コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


神隠しの行方



 最近巷を賑わわせている神隠し事件の調査を依頼された草間・武彦は、零と同業者の岡部・真人(おかべ・まひと)と言う男と共に神隠しに遭った人物の周囲、神隠しに遭ったとされる場所などを中心に調査していた。
 神隠しに遭う人物に共通点はなく ――― 年齢も性別もバラバラ、住んでいる場所も全国津々浦々だ ――― 神隠しに遭う時間も場所も決まってはいない。強いて共通点を見つけるとすれば、神隠しに遭う人は数日前から疲労を感じていたようだ。
 しかしその疲労も神隠しとはなんら関係のないことで、ある者は大会前なのでハードな部活が続いていたとか、ある者は締め切り間近の書類の手直しのために連日遅い時間まで仕事をしていたとか、ある者は恋人との関係がギクシャクし始め、精神的に疲れていたようだとか、こちらも共通点は見つけられなかった。
 実際、“神隠し”とは新聞やマスコミが言っている事であり、はたから見れば短期の失踪、家出と言った方が正しかった。
 “神隠し”に遭った者の多くは、早い者で1日、遅い者で一週間ほどでひょっこりと何事もなかったかのように帰宅した。“神隠し”に遭っている間の記憶は完全に失われている者 ――― 失踪した時間と戻って来た時間はほぼ同じであり、記憶の失われている者は連続した時間だと認識している ――― と曖昧にだが残っている者とがおり、残っている者の話を総合すると、“普段の生活をしていたが、何かがおかしかった”と言うことだった。
 “普段の生活をしていたが、何かがおかしかった”とは共通した意見であり、中には“道標があった”と言う者がいたり“小さな女の子がいた”“人が沢山いた”“私一人だった”“ヨーロッパのような町並みだった”“お城が見えた”と、曖昧な記憶の断片を語る者がいた。これらの証言の信憑性は定かではなく、何か違う記憶のと混同が起こっていたり、想像の世界との混同が起こっているのではないかと言う意見もあった。
 曖昧な断片証言の中、武彦と真人、零は“道標”と“小さな女の子”に関心を持った。帰ってくる者と帰って来ない者との差は、そこではないかと考えた。もしかしたら、この一連の神隠し事件を引き起こしているのはその女の子ではないかとも考えた。
 遠い昔、神隠しに遭ったまま帰って来れなかった女の子が寂しさのあまり引き起こしている事件ではないかと過去の事件をあらってみたのだがコレと言うものは見つけられず、その類の能力者の協力を仰ぎ、神隠しに遭ったとされるポイントを回ってみたが、そこに霊的反応は何もなかった。
 今日もまた、誰かが神隠しに遭い、誰かが帰ってくる。そんなサイクルが次第に自然なものに感じるようになり、新聞やマスコミの興味も違う方へと移って行ったのだが、武彦達はそこで手を引くわけには行かなかった。
 連日に渡る情報収集、話し合い、過去の事件の検索、神隠し事件が起きた周囲に何か言い伝えのようなものはないか、子供達の話す噂話の中に何かヒントは入っていないか‥‥‥。
 そんな毎日の中、真人が突然姿を消した。昼頃に興信所に戻って来ると言って外に出かけたきり、戻って来なかった。携帯に電話をしたが電源が入っていないのか、事務的なアナウンスが流れるだけだった。
 真人が消えた次の日、校内に広がる噂話を進んで提供してくれていた高校生の女の子が姿を消した。学校の帰りに興信所に寄ると連絡をしてきたきり、プツリと消息は途絶えた。
 女子高生が消えた次の日、近くにあるお惣菜屋さんの夫婦が揃って消えた。ここ数日、夜遅くまで調査書類と睨めっこをする武彦と零の身体を心配し、余ったお惣菜や自宅の夕食をお裾分けしてくれていた。「今夜も美味しいのを持っていくからね」昼間に武彦が通りかかった時にそう声をかけたきり、夫婦は姿を消した。
 お惣菜屋さんの夫婦が消えた次の日、零が消えた。閉店間近のスーパーに安売りの商品を求めに行ったきり帰ってこなかった。
 零が消えた次の日、武彦が消えた。神隠し事件の調査を依頼したいと言い、明日の夕方に興信所でと電話で伝えてきたきり、武彦は姿を消した。
 そして武彦が消えた次の日、目が覚めると自室に白い霧がかかっていた。どう見ても自分の部屋で間違いないはずなのに、そこは自分の部屋ではなかった。
 急いで支度をして外に出る。町並みは普段と変わらず、気だるげな白い霧だけがボンヤリと世界を覆っている。
 足は興信所へと向き、鍵の掛かっていない扉を押し開ける。中から煙草の香りが漂い、武彦と零、そして見知らぬ男性がこちらを振り返った。
「‥‥‥お前も来たのか」
「ようこそ、神隠しの世界へ」
 武彦が溜息混じりに言い、男性が悪戯っぽい笑顔で両手を広げるとそう言った。


