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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


【夜の海のチーコ】


〜OP〜

今日はチーコは四回殴られた。

一回目は、唄ってる時に笑ったから。
二回目は、お昼ご飯のパンくずを床に落としてしまったから。
三回目は、殴られた時に吐いた血で殴った人の手を汚してしまったから、
四回目は、何となく。

チーコは、南の海にある活火山を抱く小さな島で生まれた。
チーコは、その島では仲間達から「可愛いチーコ」と呼ばれていた。
友達思いのチーコ。
笑顔が素敵なチーコ。
可愛い、チーコ。

チーコは、ここでは、名前を呼ばれない。
ただ、「化け物」って人間はチーコの事を呼んだ。

それは突然の嵐だった。

チーコが住んでいた南の島に、ジェット船に乗った人間たちがやってきた。
誰かと喧嘩なんてした事のないチーコの仲間達は、みんな一編に殺されたり、捕まったりした。
チーコは捕まった側で、そのまま、「新宿」ってトコにある、あんまり性質の良くない店で見世物としてショーに出されていた。

チーコの種族は、皆歌が上手だった。
燃える様な、命を燃やすような、赤い、赤い、力強い、炎のような歌を歌った。
人間はチーコの歌を珍しがって、たくさんの人間の前で散々に歌わせた。

チーコは、10歳。
活火山がある、南の島で、毎日歌を歌って暮していた。
その日々は太陽みたいに暖かくって、海のように無限に続くと思ってた。

カフッ。

薄暗い小さな小部屋で、チーコは小さな口からたくさんの血を吐き出す。
此処に連れてこられて、もう一年になる。
チーコは、南の島の美しい空気の中でしか本来は生きられない生き物だった。

もう、永くない。
チーコは分っていた。
もう、私は、永くない。

目を閉じる。
おかあさんの顔
おとうさんの顔
友達の顔

チーコももうじきそちらに逝きます。
チーコは笑う。
怖くない。
怖くない。

ただ、恋をしてみたかった。

何度も、何度も、喉を震わせ、情熱的に歌った恋。

チーコは知らない。
恋を知らない。
チーコは知らない。
それが、どんなに幸せかを知らない。

突然、大きな音がチーコの鼓膜を震わせた。

「アァ!!」

声を上げて跳ね起きる。
すると、自分の顔を覗き込む黒い影にチーコは気付いた。
「ああ、間違いない」
男の人の声。
キンキンとした、鼓膜をやけに引っ掻く声。
パチパチと瞬いて、チーコは見上げた。
黒く長い髪が揺れていた。
何だか険しい顔。
南の島にたくさんいた、蜥蜴や、蛇にちょっと似ている。
けれど、彼らはこちらが乱暴をしなければ決して、牙をむく事のない大人しい生き物立ちチーコは知っていたので、チーコはちっとも怖くなかった。
恐る恐るといった手つきで、骨ばった硬い手が、チーコの体を抱き上げる。
煙草の匂いが、チーコの鼻腔を擽った。
「ひぅあぁ?」
喉を震わせ、だあれ?と問う。
「助けにきた」
思いの外優しい声だった。

チーコは、疑う事を知らない子だったので。
何度でもそれで騙されて呼ばれて笑って傍によって、何度も、何度も蹴り飛ばされるような子だったので、「ひぅふぁぅぅ!」と高い声を上げて笑って、しっかりとその胸にしがみ付いた。

夜の空の下、男はチーコを抱えて駆け出した。
長い髪が、漆黒のカーテンのように風に煽られ広がる。

きれいだな。

チーコは手を伸ばし、さらさらとした手触りに微笑んだ。

きれいだな。

夜のカーテン。
なんて、美しい帳。

「化け物が逃げたぞ!!」」
後ろの方から声が聞こえる。
チーコをたくさん殴った男たちの声だ。
「ひぁふぅ!」
叫んで後ろを指差し、気をつけてと叫ぶチーコの背中を分ってるよという風に優しく叩いて、髪の長い男は誰かを呼んだ。
「竜子!!」
るーこ?
首を傾げるチーコの耳に、闇を切り裂くエンジン音が聞こえてくる。
あれ、知ってる。
あれ、バイクってゆうんだ。
チーコの見張り役の男が読んでる雑誌に載ってたよ?

「誠!!」
女の人の声。
凛とした、強い声。
バイクに乗ったその女の人は金色の髪を靡かせて、チーコと男の前に急停止すると、慌てた様子でヘルメットを投げつけて「追手は?!」と問い掛けた。
「しこたまだ。 とっととずらかるぞ!」
そう誠と呼ばれた男は答え、宝物を抱くような手でチーコを抱き直し、るーこのバイクの後ろにまたがる。
「大丈夫。 怖くないから」
るーこが優しい声で言った。
「大丈夫。 行こう、チーコ」
誠が、チーコの名前を呼んでくれた。
「ひあぅぅふぅるるぅぅ!」
嬉しくって大声で笑う。
るーこのバイクが、夜闇の中を猛スピードで駆け出した。
神様だってきっと追いつけない。
大型バイクは、そうやってチーコを暗い部屋から攫っていった。

*******************************

「で?」
「匿って欲しい」
黒須の言葉に武彦は、はぁと溜息を吐き出した。
「この前は不良娘の捜索で、今度は…」とそこまで言ったところで、零が常に無い強い声で「お受けします」と勝手に返事をしてのける。
「おい…零!」
そう非難の声をあげる兄をキッと見据え、「受けるんです!! 絶対に」と殆ど悲鳴のような声で兄に詰め寄った。
「…まぁ、こっちとしては報酬さえ受け取れるんなら、別段構わないが」
そう言いながら、ひしっと小さな掌で黒須の服を掴んだまま膝の上で眠るチーコの顔を見つめる。
ステージに上げるからだろう。
顔にこそ傷はなかったが、体中痣だらけで、煙草を押し当てられた火傷の痕も点々とあった。
「…まだ…子供だぞ」
黒須の隣に座る竜子が軋む声で呻いた。
「…こいつ…まだ…子供なんだぞ」
自分だって世間じゃまだ、充分子ども扱いされる年齢の癖に、ぎゅっと握り拳を固めた、相変わらず派手な特攻服に身を包んだ女は「糞野郎共だ」と吐き捨て、「頼む」と律儀な声音で呟き、頭を下げてきた。
「…で? 何なんだ、この子を追って来てる奴らの正体は」
武彦が問えば、「アジア諸外国を縄張りに、麻薬の密売やら人身販売やら、まぁ後ろ暗い商売の業界で一気に伸し上がってきた新興のマフィアだよ」と黒須は答えた。
「で、そこのトップっつうのが、若干キてる趣味の持ち主でね。 人間と動物を掛け合わせて作るキメラの研究やら、人間外の珍種なんかを世界中から攫ってきてオークションに掛けたり、ショーに出したりするような、そういうえげつのねぇ商売もやってやがんのさ」
黒須の説明に、武彦はチーコの容貌をもう一度しげしげと眺めた。
チョコレート色の肌。
オレンジ色の髪。
鳥のような声。
小さな体は、人間の子供と変わりない形をしているが、唯一つだけ、大きな違い。
大きな、大きな一つの目。
チーコには目が一つしかなかった。
顔の真ん中に一つ、燃えるような太陽色の綺麗な目玉。
「ベイブが…俺達の上司がね、この子の事を見つけてさ、何とかしてやれってお達しが出たんだ。 たまに、そういう慈善事業めいた事をしたがる奴なんだが、今回はバックがやべぇ。 とにかく、三日間。 何とか、三日間あいつらからチーコを守ってやってくれ」
「何故三日間なんだ?」
そう問い掛ける武彦に、黒須はチーコを見下ろして、その唇に手を当て、彼女が確実に眠って居る事を確かめると、囁くような声で言う。
「保たない」
「……何がだ」
「チーコがだよ。 一年間、この汚れた街で引き絞るみたいにして生きてきた。 保たないんだ。 あと三日なんだ」
「それは…」
確かなのか?と問い掛けかけて、事務員が教えてくれた、彼らの上司と言う男が、全てを見通す力をある鏡により得ている事を思い出す。
「多分、俺達の住んでる城に連れてけば、多分危険に晒されないで済むんだろうが…そりゃあ、あんまりだろ? 最期位、外の世界で、楽しいもんばっかり見せてやりてぇんだ」
黒須の言葉に、武彦は溜息を吐き出して、零を横前で見れば、大きな目に既に涙を溜めていて、「兄さん…」と震える声で呼んでくる。
「あーーー、もう、分ったよ。 請け負うから、お前は泣くな、お前も!」
そうズビシと指差された竜子は、既に鼻水もだくだくに流していて「ううう、…だのむからなぁ?」と涙に濡れた声で告げてきた。

チーコを守るだけならともかく、その背後にあるマフィアまで相手にしなきゃならないとなると、かなり面倒な案件になるとひしひしと感じながら、武彦は二人の女の涙に負けて、この厄介な依頼を引き受ける事にした。





〜本編〜





初日。

「マフィアからの…警護ねぇ…?」
腕を組みながら、眉を上げて、そう翼が言う。

「手伝ってくれんだろ?」
黒須と武彦が並んでそう聞いてくるのを「うううん…」とわざと一度焦らしてみた。

勿論翼の心はとっくに決まっていて、竜子に懇願され、チーコを見た瞬間から、さて、どうやってチーコを楽しい気分にしつつ、ありとあらゆる危険から守っていこう?と算段を始めている。

何にしろ、今回は聞いてるだけで頭痛が起こる程の厄介な案件で、武彦もそうは見えないがかなり気合を入れてくれているようだった。

どんなメンバーを集めてくれているのやら…と思いつつ、こういう時に、真っ先に呼び出されるようになった自分を、「巧く使われちゃあいないか?」と自己反省しつつも頼りにされているようで少し擽ったい。
まぁ、女の子に優しくて、黒須や竜子とも知り合いで、腕に覚えもありまくる蒼王・翼は、今回の依頼にはうってつけの人物でもあり、そういう存在である事を自覚しつつ、「頼むよ!!」と口々に言い合う黒須と武彦を、少し良い気分で暫く眺めていた。



「で、結局、お前らの上司っていうのは何者なんだ?」

涼やかな女性の声に黒須は、はぐらかすように首を傾げた。
問い掛けたのは、黒・冥月。
細身の黒いシャツに、後ろに深いスリットの入った黒のロングスカートを合わせ、窓際に立ちながら、
腰まである黒髪を、背中で揺らしつつ、真っ白な紙にスッと美しく筆で引かれたような形をした睫の長い切れ長の目を閉じたまま、冷たい声で問う。

「おかしいだろう? 何の利益も見込めない。 誰が得するとも分からん。 ただのボランティアとは思えど、物騒な匂いもプンプンする。 善意のみで、このような件に首を突っ込む輩がいるとは考え難い。 目的は? お前達はどんな組織に所属してるんだ? そもそも、お前達自体は、何者なんだ?」

冥月のもっともな疑問に、黒須の視線が落ち着かなさげにあっちこっちする。
冥月の細い体は、華奢なのに鋼の強靭さを感じさせ、それでいてしなやかで柔軟な美しさを兼ね備えている。
彼女の実力を知っている翼は、冥月がいてくれる事に、心強さを覚えつつ、冥月の追及を興味深く眺める。
「あー…」だの、「うー…」だの呻く黒須に肩を竦め、冥月の攻撃の矛先は、この興信所の主人にも向けられた。

「大体、武彦も、武彦だ。 気安く受けるな。組織から逃げる事がどれ程困難か」
そう言いながら、自分のすぐ目の前にあるソファーに腰掛けている武彦を小突く。

「これほど得体が知れぬ連中の依頼等、本来ならば、蹴って然るべき案件だろう」

そう、彼の不用意さを責める冥月に「まぁまぁまぁ…」と笑いながら、この興信所の事務員、シュライン・エマが割って入り、「いいじゃないの。 とりあえず、とーぉぉぉっても胡散臭いけど、この二人の身元は私が証明するわ?」と胸を叩いた。
中性的で整った容姿は、同時に知的で、この事務所の宝とも言うべき優秀極まりない彼女に、エマがそう言うならばという気になる者も多いのか、皆、信頼に満ちた眼差しを彼女に送っている。
エマが皆に協力を求める意味も含めて、「ほら、黒須さんって、こう見えても、穏やかな午後に近所の美味しいケーキ屋さんのシナモンロールを突きつつ、熱い薔薇の紅茶を啜ってるお茶の一時なんかだったら、夢見心地に、気紛れに、気の迷いで『まぁ、僅かにはいい人かも…』と思えなくもない人だから…ね?」と、言葉を重ねるが、うん、これは、間違いなくフォローにはなってない。
黒髪も清らかに、透明感のある美しさを有した、美少女水鏡・千剣破が、黒曜石のような黒と、澄んだ海の如くの青のオッドアイを瞬かせ、横目で、黒須の様子を伺いつつ「えーと、黒須さんが既に涙目なんですけど、いいのか…な…?」と彼を指差した。
だがエマは、最早恒例となりつつある黒須『口』撃の手を緩めるつもりはないらしく、「ほら、黒須さんも、疑われてんのは、あなたのその、不気味さのみで構成されてるツラのせいなんだから、無理矢理、多分不可能だけど、その胡散臭い、87%成分がヤクザな顔にスマイルを浮かべて、みんなの信頼を勝ち取って?! はい、レッツ爽やかスマイル!」と言いつつ黒須を揺する。

わぁ、相変わらずの残虐ファイトっぷりだなぁ…と、最早、慣れっ子になってほのぼのしながら眺めた後、翼は「駄目です。 エマさん、その人笑ったらもっと不気味だから!!」と、追い討ちの追加点を入れておいた。
咄嗟に黒須が目頭を手で押さえつつ「もう、いっそ、死ね!って俺は言われたほうが気が楽だよ」と呻いている。
まぁ、ここら辺で援護射撃をしてやるか…と、「まぁ、僕も彼らの身元は保証しますから…」と魅力的な笑みを浮かべ、視線で皆を見回せば、一気に女性陣の視線が翼に釘付けになる。
「お願いします。 協力してあげてください」と、少し懇願してみれば、白金の髪も美しく、マシュマロのような色合いの柔らかそうな白肌も愛らしいエリィ・ルーという少女が、大きな翠の目を瞬かせ、頬をピンク色に染めながら「はい…翼さんの為にも…協力させて下さい…」と両手を組み合わせて答えてくれる。
「わ、私も、何でもするわ…! 大したお手伝いは出来ないかもだけど、精一杯翼さんのお力のなれるよう努力するから…」
そう宣言するのは、大人しげな容貌の女性で、小動物めいた小作りな頬を高潮させて、目を星屑を入れたかのように輝かせていた。
確か名前は歌川・百合子といった筈だ。
そんな二人の女性陣の様子に、負けてはおられぬと言わんばかりに、千剣破も勢い込んで、「あたしも、翼さんの為に…!!」と言いかけて、「いや、依頼人俺と竜子だから!!」ともっともなツッコミを黒須に入れられた。
ハッ!と三人揃って我に返っている様子を、翼は「かわいいなぁ…」とにこにこと眺める。

「あー…いや、エマさんが信用してるんなら、俺はもう、腹決めてたし、構わないぜ?」

そう言うのは、向坂・嵐という青年で、赤茶色の髪と、同じ色したキツ目の印象的な瞳の持ち主だった。
端正な顔立ちをしているのに、そんな事は、どうでも良いと言わんばかりの、気取りのない立ち居振る舞いが逆に好感度を抱かせる。

最後に、この面子の中でも圧倒的なまでの大人の色気を発散している兎月原・正嗣という男性に目を向ければ、「俺も、チーコを守るっていう依頼を受ける事に異論はないよ」と微笑みながら答えた。
聞くものが皆、骨抜きになりそうなほどの甘い声に、翼は本能的に「強敵!」と身構えてしまう。
とろりと甘く、喉を焼くようなチョコレートボンボンのような声。
百合子の勤め先のオーナーだという兎月原は、声に負けず劣らずの甘い端正なマスクに、少し崩れた隙がありながらも、何処か野性味も感じさせる色っぽい笑みを浮かべたまま、「今回、初めて事務所の仕事を手伝わせて貰うのだが、ここの評判は聞き及んでいる。 中々優秀なスタッフが揃ってるようだし、お姫様を守るだなんて、中々風情がある仕事だ。 この興信所を通しての依頼なら、明かせぬ事情が諸々あるにせよ、そうそうおかしな事はないでしょ?」と余裕ありげな様子で言った。


皆の意思表明に、ついと黒須に目を向け、「良かったな。 皆お人好し揃いで」と冥月が口の端を持ち上げて言えば、黒須は小さく笑って「あんたも、そのお人よしの仲間じゃねぇか。 手伝ってくれるつもりなんだろ?」と確信を持った声で言う。
その黒須の言い様が気に入らなかったのか、冥月が眉間に皺を寄せ、「大体お前等の主は本当に独善だな。余命3日なら助けない方が幸せかも知れんだろう」と黒須を指差した。
「楽しく過して少しでも未練を残せば、死ぬのが余計辛いぞ。何も知らず死ぬ方が幸せな事もある」
黒須は、冥月の言葉に笑みを深め、「善か、悪かは分からねぇよ。 正しいか否かっつうのも、まぁ、難しいわな。 でも、やれっつうから、やるんだ」と自嘲気味の声で答える。
「お前の…主が言うからか?」
「ああ。 まぁ、しょうがねぇ」
そして首に嵌っている細い黒い輪にも見える首輪に指を引っ掛けた。
「チーコ…守ってやってくれよ。 あんた…相当の人と見た。 そんで、多分…」
小さな遮光眼鏡の奥に見える、細く険しい目がじいっと冥月の事を見据え「優しい人間だ」と、唐突な声で告げた。
冥月にしてみれば予想外の言葉だったのか、少しだけ後ずさり、コツンと窓枠に肩をぶつける。
「適任だろ? 俺が選んでんだ。 間違いない」
武彦がそう自信ありげに言うのを受けて、改めて翼はメンツを見回す。

バラバラに見えた。
てんでばらばらで、咄嗟の団結力なんて見込めない面々。

少し不安に思いつつ、そうなのか?と翼が首を傾げる。
聞いただけでも、中々厄介なこの依頼を、この面々で乗り越えられるのか、疑問を感じつつも、自分は自分にやれるだけの事をやろうと握り拳を固めた。

「…笑止。 私は、然程優しい人間ではない…が、先程まで申していた事も冗談だ。 守る。 依頼は依頼だ。 どのような者が頼みの筋であろうとも、守る。 チーコを」
冥月が淡々と述べるその声は自負に満ちており、彼女がそう宣言すると言う事は、その言葉どおりの結果を導くのであろうと人を納得させる力に満ちていた。
「それで、チーコを追っている組織の名は?」
そう冥月が問えば、黒須は「『K麒麟』…てぇんだそうだ。 生憎、こちとら、そんな裏社会にゃあ詳しくねぇから、怖い名前なのか何なのかはさっぱりなんだが、ベイブ…俺らの上司は『面倒だ』とは言ってたな」と答えた。
麒麟。
中国の伝説の獣。
「聞き覚えがある。 K麒麟ならば、ちょくちょく余りよくない場所で、その名を耳にするよ。 確かに、随分と最近は幅をきかせているみたいだ。 だとすると、竜子とやらが科してきた制限が、尚面倒に拍車をかけるな」と呟き、冥月は唇に指を這わせて思案気な表情を見せる。
「殺さないで…か」

そう、竜子が、皆に言ったのだ。
この依頼にあたって、チーコを守る為に、武力を行使する事は止む無いとしても、相手を絶対に殺さないで欲しいと。

それは、翼にしてみれば、何だか竜子らしくて、微笑ましいようなお願いだった。
見る人間が見れば、甘い願いなんだろう。
そんな弱腰では、守れるものも守れないという人もいるかもしれない。
だけど、翼はそんな竜子の制限をむしろありがたいと思った。
血生臭い事は、こういう依頼には似合わない。

殺しなんてないほうが良いに決まってる。
何処か物騒な匂いのするメンバーも入り混じるこの依頼において、竜子の約束は、「相手を殺さなくても良い」という安心感を翼に与えた。

「勢いのあるマフィアは厄介だぞ。 保身考えず無茶するからな」
そう言いながらチラリと窓の外に走らせる冥月の視線が険しさを増したような気がしたが、ついと室内に視線を戻す時には、もう、平静極まりない眼差しへと変化していた。

