知ったからこそ出来る事もある」

冥月は、厳しい声音でいずみに告げた。

「考えろ。 いずみ。 知りたがったのはお前だ。 だから、知った以上、私たちと一緒に考えてくれ。 圧倒的な事実に際して、それでも自分が何を出来るのか」

いずみは目を見開いたまま、小さく体を震わせている。

ショックだったのだろう。
随分と仲良くなっているように見えた、チーコといずみ。


「うぃひぁぁははぁあ!」

無邪気な笑い声が書斎から聞こえてきて、いずみがびくりと肩を震わせた。

可哀想だとは思うが、冥月の言う通り、彼女が欲した事実だ。
現実は、時として、残酷で、どうしようもない姿を眼前に晒す。

死ぬんだそうだよ。 チーコは。

だからこそ、出来ることを。
だからこそ、彼女の為にありったけの幸福を。

兎月原はそう決めていて、きっといずみも、同じ決心を抱くだろうことを確信していた。

「どう…しよう…も、ないんですか?」
いずみが掠れた声で言った。
「ど…うしようもないなんて事は、ないと思うんです。 そんな、ねぇ、だって、チーコは…」

いずみが拳をぎゅうっと握り締める。

「チーコは、子供じゃないですか。 子供が死ぬなんて…そんなの、おかしい…」

いずみの言葉に、皆一様に口を引き結ぶ。

ふいに突きつけられた言葉に響きに、間違いなく兎月原は、戸惑った。

そうだよ。 子供だ。
まだ、10歳の子供だ。
10年しか生きずに、辛い目にたくさん合って、消える命。

子供が死ぬ。

理不尽だけど、命の終わりの訪れは、誰にも測る事は出来ず、皆一様に、唐突に失われる命を眼前にすれば「理不尽」だと呟くのだろう。

そもそも、命の存在そのものが、理不尽の果てに存在するものなのかもしれない。
いずみが、皆の視線に立ち竦み、どんどん顔を赤くしていった。
うろたえたように視線を彷徨わせ、無理矢理捻り出したような冷静な声で「…だから、良い大人が雁首そろえて、3日しか保たないとかいきなり泣き言を言ってないでベイブさんに泣きつくなり何か手が無いか尽くしてからにしましょうよ。 彼女の命を諦めるのは」とまるで憎まれ口のように皆の顔を見回しながら言い放つ。

ベイブ?
聞きなれぬ名に一瞬首を傾げかけ、そういえば黒須が己の上司の名として口にしていたっけと思い出す。

「ベイブ(赤ん坊)」

ふざけた名だとは思ったが、今はそんな事を気にしている場合ではなかった。

誰も、いずみの目から目を背けなかった。
誰も、彼女を言いくるめようとはしなかった。

「いゆみぃ?」

チーコの声を聞いた瞬間、いずみの表情が一変した。
険しさの一片もない、優しい微笑み。

ああ、凄いな、いずみは…と、兎月原は素直に感嘆する。
何一つの不安も、チーコに与えたくないのだ。
自分の役割を明確に把握し、自分に徹底させている。

「なぁに? チーコ」

穏やかな声でチーコに問い掛けつつ、パタパタとチーコに走り寄っていく。
エリィが開いた雑誌を見せ、写真に写るは、鮮やかな青い海と、崖の上に立つ白い灯台。
「あのな、チーコ、この、潮岬行きたいそうなんだよ。 あたいも、千剣破も、エリィも賛成なんだけど、山口県にあって、ちょっとばかり遠いんだ。 日帰り旅行じゃ済まないし、多分ニ泊三日位の日程になる。 今って、いずみ、GW中だっけ? チーコが、お前と行きたいって聞かないんだけどさぁ…、良かったら、いずみも付き合ってくれるか?」
竜子に問われて、間髪入れずに「もちろん」といずみが頷けば、チーコが嬉しげに「ひゃぁ!」と声をあげ、背後に並ぶ千剣破達を交互に見上げた。
「良かったね、チーコちゃん」
エリィの台詞にチーコが頷いた。
「んじゃ、いずみも、お父さんと、お母さんに許可取らないとな?」
嵐の言葉にいずみが「はい」と素直に頷く。
「他のメンツも、三日間は大丈夫なんだよな?」
そう彼が問い掛ければ、それぞれみんな頷いた。
「うん、私は大丈夫! んで、チーコちゃんの希望により、山口県の潮岬は、絶対、絶対行くの決定ね?」
エリィの書斎の扉の前に立ったままの呼びかけに、翼は頷きながら「じゃ、一旦解散かな? みんなそれぞれ用意があるだろうし…」と全員を見回す。

皆、異論はないのだろう。

竜子やチーコ達が「おやつ買う暇あるかな? チョコ買ってやる、あと、あと、ポテトチップスと…酢昆布も欲しいよな…」とか、「ひっぅあふぅうう!」と嬉しげに言い合っている。
「えーと」と翼が人数を数え、「11人か…結構な人数だな…」と呟いた。
「あれ? 零は?」
そう竜子が問い掛ければ、「今回は、兄さんの手伝いに専念して、情報収集の面から皆さんのお役に立とうと思うので、お留守番です」とサラリと答える。
それから、零はチーコの傍へとしゃがみこみ、「楽しい旅をね?」と微笑みかけた。
気丈な笑みは、悲しみの雫を一粒たりとも滲ませはせず、まるで、本当にただ、朗らかに旅立ちを見送る者の笑みそのものだった。

強い。

兎月原は心中で唸る。
死出の旅。
そう知りながらそれを微塵も感じさせない、零の笑顔。
彼女の気丈な笑みの為にも、チーコの幸福の為にも、兎月原は、全力を持ってこの仕事に取り組む事を決意した。

「じゃあ、今から一時間後。 駅前のロータリーで集合な?」
腕を組み、今まで黙って事務所内でのやりとりを聞いていた武彦が総括するようにそう声を上げる。
「三日間分の旅行の用意だからな? でも、あんま荷物は多くすんなよ」
武彦の言葉に頷いて「移動手段は電車ですか?」といずみが問えば「いや、まぁ、それは見てのお楽しみだよ」と武彦は含みを持った台詞を言った。
そういえば、エマが用意してくれるんだっけ?と視線を送れば、彼女も何だか意味ありげな笑みを浮かべていて、なんて喰えない興信所なんだろうと少し呆れる。
「いずみは、ご両親にちゃんと説明すんだぞ? 連絡先は…」
「あ、私の携帯番号教えておくわ」とエマは挙手し、「もし、必要だったら、お家に説明のためにお伺いしてもいいけど?」と心配そうに顔を覗きこんだ。
その気の回りように、思わず感心しれば、「あ…大丈夫です。 そんなお手数かけられません」と丁寧に断りを入れるいずみに、百合子が目をパチリと開いていずみの顔を凝視する。
確かに、いずみは、ちょっとデキすぎだ。
言葉遣いとかが、大人びすぎている。
アレで大人の女性になったら、少し怖いな…と思いかけ、いやいや、むしろとても魅力的じゃないか?と手強い女性を見ると、ワクワクする性質の兎月原は、想像して楽しんだ。
「じゃあ…エマ…よろしくな」
そう言われ、「任せて」とエマが頷けば、武彦は眩しいものを見るような目でチーコを見て「気をつけてな?」と優しく言った。
「あぅぃ!」
チーコが手を挙げ、大きな声で返事をする。
兎月原は、そうか、武彦も、これがチーコと最期の別れなのかと気付き、何だか切なくなった。

ここで、武彦と零はチーコの為に出来るだけの事をしてくれる。
彼らにしか出来ない事を。

「では、チーコ、いずみ、エマ、それに、竜子と…百合子も、途中まで兎月原に送ってもらえ」

冥月がそう告げた。
冥月に指示されたように彼女達を送るため、兎月原は立ち上がる。

残る面々はこの事務所にて襲撃を迎え撃つ、精鋭という訳かと理解し、振り返って、改めてその顔を眺め回した。
人は見た目によらないとは言うが、戦闘等とは無縁に見るような、たおやかな少女達も混じっている。

大丈夫だろうか?と一瞬不安に思いかけども、余裕ありげな冥月の表情に、心配する事はないのだと思い直して「さぁ、レディ達?」と言いつつ扉を先に立って皆を外へと促した。

「ありがとうございます」「あぅぅぃ!」といずみと、チーコが二人揃ってお礼を言った。
「あ、私も送ってきます」と零も、その後に続き、事務所の外へと足を踏み出しかけた時だった。


「ご…め…なさ…ぃ…! お…そくなった…っ!」

途切れ途切れの声。
赤く、長い髪が揺れている。


鮮やかな印象を与える、青年が一人、扉の外に立っていた。

まるで、炎のような。


チーコも、いずみも、見上げていると首が痛くなるような高い背をした赤い髪の男はひょいとしゃがみこみ「チー…コ…?」と首を傾げた。
チーコがこくんと頷く。
すると、全身の力が抜けるような、人懐っこい笑みを浮かべて、チーコの空いている手を握り締め、ぶんぶんと振る。
「は…じめま…して、ボク…は…、五降臨…時雨。 時雨って…呼んで…ね?」
首を傾げてそう言いそれから、今から出て行く所と言わんばかりの様子の兎月原達を見て眉を下げると、まるで置いて行かれる子犬のような目をしながら「何処…か、行く…の…?」と問うてくる。
「はい、ちょっと山口県まで」
冷静な声でそう告げる百合子に、益々困ったような顔をして、「山口…県…?」と時雨が呟けば、そりゃあ意味も分るまいてと呆れ、「百合子…唐突にそれじゃあ、時雨さん困るだろ? えっと、チーコの事で来て下さった、興信所のスタッフの方ですよね?」と兎月原は問い、時雨が慌てて頷く。
そんな入り口での遣り取りを見かね、「時雨! こっち来い。 全部説明してやるから」と武彦が声を掛けた。
コクンと頷いて、それから忘れてた!という風に、時雨がポケットをごそごそと探り出す。
「こ…れ…」
そう言いながら差し出した掌には、色違いの、髪留めのが二つ。
セットになっているのだろう。
キラキラと光る、ピンクのプラスチックのハートと、赤いハートがついた髪留めに「可愛い」といずみが呟けば、にこっと時雨は笑ってまずは、チーコの髪に一つ着けた。
「は…ふぃぅぅ…!」
びっくりしたような顔をして、時雨を見上げたチーコの頬が見る見る真っ赤になっていく。
「着ける…と、もっと……かわいい…」
時雨がそう褒めれば、チーコは真っ赤な顔のまま、「あぅ…ぅ…あぅ…」と何も返事が出来ず、まるで、時雨の目から逃げるかのように、エマの後ろに身を隠した。


ああ、困ったな。
俺が、チーコの王子様になるつもりだったのに。

兎月原は、少し腹立たしく思う。

先に彼女の心は掻っ攫われてしまった。
この、炎のような青年に。


「あぅぅひぅ…」
「あら、照れてるの?」
エマの言葉に、いずみが微笑めば、いずみの髪にも手を伸ばし、時雨がもう一つ、ピンク色の髪飾りをつける。
「…うん…可愛い…」
そう言う時雨に、きっと髪留めはチーコのものだと勝手に思っていたのであろういずみが、心底驚いたように彼を見上げれば「おそろい…友達…だから」と言って、にこにこと嬉しそうに笑った。
いずみが、手を伸ばして髪留めを触り、それから「ありがとう…ございます…」とお礼を言う。
そういう姿はやはり年相応の女の子で、なんだか兎月原は安心した。
チーコがエマの後ろからひょこんと顔を出して「ぅぁぅぁあ!」と嬉しそうに自分の髪飾りを触った後、いずみのを指差した。
「そうね、色違いのお揃いね」
いずみは頷いてそう答え、「ああ、凄く似合ってる」と兎月原も蕩けるような声で心から彼女達を褒めた。

「では、参りますか」

そう言いながら扉の外を指し示せば、兎月原に頷き返し、皆はそれぞれ、自宅へと慌しい旅の準備をしに向かう。

分岐点まで共に歩いていけども、先程事務所内でチリチリと首筋を焼いた物騒な気配は感じられず、首を傾げた。
チーコは、このまま兎月原と待ち合わせ場所に向かう事になっていて、エマから借りた大きなフード着きのパーカーを羽織り、フードを深々と被って顔を隠す。
彼女を抱き上げ、待ち合わせ場所に向かう途中で、建物の物陰に、長々と伸びた男達が数人折り重なっているのを見止め「ああ、誰かがカタを着けてくれたのだ」と悟った。

物騒な気配を感じ、冥月から指示を受けてから、こうやって外に出るまで、事務所の外にいたのはただ一人。

「五降臨時雨か…」

ぽやーっとした外見の割には、かなりの腕前の持ち主らしいと舌を巻きつつ、お陰で安全に皆を見送れた事に安堵する。

「さ、行こうか? 愛しいチーコ」と囁けば、その甘い声音にうっとりとした様子で微笑んで、チーコはコクリと頷いた。

手早く自宅で荷物をまとめ、チーコを抱き上げたまま、待ち合わせ場所まで向かう。

「うぁぃー! あぅ!」

兎月原の腕の中で、色々な物を珍しげに見回しつつ、気になるものを指差すチーコに、いちいち「ああ、綺麗だね」とか「へぇ、珍しい物を見つけたね」等と丁寧な相槌を打つ兎月原。
途中、チーコが指を咥えて眺めていた移動販売のクレープを買ってあげ、パクパクと美味しそうにパクつく顔に微笑を浮かべる。
「おいし?」
甘い声で兎月原が問えば、途端にほほを染めつつ頷いて、それから「一口どうぞ」という風にクレープを差し出してきた。

ハクリと食めば、チョコと生クリーム、それからバナナが一緒くたになった甘い甘い味が口の中に広がる。
「美味しいね」
そう言えば、チーコは嬉しげに頷いて、それから、一粒だけ涙を零した。

目を見開き、大きな目から零れ落ちたその雫に、兎月原は息を呑む。
彼女は自分が泣いた事すら気付かぬげに、パクリ、パクリとクレープをパクついていて、何だか、訳もなく兎月原は、チーコがいじらしくて仕方がなくなった。

頬をオレンジ色の髪に摺り寄せる。
鼻先に、暖かな柑橘類のような爽やかな香りが漂って、ああ、これは太陽の匂いだと、兎月原は思った。

この子は、太陽の子供なんだと、胸中で呟いた。


集合場所には、一台のバスが停まっていた。

「あんたが、一番乗り」

そう言いながらバスから降りてきたのは黒須で「荷物それだけ?」と兎月原の鞄を指差す。

「ああ。 あんまり物を持ち歩かない主義でね」と言いつつ、チーコを抱き直せば、チーコはバスを見て、歓声を上げた。

それもその筈、そこに白い車体には羊の顔がペイントされ、横原の部分に「××幼稚園」としっかり幼稚園名が入っている。

「羊のバスだ」


背後から声がして、二人で振り返れば、翼が立っていた。
「可愛い」
そういって微笑む顔は、少女めいていて、ああ、やっぱり女の子なんだなと兎月原は確認する。

「幼稚園からの払い下げらしい。 興信所が昔請け負った依頼を、解決したのはいいが、依頼者が報酬払えなくって、それで、代わりにってこれを置いて逃げたんだとよ。 依頼主が幼稚園の園長だったそうだが、経営が立ち行かなくて、潰れちまったんだとさ」
黒須の説明に翼が「まさか、武彦もこんな場面でこのバスが活躍するとは考えていなかっただろう。 …何が役に立つか…分からないものだな」と呟き、兎月原も頷く。
「チーコ、よかったね。 こんなバスなら、楽しい旅が出来そうじゃない?」
翼の問い掛けに、ぶんぶんとうなづき、ペタペタと羊の顔の辺りを触るチーコを微笑ましく見守って、それから、車内に乗り込んだ。

「ああ、そういや、兎月原さんって、何の仕事してるんですか?」

何気ない調子で翼に問われたものだから、何気ない調子で「出張ホスト」と答えた。
その瞬間、翼は見る見る内に目を見開き、それから凄い勢いでチーコを兎月原の腕の中から取り上げてくる。
驚いて「え? 何?!」と問えば「不潔だ!」と突然指差されて、「えええ?」と首を傾げている内に「女性を相手に商売をしている人に、チーコを任せられません!」と荒い声で断言された。

