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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


道化師の仮面



1.
「やぁ、いらっしゃい」
「久し振りじゃのぉ、蓮」
 店に入ってきたものの姿を認め、蓮はそう声をかけた。
 かけた先に立っているのはアレーヌと、アレーヌの肩に乗りいま蓮に挨拶をした団長・Mだ。
 蓮の手には一枚の仮面がある。派手なメイクに赤く大きな唇が描かれたそれはピエロの仮面に見える。
「まるでピエロだ。そう思ってるんだろう?」
 心を読んだように蓮はそう言い、にんまりと笑ってみせる。
「見たとおり、これはピエロの仮面さ。ただし、ちょっとばかり訳ありだけどね」
 訳ありでないものなどほとんどないこの店の主はそう言ってまた笑って仮面を見せる。
「こいつは昔見世物で使われてた仮面でね、かぶればその仮面が見ていた光景が見えるって寸法さ。あんた自身がそのピエロとなってね」
 言いながら蓮は仮面をかぶってみせる仕草をしたものの本当にかぶることはせず、やはり目はこちらを見ている。
 どうやらこれを借りてみる気はないかと言いたいようだ。
「注意は一つだけ。かぶり過ぎには気をつけることだね。こいつの記憶に飲まれても知らないよ」
 そう言って、蓮はまるで道化のような笑顔を作ってその仮面をこちらに向けた。
「ほぉ、これはまたおもしろそうなものじゃのぉ」
 仮面を受け取り眺めていた団長はそれをアレーヌのほうへと差し出した。
「アレーヌ、これをかぶってみろ」
「わたくしがですの?」
「他に誰がおるんじゃ」
 団長の命令とならば仕方がないと、アレーヌは仮面を手に取ると注意深くその面を自分の顔に付けた。
「あっ」
 途端、アレーヌが驚いたような声を上げる。
「どうしたんじゃ」
「サーカスの様子が見えますわ……いえ、それだけじゃない。これは……」
 そう言って、アレーヌは仮面が映し出す光景をじっと眺め、それを語り始めた。


2.
 その男の腕前は非常に見事なものだった。
 ジャグリング、綱渡り、箱抜け、ありとあらゆる曲芸を全てこなし、その芸で見ている者たちを魅了していた。
 彼の芸を見たものは皆惜しむことなく拍手を送り、彼の周囲には歓声が響き渡る。
 そんな客たちに対して、彼は深々とお辞儀を返す。
 その顔には、常にピエロの仮面が付けられていた。
 彼の素顔を知っているものは誰もいない。彼が仮面を外すのは眠るときだけだった。
 人前に立つとき、彼は常に仮面をかぶっている。何故なら、彼の素顔は見たものが皆顔を歪めるほどに奇妙なものだったからだ。
 しかしピエロの仮面さえかぶっていれば、誰もそんなことには気付かず、ただ彼の見事な芸を褒め称える。
 やがて、彼はサーカス団を立ち上げた。団員たちは皆選りすぐりのものばかり。当然、サーカス団の興行は常に大盛況だった。
 団長となった彼の顔にはやはりピエロの仮面がついているままだった。団員でさえ彼の素顔を知っているものはほとんどいない。
 ピエロの面をかぶった一流の曲芸を披露する団長の下に集まったやはり凄腕の団員たちによるサーカスは、訪れた者を皆心ゆくまで楽しませ続けていた。
 ある日、そのサーカス団にひとりに新入りがやってくることになった。
 腕前はそこそこ、磨けば光ると判断した団長は男をサーカス団へと招きいれたが、それが間違いだった。
 男の正体は悪名高い盗賊であり、サーカス団へ入り込んだことには無論理由がある。
 常に顔を覆っている彼の仮面はピエロのデザインとしても個性的で、一目見ただけで誰かがすぐにわかるようになっている。
 その仮面を手に入れ盗みを働き、わざとその顔を見せれば、疑いの目をサーカス団に向けることができる。
 男の狙いはそれだった。
 サーカス団に馴染み、不審を抱かれなくなった頃、男は団長の寝室に忍び込み、精巧に作られた偽の仮面と本物の仮面を摩り替えた。そのとき、暗がりだったため男は団長の素顔を見ないままその場を逃げ去った。
 それから数日後、ピエロの仮面をかぶった盗賊が町を襲うようになった。
 相手を傷付けることもいとわないその手口は悪辣で残忍なもので、盗みに入られたものたちはその顔に付けられているピエロの仮面をはっきりと見ることができていた。
 そのピエロの仮面を、町で知らないものはおらず、町中の者たちが犯人はサーカス団のものだと決めつけ、いままでは拍手と笑顔を向けていた相手に対して排斥と弾圧が開始されていった。
 サーカスの者たちは弁明する機会も与えられず、町を追われ、サーカス団も解散することになった。
 去っていく団員たちの姿を元団長である彼はただ見送ることしかできなかった。