* * *


 シュライン・エマは武彦達の無事にホッと胸を撫ぜ下ろしつつ、眉を寄せると口元に手を添えた。
「何だか妙ね。 被害者達には共通項は無かったはずなのに、ココに集まってる面々は明らかに繋がりがあるもの」
「それは僕も妙だなと思ってたんだ」
 真人がそう言ってデスクの端に腰をかける。
「疲れてるときにこっちに来るんだったらさ、疲れがとれたら元に戻れるってことか?」
 清水・コータが零の淹れてくれたお茶を啜りながらそう言う。 白い霧がかかるこの世界でも、やはり興信所のお茶は味が薄かった。
「もしそうならさ、あれだよ、現代社会に疲れた人たちのための一時避難所。 わお、なんて優しい世界」
「‥‥‥俺は清水のそのスーパーポジティヴ思考を見習うべきかもな」
「疲労がとれたら、戻るか戻らないかって選択が出来るんじゃないか?」
「戻らないと言う選択は、消極的な自殺ってことか?」
「や、戻りたいと思った時に戻れるとか」
「‥‥‥それはどうかな。 この世界では一応時と言うものがあるみたいだけど、これが現実の世界と同じ進みをしているのかどうかは分からない」
 興信所の壁に掛かっている時計は確かに普段と同じ速度で時を刻んでいるように見える。
「万が一こちらの世界の方が進みが遅かった場合、帰る時を間違えば浦島太郎状態になっちゃうよ」
「まぁ、結局戻ってきてる人だっているわけでしょ? そんなに真剣になる必要もないと思うけど」
 時がくれば戻れると信じているコータは、出涸らしのお茶を飲み干すとぐいと口を拭った。
「折角なんだからどっかに旅行でもしたいけど、この霧じゃ面白くないだろうし‥‥‥」
「おいおい、遊びじゃないんだぞ」
「疲れが取れるよう、俺は家に帰って読みかけの本を読んだりノンビリ過ごすよ。 思う存分ダラダラ出来る機会なんだから、活用しない手はないっしょ」
 何かあったら呼びに来てねと言ったきり出て行くコータの背中を見送る。 何かあった時に呼びに行ける保証など何処にも無いのにと思いつつ、シュラインは話を元に戻した。
「神隠しを止めるために、道標と小さな女の子に気づいてくれる人を待ってたとか?」
「どうだろうな‥‥‥。 道標と小さな女の子は同じ事を言っている可能性があると、真人が言ってるんだが」
「あくまで可能性ってだけだけど、そう言う解釈も出来るんじゃないかって思って」
 道標の女の子 ――― その子はどんな子なのだろうか‥‥‥。
「失踪と帰還時間がほぼ同じなら、脱出可能時間もそれぞれ来た時の時間の可能性もあるわよね。 各自こちらに来た時間と場所は分かる?」
「俺と零は分かってるんだが、真人が‥‥‥」
「道を歩いていて、突然目の前が真っ暗になったんだ。 目が覚めたのはここで、ソファーに寝転がってたよ」
「あの事も話せよ、真人」
「実はね、目の前が真っ暗になった時、小さな女の子の声で“大丈夫、私について来て”って聞こえたんだ」
「大丈夫、私について来て‥‥‥それが、道標なのかしら‥‥‥」
 そこでふと疑問が浮かぶ。 どうしてその声は真人にだけ語りかけたのだろうか ――― ?
(タダの偶然? それとも‥‥‥何か、真人さんに関係のあることなのかしら‥‥‥)
「そうだわ、総菜屋のご夫婦と女子高生の安全を確認しておかないと」
「合流した方が早いかもな」
「そうね。 普段どおりの生活をしているなら、総菜屋のご夫婦ならお店、女子高生なら学校かしら」
「一緒に動くのも効率が悪い、俺とシュライン、真人と零に別れよう」
「別れて大丈夫なの、武彦さん?」
「あぁ、大丈夫だ。 特に危ない事は何も起こらなかったしな」
 どうやら既に別れて行動をした事があるようだった。
 興信所を出て真人と零に別れを告げ、シュラインと武彦は総菜屋のご夫婦のお店へと向かった。
「道標、女の子の指示に従う辺りが帰還や神隠しを止める方法かしら‥‥‥。 もしそうだとすれば、普段の生活内で目撃出来て印象に残るなら、特に違和感のある部分での目撃なのかも」
「着物を着てる女の子とかな」
「着物?」
「真人が言ったんだ。 白い着物に赤い蝶、蝶と同じ色の手毬を持った女の子‥‥‥って」
「ねぇ、武彦さん。 真人さんって、どう言う人なの?」
「普通じゃない男なのは確かだ」
 そう言っただけで口を閉ざした武彦の横顔を見つめる。 それほどまでに頑なに言おうとしないのは何故なのだろうか。
(岡部・真人さん‥‥‥武彦さんとどういう関わりがあるのかしら‥‥‥)
 考えているうちに2人は惣菜屋さんの前に着いた。 シャッターの上がった店内はガランとしており、人の姿はどこにもない。
「もしかして、ご自宅にいるとか‥‥‥」
「いや、それはないだろう。 普段通りの生活を続けているなら、今頃は店に出てるはずだ」
「普通、この世界に来た人って“普段通りの生活を続けている”はずなんでしょう? それがどうして私達だけイレギュラーな動きを出来るのかしら」
「不思議なもの、異質なものを受け入れるだけの器があるからだと言っていた」
「真人さんが?」
 シュラインの質問に、武彦は肩を竦めただけで答えなかった。