「で、これからどうする?」
そう冥月が言えば、まず、エリィが手を上げて「旅、行こう、旅!!」と言った。
「安全を確保する意味でも、3日間移動を続けるってのは、アリだと思うの。 ルートの確保は任しておいて? これでも、あたし情報屋なの。 おいそれと、追跡なんてさせないわ! 旅行なら、色々見せてあげられて、チーコちゃんにも楽しい時間を過ごして貰えるしね?」
エリィの言葉に、翼も頷き、「それは良いかもしれない。 故郷の南の島まで連れて行ってあげれるのが一番だけど…」とそこで言葉を切り、「この人数での移動や、危険面、期間を考えると中々難しいかな。 だけど、そうだな、海…うん、海には連れてってあげたいね」と提案した。
「海、賛成。 そんで、水族館とか、どうかな?館内、意外と薄暗いし、周りの人は水槽に気を取られてチーコの事もあんま気付かれないんじゃないかな。 まぁ、勿論パーカーとか着てフード被ってもらったりとかの多少の変装だか位は必要だろうけど。 南の海の生態を紹介するコーナーとか、水族館にはあるし、チーコにとっては嬉しいかも知れない。 あと、俺も海は絶対連れてってやりたいな。 そりゃ、チーコの故郷に比べたら全然劣るだろうけど…見せてやりたいと思う。 チーコに何か特別な事をしてやれる訳じゃないけどさ…一緒に色んなもの見て聞いて…感じて…、そう言う事してやれたら良いと思う」
考え、考えしながら、そう語る嵐の口調に、皆がそれぞれ頷いた。
三日間、然程特別な事は、翼とて出来るとは思えない。
それでも、その「特別じゃない」事がきっと、チーコには特別になるのだ。
気負わず、それでも、チーコの事を幸せな気持ちで一杯にしてあげたい。
エマも「旅…いいわねぇ…。 じゃあ、宿泊所に一つアテがあるから、連絡入れておくわ。 古い神社でね、藤やツツジの名所なの。 きっと喜んでもらえるわ。 あと、移動手段も、一つ良いアテがあるから任せておいて」と流石の頼りになりっぷりを、既に発揮していた。
百合子も「旅行なんて…嬉しい…。 しかも、女の子を守るための旅なんて、なんて、ロマンチックなんだろう!」と感激したような声を上げる。
兎月原は、ある程度方向性が固まったと見たのか「冥月さんは、何か?」と問えば、彼女は首を振り「任せる。 何処へでもついていく」とだけ答え、また窓の外へと視線を向けた。
「じゃあ、今度は、可愛いお嬢さん方にも聞かないとね」と兎月原が言いながら立ち上がれば「あ、あたしが行くー! ちょうど、みんなの参考に良いかと思って、旅行雑誌を持ってきていたのです!」と言いつつ、じゃーんと雑誌を一冊掲げてみせる。
「こっから、チーコちゃんに指差しで、何処行きたいのか選んでもらおうよ」と言うエリィ。
実は、チーコ、竜子、それに、もう一人今回の依頼の参加者として呼ばれている飛鷹・いずみは、別室に控えて貰っていた。
というのも、あまり性質の良くない話(チーコの寿命について等)をどうしても話題にせざる得ない関係上、当人のチーコや、まだ子供のいずみには、話の内容を聞かせたくないという配慮から、竜子をお守り役としてつけて、書斎の方へと追いやったのだ。
とはいえ、竜子の子供っぽい言動と、明らかに年齢不相応な大人びた言語能力を見せていたいずみとでは、いずみが二人のお守りにも見えて、不満げに何度も振り返りながら書斎に引っ込んでいったいずみの可愛い顔を思い出し、誤魔化すのが大変そうだなぁと翼は他人事のように思う。

ぱっと見は、小柄な体躯も相まって、愛らしく、大人しげな少女にしか見えないのに、口を開けば、大人顔負けの論理でもって、驚くべき頭の回転の速さで会話を繰り広げるいずみ。
可愛い見た目に反したその怜悧なまでの知能を翼は、心から賞賛に値すると感じていた。
だが、こういう事態においては、あの賢さが厄介で、後ほど苛烈を極めるであろう、いずみの追及は避わすのが大変そうだと考えていると、千剣破が立ち上がり、「あたしも一緒に行く」とエリィに声を掛ける。

「旅行か…やばい、凄い楽しみなんだけど!」
「確かに、確かに!」

二人は、どちらも人目を惹く美少女ではあったが、千剣破は和装のよく似合いそうな日本美人であり、エリィは対照的にレースやリボンがよく似合いそうな西洋人形めいた愛らしい容貌をしていた。
そんな少女達がキャッキャッと笑う姿は、大変、大変愛らしく、翼はうっとりと眺めながら「なんて、二人とも可愛いんだ」と心中で呟く。
キラキラと光の粒を振りまくような少女の背中を見送りつつ、今回の仕事は女性が多くて中々華やかだし、チーコも凄く可愛いし、三日間楽しめそうだと翼は考えた。


「だけど…私、ここの興信所のお仕事って言ったら、もっと、おどろおどろしいものとか、ホラーなものばかりだと思ってたわ」
百合子がおっとりとした声で、興信所を見回しつつ、そう言った。
「えーと…ここのって、一応ですけど、どういう意味です?」と零が問えば、「えー? だって、ここは、『怪奇探偵事務所』なんでしょ?」と百合子が言い、それから「素敵よね…怪奇…」と呟く。
思わず頭痛を堪えるような表情を見せ、額に手をやった武彦が、うんうんうんと頷きつつ、「いや、色々誤解があるようだが…一応、今回初参加の君達にははっきり伝えておきたい。 違いますから!」ときっぱり、すっきり宣言した。
エマも、遠い目をしつつ、「そうなのよね…なぁんでか、こう、超常ってる現象系の依頼ばっかが舞い込むんだけど…一応ね? 普通の興信所なのよね。 建前は」と呻き、「もう、でも、今更後戻りは出来ない感じがしますよね」と零が総括するように呟く。
「ええ? 素敵じゃないですか! 怪奇探偵! あれでしょ? ゾンビとかと戦うんですよね? あと、ゾンビとかに襲われたり。 ゾンビとかに感染したり。 ゾンビと一緒に閉じ込められたり!! ああ、なんてロマンなんでしょ!」
そう感極まったように百合子が言うのを、呆然と眺め、翼は「え? なんで、ゾンビ推し?」と問い掛けた。
「いや、彼女、B級ホラーが大好きで…」と兎月原が説明すれば、ブンブンブンと手を振って、「ちゃんと、他の映画も好きだよう! あの、えっと、宇宙人モノとか、ジェイソンとかも、可愛いと思うし…」と兎月原に訴えていた。

全部、ホラーやんけ。
しかも、B級の代表選手やんけという周囲の突っ込みの空気に気付かず、兎月原に「はいはい」と頭を撫でられて、「えへへ」と百合子は、幼く笑う。
そんな二人の様子を見て、武彦が兎月原と百合子を交互に指差して「あんたら二人は恋人同士か、何かなのか?」と問うていた。
百合子はキョトンとした後、即座に「ぶっぶー! 違います。 私と兎月原さんは、あくまで、雇用主と雇われスタッフの関係なの」ときっぱり答える。
「まぁ、俺にとっては手のかかる妹みたいな存在です」と言って、兎月原が百合子の柔らかな頬を指先でピン!と弾くと、百合子は「あうち!」と呻いた。



そんな会話の最中、書斎から千剣破に「あ、いずみちゃん? いずみちゃん!」と呼びかけられているのも無視して、いずみが応接間の、ソファーにちょこんと腰掛ける。
ぐっと唇を引き結んだ表情は「私は、書斎に追いやられた事を怒ってます!」という気持ちを如実に映していて、その素直さに、翼は思わず微笑んだ。
「さ、話の続きをどうぞ?」
そう促すいずみに、黒須が困った顔になって、「いずみ? なんだ、退屈しちゃったのか?」と問う。
そんな黒須を「キッ」と一睨みすると、「いえ、のけものにされるのが、我慢ならないだけです」ときっぱり答えた。
ジトッとしたいずみの眼差しに耐えかねたように視線を逸らす黒須の代わりに今度はエマが「あ、いずみちゃん、いずみちゃん、ほら、これ面白いのよ? 絵が凄く綺麗で…」と言いながら、イギリスの児童書を鞄から取り出す。
油絵で描かれているらしい可愛いキャラクターが表紙一杯に描かれているその絵本は、いずみの目にも大層魅力的だったらしく、一瞬身を乗り出せど、すぐさま、ソファーに身を沈めて、ふいと目を逸らす。
「チーコちゃんと読んでらっしゃい、ね?」
にっこりと笑うエマに、いずみは「結構です」とぴしゃりとお返事。
するとエマは、「そうよねぇ…」と言いつつショボンと肩を落としてみせる。
「いずみちゃん、本たくさん読んでるから、私の翻訳の出来栄えが如何なものか意見聞きたかったんだけどなぁ」と残念そうに言いつつ、鞄の中に本を仕舞うエマに「また、後で読ませてください」と、いずみが慌てて言い添えていた。

もう、てこでも動かないぞ!と決意の滲んだ顔でソファーに座るいずみ。
百合子がパクパクと口を開け閉めして、いずみに何か言おうとするが、「ひゅぅ」と小さく息を吸い込んだまま、何も言わずに口を閉じた。
そのまま、じいっといずみを凝視する百合子に、いずみは居心地悪げに身じろぎする。
「あ…あの…?」
そう問うようにして、声をかければ百合子は自分が初めていずみを凝視していた事に気付いたかのように目をパチクリと見開き、見開いたまま首を傾げる。
「いくつですか?」
唐突な問い掛け。
当然のように、いずみは戸惑う仕草を見せる。
「…百合子。 ほら、いずみちゃんがびっくりしてる…し、出来るだけ脈絡を付けて喋るように言ったよね?」
そう、諌めるように言われれば、ふわふわと目で兎月原を見て、むぅと唇を尖らせた。
だが、質問の答えを諦める気はないのか、霞がかかったような眼差しのまま「で、いくつですか?」と再度問い掛けている。
「あ…10歳です…」
いずみの答えに驚き、「へぇ…」と一言だけ呟いて、それから「若い」と唸るように百合子は感想を述べた。

いずみが、余りに言葉のタイミングを掴みかねる会話のテンポに、言葉に詰まれば、「だって、皆さん気になってたと思うんです。 いずみさんと、初対面の方も多いんですよね? 私含め。 あんまりにも大人っぽい事を言うもんだから…10歳って、小学四年生位?」とまた、独特のテンポで言葉を重ね、兎月原に顔を向けたので、あ、さっきの言葉は、自分の「脈絡なく喋るな」という注意への反論だったのかと気付く。
「あ、そうです」といずみが答えれば、「そう…」と、まるで自分の世界に閉じこもっているかのような声で囁くと、また凝視するようにいずみを眺めた。
「…聞かない方がいいですよ?」と小さな声で忠告するように言う。
うんうんうんと自分の言葉に頷くような仕草を見せて、百合子はまたも言葉を重ねた。
「あんまり、良い話はしてなかったもの」

静かな声で「覚悟はあるのか」と涼やかに冥月が問い掛けた。
窓際に立ち、長い睫をした薄い瞼を閉じたまま、冥月は更に冷たい声で問いを重ねる。

「いずみ…といったな? お前に覚悟はあるのかと聞いている」

いずみは、緊張感を身に纏わせながら、それでもきっぱりとした声で、「出来てます」と答えた。
「何のだ?」
「全てを知る…です」
「…哀しい事もか?」
いずみは頷く。
「辛い事もか? 怖い事もか?」
重ねられる問いかけに、コクンコクンと頷くいずみ。

「大人と対等に扱うという事で良いんだな?」

冥月はいずみの意思を確認すると、無表情に口を開いた。


「チーコは三日後死ぬんだそうだ」


「冥月さん!」
非難じみた声をエマがあげた。
いずみが、言葉を失い立ち尽くす。

そうか知らなかったのか…と、いずみの表情を見て翼は静かに胸中で呟いた。

そうか、知らなかったのか…。


「知りたいと本人が言っている。 知る意思がある者が、知らぬまま他の者が把握していた悲劇に直面すれば、知らされなかった悲しみも合わせて、余計に辛い。 覚悟はあるといった。 だから、伝えた。 知ったからこそ出来る事もある」

冥月は、厳しい声音でいずみに告げた。

「考えろ。 いずみ。 知りたがったのはお前だ。 だから、知った以上、私たちと一緒に考えてくれ。 圧倒的な事実に際して、それでも自分が何を出来るのか」

いずみは目を見開いたまま、小さく体を震わせている。

ショックだったのだろう。
随分と仲良くなっているように見えた、チーコといずみ。


「うぃひぁぁははぁあ!」

無邪気な笑い声が書斎から聞こえてきて、いずみがびくりと肩を震わせた。

可哀想だとは思うが、冥月の言う通り、彼女が欲した事実だ。
現実は、時として、残酷で、どうしようもない姿を眼前に晒す。

死ぬんだそうだよ。 チーコは。

だからこそ、出来ることを。
だからこそ、彼女の為にありったけの幸福を。

翼はそう決めていて、きっといずみも、同じ決心を抱くだろうことを確信していた。

「どう…しよう…も、ないんですか?」
いずみが掠れた声で言った。
「ど…うしようもないなんて事は、ないと思うんです。 そんな、ねぇ、だって、チーコは…」

いずみが拳をぎゅうっと握り締める。

「チーコは、子供じゃないですか。 子供が死ぬなんて…そんなの、おかしい…」

いずみの言葉に、皆一様に口を引き結ぶ。

ふいに突きつけられた言葉に響きに、間違いなく翼は、戸惑った。

そうだよ。 子供だ。
まだ、10歳の子供だ。
10年しか生きずに、辛い目にたくさん合って、消える命。

子供が死ぬ。

理不尽だけど、命の終わりの訪れは、誰にも測る事は出来ず、皆一様に、唐突に失われる命を眼前にすれば「理不尽」だと呟くのだろう。

そもそも、命の存在そのものが、理不尽の果てに存在するものなのかもしれない。


いずみが、皆の視線に立ち竦み、どんどん顔を赤くしていった。
うろたえたように視線を彷徨わせ、無理矢理捻り出したような冷静な声で「…だから、良い大人が雁首そろえて、3日しか保たないとかいきなり泣き言を言ってないでベイブさんに泣きつくなり何か手が無いか尽くしてからにしましょうよ。 彼女の命を諦めるのは」とまるで憎まれ口のように皆の顔を見回しながら言い放つ。


誰も、いずみの目から目を背けなかった。
誰も、彼女を言いくるめようとはしなかった。

「いゆみぃ?」

チーコの声を聞いた瞬間、いずみの表情が一変した。
険しさの一片もない、優しい微笑み。

ああ、凄いな、いずみちゃんは…と、翼は素直に感嘆する。
何一つの不安も、チーコに与えたくないのだ。
自分の役割を明確に把握し、自分に徹底させている。

「なぁに? チーコ」

穏やかな声でチーコに問い掛けつつ、パタパタとチーコの傍に走り寄っていく。
エリィが開いた雑誌を見せ、写真に写るは、鮮やかな青い海と、崖の上に立つ白い灯台。
「あのな、チーコ、この、潮岬行きたいそうなんだよ。 あたいも、千剣破も、エリィも賛成なんだけど、山口県にあって、ちょっとばかり遠いんだ。 日帰り旅行じゃ済まないし、多分ニ泊三日位の日程になる。 今って、いずみ、GW中だっけ? チーコが、お前と行きたいって聞かないんだけどさぁ…、良かったら、いずみも付き合ってくれるか?」
竜子に問われて、間髪入れずに「もちろん」といずみが頷けば、チーコが嬉しげに「ひゃぁ!」と声をあげ、背後に並ぶ千剣破達を交互に見上げていた。
「良かったね、チーコちゃん」
エリィの台詞にチーコが頷いた。
「んじゃ、いずみも、お父さんと、お母さんに許可取らないとな?」
「他のメンツも、三日間は大丈夫なんだよな?」
そう彼が問い掛ければ、それぞれみんな頷いた。
「うん、あたしは大丈夫! んで、チーコちゃんの希望により、山口県の潮岬は、絶対、絶対行くの決定ね?」
エリィの書斎の扉の前に立ったままの呼びかけに、翼は頷きながら「じゃ、一旦解散かな? みんなそれぞれ用意があるだろうし…」と全員を見回す。

皆、異論はないのだろう。


ただ、何だか、少しだけ雰囲気がおかしい。
その違和感の正体は何?と聞かれると、翼は端的に「不穏さだ」と答えるだろう。

妙に不穏で落ち着かない気配。

これはなんだ?

翼は、咄嗟に風に探りを入れさせる。

何気なくソファーから立ち上がり、風の通り道に立って、不穏な気配の源を探り出した。

追っ手がもう、来ている。

どうやって此処が知れたのか?
いや、それを考えるより、チーコや戦闘に不慣れな者を此処から出してやるのが先決。
きっと、周囲はもう囲まれていると見るのが良いだろう。


ふと視線を感じれば、冥月が此方を見ている。

彼女も自身の影を操る能力にて、追手の存在は認識しているようだった。
冥月が余りに余裕の佇まいなので、何か妙案があるのかと、察する。
眼差しで、翼も気付いている事を伝えれば、微かに頷いてきた。
何にしろ、彼女の指示に従うのが得策。
翼は流れに身を任せる事にする。


竜子も、チーコも何も疑問に思わない様子で「おやつ買う暇あるかな? チョコ買ってやる、あと、あと、ポテトチップスと…酢昆布も欲しいよな…」とか、「ひっぅあふぅうう!」と嬉しげに言い合っている。
「えーと」と翼は人数を数え、「11人か…結構な人数だな…」と呟いた。
「あれ? 零は?」
そう竜子が問い掛ければ、「今回は、兄さんの手伝いに専念して、情報収集の面から皆さんのお役に立とうと思うので、お留守番です」とサラリと答える。
それから、零はチーコの傍へとしゃがみこみ、「楽しい旅をね?」と微笑みかけた。
気丈な笑みは、悲しみの雫を一粒たりとも滲ませはせず、まるで、本当にただ、朗らかに旅立ちを見送る者の笑みそのものだった。

強い。

翼は心中で唸る。
自分ならばどうだろう?
死出の旅。
見送れるか? あのように笑って。
分っていながら、それを微塵も感じさせない、零の笑顔。
彼女の気丈な笑みの為にも、チーコの幸福の為にも、翼は、全力を持ってこの仕事に取り組む事を決意した。



「じゃあ、今から一時間後。 駅前のロータリーで集合な?」
腕を組み、今まで黙って事務所内でのやりとりを聞いていた武彦が総括するようにそう声を上げる。
「三日間分の旅行の用意だからな? でも、あんま荷物は多くすんなよ」
武彦の言葉に頷いて「移動手段は電車ですか?」といずみが問えば「いや、まぁ、それは見てのお楽しみだよ」と武彦は含みを持った台詞を言った。
そういえば、エマが用意してくれるんだっけ?と視線を送れば、彼女も何だか意味ありげな笑みを浮かべていてなんて喰えない興信所なんだろうと少し呆れる。
「いずみは、ご両親にちゃんと説明すんだぞ? 連絡先は…」
「あ、私の携帯番号教えておくわ」とエマは挙手し、「もし、必要だったら、お家に説明のためにお伺いしてもいいけど?」と心配そうに顔を覗きこんだ。
流石の気の回りように、思わず感心してしまう。
「あ…大丈夫です。 そんなお手数かけられません」と丁寧に断りを入れるいずみに、百合子が目をパチリと開いていずみの顔を凝視する。
確かに、いずみは、ちょっとデキすぎだ。
今でこんなに優秀ならば、将来はこの日本を支えるような存在になるかもしれないと愉しみに思いつつ、翼は目を細める。
「じゃあ…エマ…よろしくな」
そう言われ、「任せて」とエマが頷けば、武彦は眩しいものを見るような目でチーコを見て「気をつけてな?」と優しく言った。
「あぅぃ!」
チーコが手を挙げ、大きな声で返事をする。
翼は、そうか、武彦も、これがチーコと最期の別れなのかと気付き、何だか切なくなった。

