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腰が抜けました、オーバー？
いつも通り珈琲専門店「コバヤシ」でミルクティを飲んでいたスズキの携帯が震えた。
「はい」
『あ、どうも。Ｐ．Ｊです』
「うん、どうしたの？」
『うん、あのさぁ、言い難いんだけどね』発掘屋の声は幾分高揚している。『ちょっと助けに来て欲しいんだけど』
「……なんで？」
『なんか、閉じ込められた？ みたいな？』
「みたいな？ じゃねぇし」
『今どこ？』
「ツバクラさんとこ」
『あ、じゃあ丁度いいや。２番出口から真直ぐコバヤシに向かう途中に、工事現場あるでしょ』
「あぁ……あるね」
『あそこの、地下にいるんだけどね、なんか、出たんだよね』とうせんぼされてて出られないんだよね、と発掘屋は続ける。
「御愁傷様。俺、Ｐ．Ｊの事結構好きだったよ」
『あっさり見捨てんな甲斐性なし！』
「えー、だって行きたくないし」
わざわざ幽霊らしきよくわからない何かがいる所になど行きたくはない。まして自分にはその何かをどうこう出来る力がある訳でもない。
頼むよぉ誰か呼んでよぉ、と叫ぶ声に携帯を耳から離し、カウンターの中で煙草を燻らすツバクラに視線をやる。
「ま、頑張れ」
人の良い笑みで返されて、そうだここは坂川で、碌な連中がいないんだった、とスズキは改めて思い知らされた。
珈琲専門店「コバヤシ」のドアを押し開けると、ドアに提げられたベルが、カラン、と高い音を立てた。こんなドアベル、前来た時にあったかしら、と思いながらシュライン・エマが店に入ると、店主であるツバクラの他に、やはりと言うか何と言うか、スズキの姿もあった。
「久しぶり、スズキくん」
シュラインは、ツバクラに会釈した後スズキに顔を向けた。すると、少年は何やら見覚えのある表情をしている。
「珈琲豆買いに来てみたんだけど」眉尻を下げるスズキが少し可笑しくて、シュラインは笑ってしまう。「その表情、怪奇系の困り事かしら？」
「はい……」
随分疲れているスズキにもう一度笑ってから、シュラインは事の次第を訊ねた。どうやら発掘屋が閉じ込められているらしい。頷きながら、カウンターに座るデリク・オーロフに視線をやった。すぐに視線に気付いた彼は、綺麗な笑顔をシュラインに向けた。スズキが自分で発掘屋を助けに行く筈がないから、恐らく駆り出されたのだろう。
事情を聞いて、あぁそうですか大変ですねじゃあ頑張ってね、という訳にもいかない。協力すると伝えると、スズキは本当に安心したような顔で良かったと呟いた。
スズキの説明によれば、悠長に携帯で連絡出来るようだし、身体の自由が利かなくなったり苦しくなったりしている訳ではない様子だ。積極的な危険性が少ないなら、霊らしき何かを刺激せず、習性に沿うように対応した方が安全だろう。
「スズキさん、現場へ行ク前ニ、もう一度Ｐ．Ｊサンに電話して、詳しい経緯と状況ヲ教えてもらいまショウ」
デリクも同様の事を考えているのか、スズキにそう提案した。スズキは発掘屋にコールすると、携帯のボタンを押してカウンターに置いた。少し雑音の混ざった音声が、携帯のスピーカーから聞こえて来た。
『ハイ』発掘屋の声である。
「こんにちは、発掘屋さん」
デリクが挨拶したのに続いて、シュラインも口を開いた。発掘屋は『女史ィ』と、どんな顔をしているのか声だけで想像がつく声を上げた。
「今回は何を発掘しヨウとしてイタんですカ？」
隣でデリクがそう訊ねた。コバヤシにいるならパソコンを開いてくれ、と発掘屋に言われ、シュラインはカウンターの隅に置いてあったパソコンを携帯の近くまで持ってきた。
電源を入れたパソコンの中、携帯越しに指示されたファイルを開くと、前回発掘屋が見ていたものと似たページが表示された。どうやら彼はこの形式で情報を整理しているらしい。
読んでみると、発掘屋が閉じ込められている工事現場は金融会社の事務所が建つ筈だった場所らしい。例に漏れず怪奇現象が多発して工事はストップ、他の場所に新しく事務所を構えたようだが、今から三ヶ月前に代表が他界。財産分与はほぼ完了したものの、生前黒い噂も多かった彼が裏で溜め込んでいたと思われる金品は一向に行方知れず。
つまり――
『文字通りお宝見つけたんだけど、閉じ込められたっていう……』
代表の持ち物件の中で、放置されて忘れ去られているのは坂川の事務所予定地だけだという事に目を付け、地下に潜ってみたらそれは大層な金庫があったのだと言う。そしてとりあえず目星い品だけ持ってきた、と。
