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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


【夜の海のチーコ】


〜OP〜

今日はチーコは四回殴られた。

一回目は、唄ってる時に笑ったから。
二回目は、お昼ご飯のパンくずを床に落としてしまったから。
三回目は、殴られた時に吐いた血で殴った人の手を汚してしまったから、
四回目は、何となく。

チーコは、南の海にある活火山を抱く小さな島で生まれた。
チーコは、その島では仲間達から「可愛いチーコ」と呼ばれていた。
友達思いのチーコ。
笑顔が素敵なチーコ。
可愛い、チーコ。

チーコは、ここでは、名前を呼ばれない。
ただ、「化け物」って人間はチーコの事を呼んだ。

それは突然の嵐だった。

チーコが住んでいた南の島に、ジェット船に乗った人間たちがやってきた。
誰かと喧嘩なんてした事のないチーコの仲間達は、みんな一編に殺されたり、捕まったりした。
チーコは捕まった側で、そのまま、「新宿」ってトコにある、あんまり性質の良くない店で見世物としてショーに出されていた。

チーコの種族は、皆歌が上手だった。
燃える様な、命を燃やすような、赤い、赤い、力強い、炎のような歌を歌った。
人間はチーコの歌を珍しがって、たくさんの人間の前で散々に歌わせた。

チーコは、10歳。
活火山がある、南の島で、毎日歌を歌って暮していた。
その日々は太陽みたいに暖かくって、海のように無限に続くと思ってた。

カフッ。

薄暗い小さな小部屋で、チーコは小さな口からたくさんの血を吐き出す。
此処に連れてこられて、もう一年になる。
チーコは、南の島の美しい空気の中でしか本来は生きられない生き物だった。

もう、永くない。
チーコは分っていた。
もう、私は、永くない。

目を閉じる。
おかあさんの顔
おとうさんの顔
友達の顔

チーコももうじきそちらに逝きます。
チーコは笑う。
怖くない。
怖くない。

ただ、恋をしてみたかった。

何度も、何度も、喉を震わせ、情熱的に歌った恋。

チーコは知らない。
恋を知らない。
チーコは知らない。
それが、どんなに幸せかを知らない。

突然、大きな音がチーコの鼓膜を震わせた。

「アァ!!」

声を上げて跳ね起きる。
すると、自分の顔を覗き込む黒い影にチーコは気付いた。
「ああ、間違いない」
男の人の声。
キンキンとした、鼓膜をやけに引っ掻く声。
パチパチと瞬いて、チーコは見上げた。
黒く長い髪が揺れていた。
何だか険しい顔。
南の島にたくさんいた、蜥蜴や、蛇にちょっと似ている。
けれど、彼らはこちらが乱暴をしなければ決して、牙をむく事のない大人しい生き物立ちチーコは知っていたので、チーコはちっとも怖くなかった。
恐る恐るといった手つきで、骨ばった硬い手が、チーコの体を抱き上げる。
煙草の匂いが、チーコの鼻腔を擽った。
「ひぅあぁ?」
喉を震わせ、だあれ?と問う。
「助けにきた」
思いの外優しい声だった。

チーコは、疑う事を知らない子だったので。
何度でもそれで騙されて呼ばれて笑って傍によって、何度も、何度も蹴り飛ばされるような子だったので、「ひぅふぁぅぅ!」と高い声を上げて笑って、しっかりとその胸にしがみ付いた。

夜の空の下、男はチーコを抱えて駆け出した。
長い髪が、漆黒のカーテンのように風に煽られ広がる。

きれいだな。

チーコは手を伸ばし、さらさらとした手触りに微笑んだ。

きれいだな。

夜のカーテン。
なんて、美しい帳。

「化け物が逃げたぞ!!」」
後ろの方から声が聞こえる。
チーコをたくさん殴った男たちの声だ。
「ひぁふぅ!」
叫んで後ろを指差し、気をつけてと叫ぶチーコの背中を分ってるよという風に優しく叩いて、髪の長い男は誰かを呼んだ。
「竜子!!」
るーこ?
首を傾げるチーコの耳に、闇を切り裂くエンジン音が聞こえてくる。
あれ、知ってる。
あれ、バイクってゆうんだ。
チーコの見張り役の男が読んでる雑誌に載ってたよ?

「誠!!」
女の人の声。
凛とした、強い声。
バイクに乗ったその女の人は金色の髪を靡かせて、チーコと男の前に急停止すると、慌てた様子でヘルメットを投げつけて「追手は?!」と問い掛けた。
「しこたまだ。 とっととずらかるぞ!」
そう誠と呼ばれた男は答え、宝物を抱くような手でチーコを抱き直し、るーこのバイクの後ろにまたがる。
「大丈夫。 怖くないから」
るーこが優しい声で言った。
「大丈夫。 行こう、チーコ」
誠が、チーコの名前を呼んでくれた。
「ひあぅぅふぅるるぅぅ!」
嬉しくって大声で笑う。
るーこのバイクが、夜闇の中を猛スピードで駆け出した。
神様だってきっと追いつけない。
大型バイクは、そうやってチーコを暗い部屋から攫っていった。

*******************************

「で?」
「匿って欲しい」
黒須の言葉に武彦は、はぁと溜息を吐き出した。
「この前は不良娘の捜索で、今度は…」とそこまで言ったところで、零が常に無い強い声で「お受けします」と勝手に返事をしてのける。
「おい…零!」
そう非難の声をあげる兄をキッと見据え、「受けるんです!! 絶対に」と殆ど悲鳴のような声で兄に詰め寄った。
「…まぁ、こっちとしては報酬さえ受け取れるんなら、別段構わないが」
そう言いながら、ひしっと小さな掌で黒須の服を掴んだまま膝の上で眠るチーコの顔を見つめる。
ステージに上げるからだろう。
顔にこそ傷はなかったが、体中痣だらけで、煙草を押し当てられた火傷の痕も点々とあった。
「…まだ…子供だぞ」
黒須の隣に座る竜子が軋む声で呻いた。
「…こいつ…まだ…子供なんだぞ」
自分だって世間じゃまだ、充分子ども扱いされる年齢の癖に、ぎゅっと握り拳を固めた、相変わらず派手な特攻服に身を包んだ女は「糞野郎共だ」と吐き捨て、「頼む」と律儀な声音で呟き、頭を下げてきた。
「…で? 何なんだ、この子を追って来てる奴らの正体は」
武彦が問えば、「アジア諸外国を縄張りに、麻薬の密売やら人身販売やら、まぁ後ろ暗い商売の業界で一気に伸し上がってきた新興のマフィアだよ」と黒須は答えた。
「で、そこのトップっつうのが、若干キてる趣味の持ち主でね。 人間と動物を掛け合わせて作るキメラの研究やら、人間外の珍種なんかを世界中から攫ってきてオークションに掛けたり、ショーに出したりするような、そういうえげつのねぇ商売もやってやがんのさ」
黒須の説明に、武彦はチーコの容貌をもう一度しげしげと眺めた。
チョコレート色の肌。
オレンジ色の髪。
鳥のような声。
小さな体は、人間の子供と変わりない形をしているが、唯一つだけ、大きな違い。
大きな、大きな一つの目。
チーコには目が一つしかなかった。
顔の真ん中に一つ、燃えるような太陽色の綺麗な目玉。
「ベイブが…俺達の上司がね、この子の事を見つけてさ、何とかしてやれってお達しが出たんだ。 たまに、そういう慈善事業めいた事をしたがる奴なんだが、今回はバックがやべぇ。 とにかく、三日間。 何とか、三日間あいつらからチーコを守ってやってくれ」
「何故三日間なんだ?」
そう問い掛ける武彦に、黒須はチーコを見下ろして、その唇に手を当て、彼女が確実に眠って居る事を確かめると、囁くような声で言う。
「保たない」
「……何がだ」
「チーコがだよ。 一年間、この汚れた街で引き絞るみたいにして生きてきた。 保たないんだ。 あと三日なんだ」
「それは…」
確かなのか?と問い掛けかけて、事務員が教えてくれた、彼らの上司と言う男が、全てを見通す力をある鏡により得ている事を思い出す。
「多分、俺達の住んでる城に連れてけば、多分危険に晒されないで済むんだろうが…そりゃあ、あんまりだろ? 最期位、外の世界で、楽しいもんばっかり見せてやりてぇんだ」
黒須の言葉に、武彦は溜息を吐き出して、零を横前で見れば、大きな目に既に涙を溜めていて、「兄さん…」と震える声で呼んでくる。
「あーーー、もう、分ったよ。 請け負うから、お前は泣くな、お前も!」
そうズビシと指差された竜子は、既に鼻水もだくだくに流していて「ううう、…だのむからなぁ?」と涙に濡れた声で告げてきた。

チーコを守るだけならともかく、その背後にあるマフィアまで相手にしなきゃならないとなると、かなり面倒な案件になるとひしひしと感じながら、武彦は二人の女の涙に負けて、この厄介な依頼を引き受ける事にした。



〜本編〜


初日。



「だ か ら! なんで、俺なんだよ!」
携帯電話に怒鳴れども、受話器の向こうの相手は向坂・嵐の言葉を聞こうともせず、一方的に会話を終了させてきた。

マフィア? 一つ目の子供? 

冗談じゃない。 何だか、ピリピリと面倒の気配が肌を焼く。
嵐は腹立たしさの余り、乱暴にポケットに携帯を捩じ込むと、自分を落ち着かせる為に、煙草を一本咥える。
火をつけて煙を肺一杯に吸い込んだ後、がくりと肩を落とした。
舗装された山道。
たまの休みと言う事で、ツーリングに最適なスポットとしても有名な山道を愛車で駆け抜けてきた所だった。
高台から街の様子を見下ろして、自販機で購入したアイス缶コーヒーなんかを啜り、煙草をふかすと、心が洗われるような気がする。
さて、ではこれからどうしようか?なんて楽しい計画を頭の中で組み立てていたのに、なんで、面倒ごとを背負い込まなきゃならないんだろう。
向坂・嵐はしみじみと、相手が強く押してくると、流されてしまう自分の性質について改めて考えたい気分になった。


武彦に呼びつけられるままに、結局興信所へ向かった嵐。

金髪の少女が目を真っ赤にして、呆然と座っていた。
鼻をかみ過ぎたのだろう。
鼻の頭も真っ赤になっていて、何だか酷く幼く見える。
隣に座る男の陰惨な空気を中和するかの如く、感情を駄々漏れにしながら、今は泣き疲れのせいか、何だか呆けているようだった。

彼女の名前は城ヶ崎竜子。
化粧が濃く、特攻服を着ているから鉄火な気質なのだろうとは思うのだが、なんだか若干間抜けな空気も漂っていて、泣き伏したせいでアイラインが滲んでいる顔は、ちょっと小狸にも似ている。
隣に座っている髪の長い、薄気味の悪い男は黒須誠。
この男も得体の知れない空気を身に纏っていて、その上、どうにもキナ臭い。
だが、このちぐはぐな二人組が今回の依頼人であることは間違いなかった。

黒須が今回の仕事について説明を終えた後、竜子という名の少女は、きっちりと「頼みます」と頭を下げ、真摯な声で、そう告げた。 竜子や黒須が、『チーコ』という少女を何故助けようとしているのかは気になるところであったのだが、その姿は信頼に値するような気がした。

「で、結局、お前らの上司っていうのは何者なんだ?」

涼やかな女性の声に黒須は、はぐらかすように首を傾げた。
問い掛けたのは、黒・冥月。
細身の黒いシャツに、後ろに深いスリットの入った黒のロングスカートを合わせ、窓際に立ちながら、腰まである黒髪を、背中で揺らすその女性は、真っ白な紙にスッと美しく筆で引かれたような形をした睫の長い切れ長の目を閉じたまま、冷たい声で問う。

「おかしいだろう? 何の利益も見込めない。 誰が得するとも分からん。 ただのボランティアとは思えど、物騒な匂いもプンプンする。 善意のみで、このような件に首を突っ込む輩がいるとは考え難い。 目的は? お前達はどんな組織に所属してるんだ? そもそも、お前達自体は、何者なんだ?」

冥月のもっともな疑問に、黒須の視線が落ち着かなさげにあっちこっちする。
冥月の細い体は、華奢なのに鋼の強靭さを感じさせ、それでいてしなやかで柔軟な美しさを兼ね備えている。
嵐は、これまでの何度かの顔合わせの際にも、彼女が尋常な者でない事を思い知らされていた。
「あー…」だの、「うー…」だの呻く黒須に肩を竦め、冥月の攻撃の矛先は、この興信所の主人にも向けられた。

「大体、武彦も、武彦だ。 気安く受けるな。組織から逃げる事がどれ程困難か」
そう言いながら、自分のすぐ目の前にあるソファーに腰掛けている武彦を小突く。

「これほど得体が知れぬ連中の依頼等、本来ならば、蹴って然るべき案件だろう」

そう、彼の不用意さを責める冥月に「まぁまぁまぁ…」と笑いながら、この興信所の事務員のシュライン・エマが割って入り、「いいじゃないの。 とりあえず、とーぉぉぉっても胡散臭いけど、この二人の身元は私が証明するわ?」と胸を叩いた。
長年この興信所の事務員として仕事に携わってきているエマ。
嵐も何度か顔を合わせており、彼女が信頼のおける優秀な女性である事は重々承知している。
エマが言うのならば、まぁ、おかしな二人ではないのだろうと、嵐は判断した。

エマが皆に協力を求める意味も含めて、「ほら、黒須さんって、こう見えても、穏やかな午後に近所の美味しいケーキ屋さんのシナモンロールを突きつつ、熱い薔薇の紅茶を啜ってるお茶の一時なんかだったら、夢見心地に、気紛れに、気の迷いで『まぁ、僅かにはいい人かも…』と思えなくもない人だから…ね?」等と、言葉を重ねるが、うん、これは、間違いなくフォローにはなってない。
黒髪も清らかに、透明感のある美しさを有した、美少女水鏡・千剣破が、黒曜石のような黒と、澄んだ海の如くの青のオッドアイを瞬かせ、横目で、黒須の様子を伺いつつ「えーと、黒須さんが既に涙目なんですけど、いいのか…な…?」と彼を指差した。
エマは、気安い口調から鑑みれる通り、前々からの知り合いなのか「ほら、黒須さんも、疑われてんのは、あなたのその、不気味さのみで構成されてるツラのせいなんだから、無理矢理、多分不可能だけど、その胡散臭い、87%成分がヤクザな顔にスマイルを浮かべて、みんなの信頼を勝ち取って?! はい、レッツ爽やかスマイル!」と言いつつ黒須を揺すった。
黒須の隣に座っていた金髪の美少年も同様の立場らしく、「駄目です。 エマさん、その人笑ったらもっと不気味だから!!」と、追い討ちの追加点を入れていて、咄嗟に黒須が目頭を手で押さえつつ「もう、いっそ、死ね!って俺は言われたほうが気が楽だよ」と呻いている。
「まぁ、僕も彼らの身元は保証しますから…」と魅力的な笑みを浮かべ、視線で皆を見回す美少年は蒼王翼というらしい。
仕草も典雅で、見惚れるばかりのその姿に、思わず「美少年」呼ばわりをしているが、彼女はれっきとした「女性」らしく、それでも「お願いします。 協力してあげてください」等と彼女に言われれば、女性陣にとっては、眩暈もののお願いになるらしい。
まず、興信所の仕事には初参加だという、白金の髪も美しく、マシュマロのような色合いの柔らかそうな白肌も愛らしいエリィ・ルーという少女が、大きな翠の目を瞬かせ、頬をピンク色に染めながら「はい…翼さんの為にも…協力させて下さい…」と両手を組み合わせて答える。
「わ、私も、何でもするわ…! 大したお手伝いは出来ないかもだけど、精一杯翼さんのお力のなれるよう努力するから…」と、そう宣言するのは、大人しげな容貌の女性で、小動物めいた小作りな頬を紅潮させて、目を星屑を入れたかのように輝かせていた。
彼女は、歌川・百合子という女性らしい。
エリィと同じく興信所の仕事は初参加だそうだ。
そんな二人の女性陣の様子に、負けてはおられぬと言わんばかりに、千剣破も勢い込んで、「あたしも、翼さんの為に…!!」と言いかければ「いや、依頼人俺と竜子だから!!」ともっともなツッコミを、絶妙のタイミングで黒須が入れた。

「あー…いや、エマさんが信用してるんなら、俺はもう、腹決めてたし、構わないぜ?」

怒涛のような女性達の勢いに、少々気圧されつつも、ここまで来たらもう、腹を括るかと思いつつ、嵐はそう告げる。
そして、今回の面子の中でも圧倒的なまでの大人の色気を発散している兎月原・正嗣という男性に目を向ければ、「俺も、チーコを守るっていう依頼を受ける事に異論はないよ」と微笑みながら答えた。
聞くものが皆、骨抜きになりそうなほどの甘い声に思わず、嵐は顔を顰めてしまう。
とろりと甘く、喉を焼くようなチョコレートボンボンのような声。
百合子の勤め先のオーナーだという兎月原は、声に負けず劣らずの甘い端正なマスクに、少し崩れた隙がありながらも、何処か野性味も感じさせる色っぽい笑みを浮かべたまま、「今回、初めて事務所の仕事を手伝わせて貰うのだが、ここの評判は聞き及んでいる。 中々優秀なスタッフが揃ってるようだし、お姫様を守るだなんて、中々風情がある仕事だ。 この興信所を通しての依頼なら、明かせぬ事情が諸々あるにせよ、そうそうおかしな事はないでしょ?」と余裕ありげな様子で言った。

皆の意思表明に、ついと黒須に目を向け、「良かったな。 皆お人好し揃いで」と冥月が口の端を持ち上げて言えば、黒須は小さく笑って「あんたも、そのお人好し仲間じゃねぇか。 手伝ってくれるつもりなんだろ?」と確信を持った声で言う。
その黒須の言い様が気に入らなかったのか、冥月が眉間に皺を寄せ、「大体お前等の主は本当に独善だな。余命3日なら助けない方が幸せかも知れんだろう」と黒須を指差した。
「楽しく過して少しでも未練を残せば、死ぬのが余計辛いぞ。何も知らず死ぬ方が幸せな事もある」
黒須は、冥月の言葉に笑みを深め、「善か、悪かは分からねぇよ。 正しいか否かっつうのも、まぁ、難しいわな。 でも、やれっつうから、やるんだ」と自嘲気味の声で答える。
「お前の…主が言うからか?」
「ああ。 まぁ、しょうがねぇ」
そして首に嵌っている細い黒い輪にも見える首輪に指を引っ掛けた。
「チーコ…守ってやってくれよ。 あんた…相当の人と見た。 そんで、多分…」
小さな遮光眼鏡の奥に見える、細く険しい目がじいっと冥月の事を見据え「優しい人間だ」と、唐突な声で告げた。
冥月にしてみれば予想外の言葉だったのか、少しだけ後ずさり、コツンと窓枠に肩をぶつける。
「適任だろ? 俺が選んでんだ。 間違いない」
武彦がそう自信ありげに言うのを受けて、改めて嵐はメンツを見回す。

