コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


『草間興信所主催・日帰り潮干狩りツアー』
■潮干狩りツアー開催■
「潮干狩りに行ってみたいです」
 睡魔と闘っていた昼下がり、突然の零の一言で武彦の眠気は一気に覚めた。
「はあ? いきなり何を」
 武彦はいぶかしげに零に問う。
「この本に載っていたんです。皆さんしゃがみこんで一心不乱に砂浜を掘って……何だか楽しそうだなあと」
 そう言って、零は一冊の本を武彦に見せた。
『家族で行く東京レジャーマップ』、表紙にはそうでかでかと書かれている。見出しには『潮干狩り特集』だの『絶好の潮干狩りスポット』だの『決定版・潮干狩りカレンダー付き』だの、とにかく潮干狩りに関することばかりが並んでいた。
「行ってみたいです」
 零は本を抱き締めて武彦に詰め寄る。
「嫌だね。潮干狩りなんて、腰が痛くなるわ暑いわ服が濡れるわ足の裏に何か変なものがささったりするわで、いいことなんかないんだぜ」
 零の好奇心をとにかく逸らそうと、武彦は必死になってまくしたてた。潮干狩りなんてまっぴらだ。その本音が喉から出かかっていたが、零の好奇心を傷つけないようにぐっと堪えた。
「へえ、潮干狩りってそんなに色んなことが起こるんですか。ますます気になりますね。これは是非とも行きたいです」
 しかし零は、逆に行きたいという気持ちを強くしてしまったようだった。武彦は決してその要望を受け付けるつもりがなかったので、「行きたい行きたい」と連呼する零を無視し続けたのだが、それが悪かった。
 夕方、零がまた本を抱き締めて詰め寄ってきた。本と一緒に一枚の紙を持っている。
「これ、あちこちにファックスしましたから」
 ずい、と武彦の目の前に差し出した。それを見た武彦は絶句した。

『草間興信所主催・日帰り潮干狩りツアー参加者募集』

 しかも、詳細な日時や場所まで書かれているではないか。費用は興信所持ちとなっている。最後まで詳細を読み終えたとき、電話が鳴り響いた。零がいそいそと出る。
「はい、草間興信所です。……潮干狩り参加希望ですね。ありがとうございます。承ります。それではお名前を……」
 武彦は頭を抱え込んだ。
 これでは、何が何でも潮干狩りに行かなくてはならないではないか――!
 こうなったら、ツアーでも何でもやってやる。そのかわり、一番収穫の少ないヤツにツアーでかかった費用を払わせてやる。
 興信所の必要経費で落としてなるものか――!
 武彦は鼻息荒く興信所を飛び出すと、潮干狩りグッズを買いにホームセンターへと向かった。

■絶好の潮干狩り日和■
「よし、完璧」
 潮干狩り客でごった返している砂浜に立ち、シュライン・エマは笑った。
「天気も潮も体調も何もかも! 絶好の潮干狩り日和だわ」
 それだけではない。朝早くから弁当を作り、日焼け対策も万端、武彦用の携帯灰皿も持ってきている。帰りの着替えはもちろんのこと、潮干狩りに臨むための服装まで完璧だった。隣で零が手を叩く。
「シュラインさん、格好いいです!」
「あなたも可愛いわ、零ちゃん」
 シュラインは初めて潮干狩りをするという零のために、自分とお揃いの服を一式用意していた。帽子を目深にかぶり、首に掛けたタオルは肌に優しい素材、長Tシャツにスパッツ、そして上から着込む釣り用ツナギ。もちろん忘れちゃいけないのが手袋と地下足袋だ。それら全てを色違いで揃えていた。シュラインはさらに偏光グラスまで装備している。
「どこの族だよ」
 後ろから武彦の声がした。振り返ると、そこにはやはり自分と全く同じ格好をした武彦の姿があった。
「……人のこと言えないでしょう」
 シュラインが苦笑する。ホームセンターに行った武彦は、道具一式は揃えたものの、当日の格好についてなかなか決めることができず、結局シュラインが零のために用意した服をこっそりと真似たのだった。
「と、とにかく捕って捕って捕りまくるぞ! 絶対に費用は払わないからな!」
 武彦はそう言うと、慌ただしく道具を抱えて走り去っていった。
「まったく。……でも零ちゃん、大丈夫なの? 費用は興信所持ちなんでしょう? 一応、移動手段はかなり安くつくようにしたけど。武彦さん、勝手にあんなこと言ってるわよ。これじゃあ、他の参加者は楽しく潮干狩りできないかも」
 シュラインは溜息をついた。しかし零は軽く首を横に振り、ポケットから一枚の紙を取り出してシュラインに渡した。その紙は、零がファックスした潮干狩りツアーのチラシだった。
「ん? 参加費は事前に振り込み……って? あれ?」
 シュラインは目を丸くして零を見る。零は嬉しそうに頷いた。
「本当はちゃんと会費制にしたんです。お兄さん用に、費用は興信所持ちのチラシを作ったんですよ。だって、こうでもしなければ、きっと潮干狩りに行ってくれないだろうと思って。他の参加者の皆様は、ちゃんと会費を払って下さってます」
「なるほどね。それなら教えてくれたってよかったのに。私もまんまと騙されたわ。でも敵を欺くにはまず味方から。いい方法だわ。……ね、私と一緒にやってみようか、潮干狩り」
「はい、是非! ありがとうございます!」
「じゃあ、徹底的に潮干狩りを楽しむわよ!」
 シュラインのその言葉を合図にするように、他の参加者たちがわらわらと砂浜に散っていく。今回のツアーには、数十人が集まっていた。過去に興信所に相談事を持ちかけた依頼者が多い。心霊現象に関する依頼を嫌がる武彦だが、結局はその仕事が高く評価されている証拠ともいえた。
 皆が潮干狩りを開始するのを確認してから、シュラインと零は連れだってポイントを探しに出かけた。

