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<東京怪談・PCゲームノベル>


<不思議の国行き特急切符 1>

<Opening>
「断る!!」
いっそ壊れてしまえと言わんばかりの勢いで受話器を叩きつけ、草間は苛立ちを隠す事もなく不機嫌な表情で新しい煙草に火を点けた。
「此れで何件目でしたっけ……」
掃除中だったのか、モップを片手に肩を落としたのは草間の義妹である零。
今日は珍しく朝早くから依頼の電話が数本かかってきていたのだが、義兄の様子を見れば其れが全て彼の嫌いな―『怪奇現象関連』のものだったらしく。
最初のうちは良かったものの、何件も立て続けにかかってきてしまえば、当然それらの現象を極端に嫌う草間の機嫌も急降下する。
「まぁ、武彦さんの機嫌が良い時、なんていうものの方が珍しいわよね」
ぽつりと呟いたのは、草間興信所の事務員であるシュライン・エマだ。
「ねぇ、武彦さん。いい加減パソコンで報告書を纏めて欲しいのだけど。機械嫌いもこのご時勢流行らないわよ?」
「ほっとけ」
現在この興信所で、草間の書いた手書きの報告書を解読することが出来るのは、この古参の女房的存在である彼女だけだ。
本来ならば所長である草間自身が纏める必要のある報告書だが、流石に依頼人に『それ』を見せるわけにはいかないと、シュラインが自分の『もうひとつの仕事』のついでにパソコンで打ち出している。
其れも此れも全て、草間の機械嫌いが原因なのだが。
そもそも草間は本来、機械が嫌いだというわけではなかった。
ただ、彼自身が『怪奇探偵』と周囲に認知されてしまってからというものの、何故か興信所に置かれる電化製品が、原因不明の短命でお亡くなりになってしまうようになったのだ。
煙草代を捻り出すのにどれだけ生活を切り詰めなくてはならなくなったのか。
推して知るべし、だ。
「最近の兄さんは、知らないうちに『怪奇現象』に巻き込まれて解決してますから。『そういう』依頼が来るのも仕方がないのかもしれませんね」
「俺はあくまでも『普通』の探偵なんだよ。『怪奇現象』なんて胡散臭ぇ事は、そういう関係の所に頼むのが筋ってもんだろ」
額に浮かんだ青筋を必死に引っ込ませようと煙草を燻らせる草間に、溜め息を一つ吐いて換気しようと窓へ向かう零。
報告書がある程度纏まって来た為、飲み物でも淹れようかと席を立ったシュライン。
其の時、興信所の扉がゆっくりと開いた。
「草間・武彦様」
三人の視線がそちらへ向かえば、其処には最近この興信所に滞在する様になった小さな少女の姿。
「何だ遙瑠歌」
黒を基調としたゴシックロリータ調の服を身に纏った遙瑠歌は、手に一通の手紙を持っていた。
「御指示通りに、郵便受けから此方を御持ち致しました」
見た目からは想像もつかないような礼儀正しい口調でそう告げて、少女は草間の傍へと歩み寄る。
(……あら?)
刹那、シュラインの耳に甲高い音―例えるなら耳鳴りが一番近いだろう音が響いた。
しかし本当に一瞬だけの音だった為、それ以上は音が拾えない。
(気のせい……だといいのだけど)
自分の耳と第六感は信用に値する、と彼女は自信を持って言える。
眉を寄せたシュラインに気づく事なく、草間は小さな少女と会話を続けていた。
「ダイレクトメール、か?」
差し出された其れを胡散臭げに見やって、とりあえずの礼儀として開封する。
ベージュの封筒から出てきたのは、同じ色の一枚の便箋と小さな紙切れ。
「何々?『おめでとうございます。貴方は『不思議の国行き特急切符』にご当選されました。同封した切符を使用し、不思議の国をご堪能下さい』……」
草間の声に、しんと静まり返る興信所。
「何だ此れ。怪しい宗教の勧誘かなんかか?阿呆らしい」
半眼でそれらを見た後、草間はゴミ箱へと封筒と便箋達を放り捨てようとした。
次の瞬間。
キィ……イン
甲高い金属音の様な耳鳴りが再びシュラインの鼓膜を打ち。
「待って武彦さんっ……!」
彼女の珍しく切羽詰った様な口調も空しく。
空間が、歪んだ。