バラバラに見えた。
てんでばらばらで、咄嗟の団結力なんて見込めない面々。

少し不安に思いつつ、そうなのか?と嵐が首を傾げる。
聞いただけでも、中々厄介なこの依頼を、この面々で乗り越えられるのか、疑問を感じつつも、自分は自分にやれるだけの事をやろうと握り拳を固めた。

「…笑止。 私は、然程優しい人間ではない…が、先程まで申していた事も冗談だ。 守る。 依頼は依頼だ。 どのような者が頼みの筋であろうとも、守る。 チーコを」
冥月が淡々と述べるその声は自負に満ちており、彼女がそう宣言すると言う事は、その言葉どおりの結果を導くのであろうと人を納得させる力に満ちている。
「それで、チーコを追っている組織の名は?」
そう冥月が問えば、黒須は「『K麒麟』…てぇんだそうだ。 生憎、こちとら、そんな裏社会にゃあ詳しくねぇから、怖い名前なのか何なのかはさっぱりなんだが、ベイブ…俺らの上司は『面倒だ』とは言ってたな」と答えた。
麒麟。
中国の伝説の獣。
「聞き覚えがある。 K麒麟ならば、ちょくちょく余りよくない場所で、その名を耳にするよ。 確かに、随分と最近は幅をきかせているみたいだ。 だとすると、竜子とやらが科してきた制限が、尚面倒に拍車をかけるな」と呟き、冥月は唇に指を這わせて思案気な表情を見せる。
「殺さないで…か」

そう、竜子が、皆に言ったのだ。
この依頼にあたって、チーコを守る為に、武力を行使する事は止む無いとしても、相手を絶対に殺さないで欲しいと。

嵐にしてみても、人が殺されるなんて事は、出来る限り避けたい事態だった。
むしろ、竜子の告げたその制限は、何処か物騒な匂いのするメンバーも入り混じるこの依頼において、「誰も殺されないし、殺さない」という安心感を嵐に与えた。


「勢いのあるマフィアは厄介だぞ。保身考えず無茶するからな」
そう言いながらチラリと窓の外に走らせる冥月の視線が険しさを増したような気がしたが、ついと室内に視線を戻す時には、もう、平静極まりない眼差しへと変化していた。

「で、これからどうする?」
そう冥月が言えば、まず、エリィが手を上げて「旅、行こう、旅!!」と言った。
「安全を確保する意味でも、3日間移動を続けるってのは、アリだと思うの。 ルートの確保は任しておいて? これでも、あたし情報屋なの。 おいそれと、追跡なんてさせないわ! 旅行なら、色々見せてあげられて、チーコちゃんにも楽しい時間を過ごして貰えるしね?」
エリィの言葉に、翼も頷き、「それは良いかもしれない。 故郷の南の島まで連れて行ってあげれるのが一番だけど…」とそこで言葉を切り、「この人数での移動や、危険面、期間を考えると中々難しいかな。 だけど、そうだな、海…うん、海には連れてってあげたいね」と提案した。
「海、賛成。 そんで、水族館とか、どうかな? 館内、意外と薄暗いし、周りの人は水槽に気を取られてチーコの事もあんま気付かれないんじゃないかな。 まぁ、勿論パーカーとか着てフード被ってもらったりとかの多少の変装だか位は必要だろうけど。 南の海の生態を紹介するコーナーとか、水族館にはあるし、チーコにとっては嬉しいかも知れない。 あと、俺も海は絶対連れてってやりたいな。 そりゃ、チーコの故郷に比べたら全然劣るだろうけど…見せてやりたいと思う。 チーコに何か特別な事を
してやれる訳じゃないけどさ…一緒に色んなもの見て聞いて…感じて…、そう言う事してやれたら良いと思う」
考え、考えしながら、そう語る嵐の口調に、皆がそれぞれ頷いた。
三日間、然程特別な事は、嵐は出来るとは思えない。
それでも、その「特別じゃない」事がきっと、チーコには特別になるのだ。
気負わず、それでも、チーコの事を幸せな気持ちで一杯にしてあげたい。
エマも「旅…いいわねぇ…。 じゃあ、宿泊所に一つアテがあるから、連絡入れておくわ。 古い神社でね、藤やツツジの名所なの。 きっと喜んでもらえるわ。 あと、移動手段も、一つ良いアテがあるから任せておいて」と持ち前の頼りになりっぷりを、既に発揮していた。
百合子も「旅行なんて…嬉しい…。 しかも、女の子を守るための旅なんて、なんて、ロマンチックなんだろう!」と感激したような声を上げる。

兎月原は、ある程度方向性が固まったと見たのか「冥月さんは、何か?」と問えば、彼女は首を振り「任せる。 何処へでもついていく」とだけ答え、また窓の外へと視線を向けた。
「じゃあ、今度は、可愛いお嬢さん方にも聞かないとね」と兎月原が言いながら立ち上がれば「あ、あたしが行くー! ちょうど、みんなの参考に良いかと思って、旅行雑誌を持ってきていたのです!」と言いつつ、じゃーんと雑誌を一冊掲げてみせる。
「こっから、チーコちゃんに指差しで、何処行きたいのか選んでもらおうよ」と言うエリィ。
実は、チーコ、竜子、それに、もう一人今回の依頼のの参加者として呼ばれている飛鷹・いずみは、別室に控えて貰っていた。
というのも、あまり性質の良くない話(チーコの寿命について等)をどうしても話題にせざる得ない関係上、当人のチーコや、まだ明らかに子供のいずみには、話の内容を聞かせたくないという配慮から、竜子をお守り役としてつけて、書斎の方へと追いやったのだ。
とはいえ、竜子の子供っぽい言動と、明らかに年齢不相応な大人びた言語能力を見せていたいずみとでは、いずみが二人のお守りにも見えて、不満げに何度も振り返りながら書斎に引っ込んでいったいずみの可愛い顔を思い出し、誤魔化すのが大変そうだなぁと嵐は他人事のように思う。
如何にも賢そうな、冷静な目をした少女だった。
ぱっと見は、小柄な体躯も相まって、愛らしく、大人しげな少女にしか見えないのに、口を開けば、大人顔負けの論理でもって、驚くべき頭の回転の速さで会話を繰り広げていた。
後ほど苛烈を極めるであろう、いずみの追及は避わすのが大変そうだと考えていると、千剣破が立ち上がり、「あたしも一緒に行く」とエリィに声を掛ける。
「旅行か…やばい、凄い楽しみなんだけど!」
「確かに、確かに!」
二人は、どちらも人目を惹く美少女ではあったが、千剣破は和装のよく似合いそうな日本美人であり、エリィは対照的にレースやリボンがよく似合いそうな西洋人形めいた愛らしい容貌をしていた。
そんな少女達がキャッキャッと笑う姿は、大変、大変愛らしく、なんだかんだいっても、健全な青年としては、注目せずには入られない光景だった。

「だけど…私、ここの興信所のお仕事って言ったら、もっと、おどろおどろしいものとか、ホラーなものばかりだと思ってたわ」
百合子がおっとりとした声で、興信所を見回しつつ、そう言った。
「えーと…ここのって、一応ですけど、どういう意味です?」と零が問えば、「えー? だって、ここは、『怪奇探偵事務所』なんでしょ?」と百合子が言い、それから「素敵よね…怪奇…」と呟く。
思わず頭痛を堪えるような表情を見せ、額に手をやった武彦が、うんうんうんと頷きつつ、「いや、色々誤解があるようだが…一応、今回初参加の君達にははっきり伝えておきたい。 違いますから!」ときっぱり、すっきり宣言した。
エマも、遠い目をしつつ、「そうなのよね…なぁんでか、こう、超常ってる現象系の依頼ばっかが舞い込むんだけど…一応ね? 普通の興信所なのよね。 建前は」と呻き、「もう、でも、今更後戻りは出来ない感じがしますよね」と零が総括するように呟く。
「ええ? 素敵じゃないですか! 怪奇探偵! あれでしょ? ゾンビとかと戦うんですよね? あと、ゾンビとかに襲われたり。 ゾンビとかに感染したり。 ゾンビと一緒に閉じ込められたり!! ああ、なんてロマンなんでしょ!」
そう感極まったように百合子が言うのを、呆然と眺め、翼が「え? なんで、ゾンビ推し?」と問い掛けた。
「いや、彼女、B級ホラーが大好きで…」と兎月原が説明すれば、ブンブンブンと手を振って、「ちゃんと、他の映画も好きだよう! あの、えっと、宇宙人モノとか、ジェイソンとかも、可愛いと思うし…」と兎月原に訴えていた。

全部、ホラーやんけ。
しかも、B級の代表選手やんけという周囲の突っ込みの空気に気付かず、兎月原に「はいはい」と頭を撫でられて、「えへへ」と百合子は、幼く笑う。
そんな二人の様子を見て、武彦が兎月原と百合子を交互に指差して「あんたら二人は恋人同士か、何かなのか?」と問うていた。
百合子はキョトンとした後、即座に「ぶっぶー! 違います。 私と兎月原さんは、あくまで、雇用主と雇われスタッフの関係なの」ときっぱり答える。
「まぁ、俺にとっては手のかかる妹みたいな存在です」と言って、兎月原が百合子の柔らかな頬を指先でピン!と弾くと、百合子は「あうち!」と呻いた。



そんな会話の最中、書斎から千剣破に「あ、いずみちゃん? いずみちゃん!」と呼びかけられているのも無視して、いずみが応接間の、ソファーにちょこんと腰掛ける。
ぐっと唇を引き結んだ表情は「私は、書斎に追いやられた事を怒ってます!」という気持ちを如実に映していて、その素直さに、嵐は思わず微笑んだ。
「さ、話の続きをどうぞ?」
そう促すいずみに、黒須が困った顔になって、「いずみ? なんだ、退屈しちゃったのか?」と問う。
そんな黒須を「キッ」と一睨みすると、「いえ、のけものにされるのが、我慢ならないだけです」ときっぱり答えた。
ジトッとしたいずみの眼差しに耐えかねたように視線を逸らす黒須の代わりに今度はエマが「あ、いずみちゃん、いずみちゃん、ほら、これ面白いのよ? 絵が凄く綺麗で…」と言いながら、イギリスの児童書を鞄から取り出す。
油絵で描かれているらしい可愛いキャラクターが表紙一杯に描かれているその絵本は、いずみの目にも大層魅力的だったらしく、一瞬身を乗り出せど、すぐさま、ソファーに身を沈めて、ふいと目を逸らす。
「チーコちゃんと読んでらっしゃい、ね?」
にっこりと笑うエマに、いずみは「結構です」とぴしゃりとお返事。
するとエマは、「そうよねぇ…」と言いつつショボンと肩を落としてみせる。
「いずみちゃん、本たくさん読んでるから、私の翻訳の出来栄えが如何なものか意見聞きたかったんだけどなぁ」と残念そうに言うエマの言葉に、ここの仕事だけでなく、翻訳の仕事もやっているのかと、その多才さに驚いていると、鞄の中に本を仕舞うエマに「また、後で読ませてください」と、いずみが慌てて言い添えていた。

もう、てこでも動かないぞ!と決意の滲んだ顔でソファーに座るいずみ。
百合子がパクパクと口を開け閉めして、いずみに何か言おうとするが、「ひゅぅ」と小さく息を吸い込んだまま、何も言わずに口を閉じた。
そのまま、じいっといずみを凝視する百合子に、いずみは居心地悪げに身じろぎする。
「あ…あの…?」
そう問うようにして、声をかければ百合子は自分が初めていずみを凝視していた事に気付いたかのように目をパチクリと見開き、見開いたまま首を傾げる。
「いくつですか?」
唐突な問い掛け。
当然のように、いずみは戸惑う仕草を見せる。
「…百合子。 ほら、いずみちゃんがびっくりしてる…し、出来るだけ脈絡を付けて喋るように言ったよね?」
そう、諌めるように言われれば、ふわふわと目で兎月原を見て、むぅと唇を尖らせた。
だが、質問の答えを諦める気はないのか、霞がかかったような眼差しのまま「で、いくつですか?」と再度問い掛けている。
「あ…10歳です…」
いずみの答えに驚き、「へぇ…」と一言だけ呟いて、それから「若い」と唸るように百合子は感想を述べた。

いずみが、余りに言葉のタイミングを掴みかねる会話のテンポに、言葉に詰まれば、「だって、皆さん気になってたと思うんです。 いずみさんと、初対面の方も多いんですよね? 私含め。 あんまりにも大人っぽい事を言うもんだから…10歳って、小学四年生位?」とまた、独特のテンポで言葉を重ね、兎月原に顔を向けたので、あ、さっきの言葉は、自分の「脈絡なく喋るな」という注意への反論だったのかと気付く。
「あ、そうです」と答えれば、「そう…」と、まるで自分の世界に閉じこもっているかのような声で囁くと、また凝視するようにいずみを眺めた。
「…聞かない方がいいですよ?」と小さな声で忠告するように言う。
うんうんうんと自分の言葉に頷くような仕草を見せて、百合子はまたも言葉を重ねた。
「あんまり、良い話はしてなかったもの」

静かな声で「覚悟はあるのか」と涼やかに冥月が問い掛けた。
窓際に立ち、長い睫をした薄い瞼を閉じたまま、冥月は更に冷たい声で問いを重ねる。

「いずみ…といったな? お前に覚悟はあるのかと聞いている」

いずみは、緊張感を身に纏わせながら、それでもきっぱりとした声で、「出来てます」と答えた。
「何のだ?」
「全てを知る…です」
「…哀しい事もか?」
いずみは頷く。
「辛い事もか? 怖い事もか?」
重ねられる問いかけに、コクンコクンと頷くいずみ。

「大人と対等に扱うという事で良いんだな?」

冥月はいずみの意思を確認すると、無表情に口を開いた。


「チーコは三日後死ぬんだそうだ」


「冥月さん!」
非難じみた声をエマがあげた。
いずみが、言葉を失い立ち尽くす。

そうか知らなかったのか…と、いずみの表情を見て嵐は静かに胸中で呟いた。

そうか、知らなかったのか…。


「知りたいと本人が言っている。 知る意思がある者が、知らぬまま他の者が把握していた悲劇に直面すれば、知らされなかった悲しみも合わせて、余計に辛い。 覚悟はあるといった。 だから、伝えた。 知ったからこそ出来る事もある」

冥月は、厳しい声音でいずみに告げた。

「考えろ。 いずみ。 知りたがったのはお前だ。 だから、知った以上、私たちと一緒に考えてくれ。 圧倒的な事実に際して、それでも自分が何を出来るのか」

いずみは目を見開いたまま、小さく体を震わせている。

ショックだったのだろう。
随分と仲良くなっているように見えた、チーコといずみ。


「うぃひぁぁははぁあ!」

無邪気な笑い声が書斎から聞こえてきて、いずみがびくりと肩を震わせた。

可哀想だとは思うが、冥月の言う通り、彼女が欲した事実だ。
現実は、時として、残酷で、どうしようもない姿を眼前に晒す。

死ぬんだそうだよ。 チーコは。

だからこそ、出来ることを。
だからこそ、彼女の為にありったけの幸福を。

嵐はそう決めていて、きっといずみも、同じ決心を抱くだろうことを確信していた。

「どう…しよう…も、ないんですか?」
いずみが掠れた声で言った。
「ど…うしようもないなんて事は、ないと思うんです。 そんな、ねぇ、だって、チーコは…」

いずみが拳をぎゅうっと握り締める。

「チーコは、子供じゃないですか。 子供が死ぬなんて…そんなの、おかしい…」

いずみの言葉に、皆一様に口を引き結ぶ。

ふいに突きつけられた言葉に響きに、間違いなく嵐は、戸惑った。

そうだよ。 子供だ。
まだ、10歳の子供だ。
10年しか生きずに、辛い目にたくさん合って、消える命。

子供が死ぬ。

理不尽だけど、命の終わりの訪れは、誰にも測る事は出来ず、皆一様に、唐突に失われる命を眼前にすれば「理不尽」だと呟くのだろう。

そもそも、命の存在そのものが、理不尽の果てに存在するものなのかもしれない。


いずみが、皆の視線に立ち竦み、どんどん顔を赤くしていった。
うろたえたように視線を彷徨わせ、無理矢理捻り出したような冷静な声で「…だから、良い大人が雁首そろえて、3日しか保たないとかいきなり泣き言を言ってないでベイブさんに泣きつくなり何か手が無いか尽くしてからにしましょうよ。 彼女の命を諦めるのは」とまるで憎まれ口のように皆の顔を見回しながら言い放つ。

ベイブ?
聞きなれぬ名に一瞬首を傾げかけ、そういえば黒須が己の上司の名として口にしていたっけと思い出す。

「ベイブ(赤ん坊)」

ふざけた名だとは思ったが、今はそんな事を気にしている場合ではなかった。

誰も、いずみの目から目を背けなかった。
誰も、彼女を言いくるめようとはしなかった。

「いゆみぃ?」

チーコの声を聞いた瞬間、いずみの表情が一変した。
険しさの一片もない、優しい微笑み。

ああ、凄いな、いずみは…と、嵐は素直に感嘆する。
何一つの不安も、チーコに与えたくないのだ。
自分の役割を明確に把握し、自分に徹底させている。

「なぁに? チーコ」

穏やかな声でチーコに問い掛けつつ、パタパタとチーコの傍に走り寄っていく。
エリィが開いた雑誌を見せ、写真に写るは、鮮やかな青い海と、崖の上に立つ白い灯台。
「あのな、チーコ、この、潮岬行きたいそうなんだよ。 あたいも、千剣破も、エリィも賛成なんだけど、山口県にあって、ちょっとばかり遠いんだ。 日帰り旅行じゃ済まないし、多分ニ泊三日位の日程になる。 今って、いずみ、GW中だっけ? チーコが、お前と行きたいって聞かないんだけどさぁ…、良かったら、いずみも付き合ってくれるか?」
竜子に問われて、間髪入れずに「もちろん」といずみが頷けば、チーコが嬉しげに「ひゃぁ!」と声をあげ、背後に並ぶ千剣破達を交互に見上げていた。
「良かったね、チーコちゃん」
エリィの台詞にチーコが頷いた。
「んじゃ、いずみも、お父さんと、お母さんに許可取らないとな?」
嵐の言葉にいずみが「はい」と素直に頷く。
嵐は、仕事のシフトを交代してくれそうな同僚を頭に思い浮かべつつ「他のメンツも、三日間は大丈夫なんだよな?」と、問い掛けた。
それぞれみんな頷いて、「うん、あたしは大丈夫! んで、チーコちゃんの希望により、山口県の潮岬は、絶対、絶対行くの決定ね?」と、エリィの書斎の扉の前に立ったままの呼びかける。
エリィの呼びかけに、翼は頷きながら「じゃ、一旦解散かな? みんなそれぞれ用意があるだろうし…」と全員を見回した。



