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INNOCENCE // 白竜の祈り
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OPENING
とにかく謎だらけ。
それが魅力でもあるけれど。
それにしても謎すぎる。
イノセンス・マスター。
素性の知れない実力者。
わからないことが多ければ多いほど。
知りたくなるのが人の性。
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借りていた本を梨乃に返した、その帰り。
ふと、二階テラスから見下ろした中庭に、マスターの姿。
(あ…マスターだ)
ぺたりと手すりに手を置いて、見下ろす姿。
マスターは今日も今日とて、ガーデニングを満喫している。
綺麗よねぇ、マスターの作品は。
繊細かつ大胆な感じっていうか、何ていうか。
おおらかな性格が、すごく表現されてるのよね。
ひとつひとつ、大切に彩られて…うん、花たちも嬉しそう。
言うわよねぇ、そういえば。想いに応えるんだ、って。
あれ、本当なのねぇ…。
マスターの傍には、紫色の猫、シャトゥ。
作業の邪魔をしてみたり、肩に飛び乗ったり。
構ってオーラ全開なシャトゥに、マスターの顔が綻ぶ。
じゃれあう二人を見やりつつ、柔らかな風を頬に浴び。
うーん…平和ねぇ…。何だか、眠くなってきちゃった…。
ちょっと、部屋お借りして、お昼寝でもしようかしら。
まだ夕飯までは、かなり時間あるし…。
下拵えは済んでるから、急ぐこともないしねぇ。
ふふ…それにしても、可愛いなぁ。
誰が? って、そりゃあ、もちろんマスターとシャトゥよ。
謎多き人だけど…笑うと、くしゃっとなって可愛いのよね、マスターって。
そんなマスターに "しか" 懐かないシャトゥも、また可愛いの。
そういうところが、良いのよねぇ。あなたは特別、みたいな。ねぇ〜…。
ほくほくと、目を細めて微笑み見やる二人。
手すりに頬杖をつき、ゆっくりと瞬き。
このままじゃ、本当に寝てしまいかねない。
こんなところで寝ちゃ、梨乃ちゃんか千華さんに叱られちゃうわ。
フルフルッと頭を振って、手すりから手を離しテラスを去ろうとしたとき。
(…あら?)
映るのは、一人、森の中へと入ってくマスターの姿。
肩にシャトゥを乗せたまま、ゆっくりと歩いて行く。
その後姿に、何だか妙な感覚を覚えたシュライン。
何て静かな足音。
誰にも気づかれないように、こっそりと抜け出すみたいな…。
どこ行くのかしら。
(………)
マスターの姿が森の中へと消えた瞬間、シュラインは決意。
プライバシーの侵害…になっちゃうかもだけど。
ごめんね、やっぱり気になるの。
だって、マスターってミステリアス過ぎるんだもの。
物腰柔らかだけど、ふと鋭い眼差しになったり、
笑ってるなぁって思いきや、憂いを含んで俯いちゃったり。
そういうところが魅力的なんだとも思うんだけれど。
知らないことを知りたいと思うのは、人の性。
そうよ、性なの。性なのですよ。
誰に言っているのか。自分に言い聞かせているのか?