「全く……嫌な予感がしたと思ったら、やっぱりこうなっちゃうのね」
溜め息を一つ吐いて、シュラインがじとりと草間を見やる。
草間興信所メンバーが立っているのは、先刻までいた筈の見慣れた興信所ではなく、訪れた事も当然見た事もない古びた駅だった。
「如何して最後まで読まなかったの?本当にもう、武彦さんったら。嫌な予感がするものから逃げるのも結構だけれど、逃げられなかった時の事も考えて頂戴」
ズバズバと尤もな事を口にされて、草間も流石に居心地が悪くなったのか新しい煙草を取り出すふりをしてその場の空気を濁そうとする。
「えぇと……『おめでとうございます。貴方は『不思議の国行き特急切符』にご当選されました。同封した切符を使用し、不思議の国をご堪能下さい』……」
零が読み上げた其れは、義兄である武彦と全く同じ内容だった。
但し。
問題は、其の文章には続きがあったのだ。
「また、下記の注意事項を必ずご一読下さいます様、お願い致します」
―1.この切符には使用期限が御座います。お手元に取られたその日が使用期限となりますので、速やかにご使用下さい。
―2.この切符は他人への譲渡は出来ません。必ずご自身で使用してください。
―3.この切符には、人数制限は御座いません。ご友人、ご家族等とご一緒に旅をお楽しみ下さい。
―4.この切符による何らかの事故等が御座いましても、当方では責任を負いかねますので、くれぐれもご注意下さい。
「……どうぞ、楽しい旅を……」
四人の間に静まり返った空気だけが漂う。
「つまり此れって、問答無用で旅に出ろって事ですよね?」
一番最初に口を開いたのは零だった。
「内容を拝聴致しましたが、少々疑問が浮かぶ内容で御座いました」
無表情のまま首を傾げた遙瑠歌の台詞を継いで、シュラインが溜め息交じりで言葉を纏めた。
「『当方』って、何処にもその『当方』が誰なのか書いてないじゃない。支離滅裂な文章ね」
女三人は視線を交わらせた後、其の先は。
当然と言うか、何と言うか。
此の問題を引き起こした問題児、草間武彦で行き止まりだった。
「如何するの?武彦さん。如何やら此処は『不思議の国行き』の『特急列車』がやって来る駅で、しかも一度此処に来たら嫌が負うにも其の『不思議の国』とかいう所へ行かなくちゃいけなくて。加えて、見て。零ちゃんと遙瑠歌ちゃんの足元。誰も用意してないのにパンパンに膨れ上がったボストンバッグ。まぁ多分着替えとかそういう旅行に必要な物が入ってるんでしょうけど。そんな物までご丁寧にも用意されていて」
じとりと睨み付けられて、草間の顔色はどんどん悪くなっていく一方だ。
対してシュラインは珍しく草間を淡々と言葉で追い詰め、其の様子を驚いた顔で見ている二人の少女は、シュラインの指差した自分達の足元に、確かに鞄が置いてある事を確認して。
「……はぁ……」
今度は全員で、大きな溜め息を吐く事になったのだった。