あー、そういう事かと頷いて、若い女性ならではの潔癖さに微笑む。

チーコを腕に抱いたまま座席にどすんと腰掛け、じとっと此方を睨む顔に微笑み返せば、ぷいと顔を背けられた。
「あなただって、随分と女性の扱いに慣れてたじゃない」
そう言えば、「ふん」と鼻を鳴らし「扱いだなんて、人聞きの悪い。 僕は全ての女性に愛情と敬意の念を抱いているだけさ。 ホストとは違うね」と言い放たれ、兎月原はその頑なな調子に思わず笑い声をあげてしまった。
「ま、色々商売あるからな」なんて分かった風な口を黒須が聞き、運転席に腰を下ろす。
思わず、翼が険しい表情をきょとんとさせて、兎月原と顔を見合わせると「ま…まさかだけど…黒須さんが運転するのかい?」と問い掛けた。

「なんで、まさかなんだよ」

唸るような声で言い、「これでもれっきとした、大型免許持ちの、元都バスの運転手なんだけど」と黒須が答える。
思わず、二人の時が止まった。
チーコが無邪気に「ひぅあっぅ」と呟いている声だけが車内に響き、その後「「ええええ?!」」と揃って声を上げる。
「見たことない! 黒須さんみたいな、カタギじゃない雰囲気丸出しのバス運転手は見たことない!」
そう翼が指摘すれば、兎月原も「妖怪バス!! 名付けて妖怪バス!!」と思わず黒須の不気味な雰囲気を鑑みて、咄嗟に命名してしまっていて、「なーんーでぇーーだーー!!!」とおどろおどろしい声で叱られてしまった。



全員が無事揃い、バスは思ったよりも平和に出発を果たせた。

嵐は車内にはおらず、もしかの時に小回りが聞くようにと、バイクで後を追ってきている。

流れるように後ろに過ぎ去っていく景色にチーコが歓声を上げていた。
チーコを膝に乗せたエマがその頭を撫でながら鼻歌を歌っている。 ハスキーな声が優しく、穏やかな旋律を奏でるのが心地よくて、兎月原が視線を向ければ、エマは少女のように微笑んで「楽しいね」と千剣破の真向かいに座るいずみに言っていた。
青い空がどこまでも続いていて、初夏の日の光が優しく窓から差し込んでくる。
「ぁううぃぅぅ?」
「ああ…あれは、つつじ。 綺麗でしょ? もっとたくさん咲いてるとこにも連れてってあげるからね?」
「ひぅうあぃぃぃー!」
「ああ、はいはい、じゃあ、なんの歌が良いかしら?」
明らかにスムースに会話を交わしているエマに驚けば、千剣破が「チーコちゃんの言葉、もしかして分るんですか?」と、問い掛ける。
「んふふ、自慢じゃないけど、このエマさんは言葉に関しちゃエキスパートよ?」
そう言いながら胸を張り、それから傍らにある鞄から大学ノートを一冊引っ張り出した。
ペラペラと開いて見せてくれると、そこにはびっしりとメモ書きがしてあって、急いで書いたのであろう走り書きの状態であるというのに、それがとても読みやすい字である事にまず驚いた。

「チーコちゃんが住んでた島の位置をね、黒須さんに聞いてきてもらったの。 チーコちゃんが喋ってる言語が何処から伝わってきたものなのか知りたくてね? というのも、彼女の舌っていうのは、私達とちょっと作りが違って、長さがとても短いの。 喉の構造も違うようで、そもそも人間とは発声方法が違うと考えた方が良いみたい」
エマの言葉に聞き入れば、エマはノートをチーコの頭の上でペラペラ捲りながら喋り続ける。
「だから、彼女の言葉の音は、母音と、ハ行の音、それに時折カ行が入り混じる位で、とても限られてるわ。 これが歌となると、また発声手段が変わってくるみたいなんだけど、そこまでの仕組みはちょっと分からない。 何にしろ、チーコちゃんの種族は会話における音が限られるから、当然語彙も限られてくるのよ」
「つまり、コミニケーション手段が『言語』である事が向かない種族という訳ですね」
翼の言葉に、「その通り」とエマが頷けば「確かに、それなら別のコミニケーション手段が発達して然るべきなのかも知れない」といずみも呟く。
「チーコの様子を鑑みるに、チーコはとても知的レベルが高いと思うんです。 幼い所が目立ちますが、私のクラスメイトにもチーコのような無邪気な振る舞いが目立つ子も大勢おりますし、現に彼女は人間社会に連れてこられて一年程の時間の間に、こちらの仕草を真似できるほど理解し、言葉も殆ど耳で聞く限りはその意味を分かっているように見受けられます」
いずみの明晰な推測に兎月原は素直に驚き、チーコは自分の話だからか、眼を大きく見開きながら、エマといずみに交互に視線を走らせた。
「まぁ、…いずみちゃんから見れば、大概の子は幼く見えるだろうけど…でも、確かにチーコは賢いよ。 その、エマさんの言うように、発声に関しては種族や、器官の構造の違いから、僕達と同じような発声が出来ないから、チーコはチーコの種族の言葉で喋っているんだろうけど、もし発声器官が同じなら、きっと僕らの言葉をマスターしていたような気がする」
翼が唸るような声でそう言った。


「耳が、いいのだろうな…」


目を閉じ、眠っているかのように静かに座席に身を預けていた冥月がぼそりと呟く。
「歌を得意とするものは、大抵聴力に優れ、耳で聴くものへの理解力が高い。 チーコは、一年間人間社会で過ごし、耳にする言葉の、音程や、高低、台詞の強弱等から、瞬時にこちらの言っている事の大まかな意図を察し、反応をしているのだろう」
冥月の言葉に、通路を挟んで隣の席に座っていた翼が感嘆したような声で「賢いな、チーコ」と言えば、チーコが誇らしげな声で「ひぅぁう!」と声をあげる。
そんなチーコの頭を愛しげな手つきで撫で、「よいしょ」と掛け声かけつつ抱え直すと、「そうね、だからね、これだけ知的レベルが高く、喉の構造から見て『言語による会話コミニケーション』に向かない種族が、それでも何故『会話』によって、コミニケーションを交わしていたか…そこに私は着目したの」とエマはよく通る、ハスキーで耳障りの良い声で言った。
「ああ…確かに、それほど知的レベルが高ければ、自分達独自のコミニケーション方法を発達させていたとしてもおかしくないな」
兎月原は、鼓膜を直接舐るような、官能的な声で「それで、エマさんは、何故、チーコの種族が、それでも『会話』によるコミニケーションを発達させたんだと考えてるんです?」と問い掛ける。
エマは、蕩けた顔で兎月原に一瞬見惚れたようだったが「ハッ」と気を取り直し、「あ…いやいや、あのね、つまり、言葉が『伝来』したんじゃないかな?と思ったのよ。 人間からね」と答える。
「…ああ! そうか。 それなら、納得です」
大きく頷くいずみ。
「チーコの住んでいる島に、難破した船の乗組員等が流れ着いた可能性はゼロとはいえない。 どういう海流が、島の周囲を囲んでいるのかは見当がつきませんが、人間という会話によるコミニケーションを主にしている種族が、チーコ達の祖先が住む島に流れ着き、『言葉』を伝え、それが、チーコの代にまで伝わったと考えるのが自然ですね」
「そう、その通り。 言葉が伝わったのがどの位の時期なのかは見当がつかないけど、推測だと、かなり昔の事だと思うの。 ほら、今の時代だったら、言葉を教えたりとか、そういう事の前に、世紀の大発見としてチーコの種族を世間に公表したりとか…」とそこまで言って、エマの表情が徐々に曇り、それから口を一度噤む。
一瞬重たい沈黙が落ちた。

つまり、今の時代に人間に発見されてしまったから、チーコちゃん達の種族の、悲惨な現状があるのだ。
昔ならば、難破し、無人島に辿り着けば、そのまま通信手段もなく、救助も求められず、その島で生を終えるしかなかったのだろう。
きっと、昔、チーコの島に辿り着いた人間は、彼女たちの種族と仲良く暮したに違いない。
人を疑わず、すぐに誰にでも懐き、笑顔を向けるチーコを見ていて兎月原は確信する。

「…そうすると、チーコちゃんの言葉にはルーツがあるという事ですよね? 地球上にある、何処かの国の言語が、彼女たちの言葉の成り立ちとなっているって事ですか?」

百合子が、空気を変えようとしてというよりも、全く場の空気読まないままに、素直に口を開いたといったような声音でそう自分の意見を述べる。
だが、彼女のほのほのとした声に、明らかにエマはほっとしたような表情を見せ、「そう! その通り! 私、こう見えても言語オタクでね? 黒須さんに、彼女の島の場所をベイブさんに聞いてきて貰ったのよ」と話の続きを始めた。
「で、先程まで述べていたような考察からチーコちゃんの祖先が人間とファーストコンタクトした時期を割り出してみると、航海技術が長期航海に耐えられるほど発達し、それでいて情報技術や、通信手段が今ほど栄えてない時代…。 そう考えてみると…大体15世紀中ごろから、17世紀中頃じゃないかな? と私は考えたわけ」と滔々と説明を続けるエマに、「大航海時代!」といずみが手を打った。
「だ…い…こうか…い?」
時雨がきょとんと首を傾げる。
「なんか…凄く…辛い…時代だった…とか?」
そう無邪気に問われ、百合子が「ああ、それは、『大後悔でしょ』と突っ込んであげたいのだけども、突っ込んだら大火傷!って感じだから、何も言いたくないっていう、私の気持ち分って貰えます?!」と兎月原に訴えてくる。
「え…百合…子…火傷? あ…、大丈夫…? 大丈夫…?」
眉を下げ、心配そうに自分に手を伸ばしてくる時雨に、「いや、もう、あの、え、ええ、ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」と、最終的に謝っている百合子を見て、何だか気の毒な気持ちに陥りつつも、助けようとする気もさらさらなくて、「頑張れ、百合子」と胸中で呟くだけに留めておいた。

「大航海時代って言うのは、スペイン、ポルトガル等のヨーロッパ人が領土拡大や、当時は金と同じ重さの金と等価で取引されていた香辛料を求め、インドとの直接貿易の為に、アジア大陸、インド大陸、アメリカ大陸へと航海による海外進出を盛んに行っていた時代です」
いずみの説明に「…あ…うん」ととりあえず頷いた時雨は、眼をパチパチさせながらマジマジといずみの顔を凝視している。
翼が「本当に、君が小学生だっていうのが、信じられないよ。 見た目はそんなに可愛いのにね」という翼の台詞に兎月原は大きく賛同の意を表したかった。
「ああ、では、チーコの言語の元は…」
そう顎先に指を当てて、兎月原が「ヨーロッパ圏の言語」と言えば「そう、彼女の言葉のルーツは、ポルトガル語よ」とエマはにっこり笑ってノートを閉じた。
「言葉の元さえ分れば、言葉の響きや、選択されている音の強弱からも、チーコの言葉の意味が推察できる。 幸い、ポルトガル語なら習得済だし、彼女の言葉をこうやって書き留めて、翻訳しつつ、ちょと理解してこうとしてるの。 簡単な通訳くらいだったら出来ると思うわ」
そうエマが言うのを、出会ってから数時間でも、よくぞまぁ…と感嘆すれば、皆のその無言の驚きを理解したのか、「いや、まぁ、だから、えーと、言葉が好きなの。 趣味なの。 だからよ」とヒラヒラと手を振りながら、凄まじい事を何でもない事のように言って纏めた。

「エマさんって…ほんっと…尋常じゃないよね」
千剣破が心底の声で言えば、エマも心底の声で「いや、でも、私、ほら、みんなみたいに、『破壊光線!』とか『テレポーテーション!』とか出来ないから…」と否定する。
だが千剣破は「いや、幾らこのメンバーでも多分、誰も『破壊光線!』とか撃てないから。 『テレポーテーション』とかしないから」と、速攻否定し返した。
とはいえ兎月原としては、冥月や、時雨等『破壊光線』に近いことをやってのけられるメンバーが入り混じっているのを知っている為に、まぁ、何だかんだで「尋常」な人間の方が少ないよな、この車内と思い、改めて見回して「あ、いや、いないや」と重ねて納得する。
ただ、自分自身の事は、当然省いて考えている訳で、他の面子からも「尋常じゃない」と自分が認識されている事など当然知らぬ気に、「まぁ、自分の事は自分では分からないものだしな」なんて、まさしく己に当てはまるような事を、腕を組んで他人事のように兎月原は考えていた。

「う、うう、なんか、凄い…だって、興信所の事務員さん…なんですよね?」

百合子が両手を組み合わせながら問う。
「ん? そうよ? もう、雑用ばっか! ていうか、ボランティアだし! 給料殆ど払ってくれないし!」
そう訴えるエマを、またパチパチと瞬きして眺め百合子は、「そんな…エマさんがボランティアだったら、私お金払って勤めさせて貰わないといけない」と呟くものだから、「あ、それはいいな」と兎月原はからかった。
「ま、エマさんは、ほら、ね?」
にやっと、笑う千剣破を、「何よう」とエマが睨んでいる。
「ボランティアっていうかぁ…武彦さんをお手伝いしたいだけだもんね?」と首を傾げて言えば、ピッと片眉を上げて「からかわないのっ」と千剣破を叱る。
「う、うう、どうしよう、どうしよう」
おどおどと見回す百合子の様子に「どしたの?」と、黒須のすぐ近くに座って道をナビ係をしていたエリィが振り返り、百合子は「えーと…」と言いつつ、自分の網棚の上にあげらている鞄をごそごそ探り出す。
「…事務員らしく…こんなものを作ってきたのですが……」
そう言いながら取り出したるは、十数ページ程の小冊子の束。
「あの…しおりです」
そう言いながら渡された冊子には、可愛い兎のイラストやら、今回参加するメンバーのミニイラストが描かれた表紙が付けられていて、兎月原は微笑みながら指先で撫でた。
仕事中でも暇さえあれば、よじよじと、雑紙などに書き付けている可愛い落書き達。
それが思わぬ晴れ舞台の機会を得て、皆生き生きと喜んでいるようにも見える。

百合子、一生懸命だな。
そう思うと、嬉しくて、嬉しくて、兎月原は笑みを深めた。


「かわいい…」といずみが呟き、千剣破も、「きゃぁ!」と嬉しげな声をあげて、ページを捲りだした。
「ね、ね? この子があたしだよね?」
黒髪の女の子がニコと笑っているのを千剣破が指差せば、百合子が恥ずかしげに頷いた。
「うあ、上手! ほら、時雨さんなんかもそっくり!」
指差す千剣破の指先を眺め「うわ…ボクだ!」と時雨も楽しげな声を上げる。

「旅行と言えば…しおりです!」
妙な力強さを持って断言する百合子から冊子を受け取った面々は、思い思いの表情で冊子を捲り始める。
「頂戴、頂戴!」
そう手を伸ばすエリィに、廊下側に座っている冥月が手渡せば、「ほんと、凄い可愛いー!」と言いつつ、運転席に座り黒須に冊子を手渡していた。
にこぉと笑って、自分の似顔絵の部分を指先で撫で「ゆぃこぉ! はぅぃぅ!」と百合子に満面の笑みを見せる。
「注意事項とか…あと、スケジュールなんか書いてみました! 緊急の連絡先として、エマさんの携帯No書かせて貰ったんだけど…」
「オッケー! はぐれたり、迷子になったら、連絡頂戴ね?」
そう声を掛けるエマに、苦笑を浮かべる者もいれば、大真面目に頷くものもあり、「しおり」の登場に俄然盛り上がる旅行ムードに、こういうのも良いなと、兎月原は心から思う。
普段は女性相手の仕事だけど、こうやって、誰かとチームを組んで一つの事に取り組んでみるもの悪くない。
ぺらぺらと読み込んでいけば、旅行の予定表なんかもあって、何だか微笑ましくってしょうがないような気分になった。
「わ、でも、これ、ほんとに便利。 メモ用紙にも出来るようになってるし…、凄い…あはは、嬉しい! これから行く場所の、見所とかも書いてある。 よく一時間で作れたわねぇ…」
感心したように言うエマは「凄いわよ、百合子さん」と心からの声で言い、兎月原は何だか自分は褒められたみたいに嬉しくなる。
百合子は嬉しげに「よかった、喜んでもらえて」と胸を撫で下ろし、にこっと幸せそうに笑った。