それはもしかしなくても犯罪なのではないか、と思わないでもなかったが、事の経緯は大体わかった。早速移動しようとする一同につられて立ち上がりながら、シュラインはふと思い付いてツバクラにちょっとしたお願いをした。シュラインの思惑が伝わったのか、にっこり笑ったツバクラは頼んだ品を紙袋に入れ、最後に煙草を一箱放り込んだ。
現場に向かうまでの道すがら、携帯で発掘屋を励ましつつ、とうせんぼしているという何かについて訊ねた。
『お宝持って戻ろうと思って歩き出したら、急に寒くなって、唸り声が聞こえたんだ』んで、と発掘屋は続ける。『ゴーグルつけたら、すぐ目の前にでっかい、』
「でっかい？」
『目が三つあって、なんか気持ち悪い狛犬みたいな奴が……今もこっち見てるんです』発掘屋は乾いた笑いを漏らした。
ゴーグルを外して進もうと試みたが、それ以上先へは足が動かなくなってしまって無理だった。金庫は洞穴のような通路の突き当たりにあり、そこを通らないと出られない。そう発掘屋は説明した。
現場は「コバヤシ」からほんの少しの距離にあった。ここ、と言った後、暫くして「俺は外で待機してるから」とスズキが言ったのを聞いて、シュラインはやはり何かいるんだな、と再確認した。
フェンスに囲まれた工事現場の中は、所々飛び出た鉄筋や剥がれたコンクリートが目についた。床には砕けたコンクリート片やゴミが溢れていて、進むのも一苦労だった。幸い、デリクが手を貸してくれたおかげで、シュラインは転ぶ事もなく地下へ続く階段まで辿り着いた。
「そういえバ」デリクがシュラインの持つ紙袋を指差した。「それは何デス？」
投げ易いように、手に提げるものではなく口を折り畳める紙袋の、口の部分をシュラインは掴んで持っていた。
「あぁ、コレ」少し持ち上げてシュラインは続ける。「飲み物と、軽く食べれる物。お腹膨れた方が落ち着くでしょう？」
そう言うと、デリクは数度首を頷かせ感心したような声を出した。
階段を降り地下に入ると、そこは一階と同程度の広さの空間だった。ちらと辺りを見回すと、丁度階段の下に当たる部分に、打ち破られたような歪な穴が開いていた。恐らくそこが、金庫に繋がる場所なのだろう。
警戒しながら中を覗き込むと、発掘屋の説明した通り洞穴のような空間が広がっていた。その先に、ごつごつした壁に背を預けてしゃがみ込む発掘屋の姿があった。
「あ、どうも！」
しゃがんだままこちらを向いた発掘屋が片手を上げた。元気そうな様子に、シュラインはとりあえず安堵した。
「無事デスか？」頷いた発掘屋に、デリクが重ねて訊ねた。「狛犬ハまだそこニ？」
首に掛けたゴーグルを目許に宛てがい、発掘屋が頷く。警戒した様子はあるか訊ねたが、別にさっきまでと変わらない、と言う。自分たちがここに来た事によって刺激してしまったりはしていないらしい。
シュラインは足下の小石を投げてみる。放物線を描いたそれは何にぶつかる事もなく発掘屋の足下に転がった。とりあえず、物は通り抜けられるようだ。
「発掘屋さん」紙袋を顔の横で揺らした。「コレ投げるから受け取って」
先程の小石より少し高めの放物線を描いて、紙袋が発掘屋の手の中に届いた。なに、と聞きながら答えを聞かず袋を開けた発掘屋は、中身を見ると声を上げて喜んだ。
「腹ぺこだったんだよ！ しかも煙草もある」
発掘屋は嬉々として袋の中のスコーンを取り出してむしゃむしゃと食べ始めた。それを見てから、シュラインは洞穴の中を一通り見回した。地下を掘り進めて奥に金庫を作ったようで、隣の部屋のようにコンクリートで舗装されていない。こんな作りではいつか崩れ落ちてしまうのではないか、とシュラインは思う。
一先ず、発掘屋をそこに置いて洞穴を抜け出した。
「デリクさん？」
先にこちらに戻っていたように思ったが、デリクの姿は見当たらなかった。呼び掛けると、部屋の奥の方にあるコンクリートで作られた直方体の塊の陰から、立ち上がったデリクが姿を現した。
シュラインはがらんどうな空間を見回して、
「何を作るつもりだったんでしょうね」
と呟いた。するとデリクは、
「ＶＩＰルームではナイでショウか？ ほら、コレなんて」言ってデリクはコンクリートの塊に手を置いた。「バーカウンターのようでショウ？」
「あら本当。ここでオモテナシって事ね」
「恐らク」
という事は、とシュラインは考えを巡らせる。そういった用途の部屋は得てして、開放感を感じさせるように空間を贅沢に使う事が多い。バーカウンターがある事を考えても、この部屋に壁を作る予定はなかっただろう。
（こっちに壁がないって事は、やっぱりあの場所ね）
そう思いながら洞穴に戻ると、お腹が満たされたのか発掘屋がペットボトル片手に煙草をふかしていた。シュラインが戻ってきた事に気付くと、彼はゴーグルをほい、と彼女に放ってきた。受け取ったそれを目許に宛てがうと、白く柔らかそうな獣がシュラインに背を向けていた。ふわふわした尻尾が、不謹慎だがなんだか可愛い。