ホームで待っている間がこんなにも辛いものだとは、草間は生まれて初めてそう感じた。
「一先ず整理するぞ」
自分が現況だという事は最早覆しようがない。
草間は居心地の悪さを無理やり煙草の煙で飲み込んで、自分達の置かれた状況を整理し始める。
「此処は、俺達の居た興信所とは全く違った空間。そうだな?遙瑠歌」
「はい。草間・武彦様。此処は空間の歪み。ある空間と空間を繋ぐ、其の過程の場所で御座います」
創砂深歌者としての能力故に、此の小さな同居人―遙瑠歌には此処がどの様な場所なのかが分かる様子だ。
「で、怨霊の類はいない。間違いないな、零」
「はい。さっきから探索していますけど、全然引っかかりません」
義妹の確かな頷きを確認した後、最後に先刻まで酷く怒っていた古参の事務員―シュラインへと視線を向ける。
「最後に。此処に来る直前に、耳鳴りがしたんだな?シュライン……って、何だその怖い位の笑顔は」
「あら。まだ怒ってるんだもの。当然じゃない?」
耳鳴り云々以前に、どうやら怖い位の笑顔、という部分が引っかかったらしい。
普段クールなだけに、一度感情をハッキリと出されるととてつもなく怖い。
やっぱりシュラインにだけは頭が上がらない。
草間は改めて其の認識をせざるを得なかった。

タ……ン……
タタ……ン……
タタン……タタン……
ガタ……ン

四人の目の前に、一両しかない不思議な形の電車が停まる。
空気の抜ける音と、古びた横滑りの扉が開く音が駅に響いて。
「ご利用、誠に有難う御座います……この列車は、特急『不思議の国』行き登り電車で御座います。ご乗車の際は、ホームと電車の隙間にくれぐれもお気をつけて、お乗り下さいませ」
次いで、何処からともなく聞いた事のない男の声が響いた。
「車掌、みたいね」
長年の勘からか、シュラインが軽く目を細めて頭を二度トントンと叩いた。
声を記録しているのだろう。
何かが起きた時に、彼女の特技である『声帯模写』は非常に有効だ。
草間も当然其れを知っているし、信頼もしている。
だからこそ、草間はシュラインに対して大きな制約を設けないのだ。
世間知らずで、起こす騒動が全て大騒ぎになってしまう小さな創砂深歌者や。
草間の嫌いな怪奇現象絡みを得意とする義妹。
興信所メンバーの中でも、草間は日頃から此の二人に対して、様々な禁止令その他を設けていたりする。
しかし、シュラインにはそういったものは一切ない。
どちらかと言うと、彼女は自身の判断に任せるのが最良なのだ。
草間にとっても、シュラインにとっても。
目の前に停まった電車に乗り込もうとしない四人に、車掌は更に言葉を続ける。
「隙間にくれぐれも。くれぐれもお気をつけ下さい。当車両は、特急『不思議の国』行き登り電車で御座います」
「これは……」
「乗れ、って事だろうな。嫌でも」
頭をガシガシと掻き毟って、草間は吸いかけの煙草をホームへと落下させ踏み潰した。
「シュライン。お前の意見は」
「今更ね。そして、多分武彦さんと同じだと思うわ」
大人組の会話を聞いて、二人の少女は足元に置かれた鞄を手に持つ。
深い、深い溜め息を落とした後。
「乗るぞ」
其の言葉を受けて、興信所メンバー全員は、揃って謎の電車へと乗り込んだ。

「ドアが閉まります。ご注意下さい」
空気の抜ける音と、古い横滑りの扉が閉まる音。
次の瞬間、其処から全てが消えていた。

<To be Next……>

■■■□■■■■□■■     登場人物     ■■□■■■■□■■■
【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【草間・武彦/男/30歳/草間興信所・探偵】
【草間・零/女/年齢不詳/草間興信所・探偵見習い】
【NPC4579/遥瑠歌/女/10歳(外見)/草間興信所居候・創砂深歌者】

◇◇◇◆◇◇◇◇◆◇◇   ライター通信     ◇◇◆◇◇◇◇◆◇◇◇
御依頼、誠に有難う御座いました。
連作の一話目、という事で、どこまでネタをばらしていいものか……と試行錯誤しながら執筆させて頂きました。
この後、興信所メンバーは一体どうなっていくのか。
私自身も楽しく想像しております。
それでは、またのご縁がありますように……