 興信所へと戻る間中、シュラインは道路標識の変化の有無や子供がいない場所での少女の存在、本や雑誌の中で妙に何かを指している様子の少女や道標の有無を確認していた。
 コンビニには店員はおらず、雑誌は立ち読みし放題、お菓子は取り放題だったが、流石に良識ある大人の武彦とシュラインはそんなことはしなかった。
「どうやらこの町に私達しかいないみたいね‥‥‥」
「この様子だと、真人と零の方も空振りだったかもな」
 興信所の前に立ってそんな会話をしているうちに零と真人が帰って来た。 その背後に女子高生の姿は無く、どちらも現実世界に帰ったのではないかと言う結論に至る。
「さて、これからどうする?」
「女の子はおろか、人の姿なんて見なかったな‥‥‥」
「1つ思った事があるんだけれど‥‥‥次の被害者になりそうな人に心当たりは無い? もし心当たりがあった場合、神隠し現象の原因や女の子がそこに移動している可能性はあるもの」
「僕はそもそも広く浅く付き合うタイプだから、他人が疲れてるかそうでないかとか、知らないなぁ」
「俺も心当たりは無いな。 最近忙しくてロクに人と会ってなかったしな」
「私も同じくです」
「うぅーん、こっちも手詰まりかぁ。 それじゃぁ、本当にどうしましょう‥‥‥」
 頭を抱えるシュラインの背後で、チリンと小さな鈴の音が鳴った。 振り返って見れば赤い毬を持った白い着物の少女がジっとコチラを見つめている。
「‥‥‥! 武彦さん!」
「大当たりだな、真人」
「白い着物に赤い蝶の模様、赤い手毬を持った女の子‥‥‥わっ、本当です。 凄いですね真人さん」
「‥‥‥その凄い時の僕は意識が無い状態だからなんとも言えないな」
 苦笑する真人が少女に1歩近付こうとした時、クルリと踵を返すと霧の中を走り去って行った。
「見失ったらダメだわ!」
「追うぞ!」
 霧の中を突き進む。 どちらに曲がったのかは分からないため、ただひたすら真っ直ぐ進む。
 真っ直ぐ進んだ先には先ほどの少女が止まってこちらを見ており、その様子からして待っていたようだった。
(彼女は私たちをどこかに連れて行こうとしている‥‥‥?)
 少女が右に曲がり、再び姿が見えなくなる。 霧の中を突き進み、少女の姿を見つけると今度は左に曲がった。
(やっぱりそうだわ。 彼女は私たちをどこかに連れて行こうとしてる!)
 彼女が道標なんだわ ――― シュラインはそう思うと、一瞬見えては消える少女の姿を頭に思い浮かべた。



