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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


For you



「お兄さん、私、提案があるんですけれど‥‥」
 買い物から帰ってきた零は真剣な面持ちでおもむろにそう切り出すと目を伏せた。
 ただならぬ気配を感じた武彦が、煙草に近づけようとしていたライターをいったん下ろすと視線を彼女に向ける。
「さっき私、もなさんに会ったんです」
 片桐・もなの名前を聞き、反射的に身を強張らせる武彦。 銃刀法無視しまくりの彼女は、度々興信所に危険物を持ち込んでは厄介な事件を起こしてくれる。
「片桐がどうかしたのか?」
「真っ黒なワンピースに、赤いカーネーションを持って‥‥」
「ロケランを背に括り付けてたのか!?」
「ち、違います! 少し早いけれど、母の日にって言ってたんです」
「あぁ‥‥」
 もなの母親は既に亡くなっていると聞く。
 真っ黒なワンピースにカーネーションを持ってお墓参りをする、どう見ても小学生なもなの姿を脳裏に描き、武彦は気分が少し沈むのを感じた。
「それで、提案って何だ?」
「母の日って、何を贈ったら良いのか結構悩むじゃないですか。だから、そう言う悩んでいる人に手を貸してあげたらどうかなって思うんです。勿論、無料で」
 無料でのところに力を入れたのには意味がある。 現在絶賛依頼募集中の草間興信所では、明日の献立を立てることすらままならない緊急事態に陥っている。スーパーの安売りのチラシと睨めっこをしながら献立を立てるのが最近の零の日課だった。
「俺と零の二人でか?」
「誰か雇うにしてもお金は払えないですからね。そう言う事になります」
 普段の武彦だったなら却下するところだが、どうしてだかあっさりと首を縦に振った。


* * *


 母の日無料相談所を開設するにあたり、マシンドール・イレヴンは零のお手伝いをしていた。 テーブルの上に散乱している書類を束ね、種類に従ってファイルに閉じていく。
「ピンクのファイルはペット探しの依頼書、ブルーのファイルは警備の依頼書、オレンジのファイルは‥‥‥」
 細かい上に右上の通し番号までキチンと見なくてはならず、イレヴンは四苦八苦していた。 零がファイルに書類を整理する傍ら床に落ちていた服を拾い上げ、ついでに箒を取り出すと落ちていた灰を塵取りの中に収める。台所から薬缶が笛の音を響かせ、脇に積み上げていた本を数冊取ると台所へ行く前にそれを本棚に入れ、持っていた服を洗濯機のある部屋へと押し込む。
 二つも三つも同時進行できる零に、イレヴンは損底感心していた。
 ――― 私も零さんくらい出来ればなー
 とは言え、そもそもイレヴンはこう言ったお手伝いをするために生まれた存在ではないので仕方がない。炊事洗濯掃除のレベルを零と張り合おうとする方が無理な話しだが、やはり零の見事な家事の手際の良さを見せられては、あまりにも自分がダメなように感じてしまう。
 断っておくが、イレヴンは決して炊事洗濯掃除が出来ないわけではない。ここの主である武彦と比べれば、月とスッポン、家事のスペシャリストと幼稚園児くらいの差はある。一般人と比べてみても、同程度かやや上くらいの能力はある。
 ただ、やはりこう言った大人しい作業よりも身体を動かしていた方が性に合っている。 元のイレヴンのボディが戦闘に特化しているのだから当たり前と言えば当たり前かも知れないが、イレヴンは文句の一つも言わずに黙々と地味な作業を続けていた。
 ――― 色々迷惑かけてるんだもん。このくらいはやらなくちゃ
 高い凡用性と戦闘能力の引き換えに、補給に弾薬に維持の総合費用はかなりかかる。 万年金欠の興信所にとっては、それこそ死活問題になりかねないほどの出費となっている。
 探偵と言う職業は、それほど儲かるものではない。特に武彦のような個人経営では、まず依頼主を探す事が大変だ。収入も安定しなく、依頼内容によってはさほど収入が得られるわけではなく、何だかんだ言ってお人よしの気がある武彦は、一千の金にもならない依頼を引き受けては面倒な事に巻き込まれていたりもする。それもひとえに、彼がただの探偵ではないからなのかも知れないが、そんな状態でイレヴンの維持費を払うのは毎回大変だ。
 暑い夏でもクーラーなどと言う高価なものはなく、今にも壊れそうな扇風機が生温い風をかき回す。冬も古びたコタツが物置から出てくるだけで、しかも電源は入っていない時の方が多い。ただの布団を被せたテーブルと化している。
 零は零で毎日のやりくりに四苦八苦し、毎朝チラシで特売の物を見つけると顔を綻ばせながら赤ペンで大きく丸をしている。例えそれがかなり遠くにあるスーパーのチラシでも、安ければ必ず足を運んでいる。
 自分の維持費がなければ、どれだけお金が浮くのだろう。 多分クーラーは買えるし、コタツだって毎日電源がついているだろう。ヒーターだって買える。零は暑い日や寒い日、雨が降っている日なんかは遠くのスーパーまで行く事はなく、出前なんかを取っているかもしれない。
 以前ポツリと零にそう呟いた時、彼女は一瞬驚いたような顔をした後で可愛らしく微笑むとイレヴンの背中を優しく撫ぜた。
「確かに、色々な物が買えるかも知れません。 でも、物が沢山あるよりもイレヴンさんがいてくれた方が嬉しいです」
 イレヴンの維持費は必要なお金であり、負担ではない。 そう言ってもらえたのは嬉しかったが、やはり苦労している武彦や零を見るたび、イレヴンの胸は痛んだ。
 ――― 本来なら私、スクラップにされてるところだったんだもんね‥‥‥
 武彦は言わばイレヴンの命の恩人だった。
「零、イレヴン。そろそろ人が来る頃だぞ」
「はーい」
 零の良い返事を聞き、イレヴンもやや遅れて返事をした。



