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<東京怪談ノベル(シングル)>


Rival


『ふむり、ちょっとろりーで真面目な悪魔っ娘ってポジションやね』

「…悪魔っ娘?」

 海原みなもはよく色々なところに顔を出している。
 それはアルバイトであったり善意の行為であったり興味本位であってり、兎も角色々と理由をつけては何処かに顔を出す。
 今回の事の発端もそんなところからである。

 あるアルバイト(と彼女自身は思っているが、本当のところは不明)で顔を出したとき、彼女はある大男に冒頭のように言われた。
 それは彼女自身初めて言われたことで、どうしてもそのことが頭に残っていた。
 そもそも、悪魔っ娘って何?

「…お色気うふん?」
 それはどちらかというともうちょっと年齢がいってからのほうがいいかもしれない。
「男の人を誘う?」
 それはどちらかというと小悪魔ではないか。
「…人を支配する?」
 それは最早本場の大悪魔でないだろうか。

 どこか若干ズレた彼女らしい感想を抱きつつ、気になったら止まらないのが少女の本分である。そもそも彼女に冗談が通じないということを、その大男は知らなかったのではないだろうか。



 萌えが分からないなら調べてしまえばいいじゃない。
 何処かの王妃様がそんなことを言ったかどうかは分からないが、ともあれ彼女は行動を開始した。
 幸い最近は萌えという言葉もよく聞くし、恐らくは調べればすぐに分かるだろう。そう思った彼女は浅はかだった。

「……」
 思わず深い溜息が出てしまった。
 とりあえず手っ取り早い方法としてネットで検索してみたらするとどうだろうか、この膨大なまでの検索量は。
 検索数とりあえずざっと見ただけで約3380万件。どれだけ情報が氾濫すればこれだけのものになるのか。
 とはいえ、そこで挫けるわけにもいかない。
「本来の日本語としては、草木の芽が出る(伸びる)様を言う…?」
 いや、明らかに違う。何が違うって、感覚が。
 こう、あの人は明らかに何か興奮していたようなしていなかったような。草木の芽が出たところでそんなに興奮するだろうか?

『俺っち農業の喜びに目覚めたべよ!!』

 想像が案外しっくりきたから困る。想像の中であの人は麦藁帽子に眩しい笑顔を浮かべながら畑の中心で笑っていた。
 畑の中心で(農業)愛を叫ぶ。
「……」
 ふるふると首を振る。そんなどうでもいいことは置いておいて。

「アニメ・漫画・ゲーム等様々な媒体における、対象への好意・傾倒・執着・興奮等のある種の感情を表す言葉…これでしょうか?」
 こちらならなんとなく分かるような分からないような。
 しかし、何故それが自分なのか? 大体自分はそんな二次元世界の住人ではない。
 他のページを見てみても、やはり同じようなことしか書いていない。しかも一部は異常なまでに過激だった、年齢制限的な意味で。

 困った。どうしよう。
 そんな彼女がやってきたところは図書館。この蔵書量ならきっともっと分かりやすい答えがあるはず!

(少女検索中……)

「…聞いたほうが早そうですね」
 色々あったらしく、何処か疲れた顔で彼女は図書館を後にしていた。



 まぁそんなわけでストレートに聞いてみた。
「それはやねぇ…萌えってやつっすよみなもたん。ラヴよ、ラ・ヴ☆」
 誰がみなもたんか、などとツッコむ声はない。そもみなももよく分かっていない。
 大体その萌えの答えが聞きたいのに、またそんなこと言われても。ラヴって愛か、正直キモいおっさんだ。
 しかしけらけら笑う大男に、みなもはただこくこくと頷くしかなかった。



 結局答えらしい答えが見つからないまま、その日は城(らしい)を後にする。
 そして帰路についたみなもを待ち受けていたのは、何故かこのタイミングにドンピシャの物体だった。



「あざーしたー」
 全くやる気のない挨拶を残して、郵便物を渡したバイトの青年が玄関を出て行く。
 みなもの手の中には郵送物。こじんまりとしたダンボールには宛先人の名前がない。
 こういう荷物の送り先は大体分かっている。というより犯人は一人しかいない。
 何時ものことのようにそれはスルーして、内容物を確かめるためにダンボールのガムテープを剥がしていく。
「本、ですね…」
 中から現れたのは、古くはあったが金糸の装飾がその価値を語るかのような一冊の古本。手に持ってみれば随分と年季が入っているかのようにずしりと重い。
 実際端々には古い腐食の後が見える。あの人が送ってきたのだ、価値があるのは間違いないように思えた。
「……」
 ページをめくる。するとそこには古めかしいラテン語とともに、何かが描かれている。その形には見覚えがあった、恐らくは魔方陣。
「ということは、魔導書?」
 軽くめくっていけば、様々な儀式を描いたと思われる絵とラテン語の文、そしてところどころに見える血痕。
 もう一度軽く見直してみれば、最初は簡単な儀式から始まり、段々と複雑で本格的な儀式へと変化していくのがわかる。なるほどこれは間違いなさそうだ。

