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闇に散る華
部活で遅くなった帰り道。
目の前には、白衣を着た銀髪の男とチャイナドレスの少女という、妙な取り合わせ。
彼らに名前を尋ねられたみなもは、どう答えるべきだろうかと当惑する。
真名を教えるのは、危険かもしれない。
青年の名乗る守護師というものはよくわからないが、言霊師……つまり言霊を操るという少女がいるのだ。
――だけど……異端と見れば排除しようとする人間に比べて、人外のものは理由もなく襲いかかるようなことはない……はずだ。
「海原 みなも、です」
異質な空気に気圧されながらも答えると、司鬼と名乗った銀髪の男が値踏みするようにみなもに目をやった。
「えっと、とりあえず……場所を変えませんか。立ち話もなんですし」
夜道とはいえ、あまりに目立つ3人組。
それも会話の内容も不穏となれば、道端で話すのはよくない。
それに腰を落ち着けて、静かに話をしてみたい気もした。
自宅に電話を入れた後、飲み物を買って公園のベンチに座る。
みなもの横には少女、ミコトが腰を降ろし、司鬼は正面に立ったまま2人を見ている。
「……闇の匂い、か。確かに人間ではないようだが」
不意に、男の方がぽつりとつぶやいた。
「あ、はい……あたし、人魚の末裔なんですけど。人魚って、『闇』になるんでしょうか」
「人魚か。水妖には水中に引きずり込んだり、船を沈ませたり、人を喰らうものがいるのは事実だな。特に美しい女の姿をしたものは人を惑わす」
「そんな……」
「勿論、ただの事例であって、お前がそうだといってるわけじゃない。人間が全て同じ行動をとるわけではないのと同じように、俺たちにも個々の考えや生き方があるからな。ただ……種族としての闇はある、ってだけのことだ」
ショックを受けるみなもに、司鬼が困ったような顔をして付け加える。
『俺たち』と『人間』でわけているということは、やはり彼も人ではないのだ。
そしておそらく、彼自身が闇に属するものなのだろう。
だけど……。
「――闇というのは一体、何なんですか」
彼らの言う闇の定義とは何なのか、それに対して一体何を思っているのか。
彼らは好意的に見えるが、その意図が見えないため、不安は拭いきれなかった。
『――水は、そもそも陰の気を含んでいる。大地や月、女、北に冬。また冷や湿、静かで受動的なものなどがそれに属する。そして陰の気とは、闇に通じるものでもあるのだ』
その問に、答えたのは、少女の方だった。
「陰の気、ですか。でも、それならその全てが悪いわけじゃあ……」
『無論、闇と悪とは必ずしも同一ではない』
キッパリとした返答に、みなもはほっと息をつく。
「あなたも……そうなんですね」
司鬼に向って声をかけると、彼は罰が悪そうに目をそらした。
闇であることを認めるのが嫌なのか、それとも悪ではないと言い切ることに照れがあるのか。
みなもには、後者であるように見えた。
「人間からして見れば、俺は悪だろうな。何せ、人喰いの鬼だから」
自嘲めいた言葉に、ミコトの表情が微かに曇るのを見た。
『もう鬼ではない。角を落としたのだ。司鬼は、人を喰らうことはない』
切実な様子のテレパシーは、どうやらみなもに向けられたようだった。
みなものことをじっと見つめ、彼をかばおうとしている。
「……事情はよくわかりませんけど、悪い方じゃない、というのはわかりますよ。でないと、こんな風に信頼されてるはずがないですから」
みなもは大丈夫、とばかりににっこりと微笑み返してやる。
今まで、色々な事件に巻き込まれたり、人外のものと出会うこともあった。
自身は人喰いの人魚などではなくとも、相手が人喰いだと言われたからといって怯えたり軽蔑したりするみなもではないのだ。
「――そんなことはいい。それよりも、闇の気配のことだが……まさか人魚だからという理由で呼び止めたわけでもないんだろう、ミコト」
軽い咳払いをして、いきなり話題を変える司鬼。
やはり、いい人扱いをされるのが苦手らしい。
