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INNOCENCE // モテ期
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OPENING
軽く、お話してあげるだけで良い。
それで、きっと満足するだろうから。
そう言って両手を合わせ、何度も「オネガイ」と頼み込む。
何とも必死な、その姿に、うーんと苦笑…。
参ったな…。気乗りはしないけれど…。
そこまで頼まれちゃあ、断れないよ…。さすがに。
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「ありがとう。助かるよ。面倒だとは思うんだけど…ごめんね」
「ううん」
申し訳なさそうに笑う藤二に、微笑み返すシュライン。
シュラインに一目惚れしてしまったエージェントがいるらしく、
内向的な彼は、自分から誘ったりすることが出来ずに悩み倒し。
どうにかならないものか、と藤二に相談を持ちかけた。
とはいえ、シュラインには恋人…というか旦那がいる。
人妻に、こんな御願いをするなんて、笑止千万なことだ。
それは、理解っていたのだけれど。
彼女に惚れ込んだエージェントは、本気。
土下座までされちゃあ、敵わない。
失礼なことだな、とは思いつつも御願いしたのだけれど。
ありがたいことに、シュラインは承諾してくれた。
「食事だけで、良いのよね?」
上目遣いで見やって尋ねるシュライン。
藤二は「うん」と苦笑しながら返した。
はぁ…困ったな。まさか、こんなことになるなんて。
想われるのは在り難い事なんだけどね…。
ササッと懐から携帯を取り出し、武彦に連絡。
旦那に黙って、他の男と食事なんて出来るわけがない。
何かの間違いで紆余曲折して伝わったりしたら、大変なことになる。
やましいことがないからこそ、すぐさま連絡を入れるのだ。
『…はぁ。面倒くせぇなぁ』
「ご、ごめんね」
『いいけど。誘惑するなよ』
「するわけないでしょっ」
『っはは。わかってるよ〜』
「もう…」
『夕飯までには帰るんだぞ』
「はい」
事情を説明し、案の定…武彦は、からかった。
モテますね〜だとか、おめでとうございます〜だとか。
けれど、不安になったりはしない。
信じているし、自信があるから。
彼女が、自分以外の男になびくはずがない、と。
武彦に連絡を入れた後、シュラインはパタパタと自室へ向かう。
んもぅ、話が急すぎるのよ…。
藤二から伝えられた、食事の詳細。
こともあろうに、それは今日で。しかも昼食で。
事前に、シュラインに想いを寄せている男が店を予約しているらしく。
約束の時間は十三時で。今は、十二時半で…。
急いで支度して向かわなきゃ。
御待たせしちゃ、失礼だものね。
*
シュラインに一目惚れしたエージェント。
顔を見て、あぁ…とシュラインは思い出した。
以前、書庫で少し御話した男性だ。
好きなジャンルが同じってことで、ちょっと盛り上がったのよね。
ふわぁ…この人だったんだ。ちょっと意外。
書庫で言葉を交わした際に、彼の名前も聞かされている。
名前は、ノーヴさん。確か…二十五歳、だったかしら。
海斗くんや梨乃ちゃんと同じくらいだろうと思っていたから、
年齢を聞かされて、すごくビックリしたのよね。
予約した店で、シュラインを待っていたノーヴ。
地中海レストラン。とてもオシャレで、味も五つ星。
窓際の席で、異界海を眺めながら、二人でゆっくりと食事を…。
そう思っていたのに。ノーヴは肩透かしをくらっている。
なぜなら、シュラインの隣に…千華がいるから。
食事だけとはいえ、男性と二人きりになるのは抵抗がある。
相手が、どんな人なのかも知らされていなかったし、※聞きそびれた
武彦さん以外の男性に対する恐怖心は、いまだに拭えないしね。
そんなわけで、千華に同行を御願いしたシュライン。
シュラインの過去を知る千華は、迷うことなくOK。
千華は、優雅に紅茶を飲みつつ、異界海を眺めている。
(や、約束が違うじゃないかぁ…)
ガクッと肩を落とすノーヴ。
そんなノーヴを見やり、苦笑している藤二。
気になって、こっそりと尾行てきた。
離れたテーブルで新聞を読みつつ、藤二は苦笑している。
すまんな、ノーヴ。計算外だった。
まさか、千華を連れて行くとは思ってなくてな…。
お前は、二人きりで食事したかったんだろうけど…まぁ、諦めろ。
頑張れ。無理だけど。
藤二の、その声援を感じ取ったのか。
このままでは駄目だ、そう思ったノーヴは、シュラインに尋ねる。
「あ、あの。シュラインさん。この間、話してた新刊なんですけど…」
ドキドキしながら、必死に言葉を選び放ったノーヴ。
だが、残念ながらシュラインは、ぽーっとしていた。
(あ。藤二くんの音発見…。尾行てきたのね)
耳で捉えた音から、藤二が近くにいることを知る。
言ってくれれば、一緒に来たのに…。
こっそり尾行てくるなんて、悪趣味よねぇ。