夕時。

高速のパーキングエリアで、夕食がてら休憩を挟む。
チーコの外見の特徴を考慮し、バスの中で夕食をとる事にした。
買出し班が、色々な物資を調達しに行っている間に、車内を食事が取りやすいよう座席を回したりして、調整を始める。
エマが、バスの横原にある荷物置き場から、車内に簡易机を運び込もうとしているのを手伝ったり、色々な準備を進めていると、黒須がバスから降りて喫煙所に向かう姿が目に入った。
そういえば、チーコやいずみ、女性陣にも遠慮して、暫く煙草を吸ってない。
今のうちにヤニ入れしておくかと、煙草を胸ポケットに入れて後を追う。
「あんたも吸うのか?」
流し目で見上げられ、なぜか、背筋に鳥肌が立った。
「ああ。 この後も暫く吸えそうにないしね」
そう言いながら隣に立てば、思ったよりも低い位置に黒須の頭が並んだ。
身に纏う淀んだ空気感が、黒須を実際以上に大きな存在に見せていたらしい。
日の光を受けた黒髪があんまり綺麗に光るものだから、思わず手を伸ばしてその髪を掴む。
ぎょっとしたように此方を見上げ、その上、半身を引き気味にして「な…んだよ」と問い掛けられるものだから、その余りの反応の激しさに、逆に兎月原が戸惑いつつ「いや、どんな手入れしたら、こんな髪になるんだろうと思って」と素直に答えた。
「ああ…いや、髪は…そんな…」
もごもごと要領を得ない事を口に中で呟き、それから、眉を潜めて「ていうか、男口説いても楽しかないだろう」と言われてしまう。
なんか、余りに屈辱的で、侮蔑的で、圧倒的に腹立たしい事を言われたような気がして、パッと髪から手を離すと、「俺の口説き文句は商売相手の女性の為だけのものであって、黒須さんみたいな、不気味極まりないおっさんの為に使う文句なんか、びた1ピコミリグラムもない!」と力いっぱい断言した。
「ピコ…って、いや、口説かれたいとか、全然そういう意味じゃないけど、ピコって…ていうか、何気にピコの衝撃の前に聞き流しがちだけど、てめぇ、初対面の癖しやがって、不気味極まりないってどういう意味だ!!」と怒鳴る黒須を無視して、喫煙所へ足を向ければ、先客とばかりに、嵐が煙草を吸っている。
「あれ? おっさんらも?」と、黒須と一緒くたにされた事に憤慨しつつ「お兄さん…だろ?」と睨めば「30過ぎりゃあ、10代の人間から見れば、皆おっさんだ」と嵐はすげなく言い返してきた。
しょぼんと肩を落とし、煙草を咥えてポケットからライターを取り出す。
「あ、火、忘れた」
そう呟く黒須に溜息を吐き、黒須に顔を寄せると、商売柄手馴れた手つきで、咥えたタバコに火をつけてやった。
「おお、さんきゅ」
そう礼を言い、二人揃って、深々と煙を吸い込んだ後、黒須が「えい」と言いつつ手を伸ばし、嵐の唇から煙草を取り上げる。
「っ! 何すんだよ、おっさん!」
そう凄む嵐に陰惨な視線を返すと、「未成年の喫煙は法律で禁じられています」と馬鹿丁寧な口調で返した。

ああ、そういえば、嵐はさっき自分の事を10代って言っていたっけ?と思い返し、面白そうに黒須を眺める。
そこそこ話の分かる人間に見えるが、融通が利かない部分もありそうだ。
一緒にいる竜子も、窮屈な思いをさせられた事があるんじゃなかろうか?と想像し、都バスの運転手だなんて商売を昔やってたようには見えない外見と、意外な真面目さのギャップをを面白く思う。
「大体、あれだろ? タスポねぇともう煙草買えねぇんじゃねぇの?」等と問われ「煙草屋なんか行けば、まだまだ売ってくれるんだよ」と言いつつ、もう一本新たに煙草を取り出そうとするのを、「えい」とまた、取り上げる。
そのまま、するりと滑るような手つきで、嵐のポケットに手を滑り込ませ、今度は嵐の煙草の箱ごと取り上げた。
「ま、俺はお前の親でもねぇし、教師でもねぇから、目の届かないトコで吸ってようが、呑んでようが、そこまで目くじら立てるつもりはねぇけど、目の前では吸わせてやんねぇ」
そういっそ、明るいような口調で言う黒須を、ぎっと嵐は鋭い目で睨み、暫し睨みつけた後、黒須が表情を変えないのを見て、「ふう」と嵐は溜息を吐き出した。
「チーコの為か?」
「そ。 何か、まぁ、チーコの周りはさ、清らかぁな事で埋め尽くしてやりたいような気がすんだよ」
黒須がそう言えば「依頼人の言う事だしな」と渋々の声で答え、それから「匂いだけ嗅いでるだなんて拷問だし、買出しに戻るわ」といって、ヒラヒラと手を振り立ち去っていった。
「素直だな」
兎月原が感心したように言えば、黒須も笑って頷く。
するとまた、髪がサラサラと揺れて、再び手を伸ばしかけ、また不快な事を言われてはたまらないと、慌てて引っ込ませた。


「じゃ、じゃーん!」
エリィがそう言いながら、大きな紙袋から幾つかのタッパーを取り出した。
「時間ないからさぁ、冷蔵庫の中のもの詰めて、あと、短時間で作れるものだけ作ってきたんだけど…」と言いつつ、バスの中央座席にエマが持ってきた、小さな折り畳み机の上に広げる。
手伝ったので知っているのだが、この机、結構重い。
途中までとはいえ、女性一人の身でよく持って来れたものだと感心し、意外なエマの腕力に兎月原は瞠目した。
チェックの可愛いランチョンマットを敷いた上に並べられた料理の数々は、とても短時間で揃えたとは思えない彩の良さと、明らかに凝った料理の数々で、「えへへ、そこのポテトサラダとかは、結構自信作」と言いつつ、薦められるままに箸を伸ばせば、ほくほくとして、しっとりとした舌触りに、思わず崩れた笑顔になる。
「山菜おこわのおにぎりもあるからねー」と、エリィが言って差し出すのを受け取って、「へぇ、旨いもんだな」と黒須が褒めれば、「えへへへ」と嬉しそうに笑って、それから、「こうやって大人数で食べるのって楽しいね」と、気持ちの篭った声で言った。
チーコが、片方の手におにぎり、片方の手にから揚げをさしたフォークを握り締めながら、「はぐはぐ」と懸命に口を動かす姿を見て、「はい、喉に詰まらせないようにね?」とエマが注意している。
魔法瓶に入れてきたという、お味噌汁を啜りつつ、ああ、確かに、ご飯は誰かと食べる方が美味しいと強く感じた。
一人で食べるご飯よりも、たくさんの人と一緒に食べたほうが美味しい。
空豆と明日葉の掻き揚げを食みつつ、「時間がたってもサクサクしてるのね。 また、コツ教えてよ」とエマがエリィに強請り、時雨がチーコに負けない位口いっぱいに食べ物を詰め込み、片手に握り締めた五平餅にもパクついている。
千剣破は、ひたすら「美味しい、美味しい!」と嬉しそうに、百合子と言い合いながら箸を進めていて、「このロールキャベツとか、もう、お店出せるよ」と感激していた。
翼は、流石と言うべきかエリィを「あなたみたいな方の恋人になる男性は世界一の幸せ者だ」と絶品の微笑みで褒めている。
対抗意識を燃やしたわけではないが、当然のように兎月原が澄ました顔で、「ああ、願わくば、俺もその、世界一幸せになれる男候補に名乗り挙げたいものだ」なんて甘い声で告げた。
何故女性に生まれてしまったのだろう?と思う程の、ハンサムっぷりを発揮する翼と、甘いマスクに似合った甘い声で賞賛する兎月原の前に、頬を染め、へにょへにょと身をくねらせながら、「ううう、やばい、照れすぎちゃう!」とエリィは喚く。
竜子と嵐も、バイクでの走行と言うのは体力を使うのか旺盛な食欲を見せ、ブロッコリーの塩茹でに、レモンの手作りドレッシングをかけたものを皿に山盛りに取りながら、「うめぇ…! 野菜って正直そんな好きじゃなかったんだけど、こうやって喰うとうめぇんだな」と感嘆の声を上げている。

竹の子のオーブン焼きや、菜の花とあさりを卵でとじたもの等春野菜をふんだんに使った料理の数々に舌鼓を打ち、サービスエリア名物のチープながらも、暖かで癖になるようなテイクアウトの品々も綺麗に平らげ、これまた最後に暖かな緑茶を啜って、大層賑やかな夕食を終える。

「んじゃ、嵐君、交代」

そう言いながら立ち上がったのはエマで「バイク疲れたでしょ? 鍵、貸して」と言いながら有無を言わさず差し出す手に、嵐は目を見開いたまま鍵を渡し、それから「はえ?!」と声を上げた。
「私、大型二輪の免許持ってるから、交代要員に数えてくれて良いわよ? お昼からずっと走り詰めでしょう。 休憩なさいな。 あ、運転技術は、結構折り紙付きだから大丈夫」と言うエマに、嵐は「いや、そこら辺は疑っちゃいないが…外結構風冷たくなってくる時間帯だし、女が体冷やしたらまずいだろ」と眉を寄せて言う。
エマは首を傾げ、ひらりと軽やかな大人の笑みを見せると、「あら。 優しいのね。 ありがと。 でも、ちゃんと、防寒用にダウンジャケットと革パン持ってきてるし、季節的にもそんなに冷え込まないから、心配しないで」と言い、肩にボストンバッグを提げて颯爽とバスを降りていく。
そんな格好の良い背中を皆で見送って、「あの人…なんでも出来るんだな」と呻く嵐に、「意外な特技発見よね」とエリィも頷いて、「要するに、暇人って事だろ?」と黒須が口を歪めて憎憎しげに言えば、竜子がその後頭部を思いっきり叩いた。
「姐御の悪口言うな! 命が惜しくないのか!」
竜子の物の言いに、時雨が「やっぱり…、どこかの…組の人だったんだ」と大きく頷く。
確かに肝の据わり方が尋常じゃないし、先程の背中には独特の迫力が感じられた。
百合子と、兎月原は「只者ではないと思っていたが…」「やっぱり、その筋の関係者だったのね。 なんで、じゃあ、興信所の事務員を?」と言い合う。
後ほど誤解は解けるのだが、その時は兎月原は、真剣にエマは何処かの筋の姐さんなのだと思い込んでいた。



二日目。

昨日は、夕食後は、皆が眠りに就くまでエマと談笑しつつ起きていた兎月原。
眠ってしまった者にタオルケットをかけて回り、夜通し運転するという黒須の横顔を、自分自身タオルケットに包まれてぼんやり眺めているうちに、いつの間にか眠ってしまっていた。
「ふあ」とあくびをしながら身を起こすと、キラキラと目を輝かせながら、万華鏡を覗いているいずみと、チーコの姿が目に映った。

「わぁ…」

そう、微かな、それでも、驚嘆しような声をあげるいずみの姿に、今万華鏡を覗いている彼女の目に、どのような世界が映っているのだろうと興味深く思う。

「綺麗だろう」

低い声。
顔を向ければ、腕を組んだまま、眼を閉じていた冥月が、二人に顔を向けずに腕を組み「人から貰ったものなのだがな、暇を潰すのに丁度良い」と告げていた。
冥月があげたのか…と少し意外に思う。
彼女は、皆からも、チーコからも距離を置いているように見えたから。
だが、万華鏡を無邪気に覗いているチーコを見る表情は存外に穏やかで、「今兵庫を通過中だ。 神戸市にある水族館へと向かっている。 あと少しで、次の休憩所に着く。 そこで、洗面と朝食を済ませよう」と告げた言葉の柔らかさに、彼女を優しいと言った黒須の言葉は、的外れではなかったと兎月原は確信した。



嵐が行こうと提案した水族館。

「追手がある。 黒須、兎月原、エマは水族館出入り口を固めてくれ」という冥月の言葉を受けて、三人は水族館の入り口に向かう。

館内図をチケット売り場にて手に入れてきたエマが、「裏口等もあるようだけど、いずれも職員用ので、そこから侵入しようとするとスタッフに必ず目に付くようになってるわ。 向こうも騒ぎも起こしたくないでしょうから、水族館内に侵入してチーコちゃんを狙うなら、必ずここを通るはず」と断言し、両入り口脇に立つ。
連休中とあって、人の出入りが激しく、見逃す事がないかと不安だったが、それは、杞憂に終わった。

「向こうに二人。 こっちに…一人。 あ、あそこにも、二人…」

明らかに家族連れや、カップルたちとは違う雰囲気のスーツ姿の男達。

黒須と目配せしあって、一気に駆け寄る。

まず、二人連れになっている男達ににこやかに笑いかけながら「ひさしぶり」と片手を挙げた。
いぶかしげな表情を浮かべる二人に詰め寄りがてら素早く腹に一発を入れる。
崩れ落ちる片方の男に目を見開き、「野郎!」と呻いて、手を振り上げるより早く、その腕を掴んで自分の体で隠しながら捻りあげて、首筋に手刀を入れる。
膝と自分の体で支えていた最初の男と、二人目の男。
流石に大の男(それも失神して、全身を虚脱させている)二人を抱えるのは骨が折れて、周りの人間にいぶかしまれぬよう、それでも引きずって、ベンチに腰掛けさせておいた。

その後、目の端で黒須とエマが人気のない場所へ男達を引っ張り込んだのを確認していた兎月原は、慌てて、その場所へ向かう。
だが、既に、二人は昏倒させられていて、三人目の男も、しなやかな仕草で男の懐に潜り込んだ黒須が、そのみぞおちに拳を埋めて決着を付ける寸前で、喉に手を当てていたエマが「そっちは終わったの?」と言いつつヒラヒラと手を振ってきた。
「ええ。 こちらも済んだみたいだな」という兎月原に、「さて、どうしましょ? 兎月原さんがカタつけてくれた人達と一纏めにして、ここらへんに転がしておく? 勿論、警察には連絡してね」と言いつつ、エマはポケットを探り、「ああ、やっぱり持ってた」と言いつつ銃を取り出す。
「貰ってもいいけど…扱いきれないものは、持たぬが吉ね」と一人呟き、すぐ警察の目につくよう、倒れている男の手に握らせると、何処から取り出したのか、ビニール紐を使って、二人の男を一緒くたにぐるぐると縛り始めた。
「あ、手伝う、手伝う」と言いつつ、エマからビニール紐を取り上げる黒須にならって、兎月原も、男たちを縛り上げるのに尽力する。
ベンチに座らせていた男たちも一緒のように縛って転がすと、一仕事を終えた充実感のようなものに、三人揃って「ふう」と額の汗を拭いた。
「向こうは大丈夫かしら?」と駐車場の方向を見る。
きっと冥月達にも、追手は掛かっているに違いない。
とはいえ、冥月、時雨が揃っている以上、まぁ、心配するのが野暮ってものだろう。
「うう、喉渇いた! ジュース買ってきてあげる」
そういうエマに「あ、じゃあ、俺、何かスポーツ飲料を」と兎月原が言えば「俺は、アイスコーヒー」と黒須も続き「了解」と言って、エマは駆け出して言った。

「水族館。 久しぶりだな…」
そう言いながら建物を見上げる黒須に「行きたかったのか?」と兎月原は問う。
「まさか」と言って、黒須は笑うと「もう、そんな年じゃねぇよ」と答えた。
「俺、最近行ったよ? 客の女性にせがまれてだけど。 ほら、池袋にある…」と言う兎月原に「あー、出張ホスト」と黒須は頷く。
「イイ商売だな。 まぁ…」と言葉を切って、しげしげと兎月原を眺め「あんただから、出来るってぇ感じもするけどな」と苦笑した。
「何々? それって、俺が、そういう商売に向いてそうなイイ男って事?」と言いつつ、肩に腕を乗せて、顔を覗き込めば、鬱陶しそうに振り払ってくる。
「如何にも女が喜びそうな、気障なことを平気でいえそうって意味だよ」と唸るように言ってくる黒須に「まぁ、それも違いない」と笑い返し、それから、ふと先ほどの黒須の戦闘スタイルを思い出した。

兎月原、こう見えても、武道の鍛錬を積んだ経験上、スポーツ医学なんかにも詳しく、特に人体学に関しては一過言を持っていたりする。
逆に言えば、人体の構造マニアとも呼べる程、人間の体の作りには並々ならぬ興味を持っていた。
先ほどの、攻撃を仕掛ける際に見た、黒須の体のしなり方に対し、どこか不可思議さを覚えていた兎月原は、唐突に、黒須の腰を掴んでみる。

「んぎゃ!!」と間抜けな悲鳴を上げる黒須に「人に触られるのがそんなに嫌なのか」と驚きつつ、同時に、触った腰の感触にも驚く。
異様に細く、そして骨の触り心地がおかしい。

