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VamBeat −Incipit−
暗い路地裏。
大通りからは街のネオンと、車のヘッドランプが流れ込む。
だが、その人が居る場所だけは、何の光も降り注がなかった。
腹部を押さえ、きつく瞳を閉じた顔は青白い。
汗が額から頬へと伝わり、落ちる。
腹部を押さえている手の下から、じわりと滲む赤い………
―――血だ！
思わず駆け出した。
あふれ出る血は路地に赤い血溜まりを作っていく。
「大丈夫―――！！？」
声をかけた瞬間、首筋めがけてその人の頭が動いた。
異様な気配に夜城・将清は思わず身を引く。目標を失った頭は垂れ、そのまま地面に突っ伏す。
腹部の傷口からは動いたことにより出血が増し、ポタポタと地面に赤い斑点を作った。
「噛み付こうとした…？」
それを確認しようにも目の前の彼女は先ほどの動きが嘘だったかのように微動だにしない。
傷はそれほど酷いのだろうか？
将清は腹部を抱えるように丸まっている彼女の状態を確かめるように抱き起こす。
「………っ…」
線の細い、華奢な少女だった。誰が一体こんな事を…と、考えた時、傷をつけた相手を全て悪だと他人に思わせてしまうほどに―――
露になった顔の長い睫に縁取られた瞳はきつく閉じられ、傷の痛みからだろうか額には玉の汗が浮いている。
じわり、じわりと、腹部を押させている指の隙間から赤い血が滲む。将清は彼女の手をどかすと、応急処置だけでもと止血の意味を込めてきつく布を巻きつけた。
「このままここに居てもな…」
野外という時点で、お世辞にも安全とはいえない。
「医者に……」
連れて行くのが本当は一番ベストなのだと思う。
だが、それを考えておきながらも、将清の口から言葉になって出てこなかった。
何となくだが、彼女は普通ではないのではないか。いや、言い方が悪い。人間ではない……と、言うべきか。
とりあえず、今は人間だとか人間じゃないとかそんな事よりも、怪我をして倒れている。その事のほうが将清にとっては大きかった。
とりあえず彼女を安静に出来る場所まで移そうと、将清は少女を抱え上げる。
将清が巻いた布は、もう赤く染まりその意味をなくしていた。
路地から走り出て左右を確認する。何故そんな事をしてしまったのかは分からないが、何となく彼女が隠れるように倒れていたように思えて、知らない追跡者の姿が近くに居ないか確認してしまった。
意味も無くほっとして将清は走り出す。
「………誰…？」
真下からかけられた声に将清の足がびくっと止まる。彼女の瞳がうっすらと開いていた。
「眼が覚めたみたいだな。医者は…ダメなんだろ？ なんとなくだが」
タッタッタと規則的に響く足音と揺れる体に、少女はゆっくりと瞳をしばたかせ、自分の状況を顧みた。
痛みは腹部に残っている。指先から伝わる湿り気と鼻腔を突く鉄の臭いは出血が続いていることを物語り、ふと見上げた彼の首筋に傷が無いことにほっとした。
―――なぜ、確認出来る？
「ご…ごめんなさい。大丈夫だから、降ろして」
彼女はやっと自分の状況を理解した。
「お願い、降ろして」
懇願するように告げられては将清も強制は出来ない。足を止めて彼女をゆっくりと地面に降ろす。
「本当に大丈夫か？ 血は止まっていないようだが」
「気にしないで。迷惑かけてごめんなさい」
明らかに貧血気味に青くなった顔で微笑まれても納得できない。
「迷惑かどうかはどうでもいい。君の傷が――…」
「それは、杞憂というものですよ。Sr.」
カツン、カツンと響く革靴の音。二人の前に現れた長身の男性は、バックライトを背負って顔が確認できない。
片腕を上げているような、不自然な立ち姿に将清は怪訝そうに眉根を寄せる。
その、瞬間だった。
ドドドドドド―――！
放たれる無数の銃弾。流石に避けるのは難しい。将清は風に少し力を加える。偶然当たらなかったと見せかけるように。
「こんな往来でなんて奴だ！」
「……ごめんなさい」
少女が謝る意味が分からない。
「彼の狙いは私だから、あなたはここを離れて」
そうすれば、彼は絶対にあなたに危害は加えないから。
そう口にした少女に、将清は悟った。
この傷をつけた張本人があの男なのだと。
光から離れ、二人に少し近づいた男が纏っているものに、将清は瞠目した。
「よりにもよって……」
神父かよ。
彼女は離れろと言ったがこのまま離れるなんて出来るはずも無く、将清は彼女の腕を掴んだ。
困惑するような瞳が将清を見る。だが気にせず将清は走り出した。
カクン…と、彼女の膝が折れる。
（しまった…っ！）
ゆっくりと神父は間合いをつめてくる。
「傷は癒えていないようですね、セシル」
神父は座り込んでしまった少女――セシルと将清を見て、蔑むように目を細めた。
絶え絶えの息で彼女は振り返る。
「好都合…でしょう？」
自嘲気味に微笑んだセシルの顔。カチャ…と掲げられた銃口は、真っ直ぐに彼女に向けられている。
思わず将清は彼女を背後に庇って、二人の間に割って入った。
「どいて。あなたには関係ないわ！ 彼は引き金を躊躇わない！」
将清の周りの風が微かに逆巻いた。
先ほどは神父の突然の銃弾を避けるために、そして今度は彼の眼をくらませるために。
「……っ…」
神父が目を抑える。銃口の先が鈍った。
細い路地裏だ。強いビル風が吹いて砂が眼に入ったとしても、それは偶然。
そう、偶然なのだ。
将清は走れない彼女を抱え、その場から急いで立ち去る。
この程度で逃がすほど甘い神父ではないだろうが、今だけでも彼女が助かるなら、また違った選択肢も選べるだろう。
ほとぼりが冷めた辺りで彼女を降ろすと、後すさるように彼女が数歩将清から離れた。
「ごめんなさい。本当に」
これ以上は一緒にはいられない。あまり一緒にいると、彼に同一と見なされて屠られかねないから。
セシルは身を翻し、少しよろけながらも将清に背を向けて歩き出す。
将清は思わず腕を掴んでいた。
「…何？」
セシルが怪訝そうな瞳で振り返る。
「あ…いや、これ。貰ってくれ」
彼女の手に押し込んだ小さな厚紙。それは将清の名刺だった。
名刺は世界何処にでもある。自分の手にあるこの紙もそうなのだろうとセシルは思ったが、如何せん漢字が読めない。
それにこれ以上関わるつもりもない。だから、名前を知る必要もない。
「私に渡しても無駄なだけ。返すわ」
将清の手に名刺を無理矢理返して、セシルは再度将清に背を向けて歩き出す。
手の中に戻ってきてしまった名刺。将清は顔を上げる。
「まさきよだ。やしろ・まさきよ。君の名はセシル…だよな」
否定も肯定も無く、彼女はただ無言のままでその場を去っていった。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【2331／夜城・将清（やしろ・まさきよ）／25歳／男性／国家公務員・導師】
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■ ライター通信 ■
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VamBeat −Incipit−にご参加ありがとうございました。ライターの紺藤 碧です。
ご自分の行動はご自分で確定していただけると助かります。こうしたいと確定していただいた行動に対しこちらは結果を返します。
行動としては悪くないのですが、その点だけがちょっと後々尾を引くかもしれません。
それではまた、将清様に出会えることを祈って……
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