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<東京怪談・PCゲームノベル>


Dice Bible 2nd ―坎―



 落ち着かない日々が続いていた。
 自分の席に座っている嘉手那蒼衣は、視線を机の横にかけている鞄に遣る。そこにはダイス・バイブルが入っているのだ。先月のあの日から常に持ち歩くようになった。
 こっそりとさらに視線を動かす。同じように授業を受けている湯川キラ――。
(…………)
 気になってしまう。それは自分のダイスであるフェイに対する感情とは違う。
 なぜ湯川キラはあんなところに居たのか……。そして何をしていたのか。
(そうよ。普通、あんな時刻にあんな場所に居る?)
 彼は不良、なのだろうか? 夜中に出歩いている? だがそんな印象はない。
(湯川君はあたしのことを喋ってないし……あんまり話しかけてこない)
 約束を守っているようだが……それでもあの時に感じた違和感がどうも引っかかる。
 黒い服だったから気になっているのだろうか? フェイと同じような……。でも。
(訊いたら逆にあたしの事情を訊かれそうで困る……)
 説明できないし、したくない。フェイと二人だけの秘密なのだ。
 もうそろそろ一ヶ月が経過する。再びフェイが現れ、敵を倒す日がくるのだ。
 黒板にチョークを走らせる教師に視線を戻す。授業なんて頭に入らない。考えることが多すぎるからだ。
 フェイともっと話したほうがいいかな……。訊いたことはきちんと答えてくれるし。
 あたし……。
 蒼衣は頬を微かに赤らめた。
(フェイといる時のことばっかり考えてる……。どうしちゃったんだろう)
 彼と一緒にいるあたしは、自分で考えて動いている。彼と一緒にいたいから、どうすればもっと居られるか考えてる。
 あたしはフェイのこと……好き、なのかな。



 その日の晩、本からフェイが現れた。
「やあ、ご主人」
 爽やかに挨拶をしてくるフェイを前にすると……蒼衣は咄嗟に視線を逸らした。
 死ぬことが前提なのに死にたくなくなる。割り切らなきゃいけないのに、それができなくなる。
「な、なんか今日はいつもの雰囲気が違うわね」
「うむ。本の中で今までのことを考えていてな」
「それで?」
「面倒だから、考えるのをやめた!」
 きっぱりと言い放ったフェイが腕組みをして明るく笑う。
「悩んでいても仕方がない。考えていてもわからないものはわからない。だったらそれでいいと思うことにしたのだ。
 自分が悩むせいでご主人を不安がらせるのは本望ではないからな」
「フェイ……」
 思わず感動してしまう蒼衣をフェイはせかした。
「さあさ、早く用意をしてくれ。敵が出たぞ」
「う。わ、わかったから。着替えるからちょっと背中押さないで」