『うむ、当人の持つ陰の気に紛れてはいるが、それとは別によくないもの……邪気を感じる。内部から発せられるものではないから、おそらく残り香だろうな』
「邪気って……」
「妖魔の持つ気質だが、この場合は悪意、と言った方が正しいだろうな。陰の気の中でも、悪に分類される方、ということだ。……何か心当たりは?」
司鬼に尋ねられ、みなもは首を振る。
ここ最近、何か異質なものと出会ったり巻き込まれたり……少なくとも恨まれるようなことをした覚えはない、はずだった。
だが不意に、はっと思い至る。
「――そういえば、昨日」
思わずつぶやくと、2人の視線がいっせいに集中する。
「あ、あの。関係あるかどうかはわからないんですけど……ちょっとだけ、妙な気配を感じたことは、あります」
「詳しく話してもらえるか」
促され、みなもはそのことについて語りだす。
昨日の夕方。友人が恋愛ごとの祈願をしたいというので、みなもは神社の付き合うことになった。
だが家に帰ってから鍵を落としてしまったことに気がつき、慌てて独り、神社へと戻っていく。
まだが暮れたばかりだったが、薄暗く人気のない境内は不気味な印象だった。
何か物音が聞こえた気がして、そちらに目をやる。
神社の周囲は深い森になっていて、完全に光を閉ざしていた。
静寂に包まれた森の中。
その暗闇から、誰かがこちらを見つめているような気がした。
しかしその気配は動くわけでもなく声をかけてくるわけでもない。
もしかしたら、気のせいなのかもしれない。
だが何者かが息を潜め、様子を窺っているのではないかと思うとぞっとする。
みなもはじりじりと後ずさりをして、それから勢いよく駆け出した。
「――それが悪意かどうかは、よくわかりませんけど。嫌な感じがしたのは確かです」
みなもが話し終えると、目の前の2人は真剣な様子で考え込んだ。
「神社の境内、か。廃寺や廃神社ならばわかるんだが……」
『妖魔の類と断定することはできんな。しかし、それが原因である可能性は高い。その神社に案内してはくれないだろうか』
ミコトの言葉を受け、みなもはうなずいた。
夜も深まっているせいか、神社は昨日よりも更に恐ろしいようだった。
みなもは寒気を覚えたが、今回は独りではない。
勇気を振り絞り、石段を登っていく。
ざわざわと木々が揺れ、フクロウの鳴き声が響いていた。
「――確かに、空気が悪いな」
司鬼が金色の瞳を光らせる。
みなもが妙な気配を感じた場所に案内すると、その奥に何か、揺らめくような明かりを見た。
「人魂……?」
不安げにつぶやくみなもの前に、司鬼が護るように立ちはだかる。
「いや、違う。あれは……」
『人間だ』
カァン、コォン。
何かを叩きつけるような音が聞こえ、光が激しく揺れる。
その音から、みなもも何事かを察した。
「丑の刻参り!」
思わず声をあげると、ビタリと音が鳴り止む。
そして憎悪に満ちた視線がこちらに向けられることを知った。
「逃げろ!」
司鬼の叫びに答えようにも、みなもは足がすくんでしまい、その場から動くことはできなかった。
ザザザ、と木々を駆け抜ける音が聞こえ、闇の中から黒い影と炎の明かりが飛び出してくる。
――その形相といったらなかった。
般若の面をそのまま模したような、恐ろしい表情。
五徳をはめた頭につけられた2本の蝋燭は角のようで、まさに鬼女、といった感じだった。
女は持っていた金槌を振りかざし、血走った目をして向ってくる。
叫び声すらあげられず、固まっているみなも。
その眼前で、司鬼が女の手をつかみ、取り押さえる。
「見たな、見たなぁっ」
しかしそれでも構うことなく、女は取り憑かれたかのように大暴れをしながら、みなものことを睨みつけている。
「――まいったな。人間の女とは、どうも加減がしにくい」
司鬼は困ったようにつぶやきながらも女から金槌を取り上げる。
「……鬼みたい……」
口にしてから、本当の鬼は彼自身だったのだと気づき、はっと口を塞ぐ。
「人が妄執に囚われ、闇に堕ちたものを鬼と呼ぶこともあるな。そういう意味では、この女も鬼なのかもしれない。生粋の鬼とは異なるがな」
