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<東京怪談・PCゲームノベル>


宵祭り

◆夕焼けの廊下で

「だから何なんだよ畜生――ッ!!!!」
セツカは心の底から絶叫した。
夕焼けに染まる放課後の校内には、自分達以外に人の気配はない。
こう見えて陸上には自信がある。けど、だからって別に走るのが好きなわけじゃない。
茜色に色づく廊下を全力疾走しながらセツカは胸中で舌打ちした。
そもそも、何だってこんなことになったんだろう。
ちらと背後を振り返る。そこにいたのは、つい先程までふざけあっていたクラスメイトがいた。
木下、結城、それに斉藤。親友とまではいかないがつるむには気の良い奴らだ。
ただそれは、彼らがセツカを襲わなければの話である。

最後におかしくなったのは斉藤だった。
笑っていたのが突然無表情になったかと思いきや、いきなりカッターナイフで襲い掛かってきた。
動揺するセツカに、木下と結城からも表情が消え、各々モップだの椅子だのでいきなり攻撃を仕掛けてきたのである。

……で、今に至る。
セツカがいくら呼びかけても聞く耳持たず。身の危険を感じたセツカは、ただひたすら駆けていた。
「っおい、目ェ覚ませ!!木下、結城!斉藤っ!!」
必死に呼びかけるが、応えるどころか彼らは空ろに呻くばかりだ。
思い余って殴ってしまったが、怯むどころか痛みを感じていないらしい様子だった。
「くそ――!おい、いい加減にしろ!!」
(何でこんな突然――俺が何かしたのかよ!?)
「うぁ……ぁああア…………!」
「っ!結城!?」
背後の声に正気を取り戻したかと期待するが、結城の瞳に光は戻らない。
「結城、おい結城……!しっかりし、っうぉわああ!?」

ぶん、と風を切る音と共に頭上を何かが思いっきり飛んだ。
咄嗟に反射神経だけでそれを避け、直後にガシャーンと盛大な音が辺りに響き渡る。
最早考えるまでもなかった。
一歩先んじていた木下が椅子を放り投げ、セツカの向こうにある窓を突き破って校庭へと落ちたのだ。
「っざけんなよ、おい!!」
セツカは再び走り出した。
誰もいない廊下をただひたすら真っ直ぐ――

(そうだ、職員室!!この時間ならまだ誰か残ってるはず……!)
階段があるはずだった。
あともう少し。
あともう少し走れば階段があって下の階に降りればきっと、

(……階段って、こんな遠かったっけ?)

唐突に、すごく嫌な予感がした。
何がどうというわけじゃない。ただ何となく、セツカの中の何かが強い警鐘を鳴らす。
セツカは速度を上げた。教室を一つ過ぎ、二つ過ぎ、三つ過ぎ、四つ――

「な……何で、階段がないんだよ…………!?」

ここに至り、ようやくセツカは状況の異常さに気付いた。気付いてしまった。
三人は追撃の手を緩めない。彼らが本気でセツカを襲おうとしているのは既に身に染みてしまっている。
いや、そんなはずはない。絶対に何かあるはずだ。
階段に辿り着けないなんてそんな非現実的な――
(って、そういや前もこんなことあったっけ!)

「おい、勘弁しろよ!目ェ覚ませ、木下!!」

木下は呻きもしなかった。他の二名にも、やはり反応はない。

「くそ、先生!誰か!……誰か、誰でもいいから出て来いよ!誰もいないのか!?」
そこで唐突に――ピリリリリリリ、と間の抜けた電子音が鳴り響いた。
「っ!?……って、俺か!」
だだだだだ、とひたすら廊下を走りながらセツカはどうにか携帯電話を取り出す。
ディスプレイに映し出された名前は見覚えのあるものだった。