地下がＶＩＰルームだと仮定すると、この奥に金庫があるのに扉も何もないというのはおかしい。必ずどこかに壁やら扉やらを作る必要がある。それがない、そしてここに怪異が現れたという事は、ここにそれを作る筈だったという事ではないだろうか。
何の因果もない場所に怪異は生じない。それはシュラインが今まで経験してきた事柄から導き出された結論である。だからここにも、その因果があるのだろう。
シュラインはゆっくりと白い獣に近付いた。しかし、手が届くか届かないかの所まで近付いた時、急に足が動かなくなった。まるで壁にぶつかったように。
とうせんぼされた、というのはこれの事か。そう思いながら、シュラインは発掘屋にゴーグルを投げ返した。
「ねぇ、発掘屋さんはどこまで近寄れるの？」
鼻息がかかる位の距離かな、と答えた彼に、では手が届くかどうか訊ねるとあっさり頷いた。
「お願いして、撫でてみたら？」
シュラインがそう提案すると、発掘屋は一気に青ざめた顔で彼女を見返した。
戻って来たデリクと並んで、シュラインは緊張した面持ちの発掘屋を見つめた。彼は今、ゴーグルをかけてあの白い獣と対峙していた。
発掘屋はふるふると震える手を伸ばして虚空を撫でた。その時微かに、獣の息遣いが聞こえたような気がした。一度シュラインに視線を寄越した彼に頷いてみせると、彼は唾を飲み下した後ゆっくりと一歩を踏み出した。
扉を押し開けるような動作をして歩き出した発掘屋は、突如ばっと走り始めた。そして二人の前に倒れ込んで地面に両手をついた。
「どうしたの？」大丈夫？ とシュラインは訊ねた。
「こ……」
「こ？」
「腰抜けた……」
最後の最後で呆れるようなヘタレ振りを発揮した彼を助け起こしながら、とりあえず救出出来て良かった、とシュラインは安堵の息を漏らした。
工事現場の想いのようなものなのかと思ったのよ、と「コバヤシ」に戻ってからシュラインが言うと、発掘屋は先に言ってよ、とカウンターに項垂れた。
「すっげ怖かったんだから」
「助けてもらった分際でそういう事言うなよヘタレ」
スズキが言い捨てると、お前が偉そうな事言うな、と発掘屋は言い返した。しかし、デリクが工事現場からそのまま駅へと向かった為、腰が抜けた彼をここまで運んだのは他でもないスズキだった所為か、何か拗ねているような口調だった。
「女史、ありがとね」
あと、ごめんね、と発掘屋は呟いた。シュラインは首を振る。今飲んでいるコーヒーも、当初の目的である珈琲豆も、どちらも発掘屋の奢りだったから、寧ろお礼を言うのは自分の方かもしれないとシュラインは思った。
「思ったより素直に通してくれたし、良かったじゃない」
「頭撫でれば通してくれたしなぁ」
「だからってもう一度行ってまた閉じ込められたりしないでね」
シュラインがそう言ってにこっと微笑むと、発掘屋は図星だったのかぐっと言葉に詰まった。
「じゃあ、そろそろ帰ります」コーヒーを飲み干すと、シュラインは一同に言った。
「シュラインさん、ありがとうございました」
「気を付けて。またおいで」
「ほんとにありがとね。また来てね」
口々に言う彼らに微笑みを返し、立ち上がったシュラインは珈琲豆の入った袋を持って「コバヤシ」を後にした。
ドアに提げられたベルが、カラン、と高い音を立てた。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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［ＰＣ］
・デリク・オーロフ 【3432／男／31歳／魔術師】
・シュライン・エマ 【0086／女／26歳／翻訳家＆幽霊作家＋草間興信所事務員】
［ＮＰＣ］
・スズキ
・発掘屋
・ツバクラ
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■ ライター通信 ■
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シュライン・エマ様
この度は「腰が抜けました、オーバー？」にご参加いただきありがとうございました。ライターのsiiharaです。
大変お待たせしてしまい申し訳ありませんでした…！
プレイングの「お腹が〜」の所を読んだ時、さすが皆の優しいお母さん(?）シュラインさんだなぁ、と思いました。シュラインさんの優しさはいつも身に沁みます。
それでは、今回はこの辺で。機会がありましたらまたお越し下さいませ。
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