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INNOCENCE // 煙草は二十歳になってから
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OPENING
「吸いすぎですよ」
「ん〜。わかってるんだけどね」
「身体、壊しますってば」
「ん〜。わかってるんだけどね」
本部二階、テラスにて。
雑誌を読みながら煙草を吸っている藤二を気遣う梨乃。
テーブルの上にある灰皿は、吸殻が山盛り。
心配しているのに、やめようとしない。
なかなか、やめられないものなんだってことは理解っているけれど、
せめて、少し控えるとか……そのくらいは、してもらいたい。
あなたは、大切な存在なんだから。
組織にとっても、私にとっても。
「没収します」
「あっ」
一向に吸いやめず、次から次へと火を点ける有様に我慢の限界。
梨乃は強行手段ということで、煙草を取り上げた。
参るね、ほんと……。と苦笑し、頭を掻く藤二。
心配だからこそ。心配しているからこそなんです。
わかってください。そのくらいは。
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テラスにて言い合いをしている梨乃と藤二。
見るからに劣勢なのは藤二だ。必死に、せがんでいる。
(煙草、か)
美味くもなければ、身体にも良くない。なんだって、あんなものを吸うのやら。
理解に苦しむところだが、愛煙家からすれば、この意見こそ理解に苦しむのだろうな。
意見は衝突するだけ。その言い争いは、平行線を辿るばかりだろう。
ふむ……だが、こうして見ると、煙草を吸わぬ者の方が偉そうに見えるな。
まぁ、梨乃だから、ということもあるのだろうが……。
梨乃と藤二の言い合いを、苦笑しつつ傍観している凰華。
やめろだとか落ち着けだとか、仲裁には入らない。
それが無意味なことだと理解しているが故に。
「おーぃ。頼むよ、梨乃。明日の昼まで、それしかねぇんだよ」
「駄目です。没収です」
「勘弁してくれよ〜って、おい、梨乃っ。こら!」
没収した煙草を持ち、スタスタと歩いて行く梨乃。
聞く耳持たずとは、このことだ。藤二の嘆きを完全スルー。
こうして、藤二が梨乃に煙草を奪い取られるのは、今日が初めてというわけでもない。
普段からキツく言ってるのだ。吸い過ぎだ、控えろ、寧ろ止めろ、と。
けれど一向にいうことを聞かない。いつだって怒り心頭だ。
意地悪してるわけじゃない。心配しているからこそ、止めてと頼む。
最近、咳き込むことが多くなってるじゃないですか。気付いてないかもしれないですけど。
その度に、不安になってるんですよ、私は。
藤二さんがバッタリ倒れてしまったら困るんです。
私がってことじゃなくて、組織全体が困るんです。
もう少し、自覚して下さい。自分が重要人物だってこと。
去って行く梨乃の背中を見やりつつ、ガックリと肩を落とす藤二。
大きな溜息を落とした彼に歩み寄り、凰華はクスクスと笑った。
残念だったな。しかし、あれだな。お前も、梨乃には頭が上がらないのか。
まったく。この組織の男は、ダラしない奴ばかりだな。
まぁ、諦めも肝心さ。躍起になって追いかけたところで、どうにもならん。
明日の昼には、また吸えるんだろう? ちょっと我慢すればいいだけじゃないか。
たまには、どうだ? 煙草を吸わずに眠ってみては?