ここで、武彦と零はチーコの為に出来るだけの事をしてくれる。
彼らにしか出来ない事を。


「では、チーコ、いずみ、エマ、それに、竜子と…百合子も、途中まで兎月原に送ってもらえ」

冥月がそう告げた。
兎月原が微笑みながら立ち上がる。

名前を呼ばれてない。
事務所への襲撃に対応せよという事か。
チーコ達の護衛は…兎月原。

身のこなしから見て、かなりの腕前と見受けられる男に視線を走らせ「どうか、チーコを守ってくれ」と心の底からお願いする。


ぞろぞろとチーコ達と見送る為に零が出て行くのと入れ替わるかのように、一人の青年が現れた。

「ご…め…なさ…ぃ…! お…そくなった…っ!」

途切れ途切れの声。
赤く、長い髪が揺れている。

まるで、炎のような。


チーコの肩が少し揺れた。

見上げていると首が痛くなるような高い背をした赤い髪の男はひょいとチーコの前にしゃがみこみ「チー…コ…?」と首を傾げた。
チーコがこくんと頷く。
すると、全身の力が抜けるような、人懐っこい笑みを浮かべて、チーコの空いている手を握り締め、ぶんぶんと振る。
「は…じめま…して、ボク…は…、五降臨…時雨。 時雨って…呼んで…ね?」
首を傾げてそう言いそれから、今から出て行く所と言わんばかりの様子のチーコ達を見て眉を下げると、まるで置いて行かれる子犬のような目をしながら「何処…か、行く…の…?」と問うてきた。
「はい、ちょっと山口県まで」
冷静な声でそう告げる百合子に、益々困ったような顔をして、「山口…県…?」と時雨が呟けば、「百合子…唐突にそれじゃあ、時雨さん困るだろ? えっと、チーコの事で来て下さった、興信所のスタッフの方ですよね?」と兎月原が問い、時雨が慌てて頷く。
そんな入り口での遣り取りを見かね、「時雨! こっち来い。 全部説明してやるから」と武彦が声を掛けた。
コクンと頷いて、それから忘れてた!と言う風に、時雨がポケットをごそごそと探り出す。
「こ…れ…」
そう言いながら差し出した掌には、色違いの、髪留めのが二つ。
セットになっているのだろう。
キラキラと光る、ピンクのプラスチックのハートと、赤いハートがついた髪留めに「可愛い」といずみがが呟けば、にこっと時雨は笑ってまずは、チーコの髪に一つ着けた。
「は…ふぃぅぅ…!」
びっくりしたような顔をして、時雨を見上げたチーコの頬が見る見る真っ赤になっていく。
「着ける…と、もっと……かわいい…」
時雨がそう褒めれば、チーコは真っ赤な顔のまま、「あぅ…ぅ…あぅ…」と何も返事が出来ず、まるで、時雨の目から逃げるかのように、エマの後ろに身を隠した。
「あぅぅひぅ…」
「あら、照れてるの?」
エマの言葉に、翼も「可愛い」と胸中で呟いて、中々気の利くプレゼントを用意してきたものだと、時雨に対して感心した。
その後、いずみの髪にも手を伸ばし、時雨がもう一つ、ピンク色の髪飾りをつける。
「…うん…可愛い…」
そう言う時雨に、きっと髪留めはチーコのものだと勝手に思っていたらしいいずみは目を見開きながら彼を見上げれば「おそろい…友達…だから」と言って、にこにこと嬉しそうに笑った。
いずみは、手を伸ばして髪留めを触り、それから「ありがとう…ございます…」とお礼を言う。
そういう姿はやはり年相応の女の子で、なんだか翼は安心した。
チーコがエマの後ろからひょこんと顔を出して「ぅぁぅぁあ!」と嬉しそうに自分の髪飾りを触った後、いずみのを指差した。
「そうね、色違いのお揃いね」
いずみは頷いてそう答え、「ああ、凄く似合ってる」と兎月原も蕩けるような声で褒めていた。

「では、参りますか」

そう言いながら扉の外を指し示す兎月原に頷き返し、チーコ達が事務所を後にする。


「さて…」

何処か物騒な声で冥月は声をあげ、「では、片付けの時間だ」と宣言した。
翼は、ソファーから立ち上がり、風に自分の周囲に集うよう呼びかけ、戦闘準備を整える。
「片付け??」
「何をだ??」
キョトンとした声を、嵐と千剣破が同時に上げた。

「お前達、どんな能力を持っている?」

冥月に指差され、千剣破が「み、水だったら、自由に扱えます」とどもりつつも答えた。
嵐は肩をすくめ「何も? ひけらかすような能力はねぇよ。 まぁ、バイクの運転には自信があるが、あとは少々、運動神経が人より良い位だ」と答える。
「分った。 では、自分の身は、おのおの自分で守るように」
乱暴な言葉。
「「はい?」」
声を揃えて問い掛ける嵐と、千剣破を無視して、今度は時雨に顔を向ける。
「何匹片付けた?」
冥月の言葉の意味が一瞬分らずに首を傾げれば、風が教えてくれた。
外で待機していた男達の一部。
この事務所を取り囲んでいる面々とは別部隊。
ここへ通ずる道に待機している面々を、赤い髪の背の高い青年、つまり時雨が既に倒してきたという事を。
のほほんとした喋り口調に反した時雨の実力に瞠目しつつ、だったら、チーコ達は、敵に襲われずに済んでいるかもしれないと、翼は少し安堵する。
時雨は冥月の問いかけに答えようと、「五人…あ、ちょ…、ちょっと待って?」と、言いながら指折り数え始め、「えーと…えーと…多分、七人…」と時雨が心細い声で言えば、「上出来だ」と冥月は満足げに頷いた。
「では、残り、十三名。 こちらは、七名。 楽勝だろう? 早い者勝ちだ」
そうやけに愉しげすると、突如、冥月はしゃがみこみ、自分の影に手を「突っ込んだ」。

「んあ?!」

驚きの声が上がる最中、冥月の影から一人の男がその白い手に引っ掴まれて、現れる。
そのまま胸倉を掴み上げ、「組織を潰されたくなければ引けとボスに伝えろ。 弱小でも“黒冥月”の名は知っているだろう」脅し、冥月は窓から放り出した。
「な?! ななな?! なっ?!」
冥月と窓の外を交互に指差す嵐に顔を向け、独り言のように、「まぁ、こうやって脅したとて、このまますごすごと帰るわけにも、行かないだろうしなぁ…」と何処か呑気な声で、冥月が言う。
直後、興信所の扉が蹴り飛ばされ、窓ガラスも派手に割られて、複数の男が飛び込んできた。

翼は、無防備なまでに立ち尽くしながら、二方から飛び掛ってきた男達を予め集わせておいた風を使って吹き飛ばす。
そのまま、一方に走りより、ぐいと襟首を掴んで頭を持ち上げると「えい」と軽い口調で呟いて、額を机に打ち付けた。
手加減はしてあるから、脳挫傷等の命に関わる損傷はないだろうが、今は強烈な脳震盪に襲われている筈だ。
そのままぐったり動かなくなる男を放置して、もう一人、こちらに銃を向けた男に「こんな狭い事務所内でそんなのを撃ったら、通報やら、仲間に当るやら大変だって分からないのかい?」と呆れつつ、目に見えぬほどの速さで詰め寄り、その鳩尾に膝蹴りを食らわした。
仰向けになって倒れる男を見て、パンパンと手を叩き、「一丁上がり」と終わりを宣告する。


見回せば、既にカタはついていた。



皆、ぶっ倒れたり、目を回しているのを、武彦と黒須が手分けして縛り上げていく。

「お ま え は 、分ってたなら説明するか、俺も一足先に、こっから出しておいてくれ!」
そう怒鳴る嵐の声など何処吹く風で「中々筋が良い」等と褒めていた冥月が「全て片付いたな」と頷けば「事務所内は滅茶苦茶だがな」と恨めしげな目で冥月を武彦がじとっと眺めた。
「私のせいじゃあるまいし、そのような目で見るな」と獣を追っ払うかの如く、しっしっと手を振った冥月が、「さて、追手はまだまだ掛かると見て良い。 私の名前の神通力で、準備にそこそこ時間はかけてくるだろうが、追いつかれれば戦闘は避けられないだろう。 まぁ、健闘を祈る」と他人事のように言う。

もしかしなくても、分った。

冥月は、僕達の実力を測ったんだと、翼は確信する。
多分自分ひとりでも片付けられたものを、ここに集まっている面子の能力や、実力を把握する為に、この狭い事務所内で、13名の刺客を叩かせたのだろう。

冥月は、軍師の如くの眼差しを皆に走らせ、にいっと嬉しげに笑う。
恐ろしい事に、ここにいる面々は皆、彼女が設けているハードルをクリアしてしまったらしい。

「武彦、後始末は大丈夫だな? 警察にでも任せれば良い。 この先の襲撃が心配なようなら、また別の人員でも呼んでおけ。 お前の知り合いならば、充分対応出来るだろうが…まぁ、もう、ここには来るまい」

そう予言めいた事を言う冥月に続いて、翼が肩を竦めて、「じゃ、僕達も一旦解散する事にしよう」と言った後、試されていた事の不快感を露に、ついと冥月を振り返り、「我々はご信用いただけましたか?」と皮肉げな調子で問うた。
冥月は、涼しげな顔で「想像以上だ。 翼も、凄まじいな、期待している」と笑って告げてきて、喰えない人だと、肩を竦めた。




さっと自宅にて荷物を纏めて向かった集合場所には、一台のバスが停まっていた。

バスの乗り場口付近で、兎月原と黒須が立ち話をしている。
兎月原がチーコを抱いていて、フードですっぽり顔を隠しながらも、バスを見て嬉しそうな歓声をあげる声が翼の耳に届いた。

それもその筈、そこに白い車体には羊の顔がペイントされ、横原の部分に「××幼稚園」としっかり幼稚園名が入っている。

「羊のバスだ」

思わずバスへと駆け寄り、そう口にする。
黒須と兎月原が同じタイミングで振り返った。
「可愛い」
そう言いながら思わず微笑む。
「幼稚園からの払い下げらしい。 興信所が昔請け負った依頼を、解決したのはいいが、依頼者が報酬払えなくって、それで、代わりにってこれを置いて逃げたんだとよ。 依頼主が幼稚園の園長だったそうだが、経営が立ち行かなくて、潰れちまったんだとさ」
黒須の説明に翼は「まさか、武彦もこんな場面でこのバスが活躍するとは考えていなかっただろう。 …何が役に立つか…分からないものだな」と呟き、兎月原も頷く。
「チーコ、よかったね。 こんなバスなら、楽しい旅が出来そうじゃない?」
翼の問い掛けに、ぶんぶんとうなづき、ペタペタと羊の顔の辺りを触るチーコを微笑ましく見守って、それから、車内に乗り込んだ。

「ああ、そういや、兎月原さんって、何の仕事してるんですか?」

何だか、カタギとは思えないが、だからといって、裏の世界で生きているとは思えない兎月原の正体が気になって、何気ない調子で翼が聞けば、兎月原も何気ない調子で「出張ホスト」とあっさり答えた。

へえ…出張ホストねぇ…。
ああ、通りで、何だか、雰囲気が素人っぽくないわけだ。

うんうん…出張……ほ す とぉぉぉ?!!!


脳に正しく兎月原の職業についての情報が辿り着いた瞬間、翼は見る見る内に目を見開き、それから凄い勢いでチーコを兎月原の腕の中から取り上げた。

そんな女の子からお金を巻き上げて生活しているような男の腕に、チーコを抱かせておくわけにはいかない!!
使命感にも似た気持ちで、ぎゅうっとチーコを抱き込めば、チーコが「あふぅ!」とびっくりしたような声をあげる。

驚いて「え? 何?!」と兎月原が問うてくるので、「不潔だ!」と指差ししながら、不潔宣告をした。
「えええ?」と首を傾げている兎月原に、「女性を相手に商売をしている人に、チーコを任せられません!」と荒い声で断言する。

チーコを腕に抱いたまま座席にどすんと腰掛け、じとっと兎月原を睨めば、甘い微笑を返してきて、咄嗟にぷいと顔を背けた。
「あなただって、随分と女性の扱いに慣れてたじゃない」
そう言われ、女性に対する敬意を払った言動と、ホストの口説き文句を一緒にされるなんて、なんたる侮辱!と憤りつつ「ふん」と鼻を鳴らし、「扱いだなんて、人聞きの悪い。 僕は全ての女性に愛情と尊敬の念を抱いているだけさ。 ホストとは違うね」と言い放つ。
兎月原はその頑なな調子に、笑い声をあげ、黒須が「ま、色々商売あるからな」なんて分かった風な口を利いた。
そのまま、黒須は運転席に腰を下ろす。
思わず、翼は険しい表情をきょとんとさせて、兎月原と顔を見合わせると「ま…まさかだけど…黒須さんが運転するのかい?」と問い掛けた。

「なんで、まさかなんだよ」

唸るような声で言い、「これでもれっきとした、大型免許持ちの、元都バスの運転手なんだけど」と黒須が答える。
思わず、二人の時が止まった。
チーコが無邪気に「ひぅあっぅ」と呟いている声だけが車内に響き、その後「「ええええ?!」」と揃って声を上げる。
「見たことない! 黒須さんみたいな、カタギじゃない雰囲気丸出しのバス運転手は見たことない!」
そう翼が指摘すれば、兎月原も「妖怪バス!! 名付けて妖怪バス!!」と思わず黒須の不気味な雰囲気を鑑みて、咄嗟に命名してしまっていて、「なーんーでぇーーだーー!!!」とおどろおどろしい声で叱られてしまった。

その後、やってくる面々皆が、黒須が運転手であるという事実に驚き、慄き、立ちすくむ様を順繰りに眺め、それぞれ茶々を入れつつ、翼は「初対面の人も多いのに、外見で、これほどイメージが固定される人も珍しい」としげしげと黒須を眺める。
ふいとバスの外に目を走らせば、竜子が嵐からメットを受け取っていた。

嵐は、非常用の移動手段として、バイクに乗ってきたらしい。
確かに何か危険に晒された時、小回りが利き、スピードもあるバイクならば、チーコを危険な状況から脱出させる事が可能だろう。

「へぇ…竜子さん、後ろに乗せて貰うんだ…」

そう小さく呟けば、竜子がこちらを見上げ、ニカッと笑って手を振ってきた。
翼も笑顔で手を降り返す。
バスの中には続々とメンバーが集まってきていて、翼は、今から旅に出るのだという気持ちをやっと抱ける。
すると、途端になんだかワクワクしてきてしまって、自分の現金さに苦笑を浮かべた。



全員が無事揃い、バスは思ったよりも平和に出発を果たせた。

流れるように後ろに過ぎ去っていく景色にチーコが歓声を上げていた。
チーコを膝に乗せたエマがその頭を撫でながら鼻歌を歌っている。 ハスキーな声が優しく、穏やかな旋律を奏でるのが心地よくて、冥月が視線を向ければ、エマは少女のように微笑んで「楽しいね」と斜め向かいに座るいずみに言っていた。
青い空がどこまでも続いていて、初夏の日の光が優しく窓から差し込んでくる。
「ぁううぃぅぅ?」
「ああ…あれは、つつじ。 綺麗でしょ? もっとたくさん咲いてるとこにも連れてってあげるからね?」
「ひぅうあぃぃぃー!」
「ああ、はいはい、じゃあ、なんの歌が良いかしら?」
明らかにスムースに会話を交わしているエマに驚けば、千剣破が「チーコちゃんの言葉、もしかして分るんですか?」と、問い掛ける。
「んふふ、自慢じゃないけど、このエマさんは言葉に関しちゃエキスパートよ?」
そう言いながら胸を張り、それから傍らにある鞄から大学ノートを一冊引っ張り出した。
ペラペラと開いて見せてくれると、そこにはびっしりとメモ書きがしてあって、急いで書いたのであろう走り書きの状態であるというのに、それがとても読みやすい字である事にまず驚いた。

「チーコちゃんが住んでた島の位置をね、黒須さんに聞いてきてもらったの。 チーコちゃんが喋ってる言語が何処から伝わってきたものなのか知りたくてね? というのも、彼女の舌っていうのは、私達とちょっと作りが違って、長さがとても短いの。 喉の構造も違うようで、そもそも人間とは発声方法が違うと考えた方が良いみたい」
エマの言葉に聞き入れば、エマはノートをチーコの頭の上でペラペラ捲りながら喋り続ける。
「だから、彼女の言葉の音は、母音と、ハ行の音、それに時折カ行が入り混じる位で、とても限られてるわ。 これが歌となると、また発声手段が変わってくるみたいなんだけど、そこまでの仕組みはちょっと分からない。 何にしろ、チーコちゃんの種族は会話における音が限られるから、当然語彙も限られてくるのよ」
「つまり、コミニケーション手段が『言語』である事が向かない種族という訳ですね」
翼の言葉に、「その通り」とエマが頷けば「確かに、それなら別のコミニケーション手段が発達して然るべきなのかも知れない」といずみも呟く。
「チーコの様子を鑑みるに、チーコはとても知的レベルが高いと思うんです。 幼い所が目立ちますが、私のクラスメイトにもチーコのような無邪気な振る舞いが目立つ子も大勢おりますし、現に彼女は人間社会に連れてこられて一年程の時間の間に、こちらの仕草を真似できるほど理解し、言葉も殆ど耳で聞く限りはその意味を分かっているように見受けられます」
いずみの明晰な推測に翼は、相変わらず賢いと舌を巻く。
チーコは自分の話だからか、眼を大きく見開きながら、エマといずみに交互に視線を走らせた。
「まぁ、…いずみちゃんから見れば、大概の子は幼く見えるだろうけど…でも、確かにチーコは賢いよ。 その、エマさんの言うように、発声に関しては種族や、器官の構造の違いから、僕達と同じような発声が出来ないから、チーコはチーコの種族の言葉で喋っているんだろうけど、もし発声器官が同じなら、きっと僕らの言葉をマスターしていたような気がする」
翼は唸るような声でそう言った。


「耳が、いいのだろうな…」


目を閉じ、眠っているかのように静かに座席に身を預けていた冥月がぼそり呟く。
「歌を得意とするものは、大抵聴力に優れ、耳で聴くものへの理解力が高い。 チーコは、一年間人間社会で過ごし、耳にする言葉の、音程や、高低、台詞の強弱等から、瞬時にこちらの言っている事の大まかな意図を察し、反応をしているのだろう」
冥月の言葉に、翼が感嘆しながら「賢いな、チーコ」と言えば、チーコが誇らしげな声で「ひぅぁう!」と声をあげる。
そんなチーコの頭を愛しげな手つきで撫で、「よいしょ」と掛け声かけつつ抱え直すと、「そうね、だからね、これだけ知的レベルが高く、喉の構造から見て『言語による会話コミニケーション』に向かない種族が、それでも何故『会話』によって、コミニケーションを交わしていたか…そこに私は着目したの」とエマはよく通る、ハスキーで耳障りの良い声で言った。
「ああ…確かに、それほど知的レベルが高ければ、自分達独自のコミニケーション方法を発達させていたとしてもおかしくないな」
兎月原が、鼓膜を直接舐るような、官能的な声で「それで、エマさんは、何故、チーコの種族が、それでも『会話』によるコミニケーションを発達させたんだと考えてるんです?」と問い掛ける。


茶色の髪に日の光が透けていて、これぞ「女にモテる男の見本」のような、美形ぶりに翼は、「声どころか容貌も甘ったるい」と視線を逸らした。
エマは、蕩けた顔で兎月原に見惚れていたようだったが「ハッ」と気を取り直し、「あ…いやいや、あのね、つまり、言葉が『伝来』したんじゃないかな?と思ったのよ。 人間からね」と答える。
「…ああ! そうか。 それなら、納得です」
大きく頷くいずみ。
「チーコの住んでいる島に、難破した船の乗組員等が流れ着いた可能性はゼロとはいえない。 どういう海流が、島の周囲を囲んでいるのかは見当がつきませんが、人間という会話によるコミニケーションを主にしている種族が、チーコ達の祖先が住む島に流れ着き、『言葉』を伝え、それが、チーコの代にまで伝わったと考えるのが自然ですね」
「そう、その通り。 言葉が伝わったのがどの位の時期なのかは見当がつかないけど、推測だと、かなり昔の事だと思うの。 ほら、今の時代だったら、言葉を教えたりとか、そういう事の前に、世紀の大発見としてチーコちゃんの種族を世間に公表したりとか…」とそこまで言って、エマの表情が徐々に曇り、それから口を一度噤む。

つまり、今の時代に人間に発見されてしまったから、チーコ達の種族の、悲惨な現状があるのだ。
昔ならば、難破し、無人島に辿り着けば、そのまま通信手段もなく、救助も求められず、その島で生を終えるしかなかったのだろう。
きっと、昔、チーコの島に辿り着いた人間は、彼女たちの種族と仲良く暮したに違いない。
人を疑わず、すぐに誰にでも懐き、笑顔を向けるチーコを見ていて翼は確信する。



「…そうすると、チーコちゃんの言葉にはルーツがあるという事ですよね? 地球上にある、何処かの国の言語が、彼女たちの言葉の成り立ちとなっているって事ですか?」

百合子が、空気を変えようとしてというよりも、全く場の空気読まないままに、素直に口を開いたといったような声音でそう自分の意見を述べる。
だが、彼女のほのほのとした声に、明らかにエマはほっとしたような表情を見せ、「そう! その通り! 私、こう見えても言語オタクでね? 黒須さんに、彼女の島の場所をベイブさんに聞いてきて貰ったのよ」と話の続きを始めた。
「で、先程まで述べていたような考察からチーコちゃんの祖先が人間とファーストコンタクトした時期を割り出してみると、航海技術が長期航海に耐えられるほど発達し、それでいて情報技術や、通信手段が今ほど栄えてない時代…。 そう考えてみると…大体15世紀中ごろから、17世紀中頃じゃないかな? と私は考えたわけ」と滔々と説明を続けるエマに、「大航海時代!」といずみが手を打った。
「だ…い…こうか…い?」
時雨がきょとんと首を傾げる。
「なんか…凄く…辛い…時代だった…とか?」
そう無邪気に問う時雨を見て、百合子が「ああ、それは、『大後悔でしょ』と突っ込んであげたいのだけども、突っ込んだら大火傷!って感じだから、何も言いたくないっていう、私の気持ち分って貰えます?!」と兎月原に訴えている。
「え…百合…子…火傷? あ…、大丈夫…? 大丈夫…?」
眉を下げ、心配そうに自分に手を伸ばしてくる時雨に、「いや、もう、あの、え、ええ、ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」と、最終的に謝っている百合子を見て、何だか気の毒な気持ちに陥りつつも、助けようもなく、翼は同情の気持ちを込めて百合子を眺めた。


