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貴方のお伴に 〜Make Heart〜
今日は朝からずっと、お日様を見てないな。
灰色というよりはむしろ、黒に近い色。そんな雲たちで染まった空を見上げて、みなもは心の中で呟いた。
天気が悪いと、いまいち気分も乗らない。不思議なものだ。
それでも、せっかくのオフの日。学校も休日で、バイトも入れてない。そんな日だから、ただ家で過ごすのはもったいない。
半ば自分を鼓舞するようにして、折り畳み傘を持って、家を出た。
とは言っても、目指す場所は慣れ親しんだ人たちがいるところ。
いつものように見えてくる、蔦のからまった、いかにもな洋館。
その門には、『久々津館』と書かれた札が下がっている。
「こんにちは〜」
ロビーに入って、声を掛ける。そこに人の姿はないが、さすがに開け放しのまま留守ということはないだろう。
「みなもサン、いらっしゃいませ」
――っ!
いきなり背後から声がした。振り返ると、目の前に炬の顔。それでまた驚いて、数歩、後ずさってしまう。
「どうか、しましたカ?」
まだ少し癖の残る口調で、不思議そうな顔をしながら聞いてくる。それは、彼女にとっては素朴な疑問なのだろう。
「あのね、足音もさせずに突然に背後から声を掛けられたら、誰だってびっくりするの。あたしだから大丈夫でしたけど、他のお客さんだったら、逃げちゃいますよ?」
嗜める。気が回るようで、まだどこかアンバランスだ。でも分かる。日々、変わっていく。より、人間らしくなっていく。
自分は変わっているのだろうかと、炬を見るたびに思わせられる。どうも世話を焼きたくなる。彼女にはそう思わせる何かがあるのかもしれない。
「分かりました。それデ、本日は?」
改めて聞かれて、思い出す。用件もちゃんとあるのだ。
「レティシアさんは、こちらにいます? 向かいの店、閉まっていたんで……」
向かいにある店――アンティークドールショップ『パンドラ』の店主にして、この久々津館の住人、レティシア・リュプリケ。今日は彼女に用があってきたのだ。あいにく店は閉まっていたが、それならここにいる可能性が高いはず。いなければ、出直せばいいし、炬とまったり過ごしてもいいかな、と思う。
「はい。今日はなんだか働く気がしない、って言っテました。呼んできますね」
いいんだろうか、そんなことで。
まあ、元々どうやって生計を立てているのか分からない人たちではあるが――。
おとなしく待っていると、ほどなくして、炬が戻ってくる。その後ろには、炬よりも背の高い彼女――レティシア・リュプリケのたおやかな金髪が揺れていた。
「ハロー、みなも! 元気だった? 暇してたのよ、ちょうど良かった。お茶の準備させるわね!」
その言葉を聞いて、さっと炬が身を翻し、廊下の奥に消えていく。たぶん、お茶を淹れにいったのだろう。この辺りは、さすがに阿吽の呼吸。
そして、いつもの応接室へと案内される。ふかふかのソファーに座ると、レティシアも向かい合わせになるようにして腰を下ろした。
「で――調子はどう? あれから」
いつも艶やかでにこやかで穏やかな瞳が、少しだけ真剣味を帯びる。何が――という問いは必要なかった。それは十二分に理解している。以前、久々津館のお世話になったときのことだ。
ふと通りすがりに拾った、雛人形。その魂を取り込んでしまって。同調してしまって、危うく人形に乗っ取られるところだった。
久々津館の皆のおかげもあって助かったけれど。魂が混ざり合って溶け合ってしまった以上、それを完全に取り除くことはできなくて。
しばらくは気を抜いたり弱気になったりすると、身体の人形化が起こったりもしていた。だがここ最近は魂も身体も状況に慣れて安定してきたのか、そんなこともほとんどない。また、起きたとしても部分的なものなら、気合――要するに意識をしっかりと保つようにすることで、自力で戻せるようにもなっていた。
慣れの力って恐ろしい。
そこまで一気に話して、レティシアの顔を仰ぎ見る。
笑顔が戻っていた。傍目にも分かる、滲み出ている感情――それは、安堵。心配していてくれたのだ。心配をかけさせていたとも言う。
良かったわ。そんな優しい声を掛けられて。嬉しくて――一方で、申し訳なくも思う。
そんな気持ちが綯い交ぜになって、溢れる。
こういうところが、弱いんだろうか。自分でもそう思う。
でも、だからこそ。初心を思い出そうと思って、今日はここへ来たんだ。
「随分前ですけど、言ってましたよね、レティシアさん。人形に成る方法――教えてくれるって。メイクの仕方を、って」
上目遣いに、覗き込むようにレティシアと目を合わせる。覚えているだろうか。以前、今この場にはいないもう一人の久々津館の住人、鴉に相談したときに約束したこと。
