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<東京怪談ノベル(シングル)>


メザニーンの闇ノ中 Part.4



 扉の隙間からうかがえた光景に、わたしは涙を流した。
 どうして。
 裏切ったの?
 漏れ聞こえる女の淫らな声。彼の足。何をしているのか、わたしはわかってしまう。
 ひどい。
 ひどいよ。



「…………」
 どうして。
 乱れた赤い髪は、保健室の簡素なベッドの上に広がっている。
 頬を赤らめて愉悦の表情の少女はこちらを見ていない。
 どうして。
(俺のこと……)
 好きになってくれたんじゃ……?
 なんで。
 なんで他の男に。
 自分以外の男に。
 こんな近くに立っているのにどうして気づかないんだなんて、思う余裕もなかった。
 悲しいのと、怒りとがぐちゃぐちゃになって押し寄せる。
 ひどい。
 ひどい。
 ――これは裏切りだ。

 ハッとして梧北斗は瞼を開いた。
 目の前に広がるのは保健室の薄暗い天井。
 起き上がり、けだるそうにしていると、すぐ近くの机に向けて何か書いている先生が見えた。
(……あれ?)
 なんか今、変な夢をみていたような。
(俺と同い年くらいの先生……じゃなかったっけ……?)
 あれは妄想なのか。それとも自分の望みなのか。
 それとも……何かの能力で見た先生の過去なのか……。そんなわけない。自分には特別な力なんてないんだから。
「あ。起きた、北斗クン」
 彼女は甘ったるい声で名前を呼ぶ。あれ……? 『彼女』はこんな声音で喋ってたっけ?
(なんか……違うような。もっとクールっていうか……)
 頭痛がして北斗は額をおさえる。そして顔をあげて微笑んだ。
「もう帰らないと。早くしないと夜になっちゃうし。逢瀬はここまでね」
 色っぽく笑う彼女に軽いキスをして、北斗はベッドから降りた。やっぱり、何か変だ。
(変って何が)
 なにが?
 不思議そうにする北斗は帰り支度をして部屋を出て行った。
 学校の玄関で、北斗は足を止める。そこには一人の少女が待っていた。
「梧」
 そう呼んでくる彼女に、妙な息苦しさを覚えた。なんで待ってるんだよ、こんなところで。
 彼女は憂いを帯びた瞳をこちらに向けた。
「遅かったね。先生、なんだって?」
「ん? べつに」
「そっか」
「おまえさ、こんな遅くまで待つなよ。俺ももう、子供じゃねーんだから」
「……うん。そうだね」
 寂しそうに笑う彼女は、どこか遠くをみるような目つきをした。
 怪訝そうにする北斗だったが、次の瞬間暗闇の底に意識が落ちた。



 薄暗い校内を欠月は見回した。
「ま。北斗の位置はだいたい把握した。……しかし」
 欠月は目を細める。その視線の先には、保健室のドアの隙間から中を覗いてショックを受けている女生徒の姿があった。
 この学校は大昔は北斗くらいの年齢の若者も通っているものだったのだ。小学校になったのはかなり後の時代だ。再利用した、ということだろう小学校として。
 ゆっくりと歩いて近づき、背後からドアの隙間をみる。とはいえ、中には何もない。寂れた室内しか見えない。
「…………」
 自分より下にある小さな頭を見下ろす。微かに震えている彼女。泣きそうだ。
「キミは――だね?」
 名前を呼ぶと彼女は顔をあげてこちらを見た。浮かんでいる涙がこぼれて頬を伝った。
 一番最初に神隠しにあったという少女だ。
「何が見えるわけ? 悪いけど、ボクには見えないんだよ」
「…………」
 彼女は苦痛を堪えるように唇を引き結んだ。
 頭を軽く掻いて欠月は嘆息した。
「なるほど。喋ることはできないわけか。じゃあジェスチャーでいいよ」
「?」
「えーっと、身振り手振りってこと」
 だが彼女は顔を俯かせてしまう。やっぱダメか。
 彼女はびくっとして体を震わせると消えてしまった。
「およ?」
 なんで消える?
 大きく首を傾げる欠月は不思議そうにした。
(まだなんにもしてないんだけど……。霊を吹き飛ばす磁場も極力抑えてるし……)
「…………」
 自分が歩いてきたのとは反対の廊下に、誰かが立っている。背の高い男だ。
 悲しそうな瞳の彼はこちらを見ている。欠月は不愉快そうに顔をしかめた。



