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『宝物箱〜合鍵〜』
「兄さん、お部屋のお掃除をしていたのですが」
「おー」
草間・零の言葉に、草間・武彦は新聞を読みながら気のない返事を返す。
「ベッドの下に」
その言葉を聞いた途端、草間は新聞をぐしゃりと握りつぶした。
「おま……俺の、寝室の掃除をしていたのか!?」
「はい」
「部屋の掃除をする前には、声をかけてくれと言ってあったと思うがッ?」
「かけましたよ。そしたら、さっきみたいに「おー」と答えたじゃないですか」
そうだったか? そうだった、かもしれない……。
「で」
零はダンボール箱を持ち上げて、草間の事務机の上に置いた。
何の変哲もない、ダンボール箱だ。
その箱には、黒のマジックで『宝物箱。開けるな!』と書かれている。
「宝物って、価値のあるものですよね?」
「い、いやそうとは限らん」
そう言う草間の前に、零は紙をいくつも並べた。
電話料金請求書に、水道料金請求書に、ガス料金請求書に、電気料金請求書に、NHK受信料請求書などなど。
「……というわけで、この宝物は質屋に持っていきます」
そう言って、零はダンボール箱を再び持ち上げた。
「まてまてまてまて! 売れるもんなんかないぞ」
「それじゃ、中確認してもいいですか? いいですね」
零は草間の答えも聞かず、無造作にガムテープを剥がした。ビリビリと、ダンボールの底まで。
途端、ダンボールの底から、中のものが床に落ちていった。
「アァアァアアアアアァア」
草間が奇妙な声を上げているが、構わず、零は中身を確認する。
・学生服姿の少年の写真
・成人向け雑誌(H本)
・オルゴール
・トランクス
・鍵
この5点であった。
「では、競売にでもかけましょうか」
零は微笑みながら言った。
草間はがっくりとうな垂れた。
* * * *
特に宣伝もせず、今日興信所を訪れた知り合いに売りつけようとしていたのだが……こういう日に限って、興信所のドアは一向に開かれない。
「実質チャリティーオークションよね」
事務員のシュライン・エマが笑いながら言った。
草間はため息をつきながら、誰も来るなーとドアに念力を送っており、零は請求書を手に祈るような目で、ドアを見ていた。
(本当に大切な物を仕舞ってたなら宝物箱なんて箱には書かないだろうから、扱いに迷った物を入れてたのでしょうけれど)
2人の様子に吐息をついて、シュラインは草間の耳元で囁いた。
「手元にどうしても残しておきたいもの、ある?」
シュラインがそう訊ねると、草間は拝むように手を合わせて写真と、オルゴールと、鍵を指差した。
「オルゴールと鍵は……ともかく、写真はなんで?」
「いや、最近若くて見てくれのいい少年の写真が合成されてネット上で販売されてるらしくてな。昔の顔とはいえ、卑猥な写真集に使われるのはゴメンだ」
自分で“見てくれのいい男”とか言うか!?