3.
「ふむ、つまりこの仮面はその元サーカス団の団長がかぶっていたもの、ということじゃの」
「そういうことになりますわ。でも団長、それは少しおかしいとは思いません? 仮面は盗まれたのでしょう? なら、これは男が盗んでいったものということですわよね。それがどうして此処に」
 アレーヌの疑問に、団長はにやりと笑いながら口を開いた。
「それはもう少し仮面をかぶっていればわかるかもしれんのぉ」
 どういうことかとアレーヌが団長に問う前に、仮面が新たな光景──仮面が知る記憶をアレーヌに見せ始めた。
 いま見えている男は、サーカス団に罪をかぶせた盗賊だ。
 男はその後も仮面をかぶり盗みを働き続けた。その手にかけたものも少なくはない。
 が、ある日男に異変が起きた。顔が焼けるように熱く、引き裂けるような痛みが走ったのだ。
 慌てて仮面を外そうとするが、張り付いたように仮面はなかなか男の顔からはがれず、その間も男は痛みに苦しむこととなった。
 必死にもがき、ようやく引き剥がした仮面を男は恐怖と怒りに駆られるまま投げ捨てた。
 まだ焼けるように痛む顔を冷やそうと近くの川の水にその顔を浸そうとしたとき、男は見た。
 自分の顔が、ひどくいびつに奇妙な形へと歪んでしまっているのを。


4.
 いま見えた光景をアレーヌは団長、そして蓮に語ろうとした。だが、それよりも先にアレーヌの口から悲鳴があがった。
「い、痛い! 顔が焼けるようですわ!」
 引き裂かれるかのような痛みにそう訴えるアレーヌを見て、団長は器用にアレーヌの顔から引き剥がす。
「おやおや」
 その顔を見た途端、蓮はわざとらしく驚いたような声をあげ、団長はにやにやとアレーヌの顔を見ている。
「言い忘れてたんじゃが、仮面をかぶった男は顔が奇妙に歪んでしまってのぉ……」
「いま見ましたわ! 団長、すべて知っていてわたくしに仮面をかぶるようにおっしゃったんですわね!」
 そう言ったアレーヌの顔は奇妙な形にゆがんでしまっていて、いつもの美しい顔が台無しになっていた。
「なに、すぐに戻るじゃろうて。別段仮面を使った何か悪さをしたわけでもなし、もともとの持ち主に危害を加えたわけでもないなじゃからのぉ」
「そういう問題ではありませんわ!」
 アレーヌのそんな声に対して、団長も蓮も、そして脱ぎ捨てられた仮面も笑顔を返しているだけだった。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)       ■
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6873 / 団長・M / 男性 / 20歳 / サーカスの団長
6813 / アレーヌ・ルシフェル / 女性 / 17歳 / サーカスの団員/退魔剣士【?】
NPC / 碧摩・蓮

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■         ライター通信                    ■
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団長・M様

初めまして、ライターの蒼井敬と申します。
この度は、当依頼にご参加いただき誠にありがとうございます。
アレーヌ様が見ている仮面の過去を中心に、仮面をかぶっていた奇妙な顔をしていたサーカス団団長の話と仮面をかぶり続けたらどうなるかということからこのような形とさせていただきました。
お気に召していただければ幸いです。
またご縁がありましたときはよろしくお願いいたします。

蒼井敬 拝