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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


てるてる小坊主



 梅雨。
 雨ばかりが続く季節。
 じめじめとした暑さが続き、うんざりしていた都会の中で変わった子供がきょろきょろと辺りを見回している。
「ここはどこでやんしょ……。困ったでやんす」
 心底困ったように言うのは笠を頭につけた小学生の低学年くらいの少年だ。
 いかにも田舎からやって来ました! と言わんばかりの格好をしている。Tシャツに短パンである。どこかに虫の採集にでも行きそうだ。頭の笠さえなければ、だが。
「迷子、でやんすかねぇ……。でも都会のお人はおっかないって聞きやすし」
 途方に暮れた顔で彼は道ゆく人々を見遣ったのだった。
 手元にある地図を見る。かなり簡略化されたもので、いくらなんでもこれでは辿り着けまい。
「……はぁー」
 深い深いため息をついた少年は、ふと目にして呟く。
「くさまこうしんじょ……なんでやんしょ? 失せ物さがしのお店でやんすか?」

***

「ごめんくだせぇ」
 妙な来客を迎え入れたのはシュライン・エマ。草間興信所の事務員である。
「…………」
 目の前にいる幼い少年の頭には笠。まるで絵本の笠地蔵のようである。……ちょっとかわいい。
「こんにちは」
 安心させるようににっこりと微笑むと少年はぺこりと頭をさげた。
「こんにちはでやんす。ここは失せもの探しかなにかのお店でいらっしゃるんでやんすか?」
「失せものってのは……えっと、まぁ、間違ってはいないけどね」
 苦笑してしまうシュラインは少年を上から下まで眺める。いかにも田舎者風。これはもしかして、化けた仔狸か何かだろうか?
「まぁいいわ。とにかく中に入って。外は雨でしょう?」
 頭に乗せた笠だけで防げるとは思えない。案の定、微妙に衣服と肌が濡れている。
「お邪魔するでやんす」
 口調に思わず笑いそうになってしまった。かわいい……。
(なんだかほのぼのしちゃうわねぇ)
 そんなことを考えつつソファまで案内してタオルを渡したところでハッとした。明らかに妙な客であろう少年をじとっと武彦が見ているのだ。
「武彦さん、コーヒー淹れたの。ちょっと雨で寒くなってきたし」
「ん? あぁ、悪いな」
 不機嫌そうにそう応える武彦は、自分の机に座ったまま少年を凝視している。だがコーヒーの入ったコップに手を伸ばしているのでこれ以上機嫌はたぶん、悪くはならないだろう。
 濡れた部分をタオルで拭いている少年の横にシュラインは腰かけた。
「あの、頭の笠はとらないの?」
「これはシンボルでやんす」
 ……シンボルって、なんの?
 ちょっと不思議になってしまうがまあいい。どんと来いだ。
「あなたにはこっちね。ホットミルクなんだけど、牛乳とか大丈夫?」
 アレルギーとかあっては困るが、少年は首を横に振ってマグカップを受け取った。
「親切なお人のおられるところで良かったでやんす。都会は人が多くて困っておった次第で」
「やっぱり困ってたのね」
「おい」
 武彦の渋い声がかかる。シュラインはそれを無視した。
「田舎から出てきたの? 一人じゃ大変じゃない? おいくつ?」
「シュライン、邪魔を……」
「人を探しておるのです」
 武彦の今度の発言を遮ったのは笠少年だ。
「地図をいただいたのでやんすが、都会は難解な場所でよくわからないでやんす」
「迷子かぁ……」
「よし。警察に迷子だと突き出そう」
 武彦はそう言うが、シュラインは再び無視だ。
「その地図、見せてもらえる?」
「いいでやんすよ」
 彼はズボンのポケットから紙を取り出す。受け取ったシュラインは早速開いてみることにした。
 う、これは。
(……ひ、ひどい……)