「大航海時代って言うのは、スペイン、ポルトガル等のヨーロッパ人が領土拡大や、当時は金と同じ重さの金と等価で取引されていた香辛料を求め、インドとの直接貿易の為に、アジア大陸、インド大陸、アメリカ大陸へと航海による海外進出を盛んに行っていた時代です」
いずみの説明に「…あ…うん」ととりあえず頷いた時雨は、眼をパチパチさせながらマジマジといずみの顔を凝視している。
翼が「本当に、君が小学生だっていうのが、信じられないよ。 見た目はそんなに可愛いのにね」と翼は心から褒めると、いずみは照れたように頬を染める。
「ああ、では、チーコの言語の元は…」
そう顎先に指を当てて、兎月原が「ヨーロッパ圏の言語」と言えば「そう、彼女の言葉のルーツは、ポルトガル語よ」とエマはにっこり笑ってノートを閉じた。
「言葉の元さえ分れば、言葉の響きや、選択されている音の強弱からも、チーコの言葉の意味が推察できる。 幸い、ポルトガル語なら習得済だし、彼女の言葉をこうやって書き留めて、翻訳しつつ、ちょと理解してこうとしてるの。 簡単な通訳くらいだったら出来ると思うわ」
そうエマが言うのを、出会ってから数時間でも、よくぞまぁ…と感嘆すれば、皆のその無言の驚きを理解したのか、「いや、まぁ、だから、えーと、言葉が好きなの。 趣味なの。 だからよ」とヒラヒラと手を振りながら、凄まじい事を何でもない事のように言って纏めた。

「エマさんって…ほんっと…尋常じゃないよね」
千剣破が心底の声で言えば、エマも心底の声で「いや、でも、私、ほら、みんなみたいに、『破壊光線!』とか『テレポーテーション!』とか出来ないから…」と否定する。
即座に、千剣破が「いや、幾らこのメンバーでも多分、誰も『破壊光線!』とか撃てないから。 『テレポーテーション』とかしないから」と、速攻否定し返した。
とはいえ翼としては、先ほどの事務所内での攻防にて、『破壊光線』に近いことをやってのけられるメンバーが入り混じっているのを知っている為に、まぁ、何だかんだで「尋常」な人間の方が少ないよな、この車内と思い、改めて見回して「あ、いや、いないのか」と重ねて納得する。
ただ、自分自身の事は、当然省いて考えている訳で、他の面子からも「尋常じゃない」と自分が認識されている事など当然知らぬ気に、「まぁ、自分の事は自分では分からないものだしな」なんて、まさしく己に当てはまるような事を、腕を組んで他人事のように翼は考えていた。

「う、うう、なんか、凄い…だって、興信所の事務員さん…なんですよね?」

百合子が両手を組み合わせながら問う。
「ん? そうよ? もう、雑用ばっか! ていうか、ボランティアだし! 給料殆ど払ってくれないし!」
そう訴えるエマを、またパチパチと瞬きして眺め百合子は、「そんな…エマさんがボランティアだったら、私お金払って勤めさせて貰わないといけない」と呟いて、「あ、それはいいな」と兎月原が笑った。
「ま、エマさんは、ほら、ね?」
にやっと、笑う千剣破を、「何よう」とエマが睨んでくる。
「ボランティアっていうかぁ…武彦さんをお手伝いしたいだけだもんね?」と首を傾げて言えば、ピッと片眉を上げて「からかわないのっ」と千剣破は怒られた。
「う、うう、どうしよう、どうしよう」
おどおどと見回す百合子の様子に「どしたの?」と、黒須のすぐ近くに座って道をナビ係をしていたエリィが振り返り、百合子は「えーと…」と言いつつ、自分の網棚の上にあげらている鞄をごそごそ探り出す。
「…事務員らしく…こんなものを作ってきたのですが……」
そう言いながら取り出したるは、十数ページ程の小冊子の束。

「あの…しおりです」
そう言いながら渡された冊子には、可愛い兎のイラストやら、今回参加するメンバーのミニイラストが描かれた表紙が付けられていて、「かわいい…」といずみが呟き、千剣破も、「きゃぁ!」と嬉しげな声をあげて、ページを捲りだした。
「ね、ね? この子があたしだよね?」
黒髪の女の子がニコと笑っているのを指差せば、百合子が恥ずかしげに頷いた。
「うあ、上手! ほら、時雨さんなんかもそっくり!」
指差す千剣破の指先を眺め「うわ…ボクだ!」と時雨も楽しげな声を上げる。

「旅行と言えば…しおりです!」
妙な力強さを持って断言する百合子から冊子を受け取った面々は、思い思いの表情で冊子を捲り始める。
「頂戴、頂戴!」
そう手を伸ばすエリィに、廊下側に座っていた冥月が手渡せば、「ほんと、凄い可愛いー!」と言いつつ、運転席に座り黒須に冊子を手渡していた。
にこぉと笑って、自分の似顔絵の部分を指先で撫で「ゆぃこぉ! はぅぃぅ!」と百合子に満面の笑みを見せる。
「注意事項とか…あと、スケジュールなんか書いてみました! 緊急の連絡先として、エマさんの携帯No書かせて貰ったんだけど…」
「オッケー! はぐれたり、迷子になったら、連絡頂戴ね?」
そう声を掛けるエマに、苦笑を浮かべる者もいれば、大真面目に頷くものもあり、「しおり」の登場に俄然盛り上がる旅行ムードに、何だか翼は微笑ましくて和んでしまう。
ぺらぺらと読み込んでいけば、旅行の予定表なんかもあって、よくもまぁ、あの短時間にと百合子に対して感嘆の念を抱いた。
「わ、でも、これ、ほんとに便利。 メモ用紙にも出来るようになってるし…、凄い…あはは、嬉しい! これから行く場所の、見所とかも書いてある。 よく一時間で作れたわねぇ…」
感心したように言うエマは「凄いわよ、百合子さん」と心からの声で言い、翼も、あれだけ、自分に何が出来るのか弱気な様子を見せておいて、これだけの事を懸命にやってきていた彼女に感心する。
百合子は嬉しげに「よかった、喜んでもらえて」と胸を撫で下ろし、にこっと幸せそうに笑った。



夕時。

高速のパーキングエリアで、夕食がてら休憩を挟む。
チーコの外見の特徴を考慮し、車内で休憩をとる事にした。

買出し班が、色々な物資を調達しに行っている間に、車内を食事が取りやすいよう座席を回したりして、調整を始める。
エマが、バスの横原にある荷物置き場から、車内に簡易机を運び込もうとしているのを手伝う為に手を伸ばす。
「重いわよ?」と言われるものの、彼女が一人で運んで来れたものだからと油断して請け負えば、想像以上の重さに一瞬よろけた。

「大丈夫?!」

そう驚いたように問われて頷き返しつつも、よくもまぁ、これを一人で…と驚嘆する。

他にも色々なセッティングを行っているうちに、買出し班も戻ってきて、みんなでお待ちかねの夕食タイムと相成った。


「じゃ、じゃーん!」
エリィがそう言いながら、大きな紙袋から幾つかのタッパーを取り出した。
「時間ないからさぁ、冷蔵庫の中のもの詰めて、あと、短時間で作れるものだけ作ってきたんだけど…」と言いつつ、バスの中央座席にエマが持ってきた、小さな折り畳み机の上に広げる。
チェックの可愛いランチョンマットを敷いた上に並べられた料理の数々は、とても短時間で揃えたとは思えない彩の良さと、明らかに凝った料理の数々で、「えへへ、そこのポテトサラダとかは、結構自信作」と言いつつ、薦められるままに箸を伸ばせば、ほくほくとして、しっとりとした舌触りに、思わず目を細める。
「山菜おこわのおにぎりもあるからねー」と、エリィが言って差し出すのを受け取って、「へぇ、旨いもんだな」と黒須が褒めれば、「えへへへ」と嬉しそうに笑って、それから、「こうやって大人数で食べるのって楽しいね」と、気持ちの篭った声で言った。
チーコが、片方の手におにぎり、片方の手にから揚げをさしたフォークを握り締めながら、「はぐはぐ」と懸命に口を動かす姿を見て、「はい、喉に詰まらせないようにね?」とエマが注意している。
魔法瓶に入れてきたという、お味噌汁を啜りつつ、ああ、確かに、ご飯は誰かと食べる方が美味しいと強く感じた。
一人で食べるご飯よりも、たくさんの人と一緒に食べたほうが美味しい。
空豆と明日葉の掻き揚げを食みつつ、「時間がたってもサクサクしてるのね。 また、コツ教えてよ」とエマがエリィに強請り、時雨がチーコに負けない位口いっぱいに食べ物を詰め込み、片手に握り締めた五平餅にもパクついている。
百合子と千剣破は、ひたすら「美味しい、美味しい!」と感想を言い合い、それぞれ「このロールキャベツとか、もう、お店出せるよ」とか「この白和えもサイコー」と感想を述べ合っていた。
翼は、皆の為にこんな用意をして来てくれたエリィが愛おしくて堪らず、「あなたみたいな方の恋人になる男性は世界一の幸せ者だ」と絶品の微笑みで褒め湛える。
そうなると当然のように兎月原が澄ました顔で、「ああ、願わくば、俺もその、世界一幸せになれる男候補に名乗り挙げたいものだ」なんて甘い声で告げていた。
何故女性に生まれてしまったのだろう?と思う程の、ハンサムっぷりを発揮する翼と、甘いマスクに似合った甘い声で賞賛する兎月原の前に、頬を染め、へにょへにょと身をくねらせながら、「ううう、やばい、照れすぎちゃう!」とエリィは喚く。
竜子と嵐も、バイクでの走行と言うのは体力を使うのか旺盛な食欲を見せ、ブロッコリーの塩茹でに、レモンの手作りドレッシングをかけたものを皿に山盛りに取りながら、「うめぇ…! 野菜って正直そんな好きじゃなかったんだけど、こうやって喰うとうめぇんだな」と感嘆の声を上げている。

竹の子のオーブン焼きや、菜の花とあさりを卵でとじたもの等春野菜をふんだんに使った料理の数々に舌鼓を打ち、サービスエリア名物のチープながらも、暖かで癖になるようなテイクアウトの品々も綺麗に平らげ、これまた最後に暖かな緑茶を啜って、大層賑やかな夕食を終える。


「んじゃ、嵐君、交代」



そう言いながら立ち上がったのはエマで「バイク疲れたでしょ? 鍵、貸して」と言いながら有無を言わさず差し出す手に、嵐は目を見開いたまま鍵を渡し、それから「はえ?!」と声を上げた。
「私、大型二輪の免許持ってるから、交代要員に数えてくれて良いわよ? お昼からずっと走り詰めでしょう。 休憩なさいな。 あ、運転技術は、結構折り紙付きだから大丈夫」と言うエマに、嵐は「いや、そこら辺は疑っちゃいないが…外結構風冷たくなってくる時間帯だし、女が体冷やしたらまずいだろ」と眉を寄せて言う。
エマは首を傾げ、ひらりと軽やかな大人の笑みを見せると、「あら。 優しいのね。 ありがと。 でも、ちゃんと、防寒用にダウンジャケットと革パン持ってきてるし、季節的にもそんなに冷え込まないから、心配しないで」と言い、肩にボストンバッグを提げて颯爽とバスを降りていく。
そんな格好の良い背中を皆で見送って、「あの人…なんでも出来るんだな」と呻く嵐に、「意外な特技発見よね」とエリィも頷いて、「要するに、暇人って事だろ?」と黒須が口を歪めて憎憎しげに言えば、竜子がその後頭部を思いっきり叩いた。
「姐御の悪口言うな! 命が惜しくないのか!」
竜子の物の言いに、「いや、その筋の人じゃあるまいし…」と思えども、うっかり時雨が「やっぱり…、どこかの…組の人だったんだ」と大きく頷いていたりして、確かに肝の据わり方は尋常じゃないが…と翼は頭痛すら感じ始める。
百合子と、兎月原も「只者ではないと思っていたが…」「やっぱり、その筋の関係者だったのね。 なんで、じゃあ、興信所の事務員を?」と話し合い始めており、心の中で「エマさん。 すいません」と呟いて、翼は面倒臭さに負けて、この誤解を解く努力を放棄した。



二日目。

昨日は、夕食後、普段は忙しさにかまけて読めていなかった文庫本に目を通しているうちに、疲れていたのかいつの間にか眠りこけていた翼。
バスタオルをタオルケットの代わりに掛けられていて、「ふあ」とあくびをしながら身を起こすと、キラキラと目を輝かせながら、万華鏡を覗いているいずみと、チーコの姿が目に映った。


「わぁ…」

そう、微かな、それでも、驚嘆しような声をあげるいずみの姿に、今万華鏡を覗いている彼女の目に、どのような世界が映っているのだろうと興味深く思う。

「綺麗だろう」

低い声。
顔を向ければ、腕を組んだまま、眼を閉じていた冥月が、二人に顔を向けずに腕を組み「人から貰ったものなのだがな、暇を潰すのに丁度良い」と告げていた。
冥月があげたのか…と少し意外に思う。
彼女は、皆からも、チーコからも距離を置いているように見えたから。
だが、万華鏡を無邪気に覗いているチーコを見る表情は存外に穏やかで、「今兵庫を通過中だ。 神戸市にある水族館へと向かっている。 あと少しで、次の休憩所に着く。 そこで、洗面と朝食を済ませよう」と告げた言葉の柔らかさに、彼女を優しいと言った黒須の言葉は、中々鋭いと翼は確信した。




「うわぁ!」
エリィが歓声をあげて、水槽に張り付いた。
その隣に翼も立ち、「なんて美しいんだろう」とうっとりとした声で言う。

青い水槽の中を、鮮やかな色した熱帯魚が優雅に泳いでいる。
美しい珊瑚が彩る水槽内は、翼の目を楽しませ、チーコもいちいち歓声を上げていた。

神戸市にある水族館。
チーコは、熱帯魚を熱心に見つめていた。
きっと、自身が住んでいた島の近くの海で、たくさん見かけた事だろう。
一つだけの大きな目が、吸い込まれるように熱帯魚を追っている。

水族館には、チーコ、竜子、嵐、百合子、エリィ、そしていずみというメンツで来ていた。
残ったメンバーは、それぞれ、買い出しなり、所用があるらしく、「楽しんでらっしゃい」と送り出され、少々申し訳ないような気がしつつも、有り難く言葉に甘えた。


今チーコが着ているのは、いずみからの借り物のピンクのパーカーで、目深に被れば、チーコの最大の特徴でもある一つ目が隠せて、大変重宝していた。
連休中とあって、そこそこ混み合ってはいたが、嵐が興信所にて「水族館なら、館内、意外と薄暗いし、周りの人は水槽に気を取られてチーコの事もあんま気付かれないんじゃないか」と予想したように、暗い館内では、髪や目を隠せばチーコは人間の子供と変わりなかった。


「ねぇ、あそこ! ビー玉が砂利の代わりに沈めてあるよ?」
エリィが、キラキラ眩しいくらいに綺麗な水槽を眺め感激しながら指を差す。
「おお。 すげぇな! でも、なんかちょっと派手じゃね?」と笑った竜子は、丸いマンボウの水槽に「うわ! マンボウだ! マンボウだ! 気持ち悪−!」と嬉しげな声をあげて走り寄り、大きくて無表情なマンボウがグルグル泳ぐ様子を無邪気な顔して眺めていた。
「気持ち悪ー!って…」と、苦笑する翼は、美しい色合いのクラゲが幻想的にたゆたう水槽に見惚れる。

マンボウの水槽の前から離れた竜子が銀色の魚群を指差して、「うおー! あのサンマの群れ美味そうー!」とのたまっている声が聞こえてきて、思わず肩の力が抜けた。

竜子らしい感想だと感じながら、今度は様々な魚群や巨大魚、鮫やエイ等が泳ぐ巨大水槽の前に向かう。


色々な種類の魚が一緒に泳ぐその水槽は、水族館の目玉の一つでもあるらしかった。

へたりと力が抜けて全身を水槽に預けて脱力しているエリィと、べったりと子供のように水槽に張り付いている竜子の後姿が目に入る。
翼はエリィの隣に立ち、魚達の姿を眺めて、「本当に生きている宝石のようだ。 そういう意味では、エリィさんや、竜子さんと一緒ですね」とサラリとスーパー口説き文句を口にした。
竜子とエリィが同時に、頬をポッと染める。
翼にしてみれば、然程他意なく吐いた台詞だが、女性に対する言葉全てが、一撃必殺の殺し文句となる翼に掛かれば、二人の少女は彼女に夢中になるしかない。
竜子を横目で眺め「ロマンって…こういう事よ?」とエリィが言い、目を白黒させて、それから「あたいにゃ、一生無理だ」と明るく笑いながら意味の分らない事を言った。
そのうち、魚達の餌やりタイムになったのか、ダイビングスーツ姿の女性が水槽の中に現れ、エイや、魚たち、亀等も寄っていく。
「うわぁぁ!! 凄い、凄い!!」と三人それぞれ、注目し、「あのエイの口、ちょっと怖いと思ったけど、こうやって見ると可愛いね」とか「あの小さな魚達、みんな一斉に餌に群がってるよ」とか言い合い、楽しんだ。
竜子が「あ、あそこに、鮫がいる!」等と言いつつ駆けていく。
「子供みたい」とエリィが笑うので、「僕もそう思ってたとこ」と翼は言って、「お揃いですね」と首を傾げてエリィの顔を覗きこんだ。

必殺・ハンサム風林火山!!

いやいや、そんな技はないけど…と、もし、これがアニメか何かなら、絶対、そんな必殺技名がテロップとして表示されていたに違いない。
エリィは為す術もなく、翼に視線が釘付けになり、エリィの様子をにこっと眺め、水槽に目を戻した翼は、熱い頬を両手で仰ぎつつ「あ、あの、でも、あのダイバーさん、凄く泳ぎが上手。 まるで人魚みたい!」とエリィが言うのを聞いて、むしろ…と思った。

むしろ、エリィさんの方が可憐で人魚姫みたいだ…と。
天然である。
天然気障である。

翼は微笑んで「ほんとだ」と言った後、ついとエリィの腕を掴み自分に引き寄せると、「ああ、エリィさん、僕から離れない方がいい。 そうじゃないと、人魚姫に間違われて、浚われちゃうからね」とウィンク付で彼女に言う。

殺される!! 殺し文句に、マジな意味で殺される!!

