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<東京怪談・PCゲームノベル>


【妖撃社・日本支部 ―萩―】



「犯人の足取り調査か」
 マモルは依頼概要書を眺める。目の前には支部長席に座る双羽。
「裏づけってやつね。なんでも屋と勘違いしてるんだわ、警察って」
「探偵でもないからね、うちは」
 苦笑するマモルは双羽の不機嫌さに内心びくびくしている。
 犯人は麻薬常習者だった。そいつは二週間前に一人刺殺し、その約10日後にも同じ事をしようとした。それを退治したのがクゥだったのだが……警察はあっさりと感謝を示さなかった。なにせ警察の一部の新人がこちらに依頼してきたのだから。
 どの道を通ったか、など、血痕など、そういうものを調べるのがマモルに与えられた仕事だ。警察の上層部は裏づけやら証拠やらが必要らしい。
「これが地図。周辺の地図だけど、どう?」
「……これくらいの縮図のものだったら大丈夫だと思うよ。道順を書いていけばいいんだね」
「あと、デジカメも渡しておくわ。なにか感じたらこれで撮って」
「うん。でも潜伏場所から順に回るとなるとかなり時間がかかるね……」
「誰かサポートにつけましょうか?」
「う、ん。誰かいてくれると助かるな」



 それで、という複雑な表情をしたマモルはフードをくいっと深く被った。
 目の前には長い黒髪の、それほど華美にしてはいないが洒落た女子大生が立っている。名前は霧島夢月。マモルと同い年だ。
 彼女はぺこりと頭をさげた。
「この間はお世話になりました。今回は私が少しでも助けになればと思って。私にできることならなんでも言ってください」
 微笑む夢月には、前回のことがあって彼の役に立ちたい気持ちが強くある。
 あのねずみの一件、二人は協力して仕事を完遂させたのだ。
「い、いいの、かな?」
 遠慮がちにマモルが問いかけてくるので、夢月は不思議そうにした。
「だって霧島さんは凄腕の退治屋さんなんだよね? 俺の仕事は地味だし、調査がおもなんだけど」
「調査も立派なお仕事だと思います」
「……そ、そう」
 なんだか困ったような笑みを浮かべてマモルは荷物を肩にかけた。
「あの、私は何か持って行くものは?」
「あ、俺が持ってるから大丈夫。そんなに難しいことはしないし。じゃあ行こうか」
 時刻は朝の9時。今日はちょうど夢月は講義のない日なのだ。

 妖撃社から外に出ると、夢月は地図を渡された。
「今から俺が通る道に記しをつけていってね。あと、俺が何かみつけたらこう、丸をつけてくれる? ペンはこれね」
「はい。それだけですか?」
「それだけだよ。なに? もっと派手なことがしたかった?」
 フードの下からうかがってくるマモルに慌てて首を横に振った。
「これ……二週間前に女子大生を刺殺した人の事件ですよね」
「うん」
 平坦に応えるマモルはゆるやかに歩いている。歩調を夢月に合わせているのか、それとも慎重に周囲をうかがっているのか判断がつきにくい。
 犯人のしたことは許せないけれど……社の方針として手出しができないのはわかっている。仕事は仕事だ。割り切らなければ。
「共犯者がいるとかいう噂もありますけど……。もしばったりその人に会ってしまったら、どうするんです?」
「どうするって、逃げるよ。だって俺たちの仕事じゃないからね、それは」
「捕まえたりしないんですか?」
 驚く夢月にマモルは肩越しに見てくる。
「捕まえるのは警察の仕事だよ」
「でも……被害がほかにも出るかもしれないのに……」
「……うーん。シンとかならやりそうだけど、べつに慈善をするのが目的じゃないからね。
 霧島さんは知らないかもしれないけど、早く捕まって安心するのは一般市民がほとんどなんだよね」
「?」
「警察とかは手柄に重点をおくから、誰が捕まえたとかけっこう内部であるんだ。そういう時にうちに矛先を向けられるのは困る」
「で、でも……いいことをしているのに」
「出世とかにも響くしね。あまり疎まれるのはうちとしては動きにくいから。場所は知らせて放置するのが最善かな」
「………………」
 正義の味方のようにはいかない。それはわかっている。
 夢月の実家では危険だと思ったら容赦なく叩きのめしていた気がする。そこには、こんなしがらみとかは存在していなかった。いや、見えていなかっただけかもしれない。
 マモルが歩く道をペンでラインを引いていく。他の人たちからすれば、妙な二人組に見えていることだろう。
「たぶんね、霧島さんの家でのお仕事って、うちの遠逆さんのところと似てるよ」
「とおさか……」
 あぁ、あのすごい美人の……。
「うちは依頼されたことしかしないからね。幽霊の退治を頼まれたらその通りにするし、化け物退治もそうだし……。例え相手にどんな事情があっても、依頼者の願いが最優先だからね」
「……化物の事情は関係ない、ってことですか?」
「いちいち同情してるほどうちには余裕はないからね。
 はは。なんか俺もすっかり慣れちゃったな」
 皮肉な口調のマモルは細い路地をどんどん進んでいく。なんだか異臭がする。
 デジカメを取り出したマモルは写真を撮っていった。
「このへんでぶつかったかな。出血したのかもしれない。
 あ、そのへんを、こっちの……付箋に書いて貼っておいてくれる?」
 ごそごそとカバンから出した透明の付箋を夢月に渡しておく。
「これ、なんのためにやってるんですか?」
「犯人の行動を追ってるんだけど、まぁ麻薬中毒者だから証言がはっきりしなくてね。それを証明するためにこうしてるってわけ」
「ふぅん。でも露日出さん、よくわかりますね」
「……まぁ、ね。普通の人よりは鼻もきくしね」
 沈んだ声のマモルはフードを前に引っ張った。