 子供のらくがきではないか、どう見ても。
 道と、銭湯と、目的地しか書いていない。ひどい、ひどすぎる。
「し、しかも字が雨で濡れて余計に見えない……」
 眉間に皺を寄せるシュラインは少年のすがるような目にドンと胸を叩いた。
「大丈夫よ。おねえさんに任せて」
「本当でやんすか?」
「よし、まずは……。えっと、何か詳しいこととか聞いてない?」
「近くに銭湯があるってことくらいしか聞いてないでやんす。見たらすぐにわかるってことだったでやんす」
「……こ、これを見てすぐわかるって……」
 その感性もちょっとおかしいかも……。
 とりあえず東京都内の地図を持ってきたが、場所を絞り込まないとどうにもできない。
「えっと、この……興信所の周辺なのかしら?」
「それがよくわからないでやんすよ」
「う、う〜ん……」
 もっと手がかりが必要だ。
(銭湯だけじゃ……)
「この銭湯は今も営業しているのよね、たぶん」
「そうだと思うでやんす」
「銭湯の名前……少しでいいから憶えてない?」
「たしか……はな、とか」
「はな?」
 そういう名前の銭湯なのか???
「まずは銭湯から調べていくしかないわね。あ、こっちにコンビニがある」
 うっすらと書かれた建物が、目を細めると見えた。
 コンビニと銭湯がある場所か……。う〜ん、まぁ少しは絞れた…………わけない。
「ちょっとネットで検索してから地図に照らし合わせましょ。地図にはなくても誰かのブログとかで引っかかるかも!」
「ねっと? 網でやんすか?」
 少年の言葉にガクッと力が抜けた。発音が違うし……なんでそっちは知ってるの?
(田舎から来たんじゃないのかしら?)
 うぅん。
(この地図もあんまり当てにできないと思うしね。明確な距離感にはズレがあるかもしれないし、近くってわけじゃないかも)
 とりあえずネットで検索だ。
「武彦さん、そこどいて」
「うわっ」
 座っていた武彦を押しのけるような体勢でシュラインが割り込んでくる。武彦の机の上のノートパソコンから早速ネット検索を開始した。
(東京ってことは間違いない。えっと、銭湯、はな、東京、でどれくらいヒットするかしら)
 キーボードを打つシュラインから避難した武彦は、少年の向かい側のソファに腰かける。少年はぺこりと頭をさげた。
「お手数おかけするでやんす」
「…………うちはこういう変なのがよく来る。気にするな」
「変なの?」
「いい。とにかく気にするな。
 ……その変な笠はなんだ?」
「雨避けの笠でやんす」
「……そういうこと訊いてんじゃないんだが……」
「都会の人はハイカラでやんす」
「…………もういい」
 会話を諦めた武彦は、シュラインが低く唸っている声を聞いて嘆息した。もうどうにでもなれ。どうせここはいつもこうだ。
「とりあえず……候補はこれとこれ……これもかしら?」
 ぶつぶつ言っているシュラインはメモ用紙に何か書き込むとこちらに戻ってくる。
 用意した地図を広げて場所を確認し始めた。
 武彦と少年はその様子を眺めるだけだ。手伝うだけシュラインの邪魔になる。
 シュラインはぶつぶつ言いながら地図を見ていく。目印はコンビニと銭湯。
「銭湯銭湯……」
 んん?
 数枚の地図を見比べてから、シュラインは一枚の地図に顔を近づける。
「小さいけど……ここにあるのが……。こっちには……コンビニがあるわね。真ん中のへんは……アパートがあるわ」
 字が小さすぎて潰れて読めないが、これが一番あの簡略地図に近い。
「このコンビニに電話して聞いてみるか、あとは……実際に行ってみるかだけど、可能性が高いから行ってみましょうか?」
 笑顔で尋ねるシュラインに、少年はきょとんとするがすぐに頷いた。
「ありがてぇことでやんす」
「よーし、じゃあ行ってみましょう! 外は雨だけど、なんのその!」
 バッグに必要なものを詰め込み、シュラインはそれを手に持つ。さあ、出発だ。



