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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


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「お兄さん、私、提案があるんですけれど‥‥」
 買い物から帰ってきた零は真剣な面持ちでおもむろにそう切り出すと目を伏せた。
 ただならぬ気配を感じた武彦が、煙草に近づけようとしていたライターをいったん下ろすと視線を彼女に向ける。
「さっき私、もなさんに会ったんです」
 片桐・もなの名前を聞き、反射的に身を強張らせる武彦。 銃刀法無視しまくりの彼女は、度々興信所に危険物を持ち込んでは厄介な事件を起こしてくれる。
「片桐がどうかしたのか?」
「真っ黒なワンピースに、赤いカーネーションを持って‥‥」
「ロケランを背に括り付けてたのか!?」
「ち、違います! 少し早いけれど、母の日にって言ってたんです」
「あぁ‥‥」
 もなの母親は既に亡くなっていると聞く。
 真っ黒なワンピースにカーネーションを持ってお墓参りをする、どう見ても小学生なもなの姿を脳裏に描き、武彦は気分が少し沈むのを感じた。
「それで、提案って何だ?」
「母の日って、何を贈ったら良いのか結構悩むじゃないですか。だから、そう言う悩んでいる人に手を貸してあげたらどうかなって思うんです。勿論、無料で」
 無料でのところに力を入れたのには意味がある。 現在絶賛依頼募集中の草間興信所では、明日の献立を立てることすらままならない緊急事態に陥っている。スーパーの安売りのチラシと睨めっこをしながら献立を立てるのが最近の零の日課だった。
「俺と零の二人でか?」
「誰か雇うにしてもお金は払えないですからね。そう言う事になります」
 普段の武彦だったなら却下するところだが、どうしてだかあっさりと首を縦に振った。


* * *


 その日も普段と変わらず興信所に姿を現したシュライン・エマは、武彦と零の真剣な表情に思わず気を引き締めた。
 何か厄介な事件でも舞い込んで来たのかしら? そんな想像を巡らせていたため、おもむろに武彦が呟いた言葉が素直に頭に入ってこなかった。
「母の日の手伝いをする事にしたんだ」
「‥‥‥母の日の、手伝い?」
 言葉をそのまま返す。 頭が回っていないと言う証拠だ。
「あぁ。 シュラインにも手伝ってほしい。勿論、タダで」
 改めてタダでのところを強調せずとも、常日頃からほぼタダ働きに等しい草間興信所の事務員、シュライン・エマは、ここに来てやっと話しの輪郭がおぼろげに掴めるようになった。
「依頼主はどんな人なの?」
 財政的に厳しい状態に陥っている時でも、本当に困っている人は放っておけない性質の武彦だ。きっと迷える小学生にでも頼み込まれたのだろう。
 そんなところが武彦さんらしくて素敵だわ。と、恋する乙女は緩む頬をそのままに、優しい瞳で彼氏を見つめた。
「依頼主は、誰でもない」
 武彦の奇妙な言葉に、乙女モードが解除される。
 依頼主は誰でもないってどういう事なのかしら? その言葉の後に“お前だ”とでも続けば、台詞としては面白いが、武彦は常に台本に沿って生きているわけではない。そんなドラマチックな発言は決してしないだろう。
「母の日に何をあげれば良いのか困っている人のお手伝いをしますって、こちらから募集を掛けてみようと思うんです」
 混乱するシュラインに救いの手を差し伸べたのは零だった。 事情が飲み込めたシュラインは、次に素早く思考を切り替えた。
 自らボランティアをするような精神は、恐らく武彦にはない。もっと厳密に言えば、家計が火の車なのにノンビリとボランティアをしようなどと言うような考えは、武彦にはない。武彦以外でも、家庭を管理する者ならば誰だってそうだろう。
「零ちゃんの発案でしょう?」
「はい」
 可憐に微笑む未来の義妹からもなの話を聞き、武彦が感じたのと同じような気分を味わいながら、シュラインは自身の母の日の思い出を記憶の縁から引きずり出した。
「母の日か‥‥‥」
「シュラインさんは母の日にどんな贈り物をしたことがありますか?」
「母は仕事柄、世界中を駆け回ってるような人だったから、直接花とかを渡したくてもなかなか出来なくって」
 寂しかった感情が思い出され、鼻の奥がつんと痛くなる。
「だからね、母の日にカーネーションで押し花を作って、栞やカードにして‥‥‥毎年違う国の文字で感謝の気持ちを書き添えて、直接会える日に渡してた思い出があるわ」
 母の日に渡せなくても、感謝の気持ちは1年中続いている。だからいつ渡したって関係ない。気持ちさえ伝われば良いのだから。
 そう自分に言い聞かせつつ、母の日にはいつも沈んだ気持ちになっていたっけ‥‥‥。
 記憶の中で寂しそうに押し花を作る自身を思い出しながら、シュラインは口元に薄く笑みを浮かべた。