「な…んだよ! てめぇは!!」

そう怒鳴られるも、黒須を見下ろし「黒須さんって、ほんとに人間か?」と兎月原は問わずにいられなかった。
怯んだような表情を見せる黒須に「いや、なんか、筋肉のつき方とか、骨の場所が、おかしいぞ、これ。 尋常じゃない…」と言いつつ、手を滑らせ、他の場所を確認しようとする兎月原の額を強引に押すようにして、自分から引き剥がそうとする。
「さ わ る な ! 気味悪ぃ!」
そう怒鳴れども、腕力自体は、成人女子にも劣るほどしか有してないのか、兎月原を留めるに至らず、とうとうげしげしと足で脛をけられるに至って、兎月原は渋々退いた。

「あの興信所にはな! スタッフは、真っ当な人間のが少ねぇから、俺みたいなのも珍しくねぇんだよ!」
そう怒鳴られて「じゃあ、やはり、ただの人間じゃないんだな?」と念を押す。
ぐるぐるぐると喉の奥で唸るような声をあげ、それから、すとんと肩を落とすと「ま、隠すようなことじゃなし」と言いつつ、少し駄目眼鏡を下げて、その奥の目を覗かせてくれた。

黄色の目。

細い光彩。

爬虫類の目。

「俺、色々と訳あって、ちょっとばかり、体の中に蛇の血が混じってんだ」

黒須の言葉に、兎月原は、少し驚き、それから納得した。

蛇。

確かに、黒須は蛇めいている。
あのしなやかさや、体つきの不可思議さも、それなら理解できると頷く兎月原に、「問い質したり、疑ったりしねぇのかよ…」と黒須は呻き「あんたも変人だ」と失礼な事を言ってきた。

再び入口脇に待機し、不審な者が侵入しないか監視すれども、冥月達が残りは皆片付けてくれたのか、その後は襲撃者の姿も見かけず、無事水族館内を巡り終えたとの知らせを受けて、兎月原達もバスへと戻った。


「で、どういう事なのよ」
エマがバス車内で唸るように言う。
「どうして、私たちの後をこんなに正確に追ってこれるわけ?」
冥月達が男たちの中の一人を締め上げてみるも、下っ端だったせいで、要領を得た回答を得る事は出来ず、バス内を総ざらえした所で、盗聴器や、発信機等こちらの行方を追うに有効なものは何も見つからなかったそうだ。
実は、エマが事前にチーコの身に纏っていた衣服や、髪、奥歯等に仕込まれていた発信機等は事前に取り去っており、車のナンバー等を把握されたのかと思えど、K麒麟の仕事の下請け等を行うような小さな組に所属しているという男は、ただ、この水族館に向かい兎月原達を襲うように指示されただけで、他は何も知らないという。
そもそも、こちらが「バスで移動している事」すら知らなかったというのだから訳が分からない。
事務所でK麒麟について調べ、情報を流してくれている武彦や零も、彼らがどのような情報網によって、こちらの動向を把握しているか想像すらつかないようで、とりあえず、東京で分る限りの事は随時連絡を入れてくれるそうだ。
今でも、黒須には組織そのものの情報を、エリィには道路情報等を伝えてくれているそうで、気付いてはいなかったが、武彦達は、武彦達で協力をしてくれているのだと知ると、やはり心強く思う。
とりあえず車を変えようかと悩んだが、「このバスの存在自体知らなかった訳だし、そういう問題で此方の所在を把握されているわけではなさそうだ」という冥月の言葉によってとりあえずは、今の移動方法を続ける事にした。

(何にしろ、どうやって追ってきているのかは、把握したいものだ)

そう不安に思いつつも、水族館から満面の笑みで出てくる面々を見止めると、おいそれとそんな気持ちを顔に出すわけにはいかず、兎月原は明るい笑顔を咄嗟に装い、小さく手を振って皆を出迎えた。



「うひぁうぅ、はああぅふぃぃぅ!」
サクサクサクと軽い音を立てる白い砂。
裸足になったチーコが波打ち際ではしゃいでいる。
千剣破や、嵐、いずみと一緒に海で遊んでいるチーコを目を細めて眺めていると「長閑だわ〜」と百合子がのんびりとした声で呟いた。
猫のように目を細め、ひくひくと瞼を震わせる姿は眠たげな小動物を思わせる。
冥月が堤防側に油断なく視線を走らせつつ、簡易チェアに腰掛けていた。

真っ黒な衣裳は、初夏の海にはそぐわない装いではあったが、風にたなびく黒髪と、そこから覗く白い項は涼しげでやけに色っぽい。
ネックレスの金色の鎖が、巻きついていて、そのしなやかさを強調していた。
兎月原の視線に気付いたのか「何だ?」と訝しげに振り返られて、「いえ。 絵になるなと思って」と答えれば、眉を寄せて「からかうな」と叱られた。
「いやいや。 本当に。 目が洗われるようだ」と甘い声で言う兎月原に一度ブルリと身を震わせ「お前の声は、甘ったる過ぎる」と訳の分からない文句を言われる。
「…こうやって見ると、ごくごく華奢でか弱げな女性に見えるんだけどね」とそのしなやかな後姿に目を細めれば、「お前も、ただのナンパ男だ」と手酷い言葉を返された。
「相当デキるだろう?」
愉しげな冥月の声に首を傾げ「あなたのような人に誉められる程の腕は持ってないな」と平然と答える。
「くっ」と喉の奥で笑うと、「ご謙遜をと言った所だ」と皮肉気に言って、「それにしたって、何ともおかしな依頼だ」と肩を竦めた。
「黒須と…竜子…、どこかの組織に属しているのなら、そういう匂いがするものだが、どうにも二人とも群れに属している人間には見えない。 黒須は人間離れした気配を身に纏っているし、逆に竜子は素人同然…依頼人も謎だらけながら、あの二人の上司とか言うベイブという名の者の事とてさっぱり分からん。 そこそこ、様々な裏組織には詳しいつもりなのだが、情報屋であるエリィとて、耳にしたことのない名だという」
「…蛇」
「ん?」
「黒須さんは、蛇の血が混じってるそうだ」
兎月原は水族館前にて聞いた情報を口にする。
「なんだ、それは? 蛇と人間の間に生まれたとでもいうのか?」と冥月は嘲笑うような形に唇を曲げた後「まぁ、だが…」と呟き、「ここに揃う者は皆異能者か…。 そもそも、人間であるかすら危うい者も、ちらほら混じっている。 そう言う意味では、蛇の血が混じる男など、別段驚嘆に値するものではない…か」と独り言めいた声音で呟いた。
「…冥月さんも、人間離れした力を持ってるの?」
百合子がいっそ無邪気なほどの声で問う。
冥月は「さぁて、それは、見る人間が判断することだ」と嘯いた。
「私が人間の範疇か否か。 最早私にも分からないよ」
冥月の答えに、そよ…と百合子は笑って、「強いのね、冥月さんは」と穏やかな声で言った。
そうやって百合子が笑うとき、表面上の穏やかさと相反した、酷く凶暴な言葉を吐き出す事を知っていた兎月原は一瞬身構える。
「強い事って冥月さんにとって幸せな事?」
冥月は表情を変えないまま、「分からん」と呟いた。
「強ければ、全てを守れると思っていたが……守り損ねたものもある」
胸に提げられるロケットを握り締め「…そういう時は虚しかったよ。 己の力が」と淡々とした声で言った。
「私は…弱いわ…」
百合子は呟いた。
「弱いから、色々諦めたり、守り損ねたり、立ち止まっちゃったり…まぁ、散々ね。 失う前に手に入れられないの」
クスリと笑って、横目で冥月を眺めると「『強いから』何かを失ったって事はないの?」と、吐き出した。
百合子のその言葉に一度だけ、一度だけ冥月は肩を震わせ、髪を潮風に舞い上げると、顎を上げて空を眺める。
そして、冥月は、にこりともせずに、「そもそも、何も持ってはいなかった。 況や、失うものなど何もない」と無表情な声で答え、百合子を見つめた。
百合子は、寂しげに「そう」と笑って、冥月と同じように空を眺めた。

兎月原は、堪えきれずに百合子の頭に手を伸ばし、鷲掴むようにして自分の肩へと引き寄せる。

時々。

こうやって兎月原は例えようもなく百合子が不憫になった。
彼女の幸福の為なら、なんだって出来るような気になった。
彼女は、今まで出会ってきた女性とは違う、兎月原にとって大事な、大事な家族のような存在だったので。
甘やかな幸せだけで彼女の周りを埋め尽くしてあげたくなった。
この依頼に参加したのだって、彼女が望んだからで、彼女にしては珍しいくらいの熱意の篭った嘆願だったからで、だから…だから…。

茫洋とした百合子の眼差しが青空を見ている。
「兎月原さん」
「なんだ?」
「お腹空いた」

ポカンとした声で百合子が言う。

冥月が一瞬きょとんとして、それから小さな声で少しだけ笑った。
兎月原も、何だかふっと肩の力が抜けて、程なく「ごはんだよー!」という声が聞こえてきた。
「バーベキュー!! いい具合だよ!」
翼が金色の髪を風に遊ばせながら呼んでくる。

お昼も少し回った時間帯。
お腹をぺこぺこに空かせた面々は、めいめい返事とも歓声ともつかぬ声を上げて、既に美味しそうな匂いが漂っている浜辺へと走っていった。


エリィが見つけてくれた浜辺は、彼女が言っていた通り、観光客の姿も地元の人間の姿も見えず、チーコは姿を隠さずに、のびのびと振舞う事が出来ていた。
串に差した肉に齧りつきながら、熱かったのか、チーコが「ひふひふ!」と息を大きく吐き出している。
手元に用意しておいた冷たい水を兎月原は差し出し
「はい、どうぞ」と言うと、コクコクと水を飲み干したチーコが落ち着くのを見計らって、清潔なハンカチを取り出し、丁寧な手つきでチーコの口元をナプキンで拭ってあげた。
「おいし?」
首を傾げて問えば、うんうんと無心になったように頷くものだから、可愛くって仕方がない。
チーコが別のものに手を伸ばそうとすると、さっと皿を差し出して、完璧なエスコートっぷりを披露した。


料理上手のメンツが揃っているからか、どれもこれも、本当に美味しい。
バーベキューの他にも、タラのホイル包み焼きに、海鮮塩焼きそば、ブイヤベースのスープまで、「エリィちゃんが作ってきてくれたお弁当に触発されちゃった」とエマが笑い「僕も張り切らせて貰いました」と翼が、優雅な手つきでスープをプラスチック皿に流し込む。
翼も、エマも、乏しい調理器具から、手早く見事なバーベキュー料理を作り上げており、エリィもお弁当作りで見せてくれた腕前を思う存分披露してくれていて、皆、お腹が一杯になると、本当に野外料理の食後なのかと疑いたくなるほどの、満足感に満たされた。

その後、日暮れ前にここを発つという事で、浜辺で眠るもの、波打ち際で遊ぶもの、ビーチパラソルの影で本を読むもの等、それぞれ別れる。

兎月原も、片づけを手伝った後は、クーラーボックス(これもエマ持参だそうだ。 咄嗟に『怪力』と慄いた事は、勿論内緒)から、よく冷えコーラを取り出し浜辺を歩く事にした。

嵐と、時雨も、同じく散歩をしゃれ込む事に決めたらしく、若者らしい快活な声で会話を交わしつつ、兎月原を追ってくる。


「…なぁんか、バイトだっつうのに、そんな気しねぇのな。 今回は」
「黒須のおっさんには内緒な?」と言いつつ煙草を咥えた嵐が、風に髪を遊ばせつつ目を細めて呟く。
「…ボクも…なんか…凄く楽しい」
そうふにゃふにゃと、柔らかい笑みを浮かべ「おいしいもの…一杯食べれるし…♪」と唄うように言った。
「チーコも…楽しそう…。 それが…一番嬉しいな」
おっとりとした口調に、兎月原も頷いて、「ま、王子様候補としては、それが一番大事だよな」と嘯いた。
「王子様…?」
「候補?」
嵐と時雨がそう首を傾げれば、むしろ、その疑問符が疑問!と言わんばかりに「当たり前だろうが」と言いつつ、二人の顔を交互に眺める。
兎月原の視線に怯んだように顔を見合わせる二人に、「はい、今回のお仕事の主旨は?」と兎月原は問い掛けた。
「えーと、チーコを守る事」
「それから…チーコに…楽しい時間を…過ごしてもらうこと」
「はい正解。 女の子を楽しませて、その上守るなんていうのは、王子様の仕事だろ?」
兎月原の断言に、思わず、「ああ…ええっと…」と悩む素振りを見せ、そのまま、二人は曖昧に頷いてみせる。
兎月原は、「という事で、目標としては、翼さん辺りを目指して、ちょっと頑張ってみようか」と言えば、揃って二人は首を打ち振り「「あの人は、無理!!」と声を揃えて訴えてきた。
「す…水族館でとか、凄かったんだぜ? ナチュラル・ボーン気障! 殺し文句のオンパレード。 死ぬ! 俺が言ったら、自分自身が殺される!」
「あ…あんなの…は、恥かしすぎる…! 世界中で…多分翼さんか…それこそ、兎月原さんしか許されない…! 犯罪! 逮捕!! そして…即 処 刑!」
余りに必死に言い募られて、そんなに高い目標だったかと、ちょっと反省する。
「大体…ボク…なんか…チーコに嫌われてるし…。 もう…王子様失格…」
そうしょぼんと、しょぼくれる時雨に、嵐がこそこそと兎月原の耳元に唇を寄せて「ていうか…むしろ、好かれてるよな? すんごく」と囁く。

ああ、嵐も気付いてるのかと思いにっこり笑って頷けば、知らぬは当人ばかりなりの言葉の如く「ボク…いつもは…子供には…凄く好かれるのに…」と益々項垂れる。
「あー…多分そんな事ないと思うぞ?」
嵐がそう言いながら、ポンと時雨の背中を叩き、「そうそう、もっと、こう、時雨君から積極的に接触を持つというのもアリだと思うな」と兎月原も訴えて、真実を伝えられないもどかしさに、顔を顰めた。

「あ…あそこ…」

時雨が、ふいに浜辺を指差す。

しなやかな時雨の指先には、竜子が座る姿があった。
海を見つめ微笑む彼女の横顔が、今まで見たどの顔とも違う、優しく、美しいものである事に兎月原は目を見開く。
最初見た時驚かされた濃い目の化粧も、旅の途中であるせいか然程激しいものでなく、彼女の地顔が大変整っているものである事に、兎月原は気付いた。

まるで、聖母めいた。

酷く近寄り難い程の微笑みを浮かべる彼女の膝に頭を乗せて、黒須が眠っていた。
昨日は夜通しバスを運転し続けた彼は、流石に疲れているのか、膝を曲げ、まるで胎児のように体を丸めて、呼吸すらしていないかのように静かに、静かに眠っていた。

瞼を閉じた、無防備な寝顔は起きている時の険しさを微塵も感じさせず、何だか不安になるほどに幼い。



風が。


黒須の長い髪を揺らし、竜子の一つに結んだポニーテイルを舞い上げた。

あの二人は、恋人同士なのだろうか?
お似合いとは言い難いけど、何だか不思議な二人組みだよな…。
そう思えども、どうしてだろう。


あんなにくっついているのに。

何一つ触れ合ってない二人に見えた。


兎月原は、何故だか、胸が痛くなって目を逸らした。


竜子達が座っている更に奥。
堤防付近では、チーコ達女性陣が座って、何かに取り組んでいた。
美しい少女達が、微笑み合いながら輪になって座っている姿は、それだけで心が躍る程に愛らしい。
チーコが輪の中心で必死に指先を動かしていた。
何かを作っているのだろうか?