 目的地に辿り着いたシュラインは、傘の下からそこを見上げる。
「……………………」
 ここには何度となく来ている。
「……こ、ここだったのね」
 ああそうとも、知っている。ここは「朧荘」。
「もしかして……」
「わっはー。遅かったですねぇ」
 二階のドアを開けて顔をひょこっと出したのは……配達業を営んでいるサンタのステラだ。
 呆然とその様子を見上げるシュラインの横では、少年が片手を大きく振っていた。
「探したでやんす。ご依頼ありがとうでやんす」
「あれ〜? なんでエマさんがいるんですかぁ?」
 不思議そうにしながら彼女は外付けの階段を降りてくる。カンカンと音をさせて、だ。
 少年は肩からさげている虫かごの中から何かを取り出した。
「ご注文の雨避け人形でやんす」
 彼の掌の上には米粒や金平糖くらいのサイズのてるてる坊主が乗っている。う、ちょっとかわいい。
「通販なのに直接来るとかすごいですぅ。地図が役に立ちましたかぁ?」
 笑顔満面のステラをシュラインが黙って見る。あの地図はステラが書いたのか……。納得してしまう。
「住所を言ったのにわからないと言われてびっくりしましたぁ」
「こちらのお人が助けてくれたでやんすよ」
「エマさんが?」
「え、えぇ」
 曖昧な笑みで頷くシュラインに、ステラはきらきらと尊敬の眼差しを向けてくる。
「さっすがエマさんですぅ!」
「あ、ありがとう」
「そうだ。じゃあ一個あげますぅ」
 少年から受け取った米粒てるてる坊主を一つ、シュラインに差し出してきた。
「こ、これはなに?」
「それ、てるてる坊主ですぅ。これがまたすごく効くんですよねぇ。範囲限定なんですけど」
「範囲限定?」
「周辺5メートル以内が晴れるんですぅ。これをカバンにつけて仕事をしようと思いまして」
「でもこの周辺、晴れてないけど」
「これは吊るさないとだめなんですぅ。ね?」
 ステラの問いかけに少年がこくんと首を縦に振る。
「効果は一日でやんす。どうぞ姉さんも使っておくれやす」
「そ、そう? じゃあ一ついただくわね」
 受け取ってみる。こんなに小さいと失くしそうでちょっと怖い。
 少年はシュラインにぺこりと頭をさげた。
「本当に助かったでやんす。ありがとうでやんす」
「いえ、無事に辿り着けて良かったわ」
 笑顔で返すシュラインの苦労を、二人の様子をなんだか嬉しそうに見ているステラが知るよしもない。



 東京駅まで少年を送ってからシュラインは草間興信所に帰って来た。
「ただいまー」
「お帰りなさい」
 迎えてくれたのは零だ。
「無事にあの少年は着けたんですか?」
「無事にね。なんとステラちゃんのところだったのよね……」
 彼女のボロいアパートの近くには銭湯がある。名前は「はなの湯」。完全に憶えてしまった。行くこともない銭湯だというのに。
 零は驚いて目を丸くする。
「ステラさんのところだったんですか」
「……うーん。ステラちゃんて手広く通販使ってるけど、一体どこから情報を得てるのかしら……」
 不思議でならない。そういえば……。
「あの男の子も結局なんだったのかしら……。人間、じゃあないとは思うけど……」
 化け狸があんなに器用な商売をしそうなイメージはないし……。
「そうそう、帰りにワッフル買ってきたの。食べよう、零ちゃん」
「わあ! 食べましょう!」
 嬉しそうに笑う零を見ながら、シュラインは別れ際の少年の手を振る姿を思い返す。
(まぁでも、妖怪の類いかなぁ……たぶん)



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございました、シュライン様。ライターのともやいずみです。
 無事に目的地に到着したようです。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。