皆、異論はないのだろう。

竜子やチーコ達が「おやつ買う暇あるかな? チョコ買ってやる、あと、あと、ポテトチップスと…酢昆布も欲しいよな…」とか、「ひっぅあふぅうう!」と嬉しげに言い合っている。
「えーと」と翼が人数を数え、「11人か…結構な人数だな…」と呟いた。
「あれ? 零は?」
そう竜子が問い掛ければ、「今回は、兄さんの手伝いに専念して、情報収集の面から皆さんのお役に立とうと思うので、お留守番です」とサラリと答える。
それから、零はチーコの傍へとしゃがみこみ、「楽しい旅をね?」と微笑みかけた。
気丈な笑みは、悲しみの雫を一粒たりとも滲ませはせず、まるで、本当にただ、朗らかに旅立ちを見送る者の笑みそのものだった。

強い。

嵐は心中で唸る。
死出の旅。
そう知りながらそれを微塵も感じさせない、零の笑顔。
彼女の気丈な笑みの為にも、チーコの幸福の為にも、嵐は、全力を持ってこの仕事に取り組む事を決意した。

「じゃあ、今から一時間後。 駅前のロータリーで集合な?」
腕を組み、今まで黙って事務所内でのやりとりを聞いていた武彦が総括するようにそう声を上げる。
「三日間分の旅行の用意だからな? でも、あんま荷物は多くすんなよ」
武彦の言葉に頷いて「移動手段は電車ですか?」といずみが問えば「いや、まぁ、それは見てのお楽しみだよ」と武彦は含みを持った台詞を言った。
そういえば、エマが用意してくれるんだっけ?と視線を送れば、彼女も何だか意味ありげな笑みを浮かべていて、なんて喰えない興信所なんだろうと少し呆れる。
「いずみは、ご両親にちゃんと説明すんだぞ? 連絡先は…」
「あ、私の携帯番号教えておくわ」とエマは挙手し、「もし、必要だったら、お家に説明のためにお伺いしてもいいけど?」と心配そうに顔を覗きこんだ。
その気の回りように、思わず感心しれば、「あ…大丈夫です。 そんなお手数かけられません」と丁寧に断りを入れるいずみに、百合子が目をパチリと開いていずみの顔を凝視する。
確かに、いずみは、ちょっとデキすぎだ。
言葉遣いとかが、大人びすぎている。
これで大人の女性になったらどうなるのだろうと、少し背筋が寒くなった。
「じゃあ…エマ…よろしくな」
そう言われ、「任せて」とエマが頷けば、武彦は眩しいものを見るような目でチーコを見て「気をつけてな?」と優しく言った。
「あぅぃ!」
チーコが手を挙げ、大きな声で返事をする。
嵐は、そうか、武彦も、これがチーコと最期の別れなのかと気付き、何だか切なくなった。

ここで、武彦と零はチーコの為に出来るだけの事をしてくれる。
彼らにしか出来ない事を。

「では、チーコ、いずみ、エマ、それに、竜子と…百合子も、途中まで兎月原に送ってもらえ」

冥月がそう告げた。
兎月原が微笑みながら立ち上がる。

わざわざ名前を読み上げて、出て行くメンツを指名したという事は、他に残りのメンバーで話し合いでもあるのだろうか?と訝しみながらも、嵐は残る事にした。
ぞろぞろとチーコ達と見送る為に零が出て行くのと入れ替わるかのように、一人の青年が現れる。

「ご…め…なさ…ぃ…! お…そくなった…っ!」

途切れ途切れの声。
赤く、長い髪が揺れている。

まるで、炎のような。

チーコの肩が少し揺れた。

見上げていると首が痛くなるような高い背をした赤い髪の男はひょいとチーコの前にしゃがみこみ「チー…コ…?」と首を傾げた。
チーコがこくんと頷く。
すると、全身の力が抜けるような、人懐っこい笑みを浮かべて、チーコの空いている手を握り締めて、ぶんぶんと振る。
「は…じめま…して、ボク…は…、五降臨…時雨。 時雨って…呼んで…ね?」
首を傾げてそう言いそれから、今から出て行く所と言わんばかりの様子のチーコ達を見て眉を下げると、まるで置いて行かれる子犬のような目をしながら「何処…か、行く…の…?」と問いかける。
「はい、ちょっと山口県まで」
冷静な声でそう告げる百合子に、益々困ったような顔をして、「山口…県…?」と時雨が呟けば、「百合子…唐突にそれじゃあ、時雨さん困るだろ? えっと、チーコの事で来て下さった、興信所のスタッフの方ですよね?」と兎月原が問い、時雨が慌てて頷く。
そんな入り口での遣り取りを見かね、「時雨! こっち来い。 全部説明してやるから」と武彦が声を掛けた。
コクンと頷いて、それから忘れてた!と言う風に、時雨がポケットをごそごそと探り出す。
「こ…れ…」
そう言いながら差し出した掌には、色違いの、髪留めのが二つ。
セットになっているのだろう。
キラキラと光る、ピンクのプラスチックのハートと、赤いハートがついた髪留めに「可愛い」といずみがが呟けば、にこっと時雨は笑ってまずは、チーコの髪に一つ着けた。
「は…ふぃぅぅ…!」
びっくりしたような顔をして、時雨を見上げたチーコの頬が見る見る真っ赤になっていく。
「着ける…と、もっと……かわいい…」
時雨がそう褒めれば、チーコは真っ赤な顔のまま、「あぅ…ぅ…あぅ…」と何も返事が出来ず、まるで、時雨の目から逃げるかのように、エマの後ろに身を隠した。
「あぅぅひぅ…」
「あら、照れてるの?」
エマが愉しげに笑う。
その後、いずみの髪にも手を伸ばし、時雨がもう一つ、ピンク色の髪飾りをつける。
「…うん…可愛い…」
そう言う時雨に、きっと髪留めはチーコのものだと勝手に思っていたらしいいずみは目を見開きながら彼を見上げれば「おそろい…友達…だから」と言って、にこにこと嬉しそうに笑った。
いずみは、手を伸ばして髪留めを触り、それから「ありがとう…ございます…」とお礼を言う。
そういう姿はやはり年相応の女の子で、なんだか嵐は安心した。
チーコがエマの後ろからひょこんと顔を出して「ぅぁぅぁあ!」と嬉しそうに自分の髪飾りを触った後、いずみのを指差した。
「そうね、色違いのお揃いね」
いずみは頷いてそう答え、「ああ、凄く似合ってる」と兎月原も蕩けるような声で褒めていた。

「では、参りますか」

そう言いながら扉の外を指し示す兎月原に頷き返し、チーコ達が事務所を後にする。


「さて…」

何処か物騒な声で冥月は声をあげ、「では、片付けの時間だ」と宣言した。

「片付け??」
「何をだ??」
キョトンとした声を、嵐と千剣破は同時に上げる。

「お前達、どんな能力を持っている?」

冥月に指差され、まず千剣破が「み、水だったら、自由に扱えます」とどもりつつも答えた。
嵐は肩をすくめ「何も? ひけらかすような能力はねぇよ。 まぁ、バイクの運転には自信があるが、あとは少々、運動神経が人より良い位だ」と答える。
「分った。 では、自分の身は、おのおの自分で守るように」
乱暴な言葉。
「「はい?」」
千剣破と声を揃えて冥月に問い掛けるものの、見事に無視され、彼女は時雨に顔を向ける。
「何匹片付けた?」
冥月が更に訳の分らないことを問えば、時雨は質問の意図が理解できたのか、「五人…あ、ちょ…、ちょっと待って?」と、言いながら指折り数え始め、「えーと…えーと…多分、7人…」と時雨が心細い声で答えた。
「上出来だ」と冥月は満足げに頷く。

何の話をしてるのか分らずに、首を傾げていると、「では、残り、13名。 こちらは、7名。 楽勝だろう? 早い者勝ちだ」という、わけの分からない宣言し、何を?と首を傾げるより早く、冥月はしゃがみこみ、自分の影に手を「突っ込んだ」。

「んあ?!」

思わず声を上げる間に、冥月の影から一人の男がその白い手に引っ掴まれて、現れる。
そのまま胸倉を掴み上げ、「組織を潰されたくなければ引けとボスに伝えろ。 弱小でも“黒冥月”の名は知っているだろう」脅し、冥月は窓から放り出した。
「な?! ななな?! なっ?!」
冥月と窓の外を交互に指差す嵐に顔を向け、独り言のように、「まぁ、こうやって脅したとて、このまますごすごと帰るわけにも、行かないだろうしなぁ…」と何処か呑気な声で、冥月が言う。
直後、興信所の扉が蹴り飛ばされ、窓ガラスも派手に割られて、複数の男が飛び込んできた。



「ちょっ!! おまっ! なぁっ?!」

喚きたくても喚けない。
こちらに突っ込んでくる、覆面男の攻撃を咄嗟にしゃがんでかわした嵐に「おお、凄い、凄い」と冥月が呑気な拍手を送ってくる。
「冥月! なんで…! 俺が…残ってんだよ!」
流石に、この狭い事務所内で銃を使用すれば、自分の仲間にも当たるという事や近隣の人間の通報は免れないと気付く頭はあるのか、ナイフや直接攻撃を持って、こちらの鎮圧に掛かってくる覆面を被った男達の攻撃を、嵐は何とか間一髪避けてまわっていた。

「ちょ…くそっ!」

背を逸らし、幅広のナイフの斬撃を辛うじて攻撃をかわした嵐は、相手がつんのめったのを見逃さず、「ちっくしょ!」と言いながら、咄嗟に机の上にあった花瓶を持ち上げ、相手の頭を殴りつける。
ガツン!と重い音がして、バタンと相手が倒れるのを確認すると、ふぅと一回息を吐き出した。
興信所内を見回してみれば、さすがと言うべきか、あらかた敵は倒されていて黒須が、骨の在り処すら疑うような体の捻じ曲げ方をして相手の攻撃をかわすと、しなやかな手付きで相手に巻きつくようにして捉え、体を寄せて、鞘に収まっている黒い小太刀のようなもので、相手の鳩尾を突いていた。
危なげのないそのスタイルに、依頼人とはいえ得体の知れない黒須に対して、更に疑問が深まる。
どうも、喧嘩慣れしている一連のやり取りに、「あのおっさん、何者だ?」と首を傾げた。 が、まぁ、一段落ついたなら、何より先に問い質したい事がある。
「お ま え は 、分ってたなら説明するか、俺も一足先に、こっから出しておいてくれ!」
そう冥月に怒鳴る嵐だが、そんな声など何処吹く風といった様子で「中々筋が良い」等と褒められ、げんんなりする。
冥月が「全て片付いたな」と頷けば「事務所内は滅茶苦茶だがな」と恨めしげな目で冥月を武彦がじとっと眺めた。
「私のせいじゃあるまいし、そのような目で見るな」と獣を追っ払うかの如く、しっしっと手を振った冥月が、「さて、追手はまだまだ掛かると見て良い。 私の名前の神通力で、準備にそこそこ時間はかけてくるだろうが、追いつかれれば戦闘は避けられないだろう。 まぁ、健闘を祈る」と他人事のように言う。

もしかしなくても、分った。

冥月は、俺達の実力を測ったんだと、嵐は確信する。
多分自分ひとりでも片付けられたものを、ここに集まっている面子の能力や、実力を把握する為に、明らかに非戦闘員の面々のみを事務所の外に避難させ(それも、周到に兎月原を護衛につけて)この狭い事務所内で、13名の刺客を叩かせたのだろう。

冥月は、軍師の如くの眼差しを皆に走らせ、にいっと嬉しげに笑う。
恐ろしい事に、ここにいる面々は皆、彼女が設けているハードルをクリアしてしまったらしい。

「武彦、後始末は大丈夫だな? 警察にでも任せれば良い。 この先の襲撃が心配なようなら、また別の人員でも呼んでおけ。 お前の知り合いならば、充分対応出来るだろうが…まぁ、もう、ここには来るまい」

そう予言めいた事を言う冥月に続いて、翼が肩を竦めて、「じゃ、僕達も一旦解散する事にしよう」と言った後、ついと冥月を振り返り、「我々はご信用いただけましたか?」と何処か皮肉げな調子で問うた。
冥月は、涼しげな顔で「想像以上だ。 翼も、凄まじいな、期待している」と笑って告げた。




集合場所に辿り着き、まず、嵐の度肝を抜いたのは、そのバスの外観だった。

「羊…バス?」

白い車体には羊の顔がペイントされ、横原の部分に「××幼稚園」としっかり幼稚園名が入っている。

首を傾げていると、エマや千剣破、時雨がやってくるのが見え、「おお、来たか」と嵐は声を掛けた。
「なんか、チーコが喜びそうなバスだよな」と言えば、時雨と千剣破は同時に頷いた。
凄まじく目立つが、逆にこんな目立つモンに乗ってマフィアから逃げまわるって事が、嵐にとってはちょっと痛快にも思えた。
嵐は、バイクの性能の良さで知られている会社の看板を背負っている愛車に今回乗って、バスのあとを追う事に決めていた。
威圧感を感じる程の「デカイ」ボディは、デザイン性の高さにも定評があり、男が思う「カッコいいバイク」そのものの姿をしていた。
三人の目がバイクに向けられているのを感じ、「咄嗟に小回りも利くし。色々と便利だろうしな」と言いつつ、「後ろ乗りたかったら乗せてやるぜ?」と声を掛けてみる。
とはいえ、女性でバイクを趣味にしている子は少ないし、時雨は背が高すぎて、本人が躊躇するだろうと考える。
予想通り、エマやエリィは見合わせるだけで、時雨も、「ボク…体…大きいから…」とシュンと肩を落としつつも、ペタペタとバイクをさわり、ほわわんとした声で「かぁっこう…いいねぇ…」と呟いていた。

「あぅ! ぃはぅゃぅ! えぁ! あゃぃ!」

チーコの声が聞こえる。

振り返れば手を振るチーコが見え、嵐はチーコに手を振り返した。


バスに乗り込みながら、「で、誰が運転…」と千剣破が言いかけたところで、運転席には黒須が座っているのを見て、「ひっ」と音が出るほど息を呑んだ。

嵐も、正直、目を剥いてしまう。

「なんだ、その反応は」と睨む黒須に千剣破は、ぶんぶんと意味なく首を振っている。
千剣破の目が忙しなく瞬きを繰り返す。
「え?」
嵐が黒須を指差せば「一応、元都バスの運転手」とさらりと黒須が答えた。
「…え…、ええ…ええ…え?!」
時雨が切れ切れに叫べば「ほら、思ったとおりの反応」とエマが嬉しげに言ってくる。
先に乗り込んでいた翼が「多分、皆一緒の反応ですよ」と座席に座ったまま愉快そうな声をあげた。
「何でだよ」
そう呻くように言う黒須をまじまじまじと眺め、一歩下がって眺めた後、再び今度は近寄って凝視して、千剣破は深々と溜息を吐き出す。
「ヤクザじゃなかったんですね…」
千剣破の呟きに、嵐と、時雨も同時に頷いて、「もう、逆に物凄い意外すぎるな」と嵐が言えば「無意味に…不吉な外見…過ぎる」と、時雨も余計な一言を付け加えた。
「う る せ ぇ! とっとと、乗れ!」
そう怒鳴られ「はーい」と返事をして、エマは時雨に手伝って貰いつつ荷物を積み込み、嵐は自分のバイクのメンテナンスの為にバスを降りた。


その後、出発時刻になっても現れない面々に苛々しつつ待つこと数分。



「おせぇ!」

いずみ・竜子・エリィに百合子。
四人の女性陣は、嵐に怒鳴られ、身を竦める。

(ったく、ちんたら、ちんたら歩きやがって)ともう一度怒鳴ろうかと嵐が口を開くより早く、竜子が目を輝かせ「かっけぇぇ!」と叫んだ。
「やっぱ、CBシリーズは、長く続いてるだけあって、風格っつうの? 正統派の格好良さがあるよなぁ…! シビれるわ〜!」
バイクに一目散に走り寄って来た、竜子の言葉に嵐は全ての不機嫌を忘れて嬉しげに笑い、「何? お前、バイク好きなの?」と問い掛ける。
すると竜子はブンブンと頷いて、「これってさぁ、フルパワー化とか厄介だったか?」と問えわれれば、バイク用語が嬉しくなって「いや? 俺も自分でやったし、比較的簡単なほうだと思うぜ?」等と浮き立つ声で答えた。

竜子はどうも、珍しい女ライダーらしい。

「一応、背後の警戒の為、俺はこれで追っかけるから」と言った後、「後ろに乗りたいって奴いたら、乗っけてやるよ」という嵐の台詞に、「乗りたい!!」と元気よく手を挙げる。
益々嵐は嬉しくなって、化粧のけばい、妙ちくりんな女と第一印象を抱いていた事も全て忘れ、「いいぜ? 乗れ、乗れ! エンジン音がさぁ、また、すうげぇ痺れるんだって!」と、自慢げに語ってしまった。



「これ…ですか?」

改めて、バスを見上げたいずみが問うてくるので、「おう」と嵐は答える。
「俺も最初見て、驚いたっつうの」
そうしみじみ言う嵐の声を掻き消すように「か…かわいい!」とエリィが悲鳴のような声をあげた。
しかし、エマが見てのお楽しみと言うわけだ。
中々こんなバスに乗って旅行なんて、出来るもんじゃないだろう。
だが、羊バスの外観が百合子はお気に召さなかったのか、ガクッと肩を落とした百合子が「ろ、ロマンが…ロードムービーのロマンが…」と虚ろに意味の分からない事を訴えてる。
「ろーどむーびぃ?」
「ろまん?」
出迎えの為に降りてきていたエマと、エリィが同じ方向に首を傾げればぐっと握りこぶしで、百合子は必死に訴え始めた。
「だって、見ず知らずの若者同士が、一つの目的のために集い、車に乗って旅をするんですよ?! これぞ、ロードムービーの王道じゃないですか! な の に 幼稚園バス! しかも、羊! こんなんじゃ、こんなんじゃ…途中立ち寄った古ぼけたガソリンスタンドで、奇妙な風体の中年男を拾ったら、それが悪魔の殺人鬼一家の長兄で、そのまま、殺人鬼一家の家にお邪魔する事になって、凄惨な血の惨劇に巻き込まれることが出来ないわ!」
「やめて、いやに具体的! なんで、こっからホラー展開?」
そうエマが否定すれば、いずみも「そんな、悪魔のイケニエ的なものになる気はありませんっ!」と、カルトホラーの金字塔な映画を思い出して身震いする。
羊バスをペタペタ触って喜んでいたエリィも首を振って「普通がいいの! チェーンソーとか持って追い掛け回されたくないの! 普通の旅行がいいの!」と訴えており、「むぅ」と不満げな百合子が肩に掛けていた荷物を、嵐はひょいと取り上げていった。
「バス、運び込むぞ? そっちのデカイ荷物も貸しな」
そう言いながら手を出す嵐に「あ、そんな! すいません! あ、でも、これ、重くないし大丈夫です」と大きな紙袋を抱えなおし、慌てて手を振る百合子に頷いた後、今度はいずみに手を差し出す。
「おら、貸しな?」
そう言いながらいずみから荷物を有無を言わせず手に取り、車内に運び込んであと嵐は、「じゃ、百合子さんの思う、正しいロードムービーの車って何?」と興味深く思い尋ねた。
百合子はその問い掛けに、コクン、コクンと頷いて、「そりゃ、ロードムービーっていったら、古ぼけたワゴンか、四輪のごついオープンカーとか…それか、トラックとか…ですよ。 そういうのが、アメリカの西側の乾いた大地をぶっ飛ばすんですよ。 なのに、えー、よ、幼稚園バスって…」そう、項垂れる百合子に「だって、10人以上を一気に運ぶには、バスが一番なんですもの」と答えつつ、エマが「はい、乗って、乗って!」と促してくる。
「じゃ、行くか」と竜子に声を掛け、自分のバイクに跨り、竜子にメットを渡す。

