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<東京怪談・PCゲームノベル>


特攻姫〜特技見せあいっこパーティ〜

 静修院樟葉。人をベースにした妖魔である。
 だからと言って、人に害をなすわけではない。
 ――いや、ある意味では少し迷惑な人物――ではなく、妖魔かもしれない。
 彼女は、メイド服をこよなく愛していた。
 メイド服にからむ出来事では我を忘れてはしゃぐほど愛していた。
 もちろん自分でもこしらえる。古今東西のメイド服に詳しい。
 彼女の脳裏の片隅には、常にメイド服。

「とは言え――」

 樟葉はつぶやいた。
「たまには、メイド服でないものをプレゼントするのも、一興でしょうね」
 誰にプレゼントするのか?
 ――家の敷地内に閉じ込められて出られずに、退屈している姫君に。

 ■■■ ■■■

「お久しぶりだ、樟葉殿!」
 と、葛織紫鶴[くずおり・しづる]ははしゃいで駆け寄ってきた。
 いつも通り和装の樟葉は、にこりと柔らかく微笑んだ。
「お久しぶりですね、紫鶴さん」
 手には、和装に似合わないトランク。彼女が決して手放さないものだ。
 紫鶴は指を唇に当てて、むうと眉間にしわを寄せると、
「竜矢[りゅうし]! なぜトランクを持ってさしあげない!」
 と自分の世話役を叱咤する。
 如月[きさらぎ]竜矢。紫鶴の世話役たる青年は、門扉のところまで樟葉を出迎えに行った。あずまやであるここまで客人を連れて来たというのに、荷物を持たないとは。
 竜矢は困ったように樟葉を見る。
 樟葉は笑って、
「いいのですよ紫鶴さん。私がお断りしたのです。私の大切なトランクですので……」
「そうなのか? そうか、すまない」
 紫鶴はちょこんと頭を下げて謝った。視線は再びトランクに向かう。
 わざわざ持ってくるようなものである。中身が何なのか、気になって仕方がないのだ。
「今日は」
 樟葉はあずまやの台の上にトランクを置いた。
「紫鶴さんに、色んなお洋服を着ていただこうと思いまして」
「洋服……?」
「はい。普段、ドレス以外の服をあまりお召しにならないでしょう?」
 紫鶴は自分の服を見下ろす。剣舞に一番適している、軽い素材でできた長いスカートの簡易ドレス。
 ……確かに、それ以外の服は滅多に着ることがない。
「お召しになってみたいと思いませんか?」
 樟葉は微笑む。
 紫鶴は顔を輝かせた。

「さて、まずは――」
 樟葉は紫鶴を前にして、すっと目を細める。
 そして――
 ばさっ
 衣擦れの音がした。紫鶴が圧力に押されて思わず目を閉じ、それからおそるおそる瞼を上げると、
「はい、いかがですか」
 何事もなかったかのように、樟葉が両手を合わせている。
 紫鶴はすーすーと肌に空気が触れる今までと違う感覚に、驚いて自分の体を抱きしめた。
「それではよく見えませんよ、紫鶴さん」
 樟葉が、大丈夫ですよと紫鶴の肩に手をかける。
 紫鶴はおどおどしながら両腕をどかした。竜矢が、ほうと感嘆の声を上げた。
「似合いますね、姫」
「え、あ」
 ――黒と白のチェック模様、胸元に大きな同じ色のリボンのついたキャミソールに――
 透け感のある絹を丁寧に重ねた黒のミニスカート。
 とても軽く、涼しい。
 樟葉はどこからか取り出した等身大の鏡をあずまやの台に立てかけ、紫鶴を映した。
「リボンがとてもかわいいと思うのですが、どうですか」
 樟葉は竜矢に感想を求める。竜矢はうなずいた。
「いいお見立てだ。姫、どうです?」
「う、ううんと」
 ぎくしゃくと紫鶴は自分の胸元の大きなリボンを触った。恥ずかしそうに、竜矢を見て、
「……似合う、のか?」
「ええ」
 竜矢が微笑む。紫鶴はほっとしたように顔をほころばせた後、一転「素敵な服だ!」と騒ぎ始めた。
 紫鶴の髪は赤と白が入り混じった、ロングストレートだ。それを、ツインサイドアップにまとめあげる。
 さらさらと流れる髪。
 いつもとはまったく違う印象になった。
「赤と黒は意外と似合うものですね」
 と竜矢は樟葉に言った。
「紫鶴さんは色がお白いから、キャミソールなどを召されるととても際立つと思いますよ。ただ、日焼け対策が必要ですね」
「きゃみそーる?」
「そのトップス――いえ、上に着ているもののことです」
「このリボンつきの服のことか」
「はい。下がミニスカートです、紫鶴さん」
「足がこんなに出ていると、恥ずかしいな」
 紫鶴は頬を赤くしていた。今までずっとロングスカートだった彼女には、すーすーして落ち着かないはずだ。
「下着が見えないかな?」
「見えるかもしれない、というところが男心をくすぐるのですよ」
 樟葉は重々しく語る。「女の子たるもの、男性の目を気にしなくなってはおしゃれの意味がありません」
「そ、そうなのか……?」
「幸い紫鶴さんは、竜矢さんの目を気になさるようだから大丈夫なようですが」
 紫鶴の顔がさらに赤くなった。

