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<東京怪談・PCゲームノベル>


INNOCENCE // ゲージュツ・バクハツ

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 OPENING

「美術館…。何か緊張しますね」
「マスターの古くからのお友達が運営してる所らしいわよ」
「絵ねぇ……。あんまり得意じゃないんだよなぁ」
「やるからには、優勝狙いたいですよね」
 イノセンス本部、二階テラスで紅茶を飲みつつ談笑しているトップエージェントの面々。
 話題は、今日正午から開催される『イラスト・絵画コンテスト』
 全エージェントが参加対象で、内容は至って簡素。
 好きなものを、好きなように描けば良い。
 描かれたイラスト・絵画は、マスターの友人が運営している美術館に展示。
 一週間の展示期間最中、同時に人気投票を実施。
 一番多く票を獲得したエージェントが優勝。
 優勝者は、マスターに『オネダリ』する権利が与えられる。
 何でも一つ、願いを聞いてくれるということで、
 エージェント達は皆、やる気満々だ。
「よっしゃー!優勝するぞーーーー!!」
 ダァンッとテーブルに足を乗せ、決意表明を叫ぶ海斗。

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 へぇ、イラストコンテスト、ね。
 何だか、学校行事みたいで面白いね。
 懐かしいな、この感じ。
 キャンバスと向かい合うエージェント達を見つつ微笑む蓮。
 テクテクと、彼が迷いなく歩み寄るのは、梨乃の隣。
「やぁ。 梨乃ちゃんは、何描くの?」
「んーと…。 花を描こうと思うんです」
「そっかそっか。いいんじゃない? キミらしくて」
「ふふ。蓮さんは?」
「うん?」
「蓮さんは、何を描くんですか?」
「うーん。俺はいいや。見物専門ってことで」
「えぇ〜? 勿体ないですよ?」
「はは。いいのいいの。応援するから、頑張って」
「は、はい〜……」
 一生懸命下書きする梨乃を見やりつつ、クスクス笑う。
 うん、まぁまぁ上手、かな?
 淡い感じで、何ともキミらしいね。
 好きだなぁ、俺、そういう絵。
 (さて……)
 梨乃の斜め後ろで、ゴソゴソと準備を始める蓮。
 取り出したるは、鉛筆と真っ白な紙。
 見てるだけ、だなんて嘘。
 せっかくだし、参加しないとね。
 ただ、題材が題材だからさ。 ちょっと照れるんだよね。
 サラサラと描き出すのは、横顔。
 一生懸命、絵を描いている梨乃の横顔。
 自分が描かれていることは勿論、描画していることにすら梨乃は気付いていない。
 ふっと顔を上げて、梨乃がこちらを見やれば、
 ササッと紙を隠して、何食わぬ顔でニコニコ。
 バレそうでバレない、秘密のお絵かき。
 どうして参加しないんだろう。勿体ないな。
 優勝したら、オネダリできるのに。
 蓮さん、欲しいものとかないのかな。
 ……そう言われてみれば、聞いたことないかも。
 あれが欲しいだとか、それが欲しいだとか、
 そういうこと言う蓮さん、見たことないかも。
 そんなことを考えつつも、黙々と描く花々。
 本部中庭を彩っている、色とりどりの花を描く。
 驚くほどに上手! というわけではないが、それなりに上手だ。
 独特のタッチには、何とも味がある。
 手こずる着色。思い通りの色が作れない。
 首を傾げて、うんうん唸って、あれこれ混ぜ混ぜ。
 少しずつ少しずつ、完成していく花の絵。
 その進行状況をチラチラと確認しつつ、蓮も描画を続けた。
 梨乃が振り返ったら隠して、また描画しだしたら自分も。
 その繰り返しの中、二人の絵は、ほぼ同時に完成した。
 とはいえ、蓮が描いた絵を、梨乃は確認することが出来ない。
 確認できるのは、翌日のこと。

