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<東京怪談・PCゲームノベル>


INNOCENCE // ごめんね

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 OPENING

 どうして、すぐに謝らなかったんだろう。
 理由を説明して、すぐに謝れば。
 そうすれば、こんなことにはならなかったのに。
 もう、丸三日日、話していない。
 キミの声を、聞いていない。
 頭では、理解っているんだ。
 今すぐにでも駆け寄って、謝って。
 仲直りがしたい。きっと、簡単なことなのに。
 どうしてだろう。どうして、意地を張ってしまうんだろう。
 互いに歩み寄れぬまま、今宵も夜空に月が灯る。

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 きっかけは、些細なこと。
 いや、実際のところ、些細なことでもない。
 梨乃からしてみれば、一大事だ。
 見覚えのある女性……。
 そう、あの女性は、以前、見たことがある。
 凍夜が藤二に連れられて、ナンパに行ったときに。
 それを叱りに行ったときに、確かに、あの女性はいた。
 凍夜の隣にいた。 寄り添うように。
 後から聞いた話で、向こうから声を掛けてきたんだとか、
 俺は相手にしてなかっただとか。
 勘違いだったって、すぐに理解できたんだけど。
 そう、理解できていたのに。
 どうして、一緒にいるの?
 仲良く、話してるの?
 二人で、見せつけるみたいに。
 どうして、話してるの?
 笑顔で、言葉の遣り取りをしていた。
 それはもう、楽しそうに。
 イノセンス本部に、遊びに来た女性。
 凍夜目当てで来ていたのは、明らかだった。
 やたらと体に触れつつ話すし、上目遣いを酷使するし。
 誰が見ても、凍夜を狙っている。それは、あきらかだった。
 千華に、いいの? と言われて見に行って、愕然とした梨乃。
 話しているだけなら、別に何とも思わなかった。
 どうせ、女の人が勝手に寄ってきてるだけなんだろうと思えた。
 けれど、そう思えなかった。思わせなかった、凍夜の態度。
 そんなに楽しそうに話すなら、ずっと喋ってればいい。
 好きなだけ、話してればいい。 もう、知らない。
 その時、手に持っていた古書をバサリと投げつけて、自室へ逃げた梨乃。
 振り返り、本を拾い上げて、梨乃の背中を見やり……凍夜は呆然とした。
 どうしてだ? 何で怒ってる? 理解出来なかった。
 確かに楽しそうに話していたかもしれない。
 けれど、それは一時的なもので。
 興味深い魔物の話をしてきたからで。
 長々と話すつもりなんて、なかった。
 あの日は、お前と食事に行く約束をしていたし、
 適当に付き合って、後はあしらおうと思ってた。
 お前との約束を、忘れていたわけじゃない。
 忘れるわけがないだろう。

 あれから三日。
 言葉を交わしていない二人。
 喧嘩していることは、誰が見ても一目瞭然。
 いつも何だかんだで一緒にいるのに、距離を保ったまま。
 互いに、歩み寄ろうとしない。
 それは、意地の張り合いでもあった。
 いつしか、互いに芽生えた理不尽な苛立ち。
 どうして、謝ってこないの?
 互いに自分は悪くないと思うが故に、エンドレス。
 仕事も食事も、全て別々。
 二人が付き合って、初めての大喧嘩。
 些細なきっかけで、ここまで拗れるものなのか。
 二人の嫌な雰囲気に、メンバー達は苦笑するばかり。
 仲直りしたら? と薦めてはみるものの、どちらも頷かない。
 俺は(私は)悪くないから。 その一点張りで。
 いつになったら仲直りできるのやら。
 他人事とはいえ、二人はムードメイカーだ。
 その二人が気まずいと、組織全体が気まずくなってしまう。
 どうしたものかな、と頭を悩ませはするものの、どうしようもない。
 互いに歩み寄らない限り、二人の距離は縮まらないだろう。

 *

 どうして、意地張るの?
 素直に、謝れば良いじゃない。
 謝ってくれたら、すぐにでも許すのに。
 何故、意地を張るんだ?
 素直に、歩み寄って来てくれれば、
 何事もなかったかのように受け止めるのに。
 自室で、同じようなことを考えている二人。
 けれど、さすがに限界が近付いてきている。
 一人でモヤモヤするのは、気持ちが悪い。
 心のどこかでは、ちゃんと理解ってる。
 意地を張ってる自分が悪いんだってこと。
 けれど、素直になれない。
 ただ、一言。
 その一言が、言えない。
 このままじゃ、駄目だと思う。
 このままじゃ、ずっと距離は縮まらないまま。
 それも理解ってる。でも……どんな顔をすればいいのか、わからない。
 相手の目を、真っ直ぐ見れる自信がない。
 時間が経つ毎に、どんどん深みにはまっていく。
 出来うることなら、一秒でも早く逢いに行くべき。
 わかってる。わかってるの。
 わかってる。わかってるんだ。
 (でも……出来ないんだよ)
 恋人同士だからこその迷いでもあるだろう。
 付き合う前なら、もっと素直になれたのかもしれない。
 けれど、相手のことを、ある程度知ってしまっているから難しい。
 とても無様な、探り合い。
 無意味なことをしていると、二人は気付けない。