 さて、そこで思考はあの城(であるはず)のシーンへ戻る。
 あの人は言った、悪魔っ娘と。
 そしてこの本の中には悪魔を呼び出すと思われる儀式もある。
 ならばどうする?
 悪魔っ娘というのなら、悪魔を呼んでみればいいじゃない。ちょっと待て。
「この儀式をやってみましょうか」
 そしてあっさりととんでもないことを呟いていた。





◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 調べてみれば、簡単(なはず)な儀式に必要なものは意外と少なかった。どうやらよくテレビなどである何かの血が必要、などということもないらしい。
 正直なところ、みなもにとっては非常にありがたかった。年頃の娘が何かの血を求めて彷徨うなど色々とイメージに関わってしまう。それは辛い。
 ともあれそんなみなもが用意したのは窓を閉め切り暗くした部屋、赤のマジックペンに大きな白い紙、そして鏡と家にあったものを勝手に拝借したシルバーリング。
 リングを右手の人差し指に嵌め、本を読みながらその通りに紙へと魔方陣を描いていく。血ではなくマジックペンという辺り現代文明の力は偉大だ。
 ちなみにラテン語に関しては辞書を引いて訳し済み。何気に凄いみなもたん。なお最初の儀式の題名は『猿でもできるお試し儀式』。誰だ題名つけたのは。

 簡易型の儀式だからだろうか、よくある真円の魔方陣ではなく描かれたのは三角形のもの。描かれる文字は勿論ラテン語である。イメージとは違うが、そう書いてあるのだから仕方がない。
 そしてその中心へ鏡を置き、後はそれに向かって強く願うだけ。本当にお手軽である。
「これでいいのでしょうか…」
 言いながら、流石のみなもも若干不安になる。この儀式が成功したらどうなるのか、失敗したらどうしようかとか、そも本当に信用できるのかとか。
 とそこまで考えて、考えても仕方がないことに気付く。だから、
「やってみましょう」
 強く念じてみた。

(悪魔さん悪魔さん、どうかその姿を現してください)
 えらくのんびりとした願い方だが、その思いは本物である。
 暫くは特に変化もなかったが、念じ続けているとその内に鏡が光りだした。
 それは決して気のせいではなく、仄暗い部屋の中では十分すぎる光源となっている。そして、その中心が揺らめいて――。



 一瞬の出来事だった。
 何かが揺らめいた、そう思った次の瞬間には違和感が部屋を包み込んでいた。
 生温く、そして生臭い。例えるなら血の海の中に投げ出されたかのよう。
 勿論そんなものがあるはずもなかったが、しかしその感覚は確かにみなもを包んでいた。
「…これは…」
 違和感の正体にすぐに気付く。それは周りがそうなったのではなく、自分がそうなったのだということに。
 そして、原因は一つしか考えられなかった。
「本当だったんですね…」
 先ほどまで光を放っていた鏡は既に何も映していない。中を覗けば、まるで深遠の如き闇が広がっている。

 何を呼び出したのかは分からないが、どう考えてもこの儀式がこの違和感を生み出している。
 熱い。生温かったはずのものが、次第に熱を持って体の中で蠢く。
 酷く喉が渇き、そして視界が揺れる。霞み、ともすればブラックアウトしそうな意識が強い警鐘を鳴らす。
 最早何か呟く余裕もない。この儀式は、マズい――。

「ぁ……」
 バキンと、何かが鳴った。その音が自分の背中から鳴ったものなどと、今のみなもに気付く余裕もない。
 己の中で蠢いていたものが動き始める。最初は中心から、次第に末端へと広がっていく。
 ぞわぞわと体の中を蟲が蠢くような感覚。酷い吐き気と激痛が、少女の体を苛んでいく。
「……ッ」
 瞳が熱い。辛うじてまだ見える視界には、何か赤い染みが広がっている。そして同時に視界が赤く染まる。血の涙を流して、みなもは体を捩じらせた。

 いよいよ何かが折れる音は大きくなり、そして同時にみなもの体が動かなくなる。
 大きく何かが爆ぜては音が響く自分の体。皮膚が裂け、骨が折れ、そしてその度に違う形へと生まれ変わっていく。
 流れ出した血は再び『みなもだったもの』の中へと戻っていった。
 ここまでくると、意識は激痛によって逆にはっきりとしていた。自分の意識がはっきりとしているのに勝手に作り変えられていく体。それは例えようもなく醜悪で、狂いそうなほど酷く気味の悪い感覚だった。

