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<東京怪談ノベル(シングル)>


でーとしてくれますか?

「じゃあ、今日はデートをしよう」
「はぁ?」
 興信所で言い渡された師匠冥月からの提案に、小太郎は案の定、頓狂な声を返した。
「意味がわからん。なんで修行がデートになるんだ!?」
「話せば長くなるんだがな……」
 理由は確かにある。
 こないだ見た夢が、本当に未来を映しているのだとすると、この小僧にとってもあの少女にとっても、あまり思わしくない未来になろう。
 お節介かもしれないが、やはりここは何もせずにはいられないのだ。
 だが、それを小太郎に説明するのは何となく骨が折れそうだ。
『夢を見たんだ!』なんて言ったとしても、納得はしないだろうし。
 納得しなかった場合は力ずくでも頷かせれば良いのだが、まずは言葉で説得してみることにする。
「例えばだ。今の状態のお前が誰かとデートする事とする」
「その前提がまず微妙じゃないか?」
「うるさい、黙って聞け」
 一発ゲンコツを食らわせた後、咳払いをして続ける。
「その際、果たしてお前はきちんと女性をエスコートできるか?」
「……まぁ、それは返答に困るが……そうじゃなくて、俺が言いたいのはなんで修行がデートに――」
「このままだと、あの娘にも嫌われかねんだろ」
「――っう」
 具体的な名前を出さないにしても、小太郎には伝わったらしい。
 そして冥月の言葉の意味するところに、小太郎も抗いたくなったのだろう。
「それは……嫌だ」
「だったら予行練習をしろ。こういうのは場数も大事だ」
「だからって、誰とデートするんだよ?」
「うーん……お前に近しい女性で言うと……あの娘はダメか。まず小太郎が女性としてみてなさそうだしな……」
 首を捻りつつ、冥月は色々と頭の中に小太郎と面識がありそうな女性を浮かべてみるが……。
 仕事やなんかで忙しかったり、まずデートにならなそうな気がしたり、色々な状況を考えて、適した女性はあまりいないように思える。
 無論、自分も小太郎のデート相手に相応しいか、と考えてみると……そうでもない気はする。
「じゃあわかった。だったら私が小太郎好みの女性になって、相手を務めよう」
「好みの女性になって、ってどういうことだよ?」
「人格を偽るぐらい、なんてことはないさ。なんなら服装から変えてやってもいい」
「いいよ、別に。そこまでしなくたってさ」
 何故だか本気で遠慮しているので、無理強いはしない事にするが……。
「相手は私で決定だな。他に予定が空いていなさそうなのがいない」
「……師匠のお相手が出来るなんて光栄だね」
「あ、そうだ。その師匠って言うのもやめにしようか」
「は!?」
 冥月の思いつきに、やはりまた小太郎は頓狂な声を返す。
 出会ってからこれまで二年ほど、小太郎は冥月の事を『師匠』と呼んできた。
 それをここに来ていきなり変えろというのか。
「どこの世界に『師匠』なんて呼ばれて喜ぶ女がいる? デート中だけで良い。何か違う呼び方にしろ」
「それはそうだろうけど……でも、なんか師匠がしっくり来すぎて、それ以外に思い浮かばねぇや」
「だったらそうだな……『冥月お姉ちゃん!』でいいぞ」
「却下だ」
 冥月をそう呼んだところでも想像したのだろうか、小太郎は即答した。
「なんだ、他の奴らにはそうやって呼んでるだろう」
「師匠の場合、なんか似合わないんだよ」
「ふん、生意気にも口答えするとは……じゃあ『冥月さん』でどうだ。これなら文句あるまい?」
「……まぁ、それぐらいなら」
 渋々といった感じで了承した小太郎。
 それを見て冥月も頷く。
「じゃあこれから一週間やる。自分なりにデートコースを考えるといい。ああ、因みに金の心配ならするなよ。私が持つから」
「それだと、何となく男として立つ瀬がないな」
「だったら、お前に先立つものがあるというのか?」
「……ありません」
「なら文句を言うな。ああ、楽しみだなぁ、こたくんとのデート」
「気味悪いから、その呼び方はやめてくれ!」

