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It sprouts...?
「はぁ……」
深い深い、何処までも落ちていきそうな今日何度目かの溜息が漏れる。
その場面だけ見れば中々悩ましいのだが、彼女にとってそんなことはどうでもいい。
彼女こと海原みなもは非常に困り果てていた。先日からの悩みが一向に解決しないのだ。
具体的に言えば、『悪魔っ娘とは何か?』…なお、彼女はいたって大真面目である。
自分が今行っているアルバイト(と彼女は思っている)の偉い人に、自分は悪魔っ娘と言われて気になりだした彼女。
生来の生真面目さが災いしてか、一度聞いたことは耳から離れず頭を駆け回った。
そんな彼女である、すぐさま調べにかかったのも仕方がないことだろう。
しかし、そもそもの言葉の意味をよく分かっていない彼女はとんでもない間違いを起こす。
悪魔っ娘が分からないと言うなら、悪魔になってみればいいじゃない。
何処かの偉い人に囁かれたのか、行動派の彼女はおりしも手に入った魔道書を手に即行動を起こした。
結果一瞬ではあったが本当に悪魔になり、さらに本物の悪魔との契約寸前のところまでいった。もっともこれは本人も忘れている事実ではあるが。
ともあれ悪魔に体を乗っ取られかけると言う滅多に出来ない(出来ないほうがいいとも言う)恐怖体験を通じて、彼女が悪魔っ娘について手に入れた知識は…皆無だった。切な過ぎる。
そうして冒頭に戻る。
「はぁ……」
また溜息が漏れる。溜息をつくたびに幸せが逃げるとよく言うが、今の彼女なら一生分の幸せも逃げているのではないだろうか。
前回の失敗である程度の知識が得られれば、彼女とてきっと納得したに違いない。
しかし、得たものは皆無である。なら納得できるはずがない。
「どうしましょうか…」
そうは言いながら、彼女には方法がなかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「いらっしゃいませー」
「……いらっせー」
で、何故か。彼女「達」は、そんなお店にいた。まごうことなき悪魔っ娘の姿で。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
そんなときに頼りになるのは、一人の男性だ。
彼はみなもが恐らく一番この世で信頼している人物の一人。そんな彼であればこそ、何か答えを知っているかもしれない。
彼は少し考え、そして彼女に一つのメモを手渡す。そこには簡易的な地図と電話番号、そして何かの名前。
「…ここですか」
メモのところに行くと、なんだかよく分からない店舗が建っていた。
ちなみに住所には堂々と秋葉原〜と書いてある。その時点で普通の人なら気付くだろうが、何せみなもである。その意味は全く理解していない。
「なんであたしがこんなところこなきゃなんねぇんだ…」
そして、隣でぶつぶつと呟く約一名。
「すいませんアスカさん」
「悪いと思ってるなら連れてくるな」
悪びれもせず悪態をつく彼女は、以前会ったとき水着だかレオタードだかよく分からない格好だった。だから普通の服装だと何故だか妙に新鮮味がある。
そんな彼女はあの人の一番近くにいる人物である。
みなもには一つの考えがあった。あの人の考えていることは何時もよく分からない。きっとこの先も分からないと思う。ならよく知ってる人に聞けばいいのではないか、と。
だから彼女についてきてもらった。否、ついてこさせた。友人然としているが、彼女の立場はみなもよりもずっと下。言ってしまえば下っ端なのである。拒否権など最初からナッシング。
「でも、アスカさんなら魔王様の趣味が分かるかと思っ」
「はぁぁぁぁぁ!?」
みなもの声は新しい大声ですぐさま掻き消された。
「あたしはあいつの趣味なんざ一度としてこれっぽっちも分かった事はないし分かりたくもないね!」
余程遺憾だったのか、声はかなり荒い。そこまで嫌われる魔王様は威厳も全くない。そして彼女はその下っ端なのだから救われない。
「でも、他に相談できる人が…」
目に見えてうろたえるみなもに、彼女の声が止まる。寧ろ泣きそう。一応彼女のほうが年上だからイジメ?
「ま、まぁみなもの頼みならしょうがないけどよ…」
慌ててそっぽを向き頬を掻く。女の子の涙は性別関係なく武器なのだ。
なぁなぁではあったが、彼女は結局協力を約束してくれた。下っ端だし拒否権はないが。
みなもの笑顔に彼女も釣られてぎこちなく笑う。そんなお人好しなところが彼女たる所以なのだろう。
「ありがとうございます、食事代とかはちゃんと負担しますから」
それに、これにも釣られた。だって、今月微妙に生活費ピンチだし、食事が一食でも浮くなら…そう思った彼女は浅はかだった。
そんなわけで、みなもと彼女――アスカ・クロイスの二人はその如何わしい店へと足を踏み入れた。
「はぁいいらっしゃい、お話聞いてるわよ」
「なぁ、あたし帰っていいか?」
「あ、アスカさん駄目です」
なんというか、入った瞬間眩暈が彼女たちを襲ったのは恐らく間違いでもない。
第一印象。どぎつい。
店内の窓は全て黒のカーテンで飾られ、全て閉められている。この中に充満している空気が全く逃げず、濃密に固まっているようにすら思える。
で、そんな店内は目が痛くなるほどのピンク。最早蛍光色に近い。これはずっと中にいたらそれだけで視力が悪くなりそうだ。
さらにやたらとファンシーな装飾。それだけならいい。そこに群がる客たちのオーラが怖い。
やたらと鼻息荒く、汗がにじみ出ても気にしない。その視線はそこらかしこへ向けられている。
「注文はどうするのだ?」
「ぇ、えと…」
接客しているウェイトレスの態度が異常にデカい。まるで客のことを汚らわしいものを見るかのような視線で見下している。
しかし客は嫌な顔一つしない。寧ろ喜んでいるような。
違うほうを見れば、今度はいきなり倒れこむウェイトレスが見える。こっちは偉そうな態度は全くないが、見れば見るほどドジをおかす。
その他諸々のウェイトレスがいるが、その全員がどこか違う。何よりもその格好が…というかこれ本当にウェイトレス?
