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+ 交錯来たりて +
運命は彼女に問う。
「それはどうして?」
真実は彼女に問う。
「それはどうして?」
事実は二人に問う。
「それはどうして――だったのか」と。
■■■■
日付が変わりそうな真夜中、一人の女が東京内のある繁華街に足を運んでいた。
彼女の名は黒崎麻吉良。
短めの銀色の髪を風に遊ばせながらその赤い瞳で辺りを真剣に眺め見る。昼間多くの人でにぎわう繁華街だが、夜は魔物が出てくるため人の姿はない。それを知らない彼女はゴーストタウンのような街を奇妙に思いため息を吐いた。
「こんな場所に本当に「あの人」がいるのかしら……」
彼女はつい数時間ほど前、自分の探し人である少女についてある場所で情報を得た。
それは彼女が求める「あの人」に似た人物が東京にいるらしい、ということ。それを聞いた彼女は早速東京にやってきたものの、着いた時には夜になってしまった。仕方なく今夜は何処かのホテルで一夜を越そうと宿を探しているのだが、――――。
―― ダンッ!
突然辺りに響くのは何かの破裂音。
続いて麻吉良が反射的に肩を小さく跳ねさせつつもその身を構えた瞬間響いてきたのは不気味な断末魔。
―― キィィィッ、ィィ――!!
それは人の出す悲鳴ではなく、歯を食いしばりただ叫ぶだけの奇声。
持っていた愛刀に手を添えれば突如目の前に黒い影が落ちてきた。どさり……と重く鈍い音を立てながら麻吉良の前に転がってきたのは明らかに尖った耳や伸びた爪、それに蝙蝠の羽にも似た羽を持つ人間ではないもの――魔物だった。
すでに息はなく、時折風に煽られる様に薄い羽が小さく震えるのみ。
麻吉良は言葉を失いながらもその死体となったものを眺め見る。
やがて銃声の鳴り響いた後方に身体を向ければ、やや離れた場所で魔物を死に至らしめた銃を構え持つある人物の姿に気が付いた。
「気配に気付かなくて当然よ。そいつは背景に溶け込んで、姿を消すから」
女性の声が響く。
彼女は銃をホルダーに直しながら麻吉良の方へと足を進ませると不敵に微笑みながらそう言った。ビルに隠れるようにして立っていたその女は徐々にその姿を現す。やがてその狙撃主と麻吉良は静かに視線を合わせた。
肩まで伸ばされた銀色の髪に凛とした赤い瞳を持った女。
似ている――そう麻吉良は直感的に感じた。
唯一の記憶の中に出てきた「あの人」――あの少女に今目の前にいる女性は良く似ているのだと。
目を丸める麻吉良に対して現れた女――吉良乃は自身の目を細めた。
その瞳は何かを疑うように相手の身体を下からじっくりと観察し、最後にその顔へと行き着く。その瞳は感情をわざと隠したかのように重く、だけど刺すように鋭かった。
「あの」
「……」
「あの、助けて下さって有難うございました」
麻吉良が吉良乃に対してお礼の言葉を述べる間もずっとその視線は続く。だが麻吉良はその冷えた目に気付くことなく自身を指差し相手へと微笑みかけた。
「私、黒崎麻吉良といいます。あの……私について何か知りませんか?」
「……自分の事を他人に聞くの?」
麻吉良が問いかけた瞬間、吉良乃の視線は更に鋭さを増す。
だがすぐに口端を持ち上げ、人形のような作った笑みを浮かべた。麻吉良も流石にその笑顔の意味に気付き、指を下ろす。自分が異様なことを聞いていることなど百も承知だ。だが自分が感じた直感を信じたくて彼女は言葉を続けた。
「はい……実は記憶喪失で、昔の事を覚えていないんです」
「へぇ……」
吉良乃の言葉に麻吉良は素直に事実を話す。
短い言葉だけれど嘘ではない。信じて貰えるか不安になりながらも麻吉良は再び相手の反応を待つ。だが次の瞬間――。
―― ダンッ!