竜子は、心底嬉しげにメットを被り、嵐の腰にしがみついた。


全員が無事揃い、一行は思ったよりも平和に出発を果たせた。




夕時。

高速のパーキングエリアで、夕食がてら休憩を挟む。
金色の髪を風になびかせながら、嵐の後ろで、バイクの走行を楽しんでいたらしい竜子は、降り立つとすぐさま「あんた、運転うまいな」と言いつつ、その背中を賞賛するかのように叩いた。
「ま、プロだしな」
嵐がそう答えれば、「プロ? 走り屋でもしてんのか?」と問い返される。
違う違うと、嵐は手を振って「バイク便のライダーやってんだよ」と答えた。
「へぇ! いいなぁ! あたいも、なんかバイトとかやりてぇなぁとか思ってたし、そういう仕事だったら楽しく出来るかもしんない」
そう言う竜子に、「ホントにバイクが好きなんだ」と改めて嵐は確信すると、「もし本気だったら、また口聞いてやるよ」と笑いながら言い、「ほんとか?! 約束だぞ?」と言いながら竜子は小指を差し出した。
子供みたいなその振る舞いを、嵐は何だか憎めずに「おう、約束」と言いながら小指を結ばせる。
「えへへへ」と竜子は笑い、「腹減った〜」と明るい声で言うと、「あ、いずみ達だ」と言いつつ、バスから降り立ったメンバー達に大きく手を振った。
バスから時雨・いずみ・千剣破の三人が降りてきたようだ。
「うひー、気持ち良かったぞー!」
竜子がばさばさと犬のように金色の髪を振りながら、そう声を掛ける。
「やっぱ、いいな、バイクって!」
そう言う竜子に「当然」と嵐は澄ました顔で告げて、傍へと寄って来た三人を眺め、それから「うし、じゃあ、次、いずみ行ってみるか?」と聞いてみた。
「結構です」そう一刀両断され、「バスで皆さんお待ちですよ?」といずみが後ろを指し示す。
「今から、買い出し?」
嵐が首を傾げ、休憩エリアに並ぶ店舗を指差す。
「そう。 ペットボトルとか、タオルとか…役に立ちそうなものをね、買い出しに行こうと思って…」と千剣破が言うので、丁度そろそろヤニが切れてきた頃だし、荷物持ちは多いほうが良いだろうと考えて、「荷物になりそうだし、男手もうちょっとあった方がいいだろ」と言いつつ、「俺も行くわ」と嵐は言った。
「竜子は体冷えたろ? 先バス戻ってな」
そう言う嵐に「あんがと。 大丈夫だけど、ちっと誠達とも相談したい事があっから、戻るわ」と言いつつ竜子は手を振る。

四人でサービスエリアの店舗にて、手分けして色々買い込んだ。
「明日まで夜通し走るんだよな。 だったら、夜食っぽいのも、買っとくか?」
「あ、水! これ、大きなの多目に買おう!」
「えーと…、こういう、歯ブラシセット…チーコに良いんじゃないですか?」
「…ね…ね…、良い匂い…!五平餅…五平餅…!」
実は、エリィが夕食にと弁当を詰めてきてくれており、一緒に食べられるようなものと、日持ちがしそうなものをチョイスする。
中々時間が掛かりそうなので、その間にと嵐は喫煙所へと足を向けた。


ヘビースモーカーの身の上としては、長時間吸えない状況に、正直限界を感じていたので、漸く肺を満たしてくれた煙の味に目を細める。
視線を上げれば、兎月原と黒須が並んで歩いてきた。
「あれ? おっさんらも?」と問えば、黒須と一緒くたにされた事にが気に入らなかったのか、兎月原に「お兄さん…だろ?」と睨まれる。
とはいえ、兎月原とて、物腰から見ても、そんな若かねぇだろうと判断し、「30過ぎりゃあ、10代の人間から見れば、皆おっさんだ」と嵐はすげなく言い返しておいた。
見る間に、しょぼんと肩を落とし、兎月原は煙草を咥えてポケットからライターを取り出す。
「あ、火、忘れた」
そう呟く黒須に溜息を吐き、兎月原が黒須に顔を寄せると、やけに手馴れた手つきで、咥えたタバコに火を着けてやっていた。

おお、なんか如何わしい…と、兎月原の表情に、夜の匂いを嗅ぎ取って、「絶対、まっとうな商売にはついてない奴だ」と確信する。

「おお、さんきゅ」
そう黒須が礼を言い、二人揃って、深々と煙を吸い込んだ後、黒須が「えい」と言いつつ手を伸ばし、嵐の唇から煙草を取り上げてきた
「っ! 何すんだよ、おっさん!」
そう凄む嵐に陰惨な視線を返すと、「未成年の喫煙は法律で禁じられています」と馬鹿丁寧な口調で返される。

あ、しまった。
つい口を滑らせて、自分を10代だなんて言っちまった。
黒須は、そこそこ話の分かる人間に見えるが、融通が利かない部分もありそうだ。
一緒にいる竜子も、窮屈な思いをさせられた事があるんじゃなかろうか?と想像し、都バスの運転手だなんて商売を昔やってたようには見えない外見と、意外な真面目さのギャップを面倒くさく思う。
「大体、あれだろ? タスポねぇともう煙草買えねぇんじゃねぇの?」等と問われ「煙草屋なんか行けば、まだまだ売ってくれるんだよ」と言いつつ、もう一本新たに煙草を取り出そうとするのを、「えい」とまた、取り上げられた。
そのまま、するりと滑るような手つきで、嵐のポケットに手を滑り込ませ、今度は嵐の煙草の箱ごと取り上げてくる。
お前は、生活指導の教師か!と思えども、「ま、俺はお前の親でもねぇし、教師でもねぇから、目の届かないトコで吸ってようが、呑んでようが、そこまで目くじら立てるつもりはねぇけど、目の前では吸わせてやんねぇ」と、いっそ、明るいような口調で言われて、黒須を鋭い目で睨む事しかできなくなった。
黒須が表情を変えないのを見て、「ふう」と嵐は溜息を吐き出す。
「チーコの為か?」
「そ。 何か、まぁ、チーコの周りはさ、清らかぁな事で埋め尽くしてやりたいような気がすんだよ」
黒須にそう言われ、「依頼人の言う事だしな」と渋々の声で答え、それから「匂いだけ嗅いでるだなんて拷問だし、買出しに戻るわ」といって、ヒラヒラと手を振り店内に戻る。

まぁ、実際あんまり煙の匂いをさせてチーコの傍にいるのもなぁ…とは思うのだが、そんな理屈では喫煙衝動は抑えられず、「いつまで保つかな?」なんて、にわか禁煙期間の突入を、心底嫌々受け入れた。

さて、店内に戻り、買い物を続行すれば、たちまち、嵐と時雨が持っていた籠は一杯になった。
気遣わしげに、「手伝いましょうか?」といずみが言ってくれることが嬉しくて、笑顔を見せて、「おお、ありがとう」と礼を述べる。
だが、10歳の女の子に重たい荷物を持たせるつもりもなく、「でも、大丈夫だから」と嵐は答えた。
時雨も両手一杯に荷物を抱えて平気な顔で先を行く。
彼がご機嫌なのは、店先でじいいいっと眺めていた五平餅をきちんと人数分購入したからで、「餅…餅…お味噌の…餅♪」と唄いながら「早く…バスで…ご飯にしよう♪」と、身軽にクルンとこちらを振り返り、それからパタパタと走り出した。
身長がえらく高い、大変見た目に恵まれた体型をしているのに、仕草がいちいち可愛くて、「ああいう犬…見たことあります」といずみが呟けば、「うん、あたしも近所の犬に似てるな〜って思ってた」と千剣破も和んだ声で言う。
「あー、確かに昔アパートの大家さんが飼ってたペスに似てるわ。 すっげぇ、人懐っこいの」と嵐も同調し、ほわほわと背後から見守られている事に気付かぬまま、時雨は何もない場所で、何故か「あ」と声を上げて、ステンと転ぶ。
漫画になるような転び方を見せた後、「あう…、あう…あ、めろんぱん…あ、あんぱん…あ、お水も…」と散乱した荷物を焦って拾い集める時雨に慌てて走り寄り「大丈夫ですか?」と問うた後、いずみが「めっ」と睨みつけ「前を見て歩いてください」と厳しい声で注意した。
まさに「犬の躾」ボイスで言ういずみの台詞にしゅんと項垂れて「はい…気をつけます…」と良い子なお返事をする時雨。

年齢差15歳。
慎重差に至っては、頭何個分?という位、多大な差があるいずみが、時雨を叱る様はどうにも、嵐の笑いのツボを刺激する。
千剣破もそれは同様らしく「ぶはっ」「くすっ」と噴き出しつつ、そんなやり取りを微笑ましげに見守って、荷物をきちんと袋に収めなおすと、「さ、みんなが待ってるから、行こ?」と千剣破がバスを指差した。



バス車内。

「じゃ、じゃーん!」
エリィがそう言いながら、大きな紙袋から幾つかのタッパーを取り出した。
「時間ないからさぁ、冷蔵庫の中のもの詰めて、あと、短時間で作れるものだけ作ってきたんだけど…」と言いつつ、バスの中央座席にエマが持ってきたという、小さな折り畳み机の上に広げる。
途中までとはいえ、女性一人の身でよく持って来れたものだと感心し、意外なエマの腕力に嵐は瞠目した。
チェックの可愛いランチョンマットを敷いた上に並べられた料理の数々は、とても短時間で揃えたとは思えない彩の良さと、明らかに凝った料理の数々で、「えへへ、そこのポテトサラダとかは、結構自信作」と言いつつ、薦められるままに箸を伸ばせば、ほくほくとして、しっとりとした舌触りに、思わず目を細めてしまう。
「山菜おこわのおにぎりもあるからねー」と、エリィが言って差し出すのを受け取って、「へぇ、旨いもんだな」と黒須が褒めれば、「えへへへ」と嬉しそうに笑って、それから、「こうやって大人数で食べるのって楽しいね」と、気持ちの篭った声で言った。
チーコが、片方の手におにぎり、片方の手にから揚げをさしたフォークを握り締めながら、「はぐはぐ」と懸命に口を動かす姿を見て、「はい、喉に詰まらせないようにね?」とエマが注意している。
魔法瓶に入れてきたという、お味噌汁を啜りつつ、ああ、確かに、ご飯は誰かと食べる方が美味しいと強く感じた。
一人で食べるご飯よりも、たくさんの人と一緒に食べたほうが美味しい。
空豆と明日葉の掻き揚げを食みつつ、「時間がたってもサクサクしてるのね。 また、コツ教えてよ」とエマがエリィに強請り、時雨がチーコに負けない位口いっぱいに食べ物を詰め込み、片手に握り締めた五平餅にもパクついている。
と感想を言い合い、それぞれ「このロールキャベツとか、もう、お店出せるよ」とか「この白和えもサイコー」と感想を述べ合っていた。
翼は、流石と言うべきかエリィを「あなたみたいな方の恋人になる男性は世界一の幸せ者だ」と絶品の微笑みで褒めており、そうなると当然のように兎月原が澄ました顔で、「ああ、願わくば、俺もその、世界一幸せになれる男候補に名乗り挙げたいものだ」なんて甘い声で告げている。
何故女性に生まれてしまったのだろう?と思う程の、ハンサムっぷりを発揮する翼と、甘いマスクに似合った甘い声で賞賛する兎月原の前に、頬を染め、へにょへにょと身をくねらせながら、「ううう、やばい、照れすぎちゃう!」とエリィは喚いていた。
嵐も、バイクでの走行と言うのは体力を使うせいもあり、エリィの料理が余りに美味しいのもあって、竜子と共に旺盛な食欲を見せ、ブロッコリーの塩茹でに、レモンの手作りドレッシングをかけたものを皿に山盛りに取りながら、「うめぇ…! 野菜って正直そんな好きじゃなかったんだけど、こうやって喰うとうめぇんだな」と感嘆の声を上げた。

竹の子のオーブン焼きや、菜の花とあさりを卵でとじたもの等春野菜をふんだんに使った料理の数々に舌鼓を打ち、サービスエリア名物のチープながらも、暖かで癖になるようなテイクアウトの品々も綺麗に平らげ、これまた最後に暖かな緑茶を啜って、大層賑やかな夕食を終える。

「んじゃ、嵐君、交代」

そう言いながら立ち上がったのはエマで「バイク疲れたでしょ? 鍵、貸して」と言いながら有無を言わさず差し出す手に、嵐は目を見開いたまま鍵を渡し、それから「はえ?!」と声を上げた。
「私、大型二輪の免許持ってるから、交代要員に数えてくれて良いわよ? お昼からずっと走り詰めでしょう。 休憩なさいな。 あ、運転技術は、結構折り紙付きだから大丈夫」と言うエマの様子に、見た事もない運転技術に既に絶大の信頼を抱かせられながら、嵐は「いや、そこら辺は疑っちゃいないが…外結構風冷たくなってくる時間帯だし、女が体冷やしたらまずいだろ」と眉を寄せて答える。
エマは首を傾げ、ひらりと軽やかな大人の笑みを見せると、「あら。 優しいのね。 ありがと。 でも、ちゃんと、防寒用にダウンジャケットと革パン持ってきてるし、季節的にもそんなに冷え込まないから、心配しないで」と言い、肩にボストンバッグを提げて颯爽とバスを降りていった。
正直、彼女が男だったらば、「男に惚れる」という奴で、「兄貴!」と背中を追っかけたくなるような、そんな格好の良い背中をしている。
「あの人…なんでも出来るんだな」と呻く嵐に、「意外な特技発見よね」とエリィも頷いて、「要するに、暇人って事だろ?」と黒須が口を歪めて憎憎しげに言い放った。
竜子がその後頭部を思いっきり叩く。
「姐御の悪口言うな! 命が惜しくないのか!」
竜子の物の言いに、「いや、その筋の人じゃあるまいに…」と思えども、うっかり時雨が「やっぱり…、どこかの…組の人だったんだ」と大きく頷いていたりして、確かに肝の据わり方は尋常じゃないけど…と嵐は頭痛すら感じ始める。
百合子と、兎月原も「只者ではないと思っていたが…」「やっぱり、その筋の関係者だったのね。 なんで、じゃあ、興信所の事務員を?」と話し合い始めており、心の中で「エマさん、申し訳ねぇ」と呟いて、嵐は面倒臭さに負けて、この誤解を解く努力を放棄した。



二日目。

昨日は、結局、深夜から早朝にかけては竜子が走ってくれて、夜のバイク走行を女性二人に任せてしまうという事態に陥ってしまった。
夕食後、知らぬうちに眠りこけていた嵐を起こさぬよう、朝まで寝かせておいてくれたらしい。
目を覚まし、タオルケット代わりにバスタオルが掛けられている自分と、朝日差し込む明るい車内を確認して「やっちまった…」と頭を抱える。

落ち込みながらも身を起こすと、キラキラと目を輝かせながら、万華鏡を覗いているいずみと、チーコの姿が目に映った。



「わぁ…」

そう、微かな、それでも、驚嘆しような声をあげるいずみの姿に、今万華鏡を覗いている彼女の目に、どのような世界が映っているのだろうと興味深く思う。

「綺麗だろう」

低い声。
顔を向ければ、腕を組んだまま、眼を閉じていた冥月が、二人に顔を向けずに腕を組み「人から貰ったものなのだがな、暇を潰すのに丁度良い」と告げていた。
冥月があげたのか…と少し意外に思う。
彼女は、皆からも、チーコからも距離を置いているように見えたから。
だが、万華鏡を無邪気に覗いているチーコを見る表情は存外に穏やかで、「今兵庫を通過中だ。 神戸市にある水族館へと向かっている。 あと少しで、次の休憩所に着く。 そこで、洗面と朝食を済ませよう」と告げた言葉の柔らかさに、彼女を優しいと言った黒須の言葉は、とても正しいと嵐は確信した。




「うわぁ!」
エリィが歓声をあげて、水槽に張り付いた。
その隣に翼も立ち、「なんて美しいんだろう」とうっとりとした声で言う。

青い水槽の中を、鮮やかな色した熱帯魚が優雅に泳いでいる。
美しい珊瑚が彩る水槽内は、嵐の目を楽しませ、いずみと手を繋いでいるチーコもいちいち歓声を上げていた。

神戸市にある水族館。
チーコは、熱帯魚を熱心に見つめていた。
きっと、自身が住んでいた島の近くの海で、たくさん見かけた事だろう。
一つだけの大きな目が、吸い込まれるように熱帯魚を追っている。

水族館には、チーコ、竜子、百合子、エリィ、翼、そしていずみというメンツで来ていた。
残ったメンバーは、それぞれ、買い出しなり、所用があるらしく、「楽しんでらっしゃい」と送り出され、少々申し訳ないような気がしつつも、有り難く言葉に甘えた。


今チーコが着ている、目深に被ったピンクのパーカーは、いずみの私服だった。
いずみに丁度いい大きさのパーカーは、チーコには少し大きく、姿形を誤魔化してくれている。
連休中とあって、そこそこ混み合ってはいたが、嵐が考えていた通り、暗い館内では、髪や目を隠せばチーコは人間の子供と変わりなかった。

