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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


死を呼ぶイス

◆はじまり
 アルコールの匂いと紫煙。
 行き交う人々の声。
 そんな中に、ぽつん、と置かれたイス。
 何調、というのか、酔っぱらいには皆目検討もつかないが、材質のいい高価なイスだ、という事だけは見て取れた。
「…へぇ〜、これが『死を呼ぶイス』ねぇ」
 その日何本目の煙草を口にくわえて、草間武彦は呟いた。
 知り合いのおごりだ、というから来てみれば、曰く付きのイスをみてほしい、との事だった。
「このイスに座ったヤツは、必ず死ぬ、って噂なんだよ」
「そういうのって、沢山あるだろ、ほら、なんとかダイヤとか。確かイスもアメリカかどっかにそういう噂のあって、どっかに展示されてる、とかなんとか」
 ぐいっと草間をイスの方へ追いやった男をねめつけ、草間は煙を吐き出しながらこたえる。
「どれもお目にかかったこたないから、本当かどうかは知らないけどな」
「それがさ……三ヶ月前、俺の知り合いがここに座って飲んで、翌日電車にはねられて死んだんだよ……」
「二日酔いが残ってたんじゃないのか?」
 しれっとして言う草間に、男−斉藤孝治(さいとう・こうじ)は嫌な顔をする。
 草間にしてみれば、酒の肴に人のことをからかっているんだろう、くらいにしか感じていなかった。
「なら、座ってみるか……?」
「ただのイスだろ?」
 つかつかつか、と草間はそのイスに近寄ると、すとん、と腰を下ろした。
 瞬間、背筋に氷が通ったかのようにひんやりとしたものが抜けていった。
 草間の行為に周りもざわめきはじめた。

「そのイスは…」
 真っ青になったマスターが、ボソボソと話しはじめた。
 イスの持ち主は大富豪で、一代で財産を築き上げた男で、ヨーロッパから取り寄せたものだ、と自慢げに話をしていたと言う。
 しかし、周りの裏切りにより男はそのイスの上で、毒入りのワインを飲んで自殺をした。
 何故ここにそのイスがあるのか、というと、男とマスターは旧知の仲で、冗談半分で「お前に何かあったら、ここにおいておいてやるよ」と言ってたのだが、その事件後、イスは突如ここに置かれ、移動しても移動してもここに置かれているのだと言う。

「どうしたんですか? 顔色悪いですよ?」
 事務所に入るなりそう声をかけられた草間は、そのままイスに座り、デスクに伏せた。
 そして昨夜の出来事を語り始めた……。

◆調査開始
「はぁ」
 シュライン・エマは草間の話を聞いた後、大仰にため息をついた。
「草間さん……馬鹿なの?」
 あっけらかんと言ったのは草摩色。
 二人の行動と言葉に、草間は更にデスクに顔を埋めた。
「有名はイスは、アメリカじゃなくて、イギリスね。バズビーズチェア。こんな仕事してて、呪いの類の怖さはよくわかってるはずだと思うんだけどね」
 と言いつつシュラインは手持ちのお守りやら聖水、魔除けになりそうなものをどかどかと草間の周りに置いていく。
「ま、いっちょ俺が草間さんに貸しを作っておくか! ……まぁ、今までもずいぶん貸しがあるけど……まぁいいか!」
 指折り数えて色は貸しを数えるが、途中で面倒になったらしい。
「その一緒に飲んでた人の連絡先とバーの連絡先と場所、教えて」
「…はい…」
 デスクから顔をあげず、近場の紙にミミズがのたくったような字で書いていく。
 長年一緒に仕事しているシュラインには、その暗号にも似た字をすんなりと解読する。
「それじゃ、俺はバーの方に顔出すかな」
「色くん一人じゃいれて貰えないかも。私も行くから待ってて」
「ほーい」
 いくら調査の為とはいえ、未成年一人でいれてくれるとは思えない。
 シュラインはどこかに連絡している間、色は手近なイスに腰をおろして脚をぶらぶらさせていた。

「それじゃいきましょうか。向こうで斉藤さんと待ち合わせしたから」
「サイトウ?」
「…武彦さんをイスに座らせた張本人。すごい焦った声してたわ」
 呆れたように肩をすくめ、シュラインはバッグを肩にかけた。
 それを追うように色はバックパックを腕にひっかけると、デスクに伏せたままの草間を見てちょっと真顔に戻った後、事務所を出て行った。