■ポイント■
 潮干狩りが初めての零は、とにかくきょろきょろして落ち着きがない。見るもの全てが新鮮なのか、目を輝かせていた。
「じゃあ、こうやって足をうりうりしてみて」
 やがて少し盛り上がった瀬の傾斜部分を見つけると、シュラインが地下足袋の足をそこに押しつけて言った。
「こうですか? うりうり」
 零も同じように押しつける。
「そうそう、うりうり」
「うりうり、うりうり……あ、何かが足に」
 しばらくふたりでうりうり言いながら探していると、零が動きを止めてシュラインを見た。シュラインの足にも、同様に硬い感触が当たった。
「そう、それよ。地下足袋はポイント探しにぴったりなの。それから、そのあたりに吸水管を出していた小さな穴が開いていれば確実よ。貝は集まってるから、その周辺を丁寧に探すといいわよ」
「わかりました、やってみます」
 ふたりはしゃがみ込むと、熊手を使って砂を掘り始めた。一分も経たないうちに、零が歓声をあげた。
「捕れました! ほら、こんなに大きいのと、小さいの」
 シュラインに見せた貝は、どちらも模様の美しいアサリだった。シュラインは笑うと、大きいほうを零の網に入れ、小さいほうは再び砂に戻した。
「戻しちゃうんですか?」
「そうよ。来年も楽しまないといけないからね。小さいのは返してあげよう」
 シュラインも小さなアサリを見つけると、先ほどと同じようにそっと戻した。零は「わかりました」と頷き、再び潮干狩りに没頭する。楽しんでくれているようで何よりだと思いながら、シュラインは視線だけで武彦を捜した。
 武彦は二十メートルほど離れた場所で、ひたすら熊手を繰り出している。親の敵でも討つかのような、そんな勢いさえあった。武彦の側に置かれている網には、かなり沢山の貝が入っているように見えた。
「……まさか」
 シュラインは武彦の姿に、一抹の不安を覚えた。少しの思案のあと、零に耳打ちする。
「零ちゃん、ちょっとお願いがあるんだけど」
「なんでしょう?」
「怨霊を地中に網状で潜り込ませてくれないかしら。そこに少しずつ捕ったアサリを入れていってほしいの。私も入れていくから。でも、もちろん、自分の網に入れるのも忘れないようにね」
「いいですけど……どうしてですか?」
「ちょっと嫌な予感がして」
 シュラインは武彦を指さして笑った。零はきょとんとしているが、何となくシュラインの考えを理解したようで、すぐに貝のポイントをもうひとつ探すと、そこに「網」を仕掛けた。小さな穴が砂の上にぽっかりと開く。そこが「網」の入り口のようだ。
「これである程度は最初から捕れていると思います。あとは追加していくだけですね」
「ありがとう、恩に着るわ」
 軽く笑うと、今捕った貝のうちのひとつを零が仕込んだ網に入れた。
 ふたりは黙々と、しかし確実にアサリを捕っていく。三つ目の網が一杯になったころ、シュラインは一度車に戻ってバッグを取ってきた。バッグから大きめの蓋付きタッパーとザルを取り出す。
「シュラインさん、何するんですか?」
 零がシュラインの手元を覗き込んだ。シュラインはタッパーに海水を入れ、そこにザルを入れた。ザルの下には数個の小石を置いて、ザルが底につかないようにしている。
「ここにアサリを入れていくのよ」
 そう言って、次々にアサリを並べていく。タッパーに並ぶだけ並べると、今度は蓋をしてタッパーを新聞紙でくるんだ。タッパーは他にも沢山あった。
「砂抜きするの。ザルは底上げしておくと、吐いた砂を再び飲み込むこともないのよ。新聞紙は、中を暗くするため。お昼のお弁当のときに、アサリ汁でも作ろうと思って。どんどん砂抜きするわよ」
「うわあ、楽しみです」
 零が手を叩いて喜んだ。シュラインはアサリを入れたタッパーを、平面に置く。
「他にも定番の酒蒸しや、茶碗蒸し、炊き込みご飯、しぐれ煮、卵とじ……洋風で行くならバター炒めやパスタ、クラムチャウダーなんかもいいわね。それらは興信所に帰ってから作りましょ」
「だったら、やっぱり和食がいいです。シュラインさんの和食、最高ですから」
「了解。じゃあ、もっと捕るわよ! 食べきれない分は、砂抜きして冷凍しておけばいいから、遠慮せずたっぷり捕って」
 シュラインは残りのタッパーにもアサリを並べていく。零は「はーい!」と返事をすると、砂を掘るペースを上げた。頬に砂がついても気にせず、楽しそうに掘り続ける。
 その姿に、シュラインは思わず笑みをこぼした。