「あ…こっち見た…」
時雨がそう呟いて、それから大きく手を振った。
子供のような笑みを浮かべていて、その無邪気さに、少し驚く。
これで、いざ戦闘となったら、誰よりも頼りになる実力を有しているのだから、本当に人は見かけに寄らない。
確かに、高い背丈だし、黙っていれば随分と端正な顔立ちをしていて、赤い派手な色した髪も威圧感があるといえばあるが…。

チーコが、その笑顔を見返して、何だか困ったようにキョロキョロした後、翼の腕に顔をくっ付ける。

明らかに照れているのが丸分かりなのに、途端に時雨は悲しそうな顔をして「あう…うう…」と犬のような声を出す。

口を開けば、こんな様子じゃ威厳も何もあったもんじゃない。
彼が、凄腕の持ち主だなんて、きっと誰も気付けないだろう。

慌てた様子で、千剣破やエリィ、いずみ達が大きく手を振り返してきた。
みんな同じような微笑を浮かべて時雨を眺め、それからチーコに視線を戻している。

ああ、やっぱ、ほら、気付いてないのは本人だけじゃないか。

時雨を横目で眺めれば、若干涙目になりつつ、「う、うう…ボク…何かいけない事したかな…?」なんて、ブチブチと呟いていて、どんだけ鈍感なんだと、思わずその脹脛を爪先で軽く蹴りつけてしまった。

夕焼け空になり始めた頃、皆はそれぞれ帰り支度を初め、兎月原も発つ準備を整える。

「さて、そろそろ…」と、エマがそこまで言いかけた所で顔を上げた。
「…望まざるお客さんが来ちゃったみたいね」と、軽い口調でエマが言うと、まるで、それまで消していた気配を全て解放するかのように冥月が立ち上がる。
ゆらりと彼女の周りが揺らいで見えるほどの、酷く剣呑な気配に兎月原はゾクゾクと背筋を痺れさせた。


これで、今日一日のうちで二度目の襲撃だ。
やはり、何か正確に追跡される原因があるとしか考えられない。


堤防沿いに、黒塗りの車が数台バタバタと停まる。
降りてきた黒スーツ姿の男達に「お約束どおりね」といずみが冷めた声で呟いて、取り乱す事も一切なく、子供らしくもない感想に、何だかおかしくなった。
しかし、これほど、追っ手に正確に居所を捕まれるなんて、どういう手段手段を?

首を傾げれば、キビキビとした声で冥月が言った。

「非戦闘員は、一旦バスへ避難だな。 いずみ、百合子、エマ、竜子バスへ。 嵐っ!」
まるで教師めいた口調で冥月が呼べば、嵐は肩を竦め「んだよ。 俺は、非戦闘員扱いで良いんだぜ?」と言う嵐に、にっと物騒な笑みを見せると、トンとその胸を掌で突き「ああ、非戦闘員扱いさ。 今回はな」と意味ありげに告げた。

「あいつらの狙いはチーコだ。 嵐、バイクで、チーコを連れて逃げろ。 向こうは、ざっと見ても30人強。 興信所での脅しが効いたか、私や時雨の名前が効いたのか、中々、手厚いおもてなし部隊を送り込んできてくれたようだ。 まぁ、それでも、私にしてみれば、馬鹿にしているとしか思えない、お粗末なもんだが…こちらとしても、彼女を守り、非戦闘員の安全を確保しつつ、あの人数を相手にするのは、そこそこ骨だ。 銃の使用も予想されるし、守りに徹するだけでなく、今回は、あいつら全員叩きのめし、どういう人間を相手にしているのか向こう側に知らしめたい。 何より、どうして此処が分ったのか、誰か一人捕縛して吐かせてもやりたいしな。 それだけの事をチーコに目を配りながらやってのけるより…」
「向こうの目当てである、チーコを安全な場所へと移動させる…って事か…」
翼が賢しげに呟けば、冥月が満足げに頷く。
「ああ。 出来るな?」
冥月の言葉に「俺は、ただの、一般市民なのに」と一度肩を落とすと、諦めたように「まぁ、チーコの為ならしょうがないな」と嵐は決心を付け、「活路は開いてくれよ?」と、皆に視線を走らせた。
「とうぜん…まかしといて…」と時雨が自信に満ちた声で言う。
「ぜったい…チーコに傷…付けさせないから…ね?」と首を傾げた時雨から、チーコは耳を真っ赤にさせつつ、ぷいと顔を背ける。
途端シュンとした顔になる時雨に(も ど か し い !!)と兎月原は苛々を感じつつ、ぐいと体の筋を伸ばした。

直接人を殴りつけたり等は、得意じゃないとは言わないが、優雅じゃなくて好かない。

だが、チーコや、百合子達を守る為ならば、致し方ないと割り切って、ウォーミングアップを行い、体を暖めた。

百合子達が、チーコの体をバイクから降り飛ばされないよう嵐の体に、タオルを裂いた紐で括りつけるのを手伝う。
チーコがただならぬ気配に、少し怯えているのを察すると、兎月原は「苦しくないか?」と、まずチーコの顔を覗き込んでそう問い、彼女が頷くのを確認すると、余裕のある甘い笑みを浮かべた。
「いいかい? チーコ。 俺の大事なお姫様。 君が乗っているのは魔法のバイクだ。 嵐は、君を守るナイトで、魔法のバイクを操る事に掛けては、他に並ぶ者のいない名手だ。 誰も追いつけない。 この世の誰も。 彼の背中にしがみついている間は、君にも魔法が掛かるんだ。 悪い奴なんか、指先だって掠められやしないさ。 だから、お姫様。 君はただ、安心して、このアトラクションを楽しんでいればいい。 どこのテーマパークにもないよ。 君だけの為の特別なイベントだ。 楽しんでおいで。 君を他の男に任せるのは、正直悔しいけどね…」
そうまるで、まさに魔法を掛けるが如く呪文めいた声でチーコの耳に直接蜜のような声音を流し込めば、チーコはコクン、コクンと言われるがままに、恍惚の表情で頷きを繰り返す。
催眠術に掛かっているかのようにも見えるチーコにそこまで言った後、兎月原はふいにそっと唇を寄せて、チーコの頬に口付けた。
「これが、俺からの魔法。 これで、君は無敵だ」

パチクリと目を開き、頬をぽーっと染めて頷くチーコに頷き返して兎月原は立ち上がると、「頼んだぞ」と嵐に告げてその背中をポンと叩き、悪党達と対峙する為に砂浜へと向かう。
彼女の恐怖心がこれで完全に麻痺してくれればいいがと思いつつも、嵐の腕前を全面的に信用する事にした。

大丈夫。
きっと、やってくれる。


チーコをバイクの後ろに乗せた嵐が冥月を見て頷いた。


冥月は嵐に対し、不敵に微笑み返すと、翼に向かって「準備できたそうだ。 お前はどうだ?」と問う。
「いつでも、いいよ」
そう短く返事を返す翼に、冥月は「頼りにしているぞ」と声を掛け、ついと堤防前に雁首そろえる男達に向かって指を指した。

「やってしまえ」

笑いながら言う冥月に、同じく笑い返し、翼が、腕を軽やかに踊るかのように振るった。
その瞬間、強い風が巻き起こり、男達が面白いほどに、呆気なく将棋倒しのように倒れた。

へぇ! おっもしろい能力だなぁ!と思わず賞賛の目で翼を見る。
百合子から、散々、人外の力を使う者達が集っていると聞き及んでいようとも、実際に目の当たりにすると、やはり驚かざる得ない。
さしずめ自由に風を操る力を彼女は持っているというわけか。
そう確信すると、何だか胃の腑の底からワクワクのようなものが湧き上がってくる。

こりゃ、ほんとに、びっくり人間大集合状態なんだ。



翼が起こした風が合図であるかのように、嵐が一気にアクセルを全開にして走り出す。

翼が引き起こした風を追い風に換えて、嵐が猛スピードで駆け抜けていった。
タイヤを取られ易い砂浜を難なく突っ切ると、堤防に備え付けられた階段、その脇の手すりとして設けられているのであろう幅の酷く狭いコンクリートの急な坂を一気に駆け上がった。
思わずヒュウ♪と口笛を吹いた。
竜子と百合子が声を揃えて叫ぶ声が聞こえる。

「いっけぇぇぇぇ!!」

するとその声援が届いたのか、見事に嵐の操るバイクは見事、坂をジャンプ台代わりに男達の頭を飛び越え道路の向こう側に着地すると「ひぅあぁはああぁぁぁ!」と何とも明るいチーコの笑い声を残して走り去って行った。

アクロバティックな技の成功に、思わず心が熱くなる。
倒れた男達が起き上がる前に、兎月原が駆け出せば、エリィ、翼、黒須、時雨といった面々も、同じタイミングで詰め寄っていた。

まず、眼前に迫った起き上がったばかりの男を蹴り倒し、みぞおちの辺りをふみがてら、一歩踏み込んで、そのまま、綺麗に背後に立っていた男を回し蹴りにて昏倒させる。
自分の足の下で、みぞおちをえぐられ「ぐえ」と醜い蛙のような声をあげた男に「ごめんね」なんて、心無い台詞を投げつけると、間髪入れず銃を構えかけていた男の腕をひっつかみ、ぐいと引き寄せ後頭部のあたりに肘を打ち込んだ。
為す術もなく倒れる男を見送る事無く、次々と目の前にいる男を手当たり次第に蹴り倒し、踏みしだき、殴り倒した。
出来るだけ長い間起き上がれないであろう急所を狙って打ち込んではいっていたが、途中からテンションが上り過ぎて、無闇矢鱈に叩き伏せる事に専念していたので、打ち所が悪そうな相手も何人かいるっぽい。
他の面子も、鮮やかな手際で、相手の意識を奪っていっている。

突如、影の中から姿を現した冥月が、男の首を締め上げて、それからぐいと男達を見回した。

その瞬間、全ての者の影が拘束具と化して敵をはがいじめにする。

「お好きにどうぞ?」と優雅ですらある口調でそう薦める冥月に皆頷いて、あとは、言葉どおり、好き勝手やらせて貰った。


その後は幾つか銃声やら怒号やら、まぁ物騒な騒ぎが暫らく続いたが、兎月原から見れば、呆気ないほどに決着はついた。



「さて、一応問うが…この中で拷問が得意な者」


冥月のとんでもない台詞に、エマといずみを除く皆が一斉に黒須を見た。
こう、本能的にだが、「拷問得意そう!」という陰惨なイメージ=黒須という、ナツラルな流れでの視線の流れは本人いたくお気に召さなかったらしい。

「ていうか、お前ら見た目のイメージだけで、俺を判断するな!! なんだ、拷問得意そうなイメージの外見って! 嫌だ! そんなイメージ! 得意技、拷問です☆って自慢になんねぇ!」
そう怒鳴る黒須に「いや…見るからに…こう…陰湿系というか…」と翼が言えば、「うん、金融業とかで取立て屋になったら、相手の精神を破壊尽くすまで追い詰めそうな感じよね。 マムシの誠とか呼ばれてるイメージ」とエリィがVシネチックな事を言う。
「趣味とかも、自分を振った女性の写真にひたすら『怨』と書き続けるとかっぽいし…」と百合子がマジマジと黒須を見ながら言えば、何だか楽しげな口調で「あと、嫌いな相手への攻撃方法が、靴に待ち針を仕込むとかそういう精神的にクるけど、セコイ感じなのね!」と千剣破は嬉しそうに断言した。
余りの言われようによろめく黒須に兎月原が笑顔で「総じて、身動き取れない相手に対しての攻撃が凡人の想像を絶するような陰険な手段を思いつきそうなイメージって事だな。 やったね! 黒須さん」とウィンクをしつつ総括すれば、もう、ここまで固まってるんだし、事実で良いんじゃないか?
黒須は拷問が得意技で良いんじゃないか?という気にすらなってくる。
そんな馬鹿なやり取りの間、エマが、何か言いたげに、うずうずと体を揺らしていたが、頃合や良しと見計らったのか、とうとう黒須の前に庇うように立ちはだかり「みんなっ! 違うよ?! 黒須さんっ、そんな人じゃ…ないよ?!」と、首を大げさに振りつつ、児童劇団の道徳芝居で役者が見せそうな、妙に芝居がかった仕草で言う。
そして、くるりと振り返り、黒須をキラキラと見ると、「黒須さんは、ドMだもんね? そんな、拷問なんて、する側より、される側の時の方が幸福MAXだもんね☆」と超全開の笑顔で告げた。

あ、そっちのが、きもい。

心からの嫌悪に、思わず、兎月原、一歩二歩と後ずさる。
可愛い女の子が「私…実は、ドMなんです…」と上目遣いに言おうものなら、とりあえず「やっほー!」と叫ぶ事も辞さないが、黒須の場合だと、もう、あの、なんか、嫌だ。
ムカムカする。
ドMの黒須という字面だけで、ムカムカする。
竜子が「正解!」と力強く親指を立て、「わぁ、更に気持ち悪い。 不気味。 傍に寄りたくない!」という表情を隠そうともせず周囲の輪が一歩分広がるのを黒須はがくりと項垂れ眺めると、エマを恨みがましげに見て、「お前 ほんと 俺を馬鹿にする時全力投球な!」と半眼になりつつ、唸るように言う。
そんな黒須に「てへ」と笑って見せると、「あー、すっきりした。 ほら、中々今回、黒須さんを虚仮にするゾ♪タイムがなかったもんだから、ストレス溜まってて」とエマは、肩をキリキリと回しつつ、爽快感に溢れる顔で言い放つ。
「そんなレギュラータイムを勝手に設けるなよ!」と怒鳴る黒須に、「次回をお楽しみに☆」とエマは笑顔で返し、更にもう一歩ほど後ずさった場所で「えーと、然程興味がないを越えて、むしろ地雷踏んだ感を噛み締めつつ、黒須さんの性癖についてはこれ以上何もお伺いしたくないので、話を先に進めてもらって宜しいでしょうか?」と丁寧な口調で兎月原がお願いすれば、道端に落ちている丸めたティッシュを眺めるような目で黒須を一瞥した後冥月は頷いて、「では、私も余り加減が分らんので、向いている方ではないのだが、ちょっと訊いてみるか」と、軽い口調で物騒な事を言って、足元に転がる縛り上げた男性を見下ろした。

先ほど水族館襲撃の際に問い質した男よりも、身なりから鑑みても、まだ、何かを知っていそうに見える。

猿轡を噛まされ、縛り上げられた男は畏怖の眼差しで冥月を見上げるが「ただ口を割らせるだけなら、多分僕だと手間なくやれるよ」と翼が手を挙げた。
「おお、意外と拷問得意系?」と竜子の頓珍漢な問い掛けに、「得意・不得意の区別の仕方が分からない」と肩を落として見せた後、男の目の前に座りこみ翼はじいっとその瞳を覗き込む。

「さぁ、よく、見て。 僕の目を、ようく見て」

唆すような声。
男は翼の魅惑的な瞳に魅入られる。
ぱち、ぱち、ぱちと、三度瞬いた瞬間、男の全身が弛緩した。
猿轡を外し、翼は優しい声で問う。

「ねぇ、どうしてここの居場所が分ったの? チーコに取り付けられていた発信機は全て取り外したはずなのに」

魅入られたように熱っぽい瞳で翼を凝視する男が、翼が促すままに口を開いた。

「は、発信機は、まだ、ある」
軽く翼は目を見開き、「それは何処に?」と問い掛けた。

「それは…」

虚ろな口が、咳き込むようにして吐き出した。


「あの化け物の体に埋め込んである」


ふっと、言葉の意味が判らずに、脳髄に言葉が届いた瞬間、何より不快感が込み上げた。

この男、なんて言った?

「肩甲骨の下を、麻酔なしで開いて、『Dr』が、発信機を埋め込んだ」

翼を熱心に見つめながら、他には何も世界はないという風に男はだらだらと言葉を零す。

「泣いていた。 大声で。 何を言っているか分らなかった。 気持ちの悪い 生き物。 一丁前に涙なんかを 零して。 触ってみたら、分る。 あの化け物の肉の下に、ゴツッとした膨らみがある。 触ると酷く痛がるから、面白がって…」

そこまで言った瞬間、竜子がその即頭部を思いっきり蹴飛ばした。
兎月原は、どんどんと自分の気持ちの温度が冷えていくのを冷静に察する。


麻酔 なしで 体の 中に あの 小さな体の中に


それは余りに非道じゃないか。
それは余りに人の道に外れた行いじゃないか。 

そんな事が出来る生き物と、自分自身が同じ「人間」という種族である事に吐き気がする。

殺してしまおうか。

酷く優しい位の感情で、そう思った。
生きてても、しょうがないだろう。
こんな連中。

殺してしまおうか。

チーコの体に、そんなものを埋め込むなんて事、許されるはずがない。


チーコ。

彼女の笑顔が目に浮かぶ。

本当に腹立たしいんだ。
キミを、傷つける連中が、今、心底腹立たしいんだ。

竜子が息を荒げながら「くそっ、やっちまった! 子供の前で、やっちまった!」と髪の毛をくしゃっと掻き毟る。
「いずみ!」
名前を呼ばれ、いずみが「はい」と静かに返事する。

「今のあたいが言っても説得力ねぇけどな、自分が気に入らないからって、話し合いもせずに、すぐ暴力ふるって、相手を黙らせるのは、いけない事だかんな!」

そう荒い息の下に、困った気持ちを混じらせながら、竜子が言えば、いずみは静かに頷いて「肝に銘じます。 ただ、そのルールは、『話が通じる』相手のみに適用させていただきます」と冷静に返事し、竜子を益々困り顔にさせていた。


いずみが言う通り、話なんて通じる連中だろうか?