 ――― 母の日、かぁ
 キラキラとした目でお母さんにどんな物をあげたら良いのかを尋ねる少女に零が親身になってアドバイスをしているのを横目に、イレヴンはボンヤリと自身の母とも呼べる人物達の事を思い出していた。
 イレヴンの母は、この身体を作り出してくれた研究者達に他ならない。しかし、研究者達は所詮研究者であり、イレヴンの母ではない。イレヴンはあくまで彼らにとっては研究対象であり、愛しいわが子にはなり得なかった。
 イレヴンは、研究者達から棄てられた。厳密に言えば、中古屋に卸されたのだ。 構造上は旧型である上、イレヴンは搭載負荷と実践負荷の実験機にすぎない。進歩し続ける技術の実験を旧型が担うのは色々と不都合が生じる。イレヴンはお役御免となってしまったのだ。
「お母さんの代わりにね、お料理するの。 ‥‥あんまり難しくないのが良いんだけど‥‥」
「それなら、カレーなんかどうですか? ね、イレヴンさん?」
「え?カレー?」
 突然呼びかけられ、イレヴンは咄嗟に記憶を手繰った。 一瞬にして検索が終了し、素早く同意の言葉をはじき出す。
「そうだね。私も良いと思うな、カレー。美味しいし」
 勿論、実際に食べた経験を基にして言っているわけではない。カレーは辛いものであり、でも子供向けの甘いものもあり、スパイシーで濃厚で美味しいものだと言う知識を基にして言っているだけに過ぎない。
「そんなに難しくないし」
 こちらは経験を基にして言っている。以前、零から一通りカレー作りについてのレクチャーを受けた事があった。
「あと、サラダなんかもつけてみたら華やかになると思いますよ」
「コーンスープなんかもどうかな? インスタントのでも十分美味しいし」
 イレヴンはここで初めて依頼主が双子の女の子だった事を知った。 考え事をしている最中でも聴覚は話しに向けられており、若干声の高さや喋り方に差がある事は分かっていたのだが、あまり深く考えてはいなかった。
 向かって右側が赤いリボンをした女の子 ――― お姉さんの方だ ――― で左側が青いリボンをした女の子 ――― 妹さんの方だ ――― で、年の頃は8歳か9歳くらい、二人とも全く同じ格好をしており、リボンの色がなければ見分けがつかない。
 もっとも、イレヴンの目は双子の些細な外見上の違い ――― 黒子の位置や微かな瞳の色の濃淡 ――― を捉え、一瞬にして姉と妹の違いを見抜けるようになっていたのだが。
 二人でお小遣いを出し合って赤いカーネーションを一本買うんだと言って嬉しそうに興信所を後にした双子の背中に、微かな寂しさを覚える。
 ――― おかしいなぁ。どうして寂しいって思ったんだろう‥‥‥
 中古屋でイレヴンを買ってくれた武彦、同じ興信所内にいる姉に優しい零、興信所を訪れる様々な人達 ――― 皆、イレヴンにとってはもう家族も同然だ。 こんなに沢山家族がいて、みんなそれぞれ良い人で、それなのに寂しいなんて思うのはおかしい。
 自分の感情を冷静に分析し、内部の回路がエラーを起こしているのではないかと疑う。急いでエラー箇所がないかを探してみるが、回路は全て正常、不具合を起こしているところは見当たらない。
 ――― 寂しくなんかない。 寂しくなんかないでしょう?
 自分に言い聞かせる。 寂しくなんてないと、強く言い切る。
 それでも無視できない感情が疎ましく、何度も何度も呪文のように“寂しくない”と呟く。
「この体が保てて、皆優しい人ばかりで、何を寂しがる必要があるの?」
「何か言いましたか?」
 イレヴンの囁きに気づいた零が心配そうな顔を向けるが、イレヴンは瞬時に表情を切り替えると首を振った。
「ううん。何にも言ってないよ。 それより零さん、次の依頼人さんを呼ぶ?」
 見事な赤い髪が、イレヴンが首を振るごとに波打った。