■満潮■
 太陽が天頂にさしかかる頃、潮が満ちてきて潮干狩りは終了となった。事前に貸し切り予約を入れておいた民宿の大広間で、参加者たちは各々の収穫を比べ合い、楽しげに歓談している。シュラインと零も、テーブルに弁当を広げて昼食の用意を始めていた。そこに武彦が意気揚々と入ってきた。
「シュライン、零、見ろよ俺の収穫。これなら誰にも負けないぜ。費用の負担はしなくてすみそうだ」
 満面の笑顔で、手に持った網を見せる。そこには、かなり大ぶりの貝がぎっしりと詰まっていた。
「どうだ、凄いだろう。ハマグリだぞ、ハマグリ!」
「凄いです、お兄さん」
 零が目を丸くして驚いた。しかしシュラインは、武彦の持ってきた貝を見て頭を抱えてしまった。
「やっぱり……」
「やっぱり? 何がだ、シュライン」
 武彦は首を傾げた。
「武彦さん、あなた潮干狩りしたことあるの?」
「子供の頃に一度あるはず……。覚えてないけど」
「それ、バカ貝よ」
 はあ、と大きな溜息をついて、武彦の持つ網を見た。立派なバカ貝が、まるで「自分はハマグリなんだぞ」と主張しているようにさえ見える。
「え……っ」
 武彦は絶句して、シュラインの顔と網とを交互に見た。
「どうせ大きければいいって思ったんでしょ」
「いやまあ、その……」
「嫌な予感がしてたのよね。思った通りだったわ」
「ど、どうすりゃいいんだ。これじゃあ、俺の負けじゃないか」
 先ほどまでの勝ち誇った顔はどこへやら。今はもう、見る影もないくらい動揺を顔に浮かべている。今、武彦の頬を伝っていったのは、果たして普通の汗なのか冷や汗なのか。まさか涙ということはないだろうが。
「零ちゃん」
 シュラインは武彦の手から網を奪って、零に声をかけた。零はシュラインが何を言おうとしたのかすぐに察し、無言で頷くと指で宙を軽くたぐり寄せる仕草をした。すると、空間に小さな穴がぽっかりと開き、そこから網――怨霊で作られた――が姿を現した。中には大ぶりのアサリがぎっしりと詰まっている。
「うわっ、何だよこれ!」
 武彦は目を白黒させて驚いた。零が「どうぞ」と網を武彦に渡す。
「こんなこともあろうかと、武彦さんのアサリをちゃんと確保しておいたのよ。それから、これ」
 そう言って、潮干狩り前に零が見せてくれたチラシを武彦の目の前に突き出した。武彦はしばらくそれを凝視したあと、ぽかんとした顔でシュラインを見る。
「……え? え?」
「最初から、会費制なのよ」
「そんな……。俺の苦労は一体……」
「いいじゃないの。零ちゃんが楽しんでくれたんだから、それで」
 頭を抱え込んで座り込んでしまった武彦の肩を、シュラインは軽く叩いて宥めた。武彦はとても満足げな顔をしている零を見て、小さく溜息をつき、笑った。
「それもそうだな……。でも……バカ貝……かあ……」
「それより、お弁当食べましょ。アサリ汁も厨房を借りて作ったから」
 シュラインはテーブルに置かれた鍋の蓋を開け、中の汁物をお椀に注いだ。まだ少し落ち込んでいる武彦に、畳みかけるようにしてそれを差し出す。湯気の立ち上る、アサリ汁。潮の香りが部屋に充満した。
「へえ、潮汁か。味噌汁じゃないのか」
「採れたての味を楽しんでもらおうと思って。味噌汁もいいけど、潮汁も最高よ」
「……うん、うまい。弁当も最高だ。これだけでも来た甲斐があったかな」
 武彦はアサリ汁を一口啜ると、何度も頷いて一気に完食した。それどころか、二杯目を要求する。シュラインは二杯目を武彦に渡すと、零にもアサリ汁を渡した。
「美味しいです!」
 零も歓声をあげる。武彦と零はアサリ汁片手に、弁当にも手を伸ばし始めた。
「ゆっくり食べてね。他のみんなの分も作ったから、配ってくるわ」
 シュラインは人数分のお椀を用意すると、参加者全員にアサリ汁を配った。広間のあちこちから、感嘆の声が上がる。それを満足げに眺めながら、自分もアサリ汁に舌鼓を打った。