申し訳なさそうなみなもを振り返り、司鬼はふっと微笑んだ。
その柔らかな笑みは、鬼のイメージとは程遠い。
例え人喰いであっても、人間である女より恐ろしいとは思えなかった。
『身に宿す闇と、心に宿す闇とは違う。人は、元々闇のものでもないのに闇に触れようとする。だから自らを制御しきれなくなるのだ』
身に宿した闇が性質ならば、心に宿す闇とは邪気のことなのだろうが。
人を恨み、妬み、憎悪を燃やす。
迫害された人外のものにも当てはまることはあるかもしれないが、怨念は、基本的に人間、もしくは人の魂である霊の持つものであるように思える。
「下見に来たか準備に来たかというところで、お前を見たんだろう。明るいところから暗闇は見えずとも、暗闇からはよく見える。そのときに向けられたものが、闇の匂いとして残ったんだろうな」
『こうした呪術は、人に見られてしまえば効力を失くす。ときには、自分の身に跳ね返ることもある。だからこそ……死に物狂いになるわけだ』
鬼気迫る表情を思い出し、みなもは改めてゾッとする。
あれは、悪意どころか殺意だった。
何もしていない、ただ見てしまったというだけで、自分は殺されてしまっていたかもしれないのだ。
「どうして……そこまでして、人を憎むんでしょうか」
同じ種族で憎みあい、殺しあおうとするのか。
縄張り争いを別とすれば、他のものにそれは見られない。
人を喰らう妖怪や魔物ですら、生きるための行為に他ならないというのに。
「それが、人間の不思議なところだ」
わからない。
そう思ってしまうのは、みなもが完全なる人ではないからなのだろうか。
それがよいことなのか悪いことなのか、それはわからなかった。
「……その人、どうするんですか」
「一応、邪気を簡単に祓ってはおく。だが……おそらく大した効果はないだろうな。人が人を憎むのは止めようがない。いずれまた、同じことをするのかもしれない」
人に害を与える妖魔は、退治される。
だけど彼らは人に害をなす人を、殺してしまう気はないのだ。
金槌と五徳を奪われ、ぐったりとした女を抱え上げ、司鬼はみなもを振り返る。
「――人の世界に生きるのなら、お前も気をつけるんだな。人魚には人喰いの伝説もあるが……それ以上に、人間に食われたという話の方が多い」
日本で有名な、八百比丘尼。中国などでも似たような話があるという。
人魚の肉を食べると不老不死になれる。
滋養強壮にいい。
そんな理由で、人に殺された人魚たちは多いのだ。
通常の食物連鎖とはまた違う、私利私欲による殺戮が……。
「はい。あなたも……」
気をつけて。
みなもの言葉に、司鬼は微笑み、うなずいた。
背を向けて立ち去る彼の後を追いかけていくミコト。
人間の少女と、人喰いの鬼。
共に生きるというのは、どんなにか難しいことだろう。
――それでも、選んだ道を進んでいくのだ。
お互いに……。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号:1252 / PC名:海原・みなも / 性別:女性 / 年齢:13歳 / 職業:中学生】
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■ ライター通信 ■
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海原 みなも様
いつもお世話になっております。ライターの青谷 圭です。ゲームノベル「闇に散る華」へのご参加、誠にありがとうございます。
お待たせしてしまい申し訳ありませんでした。
今回は彼らのいう闇の定義――人魚は闇に属するのか? などを含めつつ、人間と人ではないものとの差異についてを触れてみました。
妖魔が登場し、戦闘になることも考えましたが、『人間は異端を嫌う習性がある』ということもあるため、あえて人の持つ闇を扱うことにしましたが、いかがでしたでしょうか。
ご意見、ご感想などございましたら遠慮なくお申し出下さい。
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