そんな、生命の危機までエリィが覚えているとは露知らず、翼は無心に水槽の様子を眺め続ける。
隣で、エリィが、翼の性別を心底残念に思う溜息を一つ吐いていた。

「はーい、では最後にもう一度、ルーク君に盛大な拍手をお願いしまぁす」

明るいお姉さんの声に、翼は拍手を送り、チーコが歓声を上げながら大きく手を振った。
「面白かったねぇ!」
エリィの言葉に翼は頷く。
人目につかぬよう最後部座席で見たイルカショーは、それでも大迫力の出来映えだった。
計算してみせたり、可愛いポーズを見せたり、アクロバティックなジャンプをしてみせる姿に、チーコと同じく、いちいち感心し、惜しみない賞賛の拍手を送る。

楽しい。
凄く楽しい。

嵐の膝の上に乗ったチーコが「いふぅぁ、あぅひぉぅ!」と言いながら嵐の首根っこにしがみ付いた。
「おう。 俺も楽しかった、ありがとう」
嵐はそう言いながらチーコの背中を軽く叩いて、「さ、行くか」と立ち上がる。
「次は何処だっけ?」
「海! チーコちゃん、海だよ! 海!」
エリィの言葉に「ひぃあ!」と喜びの声を出し、チーコが、するんと嵐から滑りおりると、スキップする。
すると、チーコは足をもつれさせ、コロリと転んだ。
「大丈夫? 駄目よ、はしゃぎすぎ」
そう言いながらいずみが手を握って引っ張りあげる。

そして、チーコを覗いた顔が、一瞬、凍りついたように強張った。

「…チーコ?」


いずみが、震える声で問い掛ければ、慌てて顔を上げたチーコがにこっと微笑んで、チーコは慎重な足取りで歩き始めた。
その一連を眺め、翼は一度大きく息を吸い、表情を変えないように気をつけつつも、いつでも彼女が倒れてもいいように、注意深くその様子を眺める。


さっきの、足の縺れ方はおかしかった。

まるで、急に足の力が抜けたように。
まるで、足の筋肉が、もう力尽きようとしているかのように。
まるで、もう、チーコには歩く力がないのだというように。

さっきの、足の縺れ方はおかしかった。


いずみが、優しく笑う。
「海、楽しみね」

嵐が、タッと軽く駆け寄り、チーコのもう片方の手を握った。
「そうだな。 凄く綺麗な海だそうだからな」
エリィが、「人がいない海を探したんだよ?」と笑い、翼が「黒須さん達が、バーベキューの用意をしてくれているらしい。 僕も腕を振るうから、期待しててよ」と言う。

気付かない振りをしていた。
誰の為にか、もう分からない。
強いて言うならば、自分の為に、気付かない振りをしていた。

「あ、なぁなぁなぁ! あそこプリクラあんぞ!」

竜子が先を指差し能天気な声を上げる。

正真正銘の能天気な声に、翼は思わすつんのめる。
「ふわあ! ほんとだぁ! ね、ね! みんなで撮ろう?」
テテテテと音がしそうな走り方を見せ、百合子がみんなを手を振って呼んできた。
ピョンコ、ピョンコと癖なのか、その場で跳ねる百合子に、なんて可愛い仕草なんだろうと感じつつ、カーテン内に突入し、勝手にお金を入れてフレームを選び出している竜子の後ろに立った。
画面に並んでいるフレームは、水族館ならではといったものばかりで、海洋生物や、ラッコ、シャチ、ペンギンといったフレームが羅列され、エリィは、その可愛さに、いちいち歓声をあげたくなるような心地になる。
翼と同じく、竜子はさほどプリクラの経験ないらしく、「えーと…あれ? どこ押すんだ??」と困った様子で首を傾げている。
「あ、代わって、代わって〜♪」
そう嬉しそうに竜子とボタン前の位置を交代したエリィが、「何にしようかな〜♪」と鼻歌交じりにフレームを選びだした。
「あ、あのラッコ可愛い!」とエリィが言えば、百合子が「あざらしも、可愛いよ!」と訴えてくる。
「チーコはどれが良い?」と翼が問えば、じぃっと眺め、それから、先程凝視していた熱帯魚のフレームを指差した。
綺麗な色合いのフレームを「おっけー、じゃ、これにしよ」と言いながらエリィが選択する。
戸惑ったように遠巻きに眺めていた嵐を、竜子がぐいっとカーテン内に引っ張り込んで、「あい、みんな笑えよー!」という声の無邪気さに、翼は思わず呆れる程に無防備な笑みを浮かべてしまった。
チーコがにいいっと人の形とは違う、鋭い形の歯をむき出しにして笑う。
カシャとカーテン内をフラッシュの光が満たす。

出来上がった写真は、みんな子供みたいに笑ってて、何だか切ないようにも見えて、それぞれの分を鋏で切り分けた後、百合子が作ったしおりに大事に、大事に貼り付けた。



「うひぁうぅ、はああぅふぃぃぅ!」
サクサクサクと軽い音を立てる白い砂。
裸足になったチーコが波打ち際ではしゃいでいる。
エリィは、翼やエマ達と一緒に、バーベキューの準備を進めていた。
ここへ来る途中で購入した食材達を素早く調理していく。
「えーと…味付けすんだからホイル…ホイル…」と捜すエマに翼は「はい、どうぞ」と渡した。
「ありがと♪」
そう礼を述べるエマの声を聞きつつ、翼はイカやタコのぬめりを手際よく塩で取っていく。
ついとエマの手元に視線を送れば、タラを茸や香草等とホイルに包もうとしている所だった。
エマが、「なになに? 翼さんは何作ってくれるの?」と問い掛けてくる。
「海鮮やきそばを作ろうかな?って。 子供って焼きそば好きでしょう?」と翼は答えた。
「わぁい」と子供のような声をあげるエマに微笑み掛け、エリィに視線を送れば、たくさんの魚介類と野菜を大鍋に放り込み、ブイヤベースの作成に取り掛かっていて、「うん! このブイヤベースは、超自信作の予感!」と期待出来そうな台詞を口にしていた。
翼は、二人の作業風景を惚れ惚れと眺めつつ、これは、作るほうとしても楽しいけど、食べるほうとしても、かなり楽しい時間が待ってそうだ、と期待に胸を躍らせる。

爽やかな風が、三人の頬を撫で、普段はしなれぬ野外での調理への新鮮さも手伝って、彼女達は力いっぱい料理の腕を奮っていた。

皆手際が尋常でなく良いのもあって、サクサクサクッと料理が仕上がっていく。
串に差した野菜や肉を豪快に焼いたバーベキューもいい色になり始めて、翼は、まるで母親めいた気持ちになりつつ、「ごはんだよー!」と皆を呼んだ。

お昼も少し回った時間帯。
お腹をぺこぺこに空かせた面々は、めいめい返事とも歓声ともつかぬ声を上げて、既に美味しそうな匂いが漂っている浜辺へと走ってきた。


エリィが見つけてくれた浜辺は、彼女が言っていた通り、観光客の姿も地元の人間の姿も見えず、チーコは姿を隠さずに、のびのびと振舞う事が出来ていた。

串に差した肉に齧りつきながら、熱かったのかチーコが「ひふひふ!」と息を大きく吐き出している。
「はい、どうぞ」と冷たい水を兎月原が差し出し、丁寧な手つきでチーコの口元をナプキンで拭ってあげていた。
「おいし?」
首を傾げて問う姿や、チーコが別のものに手を伸ばそうとすると、さっと皿を差し出す紳士ぶりに、流石プロと思わず感心しかけて、翼はぶるぶると首を振る。
だけど、兎月原の振る舞いは、如何したって愛情が篭っているようにしか見えなくて、彼は彼なりに本気でこの仕事に取り組んでくれているのだと、それだけは見直した。

予想通り、どれもこれも、本当に美味しい。
「エリィちゃんが作ってきてくれたお弁当に触発されちゃった」とエマが笑えば、「僕も張り切らせて貰いました」と翼は、優雅な手つきでスープをプラスチック皿に流し込む。
翼も、エマも、乏しい調理器具から、手早く見事なバーベキュー料理を作り上げており、エリィもお弁当作りで見せてくれた腕前を思う存分披露してくれていて、皆、お腹が一杯になると、本当に野外料理の食後なのかと疑いたくなるほどの、満足感に満たされた。

その後、日暮れ前にここを発つという事で、浜辺で眠るもの、波打ち際で遊ぶもの、ビーチパラソルの影で本を読むもの等、それぞれ別れる。

暫く、ビーチパラソルの下で、翼は読みかけの文庫本を読む。
キリの良いところまで目を通したところで視線を上げれば、チーコといずみが二人で、身を寄せ合って、万華鏡を見ている背中が目に入った。

平和な。
酷く平和な一時。

翼は立ち上がり、太陽の下に出て、眩しい空を見上げる。
それから、ふと視線を砂浜に落とせば、白い貝殻が点々と落ちていて、翼は「あ…そうだ…」と小さく呟いた。

貝殻拾いをしてみない?という翼の提案に、二人の子供はコクンと嬉しげに頷いた。

頭上には初夏の太陽。
吹き渡るのは爽やかな風。
「ほら、これも綺麗だ」
先に立って歩く翼は、チーコの掌に一つ真っ白な貝を乗せてあげた。
いずみには、小さな人魚の小指の爪のような美しい形の桜貝をあげる。
大きめの真っ白な巻貝に、「ひぅぁ! あぅぃひぅひぁ!」と喜びの声を上げて頬ずりをする。
水族館で見た、南の海を模した水槽にて展示されていた貝殻に似ていた。
きっと、故郷の砂浜に転がる貝殻に似ているのだろう。
そういずみに教えてもらい、翼は「へぇ、そうなんだ。 じゃあね、これを、今から真水でようく洗おう」と、提案して、長い睫を伏せて、ペットボトルの水を真っ白な巻貝に注ぐ。
「綺麗に砂と、塩分を洗い流したら、次は日干し」
そう言いながら、チョコンとコンクリートの堤防の上に置く。
その間に、ごそごそとバスに置いてあった鞄から、暇な時間をつぶす為に最近凝っている、自作のアクセサリー作成の為に使う道具を持ってきた。
綺麗なビーズや、黒い皮ひも。
それに、少し太い目の針を一本。
貝殻に触り、「もう少しだね」と言って興味津々の目で見守ってるいずみとチーコに微笑みかける。
エリィと千剣破も「何々? 何してるの?」と傍によってきて、翼は「今から貝殻のネックレスを作ろうと思って」と優しい声音で答えた。
「これがね、チーコの故郷の貝殻に似てるようなんです」と言いながら白い巻貝を示して見せれば、「へぇ、いいなぁ、チーコちゃん」とエリィが羨ましそうに言い、その隣に腰掛ける。
千剣破も、ポスンと堤防下の砂浜に腰を下ろし、それから「ううん」と伸びを一つした。
「ああ、気持ち良い日ねぇ。 チーコちゃんのお陰だよ。 こんな楽しい旅が出来たのは」
にこっと笑う千剣破に、チーコは天真爛漫に微笑み返す。
「あ、見て、あそこ…」
白金の髪を風に舞わせてつつ、エリィが砂浜を指差す。
白い彼女の指先には、竜子が座っていた。
海を見つめ微笑む彼女の横顔が、今までに見たことのないような優しい美しいものである事に翼は目を見開く。
いつもは濃い目の化粧も、旅の途中であるせいか然程激しいものでなく、翼が初めてあった時に見抜いていた通りの美貌を白日の下に晒していた。

まるで、聖母めいた。

酷く近寄り難い程の微笑みを浮かべる彼女の膝に頭を乗せて、黒須が眠っていた。
昨日は夜通しバスを運転し続けたらしい彼は、流石に疲れているのか、膝を曲げ、まるで胎児のように体を丸めて、呼吸すらしていないかのように静かに、静かに眠っていた。
風が。


黒須の長い髪を揺らし、竜子の一つに結んだポニーテイルを舞い上げた。

どうしてだろう?
あんなにくっついているのに、何処も触れ合ってない二人に見えた。

翼は、何故だか、胸が痛くなって目を逸らせば、チーコが目を細めて二人の姿を眺めていて、「ああ」と、夢見るような溜息を吐いた。

翼が針を使って器用に空けた穴に、紐を通し、そこにチーコが四苦八苦しながらビーズを通している。
手先は然程器用でないのか、何度も貝殻を取り落としたり、ビーズを見失ったりしている姿に歯痒さを覚えど、翼は決して手を出さない。

それは、千剣破もエリィも、それにいずみも同じ気持ちで、チーコが懸命に取り組む様を、微笑みながら見守っている。
途中何度か、彼女は自分の髪に止められている髪留めを触っていた。

時雨に貰った髪留め。


赤い髪が日の光を受けて鮮やかに輝いていた。
長身の青年は、今は嵐や兎月原と談笑しつつ海辺を歩いている。
ふいと時雨が此方を見て、それから大きく手を振ってくる。
子供のような笑み。

チーコが、その笑顔を見返して、何だか困ったようにキョロキョロした後、翼の腕に顔をくっ付けてきた。

腕に触れる彼女の頬が熱い。

いずみが大きく手を振り返し、見れば、エリィも、千剣破も振っている。
みんな同じような微笑を浮かべて時雨を眺め、それからチーコに視線を戻した。

ああ、そういう事か。

一生懸命作っているネックレスの長さは、小さなチーコには余りにも長すぎて、自分で使うものじゃないなんてことはすぐに分ってしまうのだ。
そして、素直なチーコを見ていると、誰に貝殻のネックレスをあげようとしているかという事も、勿論翼にはお見通しなのである。


夕焼け空になり始めた頃、不器用な手つきで仕上げたネックレスを大事に、大事に、いずみが貸してあげたというポシェットに仕舞いこむ。
「さて、そろそろ…」と、エマがそこまで言いかけた所で顔を上げた。
「…望まざるお客さんが来ちゃったみたいね」と、軽い口調でエマが言うと、まるで、それまで消していた気配を全て解放するかのように冥月が立ち上がる。
ゆらりと彼女の周りが揺らいで見えるほどの、酷く剣呑な気配に翼は背筋をチリチリとした何かが走りぬけるのを感じた。


堤防沿いに、黒塗りの車が数台バタバタと停まる。
降りてきた黒スーツ姿の男達に「お約束どおりね」といずみが冷めた声で呟いて、取り乱す事も一切なく、子供らしくもない感想に、やっぱりびっくりさせられた。


「非戦闘員は、一旦バスへ避難だな。 いずみ、百合子、エマ、竜子バスへ。 嵐っ!」
まるで教師めいた口調で冥月が呼べば、嵐は肩を竦め「んだよ。 俺は、非戦闘員扱いで良いんだぜ?」と言う嵐に、にっと物騒な笑みを見せると、トンとその胸を掌で突き「ああ、非戦闘員扱いさ。 今回はな」と意味ありげに告げた。

「あいつらの狙いはチーコだ。 嵐、バイクで、チーコを連れて逃げろ。 向こうは、ざっと見ても30人強。 興信所での脅しが効いたか、私や時雨の名前が効いたのか、中々、手厚いおもてなし部隊を送り込んできてくれたようだ。 まぁ、それでも、私にしてみれば、馬鹿にしているとしか思えない、お粗末なもんだが…こちらとしても、彼女を守り、非戦闘員の安全を確保しつつ、あの人数を相手にするのは、そこそこ骨だ。 銃の使用も予想されるし、守りに徹するだけでなく、今回は、あいつら全員叩きのめし、どういう人間を相手にしているのか向こう側に知らしめたい。 何より、どうして此処が分ったのか、誰か一人捕縛して吐かせてもやりたいしな。 それだけの事をチーコに目を配りながらやってのけるより…」
「向こうの目当てである、チーコを安全な場所へと移動させる…って事か…」
翼が一足先に察して呟けば、冥月が満足げに頷く。
「ああ。 出来るな?」
冥月の言葉に「俺は、ただの、一般市民なのに」と一度肩を落とすと、諦めたように「まぁ、チーコの為ならしょうがないな」と嵐は決心を付け、「活路は開いてくれよ?」と、皆に視線を走らせた。
「とうぜん…まかしといて…」と時雨が自信に満ちた声で言う。
「ぜったい…チーコに傷…付けさせないから…ね?」と首を傾げた時雨から、チーコは耳を真っ赤にさせつつ、ぷいと顔を背ける。
途端シュンとした顔になる時雨に(ああ、教えてあげたい!!! チーコの気持ちを教えてあげたいけど、それを言うわけにはいかない!)と翼はもどかしさを感じた。


チーコをバイクの後ろに乗せた嵐が冥月を見て頷いた。

冥月は嵐に対し、不敵に微笑み返すと、翼に向かって「準備できたそうだ。 お前はどうだ?」と問うてくる。
「いつでも、いいよ」
そう短く返事を返す翼に、冥月は「頼りにしているぞ」と声を掛け、ついと堤防前に雁首そろえる男達に向かって指を指した。

「やってしまえ」

笑いながら言う冥月に、同じく笑い返し、翼は、腕を軽やかに踊るかのように振るった。
その瞬間、強い風が巻き起こり、男達が面白いほどに、呆気なく将棋倒しのように倒れていく。

これが、風の王の力。

それが合図であるかのように、嵐が一気にアクセルを全開にして走り出す。
翼が引き起こした風を追い風に換えて、嵐が猛スピードで駆け抜けていった。
タイヤを取られ易い砂浜を難なく突っ切ると、堤防に備え付けられた階段、その脇の手すりとして設けられているのであろう幅の酷く狭いコンクリートの急な坂を一気に駆け上がった。
思わず翼は固唾を呑んだ。
竜子と百合子が声を揃えて叫ぶ声が聞こえる。

「いっけぇぇぇぇ!!」

するとその声援が届いたのか、見事に嵐の操るバイクは見事、坂をジャンプ台代わりに男達の頭を飛び越え道路の向こう側に着地すると「ひぅあぁはああぁぁぁ!」と何とも明るいチーコの笑い声を残して走り去って行った。

アクロバティックな技の成功に、思わずぐっと、拳を握り締める。

倒れた男達が起き上がる前に、翼が駆け出せば、兎月原、エリィ、黒須、時雨といった面々も、同じタイミングで詰め寄っていた。

風の力で、敵を複数吹き飛ばし、折り重なって倒れたところで、その目を覗きこんで催眠状態に陥らせていく。
身動きが取れないまま、訳も分からず眠りに落ちてく男達を、蔑むように見下ろして、翼はどんどん、敵を行動不能に陥れていった。

他の面子も、鮮やかな手際で、相手の意識を奪っていっている。


突如、影の中から姿を現した冥月が、男の首を締め上げて、それからぐいと男達を見回した。

その瞬間、全ての者の影が拘束具と化して敵をはがいじめにする。

「お好きにどうぞ?」と優雅ですらある口調でそう薦める冥月に皆頷いて、あとは、言葉どおり、好き勝手やらせて貰った。


その後は幾つか銃声やら怒号やら、まぁ物騒な騒ぎが暫らく続いたが、翼から見れば、呆気ないほどに決着はついた。


「さて、一応問うが…この中で拷問が得意な者」


冥月のとんでもない台詞に、エマといずみを除く皆が一斉に黒須を見た。
こう、本能的にだが、「拷問得意そう!」という陰惨なイメージ=黒須という、ナツラルな流れでの視線の流れは本人いたくお気に召さなかったらしい。

「ていうか、お前ら見た目のイメージだけで、俺を判断するな!! なんだ、拷問得意そうなイメージの外見って! 嫌だ! そんなイメージ! 得意技、拷問です☆って自慢になんねぇ!」
そう怒鳴る黒須に「いや…見るからに…こう…陰湿系というか…」と翼が言えば、「うん、金融業とかで取立て屋になったら、相手の精神を破壊尽くすまで追い詰めそうな感じよね。 マムシの誠とか呼ばれてるイメージ」とエリィがVシネチックな事を言う。
「趣味とかも、自分を振った女性の写真にひたすら『怨』と書き続けるとかっぽいし…」と百合子がマジマジと黒須を見ながら言えば、「あと、嫌いな相手への攻撃方法が、靴に待ち針を仕込むとかそういう精神的にクるけど、セコイ感じなのね!」と千剣破は嬉しそうに断言した。
余りの言われようによろめく黒須に兎月原が笑顔で「総じて、身動き取れない相手に対しての攻撃が凡人の想像を絶するような陰険な手段を思いつきそうなイメージって事だな。 やったね! 黒須さん」とウィンクすらして告げるものだから、もう、ここまで固まってるんだし、事実で良いんじゃないか?
黒須は拷問が得意技で良いんじゃないか?という気にすらなってくる。
そんな馬鹿なやり取りの間、エマが、何か言いたげに、うずうずと体を揺らしていたが、頃合や良しと見計らったのか、とうとう黒須の前に庇うように立ちはだかり「みんなっ! 違うよ?! 黒須さんっ、そんな人じゃ…ないよ?!」と、首を大げさに振りつつ、児童劇団の道徳芝居で役者が見せそうな、妙に芝居がかった仕草で言う。
そして、くるりと振り返り、黒須をキラキラと見ると、「黒須さんは、ドMだもんね? そんな、拷問なんて、する側より、される側の時の方が幸福MAXだもんね☆」と超全開の笑顔で告げた。

あ、嘘、あれ冗談じゃなかったんだ。

全開千年王宮を訪ねた際、そんな馬鹿な事を黒須が王宮で一緒になったメンバーに言われていて「どうでもいい」と一刀両断した事があったのだが、まさか、悪質な冗談等でなく、真実であったとはと、心からの嫌悪に、思わず、翼、一歩二歩と後ずさる。
何てったって、その性質たるや颯爽として凛々しく、健全極まりない翼である。
どMの黒須という字面だけで嫌悪感を感じると、「変質者には近寄っちゃ駄目です」という小学生並の危機感でもって、黒須から咄嗟に距離を置いた。

そこそこ、何度か顔を合わせているが、そういう性癖って分からないものだな…と嘆息する。
とりあえず、あんまり近寄らないようにしよう…と考えていると、竜子が「正解!」と力強く親指を立て、「わぁ、更に気持ち悪い。 不気味。 傍に寄りたくない!」という表情を隠そうともせず周囲の輪が一歩分広がるのを黒須はがくりと項垂れ眺めた。
エマを恨みがましげに見て、「お前 ほんと 俺を馬鹿にする時全力投球な!」と半眼になりつつ、唸るように言う。
そんな黒須に「てへ」と笑って見せると、「あー、すっきりした。 ほら、中々今回、黒須さんを虚仮にするゾ♪タイムがなかったもんだから、ストレス溜まってて」とエマは、肩をキリキリと回しつつ、爽快感に溢れる顔で言い放つ。
「そんなレギュラータイムを勝手に設けるなよ!」と怒鳴る黒須に、「次回をお楽しみに☆」とエマは笑顔で返し、更にもう一歩ほど後ずさった場所で「えーと、然程興味がないを越えて、むしろ地雷踏んだ感を噛み締めつつ、黒須さんの性癖についてはこれ以上何もお伺いしたくないので、話を先に進めてもらって宜しいでしょうか?」と丁寧な口調で兎月原がお願いすれば、道端に落ちている丸めたティッシュを眺めるような目で黒須を一瞥した後冥月は頷いて、「では、私も余り加減が分らんので、向いている方ではないのだが、ちょっと訊いてみるか」と、軽い口調で物騒な事を言って、足元に転がる縛り上げた男性を見下ろした。


猿轡を噛まされ、縛り上げられた男は畏怖の眼差しで冥月を見上げるが、いずみという子供の前だし、女性にあんまり乱暴な事はさせたくないと考え「ただ口を割らせるだけなら、多分僕だと手間なくやれるよ」と翼が手を挙げた。
「おお、意外と拷問得意系?」と竜子の頓珍漢な問い掛けに、「得意・不得意の区別の仕方が分からない」と肩を落として見せた後、男の目の前に座りこみ翼はじいっとその瞳を覗き込む。

「さぁ、よく、見て。 僕の目を、ようく見て」

唆すような声。
男は翼の魅惑的な瞳に魅入られる。
ぱち、ぱち、ぱちと、翼が三度瞬いた瞬間、男の全身が弛緩した。

魅了、完了。

猿轡を外し、翼は優しい声で問う。

「ねぇ、どうしてここの居場所が分ったの? チーコに取り付けられていた発信機は全て取り外したはずなのに」

魅入られたように熱っぽい瞳で翼を凝視する男が、翼が促すままに口を開いた。

「は、発信機は、まだ、ある」
軽く翼は目を見開き、「それは何処に?」と問い掛けた。

「それは…」

虚ろな口が、咳き込むようにして吐き出した。


「あの化け物の体に埋め込んである」


「ひゅっ」と鋭い音がして、その出所が分からないまま翼は自分の喉を抑えた。

ああ、僕の声。

息を吸うと、ひゅうひゅう鳴った。

この男、なんて言った?