シュラインは苦笑しながら、その写真はどーでもいい!と判断した。
とりあえず、オルゴールと、シュラインも気になっていた鍵を落とそうと決めた。
「立て替えておくけど、あとで返してよね。食事でもなんでもいいから」
その言葉に、草間は再び両手を合わせて、「恩に着る」と頭を下げた。
しかし、残念ながらそう簡単にはいかなかった。
本日、唯一の客は、日が落ちてから現れた。
黒髪黒目、服装も黒一色。まるで闇に溶け込みそうな女性であった。
「オークション?」
黒・冥月。元暗殺者だ。現在はアルバイトで用心棒や探偵業を行なっている女性である。
「強制参加なのか?」
冥月の言葉に、「はい」と真剣な目で答えて、零は段ボール箱を見せた。
たった一人の客である。電気ガス水道その他諸々快適な生活の為に、絶対に逃がすわけにはいかなかった。
「なんだこれは……」
草間・武彦の宝物に、冥月は思わず絶句した。そして、頭を押さえる。
過去、闇オークションに関った事ある冥月としては、こんなガラクタにオークションという名が使われていること自体に軽い眩暈を覚えた。
「お願いします。1つでも、全部でも構いませんので」
真剣な零の様子に、仕方なく冥月はダンボールに手を伸ばした。
「といってもなー」
写真に、エロ本に、男物のパンツに、鍵に、オルゴール。
必要な物も使えるものも何一つない。
「うー、唯一楽しめそうなのは鍵? 下らないオチでも謎を開ける楽しみがある……下らなければ草間を殴るだけだな、ははは」
(オルゴールも何かありそうだが、これはあまった時にでも……)
考えをめぐらしていると、脇から伸びた手が箱からH本を取り出した。
「遠慮すんなって、お前もこういう本が好きなんだろ? てか、このトランクスも男前のお前には、なかなか似合うと思うぞ。はっはっはっ」
笑いながらそう言って、草間はH本とトランクスを冥月に押し付けた。
「ふざけるなっ」
見向きもせず、冥月は草間に裏拳を放った。草間のこめかみをかすめる。
「っ、おい、お前! 今本気で殴っただろ? 避けなきゃ死んでたぞ!」
「煩い、相手がお前だからやったんだ。死ななかっただろうが」
笑いながらそう言って、冥月は鍵をとった。
「それじゃ、この鍵を貰ってやる」
「あ、その鍵は……」
シュラインがちらりと草間を見た後、言葉を続ける。
「私も気になっていたの」
「そうか。額を考えるのが面倒だ……私の最初の金額は、零が持っている請求書全部の合計額だ」
シュラインは一瞬言葉を失う。
生活を考え、水道、電気、電話、ガス、NHK受信料請求額の順に、金額を加算していくつもりだったが、その全額を先に提示されてしまった。
「では、私は……」
「ならば、それ+1万」
きちんと額も聞かずして、冥月はそう言った。裏稼業で稼いできたため、金は腐るほどあるのだ。
(この人……もしかして、お腹も真っ黒?)
そんな冗談とも言えない感想を抱くが、口には出さず、シュラインは観念した。
ああ、もう少し腹黒く駆引きが出来たのなら、とんでもない額を冥月から引き出すことが出来たかもしれないのにっ。……そんなことを僅かながら思ってしまいもしたが。
見れば草間が頭を抱えている。可哀想だが、諦めてもらうしかない。
「それでは、このオルゴールは私がもらうわね。金額は……」
そう言って、シュラインは零の手から水道代の請求書をとった。
「これの支払いってことで」
「ええっと、それでは、冥月さんは……59,456円、シュラインさんは、そちらのお支払いということで、よろしくお願いいたします」
零がぺこりと頭を下げる。
冥月は財布から、一万円札を6枚取り出して、テーブルの上に置くと、鍵を手に零に訊ねる。
「で、これはどこの鍵なんだ?」
「すみません、私は知りません」
そう言われ、草間を見るが、草間は思いっ切り目を逸らした。
近付いて、両手で草間の顔を掴み、自分の方を向かせる。
「どこの鍵だ?」
「さあ、忘れた」
「…………」
冥月は草間の肩に手を伸ばす。もう一方の腕で、零を引き寄せて、零の肩にも腕を回す。そのまま部屋の隅へと連れて行き、小声で密談を始める。
「これが何の鍵か教えるなら1年分の公共料金払ってやるぞ。煙草も1年分つけよう」
その言葉に、零は瞬時に草間を見た。
「教えてください、兄さん」
切羽詰った様子だった。普段から、相当お金のやりくりに苦労しているらしい。
「煙草、煙草……」
