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コドモの日。
「わ、わたしはっ、コドモじゃないですぅ!」
ステラは全身でそう叫んだ。
駅前でチラシを配っていたら、酔っ払ったオジさんに頭を撫で撫でされた。
確かに未成年、ではあるが……幼女ではない。
「あなたがふさわしい」
妙な声が聞こえて振り向いたステラの額を、人差し指でトンと押された。
*
「……それで、ここに来たのか。自分の家に帰ればいいだろ」
草間武彦の前には、ステラがちょこんと座っている。
彼女はだらぁ、と涙を流した。
「ほんとに意味わかんないんですよぉ! 急に巫女だとかトンチンカンなこと言われてぇ!」
とにかく。
「付き合ってもらいます、今日一日。なんでしたら子供の日、堪能しちゃってください」
***
「チマキはいま蒸してるから後で食べましょうね」
やっと涙が止まってきたステラの頭をシュライン・エマが撫でる。うぐぅ、と妙な唸り声を発してステラは頷いた。
ステラも落ち着いたし、ちょうどいいやとシュラインは武彦を見る。
「ねぇねぇ武彦さん。そういえばなんでこの間のお花見、私が行くの嫌がったの?」
零ちゃんと雫ちゃんはいいのになんで私だけ。
それがずっと気になっていたのだ。
「え?」
顔を歪めた武彦が首を傾げる。
「いや、零や雫が行くとは思ってなかったっていうかな」
「ん?」
「子供は子供組でなんかすると思ってたというか。だけどシュラインは大人組だろ?」
「……なんか変な言い方だけど、そ、そうね」
「……だからだよ」
意味がわからない。
眉をひそめるシュラインに、ステラが言う。
「つまりぃ、エマさんがついてきたら騒げないってことですかぁ?」
「あっ、バカ!」
「なによそれ! 大人として節度を守るのは当然じゃないの!」
「そう言うと思ったんだよ〜!」
うなだれる武彦に、シュラインは安堵した。なんだ。妖撃社とかに同行するのはいいのね。
(ていうか……)
半眼になって武彦を睨む。
(子供じゃないんだから、なにその理由!)
――ハッとして、隣にちょこんと座っているステラをシュラインは凝視した。
こども……しかも今日は子供の日。
ごくり、と唾を喉の奥へ押しやった。
(……なんか、嫌な一致ね)
「こんにちは」
そう言って事務室のドアが開かれる。現れた響谷玲人はステラの姿を見つけて驚く。
「え? なに? なんでステラちゃんがいるの? お仕事どうしたの?」
「あ〜、響谷君、バッドタイミングね」
シュラインの言葉に玲人は怪訝そうにするのみだ。
*
「巫女?」
怪訝そうな玲人にシュラインも同意する。
「そうらしいのよ。んー……と、男の子の日のはずなのに女の子が巫女なんてね。昨今に合わせてってやつかしら。それとも、外に出れない辺り……五月忌みに合わせてるのかしら?」
「く、詳しいですね、シュラインさん」
「詳しいもなにも、そうかなって思っただけよ。それで、ステラちゃん、なにかしなきゃならないとか聞いた?」
「とにかく家から出るなって言われましたぁ。アパートだとヒマなのでここに来たんですぅ。あとは子供の日にすることをしろとも言われましたね」
「そうなの……? 大丈夫?」
心配そうに見てしまう玲人に、ステラは笑ってもぐもぐとチマキを食べている。
「大丈夫ですよぉ。たぶん」
「そ、それが心配なんだよ」
押されたという彼女の額には何もない。普段と同じにみえる。
