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INNOCENCE // うめぼし
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OPENING
マスターから、直々に依頼された仕事。
ちょっと異質な、その仕事の詳細は、このメモに。
メモには、ズラリと記されている。
各エージェントの、嫌いな食べ物が…。
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▼ 海斗が嫌いな食べ物 "うめぼし"
梅干し……が苦手なのかぁ。ちょっと意外ね。
海斗くんって、すごくアクティブで動き回るコだから、
酸っぱいものとかも、パクパクいけちゃうんじゃないかと思ってたけど。
うーん……でも、うめぼしは、確かにちょっと異質かもね。
レモンの蜂蜜漬けとかは大丈夫なのかしら。
……果物好きだもんね、絶対大丈夫だと思うわ。
あの味が駄目なんだとしたら……パパッと何かに混ぜちゃえば良いわけで。
元々うめぼしって、大量に口に放るものじゃないしね。
まぁ、好きな人は、パクパク食べちゃうんだろうけど…。
と、いうわけで作ってみました。サッとね。
以前、レイちゃんと一緒に作った梅干しのレアチーズケーキ。
それから、蜂蜜漬けの梅干を、甘めの梅酒に浸したフランスパンの一枚と一緒にグラスに入れて凍らせたデザート。
で、仕上げというかトドメというか?
メインディッシュは、にくじゃがで御座いますよ。
梅干しを、ちょっとだけ入れると、ジャガイモが煮崩れしないの。
便利な上に、ちょっとしたアクセントにもなって、良いのよね、これ。
さぁて、海斗くん、は……と。
本部内をウロウロすること、五分。
二階テラスで、よだれを垂らしつつ昼寝中の海斗を発見。
いたいた……うっわぁ、すっごい気持ち良さそうに寝てる……。
起こすの、ちょっと可哀相かな。うーん、どうしよう。
目の前にしゃがみ、首を傾げるシュライン。
その気配を察したのか、海斗がふと目を覚ます。
「ふがっ。……ん?シュライン?どしたの……?」
寝ぼけ眼で、ぽけーっとしつつ尋ねる海斗。
シュラインは、ハンカチで海斗のよだれを拭ってやりつつクスクス笑う。
本当、子供よね。 まぁ、そういうとこが可愛いんだけども。
んー。寝起き早々、嫌いなものを克服……ってのも、酷かなぁ。
でも、警戒されちゃオシマイなのよね、これって。
チャンス、ということで、一つ。
「デザート作ったの。食べない?」
「マジで?食べるー」
目を擦りつつ、嬉しそうに柔らかく微笑む海斗。
シュラインが作るデザートの大ファンである彼が、断るわけもなく。
のそのそと起き上がり、後をついて来る。
んー。何だか心苦しいところだけど……お仕事だからね。仕方ないのよ。
「どうぞ。召し上がれ?」
「………」
テーブル、目の前に並んだ料理に、眉を寄せている海斗。
眠気なんて、一瞬で覚めた。覚めるに決まってる
額に、うっすらと滲む汗。 それは、冷や汗の類で。
テーブルの上には、デザートなんかじゃなく…うめぼし料理がズラリ。
パッと見ただけではわからないものもあるが、匂いでわかる。
レストランに充満している、うめぼしの匂い。
「シュライン。…これさぁ」
「だまされたと思って、食べてみて」
「………」
鼻を摘みながら言ったものの、即答されてしまった。
食べて?と言うシュラインは、満面の笑みだ。
自分の大嫌いな、うめぼしが使われた料理。
いつもなら、いらない!と言って逃げ出すけれど。
シュラインの笑顔に、何とも言えぬ迫力がある。
いつもどおり柔らかく優しい口調ではあるものの、
そこはかとなく、鋭いような、重いような。
結局のところ「食べなさい」と命じられているようなものだ。
ここで逆らうと、余計に面倒なことになりそう。
それこそ、うめぼしを丸ごと口にツッこまれたりするかもしれない。
それだけは、勘弁…。 ※そこまで酷いこと、彼女はしません。
仕方ない…死ぬ気になって…食べてみよう。