「ッ!?」
銃声、そしてほぼ同時に鞘から麻吉良の刀が抜き取られ、発射された弾を弾く。
反射的に防御した麻吉良は今しがた起こった事が信じられなくて、息を飲みながら正面に立つ相手を見つめる。そこにはただ無言で手を持ち上げ魔物を倒した時と同じように銃を握っている吉良乃の姿があった。
頬が僅かに熱を持っている気がして吉良乃は指で頬をなぜる。指先にはうっすらと血が付き、弾いた弾が顔を傷つけたことを教えてくれた。
「その剣捌き……」
「え」
「……そう。そうなのね……」
独り言であろう吉良乃の呟きを麻吉良は聞き逃さない。
今まで「あの人」や自分のことを訊ね聞いた人達との反応と違うその言葉は、目の前の女性が何かを知っていることを明らかにしている。だからこそ柄に更に力を込め握り締めながらも足を前に進ませた。
だが距離を詰めようとすれば今度は吉良乃がゆっくりと銃を構える。作り物の様だった瞳は光を取り戻し、僅かに高揚した感情の色を含みながら麻吉良の姿を捉えていた。
「近付かないで」
「待って! 行かないで!」
「これ以上近付いたら貴方の為にならないわ」
吉良乃は瞼をそっと下ろし、そして次は睨みにも近い強さで麻吉良を見た。
左腕を持ち上げれば肌色とは遠い青白い肌が露出する。そこに刻み込まれた赤い炎の紋章が僅かに光る街灯によってうっすらと輝くのを麻吉良はただ凝視していた。振り上げられたその左腕は勢いをつけて地面に叩きつけられる。触れたものを一瞬で塵に変えることの出来る吉良乃の腕はその場に大きな穴を開いた。
だがそんな能力を知るはずもない麻吉良は相手の突然の行動に驚愕し一瞬身を固めた。
「全てを知れば、貴方は必ず後悔する。何も知らずに生きていた方が幸せだった……とね」
麻吉良が動揺した一瞬を逃さず、吉良乃は出来たばかりの穴に飛び込む。
落ちて行く間吉良乃は麻吉良を、麻吉良は吉良乃の姿を目に刻み込んだ。銀色の髪に赤い瞳……互いに持つその部分がやけに印象付いて視線が外せないでいた。
すぐさま麻吉良は穴を覗き込むがそこにはもう吉良乃の姿はない。タッタッタッと走っていく音だけが、穴の下に存在していた真っ暗な通路に響くのみだった。
■■■■
「……ごめんね」
女は顔に取り付けた暗視ゴーグルの奥から瞬きを繰り返しながら呟く。走る度に上がっていく熱によるものだけじゃない胸の苦しみが呼吸を荒いものへと変えた。
地下に存在していたのはあるデパートのファッションフロア。穴からそこに降りた吉良乃は立ち並ぶマネキン達の間を抜け一階へと通じる扉へと向かった。
「ごめんね、お姉ちゃん。でも……お姉ちゃんの悲しむ顔なんか、見たくないから」
吉良乃の脳裏には幼き日の惨劇が蘇る。
家族が無残にも引き裂かれ死へと至ったあの日を一日たりとも頭から消したことなんてなかった。
お父さんを。
お母さんを。
お姉ちゃんを。
『全員』、喪ったあの悲劇を誰が忘れられようか。
だから言えなかった。
だから逃げるしかなかった。
自分に話しかけてきたあの懐かしき女性から笑顔を奪う可能性のある真実を話すことなど吉良乃には出来なかったのだ。
記憶を持たずにいることで相手が幸せになれるならそれでいい。絶望を感じずに生きれるのならば口を封じていた方がいい。
『黒崎吉良乃』は思う。
『黒崎麻吉良』という姉を想う。
久しぶりに湧いた家族への愛しさを胸に抱きながら――自身へと湧く怒りを紋章の刻み込まれた腕に感じながら。
「ごめん、なさい……」
階段を封じているシャッターに手を当て穴同様それを塵に変え道を開く。
吉良乃は頬の血を拭い、一階へ通じる階段を一歩一歩登って行く。僅かに入ってくる外の光が不安な道先を案内するように上段をほんのりと照らしていた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【7390 / 黒崎・麻吉良 (くろさき・まきら) / 女 / 26歳 / 死人】
【7293 / 黒崎・吉良乃 (くろさき・きらの) / 女 / 23歳 / 暗殺者】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、お久しぶりです。
そして発注有難う御座いました。
今回もまたシリアス雰囲気での発注文に嬉しくなりながら書かせて頂きました。黒崎様達の心情に少しでも副えるよう祈りつつ……。
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