「では、次参りましょう――はいっ」
 ひゅおうっ
 風を切り、再び圧力で紫鶴の目が閉じる。
 やがて少女が目を開けたとき、今度は足に異様な違和感を感じた。
「わあ、これズボンか……?」
「ジーンズですよ、紫鶴さん」
 パンツという言い方を知らない姫は、片足を上げてしげしげと青いジーンズを見る。
「……これ、色落ちしているぞ?」
「そうやって古いように見せかけるのが、流行なのです」
「そうなのか」
 紫鶴は素直に納得した。
 そしてトップスは、薄紫のストライプ生地、縁がフリルで飾られているノースリーブのブラウス。
 髪は大部分をアップにし、わずかに軽く残すように。
 紫鶴は竜矢の様子をうかがう。
「お似合いですから、心配なさらないでください」
 竜矢は苦笑した。いちいち感想を求められたらたまったものではない。
 と思っていたら、
「しっかりと褒めてさしあげるのが殿方の役割というものですよ如月さん」
 樟葉ににじり寄るように迫られ、
「――……色も綺麗ですし、よくお似合いです」
 紫鶴がぱあっと顔を明るくする。樟葉がうなずいた。
「それでいいんです」
「何か趣旨が間違っていませんか……」
 竜矢はがくっと首を落とした。

「はいお次っ」
 しゅおっ
 樟葉の早着せ替えの腕が鳴る。
 お次はチュニック。薄水色のリネン生地。胸元が大胆に開いていて、「うわあっ」と紫鶴は胸を隠した。
 下は合わせてリネンのセミワイドパンツ。色は黒だ。
 髪型は大人っぽく、高く結い上げて下半分を垂らした。
「カジュアルながら、大人っぽく」
 紫鶴はリネン生地が気になってしきりに服を引っ張っていたが、それを見ていた竜矢は「まだ……」とつぶやいた。
「まだ、姫には早いかもしれませんねえ……」
「そうでしょうか? 私の見立て違いでしょうか」
 樟葉はうーんとうなった。
「いや、見立て違いということはないですよ。似合います。ただ、まだもう少し大人になってからの方がもっと輝く格好かと……」
「早く大人になりたい」
 紫鶴がむすっとつぶやいた。
 樟葉が、励ますように紫鶴の肩をなでた。

「はいお次っ」
 茶色のシルクストレッチプルオーバー。
 スパンコールや刺繍がほどこされていて、太陽の光を反射してきらめいている。
 ベージュ色のセミロングスカートを重ねて、髪型はストレートに下ろしたまま。
「これも大人っぽいですね」
 と竜矢は言った。
「大人になりたい〜!」
 紫鶴がぱたぱたと両腕をばたつかせた。
「如月さん、こう言いましょう。“いつもより大人っぽく見えますよ”」
 樟葉はそう言ってにっこりと微笑した。
 竜矢はああ、と、納得したようにうなずいた。
「そうか、その言葉だ。やっとしっくりきた――いつもより大人っぽく見えますよ、姫」
 紫鶴がばたつくのをやめ、今度はしどろもどろに「あ、ありがとう」と視線をせわしなく動かした。