知人に聞いた話だが、すっと眠りにつけるらしいぞ。目覚めも良いらしい。
あぁ、それから、食事が非常に美味く感じるそうだな。
……自分で言ってて、今、実感したんだが。良いこと尽くしではないか。
やめてしまえ。これを機に。その方が、お前の為になると思うぞ。
腕を組み、ウンウンと頷きながら、絶煙を薦めた凰華。
けれど、藤二は、ダラリとソファに凭れて、虚ろな目をしていた。
どうやら、駄目らしい。手遅れのようだ。
どんなにメリットを挙げても、そこに魅力を覚えない。
こうなってしまった者には、何をどうしても無駄なのだろう。
困ったものだな。凰華は苦笑し、大きな溜息を落とした。
*
その日の夜、深夜零時を回って、数十秒が過ぎたときのことだ。
自室で、本を読んでいた凰華の、ページを捲る手がピタリと止まる。
隣の部屋から聞こえてきた、激しい咳きこみに。
凰華の部屋の隣は、梨乃の部屋だ。
一体何事か。尋常じゃない咳きこみようだぞ。
不安になった凰華は、読んでいた本をポィッとソファに放り、梨乃の部屋を訪ねた。
扉をノックしてみたものの、返事はない。ただ、部屋の中からは咳だけが聞こえる。
失礼ながら、と勝手に扉を開け、中へと踏み入る。
「おい、どうし……」
何があった? そう尋ねかけて、凰華は数秒硬直し、すぐさま腕を組んで苦笑した。
何のことはない。煙草による咳きこみだ。
藤二から没収した煙草が、数本テーブルの上に転がっている。
興味本位、ってやつか。これはこれで、問題だな。
イケないことだとは理解っていた。でも、つい手が伸びてしまった。
何度注意しても一向にいうことを聞かず、吸い続ける。
どうして、吸うんだろう。身体に悪いってことは理解ってるはずなのに。
もしかしたら……もしかしたらだけど。 すごく、美味しいのかもしれない。
っていうか、美味しいんだよ、絶対。 だから止めないんだ、止められないんだ。
そう思ってしまったら、どうにも気になってしまって。
ドキドキしながら火を点けた。なかなか灯らなくて首も傾げた。
ほんのりと先が赤くなって。細い煙がユラユラ。
ちょっとだけ。ちょっとだけ、って思ったの。
でも一口で、ノックアウト。何なの、これ。
喉に煙が引っかかってるみたいで、気持ち悪い。
しかも、全然 美味しくない。っていうか、不味い。不味いよ……。
ゴホゴホと咳き込む梨乃の背中を撫でやりつつ、クックッと笑う。
まぁ、誰しも一度くらいは興味を持つんじゃなかろうか。
で、そこで美味いと感じてしまったらアウトだ。
そう容易くは抜け出せなくなってしまう。
良かったじゃないか。苦しい思いをして。
もう二度と、お前はコレを口にしないだろう?
スッと、梨乃の手から煙草を取り、咥えた凰華。
未成年が煙草を吸っちゃ駄目なんだぞ、そもそも。
誰かにバレたら面倒だろうし。始末してやるよ、私がな。
煙が篭らないよう、バタンと窓を開け放ち、空へ向けて煙を吐き出す凰華。
煙草の匂いは強烈だからな。染み込んだら終わりだ。
せっかく可愛らしい部屋なのに、煙草臭くなったら悲しいだろう?
「す、すみません。げふっ、ごふっ……」
喉を押さえつつ、何度も謝罪を述べる梨乃。
空き缶(缶チョコの)に灰を落としつつ、気にするな、と笑う凰華。
夜風に揺れる、煙草の煙と凰華の髪。
何だか妙に様になっている、その姿を見て梨乃は悟った。
そう、心のどこかで、カッコイイ女になれるんじゃないかと思ってたんだ。
凰華さんみたいに。 ……無理だったけど。
妙なる羨望の眼差しを浴びつつ、凰華は眉を寄せた。
初めて吸ったわけじゃない。何度か口にしたことはある。
もしかしたら、とは思っていたけれど。やっぱり、駄目だ。
(……果てしなく不味いな)
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4634 / 天城・凰華(あまぎ・おうか) / ♀ / 20歳 / 退魔・魔術師
NPC / 白尾・梨乃 (しらお・りの) / ♀ / 18歳 / INNOCENCE:エージェント
NPC / 赤坂・藤二 (あかさか・とうじ) / ♂ / 30歳 / INNOCENCE:エージェント
シナリオ参加、ありがとうございます。
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2008.06.28 / 櫻井 くろ (Kuro Sakurai)
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