 振り下ろす。
 振り下ろす。
 ひどい。ひどい。ひどい。
 裏切りだ。裏切りだ。なぜ、裏切った?
 頬についた血をぬぐって北斗は一息ついた。
(なんだこれ……。悪夢みたいだ……)
 繰り返される夢のようだ。
 目の前には残骸のようになった女がいる。自分の力でよくこんなことができたものだ。
「アハハ。いい気味!」
 げらげら笑う声が割り込んできて、北斗は青ざめる。見られた。
 背後を振り向くと、そこには赤い髪の少女が立っていた。……? どこかで見た、か?
 夕闇の校庭を背に、彼女は薄く笑っている。
「なるほどねぇ。犯した殺人を隠すのも入ってたわけか。うんうん。なかなか根深い事件みたいだ」
 軽い口調で近づいてきた少女に北斗は顔を赤らめる。え? なんで俺赤くなってんの?
「ところで北斗、そろそろ目を覚ましたら?」
「目を……覚ます?」
「そうだよ。現実のボクはちょっと攻撃を受けて意識がすこーし飛んでんだよね。情けないことに」
「…………?」
「いやはや、興味深いもんだよ。北斗がなんで同調できて、ボクは追い払われたか……ちょっと予想できちゃった」
 にんまり笑う少女は返り血を浴びている北斗に近づいてくる。いたずらっぽく笑った。
「キミは恋をしてるけど、ボクはしてない。それが明確な違いだよ」
「恋……?」
「キミは保健室として使われてた部屋でショッキングな光景を見た。それは幻であり、現実だよ」
 脳内にフラッシュバックする映像に北斗はまたワケのわからない感情に足から力が抜けそうになる。
「ココはキミではなく別の者の記憶なのさ。だが、その人のことをキミは知らないから、登場人物がキミの知り合いで構成されてる」
「な、にを……言ってんだよさっきから」
「現にそこで死んでる女はキミの知ってるヤツだろ。しかしキミの記憶ってさ、重要な位置にいる女の登場キャラって全部この顔なの?」
 うんざりだよと少女は洩らした。
 自分がスコップを振り下ろした先には女の死体がある。頭が割られ、中から脳と血が吐き出されていた。
 パン、と少女が北斗の頬を叩いた。平手打ちだ。
「っな……!」
 驚く北斗の横っ面を、彼女は容赦なく叩いた。左右から小気味よく。
「いっ、痛いな! なにすんだよ欠月!」
「あはは! やっと正気に戻った」
 爽快に腰に両手を当てて笑う少女――の姿をした欠月に北斗は嬉しくなる。ありがとう、助けに来てくれたんだな。
(……って言いたいんだけど、なんでその姿なんだよー。抱きつきにくいじゃん)
 欠月は人差し指を眉間に突きつけてくる。
「長くはもたないよ。北斗と問題の人物がかな〜り強く同調しちゃってるから」
「つーか俺、よくわかんないんだけどどうなってんの?」
「だからぁ、なんか見たんでしょ? それ思い出してよ」
「な、なんかってどれ?」
「……顔真っ赤にしてる時点でわかってんだろ。言えよ」
 半眼で言われて北斗は汗をだらだらと流した。なんでよりにもよってその顔で……生々しいからやめてほしい。
「…………いや、だからその、す」
「す?」
「いや、か、彼女が、他の男と……し、シちゃってるシーンを……その」
「……そんなんでショック受けてたの?」
「んなっ! バカにすんなよ! だ、だって初めてのカノジョなんだぞ! あんなエッチなビデオみたいな……!」
 うなだれて膝を地面につく北斗を欠月は呆れたように見下ろしていた。
「純情というかなんというか……。今どきはやらないよねそういうの」
「うるせー! 鬼かおまえはっ!」
 ふつうはショックだろうが!
 言い返す北斗を無視して欠月は顎に手を遣って考え込む。
「憶えてる範囲でいいから、キミがココでやってきたこと……教えてくれる?」