「はいっ!もしもし!?」
『……セツカさんですか?こんにちは。今、大丈夫でしょうか』
「隠岐さん!!?…おわっ!?てっめ……、いやすんません大丈夫じゃないです!!」
『まあまあ、大変そうですね』
隙を見て襲い掛かる斉藤を咄嗟に避けつつセツカは命からがら応えた。
電話の相手は、シスター――隠岐智恵美だ。
この間謎の変質者に襲われかけたところを救ってもらった、セツカにとってはまさに聖母のような女性である。
それが縁でついこの間携帯の番号を交換したのだった。
おっとりと言う智恵美の声には、相変わらず緊張感というものが欠けている。
『今どちらですか?』
「学校!ちょ、今はちょっと、後でかけ直して……っていや!違う、違わないけどええと」
『セツカさん、少し落ち着いて下さい。学校にいるんですね?襲われているんですか?』
「そ、そう、そうなんだよ!!何かダチが急に!隠岐さん!俺何かしました!?」
『あらあら……ケンカですか?』
「え?え、ええええ?ケンカなのかな……」

瞬間、身体が本能で危機を察知した。
文字通り転がるようにして避ける――軽い音と共に廊下に転がったものに、さあっと血の気が引いていく。
つい先程までセツカがいた空間を疾ったのは、包丁だった。多分家庭科室に置いてあったやつ。

「ケンカじゃないです!!たっ、助けて下さい!!助けてくださーい!!」

セツカはプライドを捨てた。

『まあ、困りましたね。敵は祈月さんですか?』
「ち、違っ……俺のクラスの奴らなんすけどっ、何か急に階段がなくて先生もいねーし!訳分かんねー!」
『分かりました。セツカさん、近くの教室に逃げ込んで隠れることは出来そうですか?』

智恵美のアドバイスに、セツカは視線を背後に投げる。
今は大分距離が出来たが、廊下は一直線で彼らの位置からはセツカがよく見える。
逃げ込んだところで居場所をすぐに特定されてしまいそうだった。
おまけに何故か階段に辿り着けないので、職員室に逃げ込むことも出来ない。

「無理です!!!」
『では、そのまま走って逃げていて下さい。今そちらに向かいます。……出来ますか?』
「わ、分かりました……やってみます!」
『すぐに行きます。出来るだけ逃げ続けて下さいね』

智恵美は簡単そうに無茶なことを言うと電話を切った。
ともあれ落ち着き払った智恵美の声を聞いたことで、セツカの中に冷静さが戻ってきつつあった。
どれだけ時間がかかるかは分からないが、この間の『影』よりは人間が相手なほうがマシな気もする。
……話が通じないことは変わらないが。
智恵美が来るまで一時間程だろうか。

「くそ……!また鬼ごっこかよ!!」

吼えると、セツカは走る速度を上げていく。



◆空を翔る

電話を切ると、智恵美は天を仰ぎ――そして、『跳んだ』。
闘気術で地を蹴ると、常人では考えられないほどの跳躍力で空へと躍り出る。
たん、と軽い足音と共に次の瞬間智恵美の姿はその場から消えていた。

意識を集中すると、セツカに渡した護符にかけた感知魔法が彼の居所を智恵美に知らせてくれる。
セツカにはどうやら予知能力があるらしい。
本人にその自覚はないようだが、それが原因で狙われているのは明らかだった。
前回、祈月と名乗った影使いに襲われたところを助けた際に連絡先を交換し、“お守り”と称して護符を渡していたのである。

『え、これ……ええっと?』
怪訝そうなセツカに、智恵美は微笑んで頷いた。
『お守りです。肌身離さず持っておくといいでしょう。何かあった時のために』
『……分かりました。ありがとうございます』
案外素直に受け取ると、セツカは早速懐へとしまった。
ちゃんと言った通りに持ち歩いていたらしい。
『あの、今日は本当にありがとうございましたっ』
『また何かあったら連絡を下さい。力になりますよ』

そう言って手を振って別れたのが数日前。
(こんなに早く二度目の襲撃があるとは……あの方、どうやら本気のようですね)