 その後もしばらく樟葉の見立ての着替えが続き――
 やがて紫鶴が一番気に入ったキャミソールとミニスカートの組み合わせで一息、お茶を飲んでから。
 その席で、樟葉は言った。
「紫鶴さん。今度は紫鶴さんが着てみたい服を提示なさってください」
「え?」
「紫鶴さんの好きなお洋服を仕立てて差し上げますよ」
 にっこりと微笑まれ、紫鶴は目をぱちぱちさせた。
 困ったように眉を寄せ、途方に暮れたように世話役の青年を見る。
 竜矢は苦笑して、
「姫。たまには自分のお好みを言ってみてよろしいんですよ」
 と言った。
「しかし……私にはよく分からない」
 紫鶴は落ち込んだ様子でつぶやく。
 樟葉は少し首をかしげ、
「紫鶴さんの普段の服装は誰が……?」
「俺です」
 と竜矢が微苦笑した。「全部、俺が見立ててます。――姫は、服にはこだわらない方なので」
「なるほど。でも紫鶴さん。今回ので、お洋服のお着替えが、楽しいものだとお分かりになったでしょう?」
 樟葉は紫鶴に尋ねる。
 紫鶴は顔を上げ樟葉を見た後、自分の着ているキャミソールを見下ろし、
「……うん」
 とうなずいた。
「それなら、この機会にぜひ。私はどんな要望にも応えておみせしますよ」
 みたびにっこりと笑う樟葉に、紫鶴は――うなずいた。

 紙に、デザイン画を描く――
 樟葉にそうしてくれと紙とペンを出され、なぜか紫鶴は硬直した。
「こ、これに、描くのだ、な」
 ぎくしゃくと。ペンを手に紙に向かうが――……
 手がまったく動かない。
 樟葉がじっと見つめると、
「え、ええと」
 慌てたように紫鶴は紙に線を描き始めた。
「着てみたい――服、だな?」
「そうですよ」
「こ、こ、こんな感じの」
 ……なぜか、少女の手つきがおぼつかない。
 ひょいと紙を覗き込んだ樟葉は、すぐに察した。
 ――紫鶴は壊滅的に絵が下手なのだ。
「うわああん」
 やがて紫鶴は自分で音を上げた。
「竜矢! あれが着たい! あの……紫音殿が着ている、あの――」
「……ああ」
 この主従は、互いに足りないところを補い合っているのだろうか――
 竜矢に回された紙とペン。竜矢は迷うことなくペンを走らせた。それはもう樟葉も驚くほどすらすらと、綺麗な線が引かれていく。
「姫。これでいいですね?」
 完成した絵を主に見せ、少女がこくこくうなずくのを見てから、竜矢は紙を樟葉に見せてきた。
「静修院さん。これをお願いします」
「………」
 樟葉は少し意外な気分でその絵を見た。「これは随分と……」
「大好きな友人が着ている服ですからね。憧れているのですよ」
 と竜矢が解説してくれた。

 ともあれ。
 樟葉はそれを再現してみせた。
 周りにもののないところにたたずむ紫鶴に向かって気合一閃――
 一体どこから何を取り出し、どうやって作り出したのか分からぬ服が、紫鶴の体にまとわれる。
 ふわり、と。
 風を受けてなびいたのは白衣だ。
 そして、その内側にはスーツ。真っ赤なミニスカートのスーツ。
 足元は――赤いハイヒール。
 金に光るスーツの三連ボタンが、きらきらと輝いていた。