 ダラダラ出来るスペシャルタイムを存分に堪能したコータは、外に出ると散歩がてらフラフラと街をさ迷い歩いた。
 ヨーロッパの町並みやお城が見えた者もいたと言うらしいので、きっとどこかにその場所があるはずだと思うのだが‥‥‥如何せん町は何処までも広く、挙句何処までも日本の住宅街だった。
(やっぱ、ただ想像かなんかと混じっただけなのかな)
 そもそも、日本にいながらにしてヨーロッパの町並みやお城が見えたなら、明らかな違和感だろう。 グルリと周囲を見渡し、ここは何処なのかと自分自身に問いかける。
 出鱈目に歩いて来たため、コータは来た道を見失っていた。 現実世界ならこんな事は起こらなかっただろうが、この世界には気だるげな乳白色の霧がかかっている。町は霧のせいでボンヤリと霞んでおり、元々表情の無い住宅街をなお一層冷たいものに変えている。
(ま、そのうち知ってるところにつくか)
 焦る事も無いだろうと結論付け歩き出そうとした時、隣を何かが通り過ぎた。 チリンと鈴を鳴らしながら走り去って行く白い着物の後姿が霧の中に溶けて行く。
(あれ? もしかして、アレが道標‥‥‥?)
 もしそうなら、追う必要があるだろう。 既に霧のために姿は見失っているが、今から走れば追いつかないことも無いだろう。何せ相手は子供で、こちらは足には自信があった。
「あっ!コータ君!」
 今まさに走り出そうとした時、背後からシュラインの声が聞こえた。 振り返って見れば武彦・真人、零・シュラインと団子状になってコチラに走ってきているのが見えた。
「良かった‥‥‥。とても呼びにいけるような感じじゃなかったから、どうしようかって話してたの」
「もしかして、俺ってばグッドタイミング?」
「そうだね、ナイスタイミング」
 無事にコータと合流できた武彦達は、再び少女の背中を追って走り出した。