「ここが最先端の情報が集う秋葉原でも唯一の悪魔っ娘オンリーカフェよ」
ふふんと得意げに鼻を鳴らす女…ではなく男。何よりの違和感がその男だった。ぶっちゃけた話オカマである。
「ささっ、まずは奥へゴー♪」
「お、おい!」
「あ、はい」
二人が引っ張ってこられたのは楽屋。やたらとどぎつかった店内に比べれば全然殺風景で、寧ろこちらのほうが目に優しく安心できる感じがする。
狭い都会の事情により、例の如くお世辞にも広いとは言えないがさっきの部屋よりは全然マシだろう。
オカマは適当なイスに腰をかけながら二人のほうに顔を向ける。化粧がきつくて見ておれず、アスカは思わず顔を背けた。
「みなもちゃんよね? そっちの子は知らないけどぉーまぁいいわ、顔いいし」
「はい、今回は宜しくお願いします」
どうやら今回は前回のような本が相手ではなく、この人物が相談役となってくれるらしい。見た目はあれだが、こういう店をやっているのならその知識は信頼できるといえるだろう。
漸く謎が解けるかもしれない。その思いに期待を膨らませ、どこかみなもの瞳が輝いているような気がする。先ほどの返事にも若干力が入っていたのもきっと気のせいではないだろう。
「二人とも可愛いから思いっきりいい悪魔っ娘にしてあ・げ・る☆」
「…なぁ、あたしやっぱり帰っていいか」
「駄目です、一緒に頑張りましょう」
やる気なみなもに、今度はアスカが溜息をつくのだった。
○レッスン開始!
「悪魔っ娘といえば、まずは何より見た目よねぇ。人じゃないんだから♪」
こくこくと頷くみなも。その瞳は至って真剣だ。
そんなこと言われなくても分かってる…と言いたい所だが、みなもはそれが分かっていないのだからここにきた。言われたことは欠かさずメモを取る。
それに対しアスカは正直一切の興味もないので、一人衣装なんかを見ながらうわーとかひーとか一人で言っていたりする。下っ端の癖にやる気がないのはどうなのか。
ともあれそんな下っ端は放っておいてレッスンは進んでいく。
「いい? 悪魔っ娘と言えば、まず頭に山羊の角か小さな翼がメジャーよね。みなもちゃんはそうねぇ…角のほうかしら?」
ふむふむと頷くオカマ。何かを値踏みしているかのような視線である。
「何故です?」
「んーそうねぇ…なんとなく☆ なんてのは冗談ー黒髪やそれに近い系統は山羊角の方が映えるのよ♪」
「そういうものなんですか…」
勿論欠かさずメモ。意外に奥が深そうだ。
「アスカちゃんは逆に翼のほうがあいそうねぇ。銀髪で目も赤いし、胸ないし☆」
「うるせぇぇぇぇ!?」
まぁそんな下っ端は無視して、次に衣装。
狭い楽屋には不釣合いな、やたらと豪華な衣装箱が運び込まれる。その数は相当のもの。
蓋を開けると中には様々な衣装が。余程大切にされているらしく、その全てに皺一つもなくどこか輝いている。
「やっぱり衣装はフェティッシュなものがメインよねぇ。文字通り呪術的なものから、扇情的なものを思い起こさせるものまで様々だけど、最近じゃゲームなんかの影響もあって特に過激なやつが人気あるわねぇ。私的には今一なんだけど」
「へーそういうやつを薦めるのかと思ってたけど」
綺麗な衣装は見ているだけで楽しいのか、気付けばアスカも談義に加わっている。意外に興味が出てきたのかもしれない。
「ではオジサマのオススメは?」
「やーねーオジサマじゃなくて御姉様☆
それは置いといて…んーゴス系とかかしら? ミニのやつね♪」
そういって一つの衣装を手に取る。手に広げられたのはフリルが沢山あしらわれた編み上げのジャンパースカート。
「どちらかといえばゴスパンクのほうが近いかしら。二人とも全然若いし、若さと可愛さをアピールしたほうがいいと思うのよねー。その辺は悪魔っ娘でも他でも同じかしら」
「確かにこれは可愛いなぁ…」
「よく分からないんですが、そういうものなんですか?」
オカマはそうよーと指を振る。
「なんでもかんでも見せればいいってもんじゃないのよ、男なんて寧ろチラッと見えるくらいのほうが萌えるんだから。
まぁ二人がもうちょっと色々な所増量してたら、そういう衣装もありなんだけどね☆」
「一言余計だけど、よく考えてるな」
二人にとってその発言は微妙に(かなり?)セクハラ臭いが、何故か嫌な感じはしない。それは恐らく、彼が純粋にこういうことが好きで楽しんでいるからだろう。