「肩甲骨の下を、麻酔なしで開いて、『Dr』が、発信機を埋め込んだ」

翼を熱心に見つめながら、他には何も世界はないという風に男はだらだらと言葉を零す。

「泣いていた。 大声で。 何を言っているか分らなかった。 気持ちの悪い 生き物。 一丁前に涙なんかを 零して。 触ってみたら、分る。 あの化け物の肉の下に、ゴツッとした膨らみがある。 触ると酷く痛がるから、面白がって…」

そこまで言った瞬間、竜子がその即頭部を思いっきり蹴飛ばした。
翼は、竜子が蹴ってくれていなければ、自分が目の前の男に、どんな暴挙に及んだか想像もつかず、咄嗟に竜子に感謝した。



麻酔 なしで 体の 中に あの 小さな体の中に


何が楽しいかなんて、何一つも分からない。
ただ、一つ翼が確信できる事。
それは。

こいつらが クズだという事だけだった。



竜子が息を荒げながら「くそっ、やっちまった! 子供の前で、やっちまった!」と髪の毛をくしゃっと掻き毟る。
「いずみ!」
名前を呼ばれ、「はい」と静かに返事する。

「今のあたいが言っても説得力ねぇけどな、自分が気に入らないからって、話し合いもせずに、すぐ暴力ふるって、相手を黙らせるのは、いけない事だかんな!」

そう荒い息の下に、困った気持ちを混じらせながら、竜子が言えば、いずみは静かに頷いて「肝に銘じます。 ただ、そのルールは、『話が通じる』相手のみに適用させていただきます」と冷静に返事し、竜子を益々困り顔にさせた。


「…殺すか?」

冥月が平坦な声で言った。

「ここにいる連中、皆同じ外道だ。 依頼主が望むなら、皆、証拠を残さず消してやる。 生きていても、チーコと同じ犠牲者が生まれるばかりだ。 子供が、弱いものが、抵抗する術を持たないものが、理不尽に殺され、虐げられ、泣かされる。 生かす事によって、失われる命が増える『生』もある殺すか? 私は躊躇わんぞ」

冥月の言葉に、日頃の人懐こい表情を一変させた時雨がカチャリと腰に提げている刀に物騒な音を鳴かせる。
エリィも、冷たい表情で銀色の幅広のナイフを鞘から抜く。

千剣破が青い顔をして、倒れている無数の男達を眺め回していた。
その全身に宿るは間違いなく殺意。


翼は、一人静かに、もう一歩離れた場所で、皆の顔を見回して心を落ち着ける。

その場には殺意が渦巻いていた。

殺すのだろうか?

瞬いた翼は、人間ではない「吸血鬼」の種族として、彼らの選択が知りたかった。

果たして、この人間達は、チーコに酷い振る舞いをしたクズ共を、同じ人間とみなして生かすのだろうか? それとも、クズはクズとみなして殺すのだろうか?



黒須は無表情で竜子を見る。
竜子は、黒須を横目で眺め、全てを委ねられている事を理解したかのように目を閉じて、それから自分が蹴り飛ばした男をもう一度見下ろした。


「殺さないで」


細い声。
見れば両手をぎゅっと握り締めて百合子が震える声で言った。


「殺さないで」

小鳥のような声に、翼の肩が少し震えた。


竜子は「はっふっ」と大きく息を吐き出すと、「うん、殺さない」と答えた。
冥月は少し首を傾げ「甘いな、お前らは」とそれでも、何だか優しい声で言った。

「いいんだ。 甘くて。 その、あんたらからすれば、きっとこの仕事自体、凄く甘い仕事じゃないのかい? いや、知らないけど。 女の子守って、最期の三日間を楽しく過ごさせてやって欲しいだなんて…ああ、そう、ロマンチックだ。 ロマンチックじゃないか、なぁ、百合子」
そう言われて目を見開き、それから「ろ、ロマンよ。 そうよ、ロマンなの」と必死の声で言う。
「ゆ、夢見がちかもしれないけど、ねぇ、チーコには、ロマンが似合うわ。 あの子は、きっと、凄く辛い目に合って、ねぇ、それを、その最期までの間を幸せに過ごさせてやって欲しいなんて依頼は、本当に…本当に……甘い、甘い、砂糖菓子みたいにベタついた仕事で……でも、だから、いいのよ。 あの子に関わる時間全てがロマンチックであった方がいいのよ。 だって、女の子なんだもの。 チーコ、女の子なんだもの。 だから、似合わないわ、人殺しは。 倫理とかは分からないの。 道徳も、知らないわ。 安易なヒューマニズムなんて反吐が出る。 でも、綺麗ごとよ。 このお仕事は全部綺麗ごとなの…だ、だから…だから…」
言葉を捜しあぐねたように、自分の髪の毛に手をやり、ぎゅうっと引っ張って困り果てた顔をする百合子。

ああ…やっぱり、人は僕が想像する以上に優しい。

翼は、微かに微笑む。

エリィが百合子に駆け寄ると、柔らかな、春の日差しのような微笑を浮かべて「分かった。 殺さない」と言った。
時雨も、ふしゅんと険しい空気を霧散させて、「チーコ達…無事…待ち合わせ場所…着けたかな?」と心配そうに呟く。
エマは、素早い手つきで携帯を操作し、まず、警察に通報の連絡を入れると、次に嵐に連絡を入れた。
「んー、どうも、まだ走行中みたいだけど、ちゃんと、安全が確認出来たら連絡入れるように言ってあるし、まぁ、嵐君の事だから大丈夫でしょ」
そう言い、冥月がバスに目を向ける。
「チーコの体に発信機が埋め込まれている以上、バスを捨てていく事も考えたが無意味か…」と呟いて、「まぁ、全滅の一報がいけば、次の追っ手の準備も慎重にならざる得ない。 こちらの実力は充分に分って貰えただろう。 そうそう、敵う相手ではない事もな。 油断をするわけにはいかないが、チーコの体から発信機を取り出すわけにもいくまい」と冥月は言い、皆一様に大きく頷く。

冥月は、乾いたような笑みを口の端に乗せ、それから竜子に視線を向けた。

「殺すという事は覚悟のいる事だ。 だが、生かす覚悟の方が厳しい事もある。 分っているな?」
冥月の言葉に竜子は静かに頷いた。
長い睫に縁取られた強い眼差しを見て、冥月は「ふん」と呆れたように溜息を吐くと、「あと…一日と少し…か。 守りきれるだろう?」と、他メンバーを見回す。
翼は肩を竦め「認めたくないですけど、武彦はベストメンバーを選んでます。 チーコを守り、幸福な気持ちで過ごさせるという事に関してはこれ異常ないほどのベストメンバーをね。 最初事務所に揃えられているメンツを見た時は…」とそこで言葉を切り、千剣破がその続きを引き取った。
「もう、バラッバラ!」
その台詞に、エリィも頷いて「どうなる事かって思ったけどね」と笑う。


間違いない。
これが最良で、最強。

興信所の主の名は伊達じゃないって事だ。

「行きましょう。 チーコの所に」

いずみが言う。
兎月原が、空を見上げ、「ああ…あんなに良い天気だったのに、曇ってきた。 急いだ方が良さそうだ」と典雅な声でそう告げた。




程なく、雨が降り始めた。



ひっそりとした畦道を抜け、バスが辿り着いたのは、エマが興信所ぐるみで懇意にしていると言う古い神社だった。
人里離れた場所にあるのだが、家屋も広くて情緒があり、一晩置いて貰うには最適な場所だと判断し、エマは先に連絡を取って、一晩の宿の許可を得ているらしい。

「んふふ、ここの神主さんは、凄いのよ? お歳も、お歳、ってまぁ、百年以上生きてる人とか、興信所じゃ、珍しくないんだけど、神社の建立からずっと、神社を守り続けている初代神主=現神主な人で、もう、本尊が神主?みたいな人なのよ。 確か、500歳だか、なんだったか…。 まぁ、もうじき、大祭があるとかで、此方にはいらっしゃらないんだけれども、チーコちゃん達と、私達が到着した際には、一時的に結界を開いて迎え入れてくれるよう頼んでおいてあるの。 普段は、神社自体、森が隠していておいそれとは見つからないし、例え、霊感のある人が見つけてしまったとしても、結界のせいで足は踏み入れられない。 発信機も、磁場の歪みのせいで、本来の機能は発揮できないし、寝込みを襲われる心配と、出掛けを急襲される心配もないわ。 まぁ、こよなく安全な場所であるっていうのは、私がこの場所を選んだ大きなポイントではあるんだけど…まさか…この場所を選択した事が、こういう意味でも役に立つとは思わなかったけどね」
残念そうなエマの言葉に、翼は気を取り直為にも明るい声で、「流石にエマさんの人脈だ」と感嘆してみせれば、「んふふ。 ありがと」とエマは胸を張る。
山際にバスを停車し、山を開いて作られた木々に四方を覆われた階段を登る。
嵐から既に無事に待ち合わせ場所に辿り着いたという連絡は受けていたが、バイクが山際の大きな木の下に停車されているのを見つけると、何だかほっとしてしまった。

シトシトとした雨に身を打たれながら、ひんやりとした空気を掻き分け階段を登っていると、今から神域に足を踏み入れるのだという緊張感が全身を満たした。
神社も、酷く古い作りをしていて、ぬかるみに足を取られぬよう門をくぐれば、感嘆するしかない情景が広がっていた。

「わ…あ…」

「ね、綺麗でしょ? これを、チーコちゃんに見せたかったの」

そう言う得意げなエマの声に、翼は大きく頷く。
藤の花弁がほろり、ほろほろと散っていた。
大気に充満する香りは、芳しく、雅やかでありながら、清涼。
初夏の匂いに、皆大きく息を吸い込む。

澄んでいる。

つつじの花が咲き乱れていた。
手入れそれ程されていない様が、しかし、だからこそに素朴で、自然の力強さも漂わせていて、美しい。

「お、来たな」


そう言いながら、本殿の玄関先から嵐が顔を出し、続いてチーコが「ふあゎぅふぅ!」と声を上げる。
「あらぁ、そうなの、良かったわねぇ」とエマが表情を緩ませて両手を広げれば、テテテテと駆け寄ろうとして、チーコは階段の途中でくたりと倒れるように転げ落ちた。

「っ!!」

咄嗟に、飛び出そうとした翼より早く、兎月原が掬い上げるような手つきでチーコを抱きとめ、抱き上げる。
「大丈夫かな? お姫様」
兎月原が蕩けるような声で問えば「ふぁふぅ!」と元気な返事をして、その首根っこに齧りついた。
チーコは笑っていて、翼は、ほっと胸を撫で下ろす。
抱き上げられたまま「ひぃふぅあぅ、ふあぅ!」とチーコはエマに何事か告げた。

「バイクでここまで走ってくるの、凄い楽しかったって。 雨に降られなかった?」と聞くエマに「ああ、ギリギリ振り出す前に間に合った。 とりあえず勝手に上がらしてもらったけど、良かったんだよな」と嵐が問い返す。
「大丈夫、ちゃんと全部分って貰ってるから」
嵐の疑問に頷くエマ。
「あ、一応、風呂の用意だけしといたから」と嵐が言えば、エリィと千剣破は同時に歓声をあげた。
「海にいたから体がベタベタしてんのよねー! お風呂、嬉しい♪」
エリィがはしゃげば、「雨にも打たれたし、体あっためたいよねー!」と千剣破も嬉しげに言って、同時に「「嵐君、ありがとう」」と声を揃える。
すると、眩しいばかりの美少女二人のお礼の声に、嵐は、ちょっと照れたようにそっぽをむいて「どーいたしまして!」とぶっきらぼうに答えた。

「さ、じゃあ、夕食の支度をするわね。 男性陣、先、お風呂入っちゃって」とエマは手を叩けば、「あ、いや、まだ沸かしてない…」と嵐が言いかけたところで、チッチッチとエマが指を振り、「藤ちゃん、つつじちゃん、お願いね。 あとで、一曲歌ってあげるから」と声を上げる。

すると、そよそよそよと庭に植えられたつつじと藤が優しい音を立てて一斉に揺れた。

「ここの神主さんの式神ちゃん。 私も姿は見た事ないんだけど、私の歌を気に入ってくれてて、ここに来た時は歌の代わりに、神社内の色んな御用事も請け負ってくれるの。 そこそこ力のある子達だから、お風呂も、もう沸いてる筈よ。 広くて、10人くらいだったら一気に入れるお風呂だから、えーと…むさい時間をどうぞ、ごゆるりと〜」と何だか明らかに風呂に行く気力を殺ぐような事を言いつつ手を振るエマに、「じゃ、お言葉に甘えて」と黒須が頷き、男性陣は揃って風呂場に向かいかけ、「あ、チーコはレディだから、女性陣と一緒にね?」と言いつつ、兎月原が、チーコを廊下に下ろした。

にこっと兎月原に笑い返し、此方に走り寄ろうとしたチーコが再びこける。

「ふぁっ、うふぅうっ」

恥かしげに身を竦め、再び立ち上がろうとした時に、チーコの足がガクガクと痙攣した。



あれ?
笑顔のまま、翼は固まる。

どうしたの? チーコ?
問おうとして声が出ない。

だって、昼間はあんなに元気にはしゃいでいたじゃないか。
ネックレス作ってたじゃないか。

好きな人に贈るネックレス作ってたじゃないか。


「っ」

ああ、もう、チーコは立てないのだ。

一瞬の混乱。
いずみは走り寄ってチーコの腕を引き、まるで、さっき兎月原がそうして見せたように、チーコを抱き上げようとして、当然、出来ずに一緒に転ぶ。

助けたいのに。
チーコを、助けたいのに。

「あ、ごめ…け、怪我…ない?」
チーコの体を、世界中の全てから守ろうとして覆いかぶさるように抱きしめ、震える声で問い掛けた。
いずみの問い掛けに強張った顔で頷いて、途方に暮れたような顔をして辺りを見回し、それからチーコが初めて、泣きそうな顔を見せる。

怖いだろう。
怖いだろう。

この子は 明日 死ぬのだ。



また、ふと、圧倒的な悲しみの波に襲われて、翼はよろめきかけた。

違う。
あの子は殺されるのだ。

人間に。

そうだ、殺すんじゃないか。
死ぬんじゃない。

殺すんじゃないか。
あいつらが。

もう、歩けないチーコ。
こんなに弱って、傷ついて、明日殺されるんだ。
チーコは、明日殺されるんだ。

どう言っていいのか分からず、自然と浮かびそうになる憐憫の表情を必死に殺した。

それでも、あの子が最期まで笑っていられるように。

それが、僕の仕事だから。


「一緒。 チーコと私は一緒」

チーコが、不安に揺れる一つだけの大きな目でいずみを見上げる。
その額に自分の額をくっつけて、「一緒よ。 チーコ」といずみが言えば、チーコは小さな両手でいずみの頬を挟みこんだ。

「いぅお?」
「うん。 そう、一緒」

すると、チーコはまた、可愛く笑う。

翼はいずみの振る舞いに、圧倒されて息を呑む。
何て言えば良いか分からない。

ただ、翼は自分なら同じ場面でいずみのように振舞えるだろうか?と考えたのだ。
彼女のように、勇気のある言葉を、怯まぬ美しさを、そして際限のない愛情を持って、明日寿命を迎える者を元気付けられただろうかと考えたのだ。

それは頭を垂れたい程の、慈愛に満ちた言動。

翼はいずみを尊敬した。
心底尊敬した。


チーコの体を抱き上げる。
「そうか。 チーコ、疲れちゃったのか。 じゃあ、少し休もう。 今日は一杯遊んだからね」
翼はそう言いながら歩き出し、一瞬振り返っていずみに対して、賞賛の意を込めた満面の笑みを見せた。
いずみは首を振り、それから少しだけ俯く。
その慎み深い姿に、なんて素敵な女の子だと、翼は再び感嘆した。

エリィ、エマと三人で、再び手早く、それでも丹精込めて作った絶品夕食を終え、そろそろお風呂に入ろうかと言う時間帯。
だが、女性陣は皆、時計を眺めて、動かなかった。
カタカタと、人形がお茶を運んでくる。
これも、どうも、「つつじ」と「藤」の仕業らしかった。

エリィ達は、食後のデザートとばかりに、可愛いお菓子を摘んでいて、翼も、大量にみんなで分けられるものを購入していた百合子の相伴に預かっていた。
男性陣も、畳張りの同じ部屋で、寝転がったり、座ったりと思い思いの格好をしつつも時計を見上げている。

「おそくね?」

嵐の言葉に、百合子が頷いた。

「遅いわね」

時雨が皆の分のアイスを買いに出かけると言った時、チーコに一緒に行くように薦めたのはいずみで、それに賛同したのは、千剣破、エリィ、翼達だった。
チーコの気持ちを分ってしまったという事もあり、明日タイムリミットを迎えるというのに、照れてばかりいてロクに時雨と話も出来ていないチーコに二人きりの思い出を作ってあげたかった。
時雨も勿論嫌がる素振りなく、恥かしがるチーコを抱き上げ、雨の中傘を差して出て行ったのだが、遅くとも30分程で往復できるはずの近所の小さな駄菓子屋に向かった筈なのに、一時間経過した今も帰ってこない。
状況が状況だけに、かなり心配ではあるが、身の危険という意味では、時雨の実力を知る翼としては、然程心配はしていなかった。
時雨はおいそれと敵に襲われて、チーコを危険な目にあわせるような腕前ではない。
エマと、黒須と共に、迎えに行っている冥月も、そこら辺は心配していないらしく、ただ、体調の変化によって、チーコが苦しみ、立ち往生しているのか、他に何か問題があったのかと考え出すと翼は不安で不安で、仕方がなかった。

気を紛らわせる為に、ハートの形をしたチョコレートを口に放り込む。


ガリガリと噛んでいる途中で、玄関先から待望のチーコの声が聞こえてきた。

「ひぅあぅっ!」

慌てて立ち上がれば、皆も一斉に飛び上がるように立っていて、慌てて玄関に向かう。

「おう?」

黒須の腕の中で、戸惑ったような声をあげるチーコの姿を見て、へたりこみたい程の安堵感を覚えた。

「…ごめんなさい」

しゅううんとしぼんだみたいな顔をして、時雨が小さな声で詫びてくる。

「アイス…溶けちゃった…」

そう言いながらビニール袋を差し出す時雨に「いや、それは良いから何があったんだよ」と嵐が問えば、黒須が「傘を野良猫にやっちまって、そんで、バス停で雨宿りしてたんだと」と肩をすくめて答える。
「そのうち…止むかなって…思ったんだけど…どんどん…強くなってきちゃって…しかも、ボク、寝ちゃって……」

とろとろとした喋り方に、翼はどんどん全身の力が抜けていくのを自覚した。

「ま…いいや。 無事なら」

竜子の言葉に皆頷く。
「チーコ、体冷えたでしょう? お風呂行こうか?」
そう言いながらエマが黒須からチーコの身柄を受け取った。
身を屈めて靴を脱いでいた時雨の胸元から、しゃらりと貝殻のネックレスが滑り落ちた。

ああ、渡せたのだと翼は安堵し、エマに抱かれて先を歩くチーコを見て、にっこり笑いかけてみせる。
チーコはが何を言いたいのか分ったのか、「ふひひ」と恥かしそうに笑うと、両手で顔を覆ってしまった。

着替えを抱え、浴室へ向かう道すがら、ふとチーコの泣き声を耳にして、翼は焦って、チーコの声がする部屋を覗き込んだ。

エマが、ポロポロと涙を零すチーコの体を抱きしめていた。
少し慌てて、「どうしたんです?」とエマに聞けば彼女は苦笑すると、「うん? ちょっとね…」と眉を下げて見せた。
「お風呂がね…嫌なのよね…」
エマの答えに驚いて、翼はチーコを覗き込み「どうして?」と問う。
翼の美貌を間近に眺め、恥らうように目を伏せた後、「あぅひぅふあぅっ…」とチーコが答えた。
「傷がね…一杯あるから…ちょっと恥かしいのよね?」
エマがそう訳してくれると、翼は、即座に、チーコが嫌がる理由を全て察した。

