|
INNOCENCE // 灯月 -toge-
------------------------------------------------------
OPENING
「…あらら」
任務を終え、本部に戻ろうとしたのに。
大雨で土砂崩れ。
唯一の交通手段である列車がストップしてしまっている。
駅員に尋ねてみれば…回復には、かなり時間が掛かるらしい。
------------------------------------------------------
「困りましたね……」
駅のベンチに座り、うな垂れる梨乃。
隣で人混みを見やっていた明日菜は、ニコリと微笑む。
「まぁ、こんなこともあるわよ」
何でもかんでも、すんなりと思い通りにいくとは限らないしね。
そんなに上手くいきっぱなしだと、後が怖かったりもするし。
たまには、こういうアクシデントがあっても、良いんじゃないかと思うの。私はね。
ん〜……でも、戻れないとなると、あれしかないわよね。
このまま、復旧まで待ってるっていうのも何だし。
スッと立ち上がり、梨乃に手を差し伸べる明日菜。
「部屋、急いで取りに行きましょ」
「…そう、ですね」
困った困ったと、ただ、うなだれていてもしょうがない。
復旧の目処が立たないのなら、それに応じた行動を取らねば。
雨に打たれて、身体は冷え切っていることだし、時間も遅い。
先程から遠慮がちに、お腹もクゥクゥ鳴いている。
ひとまず、休める場所を。
というわけで、二人は駅近くにあるホテルに向かう。
同じように、一泊……もしかしたら、それ以上になるかもしれないけれど、
とりあえず、宿を……そう考える者は、やはり多いわけで。
ホテルのロビーは、人でごった返していた。
二人と同じように、何らかの仕事帰りらしき者から、
ただ単に旅行などで、この地を訪れた者、
特に何の目的もなく迷い込んで、この事態に巻き込まれた者……。
ロビーを行き交う人々を眺めながら、梨乃はボーッとしていた。
そこへ、チェックインを済ませた明日菜が戻ってくる。
淡く微笑む明日菜の手には、キーが一つ。
この状況で、部屋が取れたことは奇跡に近い。
一部屋しかとれず、しかもシングルだけど。
文句を言っている場合ではないし。
それに男女なら、ちょっと問題ありだったかもしれないけれど。
女同士ということで、無問題。
未だに不安気な表情をしている梨乃の手を引き、
明日菜はニコニコと微笑んで、部屋へと向かう。
*
二人が泊まることになったのは、七階にある一室。
シングルとはいえ、結構広い。十分だと思う。
後に、人に聞かされて理解ることだが、
このホテルは、元々人気のホテル。
ここから拝める月は、格別に美しい。
まだ低い位置にあるけれど、既にその美しさは健在で。
夜空に灯る月の美しさに、梨乃は思わず顔が綻んだ。
神妙な面持ち、不安気な顔、そういうものが取っ払われた梨乃を見て、
明日菜はクスリと笑いながら、ソファに腰を下ろす。
そして、テーブルの上の案内書を手に取り、梨乃を誘った。
ホテル自慢の、温泉があるらしい。
雨に打たれて体は冷え切っている。
梨乃に至っては、つい先日、風邪を引いてブッ倒れたばかりだ。
また風邪を引いては大変。
明日菜は、梨乃の手を引き、少々強引に温泉へ。
ハプニングといえばハプニングだけれど、
それすらも楽しめちゃう、そういう余裕を持たないとね。
まぁ、梨乃ちゃんは真面目さんだからなぁ。
こういう突然の事態に、戸惑っちゃうんだろうね。
楽しまなきゃ、損ってものよ?
折角だし、旅行に来た感じで満喫しちゃいましょ?