シュラインは頷きつつパタパタと駆けて、マスターの後を追う…。
*
こそこそと木の影に隠れながら後を追えば、
マスターは森の奥深く、綺麗な泉の前で足を止めた。
わぁ、綺麗…。こんな素敵な場所、あったんだ。
ここで読書とか、お昼寝したら気持ち良さそうね。
あ、何かしら、あれ。綺麗な花…見たことないわね。
透き通った泉の水。底では、キラキラと何かが輝いている。
白く光るそれは…クリスタルか何かだろうか。
差し込む木漏れ日に照らされて…何とも神秘的な場所。
一歩、マスターが踏み出せば、
その音に反応して、水浴びをしていた鳥がバサリと飛び立つ。
ユラユラと揺れる水面。
思わず息を飲む。不思議で神々しい光景に見惚れてしまう。
だが、うっとりしていられたのは束の間。
(えっ…? ま、まだ冷たいでしょうに…)
目を丸くし、シュラインが驚く理由。
マスターが、サブサブと泉の中に入っていくではないか。
躊躇うことなく進み、泉の中央。
木漏れ日を身に浴びつつ、マスターは空を見上げた。
ふわりと辺りに舞う、優しい風。
柔らかく、柔らかく、けれど次第に激しくなっていく風。
目を細め、乱れる髪を押さえた、瞬間。
シュラインは高く見上げて、ポカンと放心。
見上げる先には、美しい純白の竜。
突如現れたわけではない。
その竜は、泉の中央で…空を見上げていた老人が変化を遂げた姿。
(う、わぁ……)
口を開けたまま、言葉を失うシュライン。
白い竜へと姿を変えたマスターは、身を屈めて泉の水を一口。
すると、水面がキラキラと七色に輝きだした。
チラリとシュラインを見やる竜…いや、マスター。
(う……)
バチリと交わった視線に、シュラインは、ぴしっと姿勢を正す。
まぁ…そうだろうな、とは思ってたけど。
いつから気付いてたのかしら。
もしかして、中庭で戯れてたときから?
そうだとしたら…完全に、やられちゃったなぁ。
本当、マスターには叶わないわ。
歩み寄り見上げれば、また壮観。
キラキラと輝く水面を、優しく撫でる大きな翼。
優しい、藍色の瞳はガラス珠のようで…。
思わず、見惚れてしまいそうになる。
一点の曇りもない、純白の竜。
そっと触れれば、暖かくて。
何だろう、この感じ。
懐かしいような…不思議な…。
キュッと胸が締め付けられるような感覚に下唇を甘噛み。
マスターは、いつもようにフォッフォッと笑い、シュラインの頭を撫でる。
暖かい、その感触に覚えるのは、若干の戸惑い。
何ていうのかな、こういうの。
優しくて、柔らかくて、暖かい……そう、母親みたいな。
くすぐったさにクスクス笑い、シュラインは尋ねる。
純白の竜へ、その意味を。
スベテの始まりは、二十年前。
この泉で、白き竜は少年と少女に出会う。
彼等と言葉を交わす内、竜の中に芽生えていった感情。
それは、成長というものへの興味と感心、そして期待。
竜が、人の成長に興味を抱いていることを悟った少年は、不敵な笑みを浮かべて言った。
「育ててくれ」と。
竜である私に命ずるとは、何たる無礼な子供か。
けれど、そう思いつつも竜は笑った。笑ってしまった。
少年と少女の瞳に射抜かれてしまった。
物怖じすることなく、願い乞う、澄んだ瞳。
その奥に眠る、可能性。
竜は微笑み、少年の願いを聞き入れる。
一つの、誓約を交わして。
二十年前、竜と接触し、命じた少年。
その傍で、淡く微笑んでいた少女。
竜が、彼等の名前を知ったのは、願いを聞き入れた後だった。
藤二と千華。そう名乗った二人は、今も私の傍に。
人を育てていくこと、その変化と成長を見守ること。
白き竜は、そこに自分の意味を見出した。
ポッと灯った小さな光は、いつしか闇を払う大きな光となり。
その光は、今もなお、大きく…成長を遂げている。
シュルシュルと音を立てて、人の姿、いつもの姿へと戻るマスター。
ポンと出現させた杖をついて、テクテクと歩き出す。
シュラインは、その後をポテポテとついて行きながら、小さな声で尋ねてみる。
「あのね、誓約…って」
「ふぉっふぉっ」
「………」
笑うマスター。隣を歩くシャトゥも、心なしか笑っているように見えた。
まだまだ…って感じね。やっぱり、謎だらけ。
魅力は魅力のまま、それ以上にも、それ以下にもならない。
でもいつか。いつか、すべてを知ることが出来るかも。
その時まで、頑張ってみようと思うの、楽しんでいこうと思うの。
そうすることで、満たされるような気がするの。
私も、あなたも、皆も。
ねぇ? マスター。
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■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■
0086 / シュライン・エマ / ♀ / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員NPC / イノセンス・マスター / ♂ / ??歳 / INNOCENCE:マスター(ボス)
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2008.06.17 / 櫻井 くろ (Kuro Sakurai)
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