***********************************

 そんなわけで一週間後。
 興信所の隅でウンウン唸り続けた小太郎の成果が見られる日。
 事前に冥月に知らされていた待ち合わせ場所は、近くの駅前。
 冥月は時間とほぼ同時にそこへ着いたのだが……。
「小太郎はいないな……」
 ぐるりと見回してみても、小柄な少年の姿は見えない。
 とりあえず、しばらく待ってみることにすると、十分ほど過ぎた頃に小太郎が走ってやってきた。
「はぁ……はぁ……ごめん師匠。ちょっと遅れた」
「遅刻は減点だな。女を待たせるなどと以ての外だ」
「悪かったって。ごめん、この通り」
 一応謝っているので、しつこくネチネチ言うのはやめておいた。
 意地悪く突きまわすのもそれはそれで面白そうだが、こんな所で時間を食っていても仕方あるまい。
「あと、これ以降、次に『師匠』と呼べば、その度ペナルティだからな」
「え? あ……」
 事前に呼び方を決めていたのを忘れていたらしい。
 小太郎はさっき、普通に『師匠』と呼んだ。
 それぐらいは大目に見てやっても良いが、次からは厳しくペナルティを科すつもりだ。
「それじゃあ、今日はどこへ連れて行ってくれるのかな、こたくん?」
「その呼び方はやめろと……まぁ、良いや。とりあえず走ってきたんで小腹が減ったんだけど……」
 確かに今は昼時。昼食を摂るには無難な時間か。
「もちろん、昼飯を摂る所もリサーチ済みなんだろうな?」
「ふふふ、甘く見るなよ。俺はやれば出来る男だという所を見せてやるぜ」
「何故か期待できん」
「なんでだよ!?」

 そんなこんなで、連れて来られたのは近くのイタ飯屋。
 ビルの二階部分にあった、多少こぢんまりとした店だった。
「今日はパスタな気分なんだ」
「何がパスタな気分だ。お子様ランチでも食ってろ。高確率でナポリタンがついてくるぞ」
「う、うるせぇ」
 昼時にも拘らず、冥月たちは来てすぐ席に座ることができた。
 寂れているのか……? とも思ったが、別に繁盛していない訳でもなさそうだ。
 テーブルは少ないが、ほぼ満席。
 冥月たちがすぐに座れたのは、むしろ運が良かったらしい。
 二人は窓側の席に案内され、向かい合って座る。
「メニューも……まぁ、そこそこ揃えてあるみたいだな」
「だろ!? って言っても、ホントは俺が探し当てたんじゃないんだけどな」
 一瞬自慢気になったが、小太郎はすぐに苦笑する。
 聞いてみると、どうやら友人に教えてもらったらしい。
 その際、『デートに良い店はないか』と聞いてしまい、その後の言及を逃れるのに苦労したのだとか。
「いやぁ、あいつはしつこくて困る。もっと淡白にはなれないのか」
「そこはお前に原因があるだろ。『デートするから』なんて言ったら、そりゃ聞いてくれと言ってるようなものじゃないか」
 確かに、ただ『美味しい店を教えてくれ』といえばそこまで追及されることもないだろう。
 そこに『デートするから』と、余分な付属品をつける小太郎が悪い。
「なんだよ、ちょっとは賛同してくれてもいいだろ」
「嘘をついてどうする。自分に素直が一番だと思うがな。お前だってそうだろ?」
「そりゃ……そうだけど」
 冥月は小太郎を言い包めて、小さく笑った。
「……だがなんと言うか、昼食にイタ飯って、いかにも経験の薄いヤツが気取って選んでみました、的なチョイスだな」
「文句があるなら食うなよ!」
「いや、まぁ、それにしては美味い。中の上の下くらいだ」
「評価が低いぞ! もっと持ち上げろ!」

 昼食後。
「さて、これからどうするんだ?」
「そうだな、ちょっと買いたいものがあるから、付き合ってくれるか?」
 という小太郎に乗っかり、買い物に出向く事にする。
 冥月はこれと言って欲しいものがあったわけでもないが、別にウィンドウショッピングをするぐらいならいいだろう。
 というわけで着いたのは、近くの百貨店。
「買うものってなんなんだ?」
「さっきの店を教えてくれたヤツに礼の品と、あと一つ」
「あと一つ?」
「それは詳しくは言えないけどさ」
 言葉を濁した小太郎に、冥月はそれ以上聞くこともしなかった。
 何を言いよどんでるのかは知らないが、別に『どうしても聞きたい!』ってワケでもない。
 ただ、友人への品ならまた日を改めればいいのに、それを今日買うのはどうなのだろう?
 これは減点対象か。
 そんな事を考えてる内に、小太郎は『これで良いか』と適当に選んだ小物を持ってキャッシャーに向かった。
 どうやら友人への礼の品であるらしいが、それを『これで良いか』で選んでいいものなのか。
「さて、本題だ」
「ん? どうした?」
 買ったものを受け取った後、小太郎は冥月に近付いてきて、彼女をマジマジ見やる。
「なんなんだ?」
「うーん、やっぱり似合わなそうか……?」
 その後もしばらく冥月を見つめた小太郎だが、『まぁ、買っちゃったし』と最後に呟いて……。
「はいこれ」
 と、小包を差し出した。
「日頃の感謝もこめて、プレゼント」
「……まさか、それが『あと一つ』なのか?」
「まぁ、ね」
 照れたように頬をかきながら言う小太郎。
 小太郎自身でもらしくないと思ってるのか、冥月もおかしくなり、少し笑いながらその小包みを受け取った。
「あけてもいいのか?」
「ああ。……でも、何を買って良いのかわからなかったから……」
 中から出て来たのは、小さなボンボンのようなものが二つついた、ガラス細工だった。
 かなり細かい細工が施されており、それが何を模っているのか、冥月にはすぐわかった。
 だが、どうやら小太郎は何を模しているのかわからないようで、
「何となく、ピンと来たものを手に取ってみたんだけど……」
 と、苦笑していた。
「ふ……お前にしちゃ気が利いてるな」
 渡されたガラス細工は、タダのボンボンなどではなく、とある花を現していたのだ。
 細かい花びらが丸い形を作り、本物なら赤い花びらがイチゴっぽく見えるのだそうな。
「また、こんな花をガラスで作る方も作る方だな。ディテールも凝り過ぎるくらいに凝っている」
「なに? それ花なのか?」
「センニチソウだよ。詳しく知りたかったら後で調べてみるんだな」
 クスクス笑いながら、冥月は小包を大事にしまった。
 何でも花言葉は『変わらぬ愛』だそうな。
「ありがとう、大事にする」
「お、おぅ。喜んでくれたなら何よりだ」
 冥月が気付かぬ内に浮かべた柔らかな笑みに、小太郎も笑顔で答えた。