 母の日のお手伝いいたしますとの張り紙に、悩める子供が集まった。 年齢はバラバラで、下は6歳から上は35歳まで、子供達は興信所の椅子に順序良く座ると自分の名前が呼ばれるのを待った。
「うーん、何貰って嬉しいかは‥‥‥やっぱり御子さんが一番分かっているものではあるのよね」
「そうだろうな」
「そうですよね。お母さんの些細な言動とかで、欲しい物が何となく分かっているって言うのもありますから」
「誕生日の物とは違って、感謝を示す贈り物って点で悩んじゃうのかしらね」
「確かに、難しいですよね‥‥‥」
「言葉にするのですらも、言い慣れてない分照れくさかったりするからな」
 流石に大勢の前でプライベートな事を喋らせるのはあんまりだと考え、急遽奥の部屋を使う事になった。普段から整理整頓とは縁の遠い部屋を手早く片付け、こう言う事はシュラインや零の方が得意そうだからと言って武彦が椅子を譲る。
 向かい合わせになったソファーの1つに腰をかけ、入って来た少年に向かいの席に座るようにと手で示す。腕白そうな10歳前後の少年は、壁際に警備員よろしく突っ立っている武彦にチラリと視線を向け、不思議そうにシュラインと零を見ると少し迷った後で口を開いた。
「あのお兄さんが相談に乗ってくれるんじゃないの?」
「もしかして、あのお兄さんの方が話しやすい?」
 同性の方がこう言うことは話しやすかったりするのかしら。 そう考えたシュラインだったが、少年は軽く首を振ると「だって」と言葉を続けた。
「だって、あのお兄さんが探偵さんでしょう?」
「探偵さんだから、こう言う依頼は助手さんに任せるんだ」
 武彦が低い声で優しく言い、少年はそれで納得したようだった。 いつの間に助手にされていたのかは謎だが、事務員も探偵の妹もある意味では助手のようなものだ。
 お小遣いが少なくてカーネーションが一本しか買えないと肩を落とす少年に、メッセージカードや肩叩き券などを作ってみたらどうかと、お金のかからない母の日の感謝の仕方をアドバイスし、少年は嬉しそうに二人の提案を受け入れるとペコリと頭を下げて帰って行った。
 次に来たのは中学生の女の子で、母の日に料理を作りたいのだけれどもどんなものを作れば良いか、あまり料理の腕は自信がないからなるべく簡単に作れるもので、見た目はそこそこなものはないかと言う相談に、料理は得意分野のシュラインが的確なアドバイスを与え、武彦のパソコンを借りるとレシピを打ち込む。
 レシピを大事そうに胸に抱え、華やかな笑顔を浮かべながら出て行った中学生の次は、茶髪の男子高校生だった。恥ずかしそうに相談する姿が可愛らしく、緩んでしまいそうになる頬を引き締めるのが大変だった。 1日お母さんを楽にさせてあげたい。料理はできるけれど、掃除と洗濯がいまいちよく分からないと言う彼のために、親切丁寧に掃除のやり方や洗濯の方法を教える。掃除はどんな順番でやった方が効率が良いか、洗濯物はタグの表示をきちんと見なくてはならないなど、シュラインと零がアドバイスを言うごとに小まめにメモ帳に内容を書き付けている。 一見すると今時の高校生だが、中身はかなり几帳面で真面目なようだ。
「頑張ってくださいね。きっとお母さん、喜んでくれますよ」
 零のそんな励ましに、高校生は照れくさそうにハニカムとペコリと頭を下げた。
「色々と教えてくださって有難う御座いました」
「気をつけて帰ってね」
 ヒラリと手を振って高校生を送り出した後で、武彦がコーヒーを持って来てくれた。
「一息つかないか?」
「有難う、武彦さん」
「なんだかコーヒーを淹れてもらう側に立つって言うのも新鮮で良いですね」
「外、まだどのくらい人がいるの?」
「あと4、5人程度だな」
 それならもう少しで終わるだろうと、シュラインと零は手早くコーヒーを飲み干すと、再び悩めるお子様達の話を聞き、丁寧に対応して行った。
 最後の一人だと武彦が言い、連れて来たのは顔立ちの整った少女を連れた女性だった。女性は見るからに日本人だが、少女の方はいささか顔立ちが日本人離れしている。
「私は金崎・沙紀と申します。マリア、ご挨拶は?」
「マリア、4歳です」
「マリアはイタリア人とのクオーターなんです。私の夫がハーフで‥‥‥」
「おばあちゃんがね、イタリアなの」
「義母はイタリアから日本に嫁いで来たんです」
 何十年も日本で暮らし、日本語もペラペラで日本に骨を埋める事も厭わないと言う義母だったが、やはり時折祖国を思って遠い目をする事があると言う。
「そんな義母に、何か良い贈り物があれば良いんですけれど‥‥‥」
「そうね‥‥‥祖国の歌を添えてとか、出身地の家庭料理とかを作ってみるとかどうかしら?」
 語学が堪能なシュラインは、沙紀の反応を確かめるとネットを開いた。 イタリア在住の方から色々とアドバイスを貰い、マリアがおばあちゃんのために簡単な歌を歌いたいと名乗りを上げ、零が彼女のお手伝いにつく。
「ラザーニャなんてどうかしら」
「でも、材料が手に入らないかも知れませんよ」
 特にラザーニャ用パスタと言うのが強敵だ。
「武彦さん、調べられないかしら?」
 部屋の隅で黙って成り行きを見守っていた武彦が、突然のご指名に顔を上げる。 小さな子供がいるので我慢しているようだが、その顔は煙草が吸いたそうだった。
「こう言うの、武彦さん得意でしょう?」
 武彦の仕事柄、ラザーニャ用パスタが何処で手に入るのか見つけるのはさほど難しくはないだろう。様々なところに人脈を築いている武彦は、心当たりがあると言うように頷くと隣の部屋に足早に消えて行った。
 あの素早さからして、ニコチン切れが間近だったのだろう。
 ヘビースモーカーなのは知っていたが、最近吸う本数が多い気がする。 そろそろ減らしたほうが良いと忠告した方が良いかしらと、シュラインは武彦の報告を待っている間ボンヤリと考えていた。