今回翼も含めて、若い女性の参加者も多い。
一緒にお風呂に入るなら、当然肌を晒さなければならず、彼女達の美しい肌と自分の傷だらけの肌が一緒に並ぶ事が、きっとチーコは嫌なのだ。

だって、チーコは女の子だもの。

翼は、チーコの心情を痛いほど理解し歯噛みする。

その傷は、クズ共が付けた、傷。
チーコがクズ共のせいで苦しんでいる。

女性の肌に傷を付けるなんて…許せない…。

翼は、なんとかチーコを元気付けてあげたくて、チーコの目を覗きこみ、「恥かしくないよ? なんで? チーコ。 君は僕が見てきたレディ達の中でも特別キュートで、素敵だ」と、心の底から訴えた。
チーコのために甘やかな言葉を、その耳に流し込む。
「大好きだよ、チーコ。 何も恥かしい所なんて君にはない。 完璧で、可愛くて、最高だよ」と言い募る。
翼の魔法をかけるような言葉に、チーコはくらくらと頬を上気させ、それから「一緒にお風呂、行こう?」と問い掛ければ、こくりと素直に頷いた。

翼はそんなチーコに微笑んで、その額に口付けると「流石、僕のお姫様だ」と笑いかけた。


脱衣所で百合子と一緒になった。
チーコの赤く腫れた目を見咎め、「どうしたの?」と問い掛けてくる。
チーコが「ひぅふぁ」と少し元気のない声で答え、エマが「えーと、ちょっとね…」と言いながら曖昧な笑みを浮かべる。
そして、優しい手つきでチーコの服をエマが脱がせれば、目に入るのは、醜い傷だらけのチーコの体。
見られまいとするかのように身を小さく小さく縮めるチーコの体は、火傷の痕や、痣、中には酷い切り傷のようなものも見えて、「ああ」と心の内で翼は詠嘆した。

畜生。

口汚い言葉。
滅多に思い浮かびやしない、そんな言葉が翼の脳裏に思い浮かんだ。
奥歯をぎりっと噛み締める。

畜生。

これが彼女を見舞った理不尽の証。
チーコは女の子で、恋をしていて、まだ10歳で…。

ぐるぐるぐると言葉が頭を駆け巡る。

酷く心臓が痛い。

エマはチーコを抱きかかえると、「お風呂凄く素敵よ?」と言いながら、浴室へ足を向かう。
程なく翼もその後を追った。


お風呂は、凄く広くて、石造りにも関わらず、見た目にも温かみが合って、全身を浸すとふわぁっと疲労が溶け出て行くような心地になった。

エリィが白い肌を惜しげもなく晒し、千剣破も美しい肢体を湯に沈めくつろいだ表情を浮かべている。
冥月も見惚れる程のプロポーションを有していて、見事なバランスを有したスレンダーな体をぐぐぐっと伸ばしていた。

竜子も翼が予想した通り、化粧を落とした素顔といったら、眉こそないものの、息を呑むほどの美人っぷりで、「うひゃー! やぁぁっぱ、日本人は風呂だな! 風呂!!」等と情緒のない事を言っているのが信じられない程に、美麗な顔立ちを有していた。
肢体とて、「何で、黒須さんが好きぞ? 目を覚ませ!」と肩を掴んで揺すってやりたくなる程のプロポーションで、何が、凄いって、胸がでかい。
日頃、特攻服の下の晒しで抑えているせいで分らなかったが、かなり、こう、豊満と言って良い程の大きさを持っていて、ぷかりと湯に浮かばせながら、「翼…やっぱ…女だったんだな…」等と言ってくる姿を見ていると、この世の中にこれほど「黙っていれば…」と思わせる女性も少ないだろうと翼は思った。

大体、なんであんなみょうちくりんな化粧をするのか一切想像つかないが、まぁ、この性格にはあの化粧は凄く似合っている。
まぁ、そういうものだよなと、翼はとりあえず納得する。



チーコは、傷口にお湯が染みるのか、じいっと体を硬くしている。

「えいっ!て、一度お湯に浸かっちゃえば、すぐに慣れるからね?」とエマが励ましてはいたものの、彼女を今襲っている激痛を思うと、胸が潰れそうだった。

ぶるぶると身体を小刻みに震わせ、目をぎゅうっと閉じていたチーコが、息を小さく吐き出し、体の強張りを徐々に解いていくまで、誰もが息を詰めてチーコの事を見守った。

「はふぅ…」と小さく息を吐き出し、漸くゆっくりと体を弛緩させる。
「えらい、えらい。 凄いね、よく我慢したね」
エリィが気持ちを込めた声でそう言いチーコの頭を撫でた。
「ご褒美に、エリィおねーさんが、チーコちゃんの頭を洗って進ぜよう。 あたし、手先器用だから、超気持ちいいよ?」
明るい、心の染み入るようなエリィの笑みに、気持ちもほぐれたようにチーコが頷く。
千剣破がおどけた声で「ええー? いいなー! じゃあ、あたしの髪も洗ってよ! ほら、ご褒美に!」と訴えて、半眼になったエリィに「何のご褒美?」と問い返される。
「えーと…可愛いご褒美?」とわざとらしい上目遣いで言う千剣破に「不可! 自分で洗いなさい」とエリィはきっぱり答え、そのほのぼのとしたやり取りに、チーコが「ふぁうふぅ」と、漸くいつもの笑い声をあげてくれた。

ああ、よかった。
チーコが笑った。


百合子が、ぽちゃんと肩まで浸かると、チーコの傷のこと等何にも目に入ってないような、呑気な口調で「はぁ…気持ちいい」としみじみ呟き、自分の太ももを撫でさすると、「ね? 正木さん」と語りかける。
「…正木さん?」
気になったように翼が問えば「ええ、人面疽の正木さん」と事も無げに答えて、ザバァと突然肉付きの薄い足を「えい」と高く掲げ太ももを指差した。
「この人」
そう言いながら示す先には、確かに人の顔に見えなくもない痣が一つ。
「これが正木さん。 今は大人しいけれど、私がピンチの時には的確なアドバイスをくれるの」
そう言って「よしよし」と痣を撫でる百合子を皆、マジマジと眺める。
そういう能力がある…としても、興信所のとんでもない面々を見てきたいずみにすれば、別段驚愕の事実って訳でもないのだが、なんだか、どう見たってただの「人の顔に見える」痣にしか見えない。

「おじさんなんだけど、大丈夫、今は眠ってるし、お風呂中はね、紳士だから目を瞑っててくれるの。 だから、皆の裸も見られたりしないから安心してね?」

そう言う百合子に、皆、曖昧に頷いたり首を傾げたり、それぞれ反応を見せたのだが、百合子が最初の頃にまるで自分が何の変哲もない普通の人間みたいな物の言いを思い出し、どこかだ!と翼は少し憤慨した。
彼女が喋ると、それまでの流れなんか全然把握してないような、頓珍漢なのに憎めない言葉ばかり吐き出して、雰囲気も何もかもぶち壊しにされてしまうのだけど、逆にそれがありがたかった。
あまつさえ、チーコの太もも部分の痣を指して「あ、これ、私と御揃いじゃないかしら? ねぇ、喋ったりしない? きっと、この子も人面疽よ」等と言い出し、色々な意味での恐怖にチーコをピシリと固まらせる。
「よかったね! きっとピンチの時には助けてくれるわ☆」そう無邪気に言う百合子にブンブンと首を振り、助けを求めるよういずみを見るチーコに「大丈夫。 絶対、喋らないから」と請け負うと、「怖いことを、チーコに吹き込まないで下さい!」といずみは百合子に注意する。
「えー? ロマンなのにぃ」
そう口を尖らせ言う百合子に、エマも、翼も「ぷっ」と噴き出し、「百合子さんに掛かると、みんなロマンになるんだね」と翼は笑い声混じりに言った。
チーコは、そんなみんなの様子に先ほどまで見せていた固い態度を取り払い、自分の体の傷跡も、恥ずかしそうに隠すそぶりもいつの間にか見せなくなった。


その夜は、広い部屋に布団を敷いて、皆で並んで眠った。
やはり身体を伸ばせて眠れるのはありがたく、外のしとしととした雨音と、芳しい藤の香にぼんやりとした酩酊感を覚えながら、いつの間にか翼は、夢も見ない眠りについていた。




最終日

「うひゃあああ!!」

無闇矢鱈な大声をあげて竜子が走り出した。
時雨もつられたように「わぁぁぁ!!!」と大声を上げて、案の定パフンと途中で転ぶ。
強い風が吹き渡っていた。

「まぁ、本物の砂漠には及ばないけど、やっぱ、ここはここで、奇景って感じで風情があるわね」
エマが風にあおられる髪を抑えながら言う。

そう、ここはかの有名な、鳥取県にある「鳥取砂丘」。
連休中という事もあってか、観光地らしく、ラクダなんぞに乗って砂丘を横断している人もあり、歓声をあげてはしゃぐ子供の姿もそこらかしこにあり、深々と大きめのパーカーを着て、フードを被り、顔を隠しているチーコも同い年位の子供達の声に何処となく嬉しげに聞いているように見えた。


今朝方は、それまで見せていた旺盛な食欲も衰えて、折角エリィ達が腕によりを掛けて作った朝食を殆ど残していた。
体調も酷く悪そうで、昼過ぎ頃まで眠らせて、少し顔色が良くなったのを見計り、神社を後にしてきた。

つつじと、藤の花に見送られ、心地良い神社を後にした一行が、ここを訪れたのは、エリィがパラパラと道を確認する為に捲っていたガイドブックを、布団の中から覗き込んでいたチーコが、砂丘のページに差し掛かった所、どうしても見たいとエマに訴えたからだ。
そのガイドブック一杯に広がっていたのは、夕日が沈み行く砂丘で、たくさんの子供達が駆け回る写真。
何かの砂丘にてイベントが行われた時の写真らしい。
母親に手を引かれ走る子供達の写真を見て、行きたいと願うチーコに、エマは二つ返事で了承し、他の者とて誰も反対しなかった。

チーコの為の旅なのに、自分の体調の事を含め、しきりに申し訳なさそうな顔をするチーコが、何だか健気で仕方がない。
エマはしゃがみこみ、自分の膝の間にチーコを抱え、その髪をゆっくりと撫でている。
百合子は、それでも平和な顔をして、小さな声で「月の砂漠」を唄っていた。
エマも小さな声で、囁くように百合子と合わせて唄う。
小鳥のように澄んだ可愛い声した百合子と、落ち着いた優しい声音で唄うエマは、強い風の中で、それでもかすかな歌声をチーコの耳にありったけの愛情を込めて注いでいた。
チーコは、余り持ち上がらなくなった腕で、それでもおぼつかない手つきで、冥月に貰った万華鏡を覗いていた。
いずみは、エマの膝に頬をくっつけて、二人の歌声に耳を澄ませていた。

昨日まで元気に見えていたのに、病の進行の仕方も人間とは異なるのか、肌の色艶も良くなくて、呼吸も微かに荒い。

苦しいのかな? チーコ。

虚ろな眼差しが彷徨って、翼を見止めると、弱弱しく微笑んだ。
何も悪い事してないのに、どうして苦しい思いをして、寂しい思いをして、その上、チーコは子供のままで死んでいくのだろう。

だが、現実は残酷で、時は間違いなく流れていて、少しずつ日は暮れていく。



時雨が子供達を連れて、チーコの元へとやってきた。
どうも、子供に酷く好かれる性質のようで、腕や足元に纏わりつく子供達を柔らかな笑みを浮かべて見下ろしている。
身長の高い時雨と、小さな子供達の影が、砂丘に長く伸びていた。
まるで、ハーメルンのようだと翼は思う。
茜色に染まりだした空の下で、優しいハーメルンは子供達を、チーコに引き合わせた。
ガイドブックの写真を見ていたチーコの目は、憧れの眼差しで、きっと、時雨はチーコのあの目に込められた希望を読み取って、彼らをここへ導いたのだろう。
一瞬、翼は「大丈夫かな?」と、どうしたって普通の人間の子供の姿とは違うチーコと子供達を会わせる事に不安を抱いた。
だが、時雨がいるなら大丈夫。
何だか、子供の扱いに関しては、時雨の右に出るものはいないような気がしたのだ。

自分の事を好奇心一杯で覗き込んでくる、実際の子供たちの姿に、チーコは一瞬身構えるも、時雨が言い含めてあるのか、子供達は驚いた目でチーコを眺めるも騒ぎ立てはしない。
チーコの姿をマジマジと眺めながらも、そのうちの一人の女の子が、素直な声で、「かわいい」とチーコを評した。
夕闇の赤い色が濃くなっていく。
チーコはおっかなびっくりの表情で、子供達に手を伸ばした。
一人の子供がチーコの掌を握った。
「かわいいね。 名前は、なんていうの?」

チーコは、震える声で答えた。

「チーコ」

はっきりとした発音で、何度も、何度も、皆が呼んでくれた自分の名を、大事に、大事に呟いた。

「チーコ…いう」
「チーコ。 可愛い名前」

子供達がさざめき、チーコに笑いかけた。

「かおりー! そろそろ行くよー!」
「聡、何処行ったの?」
「あら? 翠? 翠?」

砂丘のそこらかしこから、子供を呼ぶ母親の声が聞こえてきた。

「あ、呼んでる! じゃあね、チーコちゃん!」
女の子が一人手を振り、砂丘を越えて行ったのを切っ掛けに、子供達は皆それぞれ、母親の元へ帰っていく。

チーコは小さく手を振って、それから甘えるようにエマの胸に顔を埋めた。
ポンポンと頭を優しくエマは叩く。

「ひぃぅあぅ…」
エマが頬を、チーコの頭にくっつけて、「なぁに?」と聞いた。

「ふぅあぅぃぅう……」

翼は、喉の奥が痛んだ。
時雨が、夕日に目を向ける。
海の波が、ザブザブとした音を立てた。

「……もうじき、……日が沈む。 ボク達も…行こう」

頷いて、立ち上がった時だった。


突如背筋を襲う寒気。
 
振り返れば、砂丘の上にずらりと男達が並んでいた。
皆、手に物騒なものを持っている。
タッと、素早い動きで駆け寄ってきたのは冥月。
流石と言うべきか、チーコの元にすぐ駆け寄れる位置で待機していたらしい。

「思ったよりも早かったな。 追いついてくるのが」

舌打ちせんばかりの表情で、そう呟くと、ひょいとエマからチーコを取り上げた。

「私の傍にいろ。 大丈夫だ。 絶対に傷つけはさせない」

冥月の言葉に、チーコが頷く。
「いずみは、時雨の傍に…」
「大丈夫です」
冥月の言葉をいずみが遮る。

「一応、自分の身は自分で守れますし…」
視線を向ければ、前回を遥かに超える人数が待機していて、いずみがきゅうっと目を細めた。

「あの人達…人間じゃない」

いずみの言葉に「いい目だ」と冥月は褒めると、「キメラだ」と呟いた。

「キメラ?」
「人間と、動物を掛け合わせてある。 あの、悪い奴らのお得意技らしい。 とうとう、相手も本気を出してきた」
そう唸るように言って、それから、「大丈夫なんだな?」と念を押す。
「ええ、足手まといにだけはならぬよう自衛に努めます」
いずみの頑なな表情に、冥月はしょうがないという風に溜息を吐けば「私も、これは、守られ役ではいられないわ。 サポート程度だけど、協力も出来ると思う」と、エマが強い目で告げる。
百合子はもじもじと「わ、私も…」と何か言いかければ、冥月は「百合子は、私と共にチーコを守れ。 抱いていてやってくれ」と、チーコをその腕に預けた。
細い腕で、おっかなびっくり、不器用にチーコを抱く百合子に一瞬不安を覚えども、今はそういう事態ではない。

「夜になれば…」

え?と翼は首を傾げて、冥月を見る。

「夜になれば、私一人で全て片をつけられる。 闇は私の領域だ。 何が起こったのか分らぬ内に、皆地に沈めて見せよう。 だが、今は無理だ。 影を操って、あいつらを拘束するのは可能だと思うのだが、これがただの先発隊で、後からまた別部隊を送られてくる可能性がないわけではない。 今、この様子をまた、別場所から眺めているものがないとも言い切れぬしな。 こちらの能力を悟られれば、何某かの対抗策を練ってこないとは限らない。 向こうは、こちらを遥かに凌ぐ組織力と、資金を持っている。 この仕事が終わった後の事を考えると、はったりを効かせ続ける為にも、私の能力は、まだ、悟られない方が良いだろう。 まぁ、幸い…」

そこまで言って周囲を見回せば、異様な雰囲気を察したのか、観光客等は姿を消していて、「…周りを気にせず、思いっきりやれる。 夜まで保つか?」の問い掛けに、翼と、時雨が同時に片眉を上げた。

「冥月さん、こう見えても、僕は荒事も得意中の得意でね。 特に女性を守る時には、自分でも想像のつかないほどの力を振るえるんだ」

にぃと翼は美しくも凶暴な笑みを浮かべて見せると、「夜までなんて、長すぎる。 まぁ、見てて下さい」と冥月に宣言した。

時雨も、「大丈夫…夜になる前に…ここを出られるように…するからね?」とチーコに語りかけ、それからツイと同時に敵を睨んだ。
首をクキクキと鳴らしながら「ううん。 あんまり、暴力とか得意じゃないんだけどな」と呟いて、兎月原は柔軟を始める。
エリィは夕日の輝きを受け、赤く光るナイフを抜いて、「さて、チーコちゃん、あんまり待たせられないしね」と静かに呟いた。
黒須と竜子は一度視線を合わせ、ぽんと竜子が黒須の背中を叩いて「んじゃ、いってらっしゃい」と気軽な調子で言い、それから、冥月に向かって「あたいも、あんたの傍にいさせてくれ」と告げた。
「了解した」と、冥月は頷き、嵐が何か言いかけるより早く、「バイクで、かき回してやれ」と指示を下す。
ガクリと肩を落とし、「ほんと、俺、ただの素人なんだけど?」と問う嵐に、冥月がシレっとした顔で「いや、素人にしておくには勿体無い度胸と身体能力を持っている。 励め」等と、嵐の師匠と見紛うばかりの励ましの言葉を口にした。

千剣破が海へと向かって歩き出すと、「いずみちゃん、あなたの目であたしをサポートして」と声を掛けた。
海の水を使って、遠距離から近接戦の面々をサポートするつもりだろう。
先ほどの様子を見ても、かなり目が良いいずみの協力を得て、力を振るってくれるらしい。
だが、彼女の強張った表情が、なんだか少し気になった。
ピンと張った糸が、今にも切れそうな風情に見えたから、いずみも、一瞬気遣わしげに、千剣破を見上げたが、その視線に余裕をなくした、彼女は気付かなかった。

「日があるうちは、私はチーコの守りに徹する。 任せたぞ」

冥月が、そう告げると、一際強い風が吹いた。

「チーコを苦しめた連中だ。 死なない程度にしか、手加減はしてやらない」

翼が剣呑な宣言をするのを合図に、それは始まった。

向こうの人数は、圧倒的に多数。
だが、個人個人の実力は、比べるまでもなく此方の方が上。
人数押しで来る向こうの攻撃を少ない人数で、どれだけ押し留められるのかが鍵になってきていた。

冥月の体の傍に、ぴったりと百合子が身を寄せて、チーコを抱きながら戦況を見守っている。
冥月は表情を変えず、腕を組んだまま微動だにしない。
千剣破は、海の水を硬球に変えて、一気に敵に降り注がせていた。
痛みに怯むものや、当たり所が悪く、一撃で昏倒するものもいる。

翼は、素早く相手を捕らえ、その目を覗きこもうとするが、流石にキメラ相手では、そんな悠長な事はさせてくれない。

チッと舌打ちをし、風で相手を吹き飛ばそうとすれども、さすがは砂丘の強風、中々のじゃじゃ馬で、コントロールが難しく、翼は額に汗を滲ませた。
この強風をむしろ、利点と変えて、強大な力で圧倒する事も可能だが、そうすると確実に向こうに死人が出る。

それは竜子の望むところではない。

もどかしさを感じつつも、必死に翼は風を支配しようとしていた。

身体能力が、獣の特徴を備えることで、飛躍的にアップしているらしい面々は、マジマジと眺めたい程、翼の好奇心を掻き立てたが、今は、そんな余裕はない。
「殺してはならない」の制約は、翼以外の名うての実力者達にとっても、少々面倒なものらしく、それぞれ手加減の程に苦慮しているようだった。
接近戦を得意としているらしい、兎月原やエリィは、確実に一人一人に当身や、急所への攻撃を仕掛け、意識を奪っていっている。
嵐は、冥月の言葉どおり、バイクで敵が固まっている場所に突っ込み、散らしたり、タイヤを使って巻き上げた砂によって、視界をさえぎったりしていた。

振り返れば、夕日が徐々に沈み始めていた。
冥月の時間が近づいてきている。
負傷者や、深刻な重症を負う者もなく、冥月の言葉を信じれば、これにて決着が着くのだろうか?と思われた矢先の事だった。

冥月が、もう少し戦況が見渡せるような、高台へと移動を始めた。

強い風が吹いた。

チーコが万華鏡を落とした。


コロコロコロと、万華鏡が転がっていく。

その刹那、もがく様に百合子の腕を抜け出したチーコが、その後を追った。


「っ! チーコ!!!!」

初めて、冥月が声を荒げた。


コロコロコロ、冥月に貰った万華鏡が砂漠を転がっていく。

トテトテと、もう歩けぬ足で、それでもよたよたと、チーコが必死に追った。
慌てて、冥月がチーコに走り寄るより早く、四つん這いになって人間ではありえない速さでチーコに走り寄ってきた男が、まるで、サッカーのボールを蹴るみたいに思いっきり、チーコを蹴っ飛ばした。

「ヒュゥッ」と喉の奥が狭まる。

悲鳴が喉の奥で暴れていた。

チーコが玩具みたいに吹っ飛ぶ。
砂の上を、二三度バウンドして、ごろごろと体を転がしたチーコ。


「逃げて!!! チーコ、逃げてぇぇぇぇ!!!」


いずみが叫んでいる。
自分に飛び掛ってきた、全身を虎のような毛皮で覆われた男を、視線も向けないまま蹴り飛ばした。


もし、目の前で、チーコが無残に殺されたら…


彼女を守りきれなかった自分を、自分は一生許せないだろう。

それは、圧倒的な恐怖心。

チーコは、動かぬ足を砂の上でもがかせ、そして、腕で這いずるようにして、それでも、万華鏡を追った。
ずるずると這い手を伸ばす先に、万華鏡が触れるか否かの間際、横たわるチーコの体を、先程チーコを蹴り飛ばした男が思いっきり踏みつけた。

「うぐぅはぅっぅっ!!!」

悲鳴とも喚き声ともつかない声。
翼の頭が真っ白になる。



幸せな気持ちだけで一杯にして、幸せな時間を過ごさせてあげる筈だったのに。


彼女は今、クズに踏みつけにされて、痛みの余り悲鳴をあげている。

許せない。


それは、翼にとって絶対に許せない光景。


喉から迸るように声が出た。



「チィーーーーーーコーーーー!!!!」



絶叫に似た、それは、紛れもない咆哮だった。

百合子が夢中な様子で、チーコの上に覆いかぶさる。
竜子が、そんなチーコと百合子の前に、彼女達を全ての脅威から守るかのごとく立ちはだかった。

あれが彼女たちの覚悟。
殺さなかった彼女たちの命がけの覚悟。


稲光が聞こえた。
酷く凶暴で荒れ狂うその音に、全てのものが一瞬、空へと視線を向け、そして、海の様子に瞠目した。

真っ黒な海。
荒れるなんてものじゃない、それは、異常な姿だった。

千剣破の様子が明らかにおかしかった。

彼女の仕業か?

