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<東京怪談・PCゲームノベル>


INNOCENCE // にんじん

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 OPENING

 マスターから、直々に依頼された仕事。
 ちょっと異質な、その仕事の詳細は、このメモに。
 メモには、ズラリと記されている。
 各エージェントの、嫌いな食べ物が…。

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 ▼ 藤二が嫌いな食べ物 "にんじん"

 藤二くんはねぇ、別に、このままでも良いんじゃないかと思うの。
 ……なぁんて、苛めても仕方ないわよね。お仕事だし、全うしなきゃ。
 さて〜……どうしたものかしら。
 一番苦手なのが、にんじんゼリーらしいから……甘さが駄目なのかしらね。
 まぁ、今、お店で売ってる ニンジンって甘くて美味しいのよねぇ、どれも。
 それが駄目なんだとしたら……そうね、甘さをぼかしてみるのは、どうかしら。
 野菜嫌いを克服するには、その野菜を作るのが一番効率的なんだけれど、
 さすがに、ニンジンを育ててる時間はないわよね。
 というわけで、作ってみました。
 香草・生姜に混ぜ込んで包み焼いた、餃子で御座います。
 色も味も、そんなに気にならないとおも……。
「ちょ、ごめん。シュラインちゃん……これは……」
 テーブルに餃子を置いた瞬間、仰け反り苦笑した藤二。
 まぁ、何というか……この手の野菜嫌いは、
 どんなに小さくても、すぐさま、それを発見する能力を持っている。
 で、ちまちまと避けて食べたりするのだ。みみっちぃことに。
 やれやれ……と肩を竦め、しゃきーんとニンジン(丸ごと)を取り出すシュライン。
 ギョッとする藤二に、シュラインはニンジンを差し出す。マイクのように扱って。
「食べてくれるかな〜?」
「……い、いいとも」
 生ニンジンを突きつけられて、無理だなんていえるわけもない。
 生で食え、だなんていわれたら、マジで死んでしまう……。
 渋々、箸を手に取り餃子を摘む。
 恐怖から、プルプルと震える手……。
 すぐさま吐き出せるようにと、小皿を手元に用意している。
 俺がね、こいつを嫌いになったのには、ちゃんと理由があるんだ。
 昔はさ、普通に食えたんだよ。 美味しくね。
 けど、イノセンスに入って、半年後くらいだったかな。
 千華がさ、にんじんゼリーを作ったんだよ。腕によりをかけて。
 相当自信があったみたいでさ。 すごい笑顔だったわけよ。
 元々、あいつって料理が下手ってこともなくてさ。
 まぁ、梨乃には敵わないんだけど、それなりに上手だったわけよ。
 だから、何の抵抗もなく口に運んだわけだ。
 けどなぁ、すさまじかったんだよ。 何がって、味が。
 一体、何をどうしたら、こんなに不味くなるの? ってくらいに激マズでね。
 しかも、あん時はさ、千華と付き合ってたってこともあって、
 美味しい? って微笑まれると、不味いだなんて返せるわけもなくて。
 死に物狂いで、全部食べたんだよ。
 で、結果……駄目になってしまったんだね、にんじんが。
 くだらない理由かもしれないけど、そういうもんでしょ。
 きっかけなんて、些細なことなんだよ。 いつだって何だって。
 その事件を機に、にんじん自体が駄目になってしまった藤二。
 特に、にんじんゼリーが駄目なのは、そういう理由があったかららしい。
 へぇ、なるほど。 そんな理由があったのね。
 素敵じゃない。 恋人にデザートを作るだなんて。
 千華さんも、可愛らしいことするのねぇ。
 でも、デザート作りは苦手だったと。 そういうことね。
 そういわれてみれば、千華が作ったデザートを口にしたことがない。
 普通の料理なら、何度か口にしたことはあるけれど。
 デザートは専門外、ってことになるのかな。
 でも、普通の料理は美味しいんだもの。
 何か、どこかで少しズレてるだけなのよね、きっと。
 今度、色々とレクチャーしてあげようっと。
「……お?」
 ギュッと固く目を瞑って、モグモグする餃子。
 だが、意外な感覚に藤二は目を丸くした。
 口に放った餃子は、普通に美味しい。
 そっと箸先で割ってみれば、確かに……憎きアイツが確認できる。
 なのに、美味しいと思えてしまう。
 あの事件から、嫌いだ!と貫きとおしてきたニンジンが、美味い。
 その事実に、藤二は驚きを隠せぬまま、餃子を次々と口に運ぶ。
 こうして、にんじんを美味しいと思えたのは、何十年ぶりか……。
「美味い、美味い」
 幸せそうに餃子を口に運ぶ藤二。
 その表情からは、感動が溢れていた。
 元々、好きだった食べ物なのだ。
 それが食べれなくなったことは、実に残念なことで。
 何度も克服しようと頑張ってはみた。
 確かに美味しかったんだ、美味しいから食べてたんだ。
 忘れてしまった、あの感覚を取り戻すことが出来れば、
 また美味しく食べることができるはずなんだ。
 そう思い努力はしてきたものの、駄目だった。
 刻み込まれた恐怖のようなものを払うのは、一筋縄ではいかなかったのだ。
 うん、やっぱり……ぼかして正解ね。
 あからさまに使ってます、って感じじゃなくて、
 さりげなく使ってみたのが効いたかな。
 苦手になった理由が些細なことだったのと同じく、
 それを払うことを可能にするキッカケも、些細なもので良かった。
 克服するぞ! と意気込む必要はなかったのだ。
 まるで、呪いが解かれたかのように、次々と餃子を口に運ぶ藤二。
 どんどん減っていく餃子に、シュラインは頬杖をついてクスクス笑う。
 他にも、そうねぇ……辛めのキンピラにしたりだとか、
 林檎との相性も良いから、混ぜてジュースにしたりだとか。
 そうして、少しずつ、慣れていけば問題ないと思うの。 
 慣れるっていうよりは、思い出させる感じかしら。
 何だか、精神療法みたいな感じよね、これ。
 生で食べろ、なんて言わないから。大丈夫よ。
 馬じゃないんだから、そんな風に食べる必要もないしね。
 っていうか、ヒトとして生まれてきたんだもの。
 色々な料理に使って、楽しまなくちゃ。特権よね。

 餃子を完食し、満足そうに微笑む藤二。
 見事、藤二が嫌い(になっていた)な食べ物『にんじん』を克服させたシュライン。
 よぅし。 これで三人目。サクサク進むわね。
 それにしても、にんじん嫌いに、そんな理由があったとは。
 御話のネタ・タネとして、有効活用できそうね。
 武彦さんに話したら、ケラケラ笑うんだろうな。ふふ。

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 0086 / シュライン・エマ / ♀ / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
 NPC / 赤坂・藤二 (あかさか・とうじ) / ♂ / 30歳 / INNOCENCE:エージェント

 シナリオ参加、ありがとうございます。
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 2008.06.19 / 櫻井 くろ (Kuro Sakurai)
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