 フェイに負ぶさって夜道を進む蒼衣は、そうだと口を開いた。
「あのね、気になることがあって」
「気になること?」
 ジェットコースターのように動く彼にしっかりとしがみつき、頷く。
「クラスの湯川君がね、先月……あたしが居たところにいたの」
「ぬ!? さてはそいつ、不良とかいう輩か!」
「いや……どうかな」
 困ったように言う蒼衣に、フェイは怪訝そうな雰囲気をみせる。
「湯川君、そんな……不良っていうタイプじゃないの。なんていうか……見本になる優等生っていうか。あ、でも……ストレスたまってるのかな、実は」
 学校では優等生を演じているというのも考えられるが……。
(でもそんなタイプには見えないし……。うまく隠してるのかしら)
「一番気になるのは、妙な違和感というか……」
「違和感?」
「なんか、変な感じがして……」
 うまく説明できないもどかしさに、蒼衣は顔をしかめた。
 ちょうどその時、ぴたっ、とフェイが足を止める。急激な停止に蒼衣は息が詰まった。
「っ!? な、なに……?」
 瞼を開いたそこはビルの屋上だった。それほど高さのないものだが、それでも夜風をひどく強く感じる。
「? あれが『敵』……?」
「違う」
 蒼衣の言葉を否定したフェイの言葉は強張っていた。
 視線の先には黒い衣服の少女が立っている。修道女服の彼女は虚ろな瞳をこちらに向けていた。風になびくスカートが、不気味でならなかった。
「あれは……あれは」
「オレのダイスだよ」
 彼女の背後から現れた黒服の少年に蒼衣が目を見開く。黒のジーンズと黒のシャツ姿の湯川キラだった。
「ゆ、湯川……くん」
「こんばんは、嘉手那さん」
 にこっと愛想よく微笑む湯川。蒼衣はフェイの背中から降りた。
「一足遅かったね。先に退治しておいたよ」
「じゃあ先月あそこに居たのは……」
「見逃してあげたんだよ、君を」
 湯川の自然な笑顔が怖い。思わず後退りをする蒼衣を庇うように、フェイが前に出た。
 湯川は傍に立っているダイスの少女に囁いた。何を言ったのか蒼衣にはわからない。けれども少女は頷き、ずんずんとこちらに向けて歩いてくる。
 フェイがこちらをちらっと見た。
「ご主人、本をとられるな」
「……わかってる」
 小さく会話をし、フェイは駆け出した。腕を振り上げる。それは相手もだ。
 少女の小さな拳が、信じられない破壊力を伴ってフェイに向かった。フェイはそれを同じように拳で受けた。
 ご、と重たい衝撃音が響く。互いの破壊の衝撃は空気だけではなく体に影響を与えた。フェイも少女も後方に吹っ飛ぶ。
 吹き飛ばされながらフェイは足でそれを止める。ずずず、と床を擦る音が耳に届いた。
「フェイ……」
 心配そうに見る蒼衣を見向きもしない彼は、ダイスの少女を凝視したまま場所を移すべく移動を開始する。だんっ、と勢いよく跳躍してその場から離れた。本気で戦えば巻き込むと思ったからだろう。それを追うダイスの少女は素早い。
 一瞬だけ、蒼衣と視線が絡んだ。大丈夫。絶対に本は渡さない。そのメッセージを込めた視線を向けていたが、通じていない……ような気がする。フェイはニブいから。
 残された蒼衣は動揺を悟られないように湯川を見遣った。
「湯川君も……ダイスの主人だったんだ」
「どうだろう?」
 くすりと笑う彼はフェンスにもたれる。
「オレは普通の主人とはちょっと違うからね」
「違う?」
「そういえば、キミはあんまり本とシンクロしてないみたいだね。感染者に憎悪がないのかな?」
「憎悪……」
「ないのか。てことは、臨時の主人てことかな。そっかぁ、なるほどね。
 うん、でも悪くないんじゃない? ダイスの主人って、どいつもこいつもかたいヤツだしさ」
 奇妙な発言に蒼衣は眉をひそめる。なんだか……おかしい。ダイスに対して……なんか、その。
(バカにしてる……見下してる?)
「湯川君だって、ダイスの主人じゃない……」
「そうだね。でもそれほどやりがいとか感じてないけどね」
「な、なんで……? だってダイスは、ダイスは必死で……敵を倒してるのに」
 それが彼らの生きる意味なのに。
 湯川は軽く笑った。苦笑、だ。
「そうか。キミは感情移入しちゃったわけだ、ダイスに」
「……湯川君はあたしの持ってる本が狙いなの?」
「……だとすれば、オレの本も出さないと不公平かな。キミの持ってる本を破壊するのが目的になるならね」
「違うの?」
「たいして興味ないな。感情移入する主人ってのは珍しくて、面白そうだけど」
「?」
「今まで戦ってきた主人たちはみんな、ウザったいっていうか……暑苦しいっていうか。感染したヤツを憎むのに一生懸命だったからね」
 意味がわからない蒼衣に、湯川は笑顔で説明する。
「ダイスの主人たちは、感染者によって殺された者の親しい人がなるのが普通なんだよ。もしくは、感染者の親しい人、かな」
 目を見開く蒼衣は唇をわななかせた。そうなん、だ。
(じゃあ、あたしは……)
 不完全な主人だ。内心の落ち込みを湯川に気づかれたくなくて、顔を少し伏せる。
「敵を憎む。その執着が力になるわけだ。感染したって構うもんか。敵さえ倒せれば、ってね」
「湯川君は違うの?」
「べつにオレはそういうのはないね。
 キミみたいな主人だって、いないわけじゃないよ。ダイスに恋をしてたり、親友みたいに接してた主人もいた」
 恋?
 驚く蒼衣に湯川は微笑む。
「ダイスは性交する機能があるからね。主人の慰みものになってるダイスだっていたし、それとは逆に愛されてたものも居たかな」
「な、慰み……?」
 自然と頬が熱くなった。それを隠すように相手を睨んだ。
「……随分多くのダイスや主人を知ってるのね」
「そりゃ、戦えば知ることになるよ」
 その言葉の意味を蒼衣は理解した。ここに湯川が居るということは、彼は今までダイスと戦って勝ってきたのだ。だからこんなに余裕があるのだ!
(……そんなに強いの、あのダイスは)
 フェイが心配になる。負けないで欲しい。お願いだから。
「別にキミを攻撃しようなんて思ってないよ。ん〜、観察させてくれればそれだけでいいかな」
「? 意味がわからないよ、湯川君」
「ダイスを潰すのは飽きたんだ。遊ばせて欲しいんだよ」
「遊ぶ……?」
 ダイスで? いや、
(フェイとあたしを観察する?)
 あまりの言葉に呆然としてしまう。同時に、腹の底で怒りのような複雑な感情がわきあがってくる。
 湯川はにっこりと笑った。
「同じクラスになったよしみだし、仲良くしようよ。なんだったらオレ、付き合ってもいいよ? 彼氏としてはそこそこ優しいと思うしね」
「ばっ、バカにしてるの!?」
「してないしてない。ただ、飽きたら殺しちゃうけど許してね」
 さも当たり前のように言う湯川に、寒気が走る。
 彼はダイスを踏みにじっている……そんな気がした。
 湯川は口笛を軽く吹いた。するとすぐに先ほどのダイスの少女が戻ってくる。フェイにやられたのだろう。彼女の頬には殴られたあとがある。
 だん、とフェイがフェンスの上に着地する。蒼衣の背後だ。
「フェイ……」
 安堵して振り向いて見上げる。フェイの顔にも疲労がうかがえた。
 湯川は少女に抱えられる。そしてこちらに手を振った。
「じゃあ今晩はこれで。あ、学校ではクラスメートとして接するから安心してね」
 そう言い、彼は少女と共に去った。
 残された蒼衣は大きく息を吐き出す。そして、横にフェイが降りてきた。
「フェイ、大丈夫?」
「……大丈夫だ。何かされたか、ご主人」
「なにもされてないけど……」
 でも。
(観察させろって……。フェイに言ったら)
 彼は屈辱だと思うことだろう。なんだかこの先が……非常に不安になるばかりだ。夜の空は、ただ暗いばかりだった――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【7347/嘉手那・蒼衣(かでな・あおい)/女/17/高校2年生】

NPC
【フェイ=シュサク(ふぇい=しゅさく)/男/?/ダイス】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、嘉手那様。ライターのともやいずみです。
 湯川キラ、再び登場です。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。