 小さなサプライズも終わった後、二人が来た場所は――
「ゲームセンター、ね。まぁ、ゲームが好きなヤツが来たらそりゃ面白いだろうが……」
 入り口に立ってすぐ、冥月はため息をつく。
 正直、冥月としてはここに来ても大した娯楽はない気がする。
「今日のことを考えてて気付いたんだけどな。師匠に勝つためにはこういう所が良いと思ったんだよ」
 小太郎はどうやらここで冥月と競い合いをするつもりらしい。
「ゲームならきっと、俺でも師匠に勝てると思うんだ! な、師匠! 一度試してみようぜ」
「……」
「師匠?」
「……」
「……あ、ええと……冥月さん」
「四回分のペナルティを覚悟して置けよ」
 イジワルそうに笑いながら小太郎を見てやると、なんとも恥ずかしそうに顔を俯かせていた。
「なんだ、まだ呼び方に慣れないのか」
「慣れねぇよ。全っ然慣れない。なんだよ、冥月さんって」
「あんまり気にするのが悪いんだよ。そうだ、これからはそうやって呼ばせようか」
「やめてくれ」
「まぁ、それは冗談だとしても、今日中はその呼び方で通してもらうからな」
「……わかったよ、師……冥月さん」

 それはともかく、二人のゲーム対決の火蓋は切って落とされる。
 まずは比較的入り口に近い所においてあったクレーンゲーム。
 五百円三回プレイでどちらが多くぬいぐるみを取れるか! を競ったのだが、なんと冥月の圧勝。
 冥月が三回ともぬいぐるみを吊り上げるのに成功したのに、小太郎は一つも取れなかった。
「な、何でだ!? こ、これはアームの強度に問題が……」
「人の所為にするなよ」
 次にクレーンゲームの近くにあったクイズゲーム。
 知識において、小太郎が冥月に勝てるわけもなく、これも圧勝。
 更にマージャンのゲームでも試してみたが、これはどうやら小太郎がルールを把握していなかったらしく、勝負以前の問題だった。
「くそぅ、だが勝負はこれからだぜ!」
「そろそろ諦めろよ」
「まだまだ! ここから先は格ゲーゾーン! これならきっと!!」
 だがまたも惨敗。
 最初の数戦は、流石に小太郎が場数で押していたものの、通算で見ると冥月の方が勝る結果となった。
「何故だ……。おかしい! これはチートの匂いがする!」
「アホか。単に実力の差だろ」
 結局は冥月にほとんど太刀打ちできない小太郎だった。

***********************************

 ゲーセンを出る頃には日も沈みかけていたので、
「じゃああとは送って行って終わりな」
 という小太郎を引きずってディナーも用意させた。
 近くのデパートの高いところにある、値段もお高い店だった。

「うぁー、緊張した」
「まぁ、貧乏興信所の小間使いじゃ、ああいう店には縁も遠いだろうな」
 あまり堅い雰囲気の店ではなかったものの、小太郎にとっては高い店というだけで緊張するのだろう。
 どうせ、料理の味なんかも覚えてはいまい。
「さて、まぁこれで一日を終えたわけだが」
「やっと終わった。今日はいつもの倍以上疲れたぜ……」
 うな垂れる小太郎を見ながら、冥月は今日を振り返ってみる。
「ふむ、三百十四点だな」
「は?」
「今日のデートの採点だよ」
「それ、何点満点中だよ!?」
「お前の想像に任せるさ。さて、あとはペナルティだが……」
「うっ、まだ覚えてたのか」
「また今度、期待しておけよ。とびきりのを用意してやるからな」
 そう言ってまた、イジワルそうな笑いを浮かべてやった。