* * *


 少女の姿を追いかけている間、世界は目まぐるしく変化していた。
 日本の町並みはヨーロッパの町並みに変わり、時には草原をも駆け抜けた。 走っている間、呼吸は何時も一定で、鼓動も激しく動いたりはしなかった。
 コチラが走っていると言うよりは、周囲の風景が後方に飛んでいくかのようだった。
 いつしか霧が晴れていき、一行は深い森の真ん中に佇んでいた。 古い巨木が空へと伸びる前で、少女が毬をつきながらノンビリと待っていた。
「やっと追いついた‥‥‥」
「貴方が道標の女の子ね?」
 シュラインの呼びかけに、少女が高く毬をつく。 空へと飛んで行った毬は、幾ら経っても落ちてくる事は無かった。
「ここが、出口。この幹のところ」
 ポッカリと開いた空洞を指差し、少女が体をずらす。
「貴方が神隠しを起こしているの?」
「違う。 私にそんな力はない」
「貴方は、神隠しがどうして起こるのかを知っているの?」
「世界と言うものの仕組みを知っている人ならば、誰でも知っているはず。 原理を理解できるはず」
「原理?」
「世界は大きな器。中に入れられるものの数は決まっている。世界はその器の大きさを理解し、溢れないように管理してる。でも、時折異質なものが紛れ込む」
「異質なものって、例えば?」
「妖は妖の世界にいれば正常なもの。人間の世界に来れば異質なもの」
「それで、溢れた場合はどうなるんだ?」
「溢れ出した人は、違う世界に連れて行かれる」
「そこがここってわけね‥‥‥」
「神隠しとは、本来そうだった。 世界と世界を隔てる扉が弱くなり、力をつけた神や妖の力で変則的に行われるようになるまでは」
「でもさ、一時的にこの世界に来たところで、実際の世界は満員なんだろ? 帰れないじゃん」
「世界の出入りは激しい。 日々誰かが生まれ、誰かが死んでいく。一時的に世界から弾かれても、入り直すことは可能だわ」
「だから神隠しに遭った人でも直ぐに帰ってこれるのね‥‥‥」
「これから先も、神隠しはなくならない。 でも、数年の間は減っていくはず」
「どうしてそんな事が分かるんだ?」
「今は妖の出入りが激しいから。 でも、もうじき落ち着くはず。これはもう、何百年も繰り返されている事だから」
 少女が長い黒髪を揺らし、空を仰ぐ。 両手を前に差し出せば、赤い毬がスッポリとその中に納まった。
「世界は変則的に弾き出す人を選ぶ。多少弱っている人が弾かれ易いけれど、選ばれる人はランダム」
 けれどね。 少女はそう言葉を続けると、毬をつき始めた。
「貴方達はあえて選ばれた。神隠しを調査し続けていたから、この世界に連れてくる可能性があるんだと世界が判断した」
「それは何故?」
「永遠の謎は、永遠に人々の心を縛り付ける。世界は永遠に神隠しを探られる事を、好まなかった」
「‥‥‥神隠しの事は、大体分かった気がするわ」
 シュラインがそう呟くと、少女の瞳を覗き込んだ。
「でも、私はまだ貴方が何故出口を教えてくれるのか、分からないのよ」
「だって、教えてもらわなかったらこんな所にある出口になんか気づかないよ」
「えぇ、そうね。教えてもらわなくては分からないわ。 じゃぁ、何故教えてくれるの? ここは世界から溢れた人を受け入れる場所。世界は器に入りきらないほどの物を抱えている。 一度弾き出した物を、もう一度受け入れる必要は何処にも無いのよ」
「異物が取り除かれた後の空きを埋めるためじゃないの?」
「空きがあればまた別の異物が入り込むかも知れないし、新しい生命が入るかも知れない。 世界はいつだって供給過多の状態になっているのよね?そうでなければ、この世界は必要ないもの」
「そう。 世界はいつだって、抱えきれないほどの物を次から次へと押し込まれている」
「それなら何故、私達を元の世界に帰してくれるの?」
 シュラインは1歩少女に近付くと、視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。 毬が木の根に当たり、コータの足元まで転がる。コータは毬を拾い上げると、しげしげと眺めた。
「私はね、最初、貴方はこの世界に子かと思ったの。一時的にこの世界に連れて来られても、この世界のシステムで道標の案内に従えば帰れるんじゃないかって。 でも、貴方の説明を聞いて違うと思ったの」
「それじゃぁ、私は何だと思うの?」
「私達と同様、神隠しで連れてこられた子でしょう?」
「待ってよ。もしそうだとしたら、どうして帰らないの? だって、出口は見つけてるんだから‥‥‥」
「この場所を見つけるのは、とても難しいわ。それこそ、何年もかかるでしょうね。 ‥‥‥多分、この世界には時間は無いんじゃないかしら?」
「この世界には時間はおろか、本当なら何もない真っ白な霧だけがある世界なのよ。 でも、ただ白い霧だけの世界では人は狂ってしまうわ。だから、来る人来る人が自分の思う世界を描いた。その結果、街が出来た‥‥‥」
「‥‥‥真人さんが言ってたわよね、もし帰る時を間違えたら、浦島太郎状態になってしまうって」
「私はこの出口を見つけるまで、何百年と言う時を過ごした。来る人来る人が内に秘める世界を持ち込み、変化する世界を見つめていた。 この世界では、生きる希望を失った者から順に消えて行く。出口を見つけようと手を取り合った仲間達が次から次へと消えていくのを見ながら、私は諦められなかった」
「どうして諦めずにいられたんだ?」
「歳の離れた姉にね、赤ちゃんが出来たの。 今度遊びにおいでなさいって言ってくださったの。私、赤ちゃんが大好きなのよ。だから、とっても見たかったの、お姉様の子供を」
「けれど貴方は出口を見つけた時、この世界で過ごした時間の長さを知ったのね」
「出口からは、向こうの世界が見えるの。 ‥‥‥私が帰るべき場所は、どこにもなかった」
「それでも、希望を失わずにここにいるのはどうしてなの?」
「私があの時感じた寂しさや絶望感を、他の誰かにして欲しくなくて‥‥‥。 あんなに辛い思いを、誰にもして欲しくなくて‥‥‥」
 突然幸せな世界から弾かれ、乳白色の霧がかかる世界に飛ばされる。 シュライン達が来た時には見慣れた街があったが、少女がこの世界に飛ばされた時にはほとんど何もなかったのだろう。 まだ7歳か8歳ほどの少女が、姉の子供を見たいという一心で必死になって出口を探し、仲間との辛い別れを経験しながらもやっと見つけた先、夢にまで見た幸福な世界は何処にも無かった。
 どれほどの悲しみが胸を締め上げ、どれほどの絶望感が襲ったのだろう。 普通の人ならばそこで希望を無くし、消えてしまったかも知れない。それでも少女は絶望の中に新たな光を見つけた。
 他の誰かに自分と同じ思いをして欲しくない。確かに自分の幸せは失ってしまったかも知れないけれど、誰かの幸せはまだ消えてはいない。その幸せの炎を消さないようにお手伝いする事が自分には出来る。
「中には私の導きを拒む人もいた。中には自分の世界に閉じこもり、周りを拒絶してしまった人もいた。 全ての人を救うことは出来なかった。それでも、何人かの人を救うことは出来た」
 少女が微笑み、コータがその手に毬を手渡す。
「お姉様はね、とても優しい方だったのよ。いつも周りの事を気にして、私の事に気を使ってくれて‥‥‥お姉様は私の憧れだった。 まだお姉様みたいに立派な人にはなれていないかも知れないけれど、お姉様の足元くらいには届いたかな?」
「十分貴方も立派よ。 ‥‥‥とても、立派よ‥‥‥」
 シュラインが少女の体をそっと抱き締める。
「俺もこの子を見習わなくっちゃな」
 コータが苦笑しながらそう言って少女の頭を優しく撫ぜる。
「私はこの身が滅びるまで、この世界でずっと人々を導き続ける。 ずっと、ずっと‥‥‥」
 グラリと足元が揺れたような気がして、シュラインとコータはその場に膝をついた。 見れば武彦と零、真人も頭を押さえながら地面に膝をついており、少女が苦笑しながら出口を指差した。
「出口の前でグズグズしていたから、世界が痺れを切らしたみたいだわ。 もう貴方達は帰る時です。そして‥‥‥幸せな世界を、存分に堪能してください。貴方の身が滅びる、その時まで」
「有難う、本当に‥‥‥」
 シュラインがやっとの思いでそう言った時、少女が真人の隣に立つと優しく頭を撫ぜた。
「私もこの偶然に感謝します。 ずっとずっと見たかったお姉様の赤ちゃんをやっと見る事が出来た」
「え‥‥‥?」
「お姉様の子孫の一人を見る事が出来て、私は幸せだわ」
 少女が晴れやかな笑顔でそう言って手を振った瞬間、体がフワリと浮き上がり、元の世界へと強制的に飛ばされた。


