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<東京怪談・PCゲームノベル>


INNOCENCE // 花屋でアルバイト

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 OPENING

「と、こんなところね。大丈夫?」
「は、はい」
「ふふ。じゃあ、宜しくね」
「はいっ。宜しく御願いしますっ」
 赤いエプロンを着けて、ペコリとお辞儀した梨乃。
 友人に頼まれて、とある花屋を手伝うことになった。
 俗に言う、アルバイトというものなのだが、
 幼少からイノセンスに所属し、任務をこなしていた梨乃は、
 アルバイトというものを経験したことがない。
 記念すべき、初アルバイト……うまくできるだろうか。
 動きのぎこちない梨乃は、不安で一杯……。

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 えぇと。あのコが好きな花は、何だったっけな。
 ガーベラ? ユリ? デイジー? どれだったっけ。
 もう、ごちゃごちゃしちゃって、さっぱりだな。
 他のコが好きな花を持ってくとか、そういう凡ミスは避けたいよねぇ。
 えぇと、何だったっけ。どれだったっけかな。
 腕を組み、うーんと首を傾げている、神妙な面持ちの蓮。
 どうやら、女の子に花をプレゼントするつもりのようだ。
 不特定多数のガールフレンドがいる彼は、そこで悩んでいる。
 プレゼントを渡そうとしている女の子が好む花を絞り込めずにいるのだ。
 女の子は花が好き。誰しも、一つくらい好きな花がある。
 全員から好きな花を聞いている蓮は、ちんぷんかんぷん。
 こんなことになるなら、メモでもとっときゃ良かったかな。
 花って便利なんだよね。 基本的にどんな関係でも通用するし。
 枯れるものだからさ。永続しないから、渡す方も気が楽だしね。
 ま、花言葉とか、そういうのは気を使わないと面倒なことになるんだけど。
 蓮が花を買いに来たのは、街の片隅にある小さな花屋。
 こじんまりとしてはいるものの、扱っている種類が多くて重宝している。
 すっかり、この店の常連と化している。のだが。
 (あれ?)
 店先で、花を抱えている店員を見やり、ピタリと足を止めた蓮。
 見間違えるはずがない。あれは、間違いなく梨乃だ。
 赤いエプロンを着け、大量の花を抱えて運んでいる。
 何してるんだろ、梨乃ちゃん。ってまぁ、お仕事してるよね。
 それは理解るんだけどさ。何でまた花屋でアルバイト?
 はて? と首を傾げて数秒後、蓮は思い出した。
 そういえば、一昨日あたりに言ってたな。
 友達に頼まれて、花屋の手伝いをすることになったんだ、って。
 あぁ、そっか。あれ、今日だったんだ。
 朝から見かけなかったから、どこ行ったのかなって思ってたんだ。
 買い物にでも行ってるのかなって思ってたんだけど。そっか、バイト中だったのか。
 クスクス笑い、こっそりと歩み寄る蓮。
 ぎこちなくも一生懸命働く梨乃に、背後から声をかける。
「ね、店員さん。何時に終わるの?」
「へっ」
 ナンパっ? まさか、こんなところでナンパっ?
 どうしよう。お仕事中だし……でも、お客さまだから、失礼なことは言えないし。
 て、丁重にお断りするしかないよね。よしっ。
「す、すみません。お仕事中なので……って、あっ!?」
 振り返って早々、目を丸くして驚いた梨乃。
 そんな梨乃を見つつ、蓮はクスクス笑って続けた。
「お疲れ様。頑張ってるね?」
「は、はい。ビックリしました……。花、買いに来たんですか?」
「ん? う〜ん。いや、ちょっと寄ってみただけだよ」
「そうなんですか。はふぅ……」
 そうそう、花を買いに来たんだ。女の子にプレゼントする為にね。
 だなんて言えるわけがない。うっかり言っちゃうだとか、そんな凡ミスするわけがない。
 蓮の突然の来訪に、驚きを隠せない梨乃。
 そこへ、客の一人が「すみません」と声をかけてきた。
 探している花が見つからないらしい。
 少々御待ち下さい! と慌てて客の元へ駆け寄る梨乃。
 うん。そうなんだよね。この店、意外と忙しいんだよ。
 邪魔しちゃ悪いから、さっさと撤収しようか。
「頑張ってね」
「あっ、は、はい」
 そう告げて、意外とあっさりと店を去った、と思いきや。