◆バー
「こっちです!」
 まだ営業前なので、店の前で斉藤が待っていた。
「わざわざご足労ありがとうございます」
 やや斜めに構え、微妙な表情を作ってシュラインが言うと、斉藤はばつが悪そうに明後日の方を向きながら乾いた笑いを浮かべた。
「いあ、あは、あはははは」
「笑いごっちゃないって」
 思わず色はツッコミをいれてしまう。
「中には入れますか?」
「ええ、今準備中ですが、特別にいれてくれるそうです」
「話も聞けます?」
「頼んでおきました」
「ありがとうございます」
 お礼をいわれて、斉藤は更にばつが悪そうになる。
「大丈夫だよ、俺がなんとかしてやるから」
 ぽんぽん、と中学生の色に肩を叩かれて、斉藤は情けない顔になった。

「これがそのイスです」
「変わったイスですね」
 何調、と言い難いイス。
「なんでも、元の持ち主が特注で作らせたもの、とか言ってましたよ」
「触っても大丈夫ですか?」
「多分……今まで幾度となく動かしてきましたが、触った人がどうにかなった、というのは聞いたことがないので…」
 言われてシュラインは軽くイスに触れてみる。
「座っちゃいけないイスなのに、どうしてここに置きっぱなしなの? なんとかってイギリスのイスは天井から吊して座れないようにしてあるんでしょ?」
 色の素朴な疑問にマスターは困ったような顔になる。
「それが、同じ事をしてみたんですが、何故かここに戻ってくるんです」
「『ここ』にこだわってるのか…」
 ふむふむ、と頷きつつ、色はトイレどこですか? とマスターに聞く。
「え、トイレ……あちらですが…」
 唐突な質問に、マスターは面食らったような顔をしつつ奥を指さした。
「ありがとー」
 言って色はトイレに入っていった。

「今まで死亡した方の情報とかありますか?」
「そういうのはちょっと……」
 言葉を濁したようにマスターは困り顔で、入り口に貼られた『警察立寄所』と書かれた張り紙に視線をやる。
 それを見てシュラインは察したように頷いた。
 そこでいったんバーから出て電話をかける。
 こういう仕事を続けていると、あちこちにツテができるもので、シュラインは参考資料で一般公開できる内容のものをモバイルの方へ添付で送ってもらう。
 それを受信して、テーブルを一つ借りるとシュラインは画面を見つめる。
 横のメモ用紙の上に置かれた手は、休むことなく動き、メモがとられていく。
「全員がイスに座った翌日以降に死亡……ね……」
 カツカツ、と紙をペン先が叩く。
 事故死、自殺、病死、原因は様々。
 偶然? 呪い?
 全員が全く同じ死に方をしていれば『呪い』と考えられるかもしれないが……。
 イスの持ち主を騙した相手は……情報がない?
 会社は別の人が引き継いで続いているが、その人は裏切り、とは関係ないようだ。
「キーはどれかしら……」

 一方、色はトイレの鏡とにらめっこをしていた。
 見開いた瞳からコンタクトが取り出される。そして再び鏡にうつったそこには、銀色の瞳。
 一度顔を洗うと、コンタクトケースの入れ物の蓋を閉めて、親指を噛む。
 わずかににじんだ自分の血。それを舐めると、ポケットからキズバンを出して指にまいた。

「大丈夫?」
 画面から顔をあげず、シュラインは戻ってきた色に声をかける。
「大丈夫だよ」
 返事をして、色はイスに視線を向けた。

 瞬間

 イスがぶれてみえた。
 それに座っている男性の姿が見える。
 周りの景色がバーの中ではなくなった。
 見えるのは二人の男性。何か言い争っている。
 部屋は亡くなった男性の家なのだろうか。
 テーブルにおかれた二つのワイングラス。
 イスに座った男性がそれを飲み干す。
 刹那、苦悶の表情が広がった。
 イスは倒れ、ワイングラスが絨毯の上に転がる。
 それを見下ろす男性。そして苦しむ男性をよそに、もう一つのワイングラスを持ち上げると、そのまま部屋を出て行った。
 色は、その出て行く男性を、どこかで見た覚えがあった。