「ぁ…かッ…」
 何かが額と背中から生えた。そう思った瞬間、みなもの意識が何かに覆い尽くされていた。
(あなた、は……)
 それは自分自身とは全く異なる意思。何処までも深い闇が広がり、何か言葉を交わした、そう思った瞬間にみなもの意識は刈り取られていった――。





◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「……」
 どれくらい気を失っていたのだろうか。周囲を見渡すと、暗幕の向こうにも闇が広がっていた。
 軽く残る頭痛に少し顔を顰めつつ立ち上がったみなもの前にはあの魔方陣が変わらずあった。今はこれといった変化もない。
「何処がお試し、ですか…」
 気を失う瞬間、何かが自分の意識を確かに覆い尽していた。暗く、そして愉しげな。あれと何か会話を交わしたような気もするが、今となっては思い出せない。
「あれは…本当に危険ですね」
 そう、みなもの本能が告げていた。

 とはいえ、今はその気配もない。みなもの意識もはっきりしている。
 一応題名に偽りはなかったらしく、お試しはお試しだったようである。それから幾ら時間が経っても、あの魔方陣から何かが出てくることはなかった。
 あの後続きのページを翻訳してみたが、どうやら悪魔の召喚の危険性を知らせるためにあえてお試しなどというものを作ったらしい。随分と気の利いた著者である。
 あれ以上のものを望むなら、文字通り全てを差し出す必要もあるらしい。尤も今のみなもにはそんなことをするつもりもなかったが。
「これは駄目です」
 そうして、実学からその本を封印することに決めたのだった。





 さて、一瞬ではあったが文字通りの悪魔となったみなもたん。
 しかしそれは悪魔っ娘に非ず。悪魔である。
「あんなものがいいのでしょうか…?」
 ご尤もな感想である。そして結局みなもが悪魔っ娘のことを理解することは出来なかった。
 その感想をあの大男に聞かせたら泣き出しそうなものである。否、間違いなく泣く。
 一瞬その場面を想像してしまい、みなもはまた深い溜息をつくのだった。

 さて、男を泣かせる術を手に入れた天然悪魔っ娘。そんな彼女にも弱点はある。
『きゅるるる…』
 小さく、そしてはっきりと自分の腹部から主張を繰り返す音。あの時聞こえたような物騒なものではなく、体が求める本能の音。
「…ご飯にしましょうか」
 時間は確かに夕食時である。





○みなもたんと悪魔のオマケ会話



 嫌ね悪魔も辛いわけよ。
 自由勝手にやってるように見えてさ、魔界にも色々と規約があるわけよ。その辺人間と変わらないわけ。
 大体そんな自由に出来るなら、悪魔なんてバンバン世の中に出てくるっしょ。そういうことよ。

 まぁそのクソ面倒くさい規約のおかげで俺たちは契約者を探さなくちゃいけないってわけ。まぁ契約しちまえばこっちのもんだからさ。
 そういうわけでお嬢さん、俺と契約しない?
 あぁ大丈夫大丈夫、さっきはちょっと痛くなっちまったけど本来そんなことはねぇから。
 変異なんて一瞬よ一瞬。次の瞬間からはめくるめく快楽の世界が待ってるぜ。

 料金は…あーお嬢さん初めての儀式だから魂半分でいいや! 本来なら全部貰い受けるところだけど、それじゃあんまりだしな。
 こう見えても俺は魔界一人情に溢れるナイスガイって言われてんだ。え、魂ちょっとでも奪う時点で人情も何もない?
 チッチッチ、俺たちの基準は人間のそれとは違うからしょうがねぇよ。で、どうよ?



 …あーやっぱり駄目? 怖い? 痛かった? ごめんなぁ。
 いやもう久々の儀式召喚だったもんだからちょっと気合入れすぎちまったかな。初心者にはもうちょっとソフトなほうがよかったかぁ…。
 まぁしょうがねぇ、断られちまったら無理にとは言えねぇからな。そういう規約もあんのよ。
 今回は縁がなかったってことで納得しとくわ。あ、また悪魔になりたいって思ったら何時でも呼び出しOKよ。
 え、もういい? まぁそう言わずにさぁ…。

 あ、本の封印とかなし! やめて、それやられちまったら俺外に出れない! お嬢さん武士の情けと思って、無理!?

「駄目です」

 そんな、あー時間がーノーーーーーーーーーーーーーー……。





<END>