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<東京怪談・PCゲームノベル>


VamBeat −Sequentia−







 九条・朧は、昨晩出会った少女――セシルの特徴を従者達に伝え、その行方を捜させた。
 しかし芳しい報告は一向に入ってこない。
「全く…人一人まともに見つけられませんか」
 朧は歯噛みする。
 探し続けるよう従者達に告げ、朧は瞳を伏せため息ひとつ。
 気を取り直すようにふと視線を向けた先、どこか見知った顔がすれ違っていった。
 1度きり、いや……1度で充分だ。そう何人も自分の血を吸わせた人間がいては堪らない。
 昨晩出会った時はその風貌や匂いで同族――吸血鬼だと分かったが、すれ違った彼女の匂いは人間以外の何者でもない。
 世の中似た顔の人間は3人いるというが、他人の空似にしては似すぎている。
 昨晩出会った彼女は、銀の髪に赤い瞳をしていた。
 しかし今、朧の横を横切って行った人は、黒い髪に青い瞳。
 興味深げに朧は彼女を見つめる。
 ふと、彼女が顔を上げた。
「!!?」
 何を見つけたのだろう。黒髪に青眼のその人は、朧の姿を見るなりなぜか急いで逃げていく。
 朧は確信した。
「待ちなさい」
 待てと言って待つ逃亡者はいない。
 朧は駆け出し彼女の腕を掴んだ。
「あの、何か?」
 少女は何故捉まれたのかまったく分かりませんと言った表情で、迷惑そうに眉根を寄せて腕を引く。
「セシル」
 かの固有名詞を呼べば彼女の動きはぴたりと止まった。やはり彼女の名はセシルで合っていたようだ。しかし当のセシルは、瞳にどこか怯えたような色を浮かべ朧を直視しようとしない。
 朧は染めているわけではなさそうな黒髪のセシルを観察するように眺め、
「見つからないわけですね」
 と、小さく零す。
 朧が従者に告げた特徴は銀の髪に赤い瞳。今のセシルの容姿とはかけ離れている。むしろ対極と言ってもいい。
「いきなり逃げることは無いでしょう」
 少々むっとしたような表情で朧はセシルを見据える。彼女の肩がびくっと震えた。
 手を離せばまた逃げ出すかもしれない。けれど、このままの状態でも彼女は怯えたままで、朧に視線を上げてくれそうにも無かった。
 朧は徐に手を放す。セシルは驚くようなほっとしたような表情を浮かべ、そっと朧を見た。
「何やら貴女には怖い思いをさせたようですね」
 ぎゅっと握られた彼女の手に力が入る。
「あの程度、吸血鬼なら普通なのでは?」
 暫くの沈黙。
 搾り出すようにセシルは答えた。
「普通って何……」
 それは血を吸うことを問うているのか、それともあの朧の力が吸血鬼ならば普通に扱えるものなのかと問うているのか。
「同じ価値観で図らないで」
 そもそも違う人間が同じ価値観を持つことなど洗脳でもされていない限り難しい。
 吸血鬼という名を冠していながら、ここまで変化の激しい二人ならば、それは尚更のことかもしれない。
 またも沈黙が訪れる。
 ざぁあっと風の音だけが響き、沈黙をなお装飾する。
 業を煮やして先に口火を切ったのは朧だった。
「そういえば、貴女はあの時、私の血を飲んだ事を後悔しているような様子でしたね」
 思い出してしまったのか、セシルの表情が苦虫を噛み潰したかのように険しくなった。
「なぜです? 血液は吸血鬼にとって最高の馳走でしょうに」
「そんな馳走いらない」
 決意をこめたようなしっかりとした声音だが、その表情には悔恨の念がありありと見て取れる。
「私は血なんて欲しくない」
 朧のように真祖という存在になってしまえば、血は食料から趣向品へと変わる。けれど、彼女はそれともまた違うように感じた。
「死んでも良かったというのですか?」
 矢継ぎ早に帰ってきた朧の問いに、セシルはぐっと言葉を詰まらせる。血を飲んだ後の回復力を思い返せば、セシルにとって吸血行為は生き残るために必要だった。
 だがそれは理屈であって、感情は理屈で図ることはできない。
「死ぬことに後悔は無いの…ただ……」
 今は死にたくない。
 ぎゅっと祈るように握られた手に、セシルの視線が落ちる。彼女には彼女なりの理由があるのだろう。だがその理由を朧に話すつもりはないらしい。
「貴女も少々特殊な吸血鬼のようですからね。切迫しなければ血は必要ないのでしょう」
 昨晩の時のように。普段から慣れ親しんでなければ嫌悪感を抱くのも分からないではない。