「わあ……っ!」
 紫鶴が、その格好とはとても不釣合いなまでにはしゃいだ様子で、竜矢に顔を向けた。
「紫音殿の服だ! あのかっこいい服だ!」
「そうですね」
 竜矢は目を細めて見つめている。
 紫鶴の髪色に、赤いスーツと白い白衣はおあつらえむきのように似合っていた。
 紫鶴は嬉しそうにその場でくるくると回――ろうとして、ハイヒールにつまずき、
「わあっ!」
「姫!」
 竜矢の腕の中に倒れこむ。
「姫……ハイヒールであまり動き回れるものではありませんよ」
 主を抱き留めたまま、嘆息する竜矢。その腕の中で、紫鶴が真っ赤になっている。
「お気に召しましたか」
 樟葉は聞くまでもないことを訊いた。
 紫鶴は突き飛ばすように竜矢から離れ、思い切りうなずいた。
 そして、
「もうひとつ! もうひとついいだろうか? 樟葉殿!」
 と興奮した様子でまくしたてた。

 今度も、絵を描くのは竜矢――
「竜矢! ノワール殿の服だ! ノワール殿の……!」
「はいはい」
 今度も竜矢の手つきは鮮やかに。
 紫鶴の思い描いている服装を見事に絵に再現してみせたようだ。
「これをお願いします」
 見せられた服装に、樟葉は少し驚いて目を丸くしてから――
「こういうものにもご興味がおありなのですね」
「親友が着ている服ですからね」
 と竜矢は解説した。

 本日、最後の樟葉の腕の見せ所――
 ひゅるん、しゅぱっ
 どこからかきて、どこかへ消える道具たち。
 そして、脅威の早着せ替え。
 紫鶴は赤いスーツと白衣の姿から――
 一変。
 黒の上下のミニスカートとなった。
 髪に大きな赤いリボンが結ばれる。腕にも。黒のハイソックスに、ブーツ。
 一般的にはあまり見られない服装かもしれなかった。
 しかし、紫鶴は大喜びで、
「ノワール殿とおそろいだ!」
 とはしゃぎまわった。
「喜んでいただけたようで……」
 樟葉はすっと目を細めて微笑む。
 時刻はすっかり夕刻。
 はしゃぐ姫の姿は夕陽に照らされて、なんとも愛らしく美しく。
「今日おつくりした服はすべて私からの贈り物ですよ。受け取ってください」
「うん!」
 紫鶴は無邪気に笑う。
「樟葉殿……! ありがとう!」
 帰り支度を始めた樟葉の手を、紫鶴はぎゅっと握った。
 微笑んだ樟葉に、最後に小さな姫はそっと顔を寄せて、
「――本当は、樟葉殿」
 と小さな声で囁いた。
「竜矢と、お揃いが着てみたかった。でも、恥ずかしいだろう?」
 それを聞いた樟葉はくすっと笑い――
 そして、
「それでは、今日のところは失礼致します――」
 言った瞬間に、
 ひゅ――と腕を振るった。
 次の瞬間には、紫鶴の服装が変わっていた。――竜矢と同じジーンズとデニムのジャケット。トップスは白のTシャツ。
 しばらく自分の身に起きた出来事を理解できずにいた紫鶴は――
 やがて、ぼんっと火を噴くように顔を真っ赤にした。
「く、く、く、樟葉殿!」
「最後の贈り物です。それでは」
 うやうやしくお辞儀をして、樟葉はそのまま、紫鶴邸を後にした。
 門まで送ると言っていたはずの紫鶴が、硬直して後を追ってこれずにいるのが、何ともおかしかった。

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 静修院樟葉。無敵の着せ替え妖魔。
 そんな彼女はひとりの少女に笑顔と慌て顔とを運び、
「今日の仕事は、満足ですね」
 とひとり微笑んでいた。
 夕陽はまるで笑っているかのように、赤い輪郭をゆらゆらとゆらめかせていた。


 ―FIN―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【6040/静修院・樟葉/女/19歳/妖魔(上級妖魔合身)】

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■         ライター通信          ■
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静修院樟葉様
こんにちは、お久しぶりです。笠城夢斗です。
このたびは紫鶴邸へご来訪ありがとうございました!
お届けが大変遅くなり、本当に申し訳ございません。
服。とても表現が大変でしたが、いかがでしたでしょうか。楽しんで頂けましたら幸いです。
よろしければまた紫鶴邸へ遊びにいらしてくださいね。