意を決し、料理を口に運ぶ努力。恐怖から、震える手。
口に、鼻に少しずつ近付く度に、うめぼしの匂いはグングン増していく。
(うぉおおおおおお……)
零しそうになりつつも、ぱくっと一口…。
すぐさま吐き出せるように、開いた方の手には小皿がスタンバイされている。
美味しくないんだよ、お前は。
わかりきってるんだよ、そんなことは。
俺は、俺は、俺は、お前が大嫌いなんだよぉぉぉ……。
「……ん?」
口に入れた、肉じゃがの味に、キョトンと首を傾げる海斗。
あれ。おかしーな。そんなはずない。
信じられず、もう一度口に運ぶ。
もっかい。美味しくないんだよ、お前は。
わかりきってるんだよ、そんなことは。
俺は、俺は、俺は、お前が大嫌いなんだよぉぉぉぅ……。
「……あり?」
けれど、何度口に放っても、美味しいまま。
一体、どうしたことか。何事か。
確かに、ほんのりと、うめぼしの味はする。
料理に使われていることは明らかだ。
いつもなら、ベッと吐き出す。すぐさま。
梨乃や千華に汚いと叱られても、それでも吐き出す。
絶えられないから、どうしようもない。
けど、何故だろう。吐き出そうとしない自分がいる。
それどころか、もっともっと、と…次々と口に運んでしまったり。
おかしいな、美味しいわけないのにな。
そう思っているのだろう。
料理を口に運ぶ海斗は、ずっと不思議そうな顔をしている。
確かめるように何度も運ぶことで、料理は、どんどん減っていって…。
あっという間に、完食状態に。
うんうん。やっぱりね。
疲れてるとき、身体は塩味や酸味を求めるもの。
その効果もあって、ほんのり程度の味なら気にならなかったのね。
食べるスピードも、かなりのものだったし…。
美味しいって少しでも思えたなら、作戦は成功ね。
丸ごと食べなさいとは言わないわ。
そんな風に食べる必要は、ないんだから。
こうして、ちょっとしたアクセントで。
これからは、食事がもっと楽しくなるわよ。きっと。
「うぉぃ……全部食っちゃった」
「ふふ。お粗末様」
「うめぼし、使ってたよね?」
「うん。ふんだんに。ってわけでもないけどね」
「ふつーに美味かった。やべぇ、どーしよう」
「あははっ。ヤバくないでしょ、別に」
「や……何か、フクザツな心境だよ、これ」
空になった皿を見やり苦笑する海斗。
そりゃあ、そうだ。
いとも容易く、克服できてしまったのだから。
食わず嫌い……とは、少し違うかな。
食べて、美味しくないと思ったから口にしてこなかったわけで。
そう、美味しくないと思ったから。
でも、美味しかったわけで。
だから全部、食べれたわけで。
「……何で美味いの?」
呆然としつつ、独り言のように呟いた海斗。
シュラインはクスクス笑い、レシピや、どんな使い方をしているかを教えてあげた。
元々、ぼっこぼこ食べるものじゃないからね、うめぼしは。
でも、食べれるようになったら、楽しめる料理も増えるし。
うめぼしのシャーベットとか、今度作ってあげるわ。
さわやかで、気に入るんじゃないかしら。
たくさん汗かいた後だったら、絶対に美味しいと思うし。ね。
見事、海斗が嫌いな食べ物『うめぼし』を克服させたシュライン。
他愛ない話をしつつ、心の中でシュラインは、にんまり。
よしよし、大成功ね。まず、一人目……と。
さぁて、次は……。
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0086 / シュライン・エマ / ♀ / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
NPC / 黒崎・海斗 (くろさき・かいと) / ♂ / 19歳 / INNOCENCE:エージェント
シナリオ参加、ありがとうございます。
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2008.06.18 / 櫻井 くろ (Kuro Sakurai)
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