護符にはセツカの近くで怪しい霊力や妖力が感じられた時に智恵美に感知出来るように感知魔法をかけてある。
智恵美は自身に不可視魔法をかけると、ビルからビルづたいに駆けた。
常人には一陣の風としか認識出来なかっただろう。
車と違い渋滞の心配がない高速移動術で智恵美は暮れなずむ街を駆けていく。
護符の反応は徐々に近づいてきている。智恵美はセツカの通う高校へと向かっていった。
――程なく、学校が姿を現した。
智恵美は眉を寄せる。あの学校の周囲にある異様な霊力――空間を圧迫し、歪めている何かがある。
恐らく核となる何かを破壊すればあの“結界”は解けるはずだったが、セツカにそんな余裕はなさそうだった。
それこそが敵の狙いだろう。
だが――こういった己の力を過信した結界は、外部からの介入に弱い。

「さて、急ぎましょうか」

智恵美は意識を尖らせた。
刃のように感覚が鋭く尖っていく。やがて心身に“力”の気配を感じ、智恵美は術式を鮮やかに織り上げていく。
神聖魔法。
歪んだ空間に一筋、光明が射した。


◆白昼夢

瞬間、光に目を焼かれてセツカは足を止めていた。
(っ……!?)
耳鳴りがする。ピシピシッ、と何かに亀裂が入るような音――
(敵か!?)
だが、目の前に姿を現したのは、智恵美だった。
(隠岐さん!?え、どう……!?)
ここは三階だ。だというのに、まるで窓から溶け出してきたようだった。
智恵美はにこりとセツカに微笑みかけると、すぐ間近まで迫ってきていた三人へと向き直る。
手を掲げ、ものの数秒もかからなかった。
糸が切れるように三人の顔から力が抜け、たちまちクラスメイトは廊下に倒れ伏す。
何が起こったか分からなかったが智恵美が何かをしたのは明らかだった。
智恵美はセツカへと向き直り、そして……

――大丈夫ですか?


そこで、はっと我に返った。
目の前には廊下。夕焼け。
(……バケツが飛んでくる!)
セツカは咄嗟に身を屈めていた。その一瞬後、セツカが『視た』通りにバケツが飛んでいく。
振り返ると木下、斉藤、結城が変わらずセツカを追ってきていた。
「な、何だ……白昼夢か!?」
ぼさっと突っ立っている場合じゃない。
智恵美を待ち望むあまり幻覚でも見たらしい。セツカは再び走り出した。
既に階段に辿り着くことは諦めている。

もうどれほど経っただろう。時間の感覚が分からなかった。
一分しか経っていないようにも、一時間ほど経っているような気もする。
(俺は――)

瞬間、光に目を焼かれてセツカは足を止めていた。
「っ……!?」
耳鳴りがする。ピシピシッ、と何かに亀裂が入るような音――
「敵か!?」
空間が歪んでいく。
警戒に身を固くしたが、目の前に姿を現したのは智恵美だった。
「隠岐さん!?え、どう……!?」
ここは三階だ。だというのに、まるで窓から溶け出してきたようだった。
智恵美はにこりとセツカに微笑みかけると、すぐ間近まで迫ってきていた三人へと向き直る。
(……え?)
何かがおかしい。
俺はこの光景を、さっき『視た』ような……
智恵美が追っ手へとゆるりと手を掲げた。
ものの数秒もかからない。
まるでふつりと糸が切れるように三人の顔から力が抜け、三人は廊下に倒れ伏していた。
考えるまでも無く智恵美が何かをしたのは明らかだった。
智恵美はセツカへと向き直り、そして……

「大丈夫ですか?」
「俺は平気だよ」

智恵美が言葉を発すると同時に、セツカはいらえを返していた。
「え?」
「あ……」
きょとんと智恵美が目を丸くする。
(今。今のは、一体……)
「あ……、は、早かったね、隠岐さん」
「――ええ。急いで来ちゃいました」
智恵美は何事もなかったかのように微笑した。
「そうだ、木下!結城、斉藤っ!」
我に返るとセツカは友人達へと駆け寄っていく。
いつのまにか太陽は西に沈みかけていた。廊下に智恵美が長い影を作る。