「……」
 誰だっけ? と思い出そうと思った瞬間、現実に引き戻された。
 くらっと地面が揺れ、誰かが支えてくれる。
「大丈夫ですか?」
「あ……」
 支えてくれたのはマスター。
 その顔を見て、色は口を開けたまま固まった。
「だ、大丈夫デス……」
 微妙におかしな口調。
 そのまま色はズササササ、とシュラインの横に立つ。
「あ、あのさ…」
「?」
 渋い顔でメモ用紙と画面を見つめていたシュラインは、ようやく顔をあげた。
 色の瞳にあれ、と思いつつ口に出すことはしない。
 こういう世界は人それぞれ色々な事がある。
 色は口早にシュラインに見えた内容を語った。
「じゃ、裏切ったのって……」
 即座にシュラインの手が動く。マスターの情報を求めるメールがあちこちに送られる。
 右下のタスクにメールが届いたマークがいくつも表示された。
「……中学時代からの友人……会社の共同出資後、この店の資金を出して貰い、撤退……」
 その後、店の経営が怪しくなり、一時期は差し押さえが入っていたが、その後完済。
 それからしばらくして、イスの持ち主の死。
「関連性……色くんの視たもの……」
 『視た』のは証拠にならない。
 そして、イスの持ち主がどうして欲しいのか、それがわからない。
 悩んでいるシュラインの横で、色の瞳が光る。

 視線の先はマスター。
 
 罪悪感と恐怖心。そして優越感と劣等感。
 色々なものが入り交じっている。
 イスに対する恐怖。
 ……孤独、悲しみ。

「……そんなに後悔してるなら、自首すればいいのに」
 ボソッと呟いた色に、マスターはびくっと肩をふるわせて、行動をとめた。振り返る事すらできないほど、硬直している。
「イスがここにあると息苦しいのに、ないと不安で仕方がない。全部自分で無意識にやってるくらいなら」
「……」
 マスターの隣に立っていた斉藤がわけがわからない、と首を傾げた。
「な、なにを……」
「俺が『視た』ものはなんの証拠にもならない。でも俺は『知っている』」
「あ、あああ……」
 よたよたとイスに向かって歩き始める。
「イスの持ち主に、店の再建費を借りてたんですね……それで返済を求められ……」
 冷静なシュラインの声に、マスターはふらふらと歩きながら答える。
「違う……アイツは返してくれ、なんて言わなかった……ただ、ただ怖かっただけだ……」
 多額の借金。それに怯えていた。いつ返して欲しい、と言われるか、ただそれに怯えていた。
 そして、怯えなくていい方法がある事に気が付いた。
 それは簡単で……とても簡単で……そして卑劣で。
 でもそれしかなかった。───それしか思い浮かばなかった。
 実行するは本当に簡単だった。
 いいワインが手に入ったんだ、と家を訪れた。
 今までも同じ様な事が何度もあったから、相手は信用していた。
 そして……相手は疑うことなく、ワインを飲み干した。
 ……昨日の事のように目の裏に浮かぶ。
 忘れた事などなかった。
 イスは自分で運んだ。
 気が付いたらあった、なんて嘘だ。
 誰かに移動して貰っても、また戻した。
 移動した事は、記憶の底に沈めて、覚えていなかった。
 誰かがふざけてイスに座った。何故かその後、その人物が亡くなった。
 それが何故か相次ぎ、いつしかイスは『呪いのイス』と呼ばれるようになった。
 自分の口から出る言葉、それは真実を覆い隠していく。
 とても簡単な方法だったのに、実行したら、もっと苦しくなった。
 誰か助けてくれ、誰か暴いてくれ。
 ずっと、ずっと……求めていたこと。

 イスにすがって泣いた。

 やっと、抜け出すことができた────

◆終焉
「それで、マスターは自首したのか」
「ええ。まだ時効ではなかったですしね」
 草間興信所、事務所内。
 草間は安心したように煙草に火を付けた。
「本人もかなり苦しんでたみたいだしね」
 オレンジジュースのコップの中、氷をストローでつつきながら色が言う。
「ま、草間さん良かったんじゃないの? 何事もなくて」
「まぁな」
「これにこりたら! もうやらないでくださいね」
 こん、と目の前にコーヒーをおかれて、草間はシュラインの顔を見ず、小さく頷いた。
「あははははは。草間さん怒られてやんのー」
「笑うなっ」
 色の笑い声が事務所に響き渡っていた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086:シュライン・エマ:女:26:翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2675:草摩・色:男:15:中学生:そうま・しき】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、夜来聖です。
 この度は私の依頼を選んでくださりまして、ありがとうございました。
 ネットで呪いのイスの話が目に入り、なにか書きたいな、と思ってやってみました。
 シュラインさんは色々知ってますよね! すごいな、といつも感心してます><
 色くんは元気いっぱいで、書いていて楽しかったです♪
 また、お逢いできるのを楽しみにしています☆