「はい、後ろ向いて」
「え。あの……」
「ほらぁ、早く早く。はい、クルッと、ね」
「わっ……」
女二人、仲良く水入らず。
まぁ、他の宿泊客もいるけれど。
温泉で、背中を流し合う。
ふむふむ、まだ発展途上ね……などと言いつつ、
まじまじと身体を見やる明日菜に、梨乃は恥ずかしそうに笑った。
洗練されたボディ(どんな?)を持つ明日菜と比べたら、
幼児体型で、みっともないですよ……と苦笑しながら。
食事は部屋で。
事態が事態なだけに、ホテル側が気を利かせてくれたようで。
運ばれてきた食事は豪華で、ワインをサービスしてくれたり。
至れり尽くせり。ビップな気分。
美味しい食事に舌鼓を打ちつつ、他愛ない御話。
「明日菜さんって…ちょっとミステリアスですよね」
「あははっ。そう?」
じっと見つめつつ言った梨乃。
明日菜は、ワインを飲みながら笑って返した。
ミステリアスというか何というか。
不明確な部分が、明日菜には多い。
話をすれば、すごく気さくで面倒見の良いお姉さん…という感じなのだが、
それ以上を知ることは出来ない。聞くに聞けないというか、
一線を引いているようで、それ以上踏み込むことは許されないような。
仲良くなりたい、そう思えば、相手のことをもっと知りたくなるのは当然で。
けれど、踏み込むことを躊躇わせるが故に、歩み寄れない。
そういうつもりじゃないんだけどな。自分では。
うーん……でも、自然と、そういう雰囲気にしちゃってるところはあるかもね。
職業柄っていうか何ていうか、そういうところでね。
何もかも、あらいざらい吐き出したりとか出来ないものだから。
どこで誰が聞いてるか、わからないし。
用心深い……って言えば、そうなるのかな。
実際、部屋に入って早々、色々と確認しちゃったしね。
監視カメラだとか、そういうものがないかどうか。
用心深すぎるって笑われちゃうかもしれないけれど、
そういう風に育てられて、そういう風に育ってきたから。
こればかりは、どうしようもないのよね。
うん……確かに、一線引いてるっていうのは、あるかもしれないわ。
でもね、気にせず、突っ込んで来て良いのよ。
不快に思えば、その時は突っぱねるし。
早々、ムッとすることなんてないしね。
まぁ、相手にもよるんだけど。
微笑みつつ、腰元から愛銃……『AG』を抜いて見せる明日菜。
「義母さんの手伝い……が、今の私の本職ね」
「IO2のお手伝い、ですか?」
「そうね。こっそりと裏でだけど」
「お義母さんっていうのは……あっ、すみません」
「ふふ。いいのよ」
「いえ。その、無理にとは……」
「大丈夫よ。過去から遡って御話しましょうか。私、捨て子でね……」
*
ゆっくりと、腰を据えて二人で御話。
同じ組織に身を置いているとはいえ、
ここまで、じっくりと話せたことはない。
いつもイノセンス本部は騒がしくて、そういう雰囲気でもないし。
一つ一つ、紐解かれていく明日菜の素性に、
梨乃は興味を引かれ、同時に安心を覚えた。
包み隠さず、話してくれること。
それは、自分を仲間だと認めてくれている証だから。
「じゃ、おやすみ」
「はい。おやすみなさい」
一つのベッドに二人で眠る。
ちょっと窮屈だけれど、それがまた心地良い。
こんなこと言ったら、私、まだそんな歳じゃないわよって笑われそうだけど、
何ていうのかな……すごく、あったかくて。落ち着くんです。
ママの傍にいるような、懐かしいような、そんな感覚。
ねぇ、明日菜さん。色々、話してくれて、ありがとう。
でも、ひとつだけ。気がかりなことがあるんです。
話を聞いて、嬉しかったのは勿論なんだけれど、
もっと、もっと。明日菜さんのことを知りたいなって思ってしまって。
欲張りですか? 迷惑ですか? こういうのって。
スヤスヤと眠る梨乃の頭を撫で、微笑む明日菜。
夜空に浮かぶ、銀の月。
「そんなことないわよ」
小さな声で呟いたのは、以心伝心、その類。
------------------------------------------------------
■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■
2922 / 隠岐・明日菜 (おき・あすな) / ♀ / 26歳 / 何でも屋
NPC / 白尾・梨乃 (しらお・りの) / ♀ / 18歳 / INNOCENCE:エージェント
シナリオ参加、ありがとうございました。
-----------------------------------------------------
2008.06.18 / 櫻井 くろ (Kuro Sakurai)
-----------------------------------------------------
|
|
|