こいつらは、クズだ。



「…殺すか?」

冥月が平坦な声で言った。

「ここにいる連中、皆同じ外道だ。 依頼主が望むなら、皆、証拠を残さず消してやる。 生きていても、チーコと同じ犠牲者が生まれるばかりだ。 子供が、弱いものが、抵抗する術を持たないものが、理不尽に殺され、虐げられ、泣かされる。 生かす事によって、失われる命が増える『生』もある。 殺すか? 私は躊躇わんぞ」

冥月の言葉に、日頃の人懐こい表情を一変させた時雨がカチャリと腰に提げている刀に物騒な音を鳴かせる。
エリィも、冷たい表情で銀色の幅広のナイフを鞘から抜いた。

千剣破は青ざめながら、倒れている無数の男達を眺め回していた。

黒須は無表情で竜子を見る。
竜子は、黒須を横目で眺め、全てを委ねられている事を理解したかのように目を閉じて、それから自分が蹴り飛ばした男をもう一度見下ろした。


「殺さないで」


細い声。
見れば両手をぎゅっと握り締めて百合子が震える声で言った。

「殺さないで」

兎月原は、それで、自分の殺意を鞘に納めた。
彼女が望むなら、仕方がない。

彼女の望みこそ、自分にとっての絶対。

竜子は「はっふっ」と大きく息を吐き出すと、「うん、殺さない」と答えた。
冥月は少し首を傾げ「甘いな、お前らは」とそれでも、何だか優しい声で言った。

「いいんだ。 甘くて。 その、あんたらからすれば、きっとこの仕事自体、凄く甘い仕事じゃないのかい? いや、知らないけど。 女の子守って、最期の三日間を楽しく過ごさせてやって欲しいだなんて…ああ、そう、ロマンチックだ。 ロマンチックじゃないか、なぁ、百合子」
そう言われて目を見開き、それから「ろ、ロマンよ。 そうよ、ロマンなの」と百合子は必死の声で言う。
「ゆ、夢見がちかもしれないけど、ねぇ、チーコには、ロマンが似合うわ。 あの子は、きっと、凄く辛い目に合って、ねぇ、それを、その最期までの間を幸せに過ごさせてやって欲しいなんて依頼は、本当に…本当に……甘い、甘い、砂糖菓子みたいにベタついた仕事で……でも、だから、いいのよ。 あの子に関わる時間全てがロマンチックであった方がいいのよ。 だって、女の子なんだもの。 チーコ、女の子なんだもの。 だから、似合わないわ、人殺しは。 倫理とかは分からないの。 道徳も、知らないわ。 安易なヒューマニズムなんて反吐が出る。 でも、綺麗ごとよ。 このお仕事は全部綺麗ごとなの…だ、だから…だから…」
言葉を捜しあぐねたように、自分の髪の毛に手をやり、ぎゅうっと引っ張って困り果てた顔をする百合子にエリィは駆け寄ると、柔らかな、春の日差しのような微笑を浮かべて「分かった。 殺さない」と言った。
時雨も、ふしゅんと険しい空気を霧散させて、「チーコ達…無事…待ち合わせ場所…着けたかな?」と心配そうに呟く。
エマが素早い手つきで携帯を操作し、まず、警察に通報の連絡を入れると、次に嵐に連絡を入れた。
「んー、どうも、まだ走行中みたいだけど、ちゃんと、安全が確認出来たら連絡入れるように言ってあるし、まぁ、嵐君の事だから大丈夫でしょ」
そうエマが言い、冥月がバスに目を向ける。
「チーコの体に発信機が埋め込まれている以上、バスを捨てていく事も考えたが無意味か…」と呟いて、「まぁ、全滅の一報がいけば、次の追っ手の準備も慎重にならざる得ない。 こちらの実力は充分に分って貰えただろう。 そうそう、敵う相手ではない事もな。 油断をするわけにはいかないが、チーコの体から発信機を取り出すわけにもいくまい」と冥月は言い、皆一様に大きく頷く。

兎月原は、ただ、百合子の様子に驚いていた。
いつも夢見がちで、自分に自信のなかった百合子。
だけど、この依頼に参加する事で、彼女は今まで見たことのない程行動的に動き、自分の意見を述べ、必死に役に立とうと努力している。

彼女が望む事ならば、何だって叶えてやりたいんだ。

チーコのお陰かな。
兎月原は心の中で呟いて、そっと笑う。

殺さないで。

優しくて、綺麗な百合子の声。
甘ったるい理想なのかもしれないけど、構わない。
だって百合子。
あなたが望んでいるのだもの。

冥月は、乾いたような笑みを口の端に乗せ、それから竜子に視線を向けた。

「殺すという事は覚悟のいる事だ。 だが、生かす覚悟の方が厳しい事もある。 分っているな?」
冥月の言葉に竜子は静かに頷いた。
長い睫に縁取られた強い眼差しを見て、冥月は「ふん」と呆れたように溜息を吐くと、「あと…一日と少し…か。 守りきれるだろう?」と、他メンバーを見回す。
翼が肩を竦め「認めたくないですけど、武彦はベストメンバーを選んでます。 チーコを守り、幸福な気持ちで過ごさせるという事に関してはこれ以上ないほどのベストメンバーをね。 最初事務所に揃えられているメンツを見た時は…」とそこで言葉を切り、千剣破がその続きを引き取った。
「もう、バラッバラ!」
その、エリィも頷いて「どうなる事かって思ったけどね」と笑う。
兎月原は、やはり武彦の判断は正しかったと、ここまで来てようく分った。



これが最良で、最強。


興信所の主の名は伊達じゃないって事だ。


「行きましょう。 チーコの所に」

いずみが言う。
兎月原が、空を見上げ、「ああ…あんなに良い天気だったのに、曇ってきた。 急いだ方が良さそうだ」と典雅な声でそう告げた。


程なく、雨が降り始めた。

ひっそりとした畦道を抜け、バスが辿り着いたのは、エマが興信所ぐるみで懇意にしていると言う古い神社だった。
人里離れた場所にあるのだが、家屋も広くて情緒があり、一晩置いて貰うには最適な場所だと判断し、エマは先に連絡を取って、一晩の宿の許可を得ているらしい。

「んふふ、ここの神主さんは、凄いのよ? お歳も、お歳、ってまぁ、百年以上生きてる人とか、興信所じゃ、珍しくないんだけど、神社の建立からずっと、神社を守り続けている初代神主=現神主な人で、もう、本尊が神主?みたいな人なのよ。 確か、500歳だか、なんだったか…。 まぁ、もうじき、大祭があるとかで、此方にはいらっしゃらないんだけれども、チーコちゃん達と、私達が到着した際には、一時的に結界を開いて迎え入れてくれるよう頼んでおいてあるの。 普段は、神社自体、森が隠していておいそれとは見つからないし、例え、霊感のある人が見つけてしまったとしても、結界のせいで足は踏み入れられない。 発信機も、磁場の歪みのせいで、本来の機能は発揮できないし、寝込みを襲われる心配と、出掛けを急襲される心配もないわ。 まぁ、こよなく安全な場所であるっていうのは、私がこの場所を選んだ大きなポイントではあるんだけど…まさか…この場所を選択した事が、こういう意味でも役に立つとは思わなかったけどね」
残念そうなエマの言葉に、翼が気を取り直すような明るい声で、「流石にエマさんの人脈だ」と感嘆すれば、「んふふ。 ありがと」とエマは胸を張る。
山際にバスを停車し、山を開いて作られた木々に四方を覆われた階段を登る。
嵐から既に無事に待ち合わせ場所に辿り着いたという連絡は受けていたが、バイクが山際の大きな木の下に停車されているのを見つけると、何だかほっとしてしまった。

シトシトとした雨に身を打たれながら、ひんやりとした空気を掻き分け階段を登っていると、今から神域に足を踏み入れるのだという緊張感が全身を満たした。
神社は、酷く古い作りをしていて、ぬかるみに足を取られぬよう門をくぐれば、感嘆するしかない情景が広がっていた。

「わ…あ…」

「ね、綺麗でしょ? これを、チーコちゃんに見せたかったの」

そう言う得意げなエマの声に、兎月原は頷く。
藤の花弁がほろり、ほろほろと散っていた。
大気に充満する香りは、芳しく、雅やかでありながら、清涼。
初夏の匂いに、皆大きく息を吸い込む。

澄んでいる。

つつじの花が咲き乱れていた。
手入れそれ程されていない様が、しかし、だからこそに素朴で、自然の力強さも漂わせていて、美しい。

「お、来たな」


そう言いながら、本殿の玄関先から嵐が顔を出し、続いてチーコが「ふあゎぅふぅ!」と声を上げる。
「あらぁ、そうなの、良かったわねぇ」とエマが表情を緩ませて両手を広げれば、テテテテと駆け寄ろうとして、チーコは階段の途中でくたりと倒れるように転げ落ちた。

「っ!!」

咄嗟に、兎月原は掬い上げるような手つきでチーコを抱きとめ、抱き上げる。
「大丈夫かな? お姫様」
腕の中の軽い感触に、胸が締め付けられた。

ああ、いとしい。
なんて、いとしい命。

兎月原が蕩けるような声で問えば「ふぁふぅ!」と元気な返事をして、その首根っこに齧りついてくる。
チーコは笑っていて、兎月原は、ほっと胸を撫で下ろした。
抱き上げられたまま「ひぃふぅあぅ、ふあぅ!」とチーコはエマに何事か告げた。

「バイクでここまで走ってくるの、凄い楽しかったって。 雨に降られなかった?」と聞くエマに「ああ、ギリギリ振り出す前に間に合った。 とりあえず勝手に上がらしてもらったけど、良かったんだよな」と嵐が問い返す。
「大丈夫、ちゃんと全部分って貰ってるから」
嵐の疑問に頷くエマ。
「あ、一応、風呂の用意だけしといたから」と嵐が言えば、エリィと千剣破は同時に歓声をあげた。
「海にいたから体がベタベタしてんのよねー! お風呂、嬉しい♪」
エリィがはしゃげば、「雨にも打たれたし、体あっためたいよねー!」と千剣破も嬉しげに言って、同時に「「嵐君、ありがとう」」と声を揃える。
眩しいばかりの美少女二人のお礼の声に、嵐は、ちょっと照れたようにそっぽをむいて「どーいたしまして!」とぶっきらぼうに答えた。

「さ、じゃあ、夕食の支度をするわね。 男性陣、先、お風呂入っちゃって」とエマは手を叩けば、「あ、いや、まだ沸かしてない…」と嵐が言いかけたところで、チッチッチとエマが指を振り、「藤ちゃん、つつじちゃん、お願いね。 あとで、一曲歌ってあげるから」と声を上げる。

すると、そよそよそよと庭に植えられたつつじと藤が優しい音を立てて一斉に揺れた。

「ここの神主さんの式神ちゃん。 私も姿は見た事ないんだけど、私の歌を気に入ってくれてて、ここに来た時は歌の代わりに、神社内の色んな御用事も請け負ってくれるの。 そこそこ力のある子達だから、お風呂も、もう沸いてる筈よ。 広くて、10人くらいだったら一気に入れるお風呂だから、えーと…むさい時間をどうぞ、ごゆるりと〜」と何だか明らかに風呂に行く気力を殺ぐような事を言いつつ手を振るエマに、「じゃ、お言葉に甘えて」と黒須が頷き、男性陣は揃って風呂場に向かいかける。
だが、腕の中にいるチーコの顔を覗きこみ、ハタと兎月原は思い至ると、「あ、チーコはレディだから、女性陣と一緒にね?」と言いつつ、チーコを廊下に下ろした。

にこっと兎月原に笑い返し、走って百合子達に駆け寄ろうとしたチーコが再びこける。

「ふぁっ、うふぅうっ」

恥かしげに身を竦め、再び立ち上がろうとした時に、チーコの足がガクガクと痙攣した。

あれ?
笑顔のまま、兎月原は固まる。

どうしたんだ? チーコ。
問おうとして声が出ない。

だって、昼間はあんなに元気にはしゃいでいたじゃないか。
海で遊んでいたじゃないか。

好きな人に大きく手を振っていたじゃないか。



「っ」



ああ、もう、チーコは立てないのだ。

一瞬の混乱。
いずみが走り寄ってチーコの腕を引き、まるで、さっき兎月原がそうして見せたように、チーコを抱き上げようとして、当然、出来ずに一緒に転ぶ。
一瞬打ちひしがれたような顔をいずみは見せた。
自分の無力さを嘆く顔。

子供が見せるには余りにも哀しい顔。

助けたいのに。
チーコを、助けたいのに。

「あ、ごめ…け、怪我…ない?」
チーコの体を、世界中の全てから守ろうとしてるかのように覆いかぶさるように抱きしめ、震える声でいずみが問い掛けた。
チーコは強張った顔で頷いて、途方に暮れたような顔をして辺りを見回し、それからチーコが初めて、泣きそうな顔を見せる。

怖いだろう。
怖いだろう。

この子は 明日 死ぬのだ。



また、ふと、圧倒的な悲しみの波に襲われて、兎月原はよろめきかけた。

違う。
あの子は殺されるのだ。

人間に。

そうだ、殺すんじゃないか。
死ぬんじゃない。

殺すんじゃないか。
あいつらが。

もう、歩けないチーコ。
こんなに弱って、傷ついて、明日殺されるんだ。
チーコは、明日殺されるんだ。

どう言っていいのか分からず、自然と浮かびそうになる憐憫の表情を必死に殺した。

それでも、あの子が最後まで笑っていられるように。

それが、俺の仕事だから。



チーコの髪をふわふわと撫でて、いずみが「転んじゃったね。 私も一緒。 今日は疲れたからしょうがないね」と穏やかな声で言った。

「一緒。 チーコと私は一緒」

チーコが、不安に揺れる一つだけの大きな目でいずみを見上げる。
その額に自分の額をくっつけて、「一緒よ。 チーコ」といずみが言えば、チーコは小さな両手でいずみの頬を挟みこんだ。

「いぅお?」
「うん。 そう、一緒」

すると、チーコはまた、可愛く笑う。
翼が、チーコの体を抱き上げた。
「そうか。 チーコ、疲れちゃったのか。 じゃあ、少し休もう。 今日は一杯遊んだからね」
翼がそう言いながら歩き出す。

守りたいのに。

絶対に守りたいのに。

もう、無理なのか。

神様は無力だ。
こんな小さな子を救えない。

俺も無力だ。

彼女を笑わせてあげる事しかできない。




入浴後、これまた、どうやって?という程に絶品の夕食を終え、そろそろ眠る為の用意でも始めようかと言う時間帯。
だが、誰もが時計を眺めて、動かなかった。
カタカタと、人形がお茶を運んでくる。

これも、どうも、「つつじ」と「藤」の仕業らしかった。

いずみ達は、食後のデザートとばかりに、可愛らしいお菓子を摘んでいて、甘いものがそこそこ好きな兎月原も百合子が、「はい」と無心になったように手渡してくるお菓子類を、これまた無心に受け取り口に運んでいた。
皆、寝転がったり、座ったりと思い思いの格好をしつつも時計を見上げている。

「おそくね?」

嵐の言葉に、百合子が頷いた。

「遅いわね」

時雨がチーコと二人で、皆の分のアイスを買いに出かけていた。
どうも、女性陣のセッティングらしいのだが、残り時間が少ない悲しい現実を思うと、せめて二人きりの時間を過ごさせてあげたいと思うのは兎月原も同じで、笑顔で送り出してあげた。
時雨も勿論嫌がる素振りなく、恥かしがるチーコを抱き上げ、雨の中傘を差して出て行ったのだが、遅くとも30分程で往復できるはずの近所の小さな駄菓子屋に向かった筈なのに、一時間経過した今も帰ってこない。
状況が状況だけに、かなり心配ではあるが、身の危険と言う意味では、時雨の実力を重々承知している兎月原としては、然程心配はしていなかった。
時雨はおいそれと敵に襲われて、チーコを危険な目にあわせるような腕前ではない。
エマと、黒須と共に、迎えに行っている冥月も、そこら辺は心配していないらしく、ただ、体調の変化によって、チーコが苦しみ、立ち往生しているのか、他に何か問題が合ったのかと考え出すと兎月原は不安で不安で、仕方がなかった。