草間は、支払いよりも、煙草代に頭がいっているようだ。
冥月は草間の胸ポケットから煙草を取り出すと、草間の頬にぴたぴたと当てた。
「吸い放題だぞ。纏め買いが出来るぞ。嫌味を言われることもないぞ」
「兄さん、お願いします」
零は涙さえ浮かべそうな顔であった。
「わか、った。でも、誰にも言うなよ! 迷惑もかけるんじゃねぇぞ!」
「……なんだかわからんが、とりあえず分かった」
冥月がそう答えると、草間は事務机に向い、メモ用紙に住所を書き込んで冥月に渡した。
「ふーん、アパート? 女でも住んでたり? 案外金欠の理由、それだったりしてな」
冥月の冗談に、草間は直ぐには反論してこなかった。
「いや、まあ、とにかくだなっ! やましいことは一切ない。土産の1つでも持っていけよ!」
「それじゃ、そのエロ本でも……」
「アホかー!」
草間は何故か赤くなり、冥月をぐいぐい押して、ドアの外に押し出した。
「頼むから、余計なことはするなよ」
そう、念を押すと草間はドアを閉めた。
冥月は追い出されるように帰らされたことを少し不服に思いながらも、鍵を手の中で弄び、その日は自宅に戻ることにした。
数日後、暇をもてあましていた冥月は、草間のメモを思い出し、書かれていた住所の場所を訪ねることにした。
「土産を持っていけ……とか言ってたな」
とりあえず煎餅を一袋買って、メモの場所へと向った。
そこは、本当に小さな古いアパートであった。
冥月が敷地に入るのと同時に、若い女性が入ってきて、同じ場所で止った。
「この部屋の住人?」
冥月の言葉に、女性は頷いて怪訝そうな目で冥月を見た。
「はい、何か御用ですか?」
これは本当に愛人を囲っているのかもしれない。なかなか綺麗な女性だ。年は冥月と同じくらいだろうか。
「ああ、まあ草間に頼まれてな」
とりあえず、そういうことにしておく。土産の煎餅を差し出すと、女性は笑顔で受け取って、玄関のドアを開けた。
「皆、武彦さんからの差し入れよー!」
「えー、久しぶりじゃん」
パタパタと男の子が走ってきて、冥月を見てやはり怪訝そうな顔をする。
もう一人、高校生くらいの少年も姿を現した。不良っぽい少年だが、冥月に軽く頭を下げてきた。
「武彦兄ちゃんはー?」
小学生くらいの男の子が、首を伸ばして冥月の後ろを見る。
「いや、草間は一緒じゃないんだ。ちょっと頼まれただけでさ。けど、君達と草間ってどういう関係?」
「武彦さんは私達家族を助けてくれた探偵さんです。でも私達の両親は、その事件で帰らぬ人となってしまいました。責任を感じたのか、私が働ける年齢になるまで、生活費の援助をしてくださっていたのです」
冥月の問いに、女性はそう答えた。
「なーんだ、愛人じゃないのか」
「え?」
「あ、いやなんでもない」
にやりと笑って、冥月はそのまま帰ることにした。
鍵をポーンと上に投げながら、冥月は草間興信所へと歩いていた。
「心温まる話じゃないか。……けど、宝物として合鍵持ってたってことは、あの娘に少しは気があったのかね」
意地悪気に笑いながら、冥月は草間をどうからかおうか一人思案するのであった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2778 / 黒・冥月 / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【NPC / 草間・武彦 / 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵】
【NPC / 草間・零 / 女性 / ?歳 / 草間興信所の探偵見習い】
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■ ライター通信 ■
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ライターの川岸満里亜です。
草間興信所『宝物箱』にご参加いただき、ありがとうございました。
多分草間は、冥月さんからお金を受け取ったのなら、あの姉弟達に寄付するのだと思います。……とはいえ、煙草代を抜いた分をでしょうがっ。
後半部分が個別になっておりますので、興味がありましたら、副題の違うノベルの方もご覧くださいませ。
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