■陽が暮れて■
 興信所に戻るころには、すっかり陽が暮れてしまっていた。シュラインはすぐにアサリの調理に取りかかった。すでに砂抜きは済ませているので、あとは一気に調理するだけだ。時間も遅い。手間がかからず、それでいて豪華で美味なものを予定していた。
「ふたりとも、夕食ができたわよ」
 一時間ほどで、シュラインは調理を終えた。できあがった料理を応接セットのテーブルに並べていく。
「待ってました、アサリのフルコース!」
 テーブルに並べられた料理を見るやいなや、武彦は食べ始めた。酒蒸し、しぐれ煮、卵とじ……昼間、零に話していた料理の数々だ。
「アサリ以外もあるわよ」
 シュラインは意味深に笑って、明らかにアサリとは違う貝の料理をテーブルに置いた。武彦は箸を止め、それに見入る。
「……これ、何だ?」
「バカ貝」
「食えるのか?」
「もちろん。ぬたにしたの。食べてみて」
 シュラインが強く勧めると、武彦は眉間に皺を寄せて恐る恐るバカ貝に箸を伸ばした。不安げにそれを眺め、意を決したように目を閉じて口に放り込む。何度か咀嚼をするうちに武彦の眉間に刻まれた皺は消えていき、驚きの表情へと変わっていった。
「へえ、うまいじゃないか。何だか得した気分だ」
 目を開けて破顔一笑すると、今度は勢いよく口に入れてほおばった。
「今日はとても楽しかったです!」
 零も料理を味わいながら、今日の感想を口にする。よほど楽しかったのか、身体全体から幸せオーラを発しているようだった。
「そうだな、楽しかった。潮干狩りも結構悪くないな」
「来年も行きたいです」
「よし、行こう」
 武彦が頷く。行く前とは全く違う態度に、シュラインも零も顔を見合わせて笑った。
「来年は、ちゃんとアサリ捕ってね」
 シュラインが茶化すと、武彦は首を横に振った。そしてまた、ぬたを口に放り込む。
「いや、またバカ貝を捕る。調理してくれるだろう?」
 にやりと笑ってシュラインを見た。シュラインは一瞬呆れながらも、自分の料理に期待してくれているという武彦の気持ちや、来年もこうして一緒にいられるのだということに、喜ばずにはいられなかった。
「はいはい、わかりました。さあ、どんどん食べて! まだ沢山あるわよ!」
 シュラインは蒸し上がったばかりの茶碗蒸しと、炊きあがったばかりの炊き込みご飯をどん、とテーブルに置いた。武彦と零が歓声をあげる。
 来年は、どんな料理を作ろうか。
 シュラインはアサリ料理を眺めながら、来年の潮干狩りに思いを馳せた。


 了



■□■■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■■□■


【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

【NPC/草間・武彦(くさま・たけひこ)/男/30/草間興信所所長、探偵】
【NPC/草間・零 (くさま・れい)/女/--/草間興信所の探偵見習い】



■□■■ ライター通信 ■■□■

シュライン・エマ様

お世話になっております。ライターの錦です。
『草間興信所主催・日帰り潮干狩りツアー』、お届けいたします。
貝料理するのも楽しみとのことで、シュライン様のアサリ料理を堪能できる武彦氏が少し羨ましくさえありました。
アサリ料理を色々考えながら、楽しく書かせていただきました。
少しでも楽しんでいただけると幸いです。
またご縁がありましたら、どうぞよろしくお願いいたします。
この度はご参加下さり、本当にありがとうございました。