気を紛らわせる為に、ハートの形をした小さなキャンディを口に放り込む。


ガリガリと噛んでいる途中で、玄関先から待望のチーコの声が聞こえてきた。

「ひぅあぅっ!」

慌てて立ち上がれば、皆も一斉に飛び上がるように立っていて、慌てて玄関に向かう。

「おう?」

黒須の腕の中で、戸惑ったような声をあげるチーコの姿を見て、自分でも驚く程の安堵感を覚えた。

「…ごめんなさい」

しゅううんとしぼんだみたいな顔をして、時雨が小さな声で詫びてくる。

「アイス…溶けちゃった…」

そう言いながらビニール袋を差し出す時雨に「いや、それは良いから何があったんだよ」と嵐が問えば、黒須が「傘を野良猫にやっちまって、そんで、バス停で雨宿りしてたんだと」と肩をすくめて答える。
「そのうち…止むかなって…思ったんだけど…どんどん…強くなってきちゃって…しかも、ボク、寝ちゃって……」

とろとろとした喋り方に、兎月原はどんどん全身の力が抜けていくのを知覚した。

「ま…いいや。 無事なら」

竜子の言葉に皆頷く。
「チーコ、体冷えたでしょう? お風呂行こうか?」
そう言いながらエマが黒須からチーコの身柄を受け取った。
身を屈めて靴を脱いでいた時雨の胸元から、しゃらりと貝殻のネックレスが滑り落ちた。

あんなものしてたっけ?と訝しめば、時雨が大事そうに服の中に仕舞いこむ。
不思議そうに見る視線に気付いたのか、「えへへ」と嬉しそうに笑って「チーコに…貰った…」と時雨が言った。


ああ、浜辺で懸命に作ってたのはこれか…。

兎月原は、そう察知し「良かったな」と心から言う。
嵐も、嬉しげに笑って、「頑張って作ったろうから、大事にしてやれよ?」と言えば、時雨は深く頷いて、それから優しい手付きでネックレスを撫でた。




その夜は、広い部屋に布団を敷いて、皆で並んで眠った。
やはり身体を伸ばせて眠れるのはありがたく、外のしとしととした雨音と、芳しい藤の香にぼんやりとした酩酊感を覚えながら、いつの間にか兎月原は、夢も見ない眠りについていた。





最終日

「うひゃあああ!!」

無闇矢鱈な大声をあげて竜子が走り出した。
時雨もつられたように「わぁぁぁ!!!」と大声を上げて、案の定パフンと途中で転ぶ。
強い風が吹き渡っていた。

「まぁ、本物の砂漠には及ばないけど、やっぱ、ここはここで、奇景って感じで風情があるわね」
エマが風にあおられる髪を抑えながら言う。

そう、ここはかの有名な、鳥取県にある「鳥取砂丘」。
連休中という事もあってか、観光地らしく、ラクダなんぞに乗って砂丘を横断している人もあり、歓声をあげてはしゃぐ子供の姿もそこらかしこにあり、深々と大きめのパーカーを着て、フードを被り、顔を隠しているチーコも同い年位の子供達の声に何処となく嬉しげに聞いているように見えた。


今朝方は、それまで見せていた旺盛な食欲も衰えて、折角エマ達が腕によりを掛けて作った朝食を殆ど残していた。
体調も酷く悪そうで、昼過ぎ頃まで眠らせて、少し顔色が良くなったのを見計り、神社を後にしてきた。

つつじと、藤の花に見送られ、心地良い神社を後にした一行が、ここを訪れたのは、エリィがパラパラと道を確認する為に捲っていたガイドブックを、布団の中から覗き込んでいたチーコが、砂丘のページに差し掛かった所、どうしても見たいとエマに訴えたからだ。
そのガイドブック一杯に広がっていたのは、夕日が沈み行く砂丘で、たくさんの子供達が駆け回る写真。
何かの砂丘にてイベントが行われた時の写真らしい。
母親に手を引かれ走る子供達の写真を見て、行きたいと願うチーコに、エマは二つ返事で了承し、他の者とて誰も反対しなかった。

チーコの為の旅なのに、自分の体調の事を含め、しきりに申し訳なさそうな顔をするチーコが、何だか健気で仕方がない。
エマはしゃがみこみ、自分の膝の間にチーコを抱え、その髪をゆっくりと撫でている。
百合子は、それでも平和な顔をして、小さな声で「月の砂漠」を唄っていた。
エマも小さな声で、囁くように百合子と合わせて唄う。
小鳥のように澄んだ可愛い声した百合子と、落ち着いた優しい声音で唄うエマは、強い風の中で、それでもかすかな歌声をチーコの耳にありったけの愛情を込めて注いでいた。
チーコは、余り持ち上がらなくなった腕で、それでもおぼつかない手つきで、冥月に貰った万華鏡を覗いていた。
いずみは、エマの膝に頬をくっつけて、二人の歌声に耳を澄ませていた。

昨日まで元気に見えていたのに、病の進行の仕方も人間とは異なるのか、肌の色艶も良くなくて、呼吸も微かに荒い。

苦しいのかな? チーコ。

虚ろな眼差しが彷徨って、兎月原を認めると、弱弱しく微笑んだ。
何も悪い事してないのに、どうして苦しい思いをして、寂しい思いをして、その上、チーコは子供のままで死んでいくのだろう。

だが、現実は残酷で、時は間違いなく流れていて、少しずつ日は暮れていく。



時雨が子供達を連れて、チーコの元へとやってきた。
自分で言っていたように、子供に酷く好かれる性質のようで、腕や足元に纏わりつく子供達を柔らかな笑みを浮かべて見下ろしている。
身長の高い時雨と、小さな子供達の影が、砂丘に長く伸びていた。
まるで、ハーメルンのようだと兎月原は思う。
茜色に染まりだした空の下で、優しいハーメルンは子供達を、チーコに引き合わせた。

ガイドブックの写真を見ていたチーコの目は、憧れの眼差しで、きっと、時雨はチーコのあの目に込められた希望を読み取って、彼らをここへ導いたのだろう。
一瞬、兎月原は「大丈夫かな?」と、どうしたって普通の人間の子供の姿とは違うチーコと子供達を会わせる事に不安を抱いた。
だが、時雨がいるなら大丈夫。
何だか、子供の扱いに関しては、時雨の右に出るものはいないような気がしたのだ。

自分の事を好奇心一杯で覗き込んでくる、実際の子供たちの姿に、チーコは一瞬身構えるも、時雨が言い含めてあるのか、子供達は驚いた目でチーコを眺めるも騒ぎ立てはしない。
チーコの姿をマジマジと眺めながらも、そのうちの一人の女の子が、素直な声で、「かわいい」とチーコを評した。
夕闇の赤い色が濃くなっていく。
チーコはおっかなびっくりの表情で、子供達に手を伸ばした。
一人の子供がチーコの掌を握った。
「かわいいね。 名前は、なんていうの?」

チーコは、震える声で答えた。

「チーコ」

はっきりとした発音で、何度も、何度も、皆が呼んでくれた自分の名を、大事に、大事に呟いた。

「チーコ…いう」
「チーコ。 可愛い名前」

子供達がさざめき、チーコに笑いかけた。

「かおりー! そろそろ行くよー!」
「聡、何処行ったの?」
「あら? 翠? 翠?」

砂丘のそこらかしこから、子供を呼ぶ母親の声が聞こえてきた。

「あ、呼んでる! じゃあね、チーコちゃん!」
女の子が一人手を振り、砂丘を越えて行ったのを切っ掛けに、子供達は皆それぞれ、母親の元へ帰っていく。

チーコは小さく手を振って、それから甘えるようにエマの胸に顔を埋めた。
ポンポンと頭を優しくエマは叩く。

「ひぃぅあぅ…」
エマが頬を、チーコの頭にくっつけて、「なぁに?」と聞いた。

「ふぅあぅぃぅう……」

兎月原は、喉の奥が痛んだ。
時雨が、夕日に目を向ける。
海の波が、ザブザブとした音を立てた。

「……もうじき、……日が沈む。 ボク達も…行こう」

頷いて、立ち上がった時だった。


突如背筋を襲う寒気。
 
振り返れば、砂丘の上にずらりと男達が並んでいた。
皆、手に物騒なものを持っている。
タッと、素早い動きで駆け寄ってきたのは冥月。
流石と言うべきか、チーコの元にすぐ駆け寄れる位置で待機していたらしい。

「思ったよりも早かったな。 追いついてくるのが」

舌打ちせんばかりの表情で、そう呟くと、ひょいとエマからチーコを取り上げた。

「私の傍にいろ。 大丈夫だ。 絶対に傷つけはさせない」

冥月の言葉に、チーコが頷く。
「いずみは、時雨の傍に…」
「大丈夫です」
冥月の言葉をいずみが遮る。

「一応、自分の身は自分で守れますし…」
視線を向ければ、前回を遥かに超える人数が待機していて、いずみがきゅうっと目を細めた。

「あの人達…人間じゃない」

いずみの言葉に「いい目だ」と冥月は褒めると、「キメラだ」と呟いた。

「キメラ?」
「人間と、動物を掛け合わせてある。 あの、悪い奴らのお得意技らしい。 とうとう、相手も本気を出してきた」
そう唸るように言って、それから、「大丈夫なんだな?」と念を押す。
「ええ、足手まといにだけはならぬよう自衛に努めます」
いずみの頑なな表情に、冥月はしょうがないという風に溜息を吐けば「私も、これは、守られ役ではいられないわ。 サポート程度だけど、協力も出来ると思う」と、エマが強い目で告げる。
百合子はもじもじと「わ、私も…」と何か言いかければ、兎月原が止めるより早く、「百合子は、私と共にチーコを守れ。 抱いていてやってくれ」と、チーコをその腕に預けた。
細い腕で、おっかなびっくり、不器用にチーコを抱く百合子に一瞬不安を覚えども、とりあえず最も安全が確保されそうな場所にいてくれる事になって、ほっと安心する。

「夜になれば…」

え?と兎月原は首を傾げて、冥月を見る。

「夜になれば、私一人で全て片をつけられる。 闇は私の領域だ。 何が起こったのか分らぬ内に、皆地に沈めて見せよう。 だが、今は無理だ。 影を操って、あいつらを拘束するのは可能だと思うのだが、これがただの先発隊で、後からまた別部隊を送られてくる可能性がないわけではない。 今、この様子をまた、別場所から眺めているものがないとも言い切れぬしな。 こちらの能力を悟られれば、何某かの対抗策を練ってこないとは限らない。 向こうは、こちらを遥かに凌ぐ組織力と、資金を持っている。 この仕事が終わった後の事を考えると、はったりを効かせ続ける為にも、私の能力は、まだ、悟られない方が良いだろう。 まぁ、幸い…」

そこまで言って周囲を見回せば、異様な雰囲気を察したのか、観光客等は姿を消していて、「…周りを気にせず、思いっきりやれる。 夜まで保つか?」の問い掛けに、翼と、時雨が同時に片眉を上げた。

「冥月さん、こう見えても、僕は荒事も得意中の得意でね。 特に女性を守る時には、自分でも想像のつかないほどの力を振るえるんだ」

にぃと翼は美しくも凶暴な笑みを浮かべて見せると、「夜までなんて、長すぎる。 まぁ、見てて下さい」と冥月に宣言した。

時雨も、「大丈夫…夜になる前に…ここを出られるように…するからね?」とチーコに語りかけ、それからツイと同時に敵を睨んだ。
ああ、またか…とうんざりしつつ、首をクキクキと鳴らしながら「ううん。 あんまり、暴力とか得意じゃないんだけどな」と呟いて、兎月原は柔軟を始める。
エリィが夕日の輝きを受け、赤く光るナイフを抜いて、「さて、チーコちゃん、あんまり待たせられないしね」と静かに呟いた。
黒須と竜子は一度視線を合わせ、ぽんと竜子が黒須の背中を叩いて「んじゃ、いってらっしゃい」と気軽な調子で言い、それから、冥月に向かって「あたいも、あんたの傍にいさせてくれ」と告げた。
「了解した」と、冥月は頷き、嵐が何か言いかけるより早く、「バイクで、かき回してやれ」と指示を下す。
ガクリと肩を落とし、「ほんと、俺、ただの素人なんだけど?」と問う嵐に、冥月がシレっとした顔で「いや、素人にしておくには勿体無い度胸と身体能力を持っている。 励め」等と、嵐の師匠と見紛うばかりの励ましの言葉を口にした。

千剣破が海へと向かって歩き出すと、「いずみちゃん、あなたの目で私をサポートして」と声を掛けた。
千剣破は水の力を操れるようだ。
海の水を使って、遠距離から近接戦の面々をサポートするつもりだろう。
先ほどの様子を見ても、かなり目が良いいずみの協力を得て、力を振るってくれるらしい。
だが、彼女の強張った表情が、なんだか少し気になった。
ピンと張った糸が、今にも切れそうな風情に見えたから、いずみも、一瞬気遣わしげに、千剣破を見上げたが、その視線に余裕をなくした、彼女は気付かなかった。

「日があるうちは、私はチーコの守りに徹する。 任せたぞ」

冥月が、そう告げると、一際強い風が吹いた。

「チーコを苦しめた連中だ。 死なない程度にしか、手加減はしてやらない」

翼が剣呑な宣言をするのを合図に、それは始まった。

向こうの人数は、圧倒的に多数。
だが、個人個人の実力は、比べるまでもなく此方の方が上。
人数押しで来る向こうの攻撃を少ない人数で、どれだけ押し留められるのかが鍵になってきていた。

冥月の体の傍に、ぴったりと百合子が身を寄せて、チーコを抱きながら戦況を見守っている。
冥月は表情を変えず、腕を組んだまま微動だにしない。
千剣破は、海の水を硬球に変えて、一気に敵に降り注がせていた。
痛みに怯むものや、当たり所が悪く、一撃で昏倒するものもいる。

兎月原も持ち前のスピードで、どんどん相手を失神させていくが、何にしろ数が多く、そして、今回は今までと比べ物にならない程相手がタフだった。

とかげのような顔をした男が、鋭い歯をむき出しにして噛み付いてくるのを何とか蹴り飛ばして防げば、豹の特徴を備えた別の敵が、兎月原を押さえ込もうと飛び掛ってくる。
身体能力が、獣の特徴を備えることで、飛躍的にアップしているらしい面々は、普段なら、マジマジと眺めて、何がどうなってこんな生き物に等と眺めたい不思議生物揃いだったが、今は、そんな余裕はない。
「殺してはならない」の制約は、名うての実力者達にとっては、少々面倒なものらしく、それぞれ手加減の程に苦慮しているようだった。
接近戦を得意としているらしい、エリィは、確実に一人一人に当身や、急所への攻撃を仕掛け、意識を奪っていっている。
嵐は、冥月の言葉どおり、バイクで敵が固まっている場所に突っ込み、散らしたり、タイヤを使って巻き上げた砂によって、視界をさえぎったりしていた。

振り返れば、夕日が徐々に沈み始めていた。
冥月の時間が近づいてきている。
負傷者や、深刻な重症を負う者もなく、冥月の言葉を信じれば、これにて決着が着くのだろうか?と思われた矢先の事だった。

冥月が、もう少し戦況が見渡せるような、高台へと移動を始めた。

強い風が吹いた。

チーコが万華鏡を落とした。


コロコロコロと、万華鏡が転がっていく。

その刹那、もがく様に百合子の腕を抜け出したチーコが、その後を追った。


「っ! チーコ!!!!」

初めて、冥月が声を荒げた。


コロコロコロ、冥月に貰った万華鏡が砂漠を転がっていく。

トテトテと、もう歩けぬ足で、それでもよたよたと、チーコが必死に追った。
慌てて、冥月がチーコに走り寄るより早く、四つん這いになって人間ではありえない速さでチーコに走り寄ってきた男が、まるで、サッカーのボールを蹴るみたいに思いっきり、チーコを蹴っ飛ばした。

「ヒュゥッ」と喉の奥が狭まる。
チーコが玩具みたいに吹っ飛ぶ。
砂の上を、二三度バウンドして、ごろごろと体を転がしたチーコ。


「逃げて!!! チーコ、逃げてぇぇぇぇ!!!」


いずみが叫んでいる。
自分に殴りかかってきた、酷く体のでかい肌が灰色の男を、視線も向けないまま殴り飛ばした。


もし、目の前で、チーコが無残に殺されたら…


彼女を守りきれなかった自分を、自分は一生許せないだろう。

それは、圧倒的な恐怖心。

チーコは、動かぬ足を砂の上でもがかせ、そして、腕で這いずるようにして、それでも、万華鏡を追った。
ずるずると這い手を伸ばす先に、万華鏡が触れるか否かの間際、横たわるチーコの体を、先程チーコを蹴り飛ばした男が思いっきり踏みつけた。

「うぐぅはぅっぅっ!!!」

悲鳴とも喚き声ともつかない声。


幸せな気持ちだけで一杯にして、極上の時間を過ごさせてあげるつもりだったのに。
助けようとする冥月の周りを、数人の男が取り囲んだ。
その間を抜けて、百合子が転がるようにチーコの上に覆い被さり、竜子が再びチーコの上に迫る男の前に立ちはだかる。
そんな百合子の姿を見て、兎月原は頭が吹っ飛んだような衝撃を受けた。

百合子?!