シュラインは新聞紙でカブトを作っていた。こどもの日だし、とりあえず参加してみよう。ちょうど明日はオフだし。
「じゃあ俺も付き合うよ。たいしたことできないけど」
「ほんとですかぁ? 大勢のほうがわたしも嬉しいですぅ」
にこぉ、と微笑むステラを見て、玲人は笑みを返す。本当に、なんというか……安心できる笑顔だ。
窓のところには菖蒲を吊り下げている武彦もいる。こういう日も、いいんじゃないだろうか。
新聞紙を手にとって、玲人も刀を模したものを作り始めた。
「子供の日か……」
ぽつりと小さく呟くと、ステラが三つめのチマキを頬張りながら首を傾げてみせた。それに気づいて玲人は照れたような笑みを浮かべる。
「俺、小さい頃に両親亡くしたから祝ってもらったことはないけど、素敵な日だって思うから」
「ほぇ? ご両親……そ、そうなんですか? え、素敵?」
「だって、子供の幸福を祈る日でしょ? 子供は宝物で、大切にしなくちゃいけない存在なんだって改めて教えてくれる日みたいでいいなって思って」
「はわ〜! なんだか深いですね。あ、でもわたしは響谷さんのこと好きですよ? わたしがお祝いしますぅ」
にこやかな笑顔で立ち上がったステラが真向かいのソファに座る玲人の横まで来て、新聞紙のカブトを頭にかぶせる。
「生まれてきてくれてありがとうございます! わたしをたくさん助けてくれてありがとうございますぅ!」
「え……あ、う、うん」
頬が熱くなった。恥ずかしいのと同時に嬉しい。こんなに率直に祝ってもらうことなんて、ほとんどない。
本当は、一緒に祝おうよと言うつもりだった。祝ったことがないから、手伝って欲しいと。協力して欲しいと。……それなのに。
ステラはシュラインのほうも向いて「わはー」と両手を大きく挙げた。
「エマさんも生まれてきてくれてありがとうございますぅ。美味しいお料理万歳ですぅ」
「もー。料理だけなの?」
「違いますぅ! 正直、こんなにいい方が草間さんみたいなズボラな人をお世話してるなんてもったいないですぅ」
「誰がズボラだ!」
武彦の怒声が背後から聞こえるが、玲人は確かになあとシュラインを眺めた。シュラインにしても自分にしても、若いほうだとは思うが子供がいても不自然ではない年齢だろう。
(子供かぁ……)
想像がつかない。つい、視線をステラに向けてしまう。自分の娘が彼女のようだったら面白くていいかもしれない。
(癒される感じもするし……)
……そこまで考えて顔をしかめてしまう。ステラが大人の姿をしているのが想像できないのだ。彼女は今、16歳。こんなに童顔で、だ。
(二十歳過ぎてもこんな感じなのかな……。それとも、いきなり成長しちゃうのかな)
シュラインは苦笑してステラに応えた。
「ありがと。お世辞でも嬉しいわよ」
「お世辞じゃないですぅ! わたしが男だったらお嫁さんにきてくださいって言いますぅ!」
「あら。ほんと?」
くすりと笑うシュラインにステラは必死に頷いている。よくわからないが、同性の目から見てシュラインは魅力的に見えるのだろう。異性の玲人からしても素敵な女性だとは思うけど。
(……うーん)
どちらかといえばステラのほうが、好みかもしれない。二人のどちらかを選ぶなら、だが。同じような理由だと、武彦はシュラインを選ぶだろう。
「はいどうぞ!」
シュラインが用意したかしわ餅を見て、ステラが涎をたらした。
さっきもチマキをご馳走になったのに……いいのだろうか?