 *

 花屋の向かいにある小さなオープンカフェで、珈琲を飲みつつ頬杖。
 ニコニコと微笑む蓮が見やるのは、もちろん、バイト中の梨乃だ。
 一生懸命働く姿は、何とも新鮮。こういうのも、良いよね。
 客に声をかけられては丁寧に応じ、精一杯のおもてなし。
 とっかえひっかえ、若い男から少女、老婆まで、客の年齢層は実に幅広い。
 どこの店にも必ずいる、ちょっと厄介な客。
 おそらく理不尽な文句をつけているのだろう。
 猫を抱いたマダムは、梨乃にガミガミと何かを吐き散らかしている。
 あ〜あ。可哀相に。やっぱり、どこにでもいるよね、ああいうのって。
 でも偉いな。すごく落ち着いて、丁寧に接してる。
 海斗くんや藤二だったら、喧嘩になってるだろうねぇ、あれ。
 厄介な客の他にも、些細なハプニングは後をたたず。
 バケツを引っくり返して、店を水浸しにしてしまったり、
 鉢植えを落として滅茶苦茶にしてしまったり、バラの棘取りで、痛みに眉を寄せたり。
 普段の梨乃からは想像できない、ドジっぷりだ。
 失敗する度に、ゴメンナサイゴメンナサイと何度もペコペコ頭を下げている。
 ふふ。 可愛いなぁ。癒されるね。新鮮だし、見てて飽きないよ。
 でも、そろそろ限界かな。 放っておけないよね、ほんと。
 カタンと席を立ち、支払いを済ませて、いそいそと花屋へ向かう蓮。
 腕を捲くりつつ微笑み「手伝うよ」と言った蓮に、梨乃は慌てた。
 そんな。これは私の仕事ですから。迷惑かけるわけには。
 そう伝えるものの、蓮は聞く耳持たずで。
 大きな鉢植えをヒョィと持ち上げて運んだり、花の手入れをしたり。
 義父が華をたしなんでいることもあり、蓮の手際は見事なものだ。
 大丈夫ですから、と言ったものの、これはかなり心強い。
 いつしか梨乃は微笑み、二人は仲良くお仕事をしていた。

「あ。梨乃ちゃん。違うよ。この花は根から……」
 間違いを指摘し、優しく教えてあげる蓮。
 もう何度目かもわからない、その遣り取りの中、梨乃は複雑な表情を浮かべた。
 彼女の表情を曇らせる原因。それは、店先にいる女子高生だ。
「ちょ、マジかっこよくない?」
「うん、やばい。あれはヤバイ」
「ありえないんだけど、マジでっ」
 そう言う女子高生達の視線は、全て蓮に向かっている。一点集中だ。
 彼女らに限ったことではない。店に来る女性という女性が、皆こうなる。
 確かに、かっこいいと思う。蓮の営業スマイルの威力は凄まじい。
 エプロンも意外と似合っちゃってるし、何より手際が良い。
 優しそうでカッコイイ、更に頼もしい。
 そんな花屋の店員に、うっとりするなだなんて無理な話だ。
 でも……梨乃からしてみれば、ちょっと、いや、かなり複雑なところ。
 助かってるし、ありがたいとは思う。でも、これは……。
 むぅ、と顔をしかめつつ、花の手入れをしている梨乃を見やり、クスッと笑った蓮。
 蓮はそのまま、キャッキャとはしゃいでいる女子高生のもとへ歩み寄り、
 必殺スマイルを向けて、彼女らに似合いそうな花をオススメしてあげた。
 一人一人に丁寧に、口説き文句も加えてオススメする花々。
 巧みなそれに、うっとりした女子高生たちは、じゃあこれ下さい、と花を買った。
 また来てね、と微笑めば、絶対来るし! と笑顔で返す女子高生達。
 学生にすすめるには、ちょっと高価な花束だったけど。すんなり売れた。
「商売上手でしょ」
 クルリと振り返り、ニコッと笑って言った蓮に、梨乃は肩を竦めて苦笑した。
 ですね。確かに上手です。こういうとこでも、役に立つんですね。それ。

 *

 組織で遂行する任務の報酬と比べれば、スズメの涙ほどのお給料。
 けれど、受け取った梨乃は、とても嬉しそうに微笑んでいた。
 初めてのアルバイト、初めてのお給料。そこに、何かしらの感動を覚えているのだろう。
 満足そうに笑う梨乃を見やり、蓮はスッと彼女に差し出した。
 一輪のガーベラ。赤いガーベラは、梨乃が一番好きな花だ。
「お疲れさま、の御褒美」
「あ、ありがとうございます」
 受け取り、満足そうに幸せそうに微笑んだ梨乃。
 この日、花屋の売り上げは、いつもの三倍以上となった。
 まぁ、そのほとんどが蓮のお陰、ということなのだが。
 うーん。すっかり忘れてた。あのコの誕生日だったのにな、今日。
 ガッカリしてるんだろうなぁ。携帯にも、着信溢れてるんだろうなぁ。
 まぁ、見ないんですけど。当然ね。
 楽しかったね、梨乃ちゃん。たまには、こういう仕事も楽しいかも。
 そうだなぁ、次は居酒屋とかどう? 楽しそうじゃない?
 夕焼けの中、二人仲良く、手を繋いで帰る。
 見事に任務完了……いや、アルバイト完了。お疲れ様でした。

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7433 / 白月・蓮 (しらつき・れん) / ♂ / 21歳 / 退魔師
 NPC / 白尾・梨乃 (しらお・りの) / ♀ / 18歳 / INNOCENCE:エージェント

 シナリオ参加、ありがとうございます。
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 2008.06.29 / 櫻井 くろ (Kuro Sakurai)
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