 *

「ぎゃははは! 浩太、上手すぎだろ!」
「……笑うところかなぁ、そこ。喜んでいいのか迷うんだけど」
 翌日、美術館に展示された各エージェントの絵。
 マスターの友人が経営している美術館を借りて、コンテスト開催。
 一般客に投票してもらう、簡素な投票システムを採用。
 要するに、一番多く票を獲得したエージェントが優勝。
 で、オネダリ権を獲得できると、そういうわけだ。
 先ほどから、海斗が大笑いしている。
 指差しているのは、浩太が描いた絵。
 幾何学模様のそれは、確かに上手すぎだ。
 展示されている絵の中で、やたらと目立っている。
 その絵の隣には、海斗が描いた絵。
 絵というか何というか、らくがきレベルだ。
 ロボットらしいが……ロボットに見えない。
 静かな美術館、海斗と浩太の笑い声が響く。
 各所に飾られたエージェントの絵。
 千華はマスターを描画していた。
 まぁ、そこそこかな? 可もなく不可もなく。
 でも、これ、どうだろう。
 正直、卑怯な気もする。 審査委員長への媚びみたいな。
 で、藤二の絵は……海斗と同レベルだ。
 描いているのは、黒髪和服の女性っぽいけれど、
 不気味な影にしか見えない。 もはやホラーだ。
「あんたって、絵心ないわよね」
「媚びるよりはマシですよ」
「媚びてないわよ」
 ささやかな言い合いをしている藤二と千華。
 実に、レベルの低い喧嘩だ。
 うーん。 一通り見て回ったけど、
 やっぱり一番グッとくるのは浩太くんの絵かな。
 それにしても上手いよね。 ちょっとビックリしたよ。
「浩太くん、上手だね」
「そうですね……あっ!?」
 微笑み言う蓮に、言葉を返す途中、梨乃がギョッと目を丸くした。
 見つけてしまった。 ついに、見つけた。
 端っこに、ひっそりと飾られている蓮の絵を。
 気のせい……なわけがない。
 あれは、紛れもなく自分だ。自分の横顔ではないか。
「れ、蓮さん……」
「あははっ。見つかった?」
 恥ずかしそうに俯く梨乃を覗き込んで笑う蓮。
 ちょっとしたサプライズ。
 キミの、その顔が見たかった。
 それだけで十分。満足。してたんだけど……。

 *

「ふむ。優勝は、蓮じゃな。二位は浩太。僅差じゃったぞ」
 開票し終えて、結果を報告するマスター。
 美術館のロビーに集合したエージェントは、蓮に拍手を送る。
 (あららら)
 まさか優勝するとは、思ってもみなかった。
 無欲の勝利ってやつかな?
 それとも、梨乃ちゃんへの想いの強さのお陰かな?
 投票用紙には、コメントも記載できるようになっていた。
 蓮の絵に票を投じた者のコメントは、気味が悪いほどに一致。
 どれも 『気持ちが伝わってくる』 そう書かれていた。
 描いてる最中、優勝したら……なんて、微塵も考えなかった蓮。
 ただ純粋に、梨乃を愛しく想って描き出しただけ。
 色はない、モノクロの鉛筆画。
 けれど、とても色鮮やかに見えた。
 想いが彩ったのかな……とか、そんなクサイこと言ってみたりして。
 羨むエージェントの眼差しを浴びつつ、うーんと首を傾げる蓮。
「何でも良いぞい」
 何をオネダリするのか。
 普段から、無欲っぽい蓮がオネダリするものに、全員興味津々。
 中でも、梨乃は一層興味を抱いていた。
 オネダリ権をどうするのか。
 もしかしたら、辞退とか。 しそうな気がする……。
 じっと自分を見つめる梨乃にクスクス笑う蓮。
 そんな真剣に見つめられると、微妙に照れくさいよ。
 オネダリ、ね。 うん。そうだな、やっぱりアレかな。
「ノワールの新書が欲しいんですけど」
 ニコッと微笑み言った蓮。
 発した、そのオネダリに一同は苦笑した。
 結局、無欲なのか。 まぁ、彼らしいといえば彼らしいけれど。
 蓮のオネダリに、ふぉっふぉと笑って応えるマスター。
 クルリと杖を回せば、蓮の手元に一冊の本が落ちる。
 ノワール:グラッテ著 『オルタナ』
 つい先日、世に出た人気作家の新書。
 本人の意向で、発刊数が異常なまでに少ないそれは、入手困難な代物。
 受け取った本を、蓮は迷わず贈る。
「はい、梨乃ちゃん」
「あ、あのぅ……」
「いいから。気にしないで。キミを描いたからこその優勝だしね」

 人の心を掴み、揺らした蓮の絵。
 上手いか下手かで言うなれば、普通。
 けれど、どの絵よりキラキラと輝いていた。
 その光に、引き寄せられてしまうのは必然。
 どんなに上手な絵も、想いの塊には叶わないもので。
 梨乃の横顔。その絵の隅に、蓮は、さりげなく宛がっていた。
 題:愛しい人―

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7433 / 白月・蓮 (しらつき・れん) / ♂ / 21歳 / 退魔師
 NPC / 黒崎・海斗 (くろさき・かいと) / ♂ / 19歳 / INNOCENCE:エージェント
 NPC / 白尾・梨乃 (しらお・りの) / ♀ / 18歳 / INNOCENCE:エージェント
 NPC / 赤坂・藤二 (あかさか・とうじ) / ♂ / 30歳 / INNOCENCE:エージェント
 NPC / 青沢・千華 (あおさわ・ちか) / ♀ / 29歳 / INNOCENCE:エージェント
 NPC / 黄田・浩太 (おうだ・こうた) / ♂ / 17歳 / INNOCENCE:エージェント
 NPC / イノセンス・マスター / ♂ / ??歳 / INNOCENCE:マスター(ボス)

 シナリオ参加、ありがとうございます。
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 2008.06.24 / 櫻井 くろ (Kuro Sakurai)
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