それにまぁ、綺麗な衣装を前にして嬉しくない女子はあまりいない。二人の体に楽しげに衣装を合わせるオッサンが微妙に気持ち悪いことを除けば。
「後は変則的なところでチャイナなんかもありよねー意外にあうのよこれが」
「でもチャイナって体のライン出るからなぁ」
「それがいいんじゃない♪」
「アスカさんならスラっとしてるしいいかもしれませんね」
「ぇ、そ、そうか?」
「チャイナならやっぱり生足よねー☆」
もうこうなってくると、悪魔っ娘談義というよりはただの女の子着せ替え会である。約一名はオカマだが、既に二人とも慣れてしまったのか遠慮せずに会話を交わしている。
その中で彼は悪魔っ娘について語る。
「悪魔っ娘は背徳的な感じがあるじゃない? あれがいいのよねぇ…」
「そりゃあんたも色んな意味で背徳的だしな」
「やだもうアスカちゃんってば☆」
「背徳的…」
みなもは欠かさずメモを取る。彼の話には何気なく深い言葉が出てくる。深いかどうかはみなも次第だが。
「悪魔っ娘の真髄は、見た目や言葉遣い、態度全部を含めた背徳的な感覚なのよ。単に色気があるだけじゃ駄目なわけ。
例えばほら、みなもちゃんなんて凄く真面目じゃない? だけどこういうお店に来てこういう話を聞いてる。そういうところが逆に背徳的な感じを出してるっていうかねぇ」
みなもにはよく分からないが、兎も角そういうことらしい。
「生真面目だけど、きっとみなもちゃんいい悪魔っ娘になれるわよー。お人好しなアスカちゃんもね♪」
彼の言葉は純粋だった。本当にそう思っているらしく、アスカは思わず照れて顔を背けた。みなもはまだよく分かっていなかったが。
そんなこんなで色々と衣装合わせをした結果、みなもは山羊角に白のゴスロリ(&サイハイソックス)、アスカが赤のチャイナに翼ということになった。勿論二人とも大きなコウモリの翼と尻尾は完備。
みなもはカラーコンタクトを入れて金眼となっている。彼曰く角には金眼なのだそうだ。
「うんうん、二人ともよく似合ってるわ」
感慨深げに頷く彼の顔に浮かんでいるのは、一仕事を終えたかのようないい笑顔。確かに二人の可愛さをさらに引き立たせはいたが、二人はまだ慣れないのか微妙に恥ずかしそうだった。
しかし、次に顔を上げたとき、彼の顔にはまた違う種類の笑顔が浮かんでいた。その意味を、まだ二人は知らない。
「それじゃ…」
「「?」」
「お店に出ましょっかー♪」
「ま、まてー!?」
「え、えと、年齢的にまずいのでは」
「無問題無問題ー関係ないわよここは治外法権特区よー♪」
んなわけねぇ!という声は無視されて、二人はずんどこ店内へと引っ張られていった。
新たに登場した美少女悪魔っ娘二人に、店内のボルテージは最高潮を通り越して爆発寸前になったとかなんとか。後ほどこっそりファンクラブが出来たりしたらしいが、それはまた別の話。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
気付けばとっぷりと日も暮れ、漸く二人はあの熱狂溢れる店内から解放された。手にはしっかりとバイト代代わりの衣装を渡されて。
なんだか疲れた。無性に疲れた。単に話を聞きに着ただけでなんでこんなボロボロになってるんだ、自分たちは。
なんというか泥のような疲労感。あまり達成感がない辺りちょっと寂しい。
「で…悪魔っ娘がなんたるか分かったか?」
アスカの問いに、
「……正直、あまり…」
みなもは正直だった。
しかし、そんな彼女を誰が責められただろうか。寧ろ責める力も残っていないと言った方が正しいかもしれないが。
大体にして、彼の言葉も彼の嗜好であり、他がそうであるとは限らない。一人から全てを学ぶのは無理と言えるのかもしれなかった。
「…帰るか…収穫も一応あったし…」
「ですね…お礼します…」
どこか寂しい背中で二人は歩き出す。
まぁ収穫がなかったわけでもないし、それでいいじゃないか!
後日談ではあるが、彼女の悪魔っ娘姿は大層気に入られたとか何とか。誰のお気に入り、とは言わないが。
「やっぱり悪魔っ娘はいいわよねぇ…今度は見た目だけじゃなくて中身も変えてほしいわ♪」
そういう彼の背中には、本物の翼が生えていた――。
<END>
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