体を震わせながらも、しっかりとチーコに覆いかぶさり、百合子が蹲っている。

何をやってるんだ!
そんな場所にいたって何も出来ないだろう?!

追いつけないと知りながら、走りだす自分を止められなかった。

彼女の元へ。
早く。
早く!!


早く逃げろ!!!


君に何かあったら、俺は!
俺は!!!



「百合子!!!!」


絶叫に似た、それは、紛れもない咆哮だった。


稲光が聞こえた。
酷く凶暴で荒れ狂うその音に、全てのものが一瞬、空へと視線を向け、そして、海の様子に瞠目した。

真っ黒な海。
荒れるなんてものじゃない、それは、異常な姿だった。

千剣破の様子が明らかにおかしかった。

彼女の仕業か?

千剣破の周りを黒い水が取り囲む。
海の色は、黒炭を流し込んだような漆黒。
海から巨大な水の竜巻が幾つも立ち上がっていた。
真っ黒な海。

酷く禍々しい、その姿。

「あ…ああっ、あっ…!! 許せない…許せない…許せないっ!!!!!!!!!」

目を見開いたまま、千剣破が強い声で繰り返し叫ぶ。
ビリビリと周囲の空気が震えていた。
空に暗雲が立ちこめ、稲光の音が聞こえてくる。


黒い水を身に纏い、真っ白な頬を更に白くさせ、爛々とした目で敵を見据えている。


酷く恐ろしく、酷く神々しく、酷く美しく、そして酷く危うい。

髪の毛が風に舞い上がる。
普段より赤く色づく唇が、きゅうっと引き結ばれる。

皆が、海の様子、そして千剣破の様子を凝視していた。

敵の男達の中には、明らかに危険なこの状況に既に逃げ始めたものもいる。


ぞわぞわぞわと、異常な気配に、兎月原の本能が危険を察し、警鐘を鳴らしていた。


「いずみ…、千剣破を止めろ!」

冥月が叫んでいる。

冥月が焦っている。
その事をもってしても、今の危機状況が如実に把握できた。

百合子とチーコだけでも、守らないと!と焼け付くような危機感に焦る兎月原であったが、それよりも早く、いずみが、突然ぐいと手を伸ばし、千剣破の胸倉を掴むと、下に引き寄せ、その頬を思いっきり張り飛ばした。

「うわ」

思わずと言った口調で、エリィが痛そうに呟き、兎月原も昔の色々あった苦い経験が蘇って、咄嗟に頬を抑えてしまう。


「しっかりなさい!!!!」

凛とした声で、いずみが千剣破を叱る声が聞こえてきた。

「泣いているでしょう! チーコが泣いているでしょう! 今、あなたは、誰のために力を振るおうとしているの?! それは、誰を守る為の力なの?! 正気に戻りなさい! 泣かさないで、チーコを! 千剣破さん! 泣かさないで!!」



チーコの泣き声。


万華鏡を抱きながら、チーコが泣いている。



いけない。
チーコ、泣かないで。
泣かないで。



幸せな気持ちで。
幸せな気持ちで…。


嗚呼、そうだ。
俺は、その為に、ここにいるんだ。



いずみの言葉に徐々に千剣破の焦点が結ばれる。
海が徐々に静まり始めた。
ほっと、安心したところで、チーコに慌てて視線を送れば、黒須が竜子を鋭い爪で切り裂こうとしていた男を叩き伏せ、時雨がチーコを抱きかかえようと手を伸ばしていた。

千剣破が呼んだ暗雲も、霧散し、その下の茜色の空が、夜の闇を濃くし始めている。

冥月が、明らかに身に纏う空気を冷たく、凍りつかせながら敵に向かって歩き出し始めていた。
手には黒い刀を持っている。

あとは決着の時を待つだけと、目の前の敵を叩き伏せながら、心を落ち着かせるの兎月原の耳に、一発の鋭い銃弾の音が届いた。


ドラマみたいな、偽者みたいな銃弾の音。


音のするほうに目を向ければ、まるで壁になるみたいに、チーコや竜子達を守る為両手を広げている黒須がゆっくりと倒れる姿が目に入った。


まるで、世界中の速度が、スローモーションになったように見えた。


黒須…さん?

自分でも驚くほどに衝撃を受けた。
咄嗟に足元がぐらつく。

黒須さんが…撃たれた…。


「あ、やばい」

酷く軽い口調でエマがいう声が聞こえ、思わず視線を向ける。

「声」による攻撃で、千剣破からは別方向からの、遠距離射撃を行ってくれていたエマが、とっとっとと、軽い足取りで走り寄ってきていた。
夢中になっていて気付かなかったが、自分の周囲の敵をあらかた片付けてしまっていた事に、自分でもちょっと驚く。


「久しぶりに、見ちゃうかも。 見ちゃうかも」

そう呟くエマに、「な、何を?」とエリィが問い掛けた。

「怪奇。 蛇男」


真面目な口調で言うエマに「「蛇男??」」と、周りにいた面々が一斉に首を傾げた。
疑問に翻弄される兎月原の目に、驚くべき光景が映った。
夜闇の下、「あ、っ、っつぅっ、ち、畜生っ!!」と黒須が叫び、蹲った次の刹那には、彼の姿が、下半身大蛇の姿へと変わっていた。


濡れた輝きを見せる黒い鱗に覆われた大蛇の尻尾がのたくっている。
6.7メートルはあるだろうか?
その長く、丸太のように太い下半身をくねらせながら、蹲る黒須の姿に、咄嗟に生理的な嫌悪感を感じて鳥肌を立たせる。
どういう事かも見当がつかず、ただただ、黒須の姿に魅入られた。

怖い。
気持ち悪い。
不気味でしょうがない。

だから、目が離せない。

何が、どうなって、こういう姿になってしまったのか。
それとも、元からこういう生き物だったのか。
醜い。
それは、酷く醜い姿だった。

蛇の血が混じってるって…こういう事?!

兎月原は驚愕を禁じえない。
想像以上の、真実だった。

着ていたスーツは無残に破かれ「今回は、この姿になんねぇで済むって、踏んでたのに!」と悔しげに喚く。

エマを除く全ての面々が、硬直していた。
硬直…せざる得ないだろう、この姿には。


「う、うううっううぅぅぅ!!」

エリィが唸り声をあげ、ぎゅうっと握りこぶしをしたあと、耐え切れないように目を逸らす。
脂汗が滲む額に「大丈夫かな?」と不安になれば、
「き、気持ち悪いよう…」かなりの本気声で、エリィが呻いた。
女の子なら、そういう反応も致し方ないと思いつつ、兎月原も眉根を寄せるのを抑えきれない。

「な、んな、なっ! なんなんだ! あれ!」

ずびし!と黒須を指差し嵐が喚けば、エマは一瞬の逡巡の後、随分老成した虚ろな眼差しを見せると「…呪われた蛇一族の末裔なの、黒須さん」と限りなく棒読みな声でそう告げた。
普通ならば、光の速さで「嘘だよね?」と気付ける、好い加減具合最高潮なエマの台詞なれど、状況が状況だけに、皆一様に「蛇、一族…」と、恐ろしげに呟く。

(色んな人がいるものだ…)

そうしみじみすらしつつ、まあ、命に別状がないのなら良かったと思った瞬間、ふと、嫌な気配を感じて、砂丘の上に視線を向けた。


そこには、今、この場にいるどの男たちとも雰囲気の違う二人の男が立っていた。

一人は仕立ての良いダブルのスーツを着こなした長身の男で、他の粗野な雰囲気を身に纏う男たちとは一線を画する威圧感を有している。
派手な色に染めた少し眺めの髪を、鬣のように後ろへ流して風に舞わせている。
顔立ちは端正で、精悍でありながら、後ろ暗い、ヒリヒリとした危険を感じさせる危険味も含んでおり、全身から「只者でない」空気を発散していた。
今回の一群を率いている幹部らしい、体格の逞しい男が、腰を低くしながら、追従するような様子で何か鬣の男に伝えている。
その隣に立つのは、男と対照的に身長も低く、青白い顔をした細い男で、白衣を風になびかせながら、脇に立つ男達のやり取りなど一切無関心といったように、戦況を凝視していた。

Dr。

チーコに発信機を埋め込んだ男。

浜辺で、翼によって得られた情報を思い出し、まさしくと言った風貌に間違いないと確信する。

ぎょろぎょろと目ばかり大きく、銀縁の眼鏡の中で彷徨っている視線が、黒須を捉えると、ギラギラとした輝きに満ち始めた。

こんな人間と、動物を掛け合わせたキメラを作ったり、チーコのような子を攫ってくる人達だもの。
黒須のような人間に興味を持つのも不思議はないと思いながらも、Drと呼ばれている男の視線の狂気的な有り様に怖気を奮う。

(黒須さん、変な目のつけられ方をしなければいいが…)と思えど、今は、先の事を考えている余裕はないと、兎月原は現状の把握に意識を集中させようとする。

だが、そんな必要は一切なかった。

夕日が完全に沈みきり、あたりは夜闇に包まれる。

「待たせたな」


低い声。


無慈悲な夜の女神。


黒冥月が動き出す。

「じゃあ、終わりを、始めようか」

黒いロングスカートが風に揺れる。
髪を高く結った冥月が両手を広げた。

チーコへの狼藉を目の当たりにした面々も、その怒りを力に換えて、敵方を睨み据えている。



夜が来るという事。
それは、「冥月によって、全て片がつく」という事と同意語でもあった。




思わぬ時間を取られたせいで、山口県に到達する頃には、夜明けが近付いて来ていた。

砂丘の上に見た男達は、冥月に尋ねど「取り逃した」らしく、悔しさの欠片もなく「つくづき逃げ足の早い連中だ」と呟いた。

チーコの蹴られた傷跡は、もう微塵も見当たらない。
千剣破の水の力によって、傷を癒したのだ。
疲れきった様子の千剣破ではあったが、最後の力を振り絞り、チーコを癒す姿を見て、兎月原は心底、彼女にはこういう力の使い方の方が似合うと感じた。
チーコの蹴られた時の記憶は、翼の「事象の操作」という恐るべき能力によって消されていた。

「本当は、タイムパラドックスを引き起こしかねない、使ってはいけない力なんだけどね…これ位なら、大丈夫だろう…」と言って翼が新たに作り上げた事象は「蹴られた際に、チーコは意識を失い、砂丘で暴力に晒された記憶は、ショックで消えてしまった」というもの。
傷跡もなく、記憶もないチーコは、まさか自分が恐ろしい目に合っていただなんて事も、すっかり知らぬ気に、穏やかな様子でエマの腕の中でじっとしていて、兎月原は心底安心した。

良かった。
不幸せな思い出は、三日間の間一つだってチーコの中に残したくなかったから、本当に良かった。





潮岬…本州最南端の海。


その海を一望できる、灯台の上に立ち、チーコが夜の海を眺めていた。

もうじき、夜が明ける。

チーコは、自分を抱いていたエマの腕を優しく叩き降ろしてくれるようにと頼んだ。


ここが彼女にとっての、最期の地。


見上げれば満天の星空があって、皆息を殺してチーコを眺めた。


チーコは、自分の運命全て分っているかのように微笑んで、一礼する。

キラキラキラと、夜闇を引き裂くように、流れ星が落ちていった。



唐突に、何の予備動作もなく、その喉からチーコは、燃えるような、熱く、熱く、力強い声を出した。



「会わなければ よかったと

思う私を 許してください」


それは紛れもなく、人の、日本語の、兎月原達が使う言葉の 歌。






会わなければ よかったと

思う私を 許してください


闇の中で 息絶えていれば

生きたいと願わずにいられたのでしょう


優しくされて

優しくされて


私は死ぬのが怖くなった

優しくされて

優しくされて


私はとうとう恋をした


幸せです
不幸せです

嬉しいです
寂しいのです

抱きしめて
触らないで

全部嘘です
全てが真実


あなたが 好き





チーコが手を延べる。
視線の先には時雨がいる。





あなたが 好き


好きじゃない
嫌い

だから 泣かないで
笑っていて
私が いなくなっても 笑っていて


真実

あなたが 好き

だから 笑っていて

私が いなくなっても 幸せになって

私の事を忘れてください


いやだ

私の事を忘れないで

うそ

わすれていいの

だから

幸せになって 幸せになって

好き 好き 好き 好き さようなら



「あなたに あえて よかった と おもう わたしを ゆるしてください」


炎の歌。
命を燃やす歌。

夜が明け始める。

チーコの指先が、髪が、炎に変わり始めた。


その全てを燃やすかのように、チーコが唄う。

最期の歌。

時雨が、転げるように、チーコに走り寄り、その体を抱いた。


「チーコ!!!」


幸せになって


「チーーコ!!」


幸せになって

「いやだ…いやだよ…チーコ…一緒に…故郷…見に行こうって言った…約束した…嘘つき…チーコの…うそつき…あっ、ああっ、うああっ、わああっあああああっ!!!」


慟哭。

自分の全身が炎に包まれるのも構わずに時雨はチーコを強く抱きしめた。
一緒に燃えてしまうんじゃないだろうか?と心配になった。
赤い髪が、体が、何もかもが炎に包まれて、時雨は夜闇の中で、チーコを抱いて燃えていた。


キラキラと炎に包まれ、光の粒が二人の周りを舞う。

ああ、あれは万華鏡の光の欠片。

焼けた万華鏡の中から、光が舞い上がり二人の周りをひらひら飛んでいる。


チーコは最期の瞬間兎月原を見た。

兎月原は咄嗟に笑った。

とっておきの、一番自分が良いと思っている笑顔を浮かべて。



チーコも、笑い返してくれた。





朝日差す海。
目を射るほどの輝きが海面一杯を満たす。




その瞬間、チーコの体は全て炎と化して、消え果てた。



時雨が喚く。
声にならない声で。

赤い髪が炎のように揺れていた。



そして、眩い光の中真っ黒な影の塊になって、時雨は長身を折り曲げ蹲ると、唇を押さえ、耳を押さえ、目すら閉じて、全て、全て記憶にあるチーコの全てを、何処にも逃さないかのように、じっとそうやって、じっと、蹲り続けた。

まるで、両手を組み合わせていないのに、その姿は祈りに見えた。

酷く敬虔な祈りに見えた。


神様は、呆れる程に無力で、チーコの命を救えはしなかったけど、それでも最期彼女は笑っていたから、笑っていたから……

兎月原は、祈りの代わりに、唯々微笑む。


いとしいチーコ。


ばいばい チーコ


夜明けの海が、兎月原の目を射た。
最期の歌は、いつまでも、いつまでも、兎月原の耳の中で木霊して、彼の耳から離れる事はなかった。


ばいばい チーコ
夜の海のチーコ

あなたの事は忘れない
あなたの歌を俺は忘れない





fin

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1271/ 飛鷹・いずみ   / 女性 / 10歳 / 小学生】
【3446/ 水鏡・千剣破  / 女性 / 17歳 / 女子高生(竜の姫巫女)】
【7521/ 兎月原・正嗣 / 男性 / 33歳 / 出張ホスト兼経営者 】
【7520/ 歌川・百合子/ 女性 / 29歳 / パートアルバイター(現在:某所で雑用係)】
【0086/ シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2778/ 黒・冥月 / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【2380/ 向坂・嵐/ 男性 / 19歳 / バイク便ライダー】
【5588/ エリィ・ルー / 女性 / 17歳 / 情報屋】
【1564/ 五降臨・時雨  / 男性 / 25歳 / 殺し屋(?)/もはやフリーター】
【2863/ 蒼王・翼  / 女性 / 16歳 / F1レーサー 闇の皇女】



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■         ライター通信          ■
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出来上がりが大変遅くなりまして誠に申し訳有りませんでした。

本当に、長い、長い物語にお付き合いくださいましてありがとう御座います。
三日間、参加してくださった皆様も楽しいときが過ごせていたら幸いです。
チーコは皆様のお陰で、幸福な気持ちでこの世に手を振ることが出来ました。
彼女の最期の歌を是非、忘れないでいてください。
夜の海のチーコ。

終幕で御座います。

尚、momiziのウェブゲームは、登場人物全ての方、それぞれの視点に即した物語となっております。
お暇なときにでも、他のウェブゲームにもお目通し頂けると新たな真実や、自分のPCが他PCにどう思われていたのかを、知る事が出来るかと思います。

それでは、momiziでした。