人形に成る方法の一つとして、そういったメイクの仕方を教えてくれると言ったことを。
数秒の間を置いて。
ぽんっ、と小気味良い音がした。レティシアが手を打ったのだった。
「そういえば、そんなことも言ってたわね、確かに。いーわよぅ、暇を持て余してたことだし、じっくり教えて・あ・げ・る」
そう言って、ウインクを一つ。それは、大抵の男ならそれだけで参ってしまうような魅力的な仕草だったけれど。
みなもは何故か――嫌な予感を覚えるのだった。
「まずは、基本的な道具の使い方だけ教えるから、自分の思うように色々試してみて」
レティシアの楽しそうな声が響く。みなもにはどこか悪戯っぽく聞こえる。そんなこと言われたって、うまくやれるはずがない。普通の化粧だって、あんまりしたことがないのに。
それでも鏡を見ながら、試行錯誤してみる。
でも、やっぱり。
一つの失敗をカバーしようとして、余計ひどくなる。やり直す。そんな繰り返し。
……歌舞伎の隈取りかこれは。
我ながら、酷い出来だ。
洗い流さないと。
「ぷーっっ! なにそれなにそれ! これから歌舞伎にでも出るの? 見せて見せて、じっくり見せて!」
大きな声が、部屋いっぱいに広がる。そして、これでもか、と言うくらいにけたたましく笑う。
久々津館の皆以上に聴き慣れた声。それでいて、ここで聴くはずのない声。
「な、なんでマリー連れてきてんですかっ!」
そこには、自宅の部屋で待っているはずの人形、マリーがいた。意識を持ち、喋る人形。けれど、自分で動くことまではできない。今も、全身黒尽くめの男――鴉に抱きかかえられていた。座っているみなもよりも高い位置から、見下ろすようにして爆笑し続けている。
「人形を笑い殺すなんて、どんな特殊能力身につけてんのよほんとっ……! あーしかし、突然何かと思ったけど、来てよかったうん。こんなもの見れるなんて」
なおもくすくすと笑いが燻り続けるマリー。鴉は、笑い続ける彼女をみなもの前に座らせる。
「どうやって連れてきたんですか……」
脱力しながら、鴉に問う。
「いやあ、ノリのいいご家族ね。経緯を話したら、是非って。面白がって、マリーをすぐに渡してくれたみたいよ」
答えはレティシアから返ってきた。余計なノリの悪さだ、それは。
メイクを落とすと、マリーは心底残念そうな声をあげた。そんな彼女を睨みつけては見るが、相手は人形だ。それでたじろぐわけでもない。
けれど。
次の一言で、立場は逆転した。
「ん、やっぱり自分の顔だとなかなか難しいみたいね。ってことで、練習として、人形の顔を使ってメイクしてみましょうか。元々人形の顔だけだから、人形らしく見せる、ってところのポイントも単純になるしね」
笑いがマリーから移ったかのように微笑み――というかにやにやしながらの、レティシアの言葉だった。
マリーの声がぴたりと止む。
「それって……え?」
みなもには、正面に座る球体関節人形の目が、見開かれるようにさえ感じた。
にっこりと、笑う。今日一番の笑顔だろうと、自分でも思った。
「はい! たっぷり、色々、試しながら頑張ってみます!」
元気良く答えてあげる。マリーの硝子の瞳を正面から見据えながら。
「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
精一杯の悲鳴を上げるマリー。しかし、彼女にできる抵抗はそれだけだった。
それから日が沈むまで、熱中して、笑いあって、目一杯楽しみながら、メイクの勉強をした。
帰りも鴉にマリーを担いでもらって。
レティシアの見送りを受ける。
「笑顔が、一番の良薬なのよ、心にはね」
そうして二人と一体の姿が小さくなった頃。
手を振りながら、誰にも聞こえない程度に、レティシアは呟くのだった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
【1252/海原・みなも/女性/13歳/中学生】
【NPC/炬(カガリ)/女性/23歳/人形博物館管理人】
【NPC/レティシア・リュプリケ/女性/24歳/アンティークドールショップ経営】
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■ ライター通信 ■
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度々のご依頼、ありがとうございます。
どんな雰囲気・コンセプトで行こうか迷ったのですが、今回は明るめにいっておきました。撮影会以来の――というか、撮影会のノベルと同じような雰囲気になってしまいましたが、いかがでしたでしょうか。
では、今後とも、宜しくお願いします。
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