見ると、すぐ前方には下の階へと通じる階段。
あれほど駆けていたのが馬鹿馬鹿しくなるような呆気なさだった。

「……襲撃者も退いたようですね」
「え?」
「いえ。怪我はありませんでしたか」
「あっ、うん……俺は平気ですけど。その、ありがとうございました」
「ご無事で何よりです」

智恵美はセツカと同じように三人へと屈みこんだ。


◆家路へと

目が覚めた三人は、狐につままれたような顔をしていた。
さりげなく問い質してみるも、全く記憶がないらしい。
そこにいたのはセツカの友人だ。
智恵美が三人を治療し、うまく言い包めて送り出す頃には既に日はとっぷりと落ちていて、用務員が見回りに来る時間帯になっていた。

「じゃあ、送っていきますね」
「何か、すいません……迷惑かけちゃったみたいで」
「困った時はお互い様ですよ」

智恵美はにっこりと微笑む。
住み慣れたアパートに向かいながら、セツカは考えていた。そしておずおずと口を開く。

「……なあ、隠岐さん。訊いてもいい?」
「はい、どうぞ」

智恵美はいつものように微笑んでいる。
どこか掴みどころのない人だが、信用に値するとは思う。
何より、セツカには他に縋れる人が誰もいなかった。

「俺……さっき、変な白昼夢見たんだ」
「……。白昼夢、ですか」
「うん。あの時……俺、隠岐さんが来るの、見えたような……気がするんだけど」

言葉にすると途端に胡散臭く聞こえる気がする。
(これじゃまるで……)
何をバカなことを言っているんだろう、自分は。
「セツカさん。……それは、多分…………」
智恵美が何かを言いかけたその時だった。


「あ…っ!兄さん、お帰りなさい」


「え……あ、悠月!?」
その姿にセツカは驚いて声を上げる。
慌てて駆け寄るとセツカは眉を寄せた。
「おい、あんまり出歩くなって言ったろ?しかもこんな時間に」
「ごめんなさい兄さん。早く帰ってこないかなーと思って」
「お前なあ……」
「まあまあセツカさん。きっと心配していたんですよ」
智恵美が宥めるように言うと、セツカもそれ以上は怒れない。
少女――悠月(ゆづき)は右足を引きずりながら、困ったように笑った。
「心配しすぎだわ。それより兄さん、そちらの方は……?」
「あっ、ええと、隠岐智恵美さん。今日ちょっと助けてもらったんだ」
セツカは慌てて智恵美に向き直ると、今度は悠月を指して紹介する。
「隠岐さん、こいつは俺の妹の悠月っていうんだ」
「初めまして、隠岐さん。兄さんがお世話になっております」
「まあ、ご丁寧に。初めまして、隠岐と申します」
智恵美が微笑して一礼した。

悠月も慌ててぺこりと頭を下げる。
妹の悠月は生まれつき足が悪い。右足がうまく動かせず、走ることが出来ない身体だった。
本来なら車椅子に乗せたいところだが、主治医から適度な運動を進められており、普段は松葉杖で過ごしている。

「せっかくいらしたんですから、上がって頂いたら。ね、兄さん?」
「ああ、そのつもり。隠岐さん、お茶でも飲んでいって下さい。大したもの出せないけど」

智恵美は「まあ、ありがとうございます」とおっとりと答えた。
夜闇の向こうにセツカのアパートが見える。
セツカはいつものように悠月の手を取って支えてやる。
そうして三人は一歩一歩、セツカの家へと向かっていったのだった。

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◆登場人物
2390 | 隠岐・智恵美 | 女性 | 46歳 | 教会のシスター

◆ライター通信

初めまして、ライターの蒼牙大樹と申します。
この度はゲームノベル【宵祭り】にご参加頂きましてありがとうございました。
二度目のご参加ありがとうございます!
颯爽としたプレイに気持ちよく執筆させて頂きました。
セツカも大分隠岐様を信頼しつつあるようです。
いかがでしたでしょうか。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
またどこかでセツカを見かけたら構ってあげて下さいませ。

それでは、またお会い出来ることを心よりお待ちしております。

蒼牙大樹


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