「……それでも、私は飲みたくなかった」
 残酷な結果論がセシルを締め付ける。
 飲みたくないと告げるだけで、何故“飲みたくない”のかを告げない彼女。
 朧はようよう嘆息するしかなった。
「まぁ、これだけは教えてもらいたいものです」
 不思議そうにセシルは朧を見る。
「…貴女は、あの神父から追われているのでしょう? なぜ“敵”を庇うのです?」
「敵じゃないわ!」
 二人は、無常な捻子が緩み運命と言う名の歯車を外してしまった二つの回路。昔は三つで一つの運命を動かしていたのに、“あの時”外れた歯車は、動くために別々の回路と繋がってしまった。
「彼は………」
 ぐっと噛み締めた唇。伏せられた瞳にかかる長い睫が微かに光っている。恨むより、憎むより、嘆くような、哀しそうな顔で―――深入りすれば泣かせてしまいそうな程に。
 問い詰めて無理矢理聞き出すことは可能だろう。だが、そこまでして聞きだした理由に価値はあるのか。
 彼女の口から自発的に告げられない理由は情報でしかない。
「さて、そろそろ私は失礼しますよ」
 話が聞けるのもここまでだろうと、朧は場を切り替える。
「困ったらまた助けて差し上げましょう」
 弾かれたようにセシルは顔を上げた。一瞬驚きはしたもののその表情はすぐさま警戒へと変わる。朧はそんなセシルの気配を察したのか、ふっと笑う。
「安心してください。神父は殺しませんよ。貴女を安全に逃がすだけです。怪我をしなければ血を吸う必要も無いでしょう?」
 ―――確かに昨日の今日では朧がまた彼に危害を加えようとするのでは…そう考えても仕方が無いといえばそうなのだが。
「…信用できませんか?」
 朧の予想外の気遣いにセシルは困惑げに瞳を揺らす。
「どうして…あなたはそんなに」
 私を気にかけてくれるの?
 たった一回。しかもあんな出会いだったのに。いや、むしろあんな出会いだったからこそ興味が沸くのかもしれないが。
「なに、気になるのですよ。この数百年、貴女のような吸血鬼は見たことがありませんでしたからね」
 吸血鬼と呼ばれることに諦めているが、本当は――
 けれど、セシルは違う言葉を口にする。
「あなたは余り他人を同等に考えないのね」
 それもそうだろう。朧と他人ではそもそも持てる力も種族の括りも違う。自分が面白いと思うことや、自分の為にしか動いてこなかった朧は、他人に命令することに慣れていても、他人と生きていくことには慣れていない。
「興味本位なら、放っておいて」
 朧は聞かなかったふりをして、セシルに背を向けて歩き出す。
「私は逃げたいわけじゃない」
 だから逃がすと言うあなたの行動も必要ないと暗に告げる彼女。
「でも……ありがとう」
 風に消えてしまいそうな声音で呟かれた言葉。
 予想外の台詞に朧は足を止め驚きに振り返る。振り返った時にはセシルはもう朧に背を向け反対方向に歩き出していた。
 朧は銀の長い髪をかきあげる。
 多少は好意を寄せてくれたのだろうか。
 追いかけて問えば答えてくれるのか? いや、そんな未練がましいようなことをしても意味が無い。そもそも朧はそんな性格でもない。
 朧は口元にふっと笑みを浮かべ、彼女の背中を見送った。

























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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7515/九条・朧 (くじょう・おぼろ)/男性/765歳/ハイ・デイライトウォーカー】


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■         ライター通信          ■
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 VamBeat −Sequentia−にご参加くださりありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 すいません。質問に全然答えれてないです。出会いの時の状況が尾を引いてしまっている部分があるとすればそのとおりかもしれません。
 それでも多少は針が振れ始めてきたかなと思わなくもないです。
 それではまた、朧様に出会えることを祈って……