千剣破の周りを黒い水が取り囲む。
海の色は、黒炭を流し込んだような漆黒。
海から巨大な水の竜巻が幾つも立ち上がっていた。
真っ黒な海。

酷く禍々しい、その姿。

「あ…ああっ、あっ…!! 許せない…許せない…許せないっ!!!!!!!!!」

目を見開いたまま、千剣破が強い声で繰り返し叫ぶ。
ビリビリと周囲の空気が震えていた。
空に暗雲が立ちこめ、稲光の音が聞こえてくる。


黒い水を身に纏い、真っ白な頬を更に白くさせ、爛々とした目で敵を見据えている。


酷く恐ろしく、酷く神々しく、酷く美しく、そして酷く危うい。

髪の毛が風に舞い上がる。
普段より赤く色づく唇が、きゅうっと引き結ばれる。

皆が、海の様子、そして千剣破の様子を凝視していた。

敵の男達の中には、明らかに危険なこの状況に既に逃げ始めたものもいる。


「いずみ…、千剣破を止めろ!」

冥月が叫んでいる。

冥月が焦っている。
その事をもってしても、今の危機状況が如実に把握できた。

チーコと竜子だけでも、守らないと!と焼け付くような危機感に焦る翼であったが、それよりも早く、いずみが、突然ぐいと手を伸ばし、千剣破の胸倉を掴むと、下に引き寄せ、その頬を思いっきり張り飛ばした。

「うわ」

その容赦ない一撃を見て、思わず翼は自分の頬を抑えて痛そうに呻いてしまう。


「しっかりなさい!!!!」

凛とした声で、いずみが千剣破を叱る声が聞こえてきた。

「泣いているでしょう! チーコが泣いているでしょう! 今、あなたは、誰のために力を振るおうとしているの?! それは、誰を守る為の力なの?! 正気に戻りなさい! 泣かさないで、チーコを! 千剣破さん! 泣かさないで!!」



チーコの泣き声。


万華鏡を抱きながら、チーコが泣いている。



いけない。
チーコ、泣かないで。
泣かないで。



幸せな気持ちで。
幸せな気持ちで…。


嗚呼、そうだ。
僕は、その為に、ここにいるんだ。



いずみの言葉に徐々に千剣破の焦点が結ばれる。
海が徐々に静まり始めた。
ほっと、安心したところで、チーコに慌てて視線を送れば、黒須が竜子を鋭い爪で切り裂こうとしていた男を叩き伏せ、時雨がチーコを抱きかかえようと手を伸ばしていた。

千剣破が呼んだ暗雲も、霧散し、その下の茜色の空が、夜の闇を濃くし始めている。

冥月が、明らかに身に纏う空気を冷たく、凍りつかせながら敵に向かって歩き出し始めていた。
手には黒い刀を持っている。

あとは決着の時を待つだけと、目の前の敵を叩き伏せながら、心を落ち着かせるの翼の耳に、一発の鋭い銃弾の音が届いた。


ドラマみたいな、偽者みたいな銃弾の音。


音のするほうに目を向ければ、まるで壁になるみたいに、チーコや竜子達を守る為両手を広げている黒須がゆっくりと倒れる姿が目に入った。


まるで、世界中の速度が、スローモーションになったように見えた。


黒須…さん?

衝撃を受け立ち竦む。

黒須さんが…撃たれた…。


「あ、やばい」

酷く軽い口調でエマがいう声が聞こえ、思わず視線を向ける。

特殊な「声」による攻撃で、千剣破からは別方向からの、遠距離射撃を行ってくれていたエマが、とっとっとと、軽い足取りで走り寄ってきていた。
夢中になっていて気付かなかったが、自分の周囲の敵をあらかた片付けてしまっていた事に、自分でもちょっと驚く。


「久しぶりに、見ちゃうかも。 見ちゃうかも」

そう呟くエマに、「な、何を?」とエリィが問い掛けた。

「怪奇。 蛇男」


真面目な口調で言うエマに「「蛇男??」」と、周りにいた面々が一斉に首を傾げた。
疑問に翻弄される翼の目に、驚くべき光景が映った。
夜闇の下、「あ、っ、っつぅっ、ち、畜生っ!!」と黒須が叫び、蹲った次の刹那には、彼の姿が、下半身大蛇の姿へと変わっていた。


濡れた輝きを見せる黒い鱗に覆われた大蛇の尻尾がのたくっている。
6.7メートルはあるだろうか?
その長く、丸太のように太い下半身をくねらせながら、蹲る黒須の姿に、咄嗟に生理的な嫌悪感を感じて鳥肌を立たせる。
どういう事かも見当がつかず、ただただ、黒須の姿に魅入られた。

怖い。
気持ち悪い。
不気味でしょうがない。

だから、目が離せない。

何が、どうなって、こういう姿になってしまったのか。
それとも、元からこういう生き物だったのか。
醜い。
それは、酷く醜い姿だった。

翼は驚愕を禁じえない。
想像以上の、真実だった。

いや、確かに、彼の八重歯の部分に蛇の猛毒が仕込まれているという話は聞いた。
それを、ベイブが睡眠薬代わりに利用している事も知っている。

だけど、じゃあ、誰が、黒須自身が、こんな下半身大蛇の姿に返信するだなんて思いつくことができるだろう!!!


着ていたスーツは無残に破かれ「今回は、この姿になんねぇで済むって、踏んでたのに!」と悔しげに喚く。

エマを除く全ての面々が、硬直していた。
硬直…せざる得ないだろう、この姿には。

「な、んな、なっ! なんなんだ! あれ!」

ずびし!と黒須を指差し嵐が喚けば、エマは一瞬の逡巡の後、随分老成した虚ろな眼差しを見せると「…呪われた蛇一族の末裔なの、黒須さん」と限りなく棒読みな声でそう告げた。
普通ならば、光の速さで「嘘だよね?」と気付ける、好い加減具合最高潮なエマの台詞なれど、状況が状況だけに、皆一様に「蛇、一族…」と、恐ろしげに呟く。

翼は、絶対、エマさん、説明面倒臭がってる…と気付けども、この状況で詳しい説明を求める訳にもいかず、なんだか然程知りたいとも思えなかったので、とりあえずは放置する事にした。

まぁ、命に別状がないのなら良かったと安堵した瞬間、ふと、嫌な気配を感じて、砂丘の上に視線を向けた。


そこには、今、この場にいるどの男たちとも雰囲気の違う二人の男が立っていた。

一人は仕立ての良いダブルのスーツを着こなした長身の男で、他の粗野な雰囲気を身に纏う男たちとは一線を画する威圧感を有している。
派手な色に染めた少し眺めの髪を、鬣のように後ろへ流して風に舞わせている。
顔立ちは端正で、精悍でありながら、後ろ暗い、ヒリヒリとした危険を感じさせる危険味も含んでおり、全身から「只者でない」空気を発散していた。
今回の一群を率いている幹部らしい、体格の逞しい男が、腰を低くしながら、追従するような様子で何か鬣の男に伝えている。
その隣に立つのは、男と対照的に身長も低く、青白い顔をした細い男で、白衣を風になびかせながら、脇に立つ男達のやり取りなど一切無関心といったように、戦況を凝視していた。

Dr。

K麒麟を、飛躍的に強大な組織へと仕立て上げたマッドサイエンスト。

まさしくと言った風貌に間違いないと確信する。

ぎょろぎょろと目ばかり大きく、銀縁の眼鏡の中で彷徨っている視線が、黒須を捉えると、ギラギラとした輝きに満ち始めた。

こんな人間と、動物を掛け合わせたキメラを作ったり、チーコのような子を攫ってくる人達だもの。
黒須のような人間に興味を持つのも不思議はないと思いながらも、Drの視線の狂気的な有り様に怖気を奮う。

(黒須さん、変な目のつけられ方をしなければいいけど)と思えど、千年王宮の住人でもある黒須には、おいそれと及ぶ危険もあるまいと考え、翼は現状の把握に意識を集中させようとする。

だが、そんな必要は一切なかった。

夕日が完全に沈みきり、あたりは夜闇に包まれる。

「待たせたな」


低い声。


無慈悲な夜の女神。


黒冥月が動き出す。

「じゃあ、終わりを、始めようか」

黒いロングスカートが風に揺れる。
髪を高く結った冥月が両手を広げた。

チーコへの狼藉を目の当たりにした面々も、その怒りを力に換えて、敵方を睨み据えている。



夜が来るという事。
それは、「冥月によって、全て片がつく」という事と同意語でもあった。




思わぬ時間を取られたせいで、山口県に到達する頃には、夜明けが近付いて来ていた。

砂丘の上に見た男達は、冥月に尋ねど「取り逃した」らしく、悔しさの欠片もなく「つくづく逃げ足の早い連中だ」と呟いた。


チーコの蹴られた傷跡は、もう微塵も見当たらない。
千剣破の水の力によって、傷を癒したのだ。
疲れきった様子の千剣破ではあったが、最後の力を振り絞り、チーコを癒す姿を見て、翼は心底、彼女にはこういう力の使い方の方が似合うと感じた。
チーコの蹴られた時の記憶は、翼が「事象の操作」という恐るべき能力によって消去した。

「本当は、タイムパラドックスを引き起こしかねない、使ってはいけない力なんだけどね…これ位なら、大丈夫だろう…」と考え、もっとも世界に与える影響の少ない翼が新たに作り上げた事象は「蹴られた際に、チーコは意識を失い、砂丘で暴力に晒された記憶は、ショックで消えてしまった」というもの。
傷跡もなく、記憶もないチーコは、まさか自分が恐ろしい目に合っていただなんて事も、すっかり知らぬ気に、穏やかな様子でエマの腕の中でじっとしていて、翼は心から安心した。

良かった。
不幸せな思い出は、三日間の間一つだってチーコの中に残したくなかったから、本当に良かった。





潮岬…本州最南端の海。


その海を一望できる、灯台の上に立ち、チーコが夜の海を眺めていた。

もうじき、夜が明ける。

チーコは、自分を抱いていたエマの腕を優しく叩き降ろしてくれるようにと頼んだ。


ここが彼女にとっての、最期の地。


見上げれば満天の星空があって、皆息を殺してチーコを眺めた。


チーコは、自分の運命全て分っているかのように微笑んで、一礼する。

キラキラキラと、夜闇を引き裂くように、流れ星が落ちていった。



唐突に、何の予備動作もなく、その喉からチーコは、燃えるような、熱く、熱く、力強い声を出した。



「会わなければ よかったと

思う私を 許してください」


それは紛れもなく、人の、日本語の、翼達が使う言葉の 歌。






会わなければ よかったと

思う私を 許してください


闇の中で 息絶えていれば

生きたいと願わずにいられたのでしょう


優しくされて

優しくされて


私は死ぬのが怖くなった

優しくされて

優しくされて


私はとうとう恋をした


幸せです
不幸せです

嬉しいです
寂しいのです

抱きしめて
触らないで

全部嘘です
全てが真実


あなたが 好き





チーコが手を延べる。
視線の先には時雨がいる。





あなたが 好き


好きじゃない
嫌い

だから 泣かないで
笑っていて
私が いなくなっても 笑っていて


真実

あなたが 好き

だから 笑っていて

私が いなくなっても 幸せになって

私の事を忘れてください


いやだ

私の事を忘れないで

うそ

わすれていいの

だから

幸せになって 幸せになって

好き 好き 好き 好き さようなら



「あなたに あえて よかった と おもう わたしを ゆるしてください」


炎の歌。
命を燃やす歌。

夜が明け始める。

チーコの指先が、髪が、炎に変わり始めた。


その全てを燃やすかのように、チーコが唄う。

最期の歌。

時雨が、転げるように、チーコに走り寄り、その体を抱いた。


「チーコ!!!」


幸せになって


「チーーコ!!」


幸せになって

「いやだ…いやだよ…チーコ…一緒に…故郷…見に行こうって言った…約束した…嘘つき…チーコの…うそつき…あっ、ああっ、うああっ、わああっあああああっ!!!」


慟哭。

自分の全身が炎に包まれるのも構わずに時雨はチーコを強く抱きしめた。
一緒に燃えてしまうんじゃないだろうか?と心配になった。
赤い髪が、体が、何もかもが炎に包まれて、時雨は夜闇の中で、チーコを抱いて燃えていた。


キラキラと炎に包まれ、光の粒が二人の周りを舞う。

ああ、あれは万華鏡の光の欠片。

焼けた万華鏡の中から、光が舞い上がり二人の周りをひらひら飛んでいる。


チーコは最期の瞬間翼を見た。

その目を翼はしっかり見返し、それから一つ頷く。
チーコは嬉しげに笑って、「あ り が と う」と囁いた。



朝日差す海。
目を射るほどの輝きが海面一杯を満たす。




その瞬間、チーコの体は全て炎と化して、消え果てた。



時雨が喚く。
声にならない声で。

赤い髪が炎のように揺れていた。



そして、眩い光の中真っ黒な影の塊になって、時雨は長身を折り曲げ蹲ると、唇を押さえ、耳を押さえ、目すら閉じて、全て、全て記憶にあるチーコの全てを、何処にも逃さないかのように、じっとそうやって、じっと、蹲り続けた。

まるで、両手を組み合わせていないのに、その姿は祈りに見えた。

酷く敬虔な祈りに見えた。


翼は、チーコが消えた場所へと足を向ける。
そこには黒く焦げた髪飾りが一つ。

翼は、黒須に言った。

「黒須さん…僕は、今回の報酬も何もいらないよ。 だから、これを一つ僕にくれないか?」と言いながら髪留めを拾い上げる。

黒須は遮光眼鏡の下の目を、すっと伏せると、微かに頷いてくれた。







まだ、僕には大事な役目が残ってる。

死に際のチーコに僕は約束した。



所は変わって東京。


ここの所立て続けに、「K麒麟」の息が掛かった系列が経営する、如何わしい見世物を行う店舗が立て続けに潰されていた。

今日もまた、一つ。

まるでサイクロンに見舞われた後のように倒壊する店舗がある。

その瓦礫を見下ろしながら、一人の女性を抱えて翼が空に浮いていた。

「あなたをずっと捜していたんです」

翼は告げる。
女性は、チーコと同じオレンジ色の髪をして、チーコと同じ太陽色の目を一つ、顔の真ん中で瞬かせている。
やせ細ったからだ。
傷だらけの姿。
明かに、虐待を受けている姿だった。

翼は、怒りに任せて、瓦礫の下から逃げ出そうとする男達に、もう一撃風での攻撃を喰らわした。




その翌日



翼は、チーコの故郷にいた

本当は チーコ キミをここに連れてきてあげたかった。



そこは、美しい、美しい、宝石のように美しい南の島だった。

風に問い、やっと見つけたチーコの故郷。

翼はそっと女性を降ろす。

そして、その手にチーコの髪留めを握らせた。


「チーコのです…」

そう伝えれば、女性は大きく目を見開き、そして、見る間にぼろぼろと大粒の涙を零す。


彼女はチーコの母親だった。


子供のチーコは、汚れた空気に耐え切れなかったが、その母親は辛うじて救い出すことが出来た。
随分衰弱しているが、この島で療養し続ければ、きっと回復できるだろう。
島の木々の間から、女性と同じ、一つ目に、オレンジ色の髪の男女が、パタパタと走り出てくる。
全員で、二十数人ほど。

翼が、風の情報網を駆使して、東京中から救い出した、チーコの仲間の人々だった。

チーコの母親は、泣きながら皆に駆け寄り、美しい、チーコの歌声と同じ炎のように熱く、焼きつく歓声が上がる。
翼は、喜び合う人々を眺め、唇を噛んだ。

本当はチーコも…いや、もう、取り戻せないものを考えても仕方がない…。

踵を返す翼を、チーコの母親が追い縋るようにして止める。
そして翼の手を引いて、彼女はある岬へと翼を案内した。


そこには、翼がチーコの最期の歌を聞いた潮岬とそっくりの風景が広がっていた。


嗚呼。


翼は青い空を仰ぐ。


嗚呼、チーコ…!


彼女は、エリィにガイドブックを見せてもらって、あの故郷の同じ風景を見つけ、そして切望したのだ、あの場所を。


帰りたかっただろう。

帰りたかっただろう、チーコ。



チーコの母親が、髪留めを海へと投げる。


翼は両手を握り合わせて、祈った。

願わくば、この故郷の海に、彼女の魂が安らかに眠り続けられるようにと。


神様は、呆れる程に無力で、チーコの命を救えはしなかったけど、それでも最期彼女は笑っていたから、笑っていたから……

翼は、両手を組み合わせ、祈り続ける。



ばいばい チーコ


美しい海の輝きが、翼の目を射た。



ばいばい チーコ
夜の海のチーコ

キミの事は忘れない
キミの歌を僕は忘れない




fin





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1271/ 飛鷹・いずみ   / 女性 / 10歳 / 小学生】
【3446/ 水鏡・千剣破  / 女性 / 17歳 / 女子高生(竜の姫巫女)】
【7521/ 兎月原・正嗣 / 男性 / 33歳 / 出張ホスト兼経営者 】
【7520/ 歌川・百合子/ 女性 / 29歳 / パートアルバイター(現在:某所で雑用係)】
【0086/ シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2778/ 黒・冥月 / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【2380/ 向坂・嵐/ 男性 / 19歳 / バイク便ライダー】
【5588/ エリィ・ルー / 女性 / 17歳 / 情報屋】
【1564/ 五降臨・時雨  / 男性 / 25歳 / 殺し屋(?)/もはやフリーター】
【2863/ 蒼王・翼  / 女性 / 16歳 / F1レーサー 闇の皇女】



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■         ライター通信          ■
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出来上がりが大変遅くなりまして誠に申し訳有りませんでした。

本当に、長い、長い物語にお付き合いくださいましてありがとう御座いました。
三日間、参加してくださった皆様も楽しいときが過ごせていたら幸いです。
チーコは皆様のお陰で、幸福な気持ちでこの世に手を振ることが出来ました。
彼女の最期の歌を是非、忘れないでいてください。
夜の海のチーコ。

終幕で御座います。

尚、momiziのウェブゲームは、登場人物全ての方、それぞれの視点に即した物語となっております。
お暇なときにでも、他のウェブゲームにもお目通し頂けると新たな真実や、自分のPCが他PCにどう思われていたのかを、知る事が出来るかと思います。

それでは、momiziでした。