「さっき響谷さんが言ってたから、用意してみたの」
「え? 俺?」
「そうよ。かしわ餅に使われてる『かしわ』の親葉は、枯れても新芽が育つまで落ちないの。『親が子供の無事を願う』っていうのをかけて、かしわの葉が使われるのよ」
「へぇ。そうなんですか。そんな意味が……」
感心する玲人にシュラインは「そういう言い伝えがあるだけよ」と言ってみせた。
ステラはすぐに手を出してもぐもぐと食べている。よく食べる娘だ。
「うはぁ、子供の日バンザイですぅ。おいしいお餅と、おいしいチマキが食べれて幸せぇ〜!」
むふふと笑うステラにつられて、玲人もかしわ餅を食べる。美味しい。
「えっと、他は何かあったっけ? あ、と……菖蒲湯とか?」
「足湯なら用意できてるわよ」
シュラインの手際の良さに驚きつつ、自分の知識を総動員する。
「それと……お雛様の歌を歌うんだっけ?」
「それはひな祭りですぅ」
「あれ?」
困りつつ、玲人は誤魔化すように後頭部を掻いた。
「全世界の子供たちが健やかで幸福に育つようにって祈れば、なんでもいいよね? あ、思い出した。『こいのぼり』だ!」
*
無事に一日が経過した。……何も、起こらなかった。
(んー……)
事務所で一夜明かしたシュラインは首を傾げる。何も起こらなかったから、きちんと昨日はやることを全てやり遂げた、ということだろうか?
(……なんか、ふつー……だったわね)
いや、何か起きるのを期待したわけではないのだが。
ステラの手を引いた玲人が頭をさげる。二人は興信所をあとにした。
軽く手を振って二人の姿が消えるまでシュラインは見送っていた。ステラは元気よく玲人の手を振り回している。
(家まで送ってあげるってことだけど、なんか振り回されてる印象があるわねぇ)
シュラインはそんなことを思って興信所に戻った。武彦も零もまだ眠っているようで、室内はしんと静まり返っている。
「んー……!」
両手を大きく天井に向けて伸ばし、シュラインは「そうだ」と呟いて事務所にあるノートパソコンに向けて歩いた。
席に座り、電源を入れる。インターネットの画面を開き、
「端午の節句に関して……えっとぉ」
検索画面に単語を入力していく。こんなものでいいかなと検索ボタンを押した。
ずらずらと出てくるものの中から「これ」と思ったサイトにとんだ。
表示されたページに目を走らせるシュラインは、ぱちぱちと瞬きをする。
(ふぅん。昔の中国では5月は不吉だったんだ)
端午とは、月の初めの午の日のこと。「午」は「ご」とも読め、「五」と通じることから5月5日が端午の日となって厄払いをするようになったらしい。
いや、ここまではウロ覚えだが知っていた。中国からとは知らなかったが。……そこまではいい。問題はその後だ。
これは中国の話で、日本では違うのだ。
5月、日本では田植え前に田の神様を迎える。そこで豊穣を神に祈るために少女が巫女となり、菖蒲で作った小屋に一晩こもったらしい。これは身を清めるためだろう。
この二つが混じり、時代が変わって「菖蒲」が「尚武」となり、そこから今のように「男の子の節句」となったそうだ。
シュラインは頬杖をつく。
(なるほどねぇ。てことは、ステラちゃんが選ばれたのも不思議でもなんでもなかったってことか)
彼女は確かに「巫女」として選ばれたのだ。そして一晩、草間興信所にこもった。
さすがに今の時代に菖蒲の小屋なんてものはないので、子供の日にすることをしろと命じたわけだ。
(菖蒲湯はすると踏んだのね)
菖蒲は災いを祓う、とされている。それは菖蒲の強い香りのイメージからだ。
(豊穣……。あれ? てことは、ステラちゃんの会ったっていうのは田の神様?)
ステラの話だと弱々しい妙な女だったということだが……まさか、ね。
(神様が直々に来るってのもおかしな話だし……。その使いってことも考えられるわね。
……ま、いっか。確かにお米を作るのは大変だものね。天気次第なところもあるし。
今年も美味しいお米がたくさんとれますように……!)
妙な一日ではあったが、珍しく堪能したし楽しかったので良しとしよう。できればその恩恵が草間興信所にもありますように!
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【7361/響谷・玲人(きょうたに・れいじ)/男/23/モデル&ボーカル】
【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございました、シュライン様。ライターのともやいずみです。
お料理を担当。さらに色々と用意していただきました。いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
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