まぁ、心配してくれてるんだろうけど…。
ぽーっとしたまま、返答しないシュライン。
千華はクスクス笑い、シュラインの手をツンツンと突く。
「シューちゃん。新刊の御話がしたいって」
「へ?あっ、あぁ!ごめんなさい」
我に返り、ペコッと頭を下げて謝罪を述べるシュライン。
まったくって無関心。心、ここにあらず。
駄目だ、こりゃ。まぁ、最初っから駄目だろうとは思っていたけど。
千華は隣で、藤二は離れたテーブルで、揃って苦笑した。
自分に対して、まったく興味を示さない。
それは、見て明らかなものだ。
ここまであからさまだと、逆に気持ち良い…わけがない。
ノーヴの目的は、ただ一緒に食事するだけじゃない。
いや、藤二には、そう言ったけれど。
それだけで満足するはずがない。
せっかく知り合えた。こうして知り合えたのも、何かの縁。
加えて、趣味が同じ…。もしも、一緒に、ずっと一緒にいられたなら。
きっと、いや、絶対に飽きない毎日を過ごせそうだ。
二人で仲良く本を読んで、疲れたら休憩して。
御茶を飲みながら、感想を言い合ったり、
その後の物語を想像してみたり。
考えただけで、顔がニマついてしまう。
(うん…やっぱり、駄目だ。僕は、このままじゃ…)
食事を終えたら、互いに違う家へと戻り、
また本部で顔を合わせたら、こんにちはと挨拶をして。
たまに一緒に仕事をして…その繰り返し。
それじゃあ、満足できないんです。
僕は、あなたを…。
「シュラインさん」
「はぃ?」
「僕と、お付き合いして頂けないでしょうか」
「え…?」
フォークを持ったまま、ぴしっと固まるシュライン。
いや、まぁ、気持ちは理解る。
意中の相手に、そうして想いや願いを伝えたくなるのは。
けれど、聞いていないのだろうか。シュラインは、既婚者だということを。
「えと…。すみません、私、結婚してるんです。けど…?」
「えっ!?」
目を丸くして驚くノーヴ。
かなり動揺している。やはり、聞かされていなかったようだ。
落としたナイフを自分で拾い上げ、目を泳がせるノーヴを見つつ、
シュラインは、はぁ…と小さな溜息を落とした。
藤二くん…何考えてるのかしら、ほんとにもう。
ま〜た、悪戯なんだろうけど…質が悪いわよ。もう…。
既婚であることは勿論だけれど、
未婚だったとしても、私の答えは変わらないわ。
想っているのは一人だけ。後にも先にも、一人だけなの。
こればかりは、どう足掻いても覆すことは出来ないの。
ごめんなさいね。
*
「…お疲れ様」
「うん…」
ポンとシュラインの肩を叩いて苦笑した千華。
はふぅと溜息を落とすシュラインは、精神的にキツい。
知らされていなかったことが、返って大ダメージを与える結果になったような…。
事実を聞かされてから、ノーヴはションボリと肩を落としていた。
がめつく、それでも良いです!なんて言えるわけもなく。
そうですか…と認めることしか、彼には出来ず。
これからも、お友達としては宜しく御願い…できますか?
遠慮がちに言ったノーヴに、シュラインは「もちろん」と答えた。
ありがとうございます、そう言うノーヴの笑顔が何とも切なくて。
心苦しいというか、申し訳ないというか…。
本当に、ごめんなさい。その想いで埋め尽くされて。
キツい思いをしたからには、それなりのお返しをしなくちゃ。
私よりも、彼のダメージのほうが遥かに上だと思うのよ。
お友達に、そんな思いをさせるなんて…酷い話じゃない?
「…ねぇ?藤二くん?」
クルリと振り返り、ニッコリと微笑むシュライン。
二人の後を、こそこそと歩いていた藤二は、ガサッと新聞で顔を覆い隠した。
隠れている、その表情には "マズイ…" が溢れていて。
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■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■
0086 / シュライン・エマ / ♀ / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
NPC / ディテクター(草間・武彦) / ♂ / 30歳 / IO2:エージェント(草間興信所の所長)
NPC / 赤坂・藤二 (あかさか・とうじ) / ♂ / 30歳 / INNOCENCE:エージェント
NPC / 青沢・千華 (あおさわ・ちか) / ♀ / 29歳 / INNOCENCE:エージェント
■■■■■ THANKS ■■■■■■■■■■■
こんにちは! おいでませ、毎度様です^^
是非また、御参加下さいませ…^^
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2008.06.11 / 櫻井 くろ (Kuro Sakurai)
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