 付箋を地図に貼ってまた歩く。それを繰り返すうちに夢月は青ざめてしまう。仕事で慣れてはいるが……こんな作業は滅多にしないから余計に精神的にくるのだ。
(ナイフを持って歩き回ったからこんなに血が……)
 事件は深夜だったはずだ。最初の犠牲者は発見が遅れたために死亡してしまった。あちこち刺されたまま連れ回されたのだと、夢月は聞いている。
 マモルは先導して歩き、時々足を止めては視線をさ迷わせたりして方向を変えたりする。
(………………)
 戦うことには慣れているけれど……。
「霧島さん、顔色悪いね」
 肩越しに言われて「え?」と夢月は呟く。そうだろうか……? 自分ではわからない。
「もうちょっとで終わるから、それから休憩しようか?」
「だ、大丈夫です」
「そう? 無理しないでね」
 微笑むマモルはまた前を向いてしまう。彼はふと気づいて空を見上げる。
「もうそろそろ目標地点だ……。雨の匂いがするな……降らなきゃいいけど」



 作業を終わらせてから空を見上げると、曇天だった。
 きちんと地図を折りたたんで肩からかけていたカバンに入れる。
「これで終わりですよね?」
「ううん。これはすぐに警察署に届ける」
「えっ!? もう?」
「雨で証拠が流れちゃ困るし……さっき支部長にそのことは連絡しておいたから大丈夫だよ」
 そういえばさっき携帯でどこかに電話をしていた。支部長に連絡をしていたのか。
「じゃあ行こう」
 マモルはさっさと歩き出した。その後姿を見つめながら夢月は不思議そうにする。
 妖撃社のほかのメンバーと彼は少し違う気がするのだ。
「露日出さんて、いつもこういうお仕事を?」
「……まあ、こういうのっていい気持ちはしないけど戦うよりはいいかな」
「戦うより……?」
「……俺はさ、元々普通の大学生だったんだよ」
 小さく、囁くように彼は言う。
「霧島さんと同じ、大学生」
「え……私と、ですか?」
「そう。だからちょっと……羨ましいのかもね」
 ……ちっとも、羨ましそうな声じゃない。
 夢月は曖昧に笑ってしまう。
 二人は無事に警察署まで地図を届けた。きちんと茶封筒に入れて、担当者の名前を言って提出した。
 これで仕事は完了だ。
「よし。じゃあどこかで休憩する? あ、でも女の子が好きそうな場所って俺、わかんないんだけど」
「べつにどこでもいいですよ?」
「いや、でもけっこう歩いたしね。あ、退治屋さんて体力とか半端じゃないから平気かな?」
 わざと冗談混じりに言われて夢月も自然に笑みを浮かべる。
「ファーストフードでいい? この近くにあるの、憶えてるんだけど」
「そこでいいです」

 狭い席に腰かける二人は向かい合う。こんな時でも彼はフードをとらない。
「無事にお仕事も終わったし、手伝ってくれてありがとう」
「え。わ、私たいしたことしてませんけど」
「ちょっとルートが長かったし、一人だとけっこう大変なんだよ。いつもの時間の半分もかからなかったから楽だった」
 笑顔のマモルに「そうですか」と夢月は安堵した。
 だがすぐに表情を暗くする。
「今回は麻薬でしたけど……霊に憑かれた人もああいう行動をすることがありますよね」
「そうだね」
「ちゃ、ちゃんと仕事だからわかってますよ?」
「? なに突然」
「い、いえ……。なにかその勘違いされてはと思っただけですから」
「ふぅん」
 よくわかんないけど、という態度のマモルはハンバーガーを食べる。豪快に食べる様子に夢月は唖然としてしまった。
 小さな口の自分だと、少しずつしか食べられない。あんな風に食べたことはないのだ。
 軽くポテトを摘んで口に運ぶ。
「露日出さんはえっと、他に仕事もされますよね?」
「するよ。調査が多めだけどね。人捜しとか……不審な場所とか。でもこれ、遠逆さんにもできることだからなぁ。あの人ほんとに優秀だから」
「……随分褒めますね」
「褒めてるように聞こえるのか……」
 皮肉な笑みを口元に浮かべるマモルはすぐに元の表情に戻った。
「……俺はこういう仕事、好きじゃないし」
 小さな声は夢月には聞こえなかった。怪訝そうにする彼女には構わず、マモルはがつがつとハンバーガーを頬張る。もうなくなってしまった。
「霧島さんこそ、こんな地味な仕事でつまらなくない?」
「これもお仕事だと言ったじゃないですか」
「いやぁ……」
 頬杖をつくマモルはまた憂鬱げな顔をする。
「そう言ってくれる人って少ないんだよ。どうも……こういう仕事に対して目立つ行動したがる人ってけっこう多くて、おかげでうちはいつも人手不足だし。だから今日は本当に助かったよ。ありがとね」
「こんなお手伝いならいくらでもしますよ」
 笑顔の夢月に彼は軽く頷き、シェイクのストローに口をつけた。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7510/霧島・夢月(きりしま・むつき)/女/20/大学生,魔術師・退魔師】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、霧島様。ライターのともやいずみです。
 マモルのお仕事のお手伝いをしていただきました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。