* * *


 金髪の高校生、三十代の女性、女子中学生、幼稚園生、五十代の男性 ――― 母の日無料相談所は大繁盛していた。
 普段からこのくらい人が来ていれば良いのにと呟く武彦に、千里の道も一歩からだと諭す零。そんな会話を小耳に挟みながらお茶を出したり引っ込めたりしていたイレヴンは、ふと言い知れぬ気配を感じ、窓の外を見た。
 休日の夕方近く、繁華街に向かうカップルや買い物帰りの主婦に混じってじっとコチラの様子を窺う黒服の男を見つける。 黒のトレンチコートにサングラス、明らかに不審な格好をした男はそれでも町の風景に馴染んでおり、彼を気にする者は一人もいない。
 イレヴンの銀色の瞳がサングラスの奥の男の瞳を捕らえる。 咄嗟に振り返り、武彦も零も気づいていない事を確認すると、丁度お菓子が切れていた事を口実にイレヴンは外に飛び出した。
 人の流れの合間を上手く見つけながら横切り、男の前に立ちはだかるとクイと顎を上げる。
「草間興信所に何か御用ですか?」
「あそこの関係者か?」
「そうですけど」
「頼みたい事があるんだが、忙しそうだな」
「今日は特別なんです。 それで、頼みたい事って何です?」
 明らかに言い渋っている男を前に、イレヴンは目を細めた。
「どれくらい危険なんです?」
 男の右の口角が上がり、鼻で軽く笑うと懐から1枚の写真を取り出した。 クリクリとした目をした男の子があどけない笑顔を浮かべている写真を一瞥すると、イレヴンは男の顔を真正面から見つめた。
「攫われたんだ。 生きて連れ帰ってほしい」
「攫った相手はわかってるんですか?」
「相当厄介な集団だ」
「報酬はいくらなんです?」
 イレヴンの唐突な質問にも、男は面食らうような事は無かった。 無表情で懐から小切手を2枚取り出し、前金と成功報酬の分だと言って再び懐に戻す。
 額はかなりのもので、それだけで依頼内容がどれだけ大変なものなのかが分かる。
「‥‥‥良いわ、引き受けましょう」
「草間探偵の了解を取らなくても良いのか?」
「こう言う事は、所長よりも私のほうが向いているんです」
 興信所の負担を和らげるため、多少難しいことでもやらなくてはならない。けれど、武彦達には内緒で事を運びたい。
 危ない事と知ったら、きっと止めるだろう事は分かっていたから ―――――



END


◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


 4964 / マシンドール・イレヴン / 女性 / 19歳 / スペシャル機構体(ベビードール)