「あぅぃう! うはぅ!」
「おお、あれはカツオだな。 たたきにすると旨い」
「うぉひぅぅぁぅふぅ!」
「あれはマグロ。 絶品」
「はぅ? うひぁぅぅ!」
「ああ、あいつはマンボウだな。 結構珍味」
チーコが指差す先の魚に、嵐なりに彼女を楽しませるためのコメントを付けていく。
チーコは分っているのかいないのか、嵐の袖を引いて「うぁぅ!」とまた別の魚を指差すので、口を開きかけた所で百合子が「浪漫がない!」と文句をつけてきた。
「ここは生け簀じゃないんですから、もっと、なんか、情緒のある説明をしてよ」
そう口を尖らせる百合子に「浪漫って…」と嵐が口篭もれば、「女の子は、デリカシーのない台詞は嫌がりますよ? ね?」と、いずみはチーコに同意を求める。
くりんと首を傾げて、眼をパチパチさせるチーコの仕草が可愛くて微笑めば、「うおー! あのサンマの群れ美味そうー!」という竜子の声が聞こえてきた。
「あれは女の子じゃないのか?」
半眼になって嵐が問えば、いずみが冷静な声で「あの人は、女の子じゃなくて、竜子さんです」と答えてくる。
百合子もいずみの言葉に頷いて、「そうね、竜子さんよね」と答え、嵐は、何が何だか分からないながらも、妙に説得力のある言葉に「そうか、女の子じゃなくて、竜子なのか」と納得してしまっていた。
「でも、大体、こんな水族館で、そうそう、ロマンのある台詞もへったくれもないだろう」
嵐がそう反論すれば、先をエリィと歩く翼が「本当に生きている宝石のようだ。 そういう意味では、エリィさんや、竜子さんと一緒ですね」とサラリとスーパー口説き文句を口にしており、思わず眩暈を覚える。
見れば、百合子といずみで揃って小さく拍手をしていて、本当にあんな言葉言われたいのか?と首を傾げたくなってしまった。

「ああいう感じで」
「ええ、ああいう感じで」

そう百合子といずみ交互に言い合い、妙に怖い目で嵐を見上げ「是非、素敵なコメントをチーコに一つ」といずみが促してくる。
日頃口数の多くない嵐は、それでも、これは逃げられなさそうだと勘付き、これ以上ないという程困りつつ、「あ…う…、えーと…」と口篭もった挙句、「これぞ、海の宝石箱やぁ…」と、嵐的にも一生物の後悔になりそうな事を口走ってしまった。
思わず気が弱いものならば、即座に自殺を決意しそうな程の氷の眼差しで百合子と並んで嵐を眺めてくる。


「パクりじゃん」
「しかもグルメレポーターのパクリじゃん」
「咄嗟に、それが思い浮かぶ辺りが貧困」
「しかも、実際に言っちゃう辺りが最悪」
「ていうか、ありえない」
「うん、ありえない」

いずみと、百合子がタッグを組んで嵐を攻め立てる。
嵐も咄嗟に口走った台詞が、まさか某グルメリポーターのパクリになるとは、自分で自分が信じられず、項垂れ、水槽に額を押し当てたまま、「すいません、ほんますいません」と反省モードに突入した。
若干、トラウマにまでなりそうな、末代までたたられそうな咄嗟の台詞に、水槽を眺めつつ心の中で「俺、溺れ死にたい…」とぼんやり考えてしまう。
「自分でもどうかしていました。 ちょっと、焦りすぎました」と、しおらしい反省の言葉を口にした後、「 け ど なぁ、あれは無理!!」と、逆切れしつつも嵐が、指を指す先では、翼が「ああ、エリィさん、僕から離れない方がいい。 そうじゃないと、人魚姫に間違われて、浚われちゃうからね」と真顔で言っていた。
名付けて、「ハンサム風林火山」ともいうべき、物の言いと、それがしっくり似合う余りの美少年ぶりに(しつこいようですが翼は女性です)思わず三人揃って立ち眩む。
「た、確かにハードル高いわ」
「この世で他にあの台詞が許されるのは、翼さんの他には兎月原さん位ですね」
「だろ? 俺には、一生、無理! ていうか無理でいい! 無理な俺で生きていきたい!」
そう力強く決意表明する嵐に、チーコが事態を分かっているのかいないのか、ポンポンと嵐の背中を軽く叩いて慰めてくれる。
嵐はチーコの行為に、感動しつつ「お前だけだよ、優しいのは」等と言って、その小さな頭をぐしぐしと撫でた。



「はーい、では最後にもう一度、ルーク君に盛大な拍手をお願いしまぁす」

明るいお姉さんの声に、嵐は拍手を送り、チーコが歓声を上げながら大きく手を振った。
「面白かったねぇ!」
エリィの言葉に素直に頷く。
人目につかぬよう最後部座席で見たイルカショーは、それでも大迫力の出来映えだった。
計算してみせたり、可愛いポーズを見せたり、アクロバティックなジャンプをしてみせる姿に、チーコと一緒に、いちいち感心し、拍手を送る。

嵐の膝の上に乗ったチーコが「いふぅぁ、あぅひぉぅ!」と言いながら嵐の首根っこにしがみ付いた。
まるで、礼を言われているようだと思った嵐は、こちらこそ…という気持ちを込めて、「おう。 俺も楽しかった、ありがとう」と、言いながらチーコの背中を軽く叩いて、「さ、行くか」と立ち上がる。
「次は何処だっけ?」
「海! チーコちゃん、海だよ! 海!」
エリィの言葉に「ひぃあ!」と喜びの声を出し、チーコが、するんと嵐から滑りおりると、スキップする。
すると、チーコは足をもつれさせ、コロリと転んだ。
「大丈夫? 駄目よ、はしゃぎすぎ」
そう言いながらいずみが手を握って引っ張りあげる。
いずみの、チーコを覗いた顔が、一瞬、凍りついたように強張った。

「…チーコ?」

いずみが、震える声で問い掛ければ、慌てて顔を上げたチーコがにこっと微笑んで、チーコは慎重な足取りで歩き始めた。
その一連を眺め、嵐は一度大きく息を吸い、表情を変えないように気をつけつつも、いつでも彼女が倒れてもいいように、注意深くその様子を眺める。


さっきの、足の縺れ方はおかしかった。

まるで、急に足の力が抜けたように。
まるで、足の筋肉が、もう力尽きようとしているかのように。
まるで、もう、チーコには歩く力がないのだというように。

さっきの、足の縺れ方はおかしかった。


いずみが、優しく笑う。
「海、楽しみね」

嵐は、チーコのもう片方の手を握った。
「そうだな。 凄く綺麗な海だそうだからな」
エリィが、「人がいない海を探したんだよ?」と笑い、翼が「黒須さん達が、バーベキューの用意をしてくれているらしい。 僕も腕を振るうから、期待しててよ」と言う。

気付かない振りをしていた。
誰の為にか、もう分からない。
強いて言うならば、自分の為に、気付かない振りをしていた。

「あ、なぁなぁなぁ! あそこプリクラあんぞ!」

正真正銘の能天気な声に、嵐は思わすつんのめる。
「ふわあ! ほんとだぁ! ね、ね! みんなで撮ろう?」
テテテテと音がしそうな走り方を見せ、百合子がみんなを手を振って呼んできた。
ピョンコ、ピョンコと癖なのか、その場で跳ねる百合子に、子供みてぇと和みつつ、滅多には言った事のない、プリクラのカーテン前で躊躇する。
隙間から覗き見れば、フレームを選んでいる真っ最中で、画面に並んでいるのは、水族館ならではといったものばかりだった。
海洋生物や、ラッコ、シャチ、ペンギンといったフレームが羅列され、嵐は、眼がチカチカするような心地になる。
ボタン前を陣取る竜子は余り慣れていないようで、「えーと…あれ? どこ押すんだ??」と困った様子で首を傾げていた。
「あ、代わって、代わって〜♪」
そう嬉しそうに竜子と交代したエリィは、「何にしようかな〜♪」と嬉しげにフレームを選びだした。
「あ、あのラッコ可愛い!」とエリィが言えば、百合子が「あざらしも、可愛いよ!」と訴えている。
「チーコはどれが良い?」と翼が問えば、じぃっと眺め、それから、先程凝視していた熱帯魚のフレームを指差した。
綺麗な色合いのフレームを「おっけー、じゃ、これにしよ」と言いながらエリィが選択する。
戸惑ったように遠巻きに眺めていた嵐を、竜子がぐいっとカーテン内に引っ張り込んで、「あい、みんな笑えよー!」という声の無邪気さに、嵐常にない酷く無防備な笑みを浮かべてしまった。
チーコがにいいっと人の形とは違う、鋭い形の歯をむき出しにして笑う。
カシャとカーテン内をフラッシュの光が満たす。

出来上がった写真は、みんな子供みたいに笑ってて、何だか切ないようにも見えて、それぞれの分を鋏で切り分けた後、百合子が作ってくれたという、旅のしおりに大事に、大事に貼り付けた。



「うひぁうぅ、はああぅふぃぃぅ!」
サクサクサクと軽い音を立てる白い砂。


水族館で一瞬見せた、おぼつかない足取りの幻影を振り払うようなはしゃぐ姿に嵐は安堵した。
「よーーし! チーコちゃん! チーコちゃん、いっくよー! 嵐君ちゃんと、抱っこしててよー!」
そう言いながら千剣破が両手を海に翳す。

「うんんんっ、うし! ここの子達は、とっても良い子!」

嬉しげに褒めるように言った瞬間、チーコを抱き上げた嵐が吸い込まれるように海の上を滑り出す。

「うっととと!」

一瞬バランスを崩しかけるも、波がまるで彼の体を支えるように大きく立ち上ってそっと寄り添うと、まるで、スケートリンクの上の如く波間を嵐は滑り始めた。

(すっげぇなぁ…)と、ぱっと見、確かに凄く綺麗だけど、それでも普通の女子高生にしか見えない千剣破の力に舌を巻く。
自由に水が扱える力。
その力を使って、初夏のこの時分。
水着で遊ぶのも、まだ寒いしという事で着衣のまま遊べるよう、千剣破が水の上を滑れるようにしてくれていた。
持ち前の身体能力の高さで、その遊びに慣れた嵐は「へぇ」と笑い、それから確り、チーコを抱き直すと、「すげぇな、あんた!」と、千剣破ほ褒める。
「あんたじゃなくて千剣破!」
そう不満げに言い返され、千剣破がいずみを手招きした。
「一緒に滑ろう!」
千剣破の言葉に頷いて、いずみが彼女の傍に走り寄った。
手を繋ぎあい、波が手招きする海に足を乗せる。
すると、まるで導かれるようにするするするっと体が滑り始める。
いずみもそのうち、千剣破に手を引かれずとも滑れるようになって、嵐にチーコが降ろして?と強請ってきた。
大丈夫かな?と少し不安に思いつつ、海の上へとゆっくり立たせれば、すぐさま楽しげに滑りだす。
水の飛沫が上がる。
千剣破が指先が振るえば、思い通りに水が踊る。
「えい」と千剣破が嵐とチーコに向かって指を振るい、キラキラとした水の雫が二人に纏わりついてきた。
「きゃふぅっぃう!」とチーコが歓声をあげる。
水の雫の冷たい感触に、嵐は「冷てぇよ」と笑いながら言い、「んー…」と一瞬悩む素振りを見せて、それから、立ち上がる水の飛沫に手を突っ込み、千剣破に向かって振るった。
すると、盛大に海水が千剣破に降りかかり、甘えるように周囲で舞う。
水に愛されているのだという事が如実に分る光景。
黒髪に輝きの雫が纏いつき、千剣破は美しく両手を広げてくるりとまわる。

美しいその姿に、思わず嵐はポカンと口を空けた。

「やったわね!」

明らかに楽しげにそう言い、腰に手を当てて睨んでくる千剣破に笑い返すと、今度は嵐はいずみに水を振るう。
透明な雫はいずみの周囲でも踊って、その冷たい感触に身を竦めると、チーコも真似していずみに水をかけ「ちょっ! もっ! 折角濡れないようにって、浮かんで遊んでるのにっ!」」と叫ぶと、いずみも水の飛沫を両手に掬って飛ばす。
そのまま、きゃいの、きゃいのと遊んでいれば、「ごはんだよー!」という声が聞こえてきた。
「バーベキュー!! いい具合だよ!」
翼が金色の髪を風に遊ばせながら呼んでくる。


お昼も少し回った時間帯。
お腹をぺこぺこに空かせた面々は、めいめい返事とも歓声ともつかぬ声を上げて、既に美味しそうな匂いが漂っている浜辺へと走っていった。


エリィが見つけてくれた浜辺は、彼女が言っていた通り、観光客の姿も地元の人間の姿も見えず、チーコは姿を隠さずに、のびのびと振舞う事が出来ていた。
串に差した肉に齧りつきながら、熱かったのか、チーコが「ひふひふ!」と息を大きく吐き出している。
「はい、どうぞ」と冷たい水を兎月原が差し出し、丁寧な手つきでチーコの口元をナプキンで拭ってあげていた。
「おいし?」
首を傾げて問う姿や、チーコが別のものに手を伸ばそうとすると、さっと皿を差し出す紳士ぶりに感心するも、喫煙所での如何わしくも完璧に黒須に煙草の火を差し出した姿を思い出し、「ありゃ、プロだな」と嵐は確信した。



料理上手のメンツが揃っているからか、どれもこれも、本当に美味しい。
バーベキューの他にも、タラのホイル包み焼きに、海鮮塩焼きそば、ブイヤベースのスープまで、「エリィちゃんが作ってきてくれたお弁当に触発されちゃった」とエマが笑い「僕も張り切らせて貰いました」と翼が、優雅な手つきでスープをプラスチック皿に流し込む。
翼も、エマも、乏しい調理器具から、手早く見事なバーベキュー料理を作り上げており、エリィもお弁当作りで見せてくれた腕前を思う存分披露してくれていて、皆、お腹が一杯になると、本当に野外料理の食後なのかと疑いたくなるほどの、満足感に満たされた。

その後、日暮れ前にここを発つという事で、浜辺で眠るもの、波打ち際で遊ぶもの、ビーチパラソルの影で本を読むもの等、それぞれ別れる。

嵐も、片づけを手伝った後は、クーラーボックス(これもエマ持参だそうだ。 咄嗟に『怪力』と慄いた事は、勿論内緒)から、よく冷えコーラを取り出し浜辺を歩く事にした。

時雨と並んで歩いていると、先を歩く兎月原の姿が見えた。
波の音が耳に心地良い。
「…なぁ、時雨。 あのおっさ…あー、兎月原さんってさぁ…なんか…妖しい商売やってそうな気がしねぇ?」
嵐の問い掛けに、ほわほわと波打ち際をたゆたうワカメを眺めて「おいしそう…」等と呟いていた時雨が首を傾げ「え…えーと…えーと……」と眉を顰め、それから、「あやしい…って…こう…あの、前の客の残した食べ物を…次のお客さんにも…使いまわして出すような…お仕事の事?」と聞いてきて、嵐は思わず「それ、『あやしい』違い! っていうか、意外な時事ネタにちょっと驚いたんだけど、時事ネタってほんとにリアルタイムでしか理解して貰えないから、止めてほしい!」と、突っ込んでしまう。
「あう…じゃあ…妖しいって…何?」
首をきょとんと傾げる仕草が、平均よりは高い嵐の身長よりも更に高い時雨を妙に可愛く見せた。
「あー…なんつうの、夜の匂いっつうの? 水商売っぽい匂いがすんだよ」
そう嵐が言えば、「水……お水? だったら…、千剣破の方が…、上手だよ? 水と…仲良しだもん…」とにこっと笑って言う時雨に、ああ、会話が成り立たない…と、膝を着きたい気持ちになった。
「ま、折角だし、ちょっと話聞いてみようぜ?」と言いつつ、兎月原に追いつくと、嵐は頭の後ろで手を組んで、独り言のように言った。
「…なぁんか、バイトだっつうのに、そんな気しねぇのな。 今回は」
結局にわか禁煙は大失敗で、「黒須のおっさんには内緒な?」と言いつつ煙草を咥え、風に髪を遊ばせつつ目を細めて呟く。
「…ボクも…なんか…凄く楽しい」
そうふにゃふにゃと、柔らかい笑みを浮かべ「おいしいもの…一杯食べれるし…♪」と唄うように時雨は言った。
「チーコも…楽しそう…。 それが…一番嬉しいな」
おっとりとした口調に、兎月原も頷いて、「ま、王子様候補としては、それが一番大事だよな」と嘯いた。
「王子様…?」
「候補?」
嵐と時雨がそう首を傾げれば、むしろ、その疑問符が疑問!と言わんばかりの顔をして、「当たり前だろうが」と言いつつ、兎月原が二人の顔を交互に眺めてくる。
兎月原の視線に怯んで見合わせる二人に、「はい、今回のお仕事の主旨は?」と兎月原は問い掛けてきた。
いきなりの先生口調に驚きつつ、時雨と二人、それぞれ、答えらしきものを口にする。
「えーと、チーコを守る事」
「それから…チーコに…楽しい時間を…過ごしてもらうこと」
「はい正解。 女の子を楽しませて、その上守るなんていうのは、王子様の仕事だろ?」
兎月原の断言に、思わず、「ああ…ええっと…」と悩みつつも、そのまま、押し切られるように二人は曖昧に頷いてみせる。
兎月原は、「という事で、目標としては、翼さん辺りを目指して、ちょっと頑張ってみようか」と言われ、水族館での華麗な言説を思い出し、嵐は心底、真似できない!と尻尾を巻いた。
時雨と揃って首を打ち振り「「あの人は、無理!!」と声を揃えて訴える。
「す…水族館でとか、凄かったんだぜ? ナチュラル・ボーン気障! 殺し文句のオンパレード。 死ぬ! 俺が言ったら、自分自身が殺される!」
「あ…あんなの…は、恥かしすぎる…! 世界中で…多分翼さんか…それこそ、兎月原さんしか許されない…! 犯罪! 逮捕!! そして…即 処 刑!」
必死に言い募る二人の姿に、兎月原は驚きの表情を見せる。
まぁ、兎月原も大概気障な男なので、この「無理!」な気持ち加減等分からないに違いない。
「大体…ボク…なんか…チーコに嫌われてるし…。 もう…王子様失格…」
そうしょぼんと、しょぼくれる時雨に、嵐がこそこそと兎月原の耳元に唇を寄せて「ていうか…むしろ、好かれてるよな? すんごく」と囁く。

髪飾りを貰った時の態度で分かった。
ありゃ、一目ぼれだ…と嵐は確信する。

兎月原が、にっこり笑って頷くので、ああ、やっぱりな…と思いつつも、知らぬは当人ばかりなりの言葉の如く「ボク…いつもは…子供には…凄く好かれるのに…」と時雨は益々項垂れる。
「あー…多分そんな事ないと思うぞ?」
嵐がそう言いながら、ポンと時雨の背中を叩き、「そうそう、もっと、こう、時雨君から積極的に接触を持つというのもアリだと思うな」と兎月原も訴えて、真実を伝えられないもどかしさに、顔を顰めた。

「あ…あそこ…」

時雨が、ふいに浜辺を指差す。

しなやかな時雨の指先には、竜子が座る姿があった。
海を見つめ微笑む彼女の横顔が、今まで見たどの顔とも違う、優しく、美しいものである事に嵐は目を見開く。
最初見た時驚かされた濃い目の化粧も、旅の途中であるせいか然程激しいものでなく、彼女の地顔が大変整っているものである事に、嵐は気付いた。

まるで、聖母めいた。

酷く近寄り難い程の微笑みを浮かべる彼女の膝に頭を乗せて、黒須が眠っていた。
昨日は夜通しバスを運転し続けた彼は、流石に疲れているのか、膝を曲げ、まるで胎児のように体を丸めて、呼吸すらしていないかのように静かに、静かに眠っていた。

瞼を閉じた、無防備な寝顔は起きている時の険しさを微塵も感じさせず、何だか不安になるほどに幼い。



風が。


黒須の長い髪を揺らし、竜子の一つに結んだポニーテイルを舞い上げた。

あの二人は、恋人同士なのだろうか?
お似合いとは言い難いけど、何だか不思議な二人組だよな…。
そう思えども、どうしてだろう。


あんなにくっついているのに。

何一つ触れ合ってない二人に見えた。


嵐は、何故だか、胸が痛くなって目を逸らした。


竜子達が座っている更に奥。
堤防付近では、チーコ達女性陣が座って、何かに取り組んでいた。
美しい少女達が、微笑み合いながら輪になって座っている姿は、それだけで心がときめく程に愛らしい。
チーコが輪の中心で必死に指先を動かしていた。
何かを作っているのだろうか?