* * *


 その日、興信所に入ると真人の姿があった。
「丁度良かった。 この間のあの子の名前って分からないかなって思って、ずっと調べてたんだけど、やっと分かったんだよ」
「それで、報告がてらこちらにいらしたんです」
 零が気を利かせてお茶を出してくれるが、いつもと同様色の薄い出涸らしのお茶だった。
「うちはちょっと色々ある家系で、家系図がかなり詳細に残ってるんだ。 あの子の名前は“ゆう”。7歳の時に死亡となってた」
「きっと、その時に神隠しに遭ったんだろうな」
「‥‥‥もし良ければ、今度うちのお墓にお線香上げに来る? 神隠しってある以上遺骨が入ってるわけじゃないと思うけど、縁の品は入ってるだろうし」
「そうですね!お兄さん、是非行きましょう!」
「つったってなぁ、真人の家の墓って凄い遠いところになかったか?」
「でも‥‥‥折角助けていただいたんですから、御礼をしないと!」
「まぁ、零がそう言うんなら‥‥‥」
 そんな会話を聞きながら、ふと“ゆう”は“優”と言う字を当てるのではないかと考える。
 きっとそうだろうと想像し、草間興信所一行と共にお墓を尋ねてみようかと思う。
 ――― おそらく今日も、彼女は幸せの火を消すまいと頑張っているだろうから ―――



END


◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


 4778 / 清水・コータ / 男性 / 20歳 / 便利屋


 0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員