* * *


 母の日無料相談会は無事に成功を収めた。
 沙紀は無事にラザーニャ用の食材を手にし、マリアはたどたどしいながらも子供独特な細く高い声でイタリア語の歌を口ずさんでいた。 本当に有難う御座いましたと頭を下げる沙紀に、お姉ちゃんとお兄ちゃん有難うと言って微笑むマリア。楽しそうな親子の背中を見送った後で、シュラインは興信所内の掃除に、武彦は折角掃除した奥の部屋を再び荒らし ――― 武彦の主張を言えば、“元通りにしているだけ”だそうだが ――― に向かう。
 零が買い物に行って来ると言って、夕刻迫った外へと出かけて行く。
 粗方掃除が終わったシュラインが、良い機会だからごちゃごちゃに積み重なっている報告書や依頼書を整理しようと腕まくりをした時、両手にスーパーの袋を抱えた零が戻って来た。
「安売りしてたんで、思わず買っちゃいました」
「こんな大荷物‥‥‥連絡してくれたら迎えに行ったのに」
「いえ、重さは大丈夫だったんですけど、それより‥‥‥」
 潰れてないかな?と心配そうに呟き、空いた手を後ろに回す。 まずは普段零が持ち歩いているエコバックの中の物から台所に並べ、冷蔵庫に詰め込む。次にスーパーの袋の中を覗き込み ―――
「シュラインさん」
 呼ばれて振り向けば、零が赤い花を一輪持って立っていた。
「シュラインさんはお母さんじゃないですけど、お姉さんって事で‥‥‥いつもお世話になっている、感謝の気持ちです」
「零ちゃん‥‥‥」
 照れたように微笑む零の頭をそっと撫ぜ、思わず抱き締める。
 胸の奥がキュンと痛むような、体全体を包み込む喜びに、母もこんな気持ちを毎回味わっていたのかしらと想像する。
 母の日から数日、時には数ヶ月も遅れて渡したプレゼントは、それでもいつも母を笑顔にしていた。
「ありがとう。とっても嬉しいわ‥‥‥」
 蕩けそうなほど嬉しそうな母の顔と、優しい声、頭を撫ぜてくれるあのくすぐったい感触が、シュラインの中で蘇った。



END

 
◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


 0086 / シュライン・エマ / 女性 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員