「あ…こっち見た…」
時雨がそう呟いて、それから大きく手を振った。
子供のような笑みを浮かべていて、その無邪気さに、少し驚く。
これで、いざ戦闘となったら、誰よりも頼りになる実力を有しているのだから、本当に人は見かけに寄らない。
確かに、高い背丈だし、黙っていれば随分と端正な顔立ちをしていて、赤い派手な色した髪も威圧感があるといえばあるが…。

チーコが、その笑顔を見返して、何だか困ったようにキョロキョロした後、翼の腕に顔をくっ付ける。

明らかに照れているのが丸分かりなのに、途端に時雨は悲しそうな顔をして「あう…うう…」と犬のような声を出す。

口を開けば、こんな様子じゃ威厳も何もあったもんじゃない。
彼が、凄腕の持ち主だなんて、きっと誰も気付けないだろう。

慌てた様子で、千剣破やエリィ、いずみ達が大きく手を振り返してきた。
みんな同じような微笑を浮かべて時雨を眺め、それからチーコに視線を戻している。

ああ、やっぱ、ほら、気付いてないの本人だけじゃないか。

時雨を横目で眺めれば、若干涙目になりつつ、「う、うう…ボク…何かいけない事したかな…?」なんて、ブチブチと呟いていて、どんだけ鈍感なんだと、呆れ果ててしまった。

夕焼け空になり始めた頃、皆はそれぞれ帰り支度を初め、嵐も発つ準備を整える。

「さて、そろそろ…」と、エマがそこまで言いかけた所で顔を上げた。
「…望まざるお客さんが来ちゃったみたいね」と、軽い口調でエマが言うと、まるで、それまで消していた気配を全て解放するかのように冥月が立ち上がる。
ゆらりと彼女の周りが揺らいで見えるほどの、酷く剣呑な気配に嵐はゾクゾクと背筋を痺れさせた。


堤防沿いに、黒塗りの車が数台バタバタと停まる。
降りてきた黒スーツ姿の男達に「お約束どおりね」といずみが冷めた声で呟いて、取り乱す事も一切なく、子供らしくもない感想に、何だかおかしくなった。

キビキビとした声で冥月が言った。

「非戦闘員は、一旦バスへ避難だな。 いずみ、百合子、エマ、竜子バスへ。 嵐っ!」
まるで教師めいた口調で冥月で呼ばれ、肩を竦め「んだよ。 俺は、非戦闘員扱いで良いんだぜ?」と言う嵐に、にっと物騒な笑みを見せると、トンとその胸を掌で突き「ああ、非戦闘員扱いさ。 今回はな」と意味ありげに告げてきた。

「あいつらの狙いはチーコだ。 嵐、バイクで、チーコを連れて逃げろ。 向こうは、ざっと見ても30人強。 興信所での脅しが効いたか、私や時雨の名前が効いたのか、中々、手厚いおもてなし部隊を送り込んできてくれたようだ。 まぁ、それでも、私にしてみれば、馬鹿にしているとしか思えない、お粗末なもんだが…こちらとしても、彼女を守り、非戦闘員の安全を確保しつつ、あの人数を相手にするのは、そこそこ骨だ。 銃の使用も予想されるし、守りに徹するだけでなく、今回は、あいつら全員叩きのめし、どういう人間を相手にしているのか向こう側に知らしめたい。 何より、どうして此処が分ったのか、誰か一人捕縛して吐かせてもやりたいしな。 それだけの事をチーコに目を配りながらやってのけるより…」
「向こうの目当てである、チーコを安全な場所へと移動させる…って事か…」
翼が賢しげに呟けば、冥月が満足げに頷く。
「ああ。 出来るな?」

その言葉に首を横に振れるのなら、どれだけ楽だろう。

だが、腕の見せ所とも言うべき、冥月の提案は確かに、嵐の心を浮き立たせた。

一応のポーズとして「俺は、ただの、一般市民なのに」と一度肩を落とすと、奮い立つ気持ちを隠し、諦めたように「まぁ、チーコの為ならしょうがないな」と嵐は決心を付け、「活路は開いてくれよ?」と、皆に視線を走らせた。
「とうぜん…まかしといて…」と時雨が自信に満ちた声で言う。
「ぜったい…チーコに傷…付けさせないから…ね?」と首を傾げた時雨から、チーコは耳を真っ赤にさせつつ、ぷいと顔を背ける。
途端シュンとした顔になる時雨に(も ど か し い !!)と嵐は苛々を感じつつ、嵐は軽くバイクのメンテナンスを行う。



準備を整え、シートに跨る嵐の体にチーコの体を、タオルを裂いた紐で括りつけた。

これはいずみの提案だった。
水族館で見た、チーコの足のもつれ。
あのもつれは、考えたくはないが、チーコの全身の筋肉が衰え始めている可能性が高いらしい。
しっかりしがみ付こうとしても、腕の力が入らず、走行中に転落する事も考えられる。
そのような事態を防ぐ為にも、いずみはチーコの身体を嵐の身体に固定して出発させるべきだと提案したのだ。

同じ場面を見ていながら、そこまで気の回らなかった自分を恥じる。
されど、ぎゅっと背中に強く感じる、チーコの暖かな気配は、彼女を何があっても守りぬかねばならないと言う自覚を嵐に促した。
「俺が、絶対に守るから」
そうチーコに告げる嵐。
チーコがただならぬ気配に、少し怯えているのを察したのか、兎月原が「苦しくないか?」と、まずチーコの顔を覗き込んでそう問い、彼女が頷くのを確認すると、余裕のある甘い笑みを浮かべる。
「いいかい? チーコ。 俺の大事なお姫様。 君が乗っているのは魔法のバイクだ。 嵐は、君を守るナイトで、魔法のバイクを操る事に掛けては、他に並ぶ者のいない名手だ。 誰も追いつけない。 この世の誰も。 彼の背中にしがみついている間は、君にも魔法が掛かるんだ。 悪い奴なんか、指先だって掠められやしないさ。 だから、お姫様。 君はただ、安心して、このアトラクションを楽しんでいればいい。 どこのテーマパークにもないよ。 君だけの為の特別なイベントだ。 楽しんでおいで。 君を他の男に任せるのは、正直悔しいけどね…」
そうまるで、まさに魔法を掛けるが如く呪文めいた声でチーコの耳に直接蜜のような声音を流し込み、チーコはコクン、コクンと言われるがままに、恍惚の表情で頷きを繰り返す。
催眠術に掛かっているかのようにも見えるチーコにそこまで言った後、兎月原はふいにそっと唇を寄せて、チーコの頬に口付けた。
「これが、俺からの魔法。 これで、君は無敵だ」

パチクリと目を開き、頬をぽーっと染めて頷くチーコに頷き返して兎月原は立ち上がると、「頼んだぞ」と嵐に告げてその背中をポンと叩き、悪党達と対峙する為に砂浜へと向かう。


兎月原の呪文が効いたのか、にこにこと出発をせっつくように嵐の背中に、コンコンと額をぶつけるチーコを感心したように眺め「流石すぎるわ」とエマが呟く声に、大きく頷いた。
百合子といずみが顔を見合わせて、嵐の顔を覗き込む。

「えーと、では、ああいう感じで」
「ええ、ああいう感じで、ロマンチックな台詞をチーコに一つ」

そう水族館の時の如く促され、即座に心から「無理だ」と真顔で返すと、まるで逃げるかのような心境で、嵐は冥月に向かって頷いて見せた。
冥月は不敵に微笑み返すと、翼に向かって何事か告げ、ついと堤防前に雁首そろえる男達に向かって指を指す。
翼が、腕を軽やかに踊るかのように振るった。
その瞬間、強い風が巻き起こり、男達が面白いほどに、呆気なく将棋倒しのように倒れた。
それを合図にして「振り落とされんなよ?」とチーコに一声掛けて、嵐がアクセルを全開にして走り出す。
ザクザクザクとタイヤが沈み、呑まれる砂を軽くいなし、難なく突っ切ると、堤防に備え付けられた階段、その脇の手すりとして設けられているのであろう幅の酷く狭いコンクリートの急な坂を一気に駆け上がった。

竜子と百合子が揃えて叫ぶ声が聞こえる。

「いっけぇぇぇぇ!!」


(りょーーーかいっ!)

ぐっと重心を低くして、衝撃に備えたバイクは、見事に、坂をジャンプ台代わりに男達の頭を飛び越え道路の向こう側に着地する。

「なんだぁぁ?!!」

「っ逃がすな!!」

「撃て!! 撃てっ!!

怒号のような声の間を縫い、嵐は一気呵成に突っ切っていく。


「ひぅあぁはああぁぁぁ!」と何とも明るいチーコの笑い声をあげた。

海沿いの道を、猛スピードで駆け抜ける「HONDA CB1300SF」は、流星の如くチーコを連れて風になった。






「うーし! 到着!」

そう言いながらバイクを停める。
見上げれば、鬱蒼とした木々に囲まれた朽ちかけた階段。
「チーコ? 大丈夫か?」と問えば、チーコは平気な顔で「ふあぅ!」と返事してくれた。
急な階段だったので、チーコを抱き上げて登る。

「あうふぅ、うぁはぁ! あっ、ふぁぅ!」

機嫌良さそうに何かを喋っているチーコに、丁寧に頷き返しながら、階段を登る。
ひんやりとした空気を掻き分け階段を登っていると、今から神域に足を踏み入れるのだという緊張感が全身を満たした。
神社は、酷く古い作りをしていて、門をくぐれば、感嘆するしかない情景が広がっていた。

「う…わ…」


藤の花弁がほろり、ほろほろと散っていた。
大気に充満する香りは、芳しく、雅やかでありながら、清涼。
初夏の匂いに、大きく息を吸い込む。

澄んでいる。

つつじの花が咲き乱れていた。
手入れそれ程されていない様が、しかし、だからこそに素朴で、自然の力強さも漂わせていて、美しい。

「エマさん、すげぇとこ知ってんだなぁ…」と呟く嵐。
待ち合わせ場所として指定されたこの神社は、エマが興信所ぐるみで付き合いのある場所らしい。
神主さんが凄い人らしく、百年以上生きる者など、興信所では珍しくないが、神社の建立からずっと、神社を守り続けている初代神主=現神主な人なのだそうだ。
もうじき、大祭があるとかで、此処にはいないらしいが、普段は、神社自体、森が隠していておいそれとは見つからないし、例え、霊感のある人が見つけてしまったとしても、結界のせいで足は踏み入れられない。 よって、寝込みを襲われる心配と、出掛けを急襲される心配もない、こよなく安全な場所であるそうで、先程の黒塗りの車に乗って現れたような連中にも、ここにいれば襲われる心配はないのだろう。

「つつじ? 藤? あー…エマさんの知り合いの嵐っていうんだ。 今晩、よろしく頼むな」
「ふあぅあぃ!」

チーコと、二人で声をあげる。

つつじと藤とは、この神社に棲む式神の名で、エマ曰く「ちゃんと礼儀正しくしてれば、色々面倒見てくれるわよ?」と言われていたので、挨拶なんぞ、きちんとしてみた。

ざわざわと優しく、つつじと藤が揺れる。

本堂に足を踏み入れれば、畳敷きの居間らしき部屋に、暖かなお茶と、茶菓子が用意されていた。
きっと、つつじと藤の仕業だろう。
「ありがとう。 いただきます」
両手を合わせてそういえば、チーコも真似して、両手を合わせ「あぅぃぅ」と挨拶する。

粒餡のたっぷりつまった大福を腹に収め、熱いお茶を啜って一息ついていると、外は雨が降り始めた。
「あぅ!」
チーコが、障子の隙間から心配そうに外を眺める。
「大丈夫だよ、みんなは。 羊のバスで、もうじきやってくるさ」と嵐は言い、それからチーコの体を抱き上げて、「ちょっと探検しようか?」と提案した。
コクンとチーコは頷いて、嵐の首に手を回す。

神社の中は、どれもこれも、とても古いものばかりで、それでいて、精緻な彫刻や、いかにも価値のありそうな掛け軸や、調度品等が所狭しと置いてあり、「すっげぇなぁ…」と嵐を唸らせた。
雨が降り始めたせいで、足元が暗くなるかと思われたが、蛍の光めいた淡い光たちが、足元や、廊下を照らしてくれている。

ふよふよと前方を火の入った灯篭が飛んできて、ぴったり嵐の横につくと、その視界を明るく照らしてくれた。


客間と見られる部屋は特に美しかった。
質素でありながら、天井に描かれたつつじが咲き乱れ、鳥や蝶が飛び交う絵図は息を呑むほど素晴らしく、藤の紫の花弁が部屋の中だと言うのに散っている。
床の間に飾られた掛け軸の絵からヒラヒラと具現化し、落ちる花に驚きつつも目を細め、「見事な品だ」と嵐は唸り、チーコは「はぅぅ!」と感激の声をあげた。


探検を続けているうちに、嵐は風呂場を発見した。

「おお、いいねぇ! みんな雨の中やってくるだろうし、いっちょ準備しといてやるか」と嵐が言うと、チーコも「はう!」と大きく頷く。

水場から、水を借り、脱衣所においてあった、ブラシやら、たわしやらで、浴室を洗う。
チーコも小さなスポンジを握って、お手伝いしてくれた。
綺麗に磨き終えた後、水を張り、額の汗を拭いつつも「これ、どうやって沸かせばいいんだ? 薪か?」と悩んでいると、外から騒がしい声が聞こえてきた。
どうやら、皆到着したらしい。

心配はしていなかったが…それでもやっぱり安堵した。

玄関先までチーコと一緒に迎えに出て、皆の姿を確認し、嵐は「お、来たな」と、声を掛ける。
続いてチーコが「ふあゎぅふぅ!」と声を嬉しげに上げた。
「あらぁ、そうなの、良かったわねぇ」とエマが表情を緩ませて両手を広げれば、テテテテと駆け寄ろうとして、チーコは階段の途中でくたりと倒れるように転げ落ちた。

「っ!!」

咄嗟に、飛び出そうとした嵐より早く、兎月原が掬い上げるような手つきでチーコを抱きとめ、抱き上げる。
「大丈夫かな? お姫様」
兎月原が蕩けるような声で問えば「ふぁふぅ!」と元気な返事をして、その首根っこに齧りついた。
抱き上げられたまま「ひぃふぅあぅ、ふあぅ!」とチーコはエマに何事か告げた。

「バイクでここまで走ってくるの、凄い楽しかったって。 雨に降られなかった?」と聞くエマに「ああ、ギリギリ振り出す前に間に合った。 とりあえず勝手に上がらしてもらったけど、良かったんだよな」と嵐が問い返す。
「大丈夫、ちゃんと全部分って貰ってるから」
嵐の疑問に頷くエマ。
「あ、一応、風呂の用意だけしといたから」と嵐が言えば、エリィと千剣破は同時に歓声をあげた。
「海にいたから体がベタベタしてんのよねー! お風呂、嬉しい♪」
エリィがはしゃげば、「雨にも打たれたし、体あっためたいよねー!」と千剣破も嬉しげに言って、同時に「「嵐君、ありがとう」」と声を揃える。
眩しいばかりの美少女二人のお礼の声に、嵐も流石に照れてしまって、そっぽをむいて「どーいたしまして!」とぶっきらぼうに答えた。

「さ、じゃあ、夕食の支度をするわね。 男性陣、先、お風呂入っちゃって」とエマは手を叩けば、「あ、いや、まだ沸かしてない…」と嵐が言いかけたところで、チッチッチとエマが指を振り、「藤ちゃん、つつじちゃん、お願いね。 あとで、一曲歌ってあげるから」と声を上げる。

すると、そよそよそよと庭に植えられたつつじと藤が優しい音を立てて一斉に揺れた。

「ここの神主さんの式神ちゃん。 私も姿は見た事ないんだけど、私の歌を気に入ってくれてて、ここに来た時は歌の代わりに、神社内の色んな御用事も請け負ってくれるの。 そこそこ力のある子達だから、お風呂も、もう沸いてる筈よ。 広くて、10人くらいだったら一気に入れるお風呂だから、えーと…むさい時間をどうぞ、ごゆるりと〜」と何だか明らかに風呂に行く気力を殺ぐような事を言いつつ手を振るエマに、「じゃ、お言葉に甘えて」と黒須が頷き、男性陣は揃って風呂場に向かいかける。
だが、腕の中にいるチーコの顔を覗きこみ、兎月原が「あ、チーコはレディだから、女性陣と一緒にね?」と言いつつ、チーコを廊下に下ろした。


にこっと兎月原に笑い返し、此方に走り寄ろうとしたチーコが再びこける。

「ふぁっ、うふぅうっ」

恥かしげに身を竦め、再び立ち上がろうとした時に、チーコの足がガクガクと痙攣した。

あれ?
チーコを眺めたまま、嵐は固まる。

どうしたんだ? チーコ。
問おうとして声が出ない。

だって、昼間はあんなに元気にはしゃいでいたじゃないか。
海で遊んでいたじゃないか。

好きな人に大きく手を振っていたじゃないか。



「っ」



ああ、もう、チーコは立てないのだ。

一瞬の混乱。
いずみが走り寄ってチーコの腕を引き、まるで、さっき兎月原がそうして見せたように、チーコを抱き上げようとして、当然、出来ずに一緒に転ぶ。
一瞬打ちひしがれたような顔をいずみは見せた。
自分の無力さを嘆く顔。

子供が見せるには余りにも哀しい顔。

助けたいのに。
チーコを、助けたいのに。

「あ、ごめ…け、怪我…ない?」
チーコの体を、世界中の全てから守ろうとしてるかのように覆いかぶさるように抱きしめ、震える声でいずみが問い掛けた。
チーコは強張った顔で頷いて、途方に暮れたような顔をして辺りを見回し、それからチーコが初めて、泣きそうな顔を見せる。