 気を紛らわそう。
 そう思ったが故の行動。
 だが、こともあろうに、その行動が被った。
 ある意味、チャンス。 絶好のチャンスだ。
「「あ……」」
 書庫で、ばったりと顔を合わせる凍夜と梨乃。
 先に来ていたのは梨乃の方で、隅っこで、しゃがんで本を読んでいた。
 気まずい雰囲気。 入ってきて早々、出ようかとも思った。
 けれど、まるで逃げるようで。 それは格好悪い気がした。
 こんなときだからこそ、プライドが邪魔をしてくる。
 ツカツカと歩き、棚から適当な本を取り出す凍夜。
 まるで興味のない、歴史の本。
 何故、それを手に取ってしまったのか。
 椅子に座り、パラパラと捲って、ようやく気付いた。
 動揺している自分がいる。 ……どうすべきか。
 戸惑っている凍夜と同じく、梨乃も気が気じゃない。
 駆け出して、ここから去ってしまえば楽になるんじゃないか。
 でも、それって逃げるみたいで格好悪いような気がする。
 似たもの同士。 プライドが邪魔をする。
 けれど、このまま、ずっと二人きりで書庫にいるのは耐えられない。
 格好悪くても、もう構わない。
 息が詰まりそうな、この状況から脱出できるのなら。
 そうして、プライドを渋々捨てたのは、梨乃。
 スッと立ち上がり、読んでいた本を棚に戻す。
 戻す……戻す……。も、戻したいのに、戻せない……。
 動揺しすぎなのと、背の低さもあって、目的地に手が届かない。
 よく考えろ、そして思い出せ。
 そこから、その本を取ったとき、踏み台を使ったでしょう?
 少し考えれば、すぐ気付くことなのに。
 梨乃は、必死に背伸びして自力で本を戻そうとする。
 ピョンピョン飛び跳ねる梨乃。
 もう少しで届きそうなのに、あと少し……足りない。
 必死になっているというよりは、ムキになっているような状態だ。
 そうなってしまうと、余計なトラブルも起きる。
 バサバサバサッ―
「きゃ!」
「!」
 棚から、雪崩のように落下してきた無数の本。
 思わず身を屈めて、目を瞑った。
 けれど、痛みが、まるでない。
 ふと目を開けると、そこには影。
 更に、視線を上にやれば……そこには、凍夜がいた。
 落下本の衝撃を、一身に負った凍夜。
 咄嗟に、体が動いた。
 危ない、そう思った次の瞬間には、駆け出していた。
 何のことはない。 当然のことだ。
 彼女の身に危険が迫ったら、身を挺して守る。
 それは、男として当然の行為だ。
 けれど、何とも気まずい至近距離。
「大丈夫、か……?」
 小さな声で、探るように言葉を発した凍夜。
 梨乃は、コクリと頷くだけで、言葉を返さない。
 沈黙、静寂。
 離れればいいのに、それも出来ない。
 待て。考えろ。離れないのは、何故だ?
 気まずいのに、離れないのは、どうしてだ?
 そうだ。 簡単なことじゃないか。
 こうして傍にいる。 それに、安心しているからじゃないか。
 呼吸を確認できる距離に、安心を覚えるからじゃないか。
 二人は、同時に理解した。そして、同時に声を放つ。
「あ、あの……」
「あのよ……」
 重なり合う声に、凍夜は見下ろし、梨乃は見上げ。
 バチリと交わる視線。 久しぶりに見る、互いの瞳。
 自分が映っている、その瞳に、二人は揃ってクスクスと笑った。
 喧嘩のきっかけが些細なことだったのと同じ。
 仲直りに必要なのも、また些細なきっかけ。
 互いに照れつつ、ずっと言えなかった一言を放つ。

「「ごめんね」」

 またも重なる二つの声。
 クスクス笑う梨乃。 凍夜は、肩を竦めて苦笑した。
 それまでの意地っぱりは、どこへやら。
 キュッと凍夜に抱きつく梨乃。
 凍夜もまた、梨乃の頭を撫でて受け止める。
 薄暗い書庫で、二人きり。
 仲直りの口付けを交わして、二人は笑う。
 甘い甘い、仲直りの一部始終。
 それを、こっそりとメンバーが見やっていることに、二人は気付いていない。
 意地を張って、周りが見えなくなるのもアレだけど、
 見惚れて溺れて、周りが見えなくなるのも、どうかな。
 まぁ、そっちの方が、可愛らしいけれど。
 仲直り、できて良かったね。 
 
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7403 / 黒城・凍夜 (こくじょう・とうや) / ♂ / 23歳 / 何でも屋・契約者・暗黒魔術師
NPC / 白尾・梨乃 (しらお・りの) / ♀ / 18歳 / INNOCENCE:エージェント

シナリオ参加、ありがとうございます。
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2008.06.20 / 櫻井 くろ (Kuro Sakurai)
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