怖いだろう。
怖いだろう。

チーコは 明日 死ぬのだ。



ふと、圧倒的な悲しみの波に襲われて、嵐はよろめきかけた。

違う。
あの子は殺されるのだ。

人間に。

そうだ、殺すんじゃないか。
死ぬんじゃない。

殺すんじゃないか。

もう、歩けないチーコ。
こんなに弱って、傷ついて、明日殺されるんだ。
チーコは、明日殺されるんだ。

どう言っていいのか分からず、自然と浮かびそうになる憐憫の表情を必死に殺した。

それでも、あの子が最後まで笑っていられるように。

それが、俺の仕事だから。



チーコの髪をふわふわと撫でて、いずみが「転んじゃったね。 私も一緒。 今日は疲れたからしょうがないね」と穏やかな声で言った。

「一緒。 チーコと私は一緒」

チーコが、不安に揺れる一つだけの大きな目でいずみを見上げる。
その額に自分の額をくっつけて、「一緒よ。 チーコ」といずみが言えば、チーコは小さな両手でいずみの頬を挟みこんだ。

「いぅお?」
「うん。 そう、一緒」

すると、チーコはまた、可愛く笑う。
翼が、チーコの体を抱き上げた。
「そうか。 チーコ、疲れちゃったのか。 じゃあ、少し休もう。 今日は一杯遊んだからね」
翼がそう言いながら歩き出す。

守りたいのに。

絶対に守りたいのに。

もう、無理なのか。

神様は無力だ。
こんな小さな子を救えない。

俺も無力だ。

彼女を笑わせてあげる事しかできない。



入浴後、これまた、どうやって?という程に絶品の夕食を終え、そろそろ眠る為の用意でも始めようかと言う時間帯。
だが、誰もが時計を眺めて、動かなかった。
カタカタと、人形がお茶を運んでくる。

これも、どうも、「つつじ」と「藤」の仕業らしかった。

女性陣は、食後のデザートとばかりに、可愛らしいお菓子を摘んでいる。
皆、寝転がったり、座ったりと思い思いの格好をしつつも時計を見上げていた。

「おそくね?」

嵐の言葉に、百合子が頷いた。

「遅いわね」

時雨がチーコと二人で、皆の分のアイスを買いに出かけていた。
どうも、女性陣のセッティングらしいのだが、残り時間が少ない悲しい現実を思うと、せめて二人きりの時間を過ごさせてあげたいと思うのは嵐も同じで、笑顔で送り出してあげた。
時雨も勿論嫌がる素振りなく、恥かしがるチーコを抱き上げ、雨の中傘を差して出て行ったのだが、遅くとも30分程で往復できるはずの近所の小さな駄菓子屋に向かった筈なのに、一時間経過した今も帰ってこない。
状況が状況だけに、かなり心配ではあるが、身の危険と言う意味では、時雨の実力を重々承知している嵐としては、然程心配はしていなかった。
時雨はおいそれと敵に襲われて、チーコを危険な目にあわせるような腕前ではない。
エマと、黒須と共に、迎えに行っている冥月も、そこら辺は心配していないらしく、ただ、体調の変化によって、チーコが苦しみ、立ち往生しているのか、他に何か問題が合ったのかと考え出すと嵐は不安で不安で、仕方がなかった。

気を紛らわせる為に、煙草を吸いたいと心底願う。


ガリガリと爪を噛んでいる途中で、玄関先から待望のチーコの声が聞こえてきた。

「ひぅあぅっ!」

慌てて立ち上がれば、皆も一斉に飛び上がるように立っていて、慌てて玄関に向かう。

「おう?」

黒須の腕の中で、戸惑ったような声をあげるチーコの姿を見て、自分でも驚く程の安堵感を覚えた。

「…ごめんなさい」

しゅううんとしぼんだみたいな顔をして、時雨が小さな声で詫びてくる。

「アイス…溶けちゃった…」

そう言いながらビニール袋を差し出す時雨に「いや、それは良いから何があったんだよ」と嵐が問えば、黒須が「傘を野良猫にやっちまって、そんで、バス停で雨宿りしてたんだと」と肩をすくめて答える。
「そのうち…止むかなって…思ったんだけど…どんどん…強くなってきちゃって…しかも、ボク、寝ちゃって……」

とろとろとした喋り方に、嵐はどんどん全身の力が抜けていくのを自覚した。

「ま…いいや。 無事なら」

竜子の言葉に皆頷く。
「チーコ、体冷えたでしょう? お風呂行こうか?」
そう言いながらエマが黒須からチーコの身柄を受け取った。
身を屈めて靴を脱いでいた時雨の胸元から、しゃらりと貝殻のネックレスが滑り落ちた。

あんなものしてたっけ?と訝しめば、時雨が大事そうに服の中に仕舞いこむ。
不思議そうに見る視線に気付いたのか、「えへへ」と嬉しそうに笑って「チーコに…貰った…」と時雨が言った。


ああ、浜辺で懸命に作ってたのはこれか…。

嵐は、チーコがいじらしくて胸が熱くなった。
兎月原が「良かったな」と、時雨に心からの声で言う。
嵐も、嬉しげに笑って、「頑張って作ったろうから、大事にしてやれよ?」と言えば、時雨は深く頷いて、それから優しい手付きでネックレスを撫でた。


嵐は、その後、海辺にて敵方から聞きだした「追っ手に正確に追跡された理由」を聞いて絶句した。
奴らは、チーコの体に「直接」「麻酔もなし」で「発信機」を埋め込んでいたそうだ。
痛みに悲鳴をあげる、チーコを「楽しい」って言っていたそうだ。
チーコに発信機を埋め込んだ男はDrと呼ばれているらしい。

クズだ。


それは、絶望感に似た諦念だった。

そういう人間がいる、それだけで、嵐は目の前が真っ暗になった。
そして、そういう人間の下で「一年間も」囚われていたチーコの苦しみを想う。
それでも明るく笑って、素直で、嵐の首根っこに全身を預けて齧り付くチーコを思うと、哀しくて…悔しくて…人として彼女に頭を地面にこすり付けてでも詫びたくなった…。


嵐は、チーコを守ってやろうと心に決めた。

最期まで、絶対に守ってやろうと、嵐は決めた。


その夜は、広い部屋に布団を敷いて、皆で並んで眠った。
やはり身体を伸ばせて眠れるのはありがたく、外のしとしととした雨音と、芳しい藤の香にぼんやりとした酩酊感を覚えながら、いつの間にか嵐は、夢も見ない眠りについていた。





最終日

「うひゃあああ!!」

無闇矢鱈な大声をあげて竜子が走り出した。
時雨もつられたように「わぁぁぁ!!!」と大声を上げて、案の定パフンと途中で転ぶ。
強い風が吹き渡っていた。

「まぁ、本物の砂漠には及ばないけど、やっぱ、ここはここで、奇景って感じで風情があるわね」
エマが風にあおられる髪を抑えながら言う。

そう、ここはかの有名な、鳥取県にある「鳥取砂丘」。
連休中という事もあってか、観光地らしく、ラクダなんぞに乗って砂丘を横断している人もあり、歓声をあげてはしゃぐ子供の姿もそこらかしこにあり、深々と大きめのパーカーを着て、フードを被り、顔を隠しているチーコも同い年位の子供達の声に何処となく嬉しげに聞いているように見えた。


今朝方は、それまで見せていた旺盛な食欲も衰えて、折角エマ達が腕によりを掛けて作った朝食を殆ど残していた。
体調も酷く悪そうで、昼過ぎ頃まで眠らせて、少し顔色が良くなったのを見計り、神社を後にしてきた。

つつじと、藤の花に見送られ、心地良い神社を後にした一行が、ここを訪れたのは、エリィがパラパラと道を確認する為に捲っていたガイドブックを、布団の中から覗き込んでいたチーコが、砂丘のページに差し掛かった所、どうしても見たいとエマに訴えたからだ。
そのガイドブック一杯に広がっていたのは、夕日が沈み行く砂丘で、たくさんの子供達が駆け回る写真。
何かの砂丘にてイベントが行われた時の写真らしい。
母親に手を引かれ走る子供達の写真を見て、行きたいと願うチーコに、エマは二つ返事で了承し、他の者とて誰も反対しなかった。

チーコの為の旅なのに、自分の体調の事を含め、しきりに申し訳なさそうな顔をするチーコが、何だか健気で仕方がない。
エマはしゃがみこみ、自分の膝の間にチーコを抱え、その髪をゆっくりと撫でている。
百合子は、それでも平和な顔をして、小さな声で「月の砂漠」を唄っていた。
エマも小さな声で、囁くように百合子と合わせて唄う。
小鳥のように澄んだ可愛い声した百合子と、落ち着いた優しい声音で唄うエマは、強い風の中で、それでもかすかな歌声をチーコの耳にありったけの愛情を込めて注いでいた。
チーコは、余り持ち上がらなくなった腕で、それでもおぼつかない手つきで、冥月に貰った万華鏡を覗いていた。
いずみは、エマの膝に頬をくっつけて、二人の歌声に耳を澄ませていた。

昨日まで元気に見えていたのに、病の進行の仕方も人間とは異なるのか、肌の色艶も良くなくて、呼吸も微かに荒い。

苦しいのかな? チーコ。

虚ろな眼差しが彷徨って、嵐を見止めると、弱弱しく微笑んだ。
何も悪い事してないのに、どうして苦しい思いをして、寂しい思いをして、その上、チーコは子供のままで死んでいくのだろう。

だが、現実は残酷で、時は間違いなく流れていて、少しずつ日は暮れていく。



時雨が子供達を連れて、チーコの元へとやってきた。
子供に好かれると自分で言っていたように、腕や足元に纏わりつく子供達を柔らかな笑みを浮かべて見下ろしている。
身長の高い時雨と、小さな子供達の影が、砂丘に長く伸びていた。
まるで、ハーメルンのようだと嵐は思う。
茜色に染まりだした空の下で、優しいハーメルンは子供達を、チーコに引き合わせた。

ガイドブックの写真を見ていたチーコの目は、憧れの眼差しで、きっと、時雨はチーコのあの目に込められた希望を読み取って、彼らをここへ導いたのだろう。
一瞬、嵐は「大丈夫かな?」と、どうしたって普通の人間の子供の姿とは違うチーコと子供達を会わせる事に不安を抱いた。
だが、時雨がいるなら大丈夫。
何だか、子供の扱いに関しては、時雨の右に出るものはいないような気がしたのだ。

自分の事を好奇心一杯で覗き込んでくる、実際の子供たちの姿に、チーコは一瞬身構えるも、時雨が言い含めてあるのか、子供達は驚いた目でチーコを眺めるも騒ぎ立てはしない。
チーコの姿をマジマジと眺めながらも、そのうちの一人の女の子が、素直な声で、「かわいい」とチーコを評した。
夕闇の赤い色が濃くなっていく。
チーコはおっかなびっくりの表情で、子供達に手を伸ばした。
一人の子供がチーコの掌を握った。
「かわいいね。 名前は、なんていうの?」

チーコは、震える声で答えた。

「チーコ」

はっきりとした発音で、何度も、何度も、皆が呼んでくれた自分の名を、大事に、大事に呟いた。

「チーコ…いう」
「チーコ。 可愛い名前」

子供達がさざめき、チーコに笑いかけた。

「かおりー! そろそろ行くよー!」
「聡、何処行ったの?」
「あら? 翠? 翠?」

砂丘のそこらかしこから、子供を呼ぶ母親の声が聞こえてきた。

「あ、呼んでる! じゃあね、チーコちゃん!」
女の子が一人手を振り、砂丘を越えて行ったのを切っ掛けに、子供達は皆それぞれ、母親の元へ帰っていく。

チーコは小さく手を振って、それから甘えるようにエマの胸に顔を埋めた。
ポンポンと頭を優しくエマは叩く。

「ひぃぅあぅ…」
エマが頬を、チーコの頭にくっつけて、「なぁに?」と聞いた。

「ふぅあぅぃぅう……」

嵐は、喉の奥が痛んだ。
時雨が、夕日に目を向ける。
海の波が、ザブザブとした音を立てた。

「……もうじき、……日が沈む。 ボク達も…行こう」

頷いて、立ち上がった時だった。


突如背筋を襲う寒気。


 
振り返れば、砂丘の上にずらりと男達が並んでいた。
皆、手に物騒なものを持っている。
タッと、素早い動きで駆け寄ってきたのは冥月。
流石と言うべきか、チーコの元にすぐ駆け寄れる位置で待機していたらしい。

「思ったよりも早かったな。 追いついてくるのが」

舌打ちせんばかりの表情で、そう呟くと、ひょいとエマからチーコを取り上げた。

「私の傍にいろ。 大丈夫だ。 絶対に傷つけはさせない」

冥月の言葉に、チーコが頷く。
「いずみは、時雨の傍に…」
「大丈夫です」
冥月の言葉をいずみが遮る。

「一応、自分の身は自分で守れますし…」
視線を向ければ、前回を遥かに超える人数が待機していて、いずみがきゅうっと目を細めた。

「あの人達…人間じゃない」

いずみの言葉に「いい目だ」と冥月は褒めると、「キメラだ」と呟いた。

「キメラ?」
「人間と、動物を掛け合わせてある。 あの、悪い奴らのお得意技らしい。 とうとう、相手も本気を出してきた」
そう唸るように言って、それから、「大丈夫なんだな?」と念を押す。
「ええ、足手まといにだけはならぬよう自衛に努めます」
いずみの頑なな表情に、冥月はしょうがないという風に溜息を吐けば「私も、これは、守られ役ではいられないわ。 サポート程度だけど、協力も出来ると思う」と、エマが強い目で告げる。
百合子はもじもじと「わ、私も…」と何か言いかければ、「百合子は、私と共にチーコを守れ。 抱いていてやってくれ」と、冥月はチーコをその腕に預けた。
細い腕で、おっかなびっくり、不器用にチーコを抱く百合子に一瞬不安を覚えども、今はそういう事態ではない。


「夜になれば…」

え?と兎月原は首を傾げて、冥月を見る。

「夜になれば、私一人で全て片をつけられる。 闇は私の領域だ。 何が起こったのか分らぬ内に、皆地に沈めて見せよう。 だが、今は無理だ。 影を操って、あいつらを拘束するのは可能だと思うのだが、これがただの先発隊で、後からまた別部隊を送られてくる可能性がないわけではない。 今、この様子をまた、別場所から眺めているものがないとも言い切れぬしな。 こちらの能力を悟られれば、何某かの対抗策を練ってこないとは限らない。 向こうは、こちらを遥かに凌ぐ組織力と、資金を持っている。 この仕事が終わった後の事を考えると、はったりを効かせ続ける為にも、私の能力は、まだ、悟られない方が良いだろう。 まぁ、幸い…」

そこまで言って周囲を見回せば、異様な雰囲気を察したのか、観光客等は姿を消していて、「…周りを気にせず、思いっきりやれる。 夜まで保つか?」の問い掛けに、翼と、時雨が同時に片眉を上げた。

「冥月さん、こう見えても、僕は荒事も得意中の得意でね。 特に女性を守る時には、自分でも想像のつかないほどの力を振るえるんだ」

にぃと翼は美しくも凶暴な笑みを浮かべて見せると、「夜までなんて、長すぎる。 まぁ、見てて下さい」と冥月に宣言した。

時雨も、「大丈夫…夜になる前に…ここを出られるように…するからね?」とチーコに語りかけ、それからツイと同時に敵を睨んだ。
首をクキクキと鳴らしながら「ううん。 あんまり、暴力とか得意じゃないんだけどな」と呟いて、兎月原は柔軟を始める。
エリィが夕日の輝きを受け、赤く光るナイフを抜いて、「さて、チーコちゃん、あんまり待たせられないしね」と静かに呟いた。
黒須と竜子は一度視線を合わせ、ぽんと竜子が黒須の背中を叩いて「んじゃ、いってらっしゃい」と気軽な調子で言い、それから、冥月に向かって「あたいも、あんたの傍にいさせてくれ」と告げた。
「了解した」と、冥月は頷き、嵐が「じゃあ、俺は、チーコを連れて安全な場所を探すよ」と言いかけるより早く、「バイクで、かき回してやれ」と指示を下された。
ガクリと肩を落とし、冥月は何か勘違いしてや居間イカと、「ほんと、俺、ただの素人なんだけど?」と問う嵐に、冥月がシレっとした顔で「いや、素人にしておくには勿体無い度胸と身体能力を持っている。 励め」等と、嵐の師匠と見紛うばかりの励ましの言葉を口にした。

千剣破が海へと向かって歩き出す。
「いずみちゃん、あなたの目であたしをサポートして」と声を掛けていた。
海の水を使って、遠距離から近接戦の面々をサポートするつもりだろう。
先ほどの様子を見ても、かなり目が良いいずみの協力を得て、力を振るってくれるらしい。
だが、彼女の強張った表情が、なんだか少し気になった。
ピンと張った糸が、今にも切れそうな風情に見えたから、いずみも、一瞬気遣わしげに、千剣破を見上げたが、その視線に余裕をなくした、彼女は気付かなかった。

「日があるうちは、私はチーコの守りに徹する。 任せたぞ」

冥月が、そう告げると、一際強い風が吹いた。

「チーコを苦しめた連中だ。 死なない程度にしか、手加減はしてやらない」

翼が剣呑な宣言をするのを合図に、それは始まった。

向こうの人数は、圧倒的に多数。
だが、個人個人の実力は、比べるまでもなく此方の方が上。
人数押しで来る向こうの攻撃を少ない人数で、どれだけ押し留められるのかが鍵になってきていた。

冥月の体の傍に、ぴったりと百合子が身を寄せて、チーコを抱きながら戦況を見守っている。
冥月は表情を変えず、腕を組んだまま微動だにしない。
千剣破は、海の水を硬球に変えて、一気に敵に降り注がせていた。
痛みに怯むものや、当たり所が悪く、一撃で昏倒するものもいる。
「殺してはならない」の制約は、名うての実力者達にとっては、少々面倒なものらしく、それぞれ手加減の程に苦慮しているようだった。
接近戦を得意とする、エリィや、兎月原は、確実に一人一人に当身や、急所への攻撃を仕掛け、意識を奪っていっている。
嵐は、冥月の言葉どおり、バイクで敵が固まっている場所に突っ込み、散らしたり、タイヤを使って巻き上げた砂によって、視界をさえぎった。
どう見たって「人間外です」といった外見の男達に「多分轢いても死なないだろう」という大雑把な判断を下して、本気で車体をぶつけにかかる。
タイヤを自由自在にあつかって起こした砂埃には、随分向こうも苦慮しているらしく、全身硬そうな鱗で覆われていた男は、飛び出し気味の大きな目を両手で押さえて蹲っていた。


振り返れば、夕日が徐々に沈み始めていた。
冥月の時間が近づいてきている。
負傷者や、深刻な重症を負う者もなく、冥月の言葉を信じれば、これにて決着が着くのだろうか?と思われた矢先の事だった。

冥月が、もう少し戦況が見渡せるような、高台へと移動を始めた。

強い風が吹いた。

チーコが万華鏡を落とした。


コロコロコロと、万華鏡が転がっていく。

その刹那、もがく様に百合子の腕を抜け出したチーコが、その後を追った。


「っ! チーコ!!!!」

初めて、冥月が声を荒げた。


コロコロコロ、冥月に貰った万華鏡が砂漠を転がっていく。

トテトテと、もう歩けぬ足で、それでもよたよたと、チーコが必死に追った。
慌てて、冥月がチーコに走り寄るより早く、四つん這いになって人間ではありえない速さでチーコに走り寄ってきた男が、まるで、サッカーのボールをけるみたいに思いっきり、チーコを蹴っ飛ばした。

「ヒュゥッ」と喉の奥が狭まる。
チーコが玩具みたいに吹っ飛ぶ。
砂の上を、二三度バウンドして、ごろごろと体を転がしたチーコ。

嵐は、冷や汗がぶわっと背中に浮くのを感じる。
チーコ…!!
思わず、チーコの元へと走り出しかければ、数人の男が嵐に追いすがり、押さえ込もうと邪魔をしてきた。


「逃げて!!! チーコ、逃げてぇぇぇぇ!!!」


いずみが叫んでいる。
アクセルを全開にして、背後の敵を一気に振り切る。


もし、目の前で、チーコが無残に殺されたら…


彼女を守りきれなかった自分を、自分は一生許せないだろう。

それは、圧倒的な恐怖心。

チーコは、動かぬ足を砂の上でもがかせ、そして、腕で這いずるようにして、それでも、万華鏡を追った。
ずるずると這い手を伸ばす先に、万華鏡が触れるか否かの間際、横たわるチーコの体を、先程チーコを蹴り飛ばした男が思いっきり踏みつけた。

「うぐぅはぅっぅっ!!!」

悲鳴とも喚き声ともつかない声。


「チーーーーコーーー!!!!」

咆哮に似た叫び。

彼女の名前を力いっぱい呼ぶ。


痛いだろう。
痛いだろう。


どうして、チーコに、そんな振る舞いを?


ふっと、頭が真っ白になって、嵐は自分の力を解放してしまおうとした。
良いんじゃないか?と思った。

後悔しないんじゃないだろうか?って考えた。

こんなクズ共相手なら。

それでも嵐が踏みとどまったのは、自分の力に対する圧倒的な嫌悪感と、それをも超える理性。

チーコ。
俺が、こいつら全員血祭りにあげたところで

お前


笑ってくれないだろう?


それは、優しい、優しい、自制心だった。
嵐は、そういう優しい男だった。



助けようとする冥月の周りを、数人の男が取り囲んだ。
その間を抜けて、百合子が転がるようにチーコの上に覆い被さり、竜子が再びチーコの上に迫る男の前に立ちはだかる。


稲光が聞こえた。
酷く凶暴で荒れ狂うその音に、全ての者が一瞬、空へと視線を向け、そして、海の様子に瞠目した。

真っ黒な海。
荒れるなんてものじゃない、それは、異常な姿だった。

千剣破の様子が明らかにおかしかった。

彼女の仕業か?

千剣破の周りを黒い水が取り囲む。
海の色は、黒炭を流し込んだような漆黒。
海から巨大な水の竜巻が幾つも立ち上がっていた。
真っ黒な海。

酷く禍々しい、その姿。

「あ…ああっ、あっ…!! 許せない…許せない…許せないっ!!!!!!!!!」

目を見開いたまま、千剣破が強い声で繰り返し叫ぶ。
ビリビリと周囲の空気が震えていた。
空に暗雲が立ちこめ、稲光の音が聞こえてくる。


黒い水を身に纏い、真っ白な頬を更に白くさせ、爛々とした目で敵を見据えている。


酷く恐ろしく、酷く神々しく、酷く美しく、そして酷く危うい。

髪の毛が風に舞い上がる。
普段より赤く色づく唇が、きゅうっと引き結ばれる。

皆が、海の様子、そして千剣破の様子を凝視していた。

敵の男達の中には、明らかに危険なこの状況に既に逃げ始めたものもいる。


ぞわぞわぞわと、異常な気配に、嵐の本能が危険を察し、警鐘を鳴らしていた。


「いずみ…、千剣破を止めろ!」

冥月が叫んでいる。

冥月が焦っている。
その事をもってしても、今の危機状況が如実に把握できた。

チーコを守らないと!と嵐がバイクで走り寄る、それよりも早く、いずみが、突然ぐいと手を伸ばし、千剣破の胸倉を掴むと、下に引き寄せ、その頬を思いっきり張り飛ばした。

「うわ」

余りに手加減のない、その一撃に、思わずと言った口調で嵐は呻き、咄嗟に頬を抑えてしまう。


「しっかりなさい!!!!」

凛とした声で、いずみが千剣破を叱る声が聞こえてきた。

「泣いているでしょう! チーコが泣いているでしょう! 今、あなたは、誰のために力を振るおうとしているの?! それは、誰を守る為の力なの?! 正気に戻りなさい! 泣かさないで、チーコを! 千剣破さん! 泣かさないで!!」



チーコの泣き声。


万華鏡を抱きながら、チーコが泣いている。



いけない。
チーコ、泣くな。
笑え。
チーコ。


俺は、お前の笑ってる顔が好きなんだ。

大好きなんだよ、チーコ。


嗚呼、そうだ。
俺は、その為に、ここにいるんだ。



いずみの言葉に徐々に千剣破の焦点が結ばれる。
海が徐々に静まり始めた。
ほっと、安心したところで、チーコに慌てて視線を送れば、黒須が竜子を鋭い爪で切り裂こうとしていた男を叩き伏せ、時雨がチーコを抱きかかえようと手を伸ばしていた。

千剣破が呼んだ暗雲も、霧散し、その下の茜色の空が、夜の闇を濃くし始めている。

冥月が、明らかに身に纏う空気を冷たく、凍りつかせながら敵に向かって歩き出し始めていた。
手には黒い刀を持っている。

あとは決着の時を待つだけと、目の前の敵を叩き伏せながら、心を落ち着かせる嵐の耳に、一発の鋭い銃弾の音が届いた。


ドラマみたいな、偽者みたいな銃弾の音。


音のするほうに目を向ければ、まるで壁になるみたいに、チーコや竜子達を守る為両手を広げている黒須がゆっくりと倒れる姿が目に入った。


まるで、世界中の速度が、スローモーションになったように見えた。


黒須…さん?

自分でも驚くほどに衝撃を受けた。
咄嗟に足元がぐらつく。

黒須さんが…撃たれた…。


「あ、やばい」

酷く軽い口調でエマがいう声が聞こえ、思わず視線を向ける。

「声」による攻撃で、千剣破からは別方向からの、遠距離射撃を行ってくれていたエマが、とっとっとと、軽い足取りで走り寄ってきていた。
夢中になっていて気付かなかったが、自分の周囲の敵をあらかた地に伏している事に、ちょっと驚く。


「久しぶりに、見ちゃうかも。 見ちゃうかも」

そう呟くエマに、「な、何を?」とエリィが問い掛けた。

「怪奇。 蛇男」


真面目な口調で言うエマに「「蛇男??」」と、周りにいた面々が一斉に首を傾げた。
疑問に翻弄される嵐の目に、驚くべき光景が映った。
夜闇の下、「あ、っ、っつぅっ、ち、畜生っ!!」と黒須が叫び、蹲った次の刹那には、彼の姿が、下半身大蛇の姿へと変わっていた。


濡れた輝きを見せる黒い鱗に覆われた大蛇の尻尾がのたくっている。
6.7メートルはあるだろうか?
その長く、丸太のように太い下半身をくねらせながら、蹲る黒須の姿に、咄嗟に生理的な嫌悪感を感じて鳥肌を立たせる。
どういう事かも見当がつかず、ただただ、黒須の姿に魅入られた。

怖い。
気持ち悪い。
不気味でしょうがない。

だから、目が離せない。

何が、どうなって、こういう姿になってしまったのか。
それとも、元からこういう生き物だったのか。
醜い。
それは、酷く醜い姿だった。



嵐は驚愕を禁じえない。

着ていたスーツは無残に破かれ「今回は、この姿になんねぇで済むって、踏んでたのに!」と悔しげに喚く。

エマを除く全ての面々が、硬直していた。
硬直…せざる得ないだろう、この姿には。


「う、うううっううぅぅぅ!!」

エリィが唸り声をあげ、ぎゅうっと握りこぶしをしたあと、耐え切れないように目を逸らす。
脂汗が滲む額に「大丈夫かな?」と不安になれば、
「き、気持ち悪いよう…」かなりの本気声で、エリィが呻いた。
女の子なら、そういう反応も致し方ないと思いつつ、嵐も眉根を寄せるのを抑えきれない。

「な、んな、なっ! なんなんだ! あれ!」

そして、ずびし!と黒須を指差し嵐が喚けば、エマは一瞬の逡巡の後、随分老成した虚ろな眼差しを見せると「…呪われた蛇一族の末裔なの、黒須さん」と限りなく棒読みな声でそう告げた。
普通ならば、光の速さで「嘘だよね?」と気付ける、好い加減具合最高潮なエマの台詞なれど、状況が状況だけに、皆一様に「蛇、一族…」と、恐ろしげに呟く。

(色んな人がいるんだなぁ…)

そうしみじみすらしつつ、まあ、命に別状がないのなら良かったと思った瞬間、ふと、嫌な気配を感じて、砂丘の上に視線を向けた。


そこには、今、この場にいるどの男たちとも雰囲気の違う二人の男が立っていた。

一人は仕立ての良いダブルのスーツを着こなした長身の男で、他の粗野な雰囲気を身に纏う男たちとは一線を画する威圧感を有している。
派手な色に染めた少し眺めの髪を、鬣のように後ろへ流して風に舞わせている。
顔立ちは端正で、精悍でありながら、後ろ暗い、ヒリヒリとした危険を感じさせる危険味も含んでおり、全身から「只者でない」空気を発散していた。
今回の一群を率いている幹部らしい、体格の逞しい男が、腰を低くしながら、追従するような様子で何か鬣の男に伝えている。
その隣に立つのは、男と対照的に身長も低く、青白い顔をした細い男で、白衣を風になびかせながら、脇に立つ男達のやり取りなど一切無関心といったように、戦況を凝視していた。

Dr。

チーコに発信機を埋め込んだ男。

神社で伝え聞いた情報を思い出し、まさしくと言った風貌に間違いないと確信する。

ぎょろぎょろと目ばかり大きく、銀縁の眼鏡の中で彷徨っている視線が、黒須を捉えると、ギラギラとした輝きに満ち始めた。

こんな人間と、動物を掛け合わせたキメラを作ったり、チーコのような子を攫ってくる奴等だ。
黒須のような人間に興味を持つのも不思議はないと思いながらも、Drと呼ばれている男の視線の狂気的な有り様に怖気を奮う。

(黒須のおっさん、変な目のつけられ方をしなければいいけど…)と思えど、今は、先の事を考えている余裕はないと、嵐は現状の把握に意識を集中させようとする。

だが、そんな必要は一切なかった。

夕日が完全に沈みきり、あたりは夜闇に包まれる。

「待たせたな」


低い声。


無慈悲な夜の女神。


黒冥月が動き出す。

「じゃあ、終わりを、始めようか」

黒いロングスカートが風に揺れる。
髪を高く結った冥月が両手を広げた。

チーコへの狼藉を目の当たりにした面々も、その怒りを力に換えて、敵方を睨み据えている。



夜が来るという事。
それは、「冥月によって、全て片がつく」という事と同意語でもあった。




思わぬ時間を取られたせいで、山口県に到達する頃には、夜明けが近付いて来ていた。

砂丘の上に見た男達は、冥月に尋ねど「取り逃した」らしく、悔しさの欠片もなく「つくづき逃げ足の早い連中だ」と呟いた。

チーコの蹴られた傷跡は、もう微塵も見当たらない。
千剣破の水の力によって、傷を癒したのだ。
疲れきった様子の千剣破ではあったが、最後の力を振り絞り、チーコを癒す姿を見て、嵐は心底、彼女にはこういう力の使い方の方が似合うと感じた。
チーコの蹴られた時の記憶は、翼の「事象の操作」という恐るべき能力によって消されていた。

「本当は、タイムパラドックスを引き起こしかねない、使ってはいけない力なんだけどね…これ位なら、大丈夫だろう…」と言って翼が新たに作り上げた事象は「蹴られた際に、チーコは意識を失い、砂丘で暴力に晒された記憶は、ショックで消えてしまった」というもの。
傷跡もなく、記憶もないチーコは、まさか自分が恐ろしい目に合っていただなんて事も、すっかり知らぬ気に、穏やかな様子でエマの腕の中でじっとしていて、嵐は心から安心した。

良かった。
不幸せな思い出は、三日間の間一つだってチーコの中に残したくなかったから、本当に良かった。





潮岬…本州最南端の海。


その海を一望できる、灯台の上に立ち、チーコが夜の海を眺めていた。

もうじき、夜が明ける。

チーコは、自分を抱いていたエマの腕を優しく叩き降ろしてくれるようにと頼んだ。


ここが彼女にとっての、最期の地。


見上げれば満天の星空があって、皆息を殺してチーコを眺めた。


チーコは、自分の運命全て分っているかのように微笑んで、一礼する。

キラキラキラと、夜闇を引き裂くように、流れ星が落ちていった。



唐突に、何の予備動作もなく、その喉からチーコは、燃えるような、熱く、熱く、力強い声を出した。



「会わなければ よかったと

思う私を 許してください」


それは紛れもなく、人の、日本語の、嵐達が使う言葉の 歌。






会わなければ よかったと

思う私を 許してください


闇の中で 息絶えていれば

生きたいと願わずにいられたのでしょう


優しくされて

優しくされて


私は死ぬのが怖くなった

優しくされて

優しくされて


私はとうとう恋をした


幸せです
不幸せです

嬉しいです
寂しいのです

抱きしめて
触らないで

全部嘘です
全てが真実


あなたが 好き





チーコが手を延べる。
視線の先には時雨がいる。





あなたが 好き


好きじゃない
嫌い

だから 泣かないで
笑っていて
私が いなくなっても 笑っていて


真実

あなたが 好き

だから 笑っていて

私が いなくなっても 幸せになって

私の事を忘れてください


いやだ

私の事を忘れないで

うそ

わすれていいの

だから

幸せになって 幸せになって

好き 好き 好き 好き さようなら



「あなたに あえて よかった と おもう わたしを ゆるしてください」


炎の歌。
命を燃やす歌。

夜が明け始める。

チーコの指先が、髪が、炎に変わり始めた。


その全てを燃やすかのように、チーコが唄う。

最期の歌。

時雨が、転げるように、チーコに走り寄り、その体を抱いた。


「チーコ!!!」


幸せになって


「チーーコ!!」


幸せになって

「いやだ…いやだよ…チーコ…一緒に…故郷…見に行こうって言った…約束した…嘘つき…チーコの…うそつき…あっ、ああっ、うああっ、わああっあああああっ!!!」


慟哭。

自分の全身が炎に包まれるのも構わずに時雨はチーコを強く抱きしめた。
一緒に燃えてしまうんじゃないだろうか?と心配になった。
赤い髪が、体が、何もかもが炎に包まれて、時雨は夜闇の中で、チーコを抱いて燃えていた。


キラキラと炎に包まれ、光の粒が二人の周りを舞う。

ああ、あれは万華鏡の光の欠片。

焼けた万華鏡の中から、光が舞い上がり二人の周りをひらひら飛んでいる。


チーコは最期の瞬間嵐を見た。

嵐は、巧く笑おうとして出来ずに、涙をぼろぼろっと零してしまった。

チーコが、笑う。

「わ ら っ て ?」

あなたの笑顔が好きだから。


「わ ら っ て ?」


チーコの言葉に頷いて、嵐は、滅多に見せない満面の笑みを浮かべた。


チーコは幸せそうに頷いて、それから嵐の大好きな笑顔で笑い返してくれた。





朝日差す海。
目を射るほどの輝きが海面一杯を満たす。




その瞬間、チーコの体は全て炎と化して、消え果てた。



時雨が喚く。
声にならない声で。

赤い髪が炎のように揺れていた。



そして、眩い光の中真っ黒な影の塊になって、時雨は長身を折り曲げ蹲ると、唇を押さえ、耳を押さえ、目すら閉じて、全て、全て記憶にあるチーコの全てを、何処にも逃さないかのように、じっとそうやって、じっと、蹲り続けた。

まるで、両手を組み合わせていないのに、その姿は祈りに見えた。

酷く敬虔な祈りに見えた。


神様は、呆れる程に無力で、チーコの命を救えはしなかったけど、それでも最期彼女は笑っていたから、笑っていたから……

嵐は、祈りの代わりに、泣きながら笑う。


よくやったよ、チーコ。

最期まで 笑って。

笑って。

まるで、太陽の子供みたいに。




ばいばい チーコ


夜明けの海が、嵐の目を射た。
最期の歌を思い出す。


幸せになって。

ああ、なんて、美しい歌。


ばいばい チーコ
夜の海のチーコ

お前の事は忘れない
お前の歌を俺は忘れない





fin

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1271/ 飛鷹・いずみ   / 女性 / 10歳 / 小学生】
【3446/ 水鏡・千剣破  / 女性 / 17歳 / 女子高生(竜の姫巫女)】
【7521/ 兎月原・正嗣 / 男性 / 33歳 / 出張ホスト兼経営者 】
【7520/ 歌川・百合子/ 女性 / 29歳 / パートアルバイター(現在:某所で雑用係)】
【0086/ シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2778/ 黒・冥月 / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【2380/ 向坂・嵐/ 男性 / 19歳 / バイク便ライダー】
【5588/ エリィ・ルー / 女性 / 17歳 / 情報屋】
【1564/ 五降臨・時雨  / 男性 / 25歳 / 殺し屋(?)/もはやフリーター】
【2863/ 蒼王・翼  / 女性 / 16歳 / F1レーサー 闇の皇女】



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■         ライター通信          ■
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出来上がりが大変遅くなりまして誠に申し訳有りませんでした。

本当に、長い、長い物語にお付き合いくださいましてありがとう御座います。
三日間、参加してくださった皆様も楽しいときが過ごせていたら幸いです。
チーコは皆様のお陰で、幸福な気持ちでこの世に手を振ることが出来ました。
彼女の最期の歌を是非、忘れないでいてください。
夜の海のチーコ。

終幕で御座います。

尚、momiziのウェブゲームは、登場人物全ての方、それぞれの視点に即した物語となっております。
お暇なときにでも、他のウェブゲームにもお目通し頂けると新たな真実や、自分のPCが他PCにどう